Chapter50「ちびっこ戦記5:青い猫」
ティエラの杖の先には激しく燃える火の玉が浮かんでいる。
どうやら相手は火の魔法が得意のようだな。それならば楽勝だ。
なんたって、わたしは水竜なのだ。水の扱いはお手のもの。火と水、相性ではどちらが有利かなんて、誰が見たって明らか。この勝負はいただきだ。
どうやら相手は火の魔法が得意のようだな。それならば楽勝だ。
なんたって、わたしは水竜なのだ。水の扱いはお手のもの。火と水、相性ではどちらが有利かなんて、誰が見たって明らか。この勝負はいただきだ。
「でも本当にいいのか、猫の魔女さん? こんな場所で火の魔法なんて使ったら、せっかくの木の家が黒コゲになってしまうんじゃないの?」
「おっと、心配してくれるのかい。それなら大丈夫さ。すでにこの島全体に耐火魔法をかけてある。だから、地獄の業火が燃え盛ろうともぼやひとつ起こさないよ」
「ふぅん、そう。だったら耐水魔法もかけたほうがいいな。家が洪水で流されちゃうかもよ!」
「おっと、心配してくれるのかい。それなら大丈夫さ。すでにこの島全体に耐火魔法をかけてある。だから、地獄の業火が燃え盛ろうともぼやひとつ起こさないよ」
「ふぅん、そう。だったら耐水魔法もかけたほうがいいな。家が洪水で流されちゃうかもよ!」
家のすぐ外に泉があったのをわたしはよく覚えている。
魔法媒体としては十分だ。大地の魔法は土や植物などの自然を、火と風は空気を媒体とするが、水は当然ながら水分を媒体とする。
空気中にも水分はあるので、ムスペのような乾燥した場所でもなければ、空気がある限りは水の魔法は力を発揮することができる。
が、もちろん大きな媒体が近くにあれば、それだけ魔法の力は大きくなる。
魔法媒体としては十分だ。大地の魔法は土や植物などの自然を、火と風は空気を媒体とするが、水は当然ながら水分を媒体とする。
空気中にも水分はあるので、ムスペのような乾燥した場所でもなければ、空気がある限りは水の魔法は力を発揮することができる。
が、もちろん大きな媒体が近くにあれば、それだけ魔法の力は大きくなる。
わたしは泉の水を呼び水として、鉄砲水を生み出した。
呼び出された水は木の玄関扉を突き破り、一直線に獲物を呑み込む大蛇が如くティエラに襲い掛かる。
呼び出された水は木の玄関扉を突き破り、一直線に獲物を呑み込む大蛇が如くティエラに襲い掛かる。
相手は火の魔法使い。逆立ちしたって、火は水に敵うわけがないのだ。
この勝負、勝ったな。そう思って拳を握りしめガッツポーズを決める。
この勝負、勝ったな。そう思って拳を握りしめガッツポーズを決める。
が、握りしめたはずの拳に違和感がある。
(なんだ? うまく握れない……?)
握りかけた右拳を見ると、わずかに指が短くなっていて、握り拳を作るには長さが足りなくなっていた。
(なんだこれ。またニンゲンに化ける魔法を失敗したのかな)
それだけではない。握りかけていた指が自分の意思に反して勝手に開いていく。
いや、よく見るとそうではない。現在進行形で徐々に指が縮んでいるのだ。
やがて指はかなり短くなってしまい、その手はものをつかむのが困難な形に変わってしまった。慌てて左手を見ると、そっちも同じ有様だった。
いや、よく見るとそうではない。現在進行形で徐々に指が縮んでいるのだ。
やがて指はかなり短くなってしまい、その手はものをつかむのが困難な形に変わってしまった。慌てて左手を見ると、そっちも同じ有様だった。
「な、何これ。もしかして、これも敵の攻撃!?」
顔を上げると、目の前にはさっきと変わらない場所で、腕を組んで不敵な笑みを浮かべている三毛猫の姿が目に入った。
「まさかそんな、なんともない!? さっきの鉄砲水はどうなったんだ」
「ああ、あの水? あの程度なら簡単に蒸発させられるよ。一瞬にしてね」
「なんだって! わたしの渾身の一撃だったのに!!」
「あれで全力? 悪いけどあの程度じゃあんたの力を認めるわけにはいかないね」
「ま、まだまだ! わたしには氷魔法だってあるんだ。まだ終わってない!」
「ああ、あの水? あの程度なら簡単に蒸発させられるよ。一瞬にしてね」
「なんだって! わたしの渾身の一撃だったのに!!」
「あれで全力? 悪いけどあの程度じゃあんたの力を認めるわけにはいかないね」
「ま、まだまだ! わたしには氷魔法だってあるんだ。まだ終わってない!」
たしかに氷は火に対して不利だ。なぜなら氷は火に溶かされてしまう。
だけど忘れてならないのは、わたしは水の魔法の使い手でもあるということだ。
氷が溶ければ何ができる? そう、氷は溶けて水になる。わたしはその水を操ることだってできるのだ。つまり、わたしの能力は水と氷の複合攻撃。氷が溶かされても、そのままその水を攻撃に転化させられる。水と氷を同時に扱えるのがわたしの強みなのだ。
だけど忘れてならないのは、わたしは水の魔法の使い手でもあるということだ。
氷が溶ければ何ができる? そう、氷は溶けて水になる。わたしはその水を操ることだってできるのだ。つまり、わたしの能力は水と氷の複合攻撃。氷が溶かされても、そのままその水を攻撃に転化させられる。水と氷を同時に扱えるのがわたしの強みなのだ。
「なるほど。だったらあたいだって火だけじゃないよ。もう忘れたのかい? あたいは魔法で猫になっている。そういう魔法もあるってことだよ」
なんだか頭がむずむずする。くすぐったいというか、ぞわぞわするというか、今までに感じたことのない不思議な感じがする。
それになぜだろう。さっきよりもティエラの声がよく聞こえる。周囲の音がいつもよりも大きな音に感じられる。
それになぜだろう。さっきよりもティエラの声がよく聞こえる。周囲の音がいつもよりも大きな音に感じられる。
「へぇ。なかなか似合うじゃないか。ほら、そこに鏡があるから見てごらんよ」
「えっ?」
「えっ?」
頭上の違和感から、それが頭の上のことを言っているのはすぐにわかった。
思わず頭の上に手を伸ばしてみると、何か柔らかい感触がそこにはあった。
思わず頭の上に手を伸ばしてみると、何か柔らかい感触がそこにはあった。
硬い感触が返ってくるのであれば何もおかしなことはない。わたしには珊瑚のように美しい自慢のツノがあるからだ。しかしこの柔らかい感触。こんなのは初めてだ。それに自分の手でそれに触れると、柔らかいのと同時に少しくすぐったい。
「どういうことなんだ!?」
わたしはティエラに促されて、壁際の鏡に自分の顔を映して見た。
するとわたしの頭の上には、ふわふわとした毛で覆われた三角の物体がふたつついている。鏡を見ながら恐る恐るその三角に手を伸ばしてみると、さっきと同じように柔らかさと同時に来るくすぐったさを感じた。
するとわたしの頭の上には、ふわふわとした毛で覆われた三角の物体がふたつついている。鏡を見ながら恐る恐るその三角に手を伸ばしてみると、さっきと同じように柔らかさと同時に来るくすぐったさを感じた。
この三角は……いや、この耳はわたしから生えている。わたしの耳だ。
「これってまさか、猫耳!?」
鏡の中の猫耳はわたしの意思で自在に動かすことができた。
間違いなく、この猫耳はわたしの身体の一部だった。
間違いなく、この猫耳はわたしの身体の一部だった。
「青い毛の猫耳だって? これは珍しいね」
「クエリアちゃんの本当の姿は青い鱗の竜なのよ。だからきっとその色が出たんだと思うわ。青い猫……いいわねぇ。ぬいぐるみにしちゃいたい」
「やめてよ、プラッシュ。青い猫はあたいのコレクションに加える。これはあたいの魔法なんだからね」
「クエリアちゃんの本当の姿は青い鱗の竜なのよ。だからきっとその色が出たんだと思うわ。青い猫……いいわねぇ。ぬいぐるみにしちゃいたい」
「やめてよ、プラッシュ。青い猫はあたいのコレクションに加える。これはあたいの魔法なんだからね」
ずいぶんと勝手なことを言ってくれている。
やっぱり魔女というのはロクなもんじゃない。そう思うと無性にはらが立ってきた。こんな猫バカになんて負けるわけにはいかない。
やっぱり魔女というのはロクなもんじゃない。そう思うと無性にはらが立ってきた。こんな猫バカになんて負けるわけにはいかない。
「もう怒った。こうなったら本気を出してやる。家が壊れたら気の毒かなーと思って抑えてたけど、もう我慢できない。わたしの真の姿を見せてやる!」
わたしは変身を解いて水竜の姿に戻ることにした。
この家は竜には小さすぎる。だからティエラの家はきっと壊れてしまうだろう。
だけどもう気の毒だなんて思わない。そもそもケンカを売ってきたのは相手のほうなのだから、自業自得というやつなのだ。
この家は竜には小さすぎる。だからティエラの家はきっと壊れてしまうだろう。
だけどもう気の毒だなんて思わない。そもそもケンカを売ってきたのは相手のほうなのだから、自業自得というやつなのだ。
「見よ! これぞわたしの真の姿ッ!」
両手を高く頭上に掲げ、力強く叫ぶ。
するとわたしの両手がブルーの光に包まれ、そして愛らしい肉球を備えた猫の前脚へと変わった!
するとわたしの両手がブルーの光に包まれ、そして愛らしい肉球を備えた猫の前脚へと変わった!
――――むむむ?
「あら、かわいい。ねぇ、本当にぬいぐるみにしちゃダメかしら」
なんだ、まさかこのタイミングで不発なのか。
咳払いをして、わたしは改めて叫んだ。
咳払いをして、わたしは改めて叫んだ。
「こ、こんどこそ、これがわたしの本当の姿だッ!!」
するとわたしの顔からは、にゅっと猫ヒゲが生えて、おしりからは猫のシッポが伸びてきた。
「ふにゃぁぁぁあああぁっ!? な、なんじゃこりゃぁぁぁ!!」
元の姿に戻れなくなっている。いや、それどころか、戻ろうとすればするほどに猫化が加速してるんですけどッ!? なにこれ、猫なの? 死ぬの?
ぞわぞわとした感覚は背筋に走った寒気と冷や汗だけのものではない。その感覚が身体中に広がるとともに、全身をもふもふとした、それでいてしなやかな猫毛が覆い尽くしていく。心なしか身体も小さくなっていっているような気がする。
「もしかして何か変性の魔法を使おうとしてる? だったらそれは残念だったね。どうやらその魔法に関してはあたいのほうが実力が上みたいだ。だからあたいのかけた魔法がそれを上書きしてしまっているってわけさ」
輝くブルーの光が収まると、そこには小さな青い毛の猫が丸くなっていた。
言うまでもない。わたしだ。
言うまでもない。わたしだ。
(お、おのれ。わたしは竜族だぞ! それをこんな……よくも侮辱したな!!)
わたしはそう叫んだつもりだったが、
「ふ、ふにゃっ! ふぎゃぎゃっ!!」
口をついて出るのは猫の鳴き声だけだった。
『おやおや、これはかわいい子猫ちゃんだ。ハロー、おともだち』
うるさい、おまえは黙ってろ。
『うるさいとは冷たいなぁ。その青い毛皮と同じように冷たい。同じ猫同士、仲良くしようじゃないか。ミーは猫仲間はいつでも大歓迎だよ』
黙れ、クソ猫。わたしはおまえなんかと馴れ合うつもりはない。
『ふ~ん。いいのかな、そんな態度取っちゃって。すぐにユーはミーに泣きついてくると思うけどなぁ』
なんだと。それはどういう意味だ。
『じきにわかるよ。じきにね……ニヒヒヒ! まぁ、もう少し”猫”を楽しんでいなよ。それでは邪魔者はひとまず退散しま~す』
シャノワールはそう言い残すと、プラッシュの肩に駆け上った。
一方プラッシュはわたしのほうを見下ろしながらこう言った。
一方プラッシュはわたしのほうを見下ろしながらこう言った。
「どうやら勝負あったみたいね。残念だけど、この賭けはあたしの負けね」
賭け? 一体何の話をしているんだ。
「そのようだね。それじゃあ約束通り、この子はあたいが預からせてもらうよ」
「しょうがないわね。クエリアちゃんなら勝てると思ったんだけど、どうやら買いかぶりすぎていたようね。残念だわ」
「まぁ、よかったらまた挑戦しに来なよ。あたいはいつでも大歓迎さ」
「そうするわ。そうねぇ……いっそ次はフリードちゃんあたりをぶつけてみようかしら。まぁ、負けは負けね。とりあえず今日のところは出直すことにするわ。それじゃあ、クエリアちゃん。元気でね」
「しょうがないわね。クエリアちゃんなら勝てると思ったんだけど、どうやら買いかぶりすぎていたようね。残念だわ」
「まぁ、よかったらまた挑戦しに来なよ。あたいはいつでも大歓迎さ」
「そうするわ。そうねぇ……いっそ次はフリードちゃんあたりをぶつけてみようかしら。まぁ、負けは負けね。とりあえず今日のところは出直すことにするわ。それじゃあ、クエリアちゃん。元気でね」
元気でね? なんだそれ。
またね。とかじゃなくて、元気でね?
またね。とかじゃなくて、元気でね?
おい、ちょっと待て。どこに行くつもりだ。
まさかこのままわたしを置いていくのか。おい。
ちょっと。ねえ。プラッシュ? 待って、冗談でしょ。プラッシュ!?
まさかこのままわたしを置いていくのか。おい。
ちょっと。ねえ。プラッシュ? 待って、冗談でしょ。プラッシュ!?
しかし、プラッシュはそのままわたしに背を向けた。
彼女はシャノワールを連れて出て行った。そして戻ってくることはなかった。
彼女はシャノワールを連れて出て行った。そして戻ってくることはなかった。
(だ、騙された! 賭けって一体何の話? わたしは一体これからどうなるんだ)
途方に暮れるわたしの背後には、仁王立ちする三毛猫の魔女が立っていた。
「それじゃあクエリアといったっけ。元竜だろうが、元人間だろうが、ここではみんなが平等さ。すべては猫であり、それ以上でも以下でもない。それはもちろん、このあたいも含めて、ね。猫同士、仲良くやっていこう。よろしくね」
ち、違う! わたしは猫なんかじゃない。
わたしは、わたしはッ! ニヴルの第二王女のアクエリアス!
猫じゃない。わたしは竜だッ! 水竜なんだよぉぉぉーッ!!
わたしは、わたしはッ! ニヴルの第二王女のアクエリアス!
猫じゃない。わたしは竜だッ! 水竜なんだよぉぉぉーッ!!
しかし、わたしの叫びは誰にも届かない。
誰もわたしの言葉を理解してくれない。
誰もわたしの言葉を理解してくれない。
なぜなら、わたしの口から出るのは猫の鳴き声だけだったからだ。