レポート02「ポルターガイスト」
陽の光の眩しさで目を覚ます。どうやら、そのまま公園のベンチで眠ってしまったらしい。
「む…どうして私はこんなところで眠っているのだ? …などと同じボケを繰り返している場合ではないな」
立ち上がり誰か人の姿がないかと探す。ずいぶん長い間眠っていたような気がするが、余程疲れていたのだろうか。しかし、その疲れはすぐに吹き飛んだ。
「声だ…。話し声が聞こえるぞ!」
街角に差し掛かったときのことだった。よかった、私以外にもまだ残っている人がいたんだな!
喜び勇んでその声の元に向かう。もともと人づきあいは得意なほうではなかったが、孤独とはこうも人を恋しくさせるものなのか。
「それでねぇ、奥さん。向かいの冥部さんたら…」
「あらいやだ。それは激しいことですわね、オホホ…」
近所の奥様方の世間話か。人が大量に失踪したというのに呑気なものだ。だが、この際だれでもいい。せめて何が起こっているのかだけでも把握しておきたい。そう考えながら、声のするあたりを行ったり来たりするが、奥様方の姿はどこにもない。たしかに声はするのだが。
(な、なんだ? どういうことだ? 声はすれども姿は見えず…)
たしかに声が聞こえてくる場所はここだ。しかし、誰の姿もない。こんなことなど…あり得るのか。スピーカーなどが置いてあるわけでもないし、これはそういった機械を通した声だとも思えない。誰もいない、にもかかわらず聞こえる声…。
(な、なんなのだこれは!?)
気味が悪くなって私は思わずその場から逃げ出した。さっきまでの人恋しさはどこへやら、だ。
足早にその場を離れつつも、ますます何が起こっているのかを早く確認したくなったので、目に入った立ち食いそば屋に駆け込む。
「いやー、おやっさん。えらい不気味なものに出くわしてしまってさぁ」
なんて会話を切りだしながら、かけそばを一杯すすりながら一服……ができればどんなに落ち着いたことだろうか。しかし、その逆だった。その光景はますます私を冷静でいられなくする。
浮かぶ食器、何もないところへ消えていくそば、ひとりでに湯気を上げる鍋。
「おやっさん、いつものやつね」
「へい、まいど!」
そして声だけの会話。なにげない日常の風景だったが、人の姿だけが全く存在しない。
「う、うわぁっ! なんだ、これは…!?」
驚いて転がるように店を飛び出した。
慌てて道路を横切ろうとすると、目の前を猛スピードで車が通過していく。危うくはねられるところだった。急に飛び出した私も悪いのだが、速度を緩めさえしないとは私が見えていないのだろうかと腹を立てる。
(だが、車が走っているなら人がいるということではないか! これは助かった)
運転手に声をかけて何が起こっているのかを聞こうと信号待ちの車に近寄るが、
「な、なんだと!?」
車には誰も乗っていなかった。
やがて信号は青に変わり、誰も載せていないはずの車がひとりでに発進する。
「ば、ばかな!!」
呆然と立ち尽くす私の前を、無人の車が何台も通過していった。
「む…どうして私はこんなところで眠っているのだ? …などと同じボケを繰り返している場合ではないな」
立ち上がり誰か人の姿がないかと探す。ずいぶん長い間眠っていたような気がするが、余程疲れていたのだろうか。しかし、その疲れはすぐに吹き飛んだ。
「声だ…。話し声が聞こえるぞ!」
街角に差し掛かったときのことだった。よかった、私以外にもまだ残っている人がいたんだな!
喜び勇んでその声の元に向かう。もともと人づきあいは得意なほうではなかったが、孤独とはこうも人を恋しくさせるものなのか。
「それでねぇ、奥さん。向かいの冥部さんたら…」
「あらいやだ。それは激しいことですわね、オホホ…」
近所の奥様方の世間話か。人が大量に失踪したというのに呑気なものだ。だが、この際だれでもいい。せめて何が起こっているのかだけでも把握しておきたい。そう考えながら、声のするあたりを行ったり来たりするが、奥様方の姿はどこにもない。たしかに声はするのだが。
(な、なんだ? どういうことだ? 声はすれども姿は見えず…)
たしかに声が聞こえてくる場所はここだ。しかし、誰の姿もない。こんなことなど…あり得るのか。スピーカーなどが置いてあるわけでもないし、これはそういった機械を通した声だとも思えない。誰もいない、にもかかわらず聞こえる声…。
(な、なんなのだこれは!?)
気味が悪くなって私は思わずその場から逃げ出した。さっきまでの人恋しさはどこへやら、だ。
足早にその場を離れつつも、ますます何が起こっているのかを早く確認したくなったので、目に入った立ち食いそば屋に駆け込む。
「いやー、おやっさん。えらい不気味なものに出くわしてしまってさぁ」
なんて会話を切りだしながら、かけそばを一杯すすりながら一服……ができればどんなに落ち着いたことだろうか。しかし、その逆だった。その光景はますます私を冷静でいられなくする。
浮かぶ食器、何もないところへ消えていくそば、ひとりでに湯気を上げる鍋。
「おやっさん、いつものやつね」
「へい、まいど!」
そして声だけの会話。なにげない日常の風景だったが、人の姿だけが全く存在しない。
「う、うわぁっ! なんだ、これは…!?」
驚いて転がるように店を飛び出した。
慌てて道路を横切ろうとすると、目の前を猛スピードで車が通過していく。危うくはねられるところだった。急に飛び出した私も悪いのだが、速度を緩めさえしないとは私が見えていないのだろうかと腹を立てる。
(だが、車が走っているなら人がいるということではないか! これは助かった)
運転手に声をかけて何が起こっているのかを聞こうと信号待ちの車に近寄るが、
「な、なんだと!?」
車には誰も乗っていなかった。
やがて信号は青に変わり、誰も載せていないはずの車がひとりでに発進する。
「ば、ばかな!!」
呆然と立ち尽くす私の前を、無人の車が何台も通過していった。
結局、私はまた例の公園のベンチまで戻ってきてしまっていた。幼いころからよく慣れ親しんでいるここだけは私の心を落ち着かせてくれる。ひとまず落ち着いて、ここで考えるまとめることにした。
姿はなく声だけが聞こえ、物はひとりでに宙に浮かんだり動いたり。そんな現象がいくつも目の前で起こるのを見た。
「ポルターガイスト…」
自然とそのワードが口をついて出る。
幽霊などと…ばかばかしい。仮にも研究者であり科学に関わる身である者が心霊現象を信じるなど、あるまじきことだ。そんなものは科学的にいくらでも説明がつくし、どうせ錯覚や勘違いのたぐいだろうと考えていた。
だが実際にその現象を目の前で見せられたとあっては、そうも言い切れなくなってくる。
「いや…ありえない。そんなことは断じてありえない。あってなるものか! …そうだ、疲れているんだ。私は幻覚を見ているんだ」
私は混乱していた。夢であるなら覚めてほしい。
「そうだ、これは夢だ。夢なんだ。そして私は疲れているんだ。疲れはとらなくては…。そして目を覚まさなくては…」
疲れを取るには眠るのが一番だ。そして、これがまだ夢の中の世界なのだというなら、眠ることでその夢から覚めることができるかもしれない、という何の根拠もない考えに基づいて、私はベンチに横になった。
姿はなく声だけが聞こえ、物はひとりでに宙に浮かんだり動いたり。そんな現象がいくつも目の前で起こるのを見た。
「ポルターガイスト…」
自然とそのワードが口をついて出る。
幽霊などと…ばかばかしい。仮にも研究者であり科学に関わる身である者が心霊現象を信じるなど、あるまじきことだ。そんなものは科学的にいくらでも説明がつくし、どうせ錯覚や勘違いのたぐいだろうと考えていた。
だが実際にその現象を目の前で見せられたとあっては、そうも言い切れなくなってくる。
「いや…ありえない。そんなことは断じてありえない。あってなるものか! …そうだ、疲れているんだ。私は幻覚を見ているんだ」
私は混乱していた。夢であるなら覚めてほしい。
「そうだ、これは夢だ。夢なんだ。そして私は疲れているんだ。疲れはとらなくては…。そして目を覚まさなくては…」
疲れを取るには眠るのが一番だ。そして、これがまだ夢の中の世界なのだというなら、眠ることでその夢から覚めることができるかもしれない、という何の根拠もない考えに基づいて、私はベンチに横になった。
気がつくとなぜか私は車を運転していた。
どこかへ向かっているようだが、どこへ向かっているのかが運転している私自身ですらわからない。ただ、どこか嬉しいような楽しいような気持ちが胸の中にあった。なにがそんなに私を喜ばせるのかはわからないが、私は喜々としてアクセルを踏み込んだ。
ふと街の様子を見る。通行人の姿がちらほらと見える。いつも通りの光景だ。
なんだ、やはりあの集団失踪やポルターガイストは夢だったのだ。私は安心して先を急ぐ。
住宅街を通り抜けて、例の線路沿いの道路に差し掛かる。私が目を覚ました茂みのある場所だ。そういえば、あんなところでなぜ眠っていたりしたのかが未だにわからないままだ。結局あれはなんだったのか。
そんなことを考えていると、不意に目の前が真っ白になった。
そのあとのことは全く記憶にない。忘れた…というよりは、まさに無だった。なにもない。ただの白。その白い空間の中で、私の意識はどんどん薄れていった…。
どこかへ向かっているようだが、どこへ向かっているのかが運転している私自身ですらわからない。ただ、どこか嬉しいような楽しいような気持ちが胸の中にあった。なにがそんなに私を喜ばせるのかはわからないが、私は喜々としてアクセルを踏み込んだ。
ふと街の様子を見る。通行人の姿がちらほらと見える。いつも通りの光景だ。
なんだ、やはりあの集団失踪やポルターガイストは夢だったのだ。私は安心して先を急ぐ。
住宅街を通り抜けて、例の線路沿いの道路に差し掛かる。私が目を覚ました茂みのある場所だ。そういえば、あんなところでなぜ眠っていたりしたのかが未だにわからないままだ。結局あれはなんだったのか。
そんなことを考えていると、不意に目の前が真っ白になった。
そのあとのことは全く記憶にない。忘れた…というよりは、まさに無だった。なにもない。ただの白。その白い空間の中で、私の意識はどんどん薄れていった…。
次に目を覚ましたのは公園のベンチの上だった。
「ここは……まさか、また幽霊どもの世界か…。さっきのが夢なのか? それとも今見ているこれが夢なのか!? ああ、まったくわけがわからない…」
陽は暮れて、空は真っ暗だった。公園の外灯だけが薄っすらと辺りを照らしている。
あるいは幽霊の世界もさっきの車を運転しているのも夢で、こんどこそ現実世界かもしれない。なぜこんなところで目を覚ましたかは今は考えないことしよう。そもそも、最初に線路沿いの茂みで目を覚ました理由でさえまだわかっていないのだ。
(幽霊などとは私としたことがばかばかしい…。そうとも、あれはただの錯覚だったのだ!)
それをこの目で確かめてやるために公園を後にして街の中心部へ向かう。幽霊のことを考えて、寂れた夜の公園が急に怖くなったなどということなどは決してない。決してだ。
「ここは……まさか、また幽霊どもの世界か…。さっきのが夢なのか? それとも今見ているこれが夢なのか!? ああ、まったくわけがわからない…」
陽は暮れて、空は真っ暗だった。公園の外灯だけが薄っすらと辺りを照らしている。
あるいは幽霊の世界もさっきの車を運転しているのも夢で、こんどこそ現実世界かもしれない。なぜこんなところで目を覚ましたかは今は考えないことしよう。そもそも、最初に線路沿いの茂みで目を覚ました理由でさえまだわかっていないのだ。
(幽霊などとは私としたことがばかばかしい…。そうとも、あれはただの錯覚だったのだ!)
それをこの目で確かめてやるために公園を後にして街の中心部へ向かう。幽霊のことを考えて、寂れた夜の公園が急に怖くなったなどということなどは決してない。決してだ。
街は静かだった。それもそうだ、駅前の時計を見たところどうやら今は深夜らしい。
「誰の姿もないが……いや、時間が時間なんだから当然だな」
そして姿なき声なども聞こえてくることもなかった。
「単純すぎる考えかもしれないが、幽霊が活動する時間帯といえば夜と相場が決まっている。そもそも、明るいうちからポルターガイストなどとは…ばかばかしい。陽の出ているうちから幽霊がうろつくなどあってたまるものか。…いや、もちろん、そんなものなど実在しないがな。見ろ、姿なき声もない。ポルターガイストもない。幽霊の本場、夜にも関わらずにだ。やはりあれはただの錯覚だったのだ!」
しかし、そんな考えも朝日と入れ替わるかのように消えてしまった。
朝特有の騒がしさ、通勤に通学、子どもたちの元気のいい挨拶。いつも通りの朝の姿がそこにはあった。人々の姿が見えないこと以外は。
「わ、わけがわからないぞ…。それとも私がおかしくなってしまったのか…?」
もはや恐怖や不安に駆られることはなかったが、何が起こっているのかが全く理解できなかった。自分以外のすべての人がいなくなったと思ったら、みんな透明人間だった。何を言っているのかわからないと思うが、私にも何がなにやらわからない。
やはり私は似てことなる異世界へ迷い込んでしまったのだろうか。自分以外のすべての人が一夜にして幽霊だか透明人間だかに変わってしまうなどあり得ない。あの新聞には私が行方不明になったなどと書かれていたが、もしかしたら同姓同名という可能性だってある。あるいは、”こっちの世界の自分”なんてものが存在しているのかもしれない。とにかく、こうなっては自分でなんとかするしかないだろう。
「認めない…。認めないぞ、私は! 幽霊だか透明人間だか知らないが、そんな非科学的なものがあってたまるか! そして、そんなやつらの暮らす世界にただ一人取り残されてたまるものか!」
こうして私は決意したのだった。必ずやつらの正体を暴いてやると。そして必ずもとの世界に戻ってみせると。
「誰の姿もないが……いや、時間が時間なんだから当然だな」
そして姿なき声なども聞こえてくることもなかった。
「単純すぎる考えかもしれないが、幽霊が活動する時間帯といえば夜と相場が決まっている。そもそも、明るいうちからポルターガイストなどとは…ばかばかしい。陽の出ているうちから幽霊がうろつくなどあってたまるものか。…いや、もちろん、そんなものなど実在しないがな。見ろ、姿なき声もない。ポルターガイストもない。幽霊の本場、夜にも関わらずにだ。やはりあれはただの錯覚だったのだ!」
しかし、そんな考えも朝日と入れ替わるかのように消えてしまった。
朝特有の騒がしさ、通勤に通学、子どもたちの元気のいい挨拶。いつも通りの朝の姿がそこにはあった。人々の姿が見えないこと以外は。
「わ、わけがわからないぞ…。それとも私がおかしくなってしまったのか…?」
もはや恐怖や不安に駆られることはなかったが、何が起こっているのかが全く理解できなかった。自分以外のすべての人がいなくなったと思ったら、みんな透明人間だった。何を言っているのかわからないと思うが、私にも何がなにやらわからない。
やはり私は似てことなる異世界へ迷い込んでしまったのだろうか。自分以外のすべての人が一夜にして幽霊だか透明人間だかに変わってしまうなどあり得ない。あの新聞には私が行方不明になったなどと書かれていたが、もしかしたら同姓同名という可能性だってある。あるいは、”こっちの世界の自分”なんてものが存在しているのかもしれない。とにかく、こうなっては自分でなんとかするしかないだろう。
「認めない…。認めないぞ、私は! 幽霊だか透明人間だか知らないが、そんな非科学的なものがあってたまるか! そして、そんなやつらの暮らす世界にただ一人取り残されてたまるものか!」
こうして私は決意したのだった。必ずやつらの正体を暴いてやると。そして必ずもとの世界に戻ってみせると。