Determination Symphony(前編) ◆Yd1CemYSRs
雨は、嫌いだ。辛い記憶を思い出すから。
大好きだった父と母が突然いなくなった日――そして、強かった兄が、目の前で死んだ日のことを。
「はーっ……ついに俺もコソ泥の真似事をするようになったかぁ」
不気味なほどに人気のない夜の街。その一角にある小さな喫茶店の中に、雨宮雅貴はいる。
ぼやきながら食べ終えたばかりのカップ麺の容器を放り捨てた。
その数は二つ。健康な成人男性たるもの、こんなカップ麺一つではおやつにもならない。
もう一個食うか、とデイパックに伸ばしかけた手を、いや待て、と思い留まる。この状況がどれだけ続くか不明な以上は節約するべきだ。
ぼやきながら食べ終えたばかりのカップ麺の容器を放り捨てた。
その数は二つ。健康な成人男性たるもの、こんなカップ麺一つではおやつにもならない。
もう一個食うか、とデイパックに伸ばしかけた手を、いや待て、と思い留まる。この状況がどれだけ続くか不明な以上は節約するべきだ。
「つーかなんで人いねぇの?」
腹が満ちれば思考する余裕も生まれる。雅貴は改めて今いる喫茶店を見渡した。
深夜なので営業していないのは当然として、この喫茶店だけでなく屋外にも人の気配はまったくない。
寝ているから、という訳ではないだろうと雅貴は思う。煌々と深夜営業を行っているコンビニにも立ち寄ってみたが、トイレにもバックヤードにも誰もいなかった。
殺し合いをさせるために余計な人間を関わらせないため、といえば筋は通る。
しかし、電気や水は通っている。食料も一通り陳列されてはいたのだが、そちらには雅貴は手を付けなかった。
わざわざ個別に食料を支給しておいて、こういった現地調達が容易に行えるというのを怪しんだからだ。衛生的に安全な食料か知れたものではない。
現在所持している食料を使い切れば話は別だが、現状では記憶に留めるだけにしておき、雅貴は人目を引くであろうコンビニを離れた。
そして、喫茶店へ。鍵はかかっていなかった。念のため隅々まで捜索してみたが、誰も発見できず。
雅貴は開き直って喫茶店の設備を勝手に借用し、沸かしたお湯でカップ麺を貪った。
深夜なので営業していないのは当然として、この喫茶店だけでなく屋外にも人の気配はまったくない。
寝ているから、という訳ではないだろうと雅貴は思う。煌々と深夜営業を行っているコンビニにも立ち寄ってみたが、トイレにもバックヤードにも誰もいなかった。
殺し合いをさせるために余計な人間を関わらせないため、といえば筋は通る。
しかし、電気や水は通っている。食料も一通り陳列されてはいたのだが、そちらには雅貴は手を付けなかった。
わざわざ個別に食料を支給しておいて、こういった現地調達が容易に行えるというのを怪しんだからだ。衛生的に安全な食料か知れたものではない。
現在所持している食料を使い切れば話は別だが、現状では記憶に留めるだけにしておき、雅貴は人目を引くであろうコンビニを離れた。
そして、喫茶店へ。鍵はかかっていなかった。念のため隅々まで捜索してみたが、誰も発見できず。
雅貴は開き直って喫茶店の設備を勝手に借用し、沸かしたお湯でカップ麺を貪った。
「広斗に、コブラ。スモーキーに、鬼邪高の村山か」
次に名簿を広げ、知り合いの名があるか確認することにした。
雅貴の弟である雨宮広斗の存在は既に確認している。女を乗せてバイクで走り去ったのを目撃した。
自分は! 一人で! カップ麺なのに! 広斗は! バイクで! 女連れで! 俺に気付かず行っちまった!
その事実は兄のプライドを大いに、大いに傷つけた。特に女連れの部分が。
雅貴の弟である雨宮広斗の存在は既に確認している。女を乗せてバイクで走り去ったのを目撃した。
自分は! 一人で! カップ麺なのに! 広斗は! バイクで! 女連れで! 俺に気付かず行っちまった!
その事実は兄のプライドを大いに、大いに傷つけた。特に女連れの部分が。
「あの女、激マブだったしよ……なんで俺じゃねえんだ。なんでいっつも広斗ばっか」
ブツブツと不満をこぼし、知り合い以外の名前を追う。
宮本武蔵、沖田総司、ナイチンゲールといった偉人の名もあるが、宮本武蔵が二人いた時点でまあそういう名前を付けられた人なんだろうと判断した。宮本明という名もある。
今流行りのキラキラネームに比べりゃ全然マシじゃん。クラゲアマゾンとかコブラとか、マジか? って名前もあるしな。いや知り合いだけど。
お、このマシュ・キリエライトってのは外人さんか。女かな。女だな。綺麗な感じの響きだし。絶対可愛い系の娘だな。
かぐや、これも絶対女だ。名字も四宮! 上品な感じするしいいとこのお嬢さんだな、間違いない。うーんお近づきになりたいぜ。
そんな調子で読み進める雅貴の目を特に引いたのが、竃門、中野、鑢といった姓だった。
宮本武蔵、沖田総司、ナイチンゲールといった偉人の名もあるが、宮本武蔵が二人いた時点でまあそういう名前を付けられた人なんだろうと判断した。宮本明という名もある。
今流行りのキラキラネームに比べりゃ全然マシじゃん。クラゲアマゾンとかコブラとか、マジか? って名前もあるしな。いや知り合いだけど。
お、このマシュ・キリエライトってのは外人さんか。女かな。女だな。綺麗な感じの響きだし。絶対可愛い系の娘だな。
かぐや、これも絶対女だ。名字も四宮! 上品な感じするしいいとこのお嬢さんだな、間違いない。うーんお近づきになりたいぜ。
そんな調子で読み進める雅貴の目を特に引いたのが、竃門、中野、鑢といった姓だった。
「竃門、中野、なんて読むんだっけこれ……やすり? 鑢か」
名簿で同じ名字を持つ人物は四組いた。竃門、中野、鑢、そして雨宮。雅貴と広斗を含む四組だ。
宮本は三人いるが、離れた場所に名前があるのでおそらく関連はない。血縁関係、あるいは家族関係にあるのは四組と考えて間違いないと雅貴は推測する。
宮本は三人いるが、離れた場所に名前があるのでおそらく関連はない。血縁関係、あるいは家族関係にあるのは四組と考えて間違いないと雅貴は推測する。
「竃門は兄貴と妹か。ええと、ねずこでいいのかな。中野さんとこは名前からして五つ子、しかも全員女だな! おっ、七実と七花! 鑢家も姉妹だな!」
まだ見ぬ兄妹姉妹たちに思いを馳せる。全員男なのは雅貴と広斗だけだ。こんな状況に巻き込まれ、さぞ不安がっているだろう。
これはなんとしても雅貴が颯爽と駆け付け、カッコいいところを見せて、あわよくば――
これはなんとしても雅貴が颯爽と駆け付け、カッコいいところを見せて、あわよくば――
「――って、そんな場合じゃねえわな。早いとこ見つけてやらねえと」
スッと憑き物が落ちたように気分を切り替える。雅貴はかつて無名街を訪れた時のことを思い出した。
スモーキーの妹は広斗の目の前で連れ去られたらしい。やったのは極悪スカウトチームのDOUBTだが、この場にいるのはその程度の危険で収まる奴らかどうか。
広斗は腕が立つ。多少の危険は自分で切り抜ける男だ。だが、全員が女の姉妹となればそうはいかない。中野家の姉妹も鑢家の姉妹も、どちらも不安の只中にいるだろう。
最優先は広斗との合流に変わりないが、その途中で出来るだけ中野家と鑢家の女達も保護する。
方針を決め、荷物をまとめて雅貴は席を立った。探せば包丁の類もあるだろうが、刃物は雅貴の流儀ではない。拳で戦えという兄の教えに反する。
とはいえ、武器がないではないが。先ほど拾ったものをデイバッグに突っ込み、店を出る。
まだ薄暗い闇の中、さてどこに行くべきかと思案する雅貴の耳に、聞き慣れた排気音が飛び込んできた。
自分の――ではなく、広斗のバイクのエキゾーストノイズ。入念にカスタムされた車体が吐き出す、獣の咆哮が如き荒々しいサウンド。
少し前に見かけた広斗は違うバイクに乗っていたため、広斗ではない。それでも雅貴は音を頼りに駆け出した。広斗のバイクなら取り戻さねばならない。
数十秒も走り、接触は間近というところで雅貴は物陰に身を隠す。誰が乗っているかもわからないバイクだ。最悪、立ち塞がったらそのまま轢き殺されるかもしれない。
かといって見送る線もない。弟のバイクに他人が乗っているのは気に入らないし、何なら雅貴が広斗を探すのにもこれ以上に有用なものはない。
雅貴がわかったように、広斗だって自分のバイクの排気音を聞けばすぐにあれだとわかるからだ。
スモーキーの妹は広斗の目の前で連れ去られたらしい。やったのは極悪スカウトチームのDOUBTだが、この場にいるのはその程度の危険で収まる奴らかどうか。
広斗は腕が立つ。多少の危険は自分で切り抜ける男だ。だが、全員が女の姉妹となればそうはいかない。中野家の姉妹も鑢家の姉妹も、どちらも不安の只中にいるだろう。
最優先は広斗との合流に変わりないが、その途中で出来るだけ中野家と鑢家の女達も保護する。
方針を決め、荷物をまとめて雅貴は席を立った。探せば包丁の類もあるだろうが、刃物は雅貴の流儀ではない。拳で戦えという兄の教えに反する。
とはいえ、武器がないではないが。先ほど拾ったものをデイバッグに突っ込み、店を出る。
まだ薄暗い闇の中、さてどこに行くべきかと思案する雅貴の耳に、聞き慣れた排気音が飛び込んできた。
自分の――ではなく、広斗のバイクのエキゾーストノイズ。入念にカスタムされた車体が吐き出す、獣の咆哮が如き荒々しいサウンド。
少し前に見かけた広斗は違うバイクに乗っていたため、広斗ではない。それでも雅貴は音を頼りに駆け出した。広斗のバイクなら取り戻さねばならない。
数十秒も走り、接触は間近というところで雅貴は物陰に身を隠す。誰が乗っているかもわからないバイクだ。最悪、立ち塞がったらそのまま轢き殺されるかもしれない。
かといって見送る線もない。弟のバイクに他人が乗っているのは気に入らないし、何なら雅貴が広斗を探すのにもこれ以上に有用なものはない。
雅貴がわかったように、広斗だって自分のバイクの排気音を聞けばすぐにあれだとわかるからだ。
「怪我しても恨まないでくれよ」
呟く。己がそれをやれるという確信はある。だが当然、相手にとっては予想できないことを起こすのだ。
場合によってはそのまま逃走する選択肢も当然用意しておかなければならない。
やがて、バイクが傍を通過するというタイミングで雅貴は路上に躍り出た。
場合によってはそのまま逃走する選択肢も当然用意しておかなければならない。
やがて、バイクが傍を通過するというタイミングで雅貴は路上に躍り出た。
「くっ!?」
ライトで見えなかったが、バイクのライダーは雅貴を轢かないようとっさにハンドルを切る。
やべっ、こいつ良い奴かも。そう頭をよぎるが、身体はもう動き出していた。
ライダーの手の上からブレーキを握り込む。バランスを崩し、バイクが傾斜する。
しかし転倒はさせない。雅貴は絶妙な力加減でブレーキを操作し、車体をその位置でスピンさせていく。雅貴を中心に、コンパスで円を描くように。
回転の中、バイクに乗っていたライダー――若い男は雅貴を一瞥する。雅貴は空いた手を平手で顔の前に立て、申し訳程度の謝罪の意思を示した。
男は無言のまま、ハンドルから手を離す。そして跳躍――雅貴は目を疑った。激しく旋回する倒れかけたバイクから、そいつは何の淀みもなく宙に身を投げ出したのだ。
その跳躍の最中、伸ばされた手はバイクの後ろに乗っていた何かを掴む。それは人、幼い子どものように見えた。
驚きながらも雅貴は空いたハンドルに手をかける。暴れ馬を乗りこなすように強引にシートに飛び乗って、ブレーキをリリース。
車体を立て直し、同時にアクセルを回す。停止することなくバイクは加速。二十メートルほど走ったところで減速し、ターン。
果たして、雅貴の視線の先にはライダーの男が立っていた。普通に、立っていた。
あの態勢から高速で飛び出しておいて、転倒することなく見事に着地してのけたのだ。
だがさすがに険しい顔をしていた。あわや大怪我をする寸前だったから当たり前であるが、雅貴もさすがに申し訳なさを覚える。
やべっ、こいつ良い奴かも。そう頭をよぎるが、身体はもう動き出していた。
ライダーの手の上からブレーキを握り込む。バランスを崩し、バイクが傾斜する。
しかし転倒はさせない。雅貴は絶妙な力加減でブレーキを操作し、車体をその位置でスピンさせていく。雅貴を中心に、コンパスで円を描くように。
回転の中、バイクに乗っていたライダー――若い男は雅貴を一瞥する。雅貴は空いた手を平手で顔の前に立て、申し訳程度の謝罪の意思を示した。
男は無言のまま、ハンドルから手を離す。そして跳躍――雅貴は目を疑った。激しく旋回する倒れかけたバイクから、そいつは何の淀みもなく宙に身を投げ出したのだ。
その跳躍の最中、伸ばされた手はバイクの後ろに乗っていた何かを掴む。それは人、幼い子どものように見えた。
驚きながらも雅貴は空いたハンドルに手をかける。暴れ馬を乗りこなすように強引にシートに飛び乗って、ブレーキをリリース。
車体を立て直し、同時にアクセルを回す。停止することなくバイクは加速。二十メートルほど走ったところで減速し、ターン。
果たして、雅貴の視線の先にはライダーの男が立っていた。普通に、立っていた。
あの態勢から高速で飛び出しておいて、転倒することなく見事に着地してのけたのだ。
だがさすがに険しい顔をしていた。あわや大怪我をする寸前だったから当たり前であるが、雅貴もさすがに申し訳なさを覚える。
「ごめん! 今のは俺が悪い! でも事情あってさ、このバイク俺の弟のやつなんだよ、だからね?」
「逃げてください! 早く!」
「逃げてください! 早く!」
謝罪の言葉を並べ立てようとした雅貴を遮ったのは、誰でもなく被害者のライダーの男だった。
そいつは雅貴を見てもいない。見ていたのは自分の背後。
小学生くらいの小柄な女の子。 俯いていたその女の子が顔を上げる。角? 角があった。頭部に一本の鋭い角。
猫のように縦に開いた瞳孔の、赤く血走った瞳が、まっすぐに雅貴へ向けられていた。
そいつは雅貴を見てもいない。見ていたのは自分の背後。
小学生くらいの小柄な女の子。 俯いていたその女の子が顔を上げる。角? 角があった。頭部に一本の鋭い角。
猫のように縦に開いた瞳孔の、赤く血走った瞳が、まっすぐに雅貴へ向けられていた。
◆
時間がない。バイクを走らせる水澤悠の全身にその予感はひたひたとまとわりつく。
悠は運転しながらも背で時おり呻く存在に意識を集中させていた。
竃門禰豆子。少女は名簿でその名を指差した。自分の名前と。言葉を発することはできずとも、しっかとした自我はある。今はまだ。
だが、少女は人間ではない。人食いだ。悠らアマゾンとは違うようだが、それでも人ではない。
禰豆子は人を食った。そして、アマゾンのように、内から沸き起こる衝動と戦っている。もっと食べたい、という衝動と。
まだ完全に本能に呑み込まれたわけではない。人の要素が半分ある悠に襲いかからないのもそれが理由だ。
あるいは、自分と同じような存在ということを本能的に理解しているのか。これを食っても満たされはしない、と。
悠は運転しながらも背で時おり呻く存在に意識を集中させていた。
竃門禰豆子。少女は名簿でその名を指差した。自分の名前と。言葉を発することはできずとも、しっかとした自我はある。今はまだ。
だが、少女は人間ではない。人食いだ。悠らアマゾンとは違うようだが、それでも人ではない。
禰豆子は人を食った。そして、アマゾンのように、内から沸き起こる衝動と戦っている。もっと食べたい、という衝動と。
まだ完全に本能に呑み込まれたわけではない。人の要素が半分ある悠に襲いかからないのもそれが理由だ。
あるいは、自分と同じような存在ということを本能的に理解しているのか。これを食っても満たされはしない、と。
何にせよ、禰豆子の限界は近い。時間が経つごとにそのリミットは近づいてくる。
故に、悠は出来るだけ人との接触を避けるようにバイクを走らせていた。
本当は他の参加者との接触を行うべきなのだが、今の禰豆子が人間を前にしては、猛獣に餌を差し出すのと変わらない。
禰豆子と会った場所は、禰豆子が嫌がるためすぐに離れた。おそらく彼女を騙した人間がまだ近くにいるのだろうと悠は推測する。
故に、悠は出来るだけ人との接触を避けるようにバイクを走らせていた。
本当は他の参加者との接触を行うべきなのだが、今の禰豆子が人間を前にしては、猛獣に餌を差し出すのと変わらない。
禰豆子と会った場所は、禰豆子が嫌がるためすぐに離れた。おそらく彼女を騙した人間がまだ近くにいるのだろうと悠は推測する。
かといって、北の研究所方面にもいけない。北には悠が看取った鮫島の死体があり、焼け焦げているため強烈な臭いを発している。間違いなく禰豆子の食欲を刺激するものだ。
本音を言えば首輪を何とかするために研究施設は押さえておきたいのだが、工学知識がない悠が確保したところで現状ではさほど意味は無い。
南は大きな戦闘が行われたと思しき痕跡を見て取ったため断念。よって悠はバイクを東に向けていた。
とりあえずの目的地は灯台だ。地図の端にあるため、好んで訪れる者は少ないだろう。そこでなら禰豆子も多少落ち着ける。
本音を言えば首輪を何とかするために研究施設は押さえておきたいのだが、工学知識がない悠が確保したところで現状ではさほど意味は無い。
南は大きな戦闘が行われたと思しき痕跡を見て取ったため断念。よって悠はバイクを東に向けていた。
とりあえずの目的地は灯台だ。地図の端にあるため、好んで訪れる者は少ないだろう。そこでなら禰豆子も多少落ち着ける。
(落ち着いてどうするっていうんだ。時間が経てばそれだけ事態は悪化するのに)
禰豆子がどこにたどり着くのか、結果はわかりきっている。それでも悠は、答えを出すことを避けた。禰豆子が抗っている内は、まだ。
やがてバイクは自衛隊基地に差し掛かった。警戒して走っている分、回り道や待機も多くなり、遅々とした進行になる。
人の気配はない。速度を上げ、通過しようとしたとき。
やがてバイクは自衛隊基地に差し掛かった。警戒して走っている分、回り道や待機も多くなり、遅々とした進行になる。
人の気配はない。速度を上げ、通過しようとしたとき。
「ウウぅ……!」
突然、禰豆子が悠の背を蹴って跳んだ。そして一直線に駆けていく。悠は反射的にアクセルを開き後を追った。
バイクはすぐに禰豆子に追い付いた。禰豆子は立ち止まっていたからだ。禰豆子の前には死体があった。
バイクはすぐに禰豆子に追い付いた。禰豆子は立ち止まっていたからだ。禰豆子の前には死体があった。
「――駄目だ、禰豆子ちゃん!」
バイクから飛び降り、悠は叫んだ。転がっていた死体に――口の周りに何かのエンブレムが入ったスカーフを巻きつけた若い金髪の男の――齧り付こうとした禰豆子がビクリと震えた。
「禰豆子ちゃん。それをしたら……その人を食べたら、君はもう本当に戻れなくなってしまう。決定的に、道を選んでしまう。それでいいの?」
静かに、だが同時に鋼の如き冷たさも纏った悠の声が禰豆子を切りつける。
これを避けたかった。たとえ死体であっても、今の禰豆子にはご馳走に見えるのだろう。
生きていれば悠の感覚で避けて進むこともできた。鮫島のように死体が強い臭いを発していればやはり避けた。
だが、男の死体は首を折られて間もないようだった。異臭もまだ立っていない、気配のない存在。悠も気付けなかった。
悠はゆっくりと禰豆子と死体の間に立つ。冷えた覚悟が総身を覆っていくのを感じる。いつでもアマゾンの力を解き放てるように。それができるように、悠は選んでしまっている。
水槽の外に飛び出してから五年の間に、何度もこういう事態に直面した。言葉を交わしたアマゾンが、内なる衝動に負けて理性を失う瞬間に。
その度に悠は命を刈り取ってきた。内心がどうであれ、感情と行動を切り離して行えるようになってしまった。
故に、禰豆子がここで内なる獣に屈するならば、悠は躊躇わずその命を狩る。
これを避けたかった。たとえ死体であっても、今の禰豆子にはご馳走に見えるのだろう。
生きていれば悠の感覚で避けて進むこともできた。鮫島のように死体が強い臭いを発していればやはり避けた。
だが、男の死体は首を折られて間もないようだった。異臭もまだ立っていない、気配のない存在。悠も気付けなかった。
悠はゆっくりと禰豆子と死体の間に立つ。冷えた覚悟が総身を覆っていくのを感じる。いつでもアマゾンの力を解き放てるように。それができるように、悠は選んでしまっている。
水槽の外に飛び出してから五年の間に、何度もこういう事態に直面した。言葉を交わしたアマゾンが、内なる衝動に負けて理性を失う瞬間に。
その度に悠は命を刈り取ってきた。内心がどうであれ、感情と行動を切り離して行えるようになってしまった。
故に、禰豆子がここで内なる獣に屈するならば、悠は躊躇わずその命を狩る。
「君が人を食べたとき、それは君の意思じゃなかった。でも今は違う。この人を食べることは、君自身が選んで行うことだ」
残酷なことを言っているのは悠にもわかっていた。アマゾンにしろ禰豆子にしろ、生きるために人を食べる。
であれば本来それは責められることではないかもしれない。誰だって何かを殺し、食べている。
だがそれは人間たちのルールにはそぐわない。受け入れられるものではない。人間とともに生きようとするならば。
であれば本来それは責められることではないかもしれない。誰だって何かを殺し、食べている。
だがそれは人間たちのルールにはそぐわない。受け入れられるものではない。人間とともに生きようとするならば。
「竃門炭治郎。君の家族だね?」
その名を口にした途端、禰豆子が震えた。名簿にあった禰豆子と同じ名字の名前。父か兄かはわからないが。
おそらくはその存在が、禰豆子をギリギリで繋ぎ止めている最後の希望だ。
強く悔やんでいる禰豆子の様子を見るに、本来の彼女は人を食わずに生きていられた存在だ。種族として人を食らう純粋なアマゾンではあり得ないケース。悠のような。
ということは、その家族もおそらく人を食わないか、あるいは人間か。鷹山仁のように後天的にアマゾンになった、それに類する存在という可能性もある。
おそらくはその存在が、禰豆子をギリギリで繋ぎ止めている最後の希望だ。
強く悔やんでいる禰豆子の様子を見るに、本来の彼女は人を食わずに生きていられた存在だ。種族として人を食らう純粋なアマゾンではあり得ないケース。悠のような。
ということは、その家族もおそらく人を食わないか、あるいは人間か。鷹山仁のように後天的にアマゾンになった、それに類する存在という可能性もある。
「僕には炭治郎さんがどんな人かはわからない。でも君が人を食べるのなら、君は炭治郎さんとも道を分かつことになるよ」
「うう……!」
「うう……!」
推測混じりだが、効果は絶大だった。竃門炭治郎と離れることになる。
そう聞いた禰豆子の瞳からぼろぼろと涙が溢れだし、いやいやをするように首を振る。そして死体から一歩後ずさる。
禰豆子は竹筒を噛み締め、必死に衝動に抗っていた。
まだ完全に本能に呑み込まれてはいない。危ういところで拮抗している。
悠は禰豆子の手を引き、バイクに乗せた。今のうちにここを離れなければならない。
そう聞いた禰豆子の瞳からぼろぼろと涙が溢れだし、いやいやをするように首を振る。そして死体から一歩後ずさる。
禰豆子は竹筒を噛み締め、必死に衝動に抗っていた。
まだ完全に本能に呑み込まれてはいない。危ういところで拮抗している。
悠は禰豆子の手を引き、バイクに乗せた。今のうちにここを離れなければならない。
「……すみません。あなたの名前を知ることもできない」
できれば死体は埋めてやりたかったが、そんな余裕はない。悠は男の口元から血濡れたスカーフを外し、目を閉じてやった。
発進。どんどん死体から遠ざかる。禰豆子は何とか耐え切った。
スピードを上げ、自衛隊基地を走る。ここでも戦闘痕を確認したが、じっくり調べてもいられない。
バイクは基地を抜け、流星のように街を駆け抜けていく。甲高い排気音は誰かに察知されてしまうかもしれないが、もう一刻の猶予もなかったため無視した。
灯台に行って禰豆子を隔離し、彼女の枷となれるであろう竃門炭治郎を探す。それができる余裕があとどれだけあるか。
禰豆子の呻き声に歯軋りが交じる。悠の背中に爪が突き立てられる。抑えられなくなりつつある。
発進。どんどん死体から遠ざかる。禰豆子は何とか耐え切った。
スピードを上げ、自衛隊基地を走る。ここでも戦闘痕を確認したが、じっくり調べてもいられない。
バイクは基地を抜け、流星のように街を駆け抜けていく。甲高い排気音は誰かに察知されてしまうかもしれないが、もう一刻の猶予もなかったため無視した。
灯台に行って禰豆子を隔離し、彼女の枷となれるであろう竃門炭治郎を探す。それができる余裕があとどれだけあるか。
禰豆子の呻き声に歯軋りが交じる。悠の背中に爪が突き立てられる。抑えられなくなりつつある。
悠も焦っていた。だから、突然バイクの前に飛び出してきた人影に事前に気づくことができなかった。
影は蛇めいてバイクに手を伸ばす。ブレーキレバーが握り込まれる。車体が悠の制御を離れて踊り出す。
このとき悠は目前の襲撃者よりも、背中の禰豆子に意識を割いていた。
謎の人物。男。生きた人間。新鮮な肉。おいしそうなにおい。
回る視界の中、禰豆子の気配が爆発的に広がるのを感じた。溢れ出す寸前だったコップの水面に、最後の一押しがされてしまった。
禰豆子の口に嵌められていた竹筒が、噛み砕かれた。
影は蛇めいてバイクに手を伸ばす。ブレーキレバーが握り込まれる。車体が悠の制御を離れて踊り出す。
このとき悠は目前の襲撃者よりも、背中の禰豆子に意識を割いていた。
謎の人物。男。生きた人間。新鮮な肉。おいしそうなにおい。
回る視界の中、禰豆子の気配が爆発的に広がるのを感じた。溢れ出す寸前だったコップの水面に、最後の一押しがされてしまった。
禰豆子の口に嵌められていた竹筒が、噛み砕かれた。
「ガアアアアアアアッ!」
至近距離にいる男の頭蓋を砕くべく繰り出された禰豆子の爪は、寸前で彼女を抱きかかえて跳んだ悠によって空を切った。
空中にあり、悠の胸を蹴って禰豆子は着地。獣のように四肢を地に突き立て、ぼたぼたと涎をこぼす。
悠は男と禰豆子を隔てるように立った。腰には既にアマゾンズドライバーを巻いていた。
空中にあり、悠の胸を蹴って禰豆子は着地。獣のように四肢を地に突き立て、ぼたぼたと涎をこぼす。
悠は男と禰豆子を隔てるように立った。腰には既にアマゾンズドライバーを巻いていた。
「ごめん! 今のは俺が悪い! でも事情あってさ、このバイク俺の弟のやつなんだよ、だからさ」
「逃げてください! 早く!」
「逃げてください! 早く!」
男が何か言っていたが、一体何が目的か、そんなことを確かめられる状況ではない。
基地での食事を逃してギリギリまで高まっていた禰豆子の食人衝動は、唐突に現れた生きた人間を前にしてどうしようもなく激発した。
それがもう肌でわかる。涙に濡れていた禰豆子の瞳は真っ赤に充血し、眼尻が裂けるほどに大きく見開かれている。
悠の言葉はもう届かないだろう。男を隠す悠に向けられる視線には敵意と殺意が山盛りに載せられている。
こうなってはもう、禰豆子は選ぶも選ばないもない。本能が理性を完全に食い潰してしまっては。
だからこそ、ここで選ぶのは悠だった。
基地での食事を逃してギリギリまで高まっていた禰豆子の食人衝動は、唐突に現れた生きた人間を前にしてどうしようもなく激発した。
それがもう肌でわかる。涙に濡れていた禰豆子の瞳は真っ赤に充血し、眼尻が裂けるほどに大きく見開かれている。
悠の言葉はもう届かないだろう。男を隠す悠に向けられる視線には敵意と殺意が山盛りに載せられている。
こうなってはもう、禰豆子は選ぶも選ばないもない。本能が理性を完全に食い潰してしまっては。
だからこそ、ここで選ぶのは悠だった。
「……アマゾン……!」
竃門禰豆子の命を刈り取ることを。
水澤悠は選択した。
水澤悠は選択した。
◆
雨宮雅貴の眼前で行われているのは、雅貴がこれまで乗り越えてきた戦いと同じにできるものではなかった。
幼女が瞬間、長い手足の女に成長し、若い男に至っては緑色の怪人に変化して。
叩き付けられるような熱風から顔を守ったときには、女と怪人は激突していた。
女――“鬼”、竃門禰豆子。
怪人――“アマゾンオメガ”、水澤悠。
当然二者の名前を知ることのない雅貴は彼らがどういった存在かも知らず、ただ繰り広げられる獣同士の殺し合いに目を奪われる。
幼女が瞬間、長い手足の女に成長し、若い男に至っては緑色の怪人に変化して。
叩き付けられるような熱風から顔を守ったときには、女と怪人は激突していた。
女――“鬼”、竃門禰豆子。
怪人――“アマゾンオメガ”、水澤悠。
当然二者の名前を知ることのない雅貴は彼らがどういった存在かも知らず、ただ繰り広げられる獣同士の殺し合いに目を奪われる。
「君が誰かを食べる前に、君を狩るよ」
「シャアアアッ!」
「シャアアアッ!」
弛めたバネのように地面と平行に跳ぶ禰豆子の足刀がアマゾンオメガに迫る。
アマゾンオメガは両の足を地面から離さず、掲げた両腕を交差させて鬼の蹴りを受け止めた。
ビシビシ! と異音。アマゾンオメガの足裏が地面の舗装に亀裂を走らせた音だ。硬い路面を突き破るほどの衝撃が、アマゾンオメガの身体を通じて禰豆子から叩き込まれた。
だが、アマゾンオメガは揺らがない。その程度の衝撃は予想の範囲内だと告げるように、交差した腕を解き禰豆子の足を掴む。
禰豆子が行動に出るより早く、アマゾンオメガは掴んだ足を振り回した。
アマゾンオメガは両の足を地面から離さず、掲げた両腕を交差させて鬼の蹴りを受け止めた。
ビシビシ! と異音。アマゾンオメガの足裏が地面の舗装に亀裂を走らせた音だ。硬い路面を突き破るほどの衝撃が、アマゾンオメガの身体を通じて禰豆子から叩き込まれた。
だが、アマゾンオメガは揺らがない。その程度の衝撃は予想の範囲内だと告げるように、交差した腕を解き禰豆子の足を掴む。
禰豆子が行動に出るより早く、アマゾンオメガは掴んだ足を振り回した。
「ガッ……!」
そして、地面に叩きつけた。
トラックに正面衝突されたかと雅貴が錯覚するほどの激突音。禰豆子の蹴りのときとは比較にもならない大穴が地面に空いた。
人体など一瞬で挽肉に変わるほどの衝撃が禰豆子の身体を突き抜ける。
その頭目掛けてアマゾンオメガは足を落とした。とっさに禰豆子は反応し、転がって回避――間に合わない。
アマゾンオメガの槌めいた踏み下ろしが禰豆子の左腕を襲う。骨が砕け肉がすり潰され、肘から先が鮮血を撒き散らし宙を舞った。
赤い、赤い雨が降る――その光景は、稲光のように激しく雅貴に過去を想起させた。あの忌まわしい日の記憶を。
ドクン、と心臓が鳴る。
トラックに正面衝突されたかと雅貴が錯覚するほどの激突音。禰豆子の蹴りのときとは比較にもならない大穴が地面に空いた。
人体など一瞬で挽肉に変わるほどの衝撃が禰豆子の身体を突き抜ける。
その頭目掛けてアマゾンオメガは足を落とした。とっさに禰豆子は反応し、転がって回避――間に合わない。
アマゾンオメガの槌めいた踏み下ろしが禰豆子の左腕を襲う。骨が砕け肉がすり潰され、肘から先が鮮血を撒き散らし宙を舞った。
赤い、赤い雨が降る――その光景は、稲光のように激しく雅貴に過去を想起させた。あの忌まわしい日の記憶を。
ドクン、と心臓が鳴る。
「ウ、アア、アア――!」
激痛に苦悶の呻きを上げる禰豆子を、しかしアマゾンオメガは追撃しない。
アマゾンオメガは地面のマンホールの蓋を蹴りつけ、反動で舞い上げ、掴み、一閃。豪風が、撒き散らされた禰豆子の血を吹き飛ばした。
アマゾンオメガは地面のマンホールの蓋を蹴りつけ、反動で舞い上げ、掴み、一閃。豪風が、撒き散らされた禰豆子の血を吹き飛ばした。
「は? 今の……俺を庇ったの?」
その行動は雅貴には理解できない。ただ事実として、飛んできた禰豆子の血が雅貴に付着することはなかった。
雅貴には知る由もないが、悠は禰豆子の血を千翼のそれと同程度の危険と見積もっていた。すなわち、アマゾン化を無差別に誘発する溶原性細胞と。
もちろん両者は違うものであるが、いらぬ危険は排除するに越したことはない。実際はどうであれ。
雅貴の疑問に当然アマゾンオメガは答えたりせず、禰豆子へと歩を進めた。
数瞬の余裕があったため禰豆子も態勢を立て直している。未だ血を噴出させる腕を睨み、唸ること数秒。肘の断面から骨が飛び出し肉が盛り上がり、一瞬で元通りになった。
目を疑う雅貴の前で、金属蓋を捨てたアマゾンオメガ――水澤悠がぼそりと呟く。
雅貴には知る由もないが、悠は禰豆子の血を千翼のそれと同程度の危険と見積もっていた。すなわち、アマゾン化を無差別に誘発する溶原性細胞と。
もちろん両者は違うものであるが、いらぬ危険は排除するに越したことはない。実際はどうであれ。
雅貴の疑問に当然アマゾンオメガは答えたりせず、禰豆子へと歩を進めた。
数瞬の余裕があったため禰豆子も態勢を立て直している。未だ血を噴出させる腕を睨み、唸ること数秒。肘の断面から骨が飛び出し肉が盛り上がり、一瞬で元通りになった。
目を疑う雅貴の前で、金属蓋を捨てたアマゾンオメガ――水澤悠がぼそりと呟く。
「……アマゾン以上の再生速度だ。筋力も同じくらいか」
「あ、喋れるんだ」
「あ、喋れるんだ」
あまりの光景にやや現実逃避じみた心地になった雅貴とは対照的に、悠は極めて冷静に禰豆子の力を見積もった。
最初の蹴りを避けることは容易かったが、あえて受けた。予想以上の威力に驚きはしたものの、手に負えないほどではない。
弾丸のように向かってくる禰豆子が両の拳を繰り出す。それもまた一発一発が砲弾並の威力を内包する危険球ばかり。
しかし一発の被弾もアマゾンオメガは許さない。
アマゾンオメガが身体の前に盾めいてかざした両腕が、禰豆子の打撃をことごとく打ち落とす。
顔面を狙う拳を横から叩いて逸らす。跳ね上がりかけた爪先は加速する前に足の甲を踏みつけた。
胸をブチ抜きに来た貫手は腕部のヒレ状の切断器官・アームカッターで受ける。
アマゾンオメガは一つ一つの攻撃を丁寧に、しかし迅速に捌く。次第に禰豆子は反動で崩れた態勢での攻撃を強制され、それも繰り返し防がれて、どんどんとバランスを失っていく。
傍から見ている雅貴も息を呑む。禰豆子の攻撃は速い。目にも止まらないほどに速い。無尽蔵のスタミナを思わせる連撃。
だが、直線的だ。組み立ても悪い。次の攻撃に繋げるための攻撃ではなく、その瞬間瞬間に繰り出せる全力の攻撃を反復しているだけだ。
雅貴の見立てを補強するように、禰豆子は大きく距離を取り、疾走を始めた。助走からやがて跳躍し、建物の壁を蹴ってボールのように跳ね回る。
その移動線の中心にいるのはアマゾンオメガだ。どの方向から襲いかかるか、惑わせ、撹乱している。
激しい禰豆子の動きとは逆に、アマゾンオメガはゆっくりと視線を巡らせる。禰豆子がどれだけ大きく動いても、アマゾンオメガはその場所から動くことはない。
雅貴はそれが自分を護るためだと気づいた。もしも禰豆子が狙いを自分に切り替えたとしても、その瞬間にアマゾンオメガは禰豆子の背後を取れるという位置取りをしている。
それを察しているのか、禰豆子は視線を雅貴に遣りながらも飛びかかることができない。一瞬でもアマゾンオメガから集中を逸らせば死ぬからだ。
攻めているのは禰豆子だが、追い込まれているのも禰豆子だった。
最初の蹴りを避けることは容易かったが、あえて受けた。予想以上の威力に驚きはしたものの、手に負えないほどではない。
弾丸のように向かってくる禰豆子が両の拳を繰り出す。それもまた一発一発が砲弾並の威力を内包する危険球ばかり。
しかし一発の被弾もアマゾンオメガは許さない。
アマゾンオメガが身体の前に盾めいてかざした両腕が、禰豆子の打撃をことごとく打ち落とす。
顔面を狙う拳を横から叩いて逸らす。跳ね上がりかけた爪先は加速する前に足の甲を踏みつけた。
胸をブチ抜きに来た貫手は腕部のヒレ状の切断器官・アームカッターで受ける。
アマゾンオメガは一つ一つの攻撃を丁寧に、しかし迅速に捌く。次第に禰豆子は反動で崩れた態勢での攻撃を強制され、それも繰り返し防がれて、どんどんとバランスを失っていく。
傍から見ている雅貴も息を呑む。禰豆子の攻撃は速い。目にも止まらないほどに速い。無尽蔵のスタミナを思わせる連撃。
だが、直線的だ。組み立ても悪い。次の攻撃に繋げるための攻撃ではなく、その瞬間瞬間に繰り出せる全力の攻撃を反復しているだけだ。
雅貴の見立てを補強するように、禰豆子は大きく距離を取り、疾走を始めた。助走からやがて跳躍し、建物の壁を蹴ってボールのように跳ね回る。
その移動線の中心にいるのはアマゾンオメガだ。どの方向から襲いかかるか、惑わせ、撹乱している。
激しい禰豆子の動きとは逆に、アマゾンオメガはゆっくりと視線を巡らせる。禰豆子がどれだけ大きく動いても、アマゾンオメガはその場所から動くことはない。
雅貴はそれが自分を護るためだと気づいた。もしも禰豆子が狙いを自分に切り替えたとしても、その瞬間にアマゾンオメガは禰豆子の背後を取れるという位置取りをしている。
それを察しているのか、禰豆子は視線を雅貴に遣りながらも飛びかかることができない。一瞬でもアマゾンオメガから集中を逸らせば死ぬからだ。
攻めているのは禰豆子だが、追い込まれているのも禰豆子だった。
「ヴ、ウウッ!」
しびれを切らし、禰豆子は遂にアマゾンオメガへと仕掛ける。
跳躍反動の加速を存分に乗せ、さらに縦方向に自ら回転することで遠心力を得た踵落とし。
断頭台めいたその踵は、今までの蹴りとは段違いの速さ鋭さでアマゾンオメガに放たれる。空気との摩擦で禰豆子の足が赤く発火した。
ヤバい、あれは受けられねえ、と雅貴が直感する死神の鎌に、アマゾンオメガはその場で軽くお辞儀した。
アマゾンオメガの頭部が下がる。禰豆子の踵が空を薙ぐ。上半身を折り曲げたアマゾンオメガの足は既に地を蹴っている。
空中より躍りかかった禰豆子の視界のさらに上から、痛撃が来た。
跳躍反動の加速を存分に乗せ、さらに縦方向に自ら回転することで遠心力を得た踵落とし。
断頭台めいたその踵は、今までの蹴りとは段違いの速さ鋭さでアマゾンオメガに放たれる。空気との摩擦で禰豆子の足が赤く発火した。
ヤバい、あれは受けられねえ、と雅貴が直感する死神の鎌に、アマゾンオメガはその場で軽くお辞儀した。
アマゾンオメガの頭部が下がる。禰豆子の踵が空を薙ぐ。上半身を折り曲げたアマゾンオメガの足は既に地を蹴っている。
空中より躍りかかった禰豆子の視界のさらに上から、痛撃が来た。
「――ッ!?」
それはアマゾンオメガの踵だった。アマゾンオメガはお辞儀ではなく、その場で前方宙返りを打ったのだ。
禰豆子の踵を避け、同時に己の踵を振り上げて禰豆子の頭上から浴びせかけた。
鮮血が吹き出す。禰豆子の右半身――右腕右足胴体の半分――が、ずるり、と滑り落ちる。
禰豆子のそれと違い、アマゾンオメガの脚部には鋭い刃が生えている。腕のアームカッターと同じフットカッターだ。
隆起させていないためその刃は小さいが、遠心力を乗せた振り下ろしなら威力は十分。禰豆子の身を真っ二つにすることは造作もない。
禰豆子の踵を避け、同時に己の踵を振り上げて禰豆子の頭上から浴びせかけた。
鮮血が吹き出す。禰豆子の右半身――右腕右足胴体の半分――が、ずるり、と滑り落ちる。
禰豆子のそれと違い、アマゾンオメガの脚部には鋭い刃が生えている。腕のアームカッターと同じフットカッターだ。
隆起させていないためその刃は小さいが、遠心力を乗せた振り下ろしなら威力は十分。禰豆子の身を真っ二つにすることは造作もない。
「ぎ――ギイイイヴウウウ……!」
さすがに失った領域が多すぎると生やすことは難しいのか、禰豆子の身体の断面から噴出する血が一瞬のうちに固形化し、落ちたパーツを引き寄せていく。
なんだありゃ、と雅貴は瞠目するが、アマゾンオメガは遅滞なくさらに踏み込む。
固めた拳を禰豆子の顔面に叩き込み、連打、連打。再生する暇を与えまいと一気に攻める。
禰豆子もただ打たれ続けるわけはない。アマゾンオメガの背後から、血で接続された禰豆子の右半身が地を蹴り爪を突き込みに来た。
アマゾンオメガには見えていない。だが悠は禰豆子の目を見ていた。攻撃意志を容易く映し出す、嘘も掛け引きも何もないその瞳を。
アマゾンオメガは拳を開き、禰豆子の頭部を鷲掴んで瞬時に振り返る。
禰豆子の爪は禰豆子自身の頭部を貫いた。
なんだありゃ、と雅貴は瞠目するが、アマゾンオメガは遅滞なくさらに踏み込む。
固めた拳を禰豆子の顔面に叩き込み、連打、連打。再生する暇を与えまいと一気に攻める。
禰豆子もただ打たれ続けるわけはない。アマゾンオメガの背後から、血で接続された禰豆子の右半身が地を蹴り爪を突き込みに来た。
アマゾンオメガには見えていない。だが悠は禰豆子の目を見ていた。攻撃意志を容易く映し出す、嘘も掛け引きも何もないその瞳を。
アマゾンオメガは拳を開き、禰豆子の頭部を鷲掴んで瞬時に振り返る。
禰豆子の爪は禰豆子自身の頭部を貫いた。
「……ヴッ……ガ、アアアアッ!!!」
半身を分かたれ、奇襲さえも通じず、あまつさえ利用される。禰豆子の心中にいかなる変化があったかは、見ていただけの雅貴にはわからない。
だが屈辱を感じているのは間違いない。歪んだ表情、歯をギリギリと鳴らし、吠えた。
と――禰豆子の全身を濡らす禰豆子自身の血が、爆ぜた。
だが屈辱を感じているのは間違いない。歪んだ表情、歯をギリギリと鳴らし、吠えた。
と――禰豆子の全身を濡らす禰豆子自身の血が、爆ぜた。
「アアアアアアアアア!」
至近にいたアマゾンオメガもまた炎に包まれる。血がガソリンのように燃えている。
さすがにこれはダメージになるのか、アマゾンオメガは禰豆子を手放して距離を取った。
さすがにこれはダメージになるのか、アマゾンオメガは禰豆子を手放して距離を取った。
「……そんなこともできるんだね」
悠は再度アマゾンズドライバーのグリップを回す。するとアマゾンオメガの全身からも炎が――熱波が放たれ、禰豆子の炎を吹き飛ばした。
アマゾン細胞活性化の際に生まれる熱の排出。温度的には禰豆子の炎には及ばないが、噴射の爆風はこうした用途にも適用できた。
そして、禰豆子はこの僅かな時間の間にもう再生を終えている。何度目かの突進。繰り広げられる光景も、何度目かわからないものになった。
アマゾン細胞活性化の際に生まれる熱の排出。温度的には禰豆子の炎には及ばないが、噴射の爆風はこうした用途にも適用できた。
そして、禰豆子はこの僅かな時間の間にもう再生を終えている。何度目かの突進。繰り広げられる光景も、何度目かわからないものになった。
「フッ――!」
「ガ、ウッ!」
「ガ、ウッ!」
がむしゃらな禰豆子の攻撃に時おり差し込まれるアマゾンオメガの反撃。手数にして十倍近くの差があるにもかかわらず、その一撃は確実に禰豆子の身を削る。
だが禰豆子の攻撃は変わらず直撃しない。禰豆子が攻撃し始めたときには既に、アマゾンオメガは迎撃の動きを終えている。
拳で打とうとすればその軌道を逸らす。蹴りはそもそも放たせないか、掴んで手痛い投げを見舞う。
雅貴が見る限り、反応速度の差ではない。それは経験の差だ。洞察力と言ってもいい。禰豆子が繰り出すあらゆる手は、アマゾンオメガに読み切られていた。
だが禰豆子の攻撃は変わらず直撃しない。禰豆子が攻撃し始めたときには既に、アマゾンオメガは迎撃の動きを終えている。
拳で打とうとすればその軌道を逸らす。蹴りはそもそも放たせないか、掴んで手痛い投げを見舞う。
雅貴が見る限り、反応速度の差ではない。それは経験の差だ。洞察力と言ってもいい。禰豆子が繰り出すあらゆる手は、アマゾンオメガに読み切られていた。
アマゾンオメガの動きは、一口で言えば洗練されていた。格闘技経験者のように、冷静に敵の動きを見極めて先を読む。
禰豆子にできること、できないことを計算し、何十パターンもの対応手を常に用意している。
野生の獣の如き禰豆子の動きそのものは人間の雅貴には追い切れない。が、同等の反応速度をアマゾンオメガが持っているなら、そこからモノを言うのは経験と技術だ。
禰豆子の性能がいかに高くとも、戦闘経験という数字だけはどうしたって水澤悠には及ばない。
禰豆子にできること、できないことを計算し、何十パターンもの対応手を常に用意している。
野生の獣の如き禰豆子の動きそのものは人間の雅貴には追い切れない。が、同等の反応速度をアマゾンオメガが持っているなら、そこからモノを言うのは経験と技術だ。
禰豆子の性能がいかに高くとも、戦闘経験という数字だけはどうしたって水澤悠には及ばない。
ことに悠は、世に出てからほぼすべての時間、アマゾンそして鷹山仁という男と戦い続けてきた。
鷹山仁。アマゾンにとっての死神。アマゾンの身体能力に人間の頭脳と技術を溶け合わせて戦う男。
悠の戦闘技術は仁との死闘の中で磨き上げられたものだ。アマゾンの身体が持つ性能を活かしきり、なおかつそれに寄り掛かることなく理性を以って乗りこなす。
禰豆子はいわば過去の悠自身だ。湧き上がる本能に翻弄され、ただ走り回らせていた頃の自分と同じ。
つまり禰豆子には、アマゾンオメガに勝てる道理は何一つなかった。
鷹山仁。アマゾンにとっての死神。アマゾンの身体能力に人間の頭脳と技術を溶け合わせて戦う男。
悠の戦闘技術は仁との死闘の中で磨き上げられたものだ。アマゾンの身体が持つ性能を活かしきり、なおかつそれに寄り掛かることなく理性を以って乗りこなす。
禰豆子はいわば過去の悠自身だ。湧き上がる本能に翻弄され、ただ走り回らせていた頃の自分と同じ。
つまり禰豆子には、アマゾンオメガに勝てる道理は何一つなかった。
「一方的すぎんだろ……」
どれだけの速度で再生し、どれだけ矢継ぎ早に攻撃を繰り出そうとも、アマゾンオメガはそのすべての上を行った。
こう何度も叩きのめされては野生の獣とて理解する。この相手には勝てない、と。
ただの獣ならばそこで逃げるだろう。命の危機と釣り合うほどの食欲は獣にはない。
だが禰豆子は鬼だった。人の肉の味を覚えた鬼だ。痛みや恐怖より、怒りと食欲が勝る。だから、退けない。退かない。
何度打ち倒されても立ち上がっては向かってくる禰豆子を見て、アマゾンオメガは、その内の悠は息を吐いた。
もう戻れない。止まれない。ならば。
こう何度も叩きのめされては野生の獣とて理解する。この相手には勝てない、と。
ただの獣ならばそこで逃げるだろう。命の危機と釣り合うほどの食欲は獣にはない。
だが禰豆子は鬼だった。人の肉の味を覚えた鬼だ。痛みや恐怖より、怒りと食欲が勝る。だから、退けない。退かない。
何度打ち倒されても立ち上がっては向かってくる禰豆子を見て、アマゾンオメガは、その内の悠は息を吐いた。
もう戻れない。止まれない。ならば。
「……終わりにするよ、禰豆子ちゃん。炭治郎さんに会えたら君のことを伝えておく」
炭治郎。その言葉を聞き、禰豆子の瞳が揺れる。加熱した本能が圧倒的な暴力に打ち据えられ、幾許かの冷静さを取り戻したか。
しかし悠はもう構わずアマゾンズドライバーのグリップを捻る。するとアマゾンオメガの腕のアームカッターが蠢動し――寒気がするほどに巨大な刃へと膨張した。
それで雅貴にもわかった。アマゾンオメガはあれでも手加減していたのだ。殴り蹴り投げるだけでは禰豆子は死なない。
だがあの刃で真っ二つにされれば、首を刎ねられれば。生きていられるはずがない。
アマゾンオメガが放つ極低温の殺意に晒され、恐怖を忘れたはずの禰豆子が震える。それもまた、本能がもたらすもの。
腰を落とし、力を溜め、アマゾンオメガは禰豆子を待ち受けた。向かってこようと逃げようと、矢のように放たれるアマゾンオメガの一撃が速い。
それがわかるのか、禰豆子は動けない。アマゾンオメガは動く。
力を解き放ち、飛び出す――瞬間を狙って、雅貴も動いた。
しかし悠はもう構わずアマゾンズドライバーのグリップを捻る。するとアマゾンオメガの腕のアームカッターが蠢動し――寒気がするほどに巨大な刃へと膨張した。
それで雅貴にもわかった。アマゾンオメガはあれでも手加減していたのだ。殴り蹴り投げるだけでは禰豆子は死なない。
だがあの刃で真っ二つにされれば、首を刎ねられれば。生きていられるはずがない。
アマゾンオメガが放つ極低温の殺意に晒され、恐怖を忘れたはずの禰豆子が震える。それもまた、本能がもたらすもの。
腰を落とし、力を溜め、アマゾンオメガは禰豆子を待ち受けた。向かってこようと逃げようと、矢のように放たれるアマゾンオメガの一撃が速い。
それがわかるのか、禰豆子は動けない。アマゾンオメガは動く。
力を解き放ち、飛び出す――瞬間を狙って、雅貴も動いた。
「オラァッ!」
想定外の衝撃がアマゾンオメガに襲いかかった。
前方の禰豆子に意識を集中させていたため、後頭部に走った衝撃を理解できず困惑する悠。
必殺の一撃を邪魔され、揺れる視界の中でアマゾンオメガは金属の板を見た。マンホールの蓋だ。先刻、アマゾンオメガ自身が使用したもの。
それをバイクを奪った人間が振り回してきた、と理解が追い付いたときには既に、その人間はアマゾンオメガの間合いの中に踏み込んできている。
息がかかるほどの超至近距離。雨宮雅貴は折り畳んだ腕を小さい円の動きで打ち出す。加速の乗った肘はアマゾンオメガの顎先を掠めるように過ぎていく。
脳が揺れる。アマゾン化していても、身体の構造は人間と大差ない。そこからの復帰は早くとも、一瞬だけ悠の意識が切れる。
雅貴はするりとアマゾンオメガの背後に回る。そのまま膝裏を蹴りつけた。体重を支えていた足が崩れ、悠は思わず膝をつく。
雅貴の両手がアマゾンオメガの頭部を掴み、捻ろうとする。反射的にアマゾンオメガは逆方向に踏ん張るように力を込める。
するとふっと頭にかかっていた力が抜け、逆方向、すなわち悠が踏ん張っていた方向に捻りが加えられた。悠の対応を予測し、同調する動き。
結果、アマゾンオメガは自分自身の力で過度な力を自分に与え、膝立ちの姿勢から転倒した。
何とか立ち上がろうと視線を巡らせるアマゾンオメガが見たものは、眼前まで迫った雅貴の靴底だった。
前方の禰豆子に意識を集中させていたため、後頭部に走った衝撃を理解できず困惑する悠。
必殺の一撃を邪魔され、揺れる視界の中でアマゾンオメガは金属の板を見た。マンホールの蓋だ。先刻、アマゾンオメガ自身が使用したもの。
それをバイクを奪った人間が振り回してきた、と理解が追い付いたときには既に、その人間はアマゾンオメガの間合いの中に踏み込んできている。
息がかかるほどの超至近距離。雨宮雅貴は折り畳んだ腕を小さい円の動きで打ち出す。加速の乗った肘はアマゾンオメガの顎先を掠めるように過ぎていく。
脳が揺れる。アマゾン化していても、身体の構造は人間と大差ない。そこからの復帰は早くとも、一瞬だけ悠の意識が切れる。
雅貴はするりとアマゾンオメガの背後に回る。そのまま膝裏を蹴りつけた。体重を支えていた足が崩れ、悠は思わず膝をつく。
雅貴の両手がアマゾンオメガの頭部を掴み、捻ろうとする。反射的にアマゾンオメガは逆方向に踏ん張るように力を込める。
するとふっと頭にかかっていた力が抜け、逆方向、すなわち悠が踏ん張っていた方向に捻りが加えられた。悠の対応を予測し、同調する動き。
結果、アマゾンオメガは自分自身の力で過度な力を自分に与え、膝立ちの姿勢から転倒した。
何とか立ち上がろうと視線を巡らせるアマゾンオメガが見たものは、眼前まで迫った雅貴の靴底だった。
「ごめん! ほんとごめん! 怒るなよ、な! そんな効いてないだろ? だからマジ怒らないでね? 頼むよ?」
顔面を蹴り飛ばされ、今度こそアマゾンオメガは無様に吹き飛んだ。
アマゾンオメガの体重は90キロを優に超えるが、SWORD地区に生きる男ならばトン超えの車を蹴って動かすことなど朝飯前。
そんな攻撃を叩き込みながらも雅貴は両手を合わせ、アマゾンオメガにアピールする。悪気はないからさ!
実際、アマゾンオメガにダメージなどない。どれだけの技巧でアマゾンを翻弄したとしても、人間の拳ではアマゾンに重いダメージは与えられない。
アマゾンオメガの体重は90キロを優に超えるが、SWORD地区に生きる男ならばトン超えの車を蹴って動かすことなど朝飯前。
そんな攻撃を叩き込みながらも雅貴は両手を合わせ、アマゾンオメガにアピールする。悪気はないからさ!
実際、アマゾンオメガにダメージなどない。どれだけの技巧でアマゾンを翻弄したとしても、人間の拳ではアマゾンに重いダメージは与えられない。
「何なんですか、あなたは!?」
「事情はよくわからねえけどさ、あの子、禰豆子ちゃんって言うんだろ」
「事情はよくわからねえけどさ、あの子、禰豆子ちゃんって言うんだろ」
悠が禰豆子に投げかけた名を聞いたとき、雅貴の脳裏で散らばっていた名前は一つに繋がった。
禰豆子。竃門禰豆子。竃門炭治郎。兄妹。
フラッシュバックするのはあの光景だ。兄が、雨宮尊龍が眠るように逝ったあのときの。
そして今、禰豆子が命を絶たれようとしている。雅貴の目の前で。
禰豆子のことなど何も知らないが、だが一つだけ確かなことがあった。
雨宮雅貴は“それ”を許せないということだ。
火山が噴火したかのように、胸の奥底から激しい怒りが湧いた。
禰豆子を殺そうとする死神にではない。この状況、襲いかかる理不尽、宿命。そんなクソッタレなものすべてにだ。
雨は嫌いだ。こんな、痛みと悲しみだけを押し付けてくる雨なんて――クソ食らえだ!
禰豆子。竃門禰豆子。竃門炭治郎。兄妹。
フラッシュバックするのはあの光景だ。兄が、雨宮尊龍が眠るように逝ったあのときの。
そして今、禰豆子が命を絶たれようとしている。雅貴の目の前で。
禰豆子のことなど何も知らないが、だが一つだけ確かなことがあった。
雨宮雅貴は“それ”を許せないということだ。
火山が噴火したかのように、胸の奥底から激しい怒りが湧いた。
禰豆子を殺そうとする死神にではない。この状況、襲いかかる理不尽、宿命。そんなクソッタレなものすべてにだ。
雨は嫌いだ。こんな、痛みと悲しみだけを押し付けてくる雨なんて――クソ食らえだ!
「ちーっとさあ、言いたいことができちまったんだよね」
雅貴と悠の数秒の攻防の間に、禰豆子も回復を終えて立ち上がっていた。
だが今度は、雅貴の前にアマゾンオメガはいない。禰豆子は一飛びで雅貴の喉笛に食らいつける。
濃密な殺気に冷たい汗が流れるのを感じながらも、雅貴は退かなかった。
だが今度は、雅貴の前にアマゾンオメガはいない。禰豆子は一飛びで雅貴の喉笛に食らいつける。
濃密な殺気に冷たい汗が流れるのを感じながらも、雅貴は退かなかった。
「下がってください! あの子はもう話が通じる相手じゃない!」
「そんなことやってみなきゃわからねえだろ!」
「そんなことやってみなきゃわからねえだろ!」
叫ぶアマゾンオメガに倍する声で雅貴は怒鳴り返した。
アマゾンオメガが雅貴を護ろうとしているのは雅貴自身にもわかっている。
禰豆子が雅貴を殺そうと、食おうとしているのも、これまでの様子で薄々と察している。
それでもなお、雅貴がアマゾンオメガを阻止して禰豆子の前に立ったのは。
アマゾンオメガが雅貴を護ろうとしているのは雅貴自身にもわかっている。
禰豆子が雅貴を殺そうと、食おうとしているのも、これまでの様子で薄々と察している。
それでもなお、雅貴がアマゾンオメガを阻止して禰豆子の前に立ったのは。
「禰豆子ちゃん。なあ、おまえさ、炭治郎ってやつの妹だろ」
名簿を見て広斗の次に関心を持っていた名が雅貴にはある。中野、鑢、そして竃門。家族、兄弟、姉妹、そんな関係の者たちを。
竃門炭治郎。竃門禰豆子。おそらく兄妹。親子ではない、と雅貴は勝手に確信していた。
先ほどと同じく、炭治郎の名に禰豆子はビクリと震える。親にいたずらが見つかった子どものように。
言葉が通じることを確認し、雅貴は腹に一層の力を込めた。
竃門炭治郎。竃門禰豆子。おそらく兄妹。親子ではない、と雅貴は勝手に確信していた。
先ほどと同じく、炭治郎の名に禰豆子はビクリと震える。親にいたずらが見つかった子どものように。
言葉が通じることを確認し、雅貴は腹に一層の力を込めた。
「やっぱな。わかるぜ。俺にも兄貴がいるし、弟もいるからな」
雅貴の手には武器がある。兄の教えには反するが、さすがにこんな戦いに素手では割って入れない。
その武器の握りを確かめながら、雅貴は飛び出そうとするアマゾンオメガの動きを牽制する。
手振りと視線で、ここは俺に任せろ、と告げる。
その武器の握りを確かめながら、雅貴は飛び出そうとするアマゾンオメガの動きを牽制する。
手振りと視線で、ここは俺に任せろ、と告げる。
「なあ、禰豆子ちゃんよ。俺には君がどうしてそうなったかはわからねえけど、訊いておきたいことがあんだよ」
すう、と雅貴は息を吸い込んだ。喧嘩の時にもここまでの緊張感を覚えたことはあまりない。
読み違えていれば雅貴は死ぬだろう。だが確信があった。
雨宮雅貴は雨宮尊龍の弟であり、雨宮広斗の兄であるがゆえに。
読み違えていれば雅貴は死ぬだろう。だが確信があった。
雨宮雅貴は雨宮尊龍の弟であり、雨宮広斗の兄であるがゆえに。
「君さ……その顔で炭治郎お兄ちゃんの前に立てるのか? そんな……鬼みたいな顔で、よ」
静かに語られた雅貴の言葉は、あるいはアマゾンオメガのどんな攻撃よりも強く深く、禰豆子という存在の核を貫いた。
禰豆子の瞳孔が極限まで開く。アマゾンオメガも息を呑む。雅貴の目が細まる――
禰豆子の瞳孔が極限まで開く。アマゾンオメガも息を呑む。雅貴の目が細まる――
「ガアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
禰豆子は炸裂した。
アマゾンオメガの反応速度すら追いつけない、まさに神速の跳び出し。
禰豆子をこれ以上なく傷つけた雨宮雅貴の喉笛を食い千切るべく、全細胞の意志が一致した。
アマゾンオメガは間に合わない。今から動き出しても遅い。雅貴は死ぬ――悠はそう感覚した。思考すら追いつかない一瞬の間。
アマゾンオメガの反応速度すら追いつけない、まさに神速の跳び出し。
禰豆子をこれ以上なく傷つけた雨宮雅貴の喉笛を食い千切るべく、全細胞の意志が一致した。
アマゾンオメガは間に合わない。今から動き出しても遅い。雅貴は死ぬ――悠はそう感覚した。思考すら追いつかない一瞬の間。
「ッシャアッ、ビンゴだ!」
だが、雅貴は死ななかった。
持っていた武器を、街中で拾った何の変哲もない木刀を――王刀“鋸”という銘の刀を――噛み付いてくる禰豆子の口に押し込んだ。
先ほどまでそこにあった竹筒のように、禰豆子は反射的に木刀を噛み砕こうとする。
瞬間、禰豆子の瞳が揺れる。靄を払うように赤い瞳が薄くなり、瞬時にまた赤くなり、また白くなる。
勢いが弱まった。雅貴そのは一瞬の停滞を逃さず、木刀を捻って禰豆子の身体ごと地面に叩きつけた。
持っていた武器を、街中で拾った何の変哲もない木刀を――王刀“鋸”という銘の刀を――噛み付いてくる禰豆子の口に押し込んだ。
先ほどまでそこにあった竹筒のように、禰豆子は反射的に木刀を噛み砕こうとする。
瞬間、禰豆子の瞳が揺れる。靄を払うように赤い瞳が薄くなり、瞬時にまた赤くなり、また白くなる。
勢いが弱まった。雅貴そのは一瞬の停滞を逃さず、木刀を捻って禰豆子の身体ごと地面に叩きつけた。
「おい! 手伝え!」
「え……え?」
「ボサッとしてんな! この子の手を押さえろ! 早くして!」
「え……え?」
「ボサッとしてんな! この子の手を押さえろ! 早くして!」
牙は防げても爪までは木刀ではカバーしきれない。雅貴の声で悠は、アマゾンオメガは慌てて禰豆子に馬乗りになって両手を押さえつけた。
雅貴はアマゾンオメガの対面に屈み込んで、禰豆子の口を木刀で押さえつけながらその瞳を覗き込む。
暴れ藻掻く禰豆子だが、アマゾンオメガを振り払えない。力を込めようにも何故かうまくいかないのだ。まるで身体のどこかに空いた穴から力が抜けていくように。
雅貴はアマゾンオメガの対面に屈み込んで、禰豆子の口を木刀で押さえつけながらその瞳を覗き込む。
暴れ藻掻く禰豆子だが、アマゾンオメガを振り払えない。力を込めようにも何故かうまくいかないのだ。まるで身体のどこかに空いた穴から力が抜けていくように。
「これでようやく落ち着いて話ができるな、禰豆子ちゃん」
「話って、あなたは一体何をするつもりなんです!?」
「あ? 決まってんだろ、兄弟の、兄妹の話だよ」
「話って、あなたは一体何をするつもりなんです!?」
「あ? 決まってんだろ、兄弟の、兄妹の話だよ」
汗をかきながらも雅貴は壮絶に笑う。先ほどの反応から見て、どれほど変わり果てようと竃門禰豆子は“妹”なのだ。
ならば、雅貴がすべきことは。
ならば、雅貴がすべきことは。
「なあ、禰豆子ちゃん。俺は君の兄貴の炭治郎くんに会ったことはねえけどよ。それでも一つ、絶対だって言えることがあるぜ」
かつて兄が、雨宮尊龍がしてくれたように。兄弟たちの絆を固く繋いでくれたように。
思い出させることだ。
竃門禰豆子と。竃門炭治郎の。二人の兄妹の、何者にも負けない最強で最高の絆の強さを。
震える禰豆子の目を真っ向から睨みつけ、雨宮雅貴は吠えた。
思い出させることだ。
竃門禰豆子と。竃門炭治郎の。二人の兄妹の、何者にも負けない最強で最高の絆の強さを。
震える禰豆子の目を真っ向から睨みつけ、雨宮雅貴は吠えた。
「どんなに変わっちまったってなぁ! おまえの兄貴は絶対に、絶対に、絶対にッ! 絶対におまえを見捨てたりなんかしねえぞ――ッ!」
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