「救う」ということ ◆MCsmYVWHxQ
「いやあ、はっはっは。
これはまた凄いことになったねぇ……俺や猗窩座殿だけならばまだしも、あのお方までもこのような座興に巻き込まれようとは。
鳴女ちゃんとどちらが凄いかな? 技比べをさせてみたいものだ」
これはまた凄いことになったねぇ……俺や猗窩座殿だけならばまだしも、あのお方までもこのような座興に巻き込まれようとは。
鳴女ちゃんとどちらが凄いかな? 技比べをさせてみたいものだ」
尾張城───かつてどこかの世界で隆盛を誇った尾張幕府の居城に、しかし将軍たる為政者の姿はなく。
その最上階にてけらけらと場違いなほど明るい笑い声をあげて愉快愉快と身体を揺らしているのは、ひとりの異様な風体の男だった。
血を被ったような紋様の浮かんだ髪。虹を切り取って閉じ込めたように美しい、宝石と見紛うその瞳。
どれを取っても浮き世離れした、まるで空想の産物のような彼。
その最上階にてけらけらと場違いなほど明るい笑い声をあげて愉快愉快と身体を揺らしているのは、ひとりの異様な風体の男だった。
血を被ったような紋様の浮かんだ髪。虹を切り取って閉じ込めたように美しい、宝石と見紛うその瞳。
どれを取っても浮き世離れした、まるで空想の産物のような彼。
「どうせなら黒死牟殿も呼んであげればよかったのに。ひとりだけ仲間外れでは寂しかろうよ。
猗窩座殿は彼を殺すと豪語していたし、そういう意味でもちょうどいい機会だったのになあ」
猗窩座殿は彼を殺すと豪語していたし、そういう意味でもちょうどいい機会だったのになあ」
朗らかに大笑する彼の総身からは、噎せ返るような血の匂いがしていた。
血と、臓物と、肉の匂い。人の中身を片っ端から掻き出して人の形に再形成したようなおぞましさ。
なまじ見た目が綺羅びやかで美しいことが災いして、余計にそれが際立ってしまっている。
血と、臓物と、肉の匂い。人の中身を片っ端から掻き出して人の形に再形成したようなおぞましさ。
なまじ見た目が綺羅びやかで美しいことが災いして、余計にそれが際立ってしまっている。
ああ、故にこれが人間などである筈もない。虹の双眸に浮かんだ『上弦』の文字と、数字の『弐』がその証拠だ。
「とはいえ、無惨様はさぞかしお怒りだろう。ああぁ、一刻も早く馳せ参じて差し上げなければ!
手土産のひとつふたつ持参していった方がいいかな? そうだ、今は亡き玉壺殿に倣って壺に生首を活けて持って行こうか。
あのお方がそんな子供騙しでお喜びになるとは正直思えないが、その時は俺の躰で存分にお怒りを発散していただくのも一興だろう」
手土産のひとつふたつ持参していった方がいいかな? そうだ、今は亡き玉壺殿に倣って壺に生首を活けて持って行こうか。
あのお方がそんな子供騙しでお喜びになるとは正直思えないが、その時は俺の躰で存分にお怒りを発散していただくのも一興だろう」
さも聖人か神かのように偉大なもののおわすべき場所に座する彼は───"鬼"である。
鬼。地獄の獄卒としてよく語られる、金棒をぶら下げた暴力装置ではない。
鬼ヶ島に居を構え、宝物を独り占めしては人に横暴の限りを働く賊でもない。それらよりも尚悪い。
彼は、彼らは人を喰う。その魂までもを陵辱し、悲しみと怒りの連鎖を末代までも引き起こす。絶対的なまでの、人類の敵。
『人喰い鬼』。成る程確かに、殺し合いを恙なく押し進めるための促進剤としてはおあつらえ向きの人選であると言えた。
鬼。地獄の獄卒としてよく語られる、金棒をぶら下げた暴力装置ではない。
鬼ヶ島に居を構え、宝物を独り占めしては人に横暴の限りを働く賊でもない。それらよりも尚悪い。
彼は、彼らは人を喰う。その魂までもを陵辱し、悲しみと怒りの連鎖を末代までも引き起こす。絶対的なまでの、人類の敵。
『人喰い鬼』。成る程確かに、殺し合いを恙なく押し進めるための促進剤としてはおあつらえ向きの人選であると言えた。
そしてこの鬼の名は、童磨という。
十二鬼月のひとり。階級は、上弦の弐。
教祖として万世に渡る極楽を標榜しながら、その実は歪んだ愛情で数多の人間を喰らってきた正真の邪悪である。
十二鬼月のひとり。階級は、上弦の弐。
教祖として万世に渡る極楽を標榜しながら、その実は歪んだ愛情で数多の人間を喰らってきた正真の邪悪である。
しかしながら、そんな悪鬼の首にも今は金属製のチープな首輪が場違いに巻き付いている状況だ。
鬼である彼らを殺そうと思うならば、その身体に直に日光を浴びせかけるか、日輪刀と呼ばれる特殊な刀で首を刎ねなければならない。
故に、どんな精密な仕掛けを用立てようが、この首輪で鬼である童磨は殺せない。
本来は、その筈であるのだが───しかし童磨はこの煩わしい戒めを引き千切る気にはどうもなれなかった。
鬼である彼らを殺そうと思うならば、その身体に直に日光を浴びせかけるか、日輪刀と呼ばれる特殊な刀で首を刎ねなければならない。
故に、どんな精密な仕掛けを用立てようが、この首輪で鬼である童磨は殺せない。
本来は、その筈であるのだが───しかし童磨はこの煩わしい戒めを引き千切る気にはどうもなれなかった。
「まあ、万一ということもあるよな」
童磨は、この状況を仕組んだBBという人物のことを心の底から高く評価している。一切の誇張抜きでだ。
自分や猗窩座のような上弦の鬼を引き寄せるだけならばいざ知らず、日々あれだけ涙ぐましい努力を重ねている鬼殺隊ひいては産屋敷にすら居場所を一切掴ませていない無惨ですらもが、BBの手によって呆気なく攫われた。
無惨への忠誠心が篤い鬼ならば、憤死もかくやと言うほどの情動を覚える状況だろう。
童磨も無論その手の心意気は備えていたが、彼の場合は何から何まで複雑怪奇にねじれ狂ってしまっているため、例に当て嵌めるには不適当だ。
自分や猗窩座のような上弦の鬼を引き寄せるだけならばいざ知らず、日々あれだけ涙ぐましい努力を重ねている鬼殺隊ひいては産屋敷にすら居場所を一切掴ませていない無惨ですらもが、BBの手によって呆気なく攫われた。
無惨への忠誠心が篤い鬼ならば、憤死もかくやと言うほどの情動を覚える状況だろう。
童磨も無論その手の心意気は備えていたが、彼の場合は何から何まで複雑怪奇にねじれ狂ってしまっているため、例に当て嵌めるには不適当だ。
閑話休題。
鬼舞辻無惨という闇夜の主をも駒のひとつに数えられるような女が、自分達の生命的性質を理解していないとは童磨には思えなかった。
もしもそうだとしたらまこと信じ難い話ではあるが、この首輪に内蔵された爆弾が、鬼をも滅ぼす未知の威力を秘めているとしたら。
ルールに背くという短慮を冒した瞬間、たちまち無様に尽きる末路を晒すこととなるに違いない。
鬼舞辻無惨という闇夜の主をも駒のひとつに数えられるような女が、自分達の生命的性質を理解していないとは童磨には思えなかった。
もしもそうだとしたらまこと信じ難い話ではあるが、この首輪に内蔵された爆弾が、鬼をも滅ぼす未知の威力を秘めているとしたら。
ルールに背くという短慮を冒した瞬間、たちまち無様に尽きる末路を晒すこととなるに違いない。
「それに、あんな可愛らしい女の子が一生懸命考えたお遊びなんだ。せっかくだから興じてあげようじゃないか」
こうして、彼の中での答えは出た。
予定調和のようなその回答は、殺し合いへ乗るというもの。
とはいえ、本来のルール通りに優勝を目指すつもりまではない。
無惨と、猗窩座。後は累という名前にも覚えがある。今は解体されて久しい、下弦の月に属していた鬼だった筈だ。
予定調和のようなその回答は、殺し合いへ乗るというもの。
とはいえ、本来のルール通りに優勝を目指すつもりまではない。
無惨と、猗窩座。後は累という名前にも覚えがある。今は解体されて久しい、下弦の月に属していた鬼だった筈だ。
そもそも下弦が解体されるに至ったきっかけが、件の累が鬼殺隊に殺されたことだったという話だったが───
その辺りの事柄については、考えてもまず答えは出るまいと潔く諦める。
主君である無惨様と、大事な仲間と、これまた大事な後輩。
彼らのみを残し、後の役者はすべてBBの望み通りに喰らってやろうと、童磨は慈心のままにそう決めた。
その辺りの事柄については、考えてもまず答えは出るまいと潔く諦める。
主君である無惨様と、大事な仲間と、これまた大事な後輩。
彼らのみを残し、後の役者はすべてBBの望み通りに喰らってやろうと、童磨は慈心のままにそう決めた。
さあさあ、決めたからには善は急げだ。
これほど沢山の人々を苦しみから解き放てるなんて、教祖冥利に尽きるというもの。
わくわくと心をときめかせながら、童磨は鼻歌すら歌いながら城下の景色をうっとり眺める。
これほど沢山の人々を苦しみから解き放てるなんて、教祖冥利に尽きるというもの。
わくわくと心をときめかせながら、童磨は鼻歌すら歌いながら城下の景色をうっとり眺める。
ああ、いい感じに楽しくなってきた。きっと他の皆も同じ気持ちだろうなあ。
猗窩座殿は何人殺せるだろうか。下弦の累は過去の汚名を返上出来るだろうか。
この小さな島には無限の可能性が満ちている。これを、どうして祝福せずにいられよう。
猗窩座殿は何人殺せるだろうか。下弦の累は過去の汚名を返上出来るだろうか。
この小さな島には無限の可能性が満ちている。これを、どうして祝福せずにいられよう。
喜色満面に殺し合いという凶事を祝福する狂った聖人であったが───そんな中のことである。
彼の鼻孔を、数百年にも渡る長い生涯の内ただの一度も嗅いだことのないような……奇妙な匂いが擽ったのは。
彼の鼻孔を、数百年にも渡る長い生涯の内ただの一度も嗅いだことのないような……奇妙な匂いが擽ったのは。
◆◆
その男からは、血の匂いがした。
血だけではない。
臓物と、弾けた肉と、脳漿と、腐った骨と。
生涯に渡り幾度となく、鼻が麻痺するほど嗅ぎ分けたありとあらゆる痛みの匂いがした。
それに顔を顰めるでもなく、鉄面皮と形容するに相応しい仏頂面のまま、女は教祖(かれ)の前に立つ。
尾張城最上階。眼下に島の景色を一望出来る貴きもののおわす場所には、しかし凝縮された血肉の塊が座していた。
血だけではない。
臓物と、弾けた肉と、脳漿と、腐った骨と。
生涯に渡り幾度となく、鼻が麻痺するほど嗅ぎ分けたありとあらゆる痛みの匂いがした。
それに顔を顰めるでもなく、鉄面皮と形容するに相応しい仏頂面のまま、女は教祖(かれ)の前に立つ。
尾張城最上階。眼下に島の景色を一望出来る貴きもののおわす場所には、しかし凝縮された血肉の塊が座していた。
「やあやあ、待っていたよ。
早速だけど君、いい匂いだねえ」
早速だけど君、いい匂いだねえ」
霊体ではない。
確かな実体を保った上で彼は女の目の前に存在していたが、だからこそ尚更質が悪かった。
悪逆を積んだ英霊ならばいざ知らず。こんなものが、よもや生きとし生けるものとしてこの地上に存在していようとは。
認めたくはないが、BBの見る目は成る程確かなようだと言わざるを得ない。
人間達の群れの中にこいつをひとり混ぜたなら、数分と保たずに屍山血河の出来上がりだろう。
そういう意味では、この悪ふざけ……『バトルロワイアル』の役者としてはいっとう適している。
確かな実体を保った上で彼は女の目の前に存在していたが、だからこそ尚更質が悪かった。
悪逆を積んだ英霊ならばいざ知らず。こんなものが、よもや生きとし生けるものとしてこの地上に存在していようとは。
認めたくはないが、BBの見る目は成る程確かなようだと言わざるを得ない。
人間達の群れの中にこいつをひとり混ぜたなら、数分と保たずに屍山血河の出来上がりだろう。
そういう意味では、この悪ふざけ……『バトルロワイアル』の役者としてはいっとう適している。
「『稀血』の子は結構喰べて来たんだけど、君からはそのどれとも違った匂いがするんだ。
見たところ異人のようだが、もしかしてあのBBという子、海の向こうの国からも人を集めているのかな?
う~ん、でも異人も喰べたことあるしなぁ。なんで君だけなんだろう、よかったら一緒に考えてくれないかい?」
見たところ異人のようだが、もしかしてあのBBという子、海の向こうの国からも人を集めているのかな?
う~ん、でも異人も喰べたことあるしなぁ。なんで君だけなんだろう、よかったら一緒に考えてくれないかい?」
だが───。
女にとって、それらの恐ろしげな事実の数々は二の次でしかなかった。
朱い瞳が虹の瞳を真っ向から見据え、その耳は彼の吐く戯言を一言一句聞き逃さない。
一方で、そんな様子の彼女に鬼は「おっと、いけない」と何かを思い出したように己の口元へと手をやった。
女にとって、それらの恐ろしげな事実の数々は二の次でしかなかった。
朱い瞳が虹の瞳を真っ向から見据え、その耳は彼の吐く戯言を一言一句聞き逃さない。
一方で、そんな様子の彼女に鬼は「おっと、いけない」と何かを思い出したように己の口元へと手をやった。
「そうだそうだ、自己紹介がまだだったね。
俺は童磨っていうんだ。普段は宗教の教祖なんかをやってるよ」
俺は童磨っていうんだ。普段は宗教の教祖なんかをやってるよ」
彼の言葉はいつだとて真剣味に欠けていてどこか夢見心地。
しかしだからこそ、衆生と隔絶された超常性のようなものを彼と相対する人間が勝手に見出してしまうのも詮無きことであった。
虹の瞳に整った身なり。そして、絶望という言葉を母の胎に置いてきたかのような底抜けの明るさ。
或いは世に語られる高名な聖人も、彼のように奇人めいた人格をしていたのかもしれない。
しかしだからこそ、衆生と隔絶された超常性のようなものを彼と相対する人間が勝手に見出してしまうのも詮無きことであった。
虹の瞳に整った身なり。そして、絶望という言葉を母の胎に置いてきたかのような底抜けの明るさ。
或いは世に語られる高名な聖人も、彼のように奇人めいた人格をしていたのかもしれない。
「おーい。お~~い? まさかとは思うんだが、もしかして俺は今君に無視されていないかな?」
聞こえているか確認するように女の前で手をひらひらと振ってみせる、人喰いの救世主。
そんな彼に対して、事ここに至ってようやく朱い瞳の女が口を開いた。
鋼鉄のように硬い貌をわずかに動かしながら開いた口から放たれた言葉は、しかし童磨の望んでいたものではなく。
そんな彼に対して、事ここに至ってようやく朱い瞳の女が口を開いた。
鋼鉄のように硬い貌をわずかに動かしながら開いた口から放たれた言葉は、しかし童磨の望んでいたものではなく。
「───貴方は病気です。可及的速やかな治療が必要であると判断します」
「は?」
「は?」
まったく要領を得ない、突拍子にも程があるような一言だった。
一応自分の名前はちゃんと聞いてくれていたことに一抹の嬉しさを覚えはしたが、それにしたって意味が分からない。
童磨の下を尋ねてきた信者達にはいろいろな人間が居た。
恋人に逃げられた者、借金を背負った者、余命幾許もない者、獄門間違いなしの悪人、精神を病んだ狂人───皆、涙が出るほど可哀想な連中であるということだけは共通していたが。
一応自分の名前はちゃんと聞いてくれていたことに一抹の嬉しさを覚えはしたが、それにしたって意味が分からない。
童磨の下を尋ねてきた信者達にはいろいろな人間が居た。
恋人に逃げられた者、借金を背負った者、余命幾許もない者、獄門間違いなしの悪人、精神を病んだ狂人───皆、涙が出るほど可哀想な連中であるということだけは共通していたが。
そんな輩を星の数ほど相手してきた童磨も、流石に面と向かってこんな台詞を曰われた経験はなかった。
はて、この子は何を言っているんだろうか。思わず首を傾げてしまうが、すぐにぱあっとまたいつも通りの笑顔を浮かべてみせる。
はて、この子は何を言っているんだろうか。思わず首を傾げてしまうが、すぐにぱあっとまたいつも通りの笑顔を浮かべてみせる。
「可愛いなあ、心配をしてくれているんだね。
でも大丈夫だ、俺はどんな病気にも罹らないし、何年生きたって皺ひとつ出来やしないんだよ」
「自覚はあるのですね、ならば話が早い」
「いや、何も早くないだろう。もう少し俺の話をちゃんと聞いて欲しいんだけど……」
でも大丈夫だ、俺はどんな病気にも罹らないし、何年生きたって皺ひとつ出来やしないんだよ」
「自覚はあるのですね、ならば話が早い」
「いや、何も早くないだろう。もう少し俺の話をちゃんと聞いて欲しいんだけど……」
童磨には皆目、この女の言いたいことが分からなかった。
病。それは鬼となった童磨にとっては、この世で最も無縁な事柄のひとつである。
巷を騒がす流行り病も、それどころかほんのちょっとの風邪ですら、鬼にとっては生涯無縁の概念だ。
だというのに、病んでいる? 俺が? 今すぐに医者に罹らなければならないような病人だって? よくわからない。
彼が無数の疑問符を浮かべ、らしくもなく困惑してしまうのも無理のない話であろう。
病。それは鬼となった童磨にとっては、この世で最も無縁な事柄のひとつである。
巷を騒がす流行り病も、それどころかほんのちょっとの風邪ですら、鬼にとっては生涯無縁の概念だ。
だというのに、病んでいる? 俺が? 今すぐに医者に罹らなければならないような病人だって? よくわからない。
彼が無数の疑問符を浮かべ、らしくもなく困惑してしまうのも無理のない話であろう。
「とにかく。安心していいんだよ、心配性なお嬢さん。
俺は永遠なんだ、死なない存在なんだから。
君の目に俺がどう写っているのか知らないが、それはすべて杞憂なんだよ。
だから力を抜いて、両手を広げてごらん。そうすればすぐにでも、俺は君を救って───」
俺は永遠なんだ、死なない存在なんだから。
君の目に俺がどう写っているのか知らないが、それはすべて杞憂なんだよ。
だから力を抜いて、両手を広げてごらん。そうすればすぐにでも、俺は君を救って───」
けれど、結論は出た。
結局のところいつもと同じだ。
彼女の言っていることは分からないけれど、それも含めて愛してあげよう。慈しんで、尊重して。解き放ってあげようじゃないか。
まるで本物の聖者のようにつらつらと救いの文句を口にしながら笑う童磨に、女はやはり表情ひとつ動かすことなく、小さく唇を開いて。
結局のところいつもと同じだ。
彼女の言っていることは分からないけれど、それも含めて愛してあげよう。慈しんで、尊重して。解き放ってあげようじゃないか。
まるで本物の聖者のようにつらつらと救いの文句を口にしながら笑う童磨に、女はやはり表情ひとつ動かすことなく、小さく唇を開いて。
「診断結果は既に告げました。此処からは、為すべきことを為させていただきます」
次の瞬間───彼女の姿は、童磨の懐にまで侵入を果たしていた。
まさか、と彼の虹色に輝く瞳がカッと見開かれる。
言うまでもない驚き。そこで童磨はようやく、彼女から何故異様な匂いがするのかを突き止めた。
結局のところ、その答えはごくごく単純。
言葉を尽くして己の身体が如何に強いかを語っていた童磨だったが、今となっては彼女が何故微塵たりともそこに驚きを見せなかったのか分かる。
まさか、と彼の虹色に輝く瞳がカッと見開かれる。
言うまでもない驚き。そこで童磨はようやく、彼女から何故異様な匂いがするのかを突き止めた。
結局のところ、その答えはごくごく単純。
言葉を尽くして己の身体が如何に強いかを語っていた童磨だったが、今となっては彼女が何故微塵たりともそこに驚きを見せなかったのか分かる。
───要するに、この女も同じなのだ。
病まず、老いず。人間の脆弱から解放された、人の形をした怪物。
病まず、老いず。人間の脆弱から解放された、人の形をした怪物。
スローモーションにさえ感じられる時間の中で、童磨は驚きのままに言葉を紡ぐ。
如何に彼が恐るべき鬼であると言えども、この須臾の猶予の中にあっては、ただ一言を紡ぎ出すのが限界だった。
如何に彼が恐るべき鬼であると言えども、この須臾の猶予の中にあっては、ただ一言を紡ぎ出すのが限界だった。
「……君、一体何者なんだい?」
それに対して、女は……鋼鉄の如き者は、これまたたった一言。
「フローレンス・ナイチンゲール。ただの、しがない看護師です」
◆◆
診察結果───この男は病んでいる。
そう踏んだナイチンゲールが手始めに行ったのは鎮静処置だった。
心の裡に病を飼う者はしばしばよく暴れる。
まずはその暴れぶりを抑え込んで、治療を行える状態に持っていかなければならない。
そう踏んだナイチンゲールが手始めに行ったのは鎮静処置だった。
心の裡に病を飼う者はしばしばよく暴れる。
まずはその暴れぶりを抑え込んで、治療を行える状態に持っていかなければならない。
とはいえ鎮静剤なんて気の利いたものは此処にはないし、生きながらにして人であることを辞めた彼にはそもそも効かないだろう。
故にナイチンゲールが選択したのは両手足の切断による全動作の強制断絶。
瞬く間に鬼の懐まで踏み入るなり、両手にそれぞれ二本ずつメスを形成。
持ち前の観察眼で以って最も効率よく機能を停滞させられる痛点を見出し、腕を振るうことで悪鬼の四肢へ処置を施した。
此処まで、時間にして一秒もない。驚くべきはフローレンス・ナイチンゲール、白衣の天使と謳われた女の手腕よ。
故にナイチンゲールが選択したのは両手足の切断による全動作の強制断絶。
瞬く間に鬼の懐まで踏み入るなり、両手にそれぞれ二本ずつメスを形成。
持ち前の観察眼で以って最も効率よく機能を停滞させられる痛点を見出し、腕を振るうことで悪鬼の四肢へ処置を施した。
此処まで、時間にして一秒もない。驚くべきはフローレンス・ナイチンゲール、白衣の天使と謳われた女の手腕よ。
……されど。ナイチンゲールが傑物であるならば、彼女が特段の病みを見出した彼もまた恐るべき存在であり。
「あぁ、びっくりした。驚かせてくれるじゃないか」
ナイチンゲールの"処置"が完了してから、これまた一秒もせぬ内に。
童磨の手足はすっかり元通りの状態にまで再生し、彼はまたしてもあの朗らかな笑みを零していた。
その様子を無言で見つめるナイチンゲール。"再生"は想定していた展開のひとつだったが───その速度は完全に彼女の想定を超えていた。
再生されることは織り込み済み。だからこそ腱を切るのではなく完全に手足を切断し、少しでも長く動きを鈍らせようという魂胆だったのだ。
にも関わらず、そもそも動きが鈍らない。その前に再生が追い付いてしまい、結果、彼女の決死の処置は何の結果にも繋がらない。
童磨の手足はすっかり元通りの状態にまで再生し、彼はまたしてもあの朗らかな笑みを零していた。
その様子を無言で見つめるナイチンゲール。"再生"は想定していた展開のひとつだったが───その速度は完全に彼女の想定を超えていた。
再生されることは織り込み済み。だからこそ腱を切るのではなく完全に手足を切断し、少しでも長く動きを鈍らせようという魂胆だったのだ。
にも関わらず、そもそも動きが鈍らない。その前に再生が追い付いてしまい、結果、彼女の決死の処置は何の結果にも繋がらない。
「悪くない動きだったよ。でもそれじゃあ駄目だ。手足を落として動きを封じようなんてのは、俺達鬼には通じない手さ。
看護婦さんなんだっけ。じゃあ人間の身体以外は診たことないんだね。うんうん、仕方ない仕方ない!」
看護婦さんなんだっけ。じゃあ人間の身体以外は診たことないんだね。うんうん、仕方ない仕方ない!」
からからと嗤いながら、本人には一切の悪意なく、嘲弄の言葉を吐き散らす悪鬼。
彼は臆面もなくナイチンゲールに知恵を授ける。
いつも通りに。自分を殺すのだと鼻息荒く現れた可哀想な者へそうするのと、一切変わらない調子でだ。
彼は臆面もなくナイチンゲールに知恵を授ける。
いつも通りに。自分を殺すのだと鼻息荒く現れた可哀想な者へそうするのと、一切変わらない調子でだ。
「俺達の急所は此処だよ、此処。殺すなら、此処を狙わなくちゃあいけない」
そう言って童磨が示すのは、首輪によって戒められた自身の首元。
もっとも、日輪刀を携えていない彼女ではどの道自分を殺し切るのは難しいだろうが、それも含めて童磨は彼女を慈しんでいた。
兄か父親がそうするように言葉を紡ぎ、教授する。何故そんなことをするのかなど、決まっている。
彼にとってこの世のすべては、施してやらなくちゃ生きられない可哀想な者達でしかないからだ。
それに対して、ナイチンゲールは。
もっとも、日輪刀を携えていない彼女ではどの道自分を殺し切るのは難しいだろうが、それも含めて童磨は彼女を慈しんでいた。
兄か父親がそうするように言葉を紡ぎ、教授する。何故そんなことをするのかなど、決まっている。
彼にとってこの世のすべては、施してやらなくちゃ生きられない可哀想な者達でしかないからだ。
それに対して、ナイチンゲールは。
「勘違いをなさらぬよう。私は、貴方を殺したいのではありません」
「またそれか……君も分からない子だねぇ。俺はこんなに正常だっていうのに」
「───いいえ、貴方のすべては膿んでいる。心も、身体も。そして私には、貴方という患者を治療し快方へ導く義務がある」
「またそれか……君も分からない子だねぇ。俺はこんなに正常だっていうのに」
「───いいえ、貴方のすべては膿んでいる。心も、身体も。そして私には、貴方という患者を治療し快方へ導く義務がある」
そう言って、鋼の女は勇ましく駆けた。
刹那にしてその徒手空拳が、童磨の頭蓋の右半分を潰れた柘榴のように吹き飛ばす。
その返り血と脳漿に塗れながら、彼女は言った。
刹那にしてその徒手空拳が、童磨の頭蓋の右半分を潰れた柘榴のように吹き飛ばす。
その返り血と脳漿に塗れながら、彼女は言った。
「殺してでも。貴方のことを癒やしましょう、虚飾の聖者よ」
一撃でなど止めはしない。
とてもではないがその動きは、人を癒やすと、救うと宣う者のそれではなかった。
童磨とはまた別のベクトルで、彼女もまた狂っている。
単純な頭部破壊程度では死に至らないと知るや否や、頭蓋に人中、こめかみに顎部、とどめに心臓。
あまねく急所を容赦なくラッシュの如き徒手で叩き、砕き、打ち据えていく。
その上で手刀を構え───振るう。しかしここで、最早出来の粗い挽肉のようになった童磨が漸く動いた。
とてもではないがその動きは、人を癒やすと、救うと宣う者のそれではなかった。
童磨とはまた別のベクトルで、彼女もまた狂っている。
単純な頭部破壊程度では死に至らないと知るや否や、頭蓋に人中、こめかみに顎部、とどめに心臓。
あまねく急所を容赦なくラッシュの如き徒手で叩き、砕き、打ち据えていく。
その上で手刀を構え───振るう。しかしここで、最早出来の粗い挽肉のようになった童磨が漸く動いた。
彼が抜いた武器は双銃。
その銃身で以ってナイチンゲールの手刀を受け止める。
次の瞬間、ナイチンゲールが勢いよくその場から飛び退いた。
それとほぼ同時に炸裂する銃弾……否。件の得物が『炎刀』の名を持つことを鑑みれば、剣戟とでも呼ぶべきなのか。
その銃身で以ってナイチンゲールの手刀を受け止める。
次の瞬間、ナイチンゲールが勢いよくその場から飛び退いた。
それとほぼ同時に炸裂する銃弾……否。件の得物が『炎刀』の名を持つことを鑑みれば、剣戟とでも呼ぶべきなのか。
兎角それが勢いよく火を噴いて、つい先ほどまで彼女の頭があった場所を通過していく。
そうしてその間にも、原型を留めないほどに破壊されきっていた童磨の身体はすっかり元通りに復元されていた。
そうしてその間にも、原型を留めないほどに破壊されきっていた童磨の身体はすっかり元通りに復元されていた。
「……ああ、そうか。そうなんだね、君は……」
しかし、次に訝しむのはナイチンゲールの番であった。
何故か。元通りの身体を取り戻した童磨が、その虹色の瞳から一筋の涙を垂らしていたからだ。
まるでよく出来た物語を読んで心を打たれ、落涙しているような。
嘘偽りのない情動に依る悲しみを満面に浮かべて、鬼は嘆いていた。
何故か。元通りの身体を取り戻した童磨が、その虹色の瞳から一筋の涙を垂らしていたからだ。
まるでよく出来た物語を読んで心を打たれ、落涙しているような。
嘘偽りのない情動に依る悲しみを満面に浮かべて、鬼は嘆いていた。
「辛かっただろう、悲しかっただろう。
そうなるまでに一体どれだけ救えなかったのか、俺には想像も出来ないよ」
そうなるまでに一体どれだけ救えなかったのか、俺には想像も出来ないよ」
───童磨の根源は『憐れみ』だ。
彼は新興宗教を営む両親の元に生まれ、神の子と崇められ、数多の愚かな人間を見てきた。
ありもしない極楽を夢見、地獄を恐れ、年端も行かない自分をありとあらゆる美辞麗句を尽くして褒めそやす可哀想な人々。
弱いから、頭が悪いから。たったそれだけのことで、彼らはとても可哀想なものに成り果ててしまった。
彼は新興宗教を営む両親の元に生まれ、神の子と崇められ、数多の愚かな人間を見てきた。
ありもしない極楽を夢見、地獄を恐れ、年端も行かない自分をありとあらゆる美辞麗句を尽くして褒めそやす可哀想な人々。
弱いから、頭が悪いから。たったそれだけのことで、彼らはとても可哀想なものに成り果ててしまった。
殺してでも、救う。
この言い草が破綻しているのは誰の目から見ても明らかだろう。
人を救けたいという思いの丈は痛いほど伝わってくるだけに、尚更痛ましくて仕方がなかった。
彼女は壊れている。狂っている。悲劇を見すぎて壊れたんだろう、命を取り零しすぎて狂ったんだろう。
人生で一度としてそんな境地に至ったことはないから童磨にその気持ちは分からないが、それでも同情することは出来る。
この言い草が破綻しているのは誰の目から見ても明らかだろう。
人を救けたいという思いの丈は痛いほど伝わってくるだけに、尚更痛ましくて仕方がなかった。
彼女は壊れている。狂っている。悲劇を見すぎて壊れたんだろう、命を取り零しすぎて狂ったんだろう。
人生で一度としてそんな境地に至ったことはないから童磨にその気持ちは分からないが、それでも同情することは出来る。
「でも、もういいんだ。俺が許してあげよう。
君は弱くて大勢を死なせてしまったんだろうけど、それを気負うことはないんだよ。
俺とひとつになってゆっくり休むといい。そうすれば君はもう二度と───」
君は弱くて大勢を死なせてしまったんだろうけど、それを気負うことはないんだよ。
俺とひとつになってゆっくり休むといい。そうすれば君はもう二度と───」
心胆からの慈悲を込めての言葉は、しかしまたしても最後までは紡がれなかった。
言葉を遮るように、彼女が抜き放ったピストル。そこから放たれた、メスの弾丸。
それが童磨の声帯部分を的確に撃ち抜いて、どくどくと血の雫を滴らせる。
言葉を遮るように、彼女が抜き放ったピストル。そこから放たれた、メスの弾丸。
それが童磨の声帯部分を的確に撃ち抜いて、どくどくと血の雫を滴らせる。
「確かに私は、大勢を死なせてきました。
救えなかった彼らの苦しみ、嘆き。私は一時とて忘れたことはありません」
救えなかった彼らの苦しみ、嘆き。私は一時とて忘れたことはありません」
童磨は確かに教祖として信者を慈しみ、御言葉を授け、思いのままに救ってきた。
だがそれはあくまでも独り善がりな、彼の歪んだ憐憫に基づくスタンドプレーでしかない。
故にこそこの時も、彼の言葉は的を外していた。
だがそれはあくまでも独り善がりな、彼の歪んだ憐憫に基づくスタンドプレーでしかない。
故にこそこの時も、彼の言葉は的を外していた。
「それでも。私は、この重さを永劫背負うと決めたのです。
貴方のような都合のいい救いなど、私は少しも欲しくはない」
貴方のような都合のいい救いなど、私は少しも欲しくはない」
彼女という人物を知る者ならば皆笑ったろう。
フローレンス・ナイチンゲールが赦しを欲する。
永遠の安息なんて聞こえがいいだけの文句に心を傾がせる。
そんなこと、たとえ天地がひっくり返っても有り得ない事態であるというのに。
フローレンス・ナイチンゲールが赦しを欲する。
永遠の安息なんて聞こえがいいだけの文句に心を傾がせる。
そんなこと、たとえ天地がひっくり返っても有り得ない事態であるというのに。
「この自我(エゴ)が在る限り、私は世界のすべてを救い続ける。世界のすべてを、壊してでも」
鳴り響く銃声、五度。
童磨の両眼と喉笛、そして両腕の腱部分にそれぞれ一発ずつ。
彼の再生能力は確かに脅威的な速度であるが、それでもやはり少しばかりの時間はある。
ナイチンゲールは甘えない。たとえそれが一秒を更に何等分かしたような刹那だとしても、鋼の女はこじ開ける。
童磨の両眼と喉笛、そして両腕の腱部分にそれぞれ一発ずつ。
彼の再生能力は確かに脅威的な速度であるが、それでもやはり少しばかりの時間はある。
ナイチンゲールは甘えない。たとえそれが一秒を更に何等分かしたような刹那だとしても、鋼の女はこじ開ける。
「血鬼術───蓮葉氷」
防御の為に生じさせたのだろうか。
蓮の花を模した氷がぶわっと勢いよく広がって、ナイチンゲールの道を阻まんとするが、彼女はそれすら踏破する。
あまりの冷気に肌が、髪が凍る。それでも彼女は一顧だにしない。
叩き込む拳の一撃が彼の心臓を粉砕し、胴を串刺しにするが───その時だった。
ナイチンゲールの目が見開かれる。周囲へ満ちた底冷えするような冷気が認識出来なくなるのではないかという程激しい激痛によって。
蓮の花を模した氷がぶわっと勢いよく広がって、ナイチンゲールの道を阻まんとするが、彼女はそれすら踏破する。
あまりの冷気に肌が、髪が凍る。それでも彼女は一顧だにしない。
叩き込む拳の一撃が彼の心臓を粉砕し、胴を串刺しにするが───その時だった。
ナイチンゲールの目が見開かれる。周囲へ満ちた底冷えするような冷気が認識出来なくなるのではないかという程激しい激痛によって。
空気が漏れるような嫌な音をあげながら、ナイチンゲールが喀血した。
それを見ながら童磨は、再生したばかりの声帯で語りかける。
やはり、笑顔を浮かべながら。子を慈しむ親のように。
それを見ながら童磨は、再生したばかりの声帯で語りかける。
やはり、笑顔を浮かべながら。子を慈しむ親のように。
「駄目だよ、これ以上暴れたら苦しむだけだ。
今君が吸い込んだのは、俺の凍った血液だから」
「……ぅ、ぐ───ッ」
今君が吸い込んだのは、俺の凍った血液だから」
「……ぅ、ぐ───ッ」
童磨の血鬼術のひとつ、『蓮葉氷』。
氷の蓮は生まれると同時に、産声代わりに霧状になった凍った血液を散布する。
肌に触れれば忽ち凍傷を引き起こすような極低温の血を、ナイチンゲールはあろうことか無防備にも吸い込んでしまった。
その応報とばかりに、今彼女の肺腑は痛々しく張り裂け、壊死していた。
あまりに一瞬の致命傷。喀血を繰り返すナイチンゲールの声は、今にも擦り切れてなくなりそうなほど掠れ果てている。
氷の蓮は生まれると同時に、産声代わりに霧状になった凍った血液を散布する。
肌に触れれば忽ち凍傷を引き起こすような極低温の血を、ナイチンゲールはあろうことか無防備にも吸い込んでしまった。
その応報とばかりに、今彼女の肺腑は痛々しく張り裂け、壊死していた。
あまりに一瞬の致命傷。喀血を繰り返すナイチンゲールの声は、今にも擦り切れてなくなりそうなほど掠れ果てている。
「今までにも、君のような子を無数に見てきたよ。
鬼狩りの柱……って言っても分からないか。彼らも皆痛々しかった。きっとさぞかしたくさん取り零してきたんだろうねぇ。
君達は皆、擦り切れかけた布切れのようだ。俺は優しいから、見ていられなくなる」
鬼狩りの柱……って言っても分からないか。彼らも皆痛々しかった。きっとさぞかしたくさん取り零してきたんだろうねぇ。
君達は皆、擦り切れかけた布切れのようだ。俺は優しいから、見ていられなくなる」
言いながら、童磨は自分の吐いた血と返り血で赤く染まった天使へ優しく一歩を踏み出す。
彼は今まで、こうして死んでいく戦士を山ほど葬り、喰らってきた。
けれどそんな皆は今、あらゆる苦しみから解き放たれて自分の中で永遠という名の極楽に溶けている。
この哀れな女もそうしてやろう。童磨はそうして、肺腑の裂けた彼女の頭へ手を伸ばした。
彼は今まで、こうして死んでいく戦士を山ほど葬り、喰らってきた。
けれどそんな皆は今、あらゆる苦しみから解き放たれて自分の中で永遠という名の極楽に溶けている。
この哀れな女もそうしてやろう。童磨はそうして、肺腑の裂けた彼女の頭へ手を伸ばした。
───だが。
「▅▆▂▅▆▇▇▇▆▆▂!!!!」
生粋の鬼であり、恐れなど知らない童磨ですらもが、一瞬動きを止めてしまう程の激しい咆哮が、ナイチンゲールの口から炸裂する。
それは天使の叫び。聞く者の魂を奮起させ、生存にかける想いを本能レベルで著しく高めあげる鬨の声。
紛れもなく死に瀕しかけていた肉体は、その瞬間に損傷はそのままで元の活力を取り戻す。
嘘だろ、と童磨が呟いた。その刹那、彼の身体はまるで蹴り飛ばされた鞠のように勢いよく、柱にめり込む程の勢いで宙を舞った。
それは天使の叫び。聞く者の魂を奮起させ、生存にかける想いを本能レベルで著しく高めあげる鬨の声。
紛れもなく死に瀕しかけていた肉体は、その瞬間に損傷はそのままで元の活力を取り戻す。
嘘だろ、と童磨が呟いた。その刹那、彼の身体はまるで蹴り飛ばされた鞠のように勢いよく、柱にめり込む程の勢いで宙を舞った。
「幸い、貴方に"死"はないようだ。ならば、このまま処置を続行します。覚悟はいいですね、童磨」
「は───はははははは! 凄いなあ! 君、まるで鬼のようじゃないか!!」
「は───はははははは! 凄いなあ! 君、まるで鬼のようじゃないか!!」
総身血に塗れ、明らかに致死の傷を負い。
それでも狂おしいほどの熱だけを原動力に歩みを進めてくる、狂った女。
その姿は確かに童磨の知る誰よりも広義の意味での"鬼"に近い。
救ってみせると吐きながら、そのためにまずは壊すと剛腕を振るう彼女はまさしく狂人だった。
それでも狂おしいほどの熱だけを原動力に歩みを進めてくる、狂った女。
その姿は確かに童磨の知る誰よりも広義の意味での"鬼"に近い。
救ってみせると吐きながら、そのためにまずは壊すと剛腕を振るう彼女はまさしく狂人だった。
永遠の安息を与えるため、救うために喰らう童磨と近いようで決定的に遠い在り方。
おぞましいまでの執念を滲ませながら、彼女は不死の怪物と最短距離で攻防を繰り広げる。
拳で砕き。銃弾を受け。メスで切り裂き。腹を抉られ。
殺し、殺され、殺し、殺されのやり取りを、幾度となく繰り返す。
既に童磨が背にしている柱は大きく陥没し、ひび割れ、惨憺たる有様を晒していた。
おぞましいまでの執念を滲ませながら、彼女は不死の怪物と最短距離で攻防を繰り広げる。
拳で砕き。銃弾を受け。メスで切り裂き。腹を抉られ。
殺し、殺され、殺し、殺されのやり取りを、幾度となく繰り返す。
既に童磨が背にしている柱は大きく陥没し、ひび割れ、惨憺たる有様を晒していた。
───ナイチンゲールが死ぬか、彼女の言う"処置"が完了するか。
その根比べの次元にまで単純化された人外/狂人両者の邂逅はしかし、唐突に終わりを迎えることと相成った。
最短距離での攻防により歪み、割れ、軋んだ柱。
衝撃はそこから更に周辺の壁にまでも伝播し、英霊の膂力を黙して受け続けた柱のみならず、ふたりが戦いを繰り広げるこの"尾張城の最上階"そのものの立地を著しく不安定なものに追いやっていった。
となれば、どうなるか。答えは、あまりにも単純明快である。
衝撃はそこから更に周辺の壁にまでも伝播し、英霊の膂力を黙して受け続けた柱のみならず、ふたりが戦いを繰り広げるこの"尾張城の最上階"そのものの立地を著しく不安定なものに追いやっていった。
となれば、どうなるか。答えは、あまりにも単純明快である。
崩落───だ。
肉を穿く銃声と、はたまた肉を砕く轟音。
そのふたつがまったく同時に響き渡ったのを合図に、尾張城の最上階が八割方、音を立てて倒壊した。
肉を穿く銃声と、はたまた肉を砕く轟音。
そのふたつがまったく同時に響き渡ったのを合図に、尾張城の最上階が八割方、音を立てて倒壊した。
◆◆
───墜ちていく。墜ちていく。
自由落下特有の、骨の髄まで浮き上がるような感覚。
これを味わったのは一体いつ以来だろうかと、童磨はすっかり再生し終えた身体で思考していた。
そのまま彼が着地したのは、城が聳えていた切り立った丘の遥か下。
つい数十秒前まではあの城の高みに立っていたというのに、あっという間に谷底も同然の場所にまで追いやられてしまった。
自由落下特有の、骨の髄まで浮き上がるような感覚。
これを味わったのは一体いつ以来だろうかと、童磨はすっかり再生し終えた身体で思考していた。
そのまま彼が着地したのは、城が聳えていた切り立った丘の遥か下。
つい数十秒前まではあの城の高みに立っていたというのに、あっという間に谷底も同然の場所にまで追いやられてしまった。
こりゃ参ったなと、童磨は頭をポリポリ掻く。
身体には若干の疲労感があった。
これもまた、上弦の弐である彼にとっては久しく味わっていなかった感覚であった。
身体には若干の疲労感があった。
これもまた、上弦の弐である彼にとっては久しく味わっていなかった感覚であった。
「彼女は……ううん、全然別な場所に墜ちてしまったようだなあ。せっかくだから、ちゃんと救ってあげたかったのだが」
困ったなあと呟きながら、童磨は首を鳴らして腕を組む。
しかし、それにしてもだ。
思い返せば思い返すほど、強く雄々しい女性だった。
童磨はあれほどの狂気というものを目にしたことがない。
周りに狂人の類は山のように揃っていたが、それでも彼女は間違いなく頭ひとつ抜けていた。
もしも彼女のような人物が鬼になったのなら───きっと無惨様も頷くような、素晴らしい個体になるだろう。
しかし、それにしてもだ。
思い返せば思い返すほど、強く雄々しい女性だった。
童磨はあれほどの狂気というものを目にしたことがない。
周りに狂人の類は山のように揃っていたが、それでも彼女は間違いなく頭ひとつ抜けていた。
もしも彼女のような人物が鬼になったのなら───きっと無惨様も頷くような、素晴らしい個体になるだろう。
童磨はそう独りごちながら、おもむろに、自分の身体に付着していたナイチンゲールの血を指で掬い取る。
そんじょそこらの稀血とは比べ物にならない、否そもそも比べる分野からして違うような、芳醇な香りの血液。
それをゆっくりと口へ運べば、童磨は「なるほど、なるほど!」と柏手を打った。
そんじょそこらの稀血とは比べ物にならない、否そもそも比べる分野からして違うような、芳醇な香りの血液。
それをゆっくりと口へ運べば、童磨は「なるほど、なるほど!」と柏手を打った。
「うん、これで決まりだな。
この会場には、俺達とはまた違った人外の者が彷徨いている」
この会場には、俺達とはまた違った人外の者が彷徨いている」
この味は、人間のものでもなければ、鬼のものでもない。
今まで全く味わった覚えのない、よく熟成された銘酒のような味わい。
更には身体の疲労感が癒えてくるような、そんな心地までしてくるくらいだ。
これはいい手土産が出来た。これならば、あの御方に……無惨様に献上するだけの価値がある。
今まで全く味わった覚えのない、よく熟成された銘酒のような味わい。
更には身体の疲労感が癒えてくるような、そんな心地までしてくるくらいだ。
これはいい手土産が出来た。これならば、あの御方に……無惨様に献上するだけの価値がある。
「或いは。無惨様の悲願を達成する上で、何かしらのきざはしになるかもしれんしな」
つくづく愉快だ。
世界はこんなにも喜びで満ちている。
だからこそ、こんな世界で悲しみ続ける人々は可哀想で仕方がない。
世界はこんなにも喜びで満ちている。
だからこそ、こんな世界で悲しみ続ける人々は可哀想で仕方がない。
救ってやらねば、一人残らず。
万世に渡る極楽を僭称する悪鬼羅刹(せいじん)は、ひとり悠然とこの地獄篇を闊歩する。
【D-2/1日目・深夜】
【童磨@鬼滅の刃】
[状態]:疲労(小)
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~2、炎刀『銃』@刀語
[思考・状況]
基本方針:いつも通り。救うために喰う。
1:"普通ではない血"の持ち主に興味。
2:無惨様、猗窩座殿、下弦の彼……はてさて誰に会えるかな?
[備考]
※参戦時期は少なくともしのぶ戦前。
※不死性が弱体化しています。日輪刀を使わずとも、頸を斬れれば殺せるでしょう。
[状態]:疲労(小)
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~2、炎刀『銃』@刀語
[思考・状況]
基本方針:いつも通り。救うために喰う。
1:"普通ではない血"の持ち主に興味。
2:無惨様、猗窩座殿、下弦の彼……はてさて誰に会えるかな?
[備考]
※参戦時期は少なくともしのぶ戦前。
※不死性が弱体化しています。日輪刀を使わずとも、頸を斬れれば殺せるでしょう。
◆◆
胸の内側、破れて壊死した肺腑へと、魔力で形成された糸が潜り込んでいく。
既に薬品を投与して症状の進行を抑えた患部を、ナイチンゲールは不条理と呼ぶに相応しい現実離れした医術で補う。
破けた部分を繋ぎ、最低限活動を続行可能な程度にまで修復。
ひとまず命を失わないように出来たのを確認してから傷口を閉じ、てきぱきと糸で繋ぎ、縫合。
見れば、既に彼女の足元には童磨の炎刀から貰った弾丸が数発、体内から抜き出されて転がっていた。
既に薬品を投与して症状の進行を抑えた患部を、ナイチンゲールは不条理と呼ぶに相応しい現実離れした医術で補う。
破けた部分を繋ぎ、最低限活動を続行可能な程度にまで修復。
ひとまず命を失わないように出来たのを確認してから傷口を閉じ、てきぱきと糸で繋ぎ、縫合。
見れば、既に彼女の足元には童磨の炎刀から貰った弾丸が数発、体内から抜き出されて転がっていた。
肺以外の内臓は破壊されていないのが不幸中の幸いだった。
これ以上内部の損傷が激しければ、必然処置に掛かる時間も長くなる。
それはナイチンゲールにとって、非常に困る事態だった。
何故ならそうしている間にも傷病者は生まれ続け、治療の必要な患者が苦しみに喘いでいるかもしれない。
そう考えるだけで、鋼の看護婦は気が狂いそうになる。
救わねば。足が張り裂けてでも駆け付けて、すぐにでも命を繋いでやらなくては───たとえ、殺してでも。
これ以上内部の損傷が激しければ、必然処置に掛かる時間も長くなる。
それはナイチンゲールにとって、非常に困る事態だった。
何故ならそうしている間にも傷病者は生まれ続け、治療の必要な患者が苦しみに喘いでいるかもしれない。
そう考えるだけで、鋼の看護婦は気が狂いそうになる。
救わねば。足が張り裂けてでも駆け付けて、すぐにでも命を繋いでやらなくては───たとえ、殺してでも。
「……恒常的な食人行為を必要とし、猶且つ人間の自我を破壊的に歪める病。
彼の言う通りですね。私はあまりにも弱い。だから、いつも救えない命を生み出してしまう」
彼の言う通りですね。私はあまりにも弱い。だから、いつも救えない命を生み出してしまう」
ナイチンゲールにとって、先ほど矛を交えた人喰い鬼は憎むべき敵でも、死者を増やす害悪でもない。
彼は明らかに、病んでいた。心も身体も、誰もが匙を投げると断言出来るほどに膿んでしまっていた。
だからこそ、ナイチンゲールだけは彼を見捨てない。
たとえそれがどれだけ困難な道であろうとも、必ず救ってみせる、治してみせると女は断言する。
その一方で───ナイチンゲールは、とある恐るべき可能性をもその脳髄に浮かび上がらせていた。
彼は明らかに、病んでいた。心も身体も、誰もが匙を投げると断言出来るほどに膿んでしまっていた。
だからこそ、ナイチンゲールだけは彼を見捨てない。
たとえそれがどれだけ困難な道であろうとも、必ず救ってみせる、治してみせると女は断言する。
その一方で───ナイチンゲールは、とある恐るべき可能性をもその脳髄に浮かび上がらせていた。
(……死徒。話に聞いただけの存在ですが、彼の症状はそれに非常に近かったように思える)
無論、これが杞憂である可能性も往々にしてある。
たまたま、童磨という人外が放り込まれただけなのかもしれない。
或いは彼を含んだ幾つかの個体が同時に放り込まれ、暴れているだけなのかもしれない。
たまたま、童磨という人外が放り込まれただけなのかもしれない。
或いは彼を含んだ幾つかの個体が同時に放り込まれ、暴れているだけなのかもしれない。
……それでも、ナイチンゲールは危ぶまずにはいられなかった。
(───感染源が、居る可能性がありますね)
感染源。病原。保菌者。───真祖。
俗にそう呼ばれるような存在が、もしも童磨と共にこの場を彷徨いているのなら。
もしもそんな事があるのなら、事態の深刻さは誇張抜きに数段は深まることになろう。
なればこそ、やはり、立ち止まってなどいられない。
錆びのようにも見える、乾いた血の跡を全身に貼り付けながら。
かつて天使と呼ばれ、悪鬼は鬼と呼んだ女は、歩いていく。
俗にそう呼ばれるような存在が、もしも童磨と共にこの場を彷徨いているのなら。
もしもそんな事があるのなら、事態の深刻さは誇張抜きに数段は深まることになろう。
なればこそ、やはり、立ち止まってなどいられない。
錆びのようにも見える、乾いた血の跡を全身に貼り付けながら。
かつて天使と呼ばれ、悪鬼は鬼と呼んだ女は、歩いていく。
すべての命を、殺してでも、救うために。
【C-3/1日目・深夜】
【フローレンス・ナイチンゲール@Fate/Grand Order】
[状態]:軽傷(処置済)、肺に裂傷及び壊死(処置済)
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:救う。殺してでも。
1:傷病者を探し、癒やす。
2:童磨は次に会ったなら必ず治療する。
3:『鬼化』を振り撒く元凶が、もし居るのなら───
[備考]
※参戦時期はカルデア召喚後です。
※宝具使用時の魔力消費量が大きく増加しています。
[状態]:軽傷(処置済)、肺に裂傷及び壊死(処置済)
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:救う。殺してでも。
1:傷病者を探し、癒やす。
2:童磨は次に会ったなら必ず治療する。
3:『鬼化』を振り撒く元凶が、もし居るのなら───
[備考]
※参戦時期はカルデア召喚後です。
※宝具使用時の魔力消費量が大きく増加しています。
※C-2・尾張城の最上階が八割方崩落しました。
| 前話 | お名前 | 次話 |
| Debut | 童磨 | 救う者たち |
| Debut | フローレンス・ナイチンゲール | ハザード&レスキュー |