―1946年2月
日本本土からの"第一次幻海灘派遣艦隊"の出発が明日に迫っていた。
艦隊の面子、現地に配備されている連中の事、"これから起こること"の多少……。
私はそれらのことを既に抑えていた。少しづつ"マシ"にしていかなければならない。
私は氷水。"存在しない"雨氷型75番艦。"使命"を、全うしなければ。
艦隊の面子、現地に配備されている連中の事、"これから起こること"の多少……。
私はそれらのことを既に抑えていた。少しづつ"マシ"にしていかなければならない。
私は氷水。"存在しない"雨氷型75番艦。"使命"を、全うしなければ。
出発前夜。
なんとなく気が向いた私は、母港の外を散歩していた。
昼間は荒れていた海だったが、今夜は不思議と静まり返っていた。
とはいえ、2月の海風は冷たい。何故艦船である私たちにこんな感覚を寄越したのだろう。
工廠の方は明日へ向けての作業が続いていて、ずっと明かりがついている。
おかげで星灯はそれほど見えない。
なんとなく気が向いた私は、母港の外を散歩していた。
昼間は荒れていた海だったが、今夜は不思議と静まり返っていた。
とはいえ、2月の海風は冷たい。何故艦船である私たちにこんな感覚を寄越したのだろう。
工廠の方は明日へ向けての作業が続いていて、ずっと明かりがついている。
おかげで星灯はそれほど見えない。
薄明るい中に、ふと、埠頭の照明に照らし出された人影を見つけた。
この寒い中、態々埠頭に?他にも私のような物好きが居るのだろうか?
興味を持った私は、声をかけてみるべく近づいた。
この寒い中、態々埠頭に?他にも私のような物好きが居るのだろうか?
興味を持った私は、声をかけてみるべく近づいた。
あと10mというところで、影の主はこちらへ振り返った。
「あら……氷水?どうされましたの?」
「いや……ただなんとなく散歩してただけ」
声の主は逆光で見えづらいが、あのクルクルと巻いた長い髪は、53番艦の白魔か。
一緒に出発する59番艦の臘雪の同ロットだったか……そんな覚えがある。
「そんなところで立ち止まってないで、私とお話しませんこと?」
「そう……ね」
私は白魔に歩み寄り、近くにあったボラードに腰掛ける。
「あらあら、そんな脚を開いてどっかりと……」
「駄目?」
「いけないことありませんわ。でも私の可愛い妹ですもの。折角お可愛いのですから、所作もお可愛くされたほうが」
「わかった、わかった」
ただただ生まれて雨氷型の枠組みに入れられただけという感覚の私には、こういうのはよくわからない。
白魔は姉妹艦に強いこだわりがあると聞いたことはあったが、こんなことを言うのか。
機嫌を悪くされても嫌なので、サッと脚を閉じる。
ニッコリと笑う白魔。なんだろう……チョロい。
「うふふ、こうして氷水とお話するのは初めてになりますわね」
「そうね。こっち来たのはついこの間だし、明日にはもうサヨナラだからこれが最初で最後かも」
「いけませんわ」
「えっ?」
ついさっきまでフワフワしていた白魔の表情が、突然真面目な顔になり驚く。
「きちんと……任務を全うして、帰ってきてくださいまし」
「任務の結果沈んだって良いじゃない、目標達成さえできれば」
「そんな心づもりで上手くいくと思っていますの!」
声を荒げる白魔。すぐそこが海だったためか響くことはせず、辺りはすぐに静寂に戻る。
「ごめんあそばせ、つい」
「いいよ、私こそ……軽率だったかも」
「あら……氷水?どうされましたの?」
「いや……ただなんとなく散歩してただけ」
声の主は逆光で見えづらいが、あのクルクルと巻いた長い髪は、53番艦の白魔か。
一緒に出発する59番艦の臘雪の同ロットだったか……そんな覚えがある。
「そんなところで立ち止まってないで、私とお話しませんこと?」
「そう……ね」
私は白魔に歩み寄り、近くにあったボラードに腰掛ける。
「あらあら、そんな脚を開いてどっかりと……」
「駄目?」
「いけないことありませんわ。でも私の可愛い妹ですもの。折角お可愛いのですから、所作もお可愛くされたほうが」
「わかった、わかった」
ただただ生まれて雨氷型の枠組みに入れられただけという感覚の私には、こういうのはよくわからない。
白魔は姉妹艦に強いこだわりがあると聞いたことはあったが、こんなことを言うのか。
機嫌を悪くされても嫌なので、サッと脚を閉じる。
ニッコリと笑う白魔。なんだろう……チョロい。
「うふふ、こうして氷水とお話するのは初めてになりますわね」
「そうね。こっち来たのはついこの間だし、明日にはもうサヨナラだからこれが最初で最後かも」
「いけませんわ」
「えっ?」
ついさっきまでフワフワしていた白魔の表情が、突然真面目な顔になり驚く。
「きちんと……任務を全うして、帰ってきてくださいまし」
「任務の結果沈んだって良いじゃない、目標達成さえできれば」
「そんな心づもりで上手くいくと思っていますの!」
声を荒げる白魔。すぐそこが海だったためか響くことはせず、辺りはすぐに静寂に戻る。
「ごめんあそばせ、つい」
「いいよ、私こそ……軽率だったかも」
気まずい空気のまま、しばらくの時間が流れた。
白魔は私の腰掛けるボラードのすぐ横にしゃがみ込み、私と同じ方向……海を見つめていた。
肌が冷たい風に撫でられるのを感じていると、その中に突然温かみが現れた。
目をやると、白魔の手が私の手に触れていた。
「……氷水だけじゃありませんわ。一緒に向かわれる皆様も、必ず帰ってきてほしいですわ」
白魔の手にグッと力が入る。
「……あっ」
かと思えば、パッと手が離れてしまった。冷たい空気が再び手の甲を撫でる。
「無理言って申し訳ありませんわ。意識してくださったら私はそれだけで嬉しいの。運命に抗えない事は百も承知ですもの」
「……抗えるよ」
私は白魔の手を握り返す。
「私には抗う力があるんだ。抗えないなんて言わないでよ」
自分を否定された気がして、つい言ってしまう。
でも、抗うためには"死"が必要だった。
死を重ねて、重ねて。私たちはそうして抗ってきた。
死を以てしないと、抗えないのだろうか。否。
「白魔……姉」
白魔は黙ったまま。
「やって……みる。約束する。できる限り、連れて帰る」
重なる、温かい手が震える。
「約束ですわ」
白魔は私の腰掛けるボラードのすぐ横にしゃがみ込み、私と同じ方向……海を見つめていた。
肌が冷たい風に撫でられるのを感じていると、その中に突然温かみが現れた。
目をやると、白魔の手が私の手に触れていた。
「……氷水だけじゃありませんわ。一緒に向かわれる皆様も、必ず帰ってきてほしいですわ」
白魔の手にグッと力が入る。
「……あっ」
かと思えば、パッと手が離れてしまった。冷たい空気が再び手の甲を撫でる。
「無理言って申し訳ありませんわ。意識してくださったら私はそれだけで嬉しいの。運命に抗えない事は百も承知ですもの」
「……抗えるよ」
私は白魔の手を握り返す。
「私には抗う力があるんだ。抗えないなんて言わないでよ」
自分を否定された気がして、つい言ってしまう。
でも、抗うためには"死"が必要だった。
死を重ねて、重ねて。私たちはそうして抗ってきた。
死を以てしないと、抗えないのだろうか。否。
「白魔……姉」
白魔は黙ったまま。
「やって……みる。約束する。できる限り、連れて帰る」
重なる、温かい手が震える。
「約束ですわ」
またしばらく、静寂の時間が過ぎた。
今までこんなに誰かと話したり、一緒に過ごすことはなかった。
いつだって私は、ただただ目の前の任務にひたむきだった。
でもそれじゃ、いけないのかもしれない。
確かめたいことがあった。
「白魔…姉はさ。どうしてそんなに他の艦が大事なの」
「どうして…でしょうね。私たちが、兵器だから?敵と戦い、味方を守るための存在だから?」
意外とドライだな……と思ったが、彼女はまだ続ける。
「人は、自分を、家族を、友人を、大切な人を守るために……私たちを造った、そうですわね?」
「うん」
「なら私たちにも、同じような感情があって、良いと思いますの。私だって、進水直後はわからなかったけれど……」
施設や寮のある方を振り返る白魔。
「お兄様、お姉様方との訓練の日々……そして、私は特例ではあるけれど、人と同じ学校にも通いましたの」
「ふーん?」
「そうした日々の中で、皆様が私の生活になくてはならない、大切なものになっていって。……ふふ、月並でごめんなさい」
「そんなことないんじゃない?」
「……それでね。就役してからも、皆様に大変お世話になって……そうですわね、特に雨香お姉様には頭が上がりませんわ」
「10番艦の、ね」
「ここの他の艦種の皆様だって……そう、私はまだ会ったことはないけれど、雨香お姉様の話によく出てくる、雨水型の雫様だって、私にとっては大切なのですわ」
「…雫?雨水型に名前が?」
「雨香お姉様の命名ですのよ」
「ふーん……名前のないものに名前を付けるっていうのは――」
ここまで言いかけたとき、背後から声が聞こえた。
「おい、そこに居るのは氷水か?アンタの艤装の調整終わったから確認してくれよ!」
工廠倉庫の守り神もとい、戦艦因幡の声だった。
「ごめん、行かなきゃ」
「いいえ。行ってらっしゃいませ。また会いましょうね」
「……またね」
今までこんなに誰かと話したり、一緒に過ごすことはなかった。
いつだって私は、ただただ目の前の任務にひたむきだった。
でもそれじゃ、いけないのかもしれない。
確かめたいことがあった。
「白魔…姉はさ。どうしてそんなに他の艦が大事なの」
「どうして…でしょうね。私たちが、兵器だから?敵と戦い、味方を守るための存在だから?」
意外とドライだな……と思ったが、彼女はまだ続ける。
「人は、自分を、家族を、友人を、大切な人を守るために……私たちを造った、そうですわね?」
「うん」
「なら私たちにも、同じような感情があって、良いと思いますの。私だって、進水直後はわからなかったけれど……」
施設や寮のある方を振り返る白魔。
「お兄様、お姉様方との訓練の日々……そして、私は特例ではあるけれど、人と同じ学校にも通いましたの」
「ふーん?」
「そうした日々の中で、皆様が私の生活になくてはならない、大切なものになっていって。……ふふ、月並でごめんなさい」
「そんなことないんじゃない?」
「……それでね。就役してからも、皆様に大変お世話になって……そうですわね、特に雨香お姉様には頭が上がりませんわ」
「10番艦の、ね」
「ここの他の艦種の皆様だって……そう、私はまだ会ったことはないけれど、雨香お姉様の話によく出てくる、雨水型の雫様だって、私にとっては大切なのですわ」
「…雫?雨水型に名前が?」
「雨香お姉様の命名ですのよ」
「ふーん……名前のないものに名前を付けるっていうのは――」
ここまで言いかけたとき、背後から声が聞こえた。
「おい、そこに居るのは氷水か?アンタの艤装の調整終わったから確認してくれよ!」
工廠倉庫の守り神もとい、戦艦因幡の声だった。
「ごめん、行かなきゃ」
「いいえ。行ってらっしゃいませ。また会いましょうね」
「……またね」
「ったくお前の建造を担当した工廠はどうかしてるよ、なんだこのポンコツ装備品はヨォ」
「因幡の言うこと聞かない艤装よりマシよ」
「ぐぎっ……ナンで新入りがそのこと知ってんだよ」
「良いから、使えるようになったかどうかだけ教えて」
「へいへい。まずアンタの主砲だけど……なんだっけこれ、試製九九式ウンタラカンタラ砲?通電確認はしたよ」
「なら良いわ」
「んで次に試製八九式斬艦刀だけどよ、アタイじゃわかんなかったから近江のオッサンに訊いたんだ。大丈夫らしいよ」
斬艦刀。先の大戦以前の旧式艦が装備していたようなものだ。試製八九式は最後の試作品で、その後は装備そのものが廃れたと聞く。
「ンで機関部だけど……これもアタイじゃわかんないけど他のやつも誰もわかんなかった」
「それは大丈夫。こっち来るのに使ったから動作確認済み」
「あいあい。あとは要望通り余りモンの魚雷発射管と装甲板ででっち上げた。満足か?」
「ええ、こんなものだと思う」
「アタイはもう寝て良いか?」
「良いわ。ありがとうね」
「うっす。ふわぁ~……おやすみ」
因幡が工廠を去ると、倉庫には私と艤装だけが残された。
私にはまだ白魔の言っていたことはピンと来ないでいる。
だけど、だからこそ、わかるようになったほうが良いのかもしれない。
それが新しい、私の力になるのなら。
(おわり)
「因幡の言うこと聞かない艤装よりマシよ」
「ぐぎっ……ナンで新入りがそのこと知ってんだよ」
「良いから、使えるようになったかどうかだけ教えて」
「へいへい。まずアンタの主砲だけど……なんだっけこれ、試製九九式ウンタラカンタラ砲?通電確認はしたよ」
「なら良いわ」
「んで次に試製八九式斬艦刀だけどよ、アタイじゃわかんなかったから近江のオッサンに訊いたんだ。大丈夫らしいよ」
斬艦刀。先の大戦以前の旧式艦が装備していたようなものだ。試製八九式は最後の試作品で、その後は装備そのものが廃れたと聞く。
「ンで機関部だけど……これもアタイじゃわかんないけど他のやつも誰もわかんなかった」
「それは大丈夫。こっち来るのに使ったから動作確認済み」
「あいあい。あとは要望通り余りモンの魚雷発射管と装甲板ででっち上げた。満足か?」
「ええ、こんなものだと思う」
「アタイはもう寝て良いか?」
「良いわ。ありがとうね」
「うっす。ふわぁ~……おやすみ」
因幡が工廠を去ると、倉庫には私と艤装だけが残された。
私にはまだ白魔の言っていたことはピンと来ないでいる。
だけど、だからこそ、わかるようになったほうが良いのかもしれない。
それが新しい、私の力になるのなら。
(おわり)