1950年当時、私、八洲丸は解体処分待ちの身でした。
元々、昭和の元年に陸軍の起重機船として建造された私は、姉?である蜻州丸と共に、就役以来、国内輸送に引っ張りだこでした。
特に、"幻海灘"でのお仕事は大変で。
巨大な島ながら周辺海域の航行の困難さから長らく手つかずであった沖ノ鳥本島やその周辺の島々へ資材を運び、工事にも携わり。
ハッキリ言って、私が起重機船といっても大変なお仕事です。
なんせ、やや小ぶりだった蜻州丸はギリギリ幻海灘での航行に適さず、私のワンマン作業だったのですから!
先の戦争では本土でのお仕事ばかりで、その上幸いにも空襲ひとつ見ることはありませんでした。
これもハッキリ言って、いい思い出はひとつもありません。
私自身が傷ひとつつかず、戦争の影も感じないのに、周りの人も、フネも、苦しみ、傷つき、時に死んでいったのです。
そして終戦直後は、港湾近くに沈んだ艦船を撤去する作業をたくさんしました。
その過程で、"フネとしては死んだ子"というのを多く見る機会がありました。
完全にフネとしての力を失い、意識の無い子から、フネとしての能力は失いつつも生きている子まで、様々に。
そのうち、私は"フネでなくなる"ことに、どこか強い忌避感を覚えるようになっていました。
艦船として生まれながら、艦船としての力を失い、しかし生きている者は一体何者なのでしょうか。
アイデンティティ喪失への恐怖といいましょうか。
でも、解体によりそのようになって過ごしている元艦船はありふれた存在です。
きっと、そんなことを考える私のほうが変わり者なのでしょう。
そして、ついに私にやってきたその日。
進駐軍にも少し余裕が出てきたからか、あちらの起重機船や、更に新造の起重機船が増えてきます。
古くてやや能力の低い私はお役御免というわけです。
解体業者に売却されたものの、そんなご時世なので解体待ちはたくさんおり。
解体の際には、艦船としての記憶を保持し続けるか、一切を消し去ってヒトに溶け込んで生きるかを選ぶことができました。
ヒトに溶け込んで生きるとは言っても、元艦船はヒトそのものにはなれません。
元人間であったとしても、ひとたび艦船となればヒトに戻ることは叶いません。ある種の呪縛かもしれません。
私は、沈船の回収で、人間と大差ない身体でありながら、長期間水中にあってもなお形を保ち続ける艦船の身体を見たのです。
解体されても、艦船であったことは忘れないつもりでした。
いつか来るその日、しかしいつになるかわからないその日を待つ日々。
そんなある日でした。あの人が解体業者の元を訪ね、私を買い取ると言ってきたのは。
工藤留夫(くどうとめお)という男。戦中は自動車の整備工をしていたという彼は、私と一緒にサルベージ業を始めるのだと言いました。
それも、あの"幻海灘"で。私が散々働いたあの場所。戦争の遺物がたくさん残る場所。
しかし、それだけではありませんでした。幻海灘は、沖ノ鳥本島は、彼が幼少期を過ごした場所でもあったのです。
その上、島の整備に携わる私を遠くからよく眺めていた、と語るのです。ああ、なんて恥ずかしいのでしょう……。
結局、私は業者共々買取に同意し、新たに"幻海サルベージ"の所有船として、幻海灘へ向かうことになりました。
島々は戦勝国の管理下にあったので、もちろん必要なスジは通しましたし、危険物も漂流してましたから、時には連合軍艦艇と連携することもありました。
そして私たちは沈んだ資材、艦船、車両、航空機、その他諸々を回収し、売れるものについては本土で売りさばき。
回収後に目を覚ました子については、国を通して解体手続きか、再就役のお手伝いをしました。
そんなこんなで、気付けば結構な資産になっていました。
その資産を元手に、彼は新しい会社を興します。
"ルンルン気分で家に帰れる"ルルイエ観光。なんとも名状し難いキャッチコピーと名前だと思いながらも、私はここで社長秘書として働くことになりました。
その後も、ヒトのみならず、退役艦艇にも雇用の門戸を広げ、会社は大きくなり。
大きな取引先もできて、気付けば資産は元より増えて。本当に、いい人に恵まれています。
その間も私はあくまで起重機船として籍を置き続けていました。
フネであるままに平和な時代を過ごせる、私にとって理想的な生活。
…………。
何やら、社長室が騒がしいですね。何の話をしてるんでしょう?
「何、沈船のサルベージがしたいがどこかにツテはないか?」
……うち、観光会社なんですけど。
「申し訳ないが知り合いにサルベージ会社をやってるやつは居ないんだ、このおれの顔をもってしてもな。残念なことに」
……そうですよね、国際企業は取引先に居ますけど。
「だがサルベージ船ならそこに居るぞ、そうだろう?」
……えっ。私のこと?
「まだサルベージ装備は倉庫にしまってあったかな?やろうじゃないか、久しぶりに」
……えっ、ええ~っ?!
(おわり)
元々、昭和の元年に陸軍の起重機船として建造された私は、姉?である蜻州丸と共に、就役以来、国内輸送に引っ張りだこでした。
特に、"幻海灘"でのお仕事は大変で。
巨大な島ながら周辺海域の航行の困難さから長らく手つかずであった沖ノ鳥本島やその周辺の島々へ資材を運び、工事にも携わり。
ハッキリ言って、私が起重機船といっても大変なお仕事です。
なんせ、やや小ぶりだった蜻州丸はギリギリ幻海灘での航行に適さず、私のワンマン作業だったのですから!
先の戦争では本土でのお仕事ばかりで、その上幸いにも空襲ひとつ見ることはありませんでした。
これもハッキリ言って、いい思い出はひとつもありません。
私自身が傷ひとつつかず、戦争の影も感じないのに、周りの人も、フネも、苦しみ、傷つき、時に死んでいったのです。
そして終戦直後は、港湾近くに沈んだ艦船を撤去する作業をたくさんしました。
その過程で、"フネとしては死んだ子"というのを多く見る機会がありました。
完全にフネとしての力を失い、意識の無い子から、フネとしての能力は失いつつも生きている子まで、様々に。
そのうち、私は"フネでなくなる"ことに、どこか強い忌避感を覚えるようになっていました。
艦船として生まれながら、艦船としての力を失い、しかし生きている者は一体何者なのでしょうか。
アイデンティティ喪失への恐怖といいましょうか。
でも、解体によりそのようになって過ごしている元艦船はありふれた存在です。
きっと、そんなことを考える私のほうが変わり者なのでしょう。
そして、ついに私にやってきたその日。
進駐軍にも少し余裕が出てきたからか、あちらの起重機船や、更に新造の起重機船が増えてきます。
古くてやや能力の低い私はお役御免というわけです。
解体業者に売却されたものの、そんなご時世なので解体待ちはたくさんおり。
解体の際には、艦船としての記憶を保持し続けるか、一切を消し去ってヒトに溶け込んで生きるかを選ぶことができました。
ヒトに溶け込んで生きるとは言っても、元艦船はヒトそのものにはなれません。
元人間であったとしても、ひとたび艦船となればヒトに戻ることは叶いません。ある種の呪縛かもしれません。
私は、沈船の回収で、人間と大差ない身体でありながら、長期間水中にあってもなお形を保ち続ける艦船の身体を見たのです。
解体されても、艦船であったことは忘れないつもりでした。
いつか来るその日、しかしいつになるかわからないその日を待つ日々。
そんなある日でした。あの人が解体業者の元を訪ね、私を買い取ると言ってきたのは。
工藤留夫(くどうとめお)という男。戦中は自動車の整備工をしていたという彼は、私と一緒にサルベージ業を始めるのだと言いました。
それも、あの"幻海灘"で。私が散々働いたあの場所。戦争の遺物がたくさん残る場所。
しかし、それだけではありませんでした。幻海灘は、沖ノ鳥本島は、彼が幼少期を過ごした場所でもあったのです。
その上、島の整備に携わる私を遠くからよく眺めていた、と語るのです。ああ、なんて恥ずかしいのでしょう……。
結局、私は業者共々買取に同意し、新たに"幻海サルベージ"の所有船として、幻海灘へ向かうことになりました。
島々は戦勝国の管理下にあったので、もちろん必要なスジは通しましたし、危険物も漂流してましたから、時には連合軍艦艇と連携することもありました。
そして私たちは沈んだ資材、艦船、車両、航空機、その他諸々を回収し、売れるものについては本土で売りさばき。
回収後に目を覚ました子については、国を通して解体手続きか、再就役のお手伝いをしました。
そんなこんなで、気付けば結構な資産になっていました。
その資産を元手に、彼は新しい会社を興します。
"ルンルン気分で家に帰れる"ルルイエ観光。なんとも名状し難いキャッチコピーと名前だと思いながらも、私はここで社長秘書として働くことになりました。
その後も、ヒトのみならず、退役艦艇にも雇用の門戸を広げ、会社は大きくなり。
大きな取引先もできて、気付けば資産は元より増えて。本当に、いい人に恵まれています。
その間も私はあくまで起重機船として籍を置き続けていました。
フネであるままに平和な時代を過ごせる、私にとって理想的な生活。
…………。
何やら、社長室が騒がしいですね。何の話をしてるんでしょう?
「何、沈船のサルベージがしたいがどこかにツテはないか?」
……うち、観光会社なんですけど。
「申し訳ないが知り合いにサルベージ会社をやってるやつは居ないんだ、このおれの顔をもってしてもな。残念なことに」
……そうですよね、国際企業は取引先に居ますけど。
「だがサルベージ船ならそこに居るぞ、そうだろう?」
……えっ。私のこと?
「まだサルベージ装備は倉庫にしまってあったかな?やろうじゃないか、久しぶりに」
……えっ、ええ~っ?!
(おわり)