「――貴方も彼と同じね。
未来がない。そもそも選択をする余地が、貴方には残っていない」
新たに集積した欠片を整理し、分別し、記録として保存する。
ある者の痛みが、ある者の絶望が、ある者の妄執が、全てここに鮮明に記録されている。
それまで現在であったそれが、今、過去となった。
前のメンテナンスの際に行ったのと全く同一の作業。
現在を欠片に分け、記録し、過去とする。
それが、私に与えられた役割だ。
「貴方はまさに過去そのもの。
いま貴方が抱いている想いは既に過去の残像に過ぎない」
知っているさ。
預言者の言葉に、私はそうぞんざいに答えた。
「そう貴方は知っている。貴方が自身について知らないことなどないわ。
だって貴方は既に過去――確定した事象に他ならない。在り方は既に定まっていて、揺らぎようがない。
貴方の名前を持った誰かには確かにあったのでしょうね。未来を掴みとる選択が、前へと進む熱を持った想いが。
でも今の貴方は違う。ただその名前に縛られているだけ。
名に焼き付いた衝動だけが――貴方という欠片を突き動かす。
そこに選択もなければ、未来もない。それが貴方なのね」
言葉に対し私は沈黙で返す。
その言葉が確かに正鵠を射ていた。
ただ私は私であるしかできない。変わることはおろか、悩むこともできない。
それが電子の海に浮かび上がった亡霊――サイバーゴーストとしての私だ。
だから未来がないと言われても、何も思うところはなかった。
かつて私を突き動かした想いが未来を求めていた。
しかしその未来は――既に過ぎ去っている。
そのようなことは、当の昔に知っている。
私に想いなどなどない。あったとしてもそれは残滓だ。
ただ前へ前へと――たとえ痛みを伴おうとも世界を進もうとさせる意志が、こびりついて離れない。
「私が『選択』を司る役割を用意されたように、貴方は『記録』を司る役割を用意された。
そう言う意味では、私と貴方は対の存在ね、トワイス。
私が未来を、貴方が過去を、それぞれ担当している」
預言者は語る。私はただ黙っている。
当然だ。過去と未来が交わることなどありはしない。
ただ少しだけ思うことがあった。
私は過去の亡霊で、彼女は未来の預言者ならば――現在を生きる者は果たして誰になるのか。
恐らくそれは未だ定まっていない。現在とは定まらないものだ。時に未来以上に、現在は曖昧で、掴みようがない。
あるいはそれを決める為に、現在の役割を定める為にこのゲームは続いているのか。
「……全ては彼女の采配かもしれないわね。
私や貴方はシステムの一端として取り込まれたプログラム。捕えられた存在。
中心に据えられているのは――あくまで彼女」
彼女――預言者がそう呼んだのは、この場を統括するシステムのことだ。
この空間を維持し、管理する者。彼女にはある種神に等しい権限を与えられている。
私も預言者も、その末端に過ぎない。
「とはいえ彼女もまたその名に縛られている。
如何に強大な力を持とうとも、万能に等しい権限を与えられていようとも、彼女は与えれた役割から抜け出すことはできない。
役割を逸脱すれば、それこそ彼女が最も恐れる『存在の矛盾による消滅』を引き起こしてしまうでしょう。
彼女は自分を守る為に、この場のシステムとなっている。
それが最大の弱点。それを突かれて彼女は敗れるわ、彼らによってね。
彼女――モルガナ・モード・ゴンは死ぬ」
預言者は未来を語る。いともたやすく、システムの死を語って見せた。
無論、彼女もまた私と同じく機能を制限された身だろう。今の預言に、どこまで意味がある言葉なのかは分からない。
しかし、それでも、預言者は一つの未来を言ってみせた。
「名に縛られている彼女は、いつかは潰えることが定まっている。
でもここで問題があるわ――」
預言者は語る。
「その死さえもプログラムされたものであったのだとすれば―ー」
預言者の言葉を聞き流しながら私は与えられた役割を黙々とこなす。
最後に残った工程は、集めたデータファイルに名を与えることだ。
名を与えると言うことは、換言すれば存在する意味を与えることに等しい。
名そのものはただの記号に過ぎない。如何ようにも変えることができるし、それによって指示するカタチが変わる訳でもない。
しかし、名がないものに意味などない。だから時に存在は名に縛られる。
トワイス・H・ピースマンという名に縛られた、私のように――
私は、だから、ただ集積した記録に名を付ける。
単なる断片を、せめて意味の籠った物語へとする為に。
[???/???/昼]
【トワイス・H・ピースマン@Fate/EXTRA】
[状態]健康
【オラクル@マトリックスシリーズ】
[状態]健康
最終更新:2016年10月04日 00:10