Chapter13「風竜再び」
船を修理するためにフレイたちがこの浮島に降り立ってから半日ほど過ぎた。
オットーとセッテが集めてきた木材や金属の材料をフレイとクルスが魔法で加工して形にしていく。
オットーとセッテが集めてきた木材や金属の材料をフレイとクルスが魔法で加工して形にしていく。
船体はあちこちが割れたり焼け焦げたりしていた。ムスペルスで受けた何者かの手による、燃え盛る岩石の魔法――メテオによる損傷だ。魔導船にはあらかじめ障壁を張っていたにもかかわらず、それを突き破られて被害を受けてしまっていた。セッテが張ったのはあくまで耐熱障壁。魔法の作用によるものとはいえ、物理的に飛んでくる岩石を受け止めるには至らなかったのだ。
大地の魔法は自然に作用する魔法。船を形成している材料もまた自然を加工したものであるため、フレイやクルスはそれを自由に変容させられる。損傷部分を剥がし取ると、先ほど集めた材料から用意した新しい部品と取り替えていく。
マストや船体の基幹部分などは部品が大きすぎて、この島で拾い集められるような材料ではどうにもならない。こういったものは船の専門家でなければ手を出せないので、材料から木版や鉄板を精製して接ぎ当てる程度の修理に留まった。
魔導船の動力は操舵主の魔力であるため、動力部分に関しては損傷による心配は不要だ。つぎはぎだらけではあるが、このくらい修理しておけば、少なくとも航行上は問題ないし、損傷部分から傷みが広がって船が空中分解してしまうようなこともないだろう。それに自分たちの手でできそうな修理はこの程度が限界だということもある。
ある程度、修理を終えたところで日も暮れてきたので、フレイたちは船の中で休眠を取って夜を明かすことにした。
「兄貴ぃ、おれおしっこ」
「うーん。それぐらい勝手に行けよ。いちいち起こすんじゃない……」
「うーん。それぐらい勝手に行けよ。いちいち起こすんじゃない……」
夜中に目を覚ましたセッテは足早に船を降りると、近くの茂みの中に駆け込む。
空は薄っすらと明るくなってきている。夜明けが近いらしい。
空は薄っすらと明るくなってきている。夜明けが近いらしい。
「ぶるるっ。ふぅー、今朝は冷えるっすねぇ」
夜明け前のこの時間帯はとても静かだ。夜明け前にはもう目を覚ました鳥の鳴き声がチュンチュンと聞こえてくるものだが、ここら一帯は雲海よりも高い位置にあるため鳥もほとんど見かけない。だから静寂の一言に尽きる。
じょろじょろと用を足す音だけが耳に届く。今日もよく出る。健康な証だ。
じょろじょろと用を足す音だけが耳に届く。今日もよく出る。健康な証だ。
「はぁー、腹へったなぁ。でもおれ料理は素焼きとかしかできないし、兄貴もまだ起きてこないし、二度寝するかなぁ」
なんてことを考えていると、ざわざわと森の木々が揺れた。空は晴れ渡っているが、風がでてきたようだ。もしかしたら天気が崩れるのかもしれないと思い早く船に戻ろうと歩き出すと、
――ドスン!
と重い衝撃。メキメキと木々をへし折りながら、どうやら何か大きなものが森に落ちたようだ。
一体何事かと枝葉をかき分けて様子を窺いにいったところで、まだ少し寝惚けていた頭が一気に覚醒した。
一体何事かと枝葉をかき分けて様子を窺いにいったところで、まだ少し寝惚けていた頭が一気に覚醒した。
「セッちゃん……!?」
目の前に現れたのは、以前ファントムトロウやヴァルト襲来のときに助けてくれたあの火竜。セッテにとっては親友ともいえる存在。だが現れたセルシウスは傷だらけで、まさに満身創痍という言葉がぴったりだった。
「こんなにボロボロになって……誰にやられたんすか! 何があったんすか!?」
セルシウスは何かを言いかけたが、その言葉は弱々しくてうまく聞き取れないままに風の向こうへと消えた。そしてそのまま意識を失って、どすんとその場に身体を横たえてしまった。
「これはただ事じゃない。す、すぐに助けを呼んでくるっすからね!」
慌てて船へと戻るとすでに起きていたクルスに事情を説明し、まだ眠っていたあとの二人をたたき起こしてセルシウスのもとへと戻る。
その惨状を見て、クルスは深いため息をついた。
その惨状を見て、クルスは深いため息をついた。
「なんということじゃ……。これはなかなかひどいのう。何があったのかを知るよりもまず手当てが先だ。まずはこやつを安全な場所へ運ばねばならん。とりあえずセルシウスを運ぶのを手伝え。さすがに私だけではちと骨が折れる」
セルシウスは火竜の中では比較的若いほうだが、それでも竜の姿に戻ったクルスよりもずっと大きい。直接持ち上げて運ぶのは四人がかりでも難しいだろう。
「わかった。それなら僕に考えがある」
古い書物や昔話なんかで読んだり聞いたりしたことがある、とフレイは話し始めた。まだ機械も魔法もなかった頃、古代の人々は大きな建造物を建てるため、その材料となる石の柱などを運ぶ際に、地面に丸太を並べてその上を転がしていくことで重い材料を運んでいたのだという。そしてその原理を応用して生まれた機械がベルトコンベアだ。
古代人たちの知恵は馬鹿に出来ない。機械や魔法も無かった時代でも彼らは様々なことをやってのけたのだ。その努力と工夫は称賛に値するものだろう。そんな彼らの知恵にあやかってセルシウスを運ぶことにした。
原理は丸太と同じだが魔法ならもっと簡単だ。フレイはクルスと力を合わせて大地に祈り、呪文を詠唱する。地面の一部がぷくっと膨れたかと思うと、セルシウスの真下にある地面が隆起し、その巨体を持ち上げた。あとはベルトコンベアと同じ要領で、進みたい方向に地面の膨らみをスライドさせていくだけだ。
セルシウスはひどく負傷していた。これはただの怪我ではない。誰かに襲われたと見るのが自然だろう。
ここでその何者かに見つかると厄介だ。フレイたちは敵の目につかないように森の中に船を下ろしていたが、それと同じ理由で船の近くにセルシウスを運んだ。
ここでその何者かに見つかると厄介だ。フレイたちは敵の目につかないように森の中に船を下ろしていたが、それと同じ理由で船の近くにセルシウスを運んだ。
「フレイ様、どうしましょう。セッちゃん大丈夫っすかねぇ……」
「僕たちの中で回復魔法は……誰も使えそうにないか。困ったな」
「僕たちの中で回復魔法は……誰も使えそうにないか。困ったな」
そんな頭を抱える二人にクルスは言った。
「直接的な回復にはならんが、応急処置ぐらいはできる。セッテ、お主は炎が使えるのじゃろう。その炎の魔力を分け与えてやれば、たとえ微量ではあっても火竜のこやつにとっては、気付け程度にはなるはず。そのあとはセルシウスの自己治癒力次第になるがの。さあ、手伝ってやるから、私の言うようにやってみよ」
「おお、それは本当っすか! おれ、炎使いでよかったぁ~」
「おお、それは本当っすか! おれ、炎使いでよかったぁ~」
セッテとクルスが二人、セルシウスの前に並んで呪文詠唱を開始する。
やがて柔らかな火の玉がぽっと現れる。火の玉は次々と生み出されていき、それらが一箇所に集約していくと、白く輝く不思議な炎となった。
炎で傷を癒すとはなんとも奇妙な話だが、それはセルシウスが火竜であるからこそ可能な芸当だ。
やがて柔らかな火の玉がぽっと現れる。火の玉は次々と生み出されていき、それらが一箇所に集約していくと、白く輝く不思議な炎となった。
炎で傷を癒すとはなんとも奇妙な話だが、それはセルシウスが火竜であるからこそ可能な芸当だ。
白い炎がセルシウスの身体を包み込む。
かと思われたが、突如として荒れ狂うような暴風が彼らを襲った。
とっさに竜の姿に戻ったクルスが、その身体を盾にして風からセルシウスや仲間たちを庇ったが、この暴風のせいでせっかくの白い炎はかき消されてしまった。
かと思われたが、突如として荒れ狂うような暴風が彼らを襲った。
とっさに竜の姿に戻ったクルスが、その身体を盾にして風からセルシウスや仲間たちを庇ったが、この暴風のせいでせっかくの白い炎はかき消されてしまった。
ようやく風が治まる頃には、周囲の木々は根こそぎなぎ倒されており、先ほどまで森があった一面は一瞬のうちに荒地に変わってしまっている。
「くっ……。ただの風じゃないな。誰っすか、邪魔をするのは!」
セッテが見上げる上空には、見覚えのある風竜の姿があった。
「あっ! おまえはこの前の……! えっと、ヴァルちゃん? だっけ」
「いかにも、オレ様は第五竜将ヴァルト様だァァァ!」
「いかにも、オレ様は第五竜将ヴァルト様だァァァ!」
しかしヴァルトは、セッテやセルシウスには目もくれずに、真っ先にクルスのほうをにらみつけた。
「よう、ジオクルス……。この前は少し油断したが、もう同じ手は食わねェェェ。飛べないおまえに勝ち目などないのだからなァァァ!!」
クルスは船を庇うようにヴァルトの前に立ちはだかっている。
奴の起こす突風の威力は周囲の荒れ様をみれば明らか。せっかく修理した船をまた壊されてしまってはたまらない。オットーとフレイもクルスの背後にいたことでなんとか突風を凌ぎ切ったようだ。
船や仲間に防風障壁をオットーが張るその横でフレイは怪訝な顔をしていた。
奴の起こす突風の威力は周囲の荒れ様をみれば明らか。せっかく修理した船をまた壊されてしまってはたまらない。オットーとフレイもクルスの背後にいたことでなんとか突風を凌ぎ切ったようだ。
船や仲間に防風障壁をオットーが張るその横でフレイは怪訝な顔をしていた。
「なぜここがわかった? ここは地図に載っていない島だ。偶然見つかったにしては早すぎる」
「がははは! 馬鹿め。おまえたちは監視されているんだぜェェェ! どこへ隠れようと無駄だ。どうやらトロウの奴にはお見通しのようだからなァァァ」
「なっ……監視だと。一体どうやって!」
「オレ様がそう易々と教えるとでも思ってんのかァ? それよりもフレイ、おまえには逆に教えてもらうことがある。おまえ竜姫をどこへやったァ? 素直に話したほうが身の為だぜェェェ?」
「竜姫? 一体何のことだ」
「がははは! 馬鹿め。おまえたちは監視されているんだぜェェェ! どこへ隠れようと無駄だ。どうやらトロウの奴にはお見通しのようだからなァァァ」
「なっ……監視だと。一体どうやって!」
「オレ様がそう易々と教えるとでも思ってんのかァ? それよりもフレイ、おまえには逆に教えてもらうことがある。おまえ竜姫をどこへやったァ? 素直に話したほうが身の為だぜェェェ?」
「竜姫? 一体何のことだ」
フレイには竜姫と言われて思い当たる節がまったくなかった。
ふとクルスのほうを見るが、私ではないとクルスは首を横に振る。どこへやったのかと聞かれているのだから、目の前にいるクルスではないのはごもっともか。
ふとクルスのほうを見るが、私ではないとクルスは首を横に振る。どこへやったのかと聞かれているのだから、目の前にいるクルスではないのはごもっともか。
「あくまでシラを切るつもりかァァァ?」
「知らないものは知らない。知らないのだから答えようもない」
「フン……ならば力ずくで聞き出すしかねえなァァァ!!」
「知らないものは知らない。知らないのだから答えようもない」
「フン……ならば力ずくで聞き出すしかねえなァァァ!!」
ヴァルトは上空で激しく羽ばたいた。すると翼からは猛烈な風の渦が生み出されて、こちら目掛けて一直線に迫って来る。
ただの風と侮るなかれ。超高速で発せられた風は、大気との摩擦で一瞬の真空状態を生み出す。その真空が皮膚を斬り裂き傷つける斬撃となる。いわゆる、かまいたちの原理だ。
だがヴァルトの起こしたそれは、ただのかまいたちとは規模がまるで違う。それは大地を呑み込み岩をひっぺがし、折れた枝を巻き込んでさらなる殺傷力を得る。
だがヴァルトの起こしたそれは、ただのかまいたちとは規模がまるで違う。それは大地を呑み込み岩をひっぺがし、折れた枝を巻き込んでさらなる殺傷力を得る。
「ほう、私に勝ち目がないじゃと? この程度の攻撃で言ってくれる」
クルスが無詠唱で大地の障壁を展開させる。岩や枝は壁に弾かれて落ちた。
倒れた木々が飛ばされて空の向こうへと消えていったが、オットーの防風障壁のおかげで激しい風圧もこんどは平気だ。
倒れた木々が飛ばされて空の向こうへと消えていったが、オットーの防風障壁のおかげで激しい風圧もこんどは平気だ。
「そちらがそのつもりなら、僕たちも黙っていない。応戦するぞ!」
「任せておけ。今回は船の上ではない。地の利はこちらにある。あやつも襲撃するなら場所を選ぶべきじゃったのう」
「王子、護りは私にお任せを。同じ風が相手なら相殺できます」
「任せておけ。今回は船の上ではない。地の利はこちらにある。あやつも襲撃するなら場所を選ぶべきじゃったのう」
「王子、護りは私にお任せを。同じ風が相手なら相殺できます」
前回ヴァルトと戦ったときとは違って、この浮島には土も植物も豊富だ。ここならフレイやクルスの大地の魔法は真価を発揮することができる。媒体が多いほどに大地の魔法は力を増すのだ。
「おっと、言い忘れていた。今回もオレ様が一人だとは限らないぜェェェ!?」
ヴァルトが合図すると同時に、その背後からは白い影が飛び立ち、上空からこちらに迫ってくる。それは鳥のような翼を持ち、蹄のある四肢をもって空を駆ける。
「天馬だと!?」
翼ある馬、天駆ける馬。またの名をペガサスという。
ユミル国には城下街を警備するエインヘリアルや、王城に仕える王宮魔道士のほかにもいくつかの兵団があるが、そのうちのひとつにヴァルキュリアと呼ばれる一団がある。
ヴァルキュリアは今は亡き王妃が指揮していた部隊であり、女性だけで構成されている。彼女らは付呪(エンチャント)された魔法武器を手に、天馬を駆るのが特徴だ。
王妃が亡くなってからは、その指揮権はフレイの姉であるフレイヤに移ったとされているのだが……。
ユミル国には城下街を警備するエインヘリアルや、王城に仕える王宮魔道士のほかにもいくつかの兵団があるが、そのうちのひとつにヴァルキュリアと呼ばれる一団がある。
ヴァルキュリアは今は亡き王妃が指揮していた部隊であり、女性だけで構成されている。彼女らは付呪(エンチャント)された魔法武器を手に、天馬を駆るのが特徴だ。
王妃が亡くなってからは、その指揮権はフレイの姉であるフレイヤに移ったとされているのだが……。
「なぜ天馬がここに!? まさかフレイヤ様までトロウの手に落ちたのでは……」
最悪の想像が脳裏によぎる。
それはフレイにとって大きなショックだったが、それ以上に驚いているのはオットーだった。その表情は愕然としており、顔色もよくないように見える。
それはフレイにとって大きなショックだったが、それ以上に驚いているのはオットーだった。その表情は愕然としており、顔色もよくないように見える。
「オットー、大丈夫か」
「す、すみません王子。実の弟であるあなたのほうが、もっと辛いとわかっていながら私は……」
「無理はしなくていい。君にとって姉上が特別な存在なのは僕もよく知っている。きっと誰よりも姉上のことが心配なはずだ」
「す、すみません王子。実の弟であるあなたのほうが、もっと辛いとわかっていながら私は……」
「無理はしなくていい。君にとって姉上が特別な存在なのは僕もよく知っている。きっと誰よりも姉上のことが心配なはずだ」
天馬の上には二人の人影が見える。
そのうち前にいるほうの影が手に持っている槍を頭上に掲げると、激しい雷(いかづち)が降り注ぎ、フレイたちの足元の大地をえぐった。
どうやら敵意があるのは間違いないようだ。
そのうち前にいるほうの影が手に持っている槍を頭上に掲げると、激しい雷(いかづち)が降り注ぎ、フレイたちの足元の大地をえぐった。
どうやら敵意があるのは間違いないようだ。
「我こそはヴァルキュリアが一人、ブリュンヒルデと申す! フレイヤ様の命により、おまえたちを捕らえに来た。覚悟していただこう!」
天馬の上の槍を持ったほうの影が名乗りを上げた。
フレイヤの命令で動いているということは、やはりフレイヤもニョルズ王と同様にトロウの支配下に落ちてしまったと考える他なさそうだ。
その事実をフレイは悔しそうに噛み締め、一方オットーはそれを聞かされて軽くめまいを感じているようだった。
フレイヤの命令で動いているということは、やはりフレイヤもニョルズ王と同様にトロウの支配下に落ちてしまったと考える他なさそうだ。
その事実をフレイは悔しそうに噛み締め、一方オットーはそれを聞かされて軽くめまいを感じているようだった。
「おのれトロウめ。陛下に飽き足らずフレイヤ様まで……」
「兄貴、しっかりするっすよ! フレイヤ様を取り戻すためにも、おれたちが闘うしかないんすから。そんなんじゃ、王女に相応しい男になれないっすよ!」
「わ、わかってる。少し驚いただけだ」
「兄貴、しっかりするっすよ! フレイヤ様を取り戻すためにも、おれたちが闘うしかないんすから。そんなんじゃ、王女に相応しい男になれないっすよ!」
「わ、わかってる。少し驚いただけだ」
さらにもう一人。天馬に乗っていたもう一人がそこから飛び降りると、大地を震わせながら着地する。太く逞しい腕とがっしりとした体格の大男で、その手には長剣が握られている。
「そして我輩はヴォルスタッグなり。雇われの身なれど、受けた報酬の分はきっちりと働くのが我が主義よ。うぬらに恨みはないがこれも仕事ゆえ。諦めて降伏するか、さもなくば痛い目に遭ってもらう。覚悟せい!」
こちらはどうやら傭兵らしい。
魔法が一般的なものとして広まるこの世においても、誰にでも得手不得手があるように、魔法が使えないような者もいる。魔法が扱えなければ、就ける仕事も限られてくるので、そういう彼らはエインヘリアルのような兵士や肉体労働などに従事することになる。傭兵もそういったもののひとつだ。
魔法が一般的なものとして広まるこの世においても、誰にでも得手不得手があるように、魔法が使えないような者もいる。魔法が扱えなければ、就ける仕事も限られてくるので、そういう彼らはエインヘリアルのような兵士や肉体労働などに従事することになる。傭兵もそういったもののひとつだ。
上空からは雷槍を構えたヴァルキュリアが一人、地上からは剣を振り回す傭兵が一人。そして前方には巨体の風竜が一頭、立ち塞がる。
「ふん。どうもお主は臆病者のようじゃなぁ? お供がいないと一人では怖くて戦えないと見える。竜族が聞いて呆れるのう!」
そんな状況をクルスが鼻で笑ったが、ヴァルトも黙ってはいない。
「勘違いすんなァ? あいつらはトロウの奴が勝手に寄越しただけだ。だがオレ様はおまえとの決着をつけたいと思ってる。だからあいつらとフレイたちが遊んでる間にケリつけようじゃねェかァァァ! こんどは横槍は無用だぜェ」
「なんとでも言うがよいわ。お主のような小童に遅れを取るほど私は甘くないぞ。そこまで言うなら、少ぉーしだけ本気を出してやろうかの」
「あァん? このオレ様が小童だと。おまえトシいくつだァ?」
「レディに年齢を尋ねるとは、礼儀のなってないやつじゃのう!」
「なんとでも言うがよいわ。お主のような小童に遅れを取るほど私は甘くないぞ。そこまで言うなら、少ぉーしだけ本気を出してやろうかの」
「あァん? このオレ様が小童だと。おまえトシいくつだァ?」
「レディに年齢を尋ねるとは、礼儀のなってないやつじゃのう!」
そう言うなり、突然クルスを中心として砂嵐が巻き起こり始めた。
それは上空にまで届き、砂が目に入ってヴァルトの視界を奪う。前が見えなくなり態勢を崩した瞬間を見逃さず、続けてクルスは大地より何本もの太いツルを生えさせると、それらはヴァルトの脚や尾、首、そして翼に巻き付いて自由を奪う。
それは上空にまで届き、砂が目に入ってヴァルトの視界を奪う。前が見えなくなり態勢を崩した瞬間を見逃さず、続けてクルスは大地より何本もの太いツルを生えさせると、それらはヴァルトの脚や尾、首、そして翼に巻き付いて自由を奪う。
「うげッ……!?」
そしてそのままツルを引き寄せて、勢いよく地面に叩きつけた。さらに隙を与えず、ヴァルトの顔に何重にもツルを巻き付けて追い討ちをかける。
「どうじゃ、動けまい。息ができまい。このまま尖った岩を隆起させてお主の腹を貫いてやってもよいのじゃぞ? 降参するならまいったと言え」
なんて言いながらも降参させるつもりなどはない。
顎がツルに縛られているのだから、まいったなどと言えるわけがないのだ。
ダメ押しでさらにツルを巻き付けて締め上げる。もはや絡み合ったツルの塊で、ヴァルトの姿はほとんど見えていない状態だ。
このまま窒息させることもできるし、ツルごと地面に引き込んで生き埋めにすることもできる。あるいはツルを成長させて木の養分にしてやろうか。
顎がツルに縛られているのだから、まいったなどと言えるわけがないのだ。
ダメ押しでさらにツルを巻き付けて締め上げる。もはや絡み合ったツルの塊で、ヴァルトの姿はほとんど見えていない状態だ。
このまま窒息させることもできるし、ツルごと地面に引き込んで生き埋めにすることもできる。あるいはツルを成長させて木の養分にしてやろうか。
竜族の常識とは、強い者こそが正義だ。
弱ければ殺されても文句は言えない。死にたくなければ強くあれ。
火竜のように過激なものもいれば、地竜のように人間に対しては調和を望むものもあるが、竜どうしの間においては情けも容赦もない。それがあたりまえなのだ。
弱ければ殺されても文句は言えない。死にたくなければ強くあれ。
火竜のように過激なものもいれば、地竜のように人間に対しては調和を望むものもあるが、竜どうしの間においては情けも容赦もない。それがあたりまえなのだ。
もしフレイだったら「何も殺すことはない」と、攻撃の手を緩めていただろう。そして反撃されて逆に殺されてしまうのが容易に想像できる。
だがクルスならここでトドメを刺しておくべきだと考えるだろう。そもそも、ヴァルトは敵であり追手なのだ。ここで見逃がせば、自分たちの居場所をトロウに報告するだろうし、いずれまた再び攻撃を仕掛けてくるはず。見逃しておくメリットがない。
だがクルスならここでトドメを刺しておくべきだと考えるだろう。そもそも、ヴァルトは敵であり追手なのだ。ここで見逃がせば、自分たちの居場所をトロウに報告するだろうし、いずれまた再び攻撃を仕掛けてくるはず。見逃しておくメリットがない。
「悪く思うでないぞ。先に手を出してきたのはお主のほうじゃからな」
クルスはツルを締め上げてトドメを刺すことに決めた。
強く念じて、ツルを引き絞るように身体に力を入れる。
強く念じて、ツルを引き絞るように身体に力を入れる。
――が、なぜかうまく力が入らない。いくら念じても、先ほどまでは自由に操れていたツタはまるで反応しなくなっている。
よく見ると、ツルがヴァルトを拘束しているその中心から茶色く変色し始めているではないか。
そして次の瞬間には、自力でツルを引き破ってヴァルトが脱出してしまった。
よく見ると、ツルがヴァルトを拘束しているその中心から茶色く変色し始めているではないか。
そして次の瞬間には、自力でツルを引き破ってヴァルトが脱出してしまった。
「なんじゃと!」
どうしてかわからない、といった顔で狼狽するクルスに向かってヴァルトが言った。
「風を操る魔法というのは空気を操ることと同じでなァ。植物ってのも呼吸をして生きてるらしいぜェ。じゃあ植物が窒息したらどうなると思う?」
酸素がない状況でも光と二酸化炭素があれば、植物は光合成で酸素と養分を生み出し、それを使って生きていることができるだろう。しかし、それも長くもつものではなく、体内に蓄えられていたものが枯渇すれば、やがて死んでしまう。
ヴァルトは風の魔法を応用して、クルスのツタから空気を奪って枯らしてしまったのだ。さらに、その奪った空気を摂取することで自身は呼吸することができる。
「つまり真空でもない限り、オレ様を窒息させるのは無理な話だぜェェェ?」
「ぬぅ……。お主、見かけによらず、思ったよりも頭を使えるようじゃな」
「たしかにオレ様は魔力のコントロールは苦手だが、ここはこの前と違って空中じゃないから、魔力を使い果たして墜落することもない。つまり今回は何の心配もなく全力が出せるってわけだァァァ!」
「地の利があるのはこちらだけではない、というわけか」
「わかったなら続きといこうじゃねェか。こんどはこっちから行くぜェ!」
「ぬぅ……。お主、見かけによらず、思ったよりも頭を使えるようじゃな」
「たしかにオレ様は魔力のコントロールは苦手だが、ここはこの前と違って空中じゃないから、魔力を使い果たして墜落することもない。つまり今回は何の心配もなく全力が出せるってわけだァァァ!」
「地の利があるのはこちらだけではない、というわけか」
「わかったなら続きといこうじゃねェか。こんどはこっちから行くぜェ!」
再びヴァルトが攻撃を開始し、クルスがそれを受け止める。
風が荒れ狂い、大地が唸り、竜どうしでのぶつかり合いが始まった。
風が荒れ狂い、大地が唸り、竜どうしでのぶつかり合いが始まった。
一方で、人間どうしの戦いもすでに始まっていた。
上空からはブリュンヒルデの魔槍によって雷が雨のように降り注ぎ、しかし上にばかり気をとられていると、ヴォルスタッグの剣撃が襲ってくる。
上空からはブリュンヒルデの魔槍によって雷が雨のように降り注ぎ、しかし上にばかり気をとられていると、ヴォルスタッグの剣撃が襲ってくる。
雷は魔法で防ぐこともできるが、フレイたちのうち誰一人としてこれに対抗する術をもっていなかった。雷は光の魔法に属し、そして耐電防壁もまた光に属する。
彼らに扱えるのは、大地と風と火だけに限られる。
彼らに扱えるのは、大地と風と火だけに限られる。
「これ、ちょっとやばいっすよ。どっちも一発でも食らったら致命傷っす!」
「くそっ、避けるのが精一杯だ。せめてどちらか一方だけでも止められたら……」
「くそっ、避けるのが精一杯だ。せめてどちらか一方だけでも止められたら……」
敵の数を減らして確実に相手の戦力を削ぐのは、基本的な戦術のひとつだ。
天馬は上空から降りてくる様子がなく手を出し辛い位置にいる。となれば、まず倒すべきは傭兵のほうだ。
重い剣を振り回しているのだから、相手は素早くは動けない。隙を突くのは難しくない。それに剣と魔法なら、リーチの差でもこちらが有利のはずだ。
しかし、雷の雨がその隙を突かせまいと邪魔をする。
天馬は上空から降りてくる様子がなく手を出し辛い位置にいる。となれば、まず倒すべきは傭兵のほうだ。
重い剣を振り回しているのだから、相手は素早くは動けない。隙を突くのは難しくない。それに剣と魔法なら、リーチの差でもこちらが有利のはずだ。
しかし、雷の雨がその隙を突かせまいと邪魔をする。
魔法の弱点は、呪文の詠唱に集中しなくてはならないことだ。
攻撃として十分な威力を維持したまま呪文を省略できるほどの実力は、まだフレイたちにはない。どうしても魔法の発動には時間がかかってしまう。
ブリュンヒルデの槍のような魔具を使えば呪文を唱える必要もなく、まさに雨のように込められた魔法を乱発することもできたのだが、そう都合よくそういったものを持っているわけでもない。
攻撃として十分な威力を維持したまま呪文を省略できるほどの実力は、まだフレイたちにはない。どうしても魔法の発動には時間がかかってしまう。
ブリュンヒルデの槍のような魔具を使えば呪文を唱える必要もなく、まさに雨のように込められた魔法を乱発することもできたのだが、そう都合よくそういったものを持っているわけでもない。
「くっそー! 炎の剣(レーヴァテイン)を落としたのが悔やまれるっす」
「剣……。そうだ、僕は一応だけど剣術も学んでいる。ここは僕があの傭兵を食い止めるから、その間に二人は天馬のほうをなんとかしてくれ」
「剣……。そうだ、僕は一応だけど剣術も学んでいる。ここは僕があの傭兵を食い止めるから、その間に二人は天馬のほうをなんとかしてくれ」
フレイが勇んで一歩踏み出す。
だが、従者として主の背中に隠れることなどできないとオットーが反対する。
だが、従者として主の背中に隠れることなどできないとオットーが反対する。
「本来なら我々が盾となって王子を守るべきなのに、王子自ら矢面に立つなんて、そんな危険なことをさせるわけにはいきません」
「いや、オットー。心配してくれるのはありがたいけれど、城を飛び出した時点で危険は承知の上だ。それに他にいい方法も思いつかない。今はこれしかないんだ」
「ですが……!」
「いや、オットー。心配してくれるのはありがたいけれど、城を飛び出した時点で危険は承知の上だ。それに他にいい方法も思いつかない。今はこれしかないんだ」
「ですが……!」
まだためらっている様子のオットーに、それならばとフレイはこう続けた。
「だったらこう考えてくれ。背中に隠れるんじゃない、背中を守るんだ。僕があの傭兵に集中できるように、君が僕の背中を守って欲しい」
「そうっすよ、兄貴! フレイ様を信じるっす! 主君を信じるのも従者の務めだってよく自分でも言ってたじゃないっすか。心配はいらないっすよ。フレイ様は、兄貴が思っているよりも強いお方だ。おれが言うんだから間違いないっす!」
「そうっすよ、兄貴! フレイ様を信じるっす! 主君を信じるのも従者の務めだってよく自分でも言ってたじゃないっすか。心配はいらないっすよ。フレイ様は、兄貴が思っているよりも強いお方だ。おれが言うんだから間違いないっす!」
セッテの後押しも加わって、心配性の兄はようやく首を縦に振った。
「わかりました。王子とセッテの言葉を信じましょう。ですが決して無理はなさらないように! すぐにあのヴァルキュリアを止めて加勢いたしますので」
「大丈夫っす。あんなやつ、おれたちが秒で片付けてやりますよ」
「ああ。二人とも、期待している」
「大丈夫っす。あんなやつ、おれたちが秒で片付けてやりますよ」
「ああ。二人とも、期待している」
三人は拳を突き合わせて互いの決意を確認すると、二手に分かれてそれぞれの戦うべき相手に向かって戦う構えを見せる。
背後で二人が駆け出していくのを感じながら、フレイも地面を蹴って傭兵ヴォルスタッグのほうへと駆け出した。
背後で二人が駆け出していくのを感じながら、フレイも地面を蹴って傭兵ヴォルスタッグのほうへと駆け出した。
相手は身の丈大きな厳つい男だ。力はもちろん、剣を生業としている傭兵に技でも敵うとは思っていない。あくまで今は時間を稼ぐことが作戦だ。
王子の嗜みとして、基本的な剣術は学んでいるつもりだ。だから勝てなくとも、なんとか攻撃を受け流して、少しの間ぐらいは耐え抜けるはず。
王子の嗜みとして、基本的な剣術は学んでいるつもりだ。だから勝てなくとも、なんとか攻撃を受け流して、少しの間ぐらいは耐え抜けるはず。
フレイはそう考えていたが、この作戦には大きな穴があった。
実力差でも認識の甘さでもない。もっと根本的な、大きな見落としが。
実力差でも認識の甘さでもない。もっと根本的な、大きな見落としが。
「遅れはしたが、剣を交えるならこちらも名乗らせてもらおう。僕の名はフレイ、ユミル国の王子だ。ヴォルスタッグと言ったか。僕がおまえの相手だ」
腰には護身用の短剣を差している。敵の剣よりリーチで劣っているが、あくまで時間を稼ぐのが目的なので、攻撃をかわすのが基本になるし、いざ危ないと思ったときに受け止められればそれでいい。それに、もしものときには魔法もある。
そのつもりでフレイは腰に手をやったが――そこでフレイの顔が蒼ざめた。
そのつもりでフレイは腰に手をやったが――そこでフレイの顔が蒼ざめた。
そこに短剣はなかった。
忘れてはいないだろうか。
それはユミル国を経ってすぐのこと。前回ヴァルトに攻撃されたときのことだ。
あのときはセルシウスが現れてヴァルトを追い払ってくれた。そして、そのままフレイとセルシウスは互いに手を取り合う目的で同盟を結んだ。
そのときに誓いの証としてセルシウスは火竜の鱗を送ったが、フレイはそのお返しとして、肝心の護身用の短剣を譲ってしまったのではなかったか。
それはユミル国を経ってすぐのこと。前回ヴァルトに攻撃されたときのことだ。
あのときはセルシウスが現れてヴァルトを追い払ってくれた。そして、そのままフレイとセルシウスは互いに手を取り合う目的で同盟を結んだ。
そのときに誓いの証としてセルシウスは火竜の鱗を送ったが、フレイはそのお返しとして、肝心の護身用の短剣を譲ってしまったのではなかったか。
(しまった。すっかり忘れていた……!)
あのときは、旅の目的は戦いに行くことじゃないから必要ない、と簡単に手放してしまったのだ。しかしあくまで護身用は護身用。たとえ使わなかったとしても、持っていることにこそ意味がある。ないのであれば、どうしようもない。
「ほう、小僧自らが相手をしてくれるか。大した自信である。ならば我輩もそれに全力をもって応えるのが礼儀というものよ。いざ参らん!」
だが、もう名乗りまで上げてしまった。傭兵のほうもすでにその気で、腰を落として剣を構えている。
「ま、待ってくれ! すまないが少し待ってくれないか。準備がまだ……」
「待ったなし、問答無用だ。一度始めた戦いを無闇に中断するのは礼儀に反する。うぬも男子なれば、男に二言はないはずだ。さあ、構えよ!!」
「待ったなし、問答無用だ。一度始めた戦いを無闇に中断するのは礼儀に反する。うぬも男子なれば、男に二言はないはずだ。さあ、構えよ!!」
その構える剣がないのだが、言ったところで当然待ってくれるはずもない。
「どうした。来ないのならこちらから行くぞ。覚悟せい!!」
痺れを切らした傭兵は、剣を振り上げて迫ってきた。
もはや考えている時間も、焦っている暇もなかった。
もはや考えている時間も、焦っている暇もなかった。
(な、なんとかやるしかないのか。剣のプロ相手に、しかも丸腰で……!)