――あなたは死後の世界を信じますか。
天国や地獄、黄泉の国。死後の世界についての逸話は文化によっていろいろあるが、死者の国というものが存在するというイメージが共通してある。それとも死んだらそのあとは何もなくて、ただの無かもしれない。
少なくとも、おれは死後の世界なんて信じていなかった。いや、考えたことすらなかった。
しかしそれはある日突然に、現実としておれの目の前に突き付けられたのだ。
少なくとも、おれは死後の世界なんて信じていなかった。いや、考えたことすらなかった。
しかしそれはある日突然に、現実としておれの目の前に突き付けられたのだ。
第壱話「転生」
「ここは……どこだ?」
気がつくと、おれは何もない真っ暗な空間に立っていた。
立っていた? いや、浮かんでいたと言ったほうが正しいのかもしれない。なぜならおれは地面の存在を感じることができなかった。それに地面だけではない。そこには、空も天井も壁も物も、何もなかった。
黒、黒、黒。あるのは、どこまでも続く漆黒の闇だけだ。もちろん、誰の姿もない。
「おーい、誰かいないのか」
おれは闇に向かってそう叫んだつもりだったが、すぐに異変に気がついた。
(声が出ない……!?)
何度も何度も繰り返し叫んでみるが、結果は変わらない。何もない空間には音さえも存在しないらしい。
喉がどうかしてしまったのかと思い、手で首筋を触ろうとするが手ごたえはなく、手は虚しく空を切る……ということさえなかった。なんと地面の存在だけではなく、手も足も顔も胴も、身体のありとあらゆる部分の感覚すら感じられないことに気がついた。ただ自分の意識だけが、この真っ暗な空間に浮かんでいるだけ。そんなふうに感じられた。
そもそも、どうやっておれはこんな場所に来てしまったのだろうか。記憶の糸を手繰り寄せようとすると、そこで初めて最も恐ろしい事実に気がついてしまった。
(おれは……だれなんだ!?)
なんということだ。わからない。何もわからないぞ。
どうやってここへ来たのかも、それ以前に自分が何をやっていたのかも、自分の名前すらもわからなかった。ここに自分がいると気がつく以前の記憶が全くない。思い出そうとしても、全く何も浮かんでこない。真っ暗なこの空間と同じように、おれの頭の中も空っぽの暗闇だった。それがわかると、おれは急に言いようもない不安と恐怖に襲われ始めた。
何も見えない。何も聞こえない。何もできない。何もわからない。
頭を抱え込みたかったが、抱え込むべき頭も、それを抱え込む手もなく、叫び出してしまいたかったが、声を出そうにも、その声自体がなかった。
一体、何がどうなっているのかはわからないが、夢なら早く覚めてほしい……。
気がつくと、おれは何もない真っ暗な空間に立っていた。
立っていた? いや、浮かんでいたと言ったほうが正しいのかもしれない。なぜならおれは地面の存在を感じることができなかった。それに地面だけではない。そこには、空も天井も壁も物も、何もなかった。
黒、黒、黒。あるのは、どこまでも続く漆黒の闇だけだ。もちろん、誰の姿もない。
「おーい、誰かいないのか」
おれは闇に向かってそう叫んだつもりだったが、すぐに異変に気がついた。
(声が出ない……!?)
何度も何度も繰り返し叫んでみるが、結果は変わらない。何もない空間には音さえも存在しないらしい。
喉がどうかしてしまったのかと思い、手で首筋を触ろうとするが手ごたえはなく、手は虚しく空を切る……ということさえなかった。なんと地面の存在だけではなく、手も足も顔も胴も、身体のありとあらゆる部分の感覚すら感じられないことに気がついた。ただ自分の意識だけが、この真っ暗な空間に浮かんでいるだけ。そんなふうに感じられた。
そもそも、どうやっておれはこんな場所に来てしまったのだろうか。記憶の糸を手繰り寄せようとすると、そこで初めて最も恐ろしい事実に気がついてしまった。
(おれは……だれなんだ!?)
なんということだ。わからない。何もわからないぞ。
どうやってここへ来たのかも、それ以前に自分が何をやっていたのかも、自分の名前すらもわからなかった。ここに自分がいると気がつく以前の記憶が全くない。思い出そうとしても、全く何も浮かんでこない。真っ暗なこの空間と同じように、おれの頭の中も空っぽの暗闇だった。それがわかると、おれは急に言いようもない不安と恐怖に襲われ始めた。
何も見えない。何も聞こえない。何もできない。何もわからない。
頭を抱え込みたかったが、抱え込むべき頭も、それを抱え込む手もなく、叫び出してしまいたかったが、声を出そうにも、その声自体がなかった。
一体、何がどうなっているのかはわからないが、夢なら早く覚めてほしい……。
そうして、どのくらいこの空虚な空間を漂っていただろうか。
時間なんてもうわからない。時の流れすらも感じられない。ここには何もない。あるのは無だけだ。
怖いか。無が怖いか。ならば、自分も無になればいい。そうすれば全部おんなじ。同じなら何も恐れることはない……。いつの間にか自分の中の不安も恐怖もどこかへ消えてしまい、意識すらも消えてしまいそうだった。
しかし、そんなおれの意識を引き戻すものがあった。何もなかった闇の中にひとつ、小さな光の球が現れた。球はゆらゆらと揺れながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。
無の中に現れた有の存在におれは期待した。
無の中では無しか存在できない。有なる存在は次第に無に取り込まれてしまう。しかし別なる有があって、それらが互いに寄り添えば、無の中であっても有はそれぞれ己を保つことができる。おれはその球が、この虚無から自分を救い出してくれるのではないかと考えていた。
しかし、その期待はすぐに打ち砕かれた。
球は近づいてくると不気味な頭蓋骨に姿を変えたのだ。その頭蓋骨は長めの鼻先を持ち、数本の角が生えていて牙もある。まるで悪魔か何かだ。そんな浮遊する頭蓋骨が、ぼんやりと妖しい光を放ちながらじわりじわりと向かってくる。さらに近くまで来ると、その光を反射する何かがあることに気がついた。暗くてよくわからなかったが、頭蓋骨の下からは影のように真っ黒な胴体が伸びて、そのまま流線型を描くと細長い尻尾にたどり着く。脚は無いようだが、手には黒くて鋭くて長い柄のついたようなものを持っている。もしかすると鎌……だろうか。
頭蓋骨と鎌。このふたつのキーワードは、すぐにあるイメージを思い起こさせた。
――死神。
死期が近付いたもののところへ『お迎え』にやってきて、その大鎌で対象の魂を狩り取ってあの世へ連れていくという存在。その死神が今、おれの目の前までやってきて音もなく止まった。頭蓋骨の眼球のない眼がおれをじっと睨みつけている。
死神は消えかけていたおれの意識と同時に不安と恐怖までも取り戻させてくれたようだ。すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたい気持ちに駆られたが、右も左もわからず自分がどんな状態になっているのかもわからないこの現状では、どうやって逃げればいいのかもわからない。
(お、おれは死ぬのか!?)
この死神は、おれを『お迎え』に来たに違いない。もしそうであれば、この奇妙な空間や状況も納得できる……ような気がする。あるいは、おれはすでに死んでいるのか。
そんなことを考えていると死神は、
「そうだ。おまえは死んだのだ」
と答えた。
死神は確かにおれの考えていたことに対しての返事をよこした。
(もしかして、心が読めるのか?)
試しにそう念じてみると、死神は「その通りだ」と返した。
「ふむ。理解が早いならこちらも楽で助かる」
死神は慣れた様子で、今の状態についてを説明し始めた。
まず、ここはいわゆる『あの世』なのだそうだ。そして、おれは死んでしまったためにここにいる。おれは今は魂だけの状態になっているらしい。
(あの世ってことは、ここは天国なのか。それとも地獄なのか? おれはどっちへ行かされるんだ!?)
おれはあの世と聞いて、すぐに閻魔大王が死者の魂を天国か地獄かに振り分けている図を想像した。記憶はないくせに、こういうことだけは覚えているらしい。このイメージは死神にも伝わったらしく、それについての返事をよこしてきた。そういう意味では、考えただけで意思が伝わるのは便利かもしれない。
「そのイメージは間違いではないが、少しおまえたちが勝手に想像して創り上げた部分もあるな。まぁ、そのあたりは実際に見てもらえばいい。閻魔様は俺の上司にあたるから、いずれ会う機会があるだろう。しかし、心配はいらない。おまえの道はもうすでに決まっているのだ」
死神は鎌の先をこちらへ突き付けて言った。
「おまえは、これから死神としてここで働いてもらう」
耳を疑った。なんだって……? おれが死神をやるのか!?
「これは決まったことだ。異論は認めん」
死者が死神として選ばれるなんて逸話は聞いたことがない。それ以前に死神とはそういう役職のようなものだったのだろうか。
カルチャーショックを受けるおれにはかまわず、目の前の死神は続けた。
「おまえは今後、俺の部下として働いてもらう。ここでは俺の命令は絶対だ。俺を満足させられるように、せいぜいがんばることだな」
死神の高慢な態度に(こいつが上司になるのか……)と不満を感じていると、
「嫌なら地獄の奥底まで行ってもらうだけだが」
ということばと共に、さらに厳しく睨みつけられてしまった。前言撤回。考えただけですべて伝わってしまうのも困りものだな。
「まずはそのままでは何かと不便だろう。就任祝いとしてこれをくれてやる。ありがたく受け取れ」
死神が鎌を振り上げると、その頭蓋骨をぼんやりと照らしていた光がふたつに分かれて、一方は死神のもとに残り、もう一方はこちらに向かってきておれを勢いよく包み込んだ。
(ま、眩しい……!)
激しい光の渦の中で何も見えない。しかし虚無の闇の中とは違って、ここでは意識の他に自分自身の身体の感覚が感じ取れた。まるで頭以外は何か狭い球のようなものに閉じ込められているような、少し窮屈な感じがする。その窮屈感から逃れようと身をよじらせようと試みるも、全く身動きが取れないのは闇の空間と変わらないのだが。
すると、突然温かい何かが両腕をゆっくりと引っ張り始めた。それにつれて徐々に両手が窮屈感から解放されていく。久しく感じた手の感覚だ。恐る恐る拳を握りしめてみようとしたが、うまく力が入らなかった。
続いて下半身にも温かい何かを感じる。両足から窮屈感が消えた。自由になった足を動かしてみようとしたが、これもうまくいかない。なぜか窮屈感と同時に足の感覚もどこかへ行ってしまった。
胴体の窮屈感が消える。とくに腰まわりに温もりを感じる。その温もりは徐々に下方へと引き伸ばされて行き、細く長く、そして消えた。
眩しさで何が起こっているのかは見えなかったが、次に頭に何かを被せられたような気がする。他とは違って、これはひんやりしていた。重さは全く感じない。
最後に温もりから何かを手渡されて、周囲を包んでいた光は小さくなっていく。その手渡された何かをしっかりと握りしめてみる。こんどはうまくいった。これは重みを感じる。
一通りの仕事を終えると、光はどんどん小さくなって消えた。
光の眩しさでしばらくは何も見えなかったが、目が慣れてきて周囲が見渡せるようになってきたので、手渡されたものを確認してみる。すると、それは小さな鎌だった。目の前で腕を組んでこちらを睨みつけている死神のものに似ているが、それよりも一回りも二回りも小さくどこか頼りない。そんな鎌を握りしめて、おれはゆらゆらとそこに浮かんでいた。
「終わったか」
死神の持っている鎌に自分の姿が映っている。
頭には頭蓋骨が被せられている。目の前の死神とは別の頭蓋骨で、いわゆるドクロというやつだ。記憶がないので確かかはわからないが、もしかすると自分の生前の頭蓋骨なのかもしれないと想像してしまい背筋がゾッとした。
ドクロからは胴体が伸びて、手が二本。小さな鎌がヒレ状の手でしっかりと握られている。指はなさそうだ。どうやって握っているのか不思議である。足はなく、胴体は細く長く尾のように伸びて、その先は闇の中に溶け込んでいた。
「こ、これは? 一体何が起こって……」
状況が飲み込めずに混乱するおれを気にすることなく、死神はにやりと笑う。ただの頭蓋骨のはずなのに、なぜか表情を読み取れるようになっていた。ついでに声も出せるようになったらしい。
「じきに仕事を与える。それまでにその体に慣れておくことだな。期待しているぞ、新入り……」
死神は不気味に笑うと暗闇に溶けるように姿を消した。そして、おれは再び闇の中にひとり取り残される。
「そんな急に言われても……お、おれ一体どうしたら……」
手にしている小さな鎌が、今はとてつもなく重いように感じられた。
時間なんてもうわからない。時の流れすらも感じられない。ここには何もない。あるのは無だけだ。
怖いか。無が怖いか。ならば、自分も無になればいい。そうすれば全部おんなじ。同じなら何も恐れることはない……。いつの間にか自分の中の不安も恐怖もどこかへ消えてしまい、意識すらも消えてしまいそうだった。
しかし、そんなおれの意識を引き戻すものがあった。何もなかった闇の中にひとつ、小さな光の球が現れた。球はゆらゆらと揺れながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。
無の中に現れた有の存在におれは期待した。
無の中では無しか存在できない。有なる存在は次第に無に取り込まれてしまう。しかし別なる有があって、それらが互いに寄り添えば、無の中であっても有はそれぞれ己を保つことができる。おれはその球が、この虚無から自分を救い出してくれるのではないかと考えていた。
しかし、その期待はすぐに打ち砕かれた。
球は近づいてくると不気味な頭蓋骨に姿を変えたのだ。その頭蓋骨は長めの鼻先を持ち、数本の角が生えていて牙もある。まるで悪魔か何かだ。そんな浮遊する頭蓋骨が、ぼんやりと妖しい光を放ちながらじわりじわりと向かってくる。さらに近くまで来ると、その光を反射する何かがあることに気がついた。暗くてよくわからなかったが、頭蓋骨の下からは影のように真っ黒な胴体が伸びて、そのまま流線型を描くと細長い尻尾にたどり着く。脚は無いようだが、手には黒くて鋭くて長い柄のついたようなものを持っている。もしかすると鎌……だろうか。
頭蓋骨と鎌。このふたつのキーワードは、すぐにあるイメージを思い起こさせた。
――死神。
死期が近付いたもののところへ『お迎え』にやってきて、その大鎌で対象の魂を狩り取ってあの世へ連れていくという存在。その死神が今、おれの目の前までやってきて音もなく止まった。頭蓋骨の眼球のない眼がおれをじっと睨みつけている。
死神は消えかけていたおれの意識と同時に不安と恐怖までも取り戻させてくれたようだ。すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたい気持ちに駆られたが、右も左もわからず自分がどんな状態になっているのかもわからないこの現状では、どうやって逃げればいいのかもわからない。
(お、おれは死ぬのか!?)
この死神は、おれを『お迎え』に来たに違いない。もしそうであれば、この奇妙な空間や状況も納得できる……ような気がする。あるいは、おれはすでに死んでいるのか。
そんなことを考えていると死神は、
「そうだ。おまえは死んだのだ」
と答えた。
死神は確かにおれの考えていたことに対しての返事をよこした。
(もしかして、心が読めるのか?)
試しにそう念じてみると、死神は「その通りだ」と返した。
「ふむ。理解が早いならこちらも楽で助かる」
死神は慣れた様子で、今の状態についてを説明し始めた。
まず、ここはいわゆる『あの世』なのだそうだ。そして、おれは死んでしまったためにここにいる。おれは今は魂だけの状態になっているらしい。
(あの世ってことは、ここは天国なのか。それとも地獄なのか? おれはどっちへ行かされるんだ!?)
おれはあの世と聞いて、すぐに閻魔大王が死者の魂を天国か地獄かに振り分けている図を想像した。記憶はないくせに、こういうことだけは覚えているらしい。このイメージは死神にも伝わったらしく、それについての返事をよこしてきた。そういう意味では、考えただけで意思が伝わるのは便利かもしれない。
「そのイメージは間違いではないが、少しおまえたちが勝手に想像して創り上げた部分もあるな。まぁ、そのあたりは実際に見てもらえばいい。閻魔様は俺の上司にあたるから、いずれ会う機会があるだろう。しかし、心配はいらない。おまえの道はもうすでに決まっているのだ」
死神は鎌の先をこちらへ突き付けて言った。
「おまえは、これから死神としてここで働いてもらう」
耳を疑った。なんだって……? おれが死神をやるのか!?
「これは決まったことだ。異論は認めん」
死者が死神として選ばれるなんて逸話は聞いたことがない。それ以前に死神とはそういう役職のようなものだったのだろうか。
カルチャーショックを受けるおれにはかまわず、目の前の死神は続けた。
「おまえは今後、俺の部下として働いてもらう。ここでは俺の命令は絶対だ。俺を満足させられるように、せいぜいがんばることだな」
死神の高慢な態度に(こいつが上司になるのか……)と不満を感じていると、
「嫌なら地獄の奥底まで行ってもらうだけだが」
ということばと共に、さらに厳しく睨みつけられてしまった。前言撤回。考えただけですべて伝わってしまうのも困りものだな。
「まずはそのままでは何かと不便だろう。就任祝いとしてこれをくれてやる。ありがたく受け取れ」
死神が鎌を振り上げると、その頭蓋骨をぼんやりと照らしていた光がふたつに分かれて、一方は死神のもとに残り、もう一方はこちらに向かってきておれを勢いよく包み込んだ。
(ま、眩しい……!)
激しい光の渦の中で何も見えない。しかし虚無の闇の中とは違って、ここでは意識の他に自分自身の身体の感覚が感じ取れた。まるで頭以外は何か狭い球のようなものに閉じ込められているような、少し窮屈な感じがする。その窮屈感から逃れようと身をよじらせようと試みるも、全く身動きが取れないのは闇の空間と変わらないのだが。
すると、突然温かい何かが両腕をゆっくりと引っ張り始めた。それにつれて徐々に両手が窮屈感から解放されていく。久しく感じた手の感覚だ。恐る恐る拳を握りしめてみようとしたが、うまく力が入らなかった。
続いて下半身にも温かい何かを感じる。両足から窮屈感が消えた。自由になった足を動かしてみようとしたが、これもうまくいかない。なぜか窮屈感と同時に足の感覚もどこかへ行ってしまった。
胴体の窮屈感が消える。とくに腰まわりに温もりを感じる。その温もりは徐々に下方へと引き伸ばされて行き、細く長く、そして消えた。
眩しさで何が起こっているのかは見えなかったが、次に頭に何かを被せられたような気がする。他とは違って、これはひんやりしていた。重さは全く感じない。
最後に温もりから何かを手渡されて、周囲を包んでいた光は小さくなっていく。その手渡された何かをしっかりと握りしめてみる。こんどはうまくいった。これは重みを感じる。
一通りの仕事を終えると、光はどんどん小さくなって消えた。
光の眩しさでしばらくは何も見えなかったが、目が慣れてきて周囲が見渡せるようになってきたので、手渡されたものを確認してみる。すると、それは小さな鎌だった。目の前で腕を組んでこちらを睨みつけている死神のものに似ているが、それよりも一回りも二回りも小さくどこか頼りない。そんな鎌を握りしめて、おれはゆらゆらとそこに浮かんでいた。
「終わったか」
死神の持っている鎌に自分の姿が映っている。
頭には頭蓋骨が被せられている。目の前の死神とは別の頭蓋骨で、いわゆるドクロというやつだ。記憶がないので確かかはわからないが、もしかすると自分の生前の頭蓋骨なのかもしれないと想像してしまい背筋がゾッとした。
ドクロからは胴体が伸びて、手が二本。小さな鎌がヒレ状の手でしっかりと握られている。指はなさそうだ。どうやって握っているのか不思議である。足はなく、胴体は細く長く尾のように伸びて、その先は闇の中に溶け込んでいた。
「こ、これは? 一体何が起こって……」
状況が飲み込めずに混乱するおれを気にすることなく、死神はにやりと笑う。ただの頭蓋骨のはずなのに、なぜか表情を読み取れるようになっていた。ついでに声も出せるようになったらしい。
「じきに仕事を与える。それまでにその体に慣れておくことだな。期待しているぞ、新入り……」
死神は不気味に笑うと暗闇に溶けるように姿を消した。そして、おれは再び闇の中にひとり取り残される。
「そんな急に言われても……お、おれ一体どうしたら……」
手にしている小さな鎌が、今はとてつもなく重いように感じられた。