Chapter35「フレイと竜人4:竜人族じゃない」
ゲルダと共にアルヴの街を歩いていると、見慣れたローブを着ている人影を見つけた。真っ黒なローブの背中にある大樹をモチーフとした意匠は、ユミルの魔道士が着ているものに非常によく似ている。
もしかしてユミル出身の者がここに? だとすれば、彼も故郷をトロウから取り戻すために力を貸してくれるかもしれない。
あるいはトロウの放った刺客がもうこの隠れ里の場所を見つけてしまったのかもしれない。今は僕の仲間たちは出払っているので、戦闘になるとまずい。
あるいはトロウの放った刺客がもうこの隠れ里の場所を見つけてしまったのかもしれない。今は僕の仲間たちは出払っているので、戦闘になるとまずい。
(いや、きっと大丈夫さ。仮に敵だとすれば、アルヴに張られているアルバスの結界を抜けてきたことになる。もし本当にそんなことがあれば、今ごろもっと騒ぎになっているはずじゃないか)
期待感と悪い想像を交互に思い浮かべながら、それでも僕はそのローブの人に声をかけてみることにした。
「あの、すみません。そのローブに描かれてる絵なんですが、もしかして……」
「えっ?」
「えっ?」
突然声をかけられたローブの人は驚いた様子で振り返った。
顔を見るとなにやら仮面のようなものをかぶっていて表情はわからなかった。しかし、その声からどうやら女性であることはわかった。
顔を見るとなにやら仮面のようなものをかぶっていて表情はわからなかった。しかし、その声からどうやら女性であることはわかった。
「僕はユミルから来たんですが、そのローブには見覚えがあります。もしかして、あなたもユミルから?」
「……ッ!!」
「……ッ!!」
するとローブの女は何も言わずに慌てて走り去ってしまうではないか。
ただ声をかけただけなのに、何も逃げることはないだろう。それとも何か、声をかけられてまずいことでもあるというのか。
ただ声をかけただけなのに、何も逃げることはないだろう。それとも何か、声をかけられてまずいことでもあるというのか。
ゲルダに聞いてみると、これまでにもローブの女はたまに街の外円部で見かけることがあったという。だが周囲の者との交流を避けているようで、どういった人物なのかはほとんど知らないそうだ。
「気になるな……」
「でもアルヴにはワケありでやってきた人も多いからなぁ。きっと何か理由があるんだよ。そっとしておいてあげたほうがいいんじゃない?」
「その考えには僕も基本的には賛成だ。でもあのローブは僕の故郷でよく使われてるものとそっくりだった。ほら、ゲルダにあげたアレと似てただろう?」
「言われてみればそうかな。あの火事で少し焼けちゃってもう比べられないけど」
「でもアルヴにはワケありでやってきた人も多いからなぁ。きっと何か理由があるんだよ。そっとしておいてあげたほうがいいんじゃない?」
「その考えには僕も基本的には賛成だ。でもあのローブは僕の故郷でよく使われてるものとそっくりだった。ほら、ゲルダにあげたアレと似てただろう?」
「言われてみればそうかな。あの火事で少し焼けちゃってもう比べられないけど」
どうしてもあのローブの女のことが気になってしかたなくなった僕たちは、彼女が走り去ったあとを追ってみることにした。
すでに姿を見失ってしまってはいたが、ローブの女の逃げていった方向にまっすぐ歩いていくと、アルヴの街を抜けて雲の森にたどり着いた。
すでに姿を見失ってしまってはいたが、ローブの女の逃げていった方向にまっすぐ歩いていくと、アルヴの街を抜けて雲の森にたどり着いた。
「へぇ。アルヴでは森まで雲でできてるのか」
「川とかと同じで誰かが人工的に作ったものだけどね」
「川とかと同じで誰かが人工的に作ったものだけどね」
迫害から逃れてこの地にたどり着いた竜人たちは、アルバスの助力を受けてこの地に隠れ里アルヴを築いた。
雲しかなかったこの地はあまりにも殺風景だったため、生活のために必要な水路や家などとは別に、それぞれの竜人たちがそれまで自分たちが暮らしていた環境を模して、雲を固めてアルヴの風景を手作りしていったそうだ。
アルヴの街の外にはそういう雲で作った森や林、雲の山や谷、洞窟なんかがいくつも存在しているらしい。
雲しかなかったこの地はあまりにも殺風景だったため、生活のために必要な水路や家などとは別に、それぞれの竜人たちがそれまで自分たちが暮らしていた環境を模して、雲を固めてアルヴの風景を手作りしていったそうだ。
アルヴの街の外にはそういう雲で作った森や林、雲の山や谷、洞窟なんかがいくつも存在しているらしい。
「今でも外の景色を作るのを生きがいにしてる人がいるんだって。外の世界にあこがれて街の外を探検してみたことはあるけど、この辺に来るのは初めてだなぁ」
「そうなんだ。じゃあさすがに、こっちのほうまでは来てないか……」
「そうなんだ。じゃあさすがに、こっちのほうまでは来てないか……」
雲で作られた木々は、質感こそふわふわとして柔らかそうだったが、しっかりと着色されていて遠目からはちゃんと森のように見える。ただ、中には真っ青だったりピンクだったりと、とても木らしからぬ配色をされたものもちらほら見えたが。
「あんな色の木ってある? もしかして遠い国にはあんな木もあるんだろうか」
「ピンクの木なら実在するって聞いたことあるよ。たしかサクラっていう……」
「ピンクの木なら実在するって聞いたことあるよ。たしかサクラっていう……」
そんな話をしながらなんとなく歩いていると、森の中には異質な金属の建物を見つけた。錆びたトタン板を寄せ集めたような小さく質素な小屋だったが、腐食によってところどころ穴が開いたり割れたりして半分崩れかけている。廃墟だろうか。
ユミルの港町のはずれでなら、こういったものはたまに見かけることもあった。
トタンは水気に弱く錆びやすいので、流れてくる雲や霧に触れてこうして錆びてしまうことも多いが、ここまで腐食しているものは初めてみる。おそらく地面が雲そのものなので、あっという間に錆びてしまったのだろう。
トタンは水気に弱く錆びやすいので、流れてくる雲や霧に触れてこうして錆びてしまうことも多いが、ここまで腐食しているものは初めてみる。おそらく地面が雲そのものなので、あっという間に錆びてしまったのだろう。
「でもアルヴでこんなものを見つけるなんて。ちょっと異質な感じだ。これも誰かが持ち込んだものなのか?」
「あっ。フレイ、あれ!」
「あっ。フレイ、あれ!」
そのときゲルダが錆びた壁の隙間に揺れる仄かな明かりを見つけた。
ゆらめくその明かりはおそらく火の明かり。火のないところに煙は立たないが、火のあるところが無人であるという道理もない。
ゆらめくその明かりはおそらく火の明かり。火のないところに煙は立たないが、火のあるところが無人であるという道理もない。
(こんな廃墟も同然の場所に誰かがいる!)
錆びた建物にはちゃんと扉があったが、歪んでしまって開けられなかった。
しかし裏手に回ると、割れた板の隙間から中に入れそうな部分があった。低い位置に隙間はあるが、地面を這えば問題なく入れそうな程の大きさはある。
しかし裏手に回ると、割れた板の隙間から中に入れそうな部分があった。低い位置に隙間はあるが、地面を這えば問題なく入れそうな程の大きさはある。
「入ってみようか」
二人で顔を見合わせて頷き合い、地面に腹をつけてほふく前進の形でその隙間から錆びた建物に進入を試みる。
こういうとき雲の地面なのは助かる。柔らかいので肘や膝が痛くならないし、土ではないので手や身体が汚れるようなこともない。
こういうとき雲の地面なのは助かる。柔らかいので肘や膝が痛くならないし、土ではないので手や身体が汚れるようなこともない。
中に入ってみると建物は二部屋で構成されていて、今いるここは寝室代わりなのか、雲を固めて作ったベッドがたったひとつだけ置かれている部屋だった。
奥のもうひとつの部屋は、表の開かない扉を開ければすぐに足を踏み入れる部屋であり、この部屋とは壁で仕切られているが内扉はないので、その先の壁には机のようなものと、その前に座る人物の影が伸びて揺れているのが見える。
奥のもうひとつの部屋は、表の開かない扉を開ければすぐに足を踏み入れる部屋であり、この部屋とは壁で仕切られているが内扉はないので、その先の壁には机のようなものと、その前に座る人物の影が伸びて揺れているのが見える。
壁から顔を覗かせて様子を窺うと影の示すとおり、ロウソクを乗せた机の前に何者かが座って何か作業をしているのが見える。その後ろ姿は例の見覚えのある意匠のローブだ。
(あれはさっきの……! こんな人里離れた場所で何をしてるんだ?)
ローブの女の身体が陰になって何をやっているのかはよく見えなかった。そこで見つからないように細心の注意を払いながら、さらに身を乗り出して机を上の様子を見ようともう一歩部屋の中に踏み込むと、
「ねぇ、なんかいたー?」
後ろからゲルダの声が聞こえてきた。
(わっ!? な、なんでそんな大きな声を出すんだ)
それと同時にがたんと椅子の倒れる音が聞こえた。
音のほうに目をやると、例のローブの女が壁を背にしてこちらを凝視している。
音のほうに目をやると、例のローブの女が壁を背にしてこちらを凝視している。
「ひッ……。あ、あなたたちどうしてここに!? 一体ワタシに何の用があるというの!?」
当然の反応だ。突然あいさつもなくよく知りもしない相手が家の中に現れたら、それは誰だって驚くだろう。
僕はゲルダと共に勝手に家に上がり込んだことをまず謝った。
僕はゲルダと共に勝手に家に上がり込んだことをまず謝った。
「その上でこんなことを聞くのは申し訳ないんですが、やはりあなたはユミルの人間なのでは? そのローブはユミルで使われているものによく似ている……」
するとローブの女は強く首を左右に振って拒絶する素振りを見せた。
「帰ってください! もうワタシのことは放っておいてください!!」
「お、落ち着いて。あなたに危害を加えるつもりはないんです。僕はただ、あなたが僕と同じでユミル出身の人だと思って……。もしそうなら、僕たちの力になってくれるんじゃないかと思って声を……」
「やめて! ワタシはもうユミルとは関係ない!!」
「そ、そんなことを言わずに、どうか話だけでも」
「お、落ち着いて。あなたに危害を加えるつもりはないんです。僕はただ、あなたが僕と同じでユミル出身の人だと思って……。もしそうなら、僕たちの力になってくれるんじゃないかと思って声を……」
「やめて! ワタシはもうユミルとは関係ない!!」
「そ、そんなことを言わずに、どうか話だけでも」
せめて話だけでも聞かせてもらえればと食い下がろうとしたが、それは後ろからゲルダに腕を引っ張られて止められてしまった。
そして決まりの悪そうな表情でゲルダは言った。
そして決まりの悪そうな表情でゲルダは言った。
「ね、ねぇフレイ。もう帰ろ? なんか嫌がってるみたいだし、無理に聞くようなことじゃないよ……。きっと何か事情があるんだよ」
「そ、そうだね。あの、突然こんなことをして申し訳ありませんでした。僕たちはもう帰ります。この場所のことも誰にも話しませんので……大変失礼しました」
「あっ…………。……………………」
「そ、そうだね。あの、突然こんなことをして申し訳ありませんでした。僕たちはもう帰ります。この場所のことも誰にも話しませんので……大変失礼しました」
「あっ…………。……………………」
最後にローブの女は何かを言いかけたが、そのまま黙り込んでしまったので、僕たちはそのまま錆びた建物を後にすることにした。
悪いことをしてしまったな……と後悔の念を覚えながら、日が暮れてきたので、その日はゲルダと共にグリンブルスティに戻ることにした。
悪いことをしてしまったな……と後悔の念を覚えながら、日が暮れてきたので、その日はゲルダと共にグリンブルスティに戻ることにした。
翌朝。まだ陽も昇り切っていないような早朝に、ゲルダに揺り起こされて僕は目を覚ました。
「ううん。何? こんな朝早くから」
「それがその……。お客さんっていうか……」
「それがその……。お客さんっていうか……」
浮かない表情でゲルダが通したその人物は、紛れもなく昨日のあのローブの女だった。どういうわけか、あれほど僕たちのことを拒絶していた彼女は、こんなにも朝早くに自分からこちらを訪ねて来たのだ。
「どうして突然……。ああ、ええとその。昨日のことは本当に……」
改めて頭を下げようとすると、ローブの女はそれを制止して言った。
「待ってください。ワタシはそういうつもり来たのではありません」
「……? では一体どういったご用件で」
「まだ名乗っていませんでしたね。かつて城ではワタシはアルバと呼ばれていました。ワタシのことを覚えてはいらっしゃいませんか、フレイ王子?」
「アルバだって!?」
「……? では一体どういったご用件で」
「まだ名乗っていませんでしたね。かつて城ではワタシはアルバと呼ばれていました。ワタシのことを覚えてはいらっしゃいませんか、フレイ王子?」
「アルバだって!?」
ユミルには数多くの魔道士がいるが、その中でも王家に仕える者で実力を認められた者にはナンバーが与えられて宮廷魔道士と呼ばれるようになる。そのナンバーの数字が小さいほど上位で優秀な魔道士であることを表している。
僕のよく知るオットーやセッテもナンバーを与えられた宮廷魔道士の一員だ。
そしてアルバとは宮廷魔道士のナンバー4にあたる存在。たしか灼熱の魔道士の二つ名を持っていたが、幼い頃に何度か会った程度であまり話したことはない。
僕のよく知るオットーやセッテもナンバーを与えられた宮廷魔道士の一員だ。
そしてアルバとは宮廷魔道士のナンバー4にあたる存在。たしか灼熱の魔道士の二つ名を持っていたが、幼い頃に何度か会った程度であまり話したことはない。
「全然わからなかった……。どうしてアルバがここに?」
「実はワタシも最初はフレイ王子のことがわかりませんでした。ですが、そちらの竜人の方があなたをフレイと呼ぶのを聞いて気がついたのです。ユミル国でフレイの名を持つ者は王子ただ一人だけですから」
「無理もないですよ。もう10年近くは会ってませんでしたし」
「いえ……そういう理由でわからなかったのではありません。今のワタシには王子の顔を見ることさえできないのですから……」
「実はワタシも最初はフレイ王子のことがわかりませんでした。ですが、そちらの竜人の方があなたをフレイと呼ぶのを聞いて気がついたのです。ユミル国でフレイの名を持つ者は王子ただ一人だけですから」
「無理もないですよ。もう10年近くは会ってませんでしたし」
「いえ……そういう理由でわからなかったのではありません。今のワタシには王子の顔を見ることさえできないのですから……」
そしてそれがこのアルヴに流れ着いた理由なのだと彼女は話した。
王子になら見せてもかまわない、と彼女は仮面を外しフードを下ろした。
王子になら見せてもかまわない、と彼女は仮面を外しフードを下ろした。
仮面の下から現れたのは、なんと褐色の鱗に覆われた蛇のような顔だった。記憶に残るアルバはたしか長い髪をなびかせていたように思うが、今の彼女には頭髪も一切なく、その頭はまるで蛇そのものだった。
緑色の澄んだ瞳だけが、記憶に残るアルバの面影を唯一残している。が、その瞳孔は爬虫類を思わせるような細長いものに変わっている。
緑色の澄んだ瞳だけが、記憶に残るアルバの面影を唯一残している。が、その瞳孔は爬虫類を思わせるような細長いものに変わっている。
「こ、これは一体!?」
「すべてはあの漆黒の魔道士……トロウが現れたせいなのです」
「すべてはあの漆黒の魔道士……トロウが現れたせいなのです」
以前アルバスがトロウの正体は呪われた竜だと言っていたように、トロウはもともとユミル出身の人間ではない。
ある日旅の魔道士を名乗ってバルハラに現れたトロウは、人間にはとても真似できないような強力な魔法をいとも容易く操ってみせた。実はその正体が竜だったのだから、今にして思えば当然のことだ。しかしその噂を聞きつけた父上は、トロウを宮廷魔道士として採用してしまった。すべてがおかしくなったのはそれからだ。
トロウというのも本名ではない。トロウとはあくまでナンバー3を意味する宮廷魔道士のコードネームに過ぎない。
ある日旅の魔道士を名乗ってバルハラに現れたトロウは、人間にはとても真似できないような強力な魔法をいとも容易く操ってみせた。実はその正体が竜だったのだから、今にして思えば当然のことだ。しかしその噂を聞きつけた父上は、トロウを宮廷魔道士として採用してしまった。すべてがおかしくなったのはそれからだ。
トロウというのも本名ではない。トロウとはあくまでナンバー3を意味する宮廷魔道士のコードネームに過ぎない。
アルバが言うには、ニョルズ王を洗脳したあとトロウは自分にとって邪魔になる存在を次々と消していったのだという。自分の正体を探ろうとする者、自分に反発の姿勢を見せる者、そして気に食わない者を。
それは宮廷魔道士も例外ではなかった。
それは宮廷魔道士も例外ではなかった。
「いつの間にか、イチとツヴァイは姿を消していました。その原因を探っていたワタシもまたトロウに目をつけられ、気がつけば呪いをかけられてこんな姿に……」
「そんな……! すでにナンバー4以上の宮廷魔道士が全員やられていたなんて」
「こんな姿では誰もワタシのことをワタシだと気付いてくれませんでした」
「そんな……! すでにナンバー4以上の宮廷魔道士が全員やられていたなんて」
「こんな姿では誰もワタシのことをワタシだと気付いてくれませんでした」
アルバがローブを脱ぐと、その中からは細長い胴体が姿を見せた。
裾を地面に引きずるほど長い丈のローブをまとっていたので今まで気付かなかったが、すでに脚はなくなっており、まさに蛇そのものといった長い尻尾がかろうじて元は人間だった名残を見せているくびれた腰から下に伸びている。
両手はあるが、それも腕というには細くむしろ触手のような感じだ。
裾を地面に引きずるほど長い丈のローブをまとっていたので今まで気付かなかったが、すでに脚はなくなっており、まさに蛇そのものといった長い尻尾がかろうじて元は人間だった名残を見せているくびれた腰から下に伸びている。
両手はあるが、それも腕というには細くむしろ触手のような感じだ。
「あれから数年が経ちます。初めは顔だけだった呪いが徐々に広がり、今ではこんな有様です。手が退化して失われてしまうのも時間の問題でしょう……」
最初は姿を隠してユミルで生活を続けていたが、やがてその存在が知られるようになり、竜人扱いされた挙句にユミルを追放されて、そしてようやくたどり着いたのがこのアルヴの地だった。そうアルバは語った。
「だからあんなにユミルのことを拒絶しようとしたのか」
「いずれワタシはただの蛇に変わってしまうかもしれない。そうなるのが怖くて、なんとかまだ手が使えるうちに呪いを解く方法はないかと、あの小屋で研究していたのです。おそらくワタシに残された時間はもう少ない。最近では目も見えなくなってきましたから……」
「いずれワタシはただの蛇に変わってしまうかもしれない。そうなるのが怖くて、なんとかまだ手が使えるうちに呪いを解く方法はないかと、あの小屋で研究していたのです。おそらくワタシに残された時間はもう少ない。最近では目も見えなくなってきましたから……」
今ではぼんやりと地形を把握できる程度で、そこに誰かがいたとしても顔をはっきりと認識することはできないという。さっき彼女が僕の顔を見ることができないと言っていたのはそのせいだ。
一方で熱を感知して周囲を把握する蛇特有の能力は発達してきたらしく、身を隠していてもどこにいるかはすぐにわかるらしい。もちろん顔を判別できないので、それが誰かまではわからないようだったが。
一方で熱を感知して周囲を把握する蛇特有の能力は発達してきたらしく、身を隠していてもどこにいるかはすぐにわかるらしい。もちろん顔を判別できないので、それが誰かまではわからないようだったが。
(トロウめ……。父上といい姉上といい、そして宮廷魔道士たちにまで。それにユミルの国民たちの命運もすべて奴の手の上だ。絶対に許せない……)
こうしてはいられない。
アルヴにいれば追手に狙われる心配はたしかにないのかもしれない。しかし、こうしている間にも、トロウの手によって苦しめられている人はたくさんいる。
だから僕はこんなところでのんびりしているわけにはいかないのだ。
一刻も早く戦力を整えないと。竜人たちの信頼を得るのも大事だけど、即戦力になってくれる味方も可能な限り集めたい。
アルヴにいれば追手に狙われる心配はたしかにないのかもしれない。しかし、こうしている間にも、トロウの手によって苦しめられている人はたくさんいる。
だから僕はこんなところでのんびりしているわけにはいかないのだ。
一刻も早く戦力を整えないと。竜人たちの信頼を得るのも大事だけど、即戦力になってくれる味方も可能な限り集めたい。
「アルバさん、お願いがあります。僕は今、トロウからユミルを解放するために戦っているんです。そのためには一人でも多くの力を借りたい。だからアルバさん。僕に力を貸してくれませんか!」
彼女は優秀な魔道士だ。宮廷魔道士のナンバー4ともなる彼女が味方についてくれれば百人力だろう。
しかしいくら優秀であるとはいえ、彼女も一人の女性ではある。そんな彼女が蛇のように変えられつつある姿を他人に見せるのが苦痛だろうことは、最初に彼女と遭遇したときの反応を思えば想像に難くない。
しかしいくら優秀であるとはいえ、彼女も一人の女性ではある。そんな彼女が蛇のように変えられつつある姿を他人に見せるのが苦痛だろうことは、最初に彼女と遭遇したときの反応を思えば想像に難くない。
「……それでも僕たちに協力してくれますか? 僕の仲間にはムスペやニヴルの竜も、アルヴにいるような竜人も、竜くずれ――ええと、ちょっと変わったやつもいます。誰もあなたのことを差別しないし、そうさせないと約束します。もちろん、無理にとは言いませんが……」
そして両手でアルバの触手のような手をとって返事を待った。
彼女の蛇のような眼を恐れることなくじっと見つめた。
彼女の蛇のような眼を恐れることなくじっと見つめた。
「ワタシの灼熱の魔法はたしかに強力かもしれません。しかし、今のワタシでは熱を感知して周囲を把握する特性上、魔法を放つとその熱のせいでしばらく周囲の状況を把握できなくなってしまいます。かえって足手まといにはなりませんか?」
「戦いとは一人でするものじゃありません。僕たちは誰もが苦手なことを持っている。それを補い合うのが仲間なのだと僕は考えています」
「そう……なのですね。ワタシはずっと一人で戦おうとしてきた。でも一人で戦うのには限界を感じていました。本当に……本当にこんなワタシを受け入れてくれるというのなら……。ワタシはもう何も恐れたりしません」
「戦いとは一人でするものじゃありません。僕たちは誰もが苦手なことを持っている。それを補い合うのが仲間なのだと僕は考えています」
「そう……なのですね。ワタシはずっと一人で戦おうとしてきた。でも一人で戦うのには限界を感じていました。本当に……本当にこんなワタシを受け入れてくれるというのなら……。ワタシはもう何も恐れたりしません」
そう言ってアルバはもう一方の触手で僕の両手を握り返した。
それが彼女の返事だった。
それが彼女の返事だった。
「しかしワタシは一度ユミルを捨てた身。もう陛下からいただいたアルバの名を名乗る資格はありません。今では灼熱の魔道士を名乗る以前に使っていたサーモスの名を名乗っています」
「なるほど。ではサーモス、僕もまだまだ未熟者ではありますが、かつての宮廷魔道士としての力、お借り受けします。よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそお願いします」
「なるほど。ではサーモス、僕もまだまだ未熟者ではありますが、かつての宮廷魔道士としての力、お借り受けします。よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそお願いします」
アルバ改めサーモスは、ようやく初めての笑みを僕に見せてくれた。
一方で不安そうな顔をして見せるのはゲルダのほうだった。
一方で不安そうな顔をして見せるのはゲルダのほうだった。
「……ねぇ。ちょっと待ってよ。さっきの話はどういうことなの。全部本当のことなの? トロウ? 呪い? 差別? 外の世界ってみんなが手を取り合って暮らせる平和な世界じゃないの!? ウソだよね。だって外にはもっといろんな種族がいて、もっといろんな世界が広がっていて……」
しまった。まだ外の世界の真実をゲルダには話していなかった。
外の世界にあこがれる彼女の夢を壊したくないと思って、トロウのことや戦争のこと、そして竜人差別のことを何も話していなかったのだ。
外の世界にあこがれる彼女の夢を壊したくないと思って、トロウのことや戦争のこと、そして竜人差別のことを何も話していなかったのだ。
「違うんだ、ゲルダ……。いや、違わないんだけど、まずは落ち着いて僕の話を聞いてくれないか」
「ウソつき……。フレイのウソつき! 知ってて黙ってたの? どうせわたしの夢が叶いっこないと思って、それでわざと黙ってたの!?」
「そ、そんな、とんでもない! 僕はそんなつもりじゃ――」
「知らない! もうフレイなんか知らないッ!!」
「ウソつき……。フレイのウソつき! 知ってて黙ってたの? どうせわたしの夢が叶いっこないと思って、それでわざと黙ってたの!?」
「そ、そんな、とんでもない! 僕はそんなつもりじゃ――」
「知らない! もうフレイなんか知らないッ!!」
そのままゲルダは涙を浮かべながら、グリンブルスティを飛び出していった。
静まり返った船室には、困惑する僕とサーモスが取り残された。
静まり返った船室には、困惑する僕とサーモスが取り残された。
……これはややこしいことになってしまった。