ある少女の占い_第一話

第1話 お姉様と呼びなさい
今日の空は微妙な曇り空。辺りは薄暗く、涼しめで過ごしやすい。
テリーン盆地の気候は極端だ。夏は気温が上がりやすく、冬は気温が上がりやすい。海の近いスリャーザの方がまだ気温が安定しているくらいだ。そこまでではないが一応の内陸での暮らしに、高校生であるナムレ=カリーファテリーンはようやく慣れようとしていた。
「と、思っていたのか?」
「え?」
空からの明かりはなく、雲を突き抜けた日光のみが世界を、辺りを照らしている。部屋の中を日光で満たすには少々足りず、蛍光灯がついていた。
「え、じゃないよ。あなたはこれからまだまだ修行プログラムがあるのよ。朝ご飯を食べたら、早く支度してユーゴクの2時(8時)までに支度しなさい。さもないと遅れるわよ」
ネステルにいたころは、朝は7時に起きて、朝ご飯を食べて、せいぜい朝の8時半から学校は始まっていた。しかし、ここではそうもいかない。この家に養子に来てからは、朝練習のように6時起床後に1時間強の修業時間が取られる。何より分かりづらいのが、彼女の使う暦だ。
「その、僕旧暦で言われてもまだ覚えたてなんですけれど・・・」
「つべこべ言わないの。どんなテリーン術であっても、旧暦の四つの文字の名称は必ず覚えないといけないんだからね」
「そりゃ文字の名前は覚えていますけれども、それを使って日付とか時間とか言われてもピンと来るのに時間がかかるんです!」
「慣れなさい。早く食べて暗記作業もやっちゃうわよ」
 彼女の指導の下でテリーン術を会得、やがてはテリーン派のパンシャスティとしてこの家を継ぐことも考えている。いや、そもそもそういう話であったのだから。
朝食を食べ終わると彼女もすでに着替えを終えていた。相変わらずのスカルタン。あの上着≪ウィスーゲ≫の紋様は、どうやらこのカリーファテリーン家に代々伝わる伝統的なものらしいが、ナムレ自身はあまりそういったことは気にしていない。
「さ、行くよ。学校に」
「あんたも来るの?」
「だってあなたが学校で何をしているのか知らないし」
「知らなくたっていいでしょ」
 何を言っても、彼女が家――というかイルキス――で待機するようには見えない。それも彼女の準備で驚くべきは、四隅に四つの文字とその名称が書かれた大きめの表。そして文章が書かれた紙。それもこれはただの文章ではない、と彼女は語る。
 ナムレの登校は、家を出ることから始まる。中にはそうでない人もいるので敢えてそういう表現になる。彼のよく知る人物に学校に住んでいるという場合もあれば、そもそも家がないという人もいる。それくらい曲者が集まっていると言われているのがナムレの学校である。登校には電車を使う。電車を見るたびに、彼女は「電車か、今のハタ王国にはどこにでも走っているんだね」といつも語っているし、今日もやっぱりそれまがいのことを口にした。一般的に参拝しやすいようにイルキスとは都市の真ん中に建てられるものであるが、テリーン派のイルキスはそうではなく、人間が多くいるところにいると占いが正しく出なかったり、神が躊躇したりするらしく、その辺を考慮して辺境に建てられている。これもまた詳しい話はあまり覚えておらず、彼女に聞いた方がいい。
 その辺境にあるイルキスから駅へはそこまで時間はかからない。通学用に特別に手に入れた自転車を乗り飛ばせばすぐに到着する。周りに人もいないのであっという間につくし、そもそもここが始発だから簡単に座席に座れる。長い椅子の一番端につめて座った。
「ナムレ、学校では何を勉強するの?」
「え、知らないのか?国史や数学、あとウェールフープ化学、外国語とかかな」
「国史か。我が国の歴史を学ぶの?」
「そうだよ。イーグティェルーアルーの時代からデュイン・アレス独立戦争まで」
「ふうん・・・」
 彼女のことだから教育制度に何かコメントを残してくるのかと思ったが、そうでもなかった。と思っていた時期がナムレにもあった。
「ウェールフープ化学なんてやるのね。ウチでやっていることと学校でやっていることが矛盾しているみたいだけど?」
「ウェールフープで占いや祈祷はしないよ」
「ああ、そうなの・・・じゃあウェールフープってどういう魔法なの?」
「ウェールフープを専門的にやるのは大学とかでの話、ここではこれまでの化学に加えてウェールフープの考え方を導入するんだ」
「へえ・・・」
 あんまり理解していない様子だ。どうもまだ思考が追い付いていないらしい。思うにウェールフープとテリーン術が扱っている領域はまるっきり違っていると思うのだが、それは学校の人にはあまり理解されていない。
 中間の駅に着いた。ここで仲のいい友達が一人乗ってくる。ここに来てから意気投合した親友ともいえる存在だ。
「よっ、ナムレ・・・その子は誰だ・・・?あ、いや、いい、聞かないでおこう」
「いや訊けよ。ラーセマング=カリーファテリーン、俺のホストファミリーの先の娘だ」
「あ・・・そうかそうか、俺はちょっと用事を思い出した。一つ後の電車に乗るから先に行ってていいぞ」
「は!?おいちょっと待てそれはどういうことだ」
 親友は降りてしまった。窓を見ると一気に階段の方に走って行き、ホームから姿を消した。一部始終を見ていた彼女――ラーセマングが口を開いた。
「何をあわてているの?さっきの人、忘れ物か何かをしただけなんじゃあ」
「い、いや、ラーセマング・・・」
「何よ、何か言いたげね。さっきの人は学友かしら?なんてお名前なの?」
「さっきのはラズィミエ=ラーオスツァン、同じクラスで、転校してからずっと俺に絡んでくる」
「なるほど・・・そういえば、一つ訂正よ。私の紹介について」
「え、何かおかしかったか?」
「はあ、そんな調子で大丈夫かしら。自覚が足りないわ。あのね、あなたはここに来た時にカリーファテリーン一族に養子として来た、改姓もしてここに住むことになった。そしてやがてはウチの家業であるテリーン派シャスティとして、祈祷や占いをやってもらうのよ?ここまではいい?」
「ああ、いい」
 適当に相槌を打った。ラーセマングがこのように毎回ナムレを咎めてくるのはいつものことだ。
「つまり、ナムレ君。あなたはウチの一族に入って共に家族の一員として過ごすことになるってわけよ。だから、両親のことはちゃんと親として接して。ホストファミリーなんてものじゃないし、第一――」
 ラーセマングは顔を近づけて迫真の顔で念を押した。
「あなたと私は姉弟なのよ?私のことは『お姉様』と呼びなさい。これが一番大事だったわ。あなたがここに来てから一番に言うべきだったかも」
「え、いやいや、最初のころはラーセマングと呼べばいいって言っただろ」
 そう返されると、黙り込んでしまった。そして苦し紛れに、徐々に声を大きくしながら反論してきた。さすがに周りもその話し声に反応してこちらの方を見始めている。
「え、そうだったかしら?」
 思わず声を大きくして言ってしまう。
「そうだったよ!あんたこそ大丈夫か?」
 そう言われたらもう二人とも止まらない。お互いの日常生活からどこが問題があるか、思い付く限りどんどんぶつけていくいたちごっこが始まるのだ。
「何よ、毎朝私より起きるのが遅いくせに!」
「うるさい、そっちこそ昨日言ったことは忘れてるだろうが!」
「なんですって?私は昨日あなたが何回呪文の詠唱で言い間違えたかちゃんと覚えているのよ!?」
「なんであんたは人の失敗だけはしっかり暗記しているんだ?」

――

気がついたらもう学校の最寄り駅に着くらしい。学校へは実に簡単に到着する。だが余裕をもって登校しているので、なおさら時間はあまるだろう。
「あら、もう着いたの?」
「乗り換えも必要ないし、すぐに着くよ・・・ていうか本当に何をしに来たの?」
「ん?教室についてからのお楽しみよ。私は先生に話をしないといけないの」
 そうか、と別れを告げた。ラズィミエの奴はあとから到着するのだろう。先に靴を履きかえて階段を上る。教室は三階なので階段で少々登らなければならない。まだつかないのかと思っていると、後ろから声がした。誰かに話しかけられたようだ。
「よお、カリーファテリーン。お前に姉がいたなんて知らなかったなあ」
話しかけてきたのはまたしてもクラスメイト。
「ああ、一応。でもなんで知っているんだ?」
 あまり学校の人間に言ってこなかった家庭の話題だ。まだ話すのに若干の抵抗がある。
「いやいや、お前の姉だって名乗る人が担任と一緒に話していたんだよ。どうやら転校生だとかなんとかで。弟だけが入学していて姉がまだ入学していないって不思議だな」
 ああ、何とも不思議だ。別に彼女は今日突然姉と呼べと言ってきたのであって、まだナムレの中ではラーセマングは呪術のインストラクターだ。
「そうか、転校か・・・え?」
 あのラーセマングが転校生だと?学校に行ったことないから入学なのではないかというツッコミは置いといて、あいつも今度からここに来るだと?
「ん?どうした、顔が引きつっているな」
「いや、なんでもない。気にするな」
 教室に着くと、すでに何人かの生徒が教室で朝の挨拶を交したり、楽しそうにおしゃべりをしていた。ナムレは親友とさっきのクラスメイト、そのほか数名の男子といつも絡んでおり、あまり巨大な人間関係を持っているわけでもない。席に着けば周辺の男子と談笑を始めた。話題だが、今日はすでにラーセマングの話でもちきりである。
「姉がいたんだな、お前って」
「それスリャーザにも言われたぞ」
 さっき階段で後ろから話しかけてきたクラスメイトの男子がスリャーザである。
「あれ、ラズィミエは?」
 さっき電車に乗ろうとして、ナムレとラーセマングの何かを察して乗車を躊躇った人物だ。変な誤解をされてナムレはあまりいい感じがしない。
「なあ、お姉さんってどんなやつなんだ?」
「んん・・・いやあんまり姉って感じはしないな。そもそも、あいつは俺が養子としては言ったカリーファテリーン家の実の娘だから」
「えええっ!じゃあ、義姉なのか!」
 数か月前にここに移り住んできたナムレ。彼はすでに一つ危惧し始めていたことがあった。彼女は初めて辺境から、この人間が多くいる空間に放りこまれる。少しそれは心配だった。彼女は言っていることは普通かもしれないが、どこか抜けているのでどうもそこが心配だ。何より、彼女が多数の人間と触れ合う能力があるかどうか。
 ナムレは友人たちが勝手に姉について議論しているのを見ながら、ラーセマングが学校でどんな感じになりそうか勝手にシミュレートしていた。
 まあ、大概いやな予感しかしない。あいつは勝手に話を進めるから、色々と理解が追い付かない。ナムレはドアの方を眺めていた。まだラーセマングが教室に入っていない。
「あ、先生きたぞ」
 クラスメイトの誰かが教室に号令をかけた。生徒が席に付き、ナムレの周りにたむろしていた友人たちも机に戻った。いつものメガネをかけた担任の後ろに、よく見知った顔が流れてきた。瞬間ナムレは、「ああ、来ちゃったか」と感じた。
「よし、号令」
「起立、礼、着席」
「よし、席につけー、今日は大事な話が一つあるぞー」
 その大事な話はすでに教室の前に立っている一人の少女から十分に分かる。ナムレはもちろん、先ほどまで噂していた彼の友人に加え、すでに転校生が一人来るという話はクラス全体に知れ渡っていたらしい。誰も改めて驚くことはなかった。
「スカスパーラ・イルキスから来たラーセマング=カリーファテリーンさんだ。簡単に自己紹介を」
「はい、皆さん初めまして。ラーセマング=カリーファテリーンです。今日からよろしくお願いします!」
 意外と威勢のいい挨拶だと思った。その元気にあふれた挨拶に圧倒されたのか、自ずとクラスメイトは拍手をした。ナムレも例にもれず姉の入学を祝った。
 この諸連絡が行われる時間はそんなに時間が取られない。これが終わればすぐに授業だ。自己紹介が終わってからすぐに彼女がクラスメイトに話しかけるられることはあまりなく、席に着く間に周りの注目の視線を浴びる程度であった。ラーセマングは一番右の後ろの席に着いた。

一限目は国史だった。ハタ王国の歴史を学び、そしてトイター教の歴史を学ぶ。いわば、王国人の一般教養の大本となる教科である。ラーセマングとしてもおそらくこの授業が最も好きだろう。休み時間になってから、ラーセマングはナムレの席まで行った。謎のギャラリーが数人ついているが。
「あ、あなたもこのクラスだったの?」
「いや、それはこっちのセリフだよ」
「あれ~?なんだか嫌そうだねえ、旧暦覚える?」
「なんで学校でまでやらなきゃならないんだ・・・」
 学校では仲のいい人間達と気楽に過ごせるかと思ったら、いよいよ今日から本格的にそうでもなくなった。あいつとはどうせ家でさんざん相手をしないといけないのに。
「ところでみんなが立ち歩いているから立ち上がっているんだけれど、何時授業って始まるの?」
「10分間休憩したらまた先生がやってきて授業が始まるよ」
「あ、なんだここにずっといておけばいいんだ」
 ナムレはチラっと横を見てみる。今朝まであんなに親密にしていた親友たちが、一気にナムレと距離を置こうとしていた。ように彼は感じた。実際、二人から離れてたまに二人を見ながら話している。その上たびたび二人の名前が聞こえてくるから、余計に噂しているように見える。さすがのナムレも気になった。
「おい、何俺の陰口言ってるんだ」
「いやあ・・・俺らちょっとお前に聞きたいことがあるんだけどさ」
 代表者、と言わんばかりにラズィミエが言った。そのほかの友人も彼が代弁者であるかのように発言を控えている。
「え、なんだよ、別にそういう」
 大体の内容を察して弁論を試みたが、すぐにラズィミエに阻止された。一方のラーセマングはあまり状況を理解している様子がなく、友達と話しているとでも思っているかのように呑気な顔をしている。普段のイルキスでの熱心な目つきとは大違いだ。
「いや、後でゆっくり話してくれ、俺らはちょっと隣の三人スリャーザのところに行ってくるわ」
「え、おい、ちょっとまて」
 一行は行ってしまった。ナムレは何とも言えない。あんまり仲のいい人間の間でそういう変な噂が――養子に入った家の娘と恋人関係に思われていることが――広まってしまうと、やばいことになる。そうでなくても、ナムレは自分とラーセマングとの関係が妙に噂だてられてしまうのが嫌だった。
「なあ、ラーセマング」
「だから、お姉様と呼びなさいって。いったい何の用かしら?」
「お前はどうして急にこの学校に通うことになったんだ?ずっと前まで学校に行く気なんて全く無くイルキスに幽閉されてたじゃないか」
 彼女が答えるのはすこし遅かった。
「私もついに行けるようになったのよ、学校に」
「ついに?あんたの家ってそんなに貧しかったか?」
「いえ、別に?礼拝客もお祓いの依頼もよく来るし、そもそもイルキスはその規模に見合った税金が皇居院から与えられているのよ」
 ああ、そういうものだった。ハタ王国ではスステ政治の成立以降、各シャスティ家が自身のイルキスを立ててあたりの土地の信仰を支配するという体制が禁じられている。すべてのシャスティは国――つまりスカルムレイによって任命され、決められたイルキスを与えられる。派閥ごとに違いはあれど、設備と必要な運営費が支給されている。そのかわりに、イルキスを持つシャスティ家は副業が原則禁止だ。
 もちろん養子か実子問わず、教育に必要な費用も捻出される。その額の分もカリーファテリーン家は受け取っているはずだ。
「じゃあ、なんd」
 そこでチャイムはなった。話の続きは次の昼休みに持ち越される。

――

「はあ・・・」
 ナムレは汗を拭きながら昼休みの始まった教室の椅子に座った。ラーセマングはとっくに着替え終わって椅子に座って落ち着いている。体育の後だったのだ。妙に教室の密度が低いのは、売店や学食に行ったり他のクラスの教室に行って昼食を食べに行ったりしているからだ。普段のナムレは友人と戯れ談笑しながら昼食をとっている。残りの休み時間はナムレ以外の友人の起こす奇行を楽しみ、時には雑談と、つまるところ運動は一切しない。面倒くさいのだ。
 と、行きたいところだが、今日というか今日からはそういう昼休みが大きく崩れそうだ。お姉様と呼んであげないと怒ってくるあいつは家でなぜかテリーン十字架やラズ・ププーサ体で呪文が書かれた紙を用意していた。まさにナムレの予想通り、皆が席を自由に立って昼食にありついているのを見計らって、カバンから例のクッズを取り出してナムレの隣の席を陣取ってこちらに振り向いた。
「何をしに来た?」
「暗記よ暗記。旧暦はまだ慣れないって言っていたけれど、また私のところに来てから3ヶ月くらいしか経ってないわよ?」
「いやいや、俺は今の修正トイター暦を小さいころに習得してそれをずっと使っているんだ。今更日常的に使う暦を旧暦に戻そうと思ってもなかなか慣れない」
「んー、まあどうせ慣れてもらうんだけれど、今日はラズ・ププーサ体を読めるようになってもらうわよ。そのためにププーサ体の文章をいくつか引っ張り出してきたから」
 現代においてププーサ体で文章を書き記すことはあまりないらしい。ププーサ体は元々紙のスペースを削減するために発明されたが、現代では物資に困ることもあまりなくなった。だが、ププーサ体が用いられたころがテリーン術の最盛期であったので、どっちにしてもテリーン術やあの時代のハタ王国を知るためにはププーサ体、そしてラズ・ププーサ体が読めるようにならねばならない。しかしながら、「ププーサ体」という言葉はリパライン語圏では「読めない文字、読めないほど雑な文字」という意味として使われるほどに、読みづらい。もちろん可読性はほとんど考慮されていないのだが、これもやはり慣れないと読めないだろう。それを今日一日で会得しようなんてスケジュールに無理がありすぎる。
「いい?ププーサ体はロシス=スカルムレイの代でププーサ体の字形とチェムヌ体の字形が一対一に対応するように整備されたの。だから、字形さえ覚えてしまえばあとは慣れれば簡単に読めるのよ」
「って、それ食べている間にするのか?」
「うーん、昼休みって何分くらいあるの?」
 そういえばいまいち分かっていない。ナムレは近くで若干距離を置いていた友人に訊いた。
「なあ、昼休みって何分だ?」
「すまんなナムレ、リア充の質問に答えるにはそれはそれは長い年月を要する・・・」
「ふざけたこと言うなよ。ていうかラーセマングは俺にとって養子先の娘だし、そんな関係はないんだ。ただの友達だ」
 ここでラーセマングが口を挟んできた。
「ただの友達ですって?そんなことないわよ、ナムレ。あなたは私の母上と養子縁組をした。つまり、私と親を共有したのよ。毎度言っているようだけれど、私のことは『お姉様』と呼びなさいね。姉弟関係なんだから」
 すると友人の一人が言った。
「なあ、この子はいつもこんなんなのか?」
「そうだな」
「こんなんって何よ!あなた、名前は何?」
「俺はテルテナル=イザルタシーナリアだ」
「イザルタシーナリアね…実家はシャスティなの?」
「俺のところは元シャスティだ」
「ふーん、びっくりしたわ。じゃああなたは?」
 テルテナルの隣に座っていた男子生徒。彼も友人である。
「俺はラズィミエ=ラーオスツァン、ラーセマングさんなら電車の中で見かけたぜ」
 ここに来る途中、何時もラズィミエと会う駅で遭遇したのが彼だ。普段ならいつも通り一緒に学校へ行くのだが、今日ばかりはナムレが同年代の女子を連れていたから、遠慮をしたらしい。
「ああ、電車のね。用事は大丈夫だったのかしら?」
「ん?あ、ああ、大丈夫だったぜ。おかげさまで。やっぱり戻っておいてよかったなあ~」
 非常に分かりやすい造り笑顔である。ナムレが突っ込んだ。
「図星だろ」
「いや、唐突に母さんのことが心配になったんだよ」
 言い訳をするにももっといい嘘はなかったのだろうか。
「はぇ~、ご両親を心配する子は非常に素晴らしいわ。ご両親もさぞ嬉しいこと・・・さて、君は誰?」
ラーセマングに向かい合っていた男三人の内、今度はラズィミエと反対側で、テルテナルの座っている椅子にもたれ掛っていた男子生徒に話しかけた。
「いやあ、俺は名乗る価値なんてないから」
 突然ラーセマングの目の色が変わった。大きく見開いて、怪しいものを見る様子だ。
「え?・・・まさか、組織の人間?あるいは反テリーン派?それともウィトイターなの?私は過激派じゃないから、素直に白状しちゃっていいわよ。ただあんまりヤバいところだと、私は先祖の命に掛けて今ここであなたを殺しtむぐっ」
「悪いな、このラーセマングという奴は普段からこういう奴なんだ。ラーセマング、こいつはツェッケナル=ハフルテュ。名字はファイクレオネ移民系だが実家はクントイタクテイ派だ。別に変な奴でもない。ただこいつは自分の名前を伏せるのが好きなだけだ」
 ナムレはラーセマングの口をふさぎながら注釈を入れた。こいつに関しては、本当に謎だ。ナムレ自身は転校生なので初めからこの場にいたわけではないが、最初に彼らと知り合った時も同じように名前をなぜか隠そうとしていた。
「へぇ~、変な人がいるものね~」
 ラーセマングが言えることではない。
「とりあえずナムレと仲いい人の名前は大体わかったわ。弟の学校での事情は理解しておかないとね」
 とか彼女は言っているが、明日にはあだ名でしか覚えていないだろう。
「いやいや、俺とラーセマングは同級生だろ」
「むっ、でも私のが誕生日が早いもん」
 何を張り合っているんだこいつは。その姿を見て友人はとにかく笑っていた。
「はっはっは、ナムレ=カリーファテリーン君。君も幸せそうだねえ。いいなあ、俺もこれくらいに面白くてかわいい女の子が欲しかったぜ」
「自重しろ、テルテナル」
 さらに笑い始める友人たち。これはナムレも明日には嫌気がさしているだろう。ラーセマング自身は全く気にしていない。
「あ、そうだナムレ、今日の放課後絶対に実験室に来いよ」
「ん?実験室?」
 実験室とは、ウェールフープ化学の授業などで用いる部屋である。簡単なウェールフープの実験ができ、面白いところだ。
「さっきも言っただろ、もう忘れたのか?『訊きたいことがある』って」
 聞きたいこと、そんなことも言っていたか。ラーセマングとは違って自分はちゃんと言われたことは大体覚えているとナムレは思い込んでいる。
「なんだ訊きたいことって。言っておくがラーセマングは別に彼女じゃないぞ」
「またまたー」
 彼らは、いくらナムレが否定に否定を重ねても全く納得せずにどんどん二人を弄っていた。明日にはキレるかと思ったが、もう今にもキレそうだ。そこへラーセマングが後ろからナムレの肩を掴んだ。少し驚いてナムレはラーセマングの方を見る。
「帰りが遅くなるのかしら?」
「あ、まあな」
 そういうと友人たちは「来てくれるのか!」という期待を寄せた。まるで普段ナムレは約束を守らないかのように――実際にナムレは約束をよくすっぽかすが。
「じゃあ私は先に帰っているわよ。あなたサークルとかは?」
「俺は帰宅部だが」
 ツェッケナルが口をはさんだ。
「名前は言わないが、俺らはちゃんとサークルに入っているんだぞ!ナムレにも入ってほしいんだがなあ」
「だからその名前を教えてほしいんだよ。結局一度も教えてもらっていないだろ」
「あれ、そうだっけ」
 全く。ツェッケナルはいつもこんな感じだ。名前も知らされていないサークルにどうやって入れと。
「ラズィミエ、そういえばどこに入っているんだ?」
「ん?言ってなかったか」
 なんだと?ナムレはラズィミエの言葉に反応した。ツェッケナルが名前を一切出していないのは確かなんだが。
「俺らが入っているのはスカルムレイ研究会っていうところだ」
「スカルムレイ研究会?」
 全然聞いたことのない名前だ。スカルムレイ研究会と言っても、なぜスカルムレイだけを研究するのか、名前からして謎が深まる。
「まあネタばらしをすると今日はその勧誘ってわけだな。放課後に実験室に来いよ。そこが俺らの部室だから」
「へえ、とりあえず行くけれど。部員は何人いるの?」
「今は四人だな」
 こいつら三人が全員部員らしいが、他にもう一人いるということになる。いったい誰だろう。
「そうそう、俺とテルテナルとラズィミエと、隣りのクラスのあいつでやっているんだよな」
「へえ、あいつって誰?」
 ここでタイミング悪くチャイムが鳴った。結局もう一人の部員の名前は聞きだせなかったので、それは放課後まで持ち越しになった。

――

 放課後。三人は、新入部員を迎えるためにわくわくした雰囲気を山車ながらナムレに近寄ってきた。
「よし、行くぞナムレ」
「まてまて、俺はこの後担任に呼ばれているんだよ。安心しろよ、ちゃんと行くから」
「そうか、じゃあ待ってるぞ」
 ナムレは教室を後にし、職員室へ向かった。ラーセマングもおそらく帰った。呼ばれているとは言っても、提出の必要なプリントがあるという簡単な話であった。階段を下りて途中で曲る。廊下をずっと歩いていくと校舎の一番端に職員室が構えている。担任を読んで用を済ませた後、普段は通らない渡り廊下を使いながら、実験室を目指した。
 一体他に誰が入部しているんだろうと不安に思いながら廊下を歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。
「ねえ、あなたがナムレ=カリーファテリーン?」
 急に名前を呼ばれ反射的に後ろを向いた。改姓したこの名前について呼ばれるのには慣れていないが、下の名前は新しく名乗ったものでありながら愛着がある。
 ナムレは声の主を探したが、姿が見当たらない。
「え…おいどこだ?」
「どこも見なくていいわ。今から私の話を聞いて欲しいの。『ラーセマング=カリーファテリーンの暗殺』について」
 ナムレは耳を疑った。聞き間違いかと、聞こえた声を何度も再生してみる。しかし、自分に空耳はなかった。
「あ、暗殺だと?」
「そうよ、また詳しい話はするから、その紙にあるところに明日来てほしいの…じゃ、よろしくね」
 戦慄しながら実験室のある方向をぼーっと見ていた。姿が見えないのに声が聞こえる。何処に隠れていたのだろうか。その時はなぜか探索しようという気にはならなかった。ナムレはようやく足を進め、歩き出した。何故か右手には「実験室」と書かれた紙きれを持っていた。
「なんだったんだ…?」

第二話へ続く。

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最終更新:2016年08月08日 20:57