1◆


《オーヴァン/Ovan》
 登場ゲーム:The World(R:2)
 『黄昏の旅団』のギルドマスターにして、『再誕』・コルベニクの碑文使い。
 多くの人間を魅了する異様なまでのカリスマを誇り、また一つのエリアに匹敵する程のデータがアバターに内蔵されている。
 戦闘能力及び状況判断力は高く、またプレイヤー本人の精神力も凄まじい。


 岸波白野がサチ/ヘレンと共に仲間及びセグメントの捜索をしている最中、レオは入手した情報を纏めていた。
 エージェント・スミス達との戦いで消耗してしまった現状では、アリーナの探索も不可能。レオ自身に残された魔力を配慮してか、ガウェインは霊体化をしている。
 戦力として期待できるカイトに向かわせることも可能だが、その間にPKの襲撃に遭ったら……今度こそ対主催生徒会は全滅してしまう。
 だからこそ、現状で最も警戒するべきオーヴァンに関する情報を集める必要があった。


《トライエッジ/Triedge》
 登場ゲーム:The World(R:2)
 『The World』に登場した0番目のAIDAにして、AIDAの突然変異体。
 オーヴァンの左腕に寄生したことをきっかけに誕生し、人類に牙を剥くようになった。
 その影響は単体に留まらず、他のAIDAを凶暴化させてしまうほど。


《コルベニク/Corbenik》
 登場ゲーム:The World(R:1)
 モルガナ八相の第八相・『再誕』。
 比類なき戦闘能力を誇り、また一度倒されてもその度に再生する性質を持つ。


《憑神(アバター)/avatar》
 登場ゲーム:The World(R:2)
 モルガナ八相を元に誕生した碑文使いの力が具現化した存在。
 『The World』の仕様から逸脱した強大な力で、一般PCには存在を認知することすら不可能。
 碑文使いの感情に呼応して強大になり、その"心の闇"を増幅させる。また一般PCが憑神からダメージを受けた場合、未帰還者となってしまうケースも存在する。


 カイト曰く、オーヴァンはトライエッジというAIDAに感染しており、またコルベニクという憑神を秘めた碑文使いだ。
 碑文とAIDAは惹かれあい、そして互いに呼び合っている。またAIDAは人間の強い情念に興味を持ち、感染者が求めるモノを再現する性質を持つ。
 そして碑文を飲み込んだAIDAは爆発的な成長を遂げる……だからこそ、スミスに感染したAIDAはヘレンを圧倒したのだろう。
 カイトがあのAIDAを撃破してくれなければ、空間に放り込まれたみんなが餌食になっていたはず。


 この理論から推測するに、スカーレット・レインが敗北したのは、オーヴァンが二つの力を宿していたからだろう。
 AIDAの中でも特に危険度が高い《Triedge》に加えて、自己再生の能力を持つコルベニクという八相。この目で見た訳ではないが、カイトの話から推測する限りでは……ガウェインですらも歯が立たない可能性がある。
 オーヴァンが能動的なPKだったら、例え学園がペナルティエリアだろうと…………否、ペナルティエリアもろとも瓦解されていたかもしれない。
 好戦的な人物でなかったことが、不幸中の幸いだ。


 他にもAIDAは『The World』を模して疑似サーバーを作りだしたこともあるらしい。
 AIDAサーバーと呼ばれるそれに放り込まれたプレイヤーは、精神とPCが一体化してしまい……ログアウトが不可能となる。要するに、このデスゲームと同じだろう。
 またAIDAサーバーの時の流れは現実とは大きく異なり、そこで数日分の出来事を経験したとしても、リアルではたった数分の時間しか経過していない。
 それは、レインが属していた加速世界のプログラムと非常に酷似している。GMの立場として君臨している榊がAIDA=PCであるなら、加速世界のプログラムと並行してAIDAサーバーをデスゲームに組み込んでいる可能性が高い。
 最も、現状では確信とは呼べないが。


《モルガナ・モード・ゴン/Morganna Mode Gone》
 登場ゲーム:The World(R:1)
 『The World』の管理・運営を行う為の自律プログラムにして『The World』における創造主。


 そしてモルガナ・モード・ゴンについても検索をかけたが、情報はこれだけ。
 最もそれは当然だろう。モルガナはこのデスゲームを運営するプログラムであるのだから、必要最低限の情報しか与えていない。多大に残しては、そこに付け入る隙を与えかねないからだ。
 しかし裏を返せば、モルガナが関与している可能性が高くなった。モルガナへの確実な対策を組み立てれば勝機は見える。
 出来ることなら、もう一人のカイトのようなモルガナ事件に関与しているプレイヤーとも接触したいが、現状ではあまり期待できないだろう。



《再誕/Saitan》
 登場ゲーム:The World(R:2)
 八相を鍵とすることで発動されるネットワーク初期化プログラムの名称。
 全てのAIDAを駆逐する程の性能を誇るも、同時にその余波で全世界のネットワークに壊滅的打撃を与えてしまった。


 コルベニクの最大の特徴と呼べる『再誕』というキーワード。
 この八相はどれだけダメージを与えても、その度に復活するらしい。オーヴァン本人のHPが0になろうとも、復活スペルがオートで発動するのだろう。
 そんな性能を前に、一体どんな対策法を立てればいいのか? 対八相の切り札であるデータドレインも、このコルベニクには通用しない。
 大規模な改竄を果たしても、相手は自動的に修復するのでは意味がなかった。


 そして、もう一つの意味合いも気がかりだ。
 全世界に蔓延るネットワークをリセットする程の効果を持つプログラム。それを使って、オーヴァンはAIDAを全滅させようと企んでいるのか。
 確かにAIDAは驚異的な存在だ。生半可なワクチンプログラムでは効き目がないし、そもそも対抗手段はたった数人しかいない碑文使いに委ねられてしまう。
 例え碑文使いといえども、リアルでは普通の生活を営んでいる人間に過ぎない。AIDAが『The World』から飛び出して、世界範囲で感染などしたら、碑文使い達の手に負えなくなる。
 たった八人で各国を回って人命救助をするなど、到底不可能な話だ。そういう意味では『The World』という檻に閉じ込めて、そして『再誕』プログラムを発動すればAIDAの駆逐は確実に可能だろう。


 しかし、全世界のネットワーク初期化はあまりにも危険すぎた。
 今の時代はあらゆる文化がネットワークと密着している。他者とのコミュニケーションの手段として用いられる手段にも、人々のライフラインを維持する鍵となる。果ては、膨大なる機密事項の保持まで……最早、インターネットに依存しているようなものだ。
 それらを突然消去しては、世界規模で大パニックが起きる。商社は営業が困難となるだろうし、病院も患者のデータが消去してしまう。
 何よりも都市活動や交通が麻痺して、人々に多大な被害を及ぼすはずだ。
 AIDAの脅威が去ったとしても、その後に別の被害が広がるのでは意味がない。

「カイト、一つお聞きしていいでしょうか?」
「…………?」
「もしもこの世界でオーヴァンが『再誕』を起こしたりなどしたら、その影響は『The World』だけでなく…………
 別の仮想世界にも届く可能性は、考えられませんか?」
「……………………」
「可能性は否定できない、らしいです」

 また、レオが危惧していることはもう一つだけある。
 如何なる手段か、榊達は数多の世界と数多の時間を超越して、このデスゲームを開く為にプレイヤーを集めている。詳しい原理は不明だが、世界と世界は繋がっている可能性があった。
 そこで『再誕』という絶大な威力を持つプログラムを発動させたら、デスゲームを起点として繋がっている平行世界のネットワークに影響を及ぼさないのか。
 AIDAを放置しては他の世界にも感染する恐れはあるが、だからといって『再誕』が正しい手段とは到底思えない。
 オーヴァンを止めなければならないが、その為の戦略がまるで整ってなかった。
 カイトはスミスとの戦いの後、何らかの"力"を手に入れたようだが……それでオーヴァンを止めるきっかけになるとも限らない。

「…………そういえばユイさん。カイトの機能拡張ですが、確かシノンさんの持つアイテムからも同じ反応がされたのでしたっけ?」
「はい。力の詳細こそはわかりませんが、波長と特性はとてもよく似ています。
 カイトさんはスミスをデータドレインをしたことをきっかけに、攻撃スキルの威力が急上昇したらしいです」
「だとしたら、シノンさんの持つ【薄明の書】も、カイトの機能拡張もスミスが原因と考えた方がいいですね……
 ユイさん、そこから侵食される危険はないでしょうか?」
「確証はありませんが、その可能性は低いと思います。カイトさん達が取り込んだのは"力"だけで、そこに思考データは感じられませんでした。
 ただ……もしかしたら、カイトさんのデータドレインが不安定になる危険も、あるかもしれません」

 今のカイトは、白野のようにスミスの存在がアバターに残留した状態だ。
 カイトの人格が汚染されることはないが、それで終わりという話ではない。
 機能拡張したと言えど、それはカイト一人だけでは制御できない"力"に変貌することも考えられた。万が一、データドレインでカイト自身のアバターが崩壊する事態になっては、取り返しのつかないことになる。

「カイトの"力"も調べたいですが、今はそこまでの余力はありませんし、何よりも危険すぎます。
 今は手掛かりを集めるしか…………ん?」

 そんな中、校門に設置した警報音が響き渡る。
 モニターに映し出されているのは、岸波白野と……見知らぬ黒衣の少年だった。

「ハクノさんに……パパ!? パパですか!?」

 画面を見たユイは、驚愕で声を荒げる。
 パパ。それはつまり、白野と共にいる少年はユイの父親であるキリトのことだ。

「パパ? というと、あそこにいるのは……」
「そうです! 私のパパ……キリトです!」

 質問に答えた途端、ユイは部屋から飛び出した。カイトは彼女の後を追っていく。
 一方でレオは疑問を抱いていた。戻ってくるまで、いくら何でも早すぎる。
 キリトと同行しているのはいいが、ハセヲやシノンと思われるプレイヤーは見られない。また、たった数時間でセグメントを発見できるとも思えなかった。
 しかし、本人に尋ねるしかない。レオもまた、白野から事情を聞く為に校門に向かう。

「あっ、レオ…………」

 そして昇降口を潜ろうとしたが、一人になっていたはずのジローと再会した。

「ジローさん? もう、大丈夫なのですか」
「……悪い、心配かけて。
 まだ、色々と落ち着かないけど……やっぱり、俺がしっかりしないと……いけないから」
「……レインさんのことは、とても残念に思います。
 僕がもっと状況を的確に判断していれば、このような結果にならなかったはずですから」
「何でだよ? ニコが死んだのは、俺のせいだろ?
 俺がスミスと戦っていれば、ニコはきっと死ななかった! 俺がもっと強ければ、ニコはここにいたはずなんだ!」
「それも含めて、僕はしっかり考えるべきでした。
 生徒会が分断される可能性や、スミスの協力者の存在……これらは僕のミスです。
 だからこそ、残った皆さんを救う義務が僕にあります。ジローさん……レインさんの分まで、戦いましょう」

 冷徹とも呼ばれかねないが、彼女の為にできるのはこれ以外にない。
 悲しんでいても、レインは戻ってこない。嘆いていても、デスゲームは進むだけ。
 むしろ、ハセヲやシノンのような仲間となりえる者達を救うチャンスを、自らの手で逃してしまうだけだ。
 今は帰還した白野達を出迎えなければいけない。そう思いながら、レオはジローと共に足を進めた。



     2◆◆



 あの戦いを終えた後、岸波白野達は一言も語り合っていなかった。
 セイバーとキャスターは霊体化してしまい、それきり口を閉ざしている。彼女達なりの気遣いなのだろう。
 事実、それが岸波白野にとって唯一の救いだった。完膚なきまで敗北した今となっては、どんな慰めを受けたとしても、より惨めになるだけ。
 いや、誇りが傷付くことなど、大したことではない。サチ/ヘレンやありす/アリスを守り切れず、ラニやアスナを失ってしまったことに比べれば……些細なことだ。
 どうすれば彼女達を救えたのか。どうすればこんな結果を迎えずに済んだか。どうすればキリトは傷付かずに、勝者となることができたのか。
 どうすれば………………


 …………考えても意味がない疑問が、無限に溢れ出てくる。
 どれだけ後悔しても時計の針が戻る訳などない。ましてや自分は力がなかった。
 セイバーやキャスター、それにアーチャーのように戦うことはできない。キリトやアスナのように、誰かを守ることもできない。
 だけど、諦めないことが岸波白野の強さであったはずだ。諦めが悪く、自分の意志で考えたからこそ、みんなと共に戦えた。
 だからこそ、キリトのことだって諦めていけなかった。


 アスナやサチ/ヘレンは、キリトが悲しむのを望まないだろう。
 彼女達を想うなら、遺された自分がキリトを支えなければならない。キリトは今にも、壊れてしまいそうだから。


 しかしキリトを救うことは、岸波白野には不可能だった。
 サチがキリトを唯一の寄る辺としていたように、キリトはサチを求めて戦っていた。
 アスナがオーヴァンの凶行からキリトを守ったように、キリトはアスナを守る為に戦っていた。
 彼女達はキリトに救われていたように、キリトにとっての救いは彼女達だった。岸波白野ではなく、アスナとサチこそがキリトには必要だった。
 だから、どんな言葉を口にしようとも……彼の心には届かないだろう。


 探し求めていた相手がすぐ隣にいるのに、まるで遥か遠くまで離れてしまったように思えてしまう。
 サチ/ヘレンの時と違い、彼と言葉を交わすことはできるはずなのに……どうすればいいのかわからない。
 キリトが戦う理由としていた少女達は、もういない。
 キリトが支えようとしていた少女達は、彼の目の前で失われてしまった。
 もう、どこにも彼女達はいなかった。

「…………すまない」

 俯いたまま、こちらと視線を合わせることすらせずに……キリトは口を零す。

「あんたは、俺の代わりにサチを守ってくれた……ユイのことだって、助けてくれた。
 キシナミ達は頑張ってくれたのに……肝心の俺は、このザマだ」

 弱弱しい独白が、心に突き刺さる。
 サチを守った? 何も変わらない世界に去ってしまい、もう二度と戻ってこれなくなった彼女を……岸波白野が守ったなんて言える訳がない。
 ユイのことを助けた? サチ/ヘレンと向き合い、そしてアスナを待っていた彼女の願いを……岸波白野は台無しにした。
 それは違うと否定したかった。岸波白野は何もできなかったと、キリトに伝えたかった。


 だけど、口にすることは許されない。
 キリトは岸波白野を信頼していて、また隣にいる唯一のプレイヤーだ。
 リーファやクラインを失った時から、彼の心は多大な傷が刻まれていたはずだ。それなのに、どれだけ傷付いてもサチを守る為に戦い続けた。
 そしてアスナと共にオーヴァンを打倒しようとしたが、待っていたのはこんな救いのない結末だけ。


 ただ、今はキリトを守ることだけを考えなければならない。
 このデスゲームには、まだキリトとアスナが戦ったPK――デスゲームの始まりを告げられた空間で、明確な破壊行動を行っていたフォルテという名のPK――や、スケィスが残っている。
 オーヴァンが去ったとしても、学園に向かう途中で彼らの襲撃に遭っては、今度こそキリトは殺害されてしまう。今の彼に戦う力など残っていないのだから。


 だから今は、もうすぐ学園に着く、とキリトに伝える。
 それを聞いて、彼は悔しそうに拳を握り締めるのを見た。理由は……ユイのことだろう。
 ユイに合わせる顔が無いのは、岸波白野だけでなく……キリトも同じ。いや、キリトの方が後ろめたさが強いはずだった。
 それでも歩みを進められるのは、ユイが学園にいるからだ。残された彼女だけでも守らなければならないという想いが、彼に力を与えていた。


 見慣れた月海原学園の校門を潜る。
 だけど、この足取りはより重くなっていく。この学園にはみんながいるけど、逆に重圧となっていた。

「ここに……ユイがいるんだったな」

 キリトの問いかけに肯定する。
 彼は相変わらず顔を上げない。その瞳が何を映しているのかを、岸波白野に知ることはできない。
 ただ、彼の姿を見るだけでも胸が張り裂けそうだった。

「…………パパ! パパ!」

 そうして、彼女の声が聞こえてきた。
 キリトが守りたいと願っていた娘……ユイの声が。
 昇降口から彼女が駆け寄ってくるのと同時に、キリトはようやく顔を上げてくれた。

「……ユイ!」
「パパ……パパ!」

 その瞳から大粒の涙を零しながら、ユイは両手を広げてキリトに抱き付いた。
 ユイはキリトの胸の中で、何度も彼の名前を呼んだ。その細い腕を腰に回して、頬に擦り寄せている。
 彼女は笑っていた。再会を喜び、そしてキリトの存在を確かに感じているのだから。


 ……だけど、肝心のキリトは笑っていない。むしろ、ユイから視線を逸らしてすらいた。
 それに気付いたのか、ユイは怪訝な表情を浮かべる。彼女は不思議そうに辺りを見渡していた。

「……パパ?」
「ユイ…………」
「あれ? そういえば、ヘレンさんは……? サチさんとヘレンさんはどこにいるのですか?」

 サチの名前が出た途端、キリトは青ざめた表情を見せる。
 彼の変貌に疑念を抱いたのか、ユイもまた不安げに見つめていた。

「……サチは、その…………」
「それに、ママは……ママは? パパは、ママと会っていないのですか?」

 ユイが問いかける度に、キリトは冷や汗を流す。
 キリトは何も言わない。いや、言える訳がなかった。
 彼女に全てを話すことが…………できなかった。

「……すまない!」

 そしてキリトがユイにできたのは、ただユイを抱きしめることだけ。
 それは愛情ではなく、慙愧の念から生まれた抱擁だ。その証としてキリトもまた涙を流す。

「パ、パパ…………?」
「すまない……本当に、すまない……! すまない、すまない、すまない…………!
 俺は、俺は、俺は…………!」

 溢れ出る涙を拭うことなどせず、困惑するユイに謝り続けていた。
 キリトの声は震えている。彼の一言がとても重く、とても悩んで、とても悲しみ、とても悔いて、ユイに対して深い罪悪感を抱いていることが伝わってきた。
 『黒の剣士』という通り名が面影もない程に弱弱しい姿だ。事実、先の戦いで岸波白野が間に合わなければ、キリトは無抵抗のままオーヴァンに殺されていただろう。



 昇降口からカイトが、続くようにレオとジローもやってくるが、キリトは彼らに目を向けない。
 ここに現れた少年が誰で、彼に何があったか…………それを二人は尋ねたりなどしない。
 その抱擁と延々と繰り返される謝罪だけで、キリトであることを証明していたのだから。




     3◆◆◆



 …………俺は、全てを話すしかなかった。
 ユウキは、フォルテという名のPKに命を奪われてしまったことを。
 オーヴァンこそがサチにAIDAを感染させた犯人であり、サチはヘレンというAIDAと共に思い出の世界に去っていったことを。
 そしてアスナが俺を守る為に盾となったせいで、オーヴァンに殺されてしまったことを。
 口にするだけでも胸が張り裂けそうになったけど、黙ってはいけなかった。


 例え、そのせいでユイが深く悲しむことになったとしても…………


「――――――――!」

 ユイは茫然としていて、俺の言葉に何も答えられなかった。
 愛らしい顔は絶望に染まって、全身は大きく震えている。一緒にいるだけでも心が痛み、だけど見放してはいけない。
 ユイは、俺とアスナのたった一人の娘だから。


 ――――夢みたいですね、また、パパと、ママと、三人で暮らせるなんて……――――


 このですゲームに巻き込まれるずっと前に、ユイが俺に夢を伝えてくれた時のことを、唐突に思い出してしまう。
 あの時、彼女は笑ってくれていた。柔らかい笑みで、俺を迎え入れてくれた。
 だけど。


 ――――夢じゃない……すぐに現実にしてみせるさ……――――


 そんな彼女の夢は壊されてしまった。
 それを壊したのはオーヴァンでもAIDAでもない……俺自身の弱さだ。
 アスナを守ると。SAOに巻き込まれたみんなを助けて、喜びを分けてあげると……俺は約束したはずだった。
 かつてユイは、アスナに笑って欲しいと願っていた。だから俺は彼女の笑顔を守る為に、SAOのクリアを目指したはずだ。


 ALOで妖精王オベイロンを打ち破り、籠の中に囚われていたアスナとようやく巡り合い……そうして俺達三人の時間は動き出したはずだ。
 ユイが願ったように、みんなでたくさん幸せな時間を過ごすはずだったけど、その時計はもう動かない。


 俺はみんなの想いを踏み躙った。
 アスナに笑っていて欲しいと願ったユイの想いを。
 アスナを取り戻す為に力を貸したリーファの想いを。
 アスナを守る為にマザーズ・ロザリオを託したユウキの想いを。
 現実世界に戻った俺にアスナの手がかりを渡してくれたエギルの想いを。
 アスナの帰りを待っているであろう、現実世界で生きるアスナの家族の想いを。
 閃光のアスナを慕っていた多くのプレイヤーの想いを。
 俺を信じて、そしてサチを救おうとしてくれたブルースやピンクの想いを。
 アスナを信じて、そしてサチを守ってくれたキシナミ達の想いを…………何もかも、俺は台無しにしてしまった。


 ――――信じてた。きっと――助けに来てくれるって……――――


 ――――ただいま、キリトくん――――


 ゲームで/リアルで見せてくれたアスナの笑顔を、当たり前のように見てきた。
 けれど、永遠に続くと思われていた彼女との日々は、唐突に終わりを告げてしまった。
 彼女が何を想いながら俺に謝って、消えてしまったのか。ユイがこのデスゲームに巻き込まれていたことを知っていたのか。ユイとまた会いたいと願っていたはずだった。


 アスナの髪の色を、笑顔を、手から伝わる温かさを思い出そうとする。
 けれど、彼女を想えば想うほど、どうにもならない現実が俺の心に突き刺さってしまう。どんなに思い出そうとも、それはもう俺の心にしか残っていない記憶だ。
 共に戦った時に何度も見た彼女の雄姿も、アスナが俺とユイの為に作ってくれたフルーツパイやサンドイッチの味も、ユウキを始めとした多くのプレイヤーと培ってきた絆も…………何もかもが、遠くへと消えてしまった。
 仮にファイルでその時の光景が残されていたとしても、感動を思い出すことなどできない。記録が形となって残っていても、それを直視できるかどうかすらわからなかった。
 それらに写っている彼女の姿は、俺の罪を思い出させてしまうのだから。


「ユイ……俺は、能無しだ……ユウキを、サチを、ママを……誰一人として守れなかった。
 ユイはママに……アスナに会いたいと願っていたのに、俺はそれを台無しにした……」

 俺はただ、力なく項垂れるしかできない。
 本当ならユイに会う資格すらなかった。けれど、彼女から逃げることは許されなかった。
 これ以上、キシナミ達の頑張りを無駄にすることは許されない。その想いだけが、俺を突き動かしていた。

「俺は、うそつきだ……ユイの約束を守れない、大うそつきだ…………
 俺が弱かったせいで、アスナがいなくなった…………本当なら、俺はユイを……!」
「…………違いますっ!」

 俺の否定は、唐突に遮られた。
 俺がもっとも守りたかった、ユイの叫びによって。

「自分を、否定しないでください!」

 首を横に振りながら、ユイは再び俺に抱き付いてくる。
 そうして胸の中で俺を見上げる彼女の瞳は、大粒の涙が煌めいているにも関わらず、とても強い意志が感じられた。

「パパは、私やママが大好きな……たった一人のパパです!
 デスゲームを終わらせて、ヒースクリフや妖精王オベイロンからみんなを助けた勇者です! だから、うそつきなんかじゃありません!」
「……ユイ? でも、俺はアスナを…………」
「ママと会えないのは……私も、悲しいです。
 ママがいなくなったと聞いて……私は、どうしたらいいのか、わからなくなりました。
 ママの笑顔が見られないなんて……私の、目の前は真っ暗になりそうです。
 でも…………だからこそ、私はパパを助けたいです! ママ達の分まで、パパを守りたい!
 だって……パパがいなくなったら、パパがいなくなったら…………!」

 ユイの叫びに、俺の全身に衝撃が走る。
 そして俺は気付いた。アスナがいなくなった今、ユイに残された支えは俺しかいないことを。
 このデスゲームにはシノンもいるとキシナミから聞かされたけど、彼女はハセヲというプレイヤーを探している最中だ。
 こんな状況では、彼女が無事でいられるとも限らない。もしもシノンまでもがいなくなり、俺が挫けていては…………ユイは本当に独りぼっちになってしまう。

「私はパパを信じています! パパがみんなを守る為に……ママやサチさんを守る為に戦ったことを、知っていますから!」
「ユイ……! でも、俺は……」
「だから、お願いだから……諦めないで!」

 まるで縋りつくかのように、ユイは俺に懇願した。
 そこに弱さなど微塵も感じられない。むしろ、俺を励ましているようにも聞こえる。


 ふと、俺は周りにいるみんなを見渡す。
 ここに集まったキシナミ達は、俺のことを見守ってくれていた。失望や蔑視は感じられず、むしろ俺を信頼しているようにも思える。
 カイトという奴だけ、目つきがやけに恐ろしいけど……少なくとも、敵意はなさそうだ。
 みんなの瞳からは、まるで…………


 ――――あんたなんかに、キリト君は殺させない!――――

 ――――ユウキが私に託してくれた、絆の力を――――!――――

 ――――勝負だ、フォルテ!――――


 …………俺と共にフォルテに立ち向かってくれた、アスナやシルバー・クロウが持つ、絆の力が感じられた。


「ユイ……だけど、俺は…………!」
「パパが不安なら私がパパのお手伝いをします! パパが悪い人と戦えるように、私が精一杯のサポートをしてみせます!」
「ユイさんがそのつもりなら、この僕……レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイも力を貸しましょう。
 キリトさんのお力は、僕にとっても必要不可欠でしょうから」
「……俺は、野球しか取り柄がない無職で……できることがあるかわからないけど、協力するよ。
 だってユイちゃんのパパだろ? ユイちゃんを悲しませたくないからさ……」
「アアアアァァァァァ…………」

 みんなが俺のことを奮い立たせてくれている。
 その時。ポン、と肩が叩かれる。振り向くと、横に立っているキシナミも柔和な笑みで頷いていた。
 それを合図とするように、キシナミの隣に赤と青の衣服を纏った少女達……セイバーとキャスターが現れた。
 同じように、レオの隣に白銀の鎧を纏った騎士が姿を現す。
 この三人はシンジと一緒にいたアーチャーと同じ、サーヴァントという存在なのだろう。

「キリトよ……今は思いっきり泣くがよい。
 奏者がそなたを信じておるように、余もそなたを心から信じておる。そなたが望むのならば、余はそなたの支えとなろう」
「不肖ながらこの玉藻の前……貴方様にこの心を捧げることはできませんが、貴方様に仇なす者達を呪い殺すつもりで存じております。
 故に、いざとなったら私の呪いに期待して下さいませ」
「我が名はガウェイン。悪しき闇を払う剣を掲げる太陽の騎士。
 我々対主催生徒会は、あなたが訪れるのを待っておりました」


 三人の声が胸に響く。
 気が付くと、俺は目頭が熱くなるのを感じる。ユイのように、涙を流していた。


 俺はたくさんの人を失ってしまった。その果てにアスナまでもが目の前で失って、俺は何もかもを投げ出してやろうと自暴自棄になっていた。
 それこそが俺に対する罰だと思い込んでいたけど、違う。
 これはただの逃げだ。サチが思い出の中に閉じこもったように、罪を言い訳にして俺自身の責任から逃げていただけ。
 このデスゲームにはユイが巻き込まれていると、俺は知っていたはずなのに…………キシナミに甘えて、ユイのことに目を向けようとしていなかった。
 それでも尚、みんなは俺を信じてくれている。そしてその信頼を裏切っていた俺自身の不甲斐なさに……俺は涙を流していた。

「ユイ……みんな…………俺は、俺は…………俺は…………!」

 溢れ出る涙と、自らの愚かさで……まともな言葉が出てこなかった。
 俺は大馬鹿だ。俺自身の決意すらも忘れて、一人で勝手に絶望して、逃げ出して、あまつさえユイのことを見放そうとした。そんな情けない自分を、この双剣で斬ってしまいたかった。
 だけど、そんなことは許されない。俺がいなくなったら、一体誰がフォルテやオーヴァンを止めるのか? 一体誰がユイを守るのか?
 キシナミ達はユイを守ってくれている。しかし、本当なら彼らに甘えてはいけなかった。
 ユイを守るのは、父親である俺の使命だ。

「ユイを……守る。守ってみせる……守ってみせるから…………!」
「パパ……パパ…………パパ…………!」

 俺はユイを抱きしめる。
 もう二度とこの手を離さない。どんな強敵が現れようとも、絶対に彼女を守ってみせる。
 これが、俺にできるたった一つの償いだ…………



     4◆◆◆◆



 月海原学園に現れた黒衣の少年が、キリトだ。
 ユイちゃんのパパであり……リーファちゃんのお兄さんだ。
 詳しい事情はわからないけど、ユイちゃんのママ……アスナがオーヴァンに殺されてしまったらしい。だから、酷く落ち込んでいたけど……ひとまず立ち直ってくれてよかった。
 リーファちゃんが彼のことを大切に想っていたから、余計に安堵が強くなる。


 それから今は、生徒会室でキシナミとキリトの話を纏めていた。
 主な話題はフォルテというPKと、オーヴァンについてだ。特にオーヴァンはニコを……それに、ニコにとっての大切な人であるシルバー・クロウの命すらも奪った相手だ。
 更には、サチにヘレンを感染させたのも、オーヴァンであるらしい。
 それらを聞いて、強い怒りと同時に恐怖を抱いてしまう。キリト達をここまで圧倒した相手が、またこの学園に攻め入られたら……今度こそ、みんなは殺されてしまうかもしれない。
 エージェント・スミスを退けたペナルティはあるけど、それがオーヴァンに通用するとは限らなかった。



 そしてもう一つ。気になる話をキリトから聞かされた。


「レンが……俺のことが大好きだと言ってた?」

 キリトが語ったのは、レンという少女について。
 レン。それは、就職活動中の浅井 漣(レン)という女子大生だ。
 実際に彼女とは関わり合いがあったし、彼女が落とした財布を警察に届けた記憶がある。
 しかしこのデスゲームに巻き込まれている彼女は、レンでなく……レンを元に生み出されたAIらしい。それでも、俺のことを強く想っていたと……キリトは教えてくれた。

「ああ……レンさんは、ジローさんのことを最期まで想っていた。
 どれだけ傷付いても、ジローさんに会いたいってずっと言ってた……あんたのことを、一途に想っていたんだ」
「…………そう、なのか」

 語る度に、キリトは表情を曇らせていく。
 レンはフォルテという奴に肉体を破壊されても、決して悲しむことなどせずに……最期まで俺を想ってくれていたらしい。

「……すまない。レンさんのことを……俺は、守れなかった……」

 キリトは謝り続けている。
 けれど、彼女が俺に好意を寄せていたと聞かされても、実感がなかった。
 仮面の騎士である彼女の実力はとても高く、呪いのゲームの謎を解き明かす為に力を貸して貰ったことが何度もある。
 デンノーズの一員としてハッピースタジアムに勝ち残ってきたけど、それだけだった。
 俺が恋しているのは、パカ一人だけ。


 でも、キリトが嘘を言っているとも思えない。 
 そういえば、今のキシナミは平行世界のアバターから集められた情報が強引に混ざり合ったことで、その存在が成立しているらしい。
 そもそも、このデスゲームに参加させられているプレイヤー自体が、別々の世界から集められていた。俺の知らない常識で成り立つ世界がたくさんある。
 だから、レンが俺の恋人になっている世界も、どこかに存在しているかもしれない。そこから、彼女は連れて来られたのだろう。


 正直な話、どう受け止めればいいのかわからない。
 どのような出来事があって、レンと俺は互いを想うようになったのか。また、レンを失ってしまい、そこにいる俺はどれだけ悲しむのか…………
 ここにいる俺には知る術を持たない。でも『オレ』とは違う俺のことだから、どうしても気になってしまう。
 俺だって、俺の手が届かない所でパカを失ったら、キリトみたいに絶望するはずだから。


「…………ありがとう、彼女のことを守ってくれて」

 俺に今できることは、キリトのことを励ますしかない。
 キリトの為にも。このゲームで犠牲になったレンの為にも。そして、レンと結ばれている世界に生きる俺の為にも。


 ――――ネットでの出会いも運命のうちのひとつなのかな・・・――――


 ある日、とあるネットカフェにて、レンはそう口にしていた。
 あの時は真面目に受け止めていなかったけど、違う世界ではそこから運命が動き出した。そうして、レンと俺は仲良くなったのだろう。
 パカのことを想う気持ちは変わらないけど、あり得た"if"を否定していけなかった。


「レンのこと、俺は忘れないから……キリトの為にも、それにレンの為にも。
 絶対、絶対に忘れないよ」
「ジローさん…………」
「俺達で頑張って……デスゲームを止めて、みんなの仇を取ろう!」

 俺とキリトは固く拳を握り合う。
 まだ、不安なことはたくさんあった。ニコのことは悲しいし、失意に沈んだ俺のことを『オレ』は今も嘲笑っているはず。
 怖いことはたくさんあるけど、それはみんな同じ。だったらみんなで怖がって、不安をぶつけ合って、すっきりすればいい。
 ユイちゃんとキリトだって、そうして歩き続けているのだから。


 やる気が 3上がった
 こころが 8上がった
 信用度が 7上がった


     5◆◆◆◆◆



 フォルテという強敵や、オーヴァンの恐ろしさについて知っている限りの情報を、レオ達に伝えた。
 結論からして、この両者は相当な危険人物だ。特にオーヴァンは、その身に宿した碑文とAIDAが驚異的だった。
 岸波白野とキリトが不在の間、レオ達もオーヴァンに関する情報を図書室で集めていたらしい。
 またカイトも……『The World』にてオーヴァンに容易く敗れたことを伝えてくれた。


 事実、オーヴァンが宿らせるAIDAは異様なまでの禍々しさを放っていた。
 アスナを容易く屠った挙句、赤子の手を捻るようにキリトを打ち負かしている。
 何よりも、エージェント・スミスの姿がないのは気がかりだった。あれだけいたスミスが一人も姿を見せなかったのは、つまり――――

「恐らく、スミス達はオーヴァンによって葬られたのでしょう。
 ペナルティを受けていない彼からすれば、弱体化したスミスを倒すなど容易いはずです。
 もしかしたら、奴らを倒す機会を窺う為に、あえて手を組んだ可能性もあるかもしれませんが」

 ――――そう。オーヴァンによって排除されたことだ。
 月海原学園での戦いを終えた後、スミス達に死なれては困ると口にしていた。
 だがその真意は、彼らを気遣ったのではなく、自らの手で確実に仕留める必要があったからこそ……対主催生徒会を止めたのだろう。
 そうして学園の外に出たオーヴァンは、AIDAあるいは『碑文』の力でスミス達を駆逐した。もう二度と現れることはない。


 しかし、その事実は対主催生徒会にとって朗報とならない。むしろ、オーヴァンという新たなる脅威が現れたことに戦慄していた。
 オーヴァンの宿らせるコルベニクとトライエッジは、通常のデータドレインが通用しない。正面からの攻撃を続けて仮に撃破できても、すぐに復活してしまう。
 セイバーやキャスターと……そして対主催生徒会と戦うのは分が悪いと、オーヴァンは語っていた。だが、あのままオーヴァンとの戦いに突入していたら、確実にこちらが敗北するだろう。
 数の利や装備を整えれば勝てる、なんて話が通用する相手ではない。仮に慎二やアーチャーがいたとしても、オーヴァンを前にしては焼け石に水だ。



 もしも奇跡が起きて、オーヴァンを撃破できたとしても、そこに至るまで多大な犠牲が出る。それでは、デスゲームを止めるという本来の目的を果たせなかった。
 オーヴァン、スケィス、フォルテ。例え彼らを討ち果たしても、その後に待っているのはデスゲームの存続だけ。
 彼らはデスゲームの元凶ではなく、自分達と同じプレイヤーの立場に立たされていることを忘れてはいけない。策も立てずに戦っても、こちらが無意味に消耗するだけ。
 最悪の場合、全ての希望は打ち砕かれて、残されたプレイヤー達はデスゲームを余儀なくケースすらも考えられる。
 そうなっては、最後に笑うのはモルガナ・モード・ゴンだけだ。


 オーヴァンの真なる目的とは、『碑文使い』達が宿す『碑文』を覚醒させて、AIDAを駆逐する為に必要な『再誕』というプログラムを発動させることにあるらしい。
 『碑文使い』達の感情を爆発させる為に、彼はあらゆる手段を取ったようだ。時には『碑文使い』のトラウマを刺激し、そして自らの手で『碑文使い』の関係者を未帰還者にしたらしい。
 クロウやレイン、そしてアスナの命を奪ったのも……『碑文使い』であるハセヲの怒りを誘発させて、そしてより高度の力を発揮させる目論見だろう。
 確かにその方法ならハセヲは憎しみを燃やし、AIDAを殲滅させる可能性は上がるだろう。


 だが、そんな方法を認められる者など、ここにいる訳がなかった。

「……じゃあ、クロウやアスナが殺されたのは……必要な犠牲だった、とでも言うつもりなのか!?」

 キリトは憤りを示している。 
 それは岸波白野も……いや、ジローやユイも同じだった。

「ふざけるな! ニコが死んだのが必要だったなんて……絶対におかしいだろ!」
「ママは、その為に……死んだ…………?」

 ジローは叫び、ユイは愕然としている。
 レオは事実を受け止めているように見えるが、表情を顰めている。

「真っ当な方法ではAIDAを駆逐できない……それだけAIDAは恐ろしいのですから。
 躊躇っていては、その間にAIDAの被害は拡大します。より多くを救う確実な手段があるのなら、小を犠牲にするのもやむを得ない……そんなことは、世界にはいくらでもあるでしょう。
 ですが、彼を認められないのは僕も同じです。例え『再誕』が起きて、全てのAIDAが駆逐されたとしても、僕達までもがそれに巻き込まれてしまう危険があります。
 最悪の場合、GM側がこの事態を想定していて、自分達が巻き込まれない為の手筈を整えていたら……デスゲームはまた開かれます。
 そうなっては、僕達の犠牲が無意味なものになる。そんなの、認めてはいけませんよ」

 『理想』の為に『人間』を捨てる。
 それは、かつてアーチャーが語った『正義の味方』という名の『悪』だった。
 誰かを救う為に、他の誰かを犠牲にしなければならない時はある。岸波白野は『月の聖杯戦争』で、何度も見てきた光景だ。
 そしてこのデスゲームでも、岸波白野はラニやありす達を選んだ結果、サチ/ヘレンはいなくなってしまった。


 だけど、そんな歪みを認めてはいけなかった。
 結果として犠牲が出たとしても、それを当たり前にするのは違う。
 救えない命もあれば、届かない思いだってある。けれど最後まで諦めず、不可能を可能にしなければならない。
 だからこそ、岸波白野は勝利を……そして未来を掴めたはずだ。

「……情報交換は一旦打ち切りましょう。
 まだ充分ではありませんが、白野さんもキリトさんも相当疲弊しています。
 なので、今は一時休息を取って気持ちを落ち付かさせて、その後に今後の方針を立て直しましょう。
 今のままでは、まともな活動は不可能ですから」

 レオの言葉に素直に頷けないが、誰も否定しない。
 彼の言う通りだった。今の自分達では、例えパラメーターが安定していたとしても、メンタルの問題でPKと戦うことなどできない。感情が高ぶっていては、情報交換の際にトラブルが起こる。
 みんなの無念を忘れてはいけないが、憎しみに支配されて自滅するのは避けるべきだ。
 オーヴァン、スケィス、フォルテ。戦うべき相手は、まだいるのだから。



     †



 …………オーヴァンという男によって、ママは殺されたと聞いてから、私の中で『何か』が駆け巡っていた。
 ヒースクリフや妖精王オベイロンに向けた敵意や警戒心とは違う。『何か』がある限り、思考ツールがまともに働くなってしまう。
 これは、かつてSAOで人間からサンプリングした『憤怒』や『憎悪』に近い。つまり、私はあのオーヴァンやフォルテのことを……憎んでいる。


 目の前が真っ暗になりそうだった。
 信じていた希望や、大切な思い出が壊されたようだった。
 だけど、ハクノさんがパパを守ってくれたから……パパが私を抱きしめてくれたから、私は立っていられた。
 ママやユウキさんだけでなく、パパまでもがいなくなったら……きっと私は絶望に沈んでいたかもしれない。


 フォルテは不意打ちでユウキさんを傷付けて、彼女の想いを踏み躙った。
 サチさんにヘレンさんを感染させて、パパを傷付けて……挙句の果てにレインさんやママの命を奪った。
 許せない。絶対に許せない。
 できることなら、この手でデータを消去したかった。
 でも、それはできない。私には力がないから。


 もしも碑文が使えれば、可能性はあるはずだった。
 コルベニクにはデータドレインが通用せず、また撃破されても再び誕生する性質……再誕を誇っている。
 普通に戦うならば、コルベニクを攻略する方法は皆無。けれど、このデスゲームにはペナルティエリアのように、プレイヤーのステータスをダウンさせるシステムが存在している。
 それを利用し、碑文の力を使えれば…………ママ達の仇を…………!


 ――ユイ? 大丈夫……?。


 ……そこまで考えて、ハクノさんから声がかかる。
 彼は不思議そうに私を見つめていたので、私は咄嗟に誤魔化した。

「い、いえ……大丈夫です! すみません、心配をさせてしまって……」

 そう言うけど、ハクノさんは私のことを心配している。
 隠し切れていない。ママ達のことを考えていると、気付いているはずだ。



 そうして、一つの疑問が頭に浮かぶ。
 私は一体、何を考えていたのか。ママ達の仇を取るなんて……パパやレインさんが叶わなかった相手を、私が倒せると考えていたのか。
 レオさんが言うように、今は休まないといけない。こんな状態では、パパ達に迷惑をかけてしまうはずだから…………



 けれど、オーヴァンやフォルテのことは絶対に許せない。
 どんな理由があろうとも、ママ達の命を奪っていい理由にはならない。
 そしてパパが悲しんだことを、認められる訳がない。
 パパとジローさんの悲しみ/ママやユウキさん達の無念を…………忘れてはいけなかった。




【B-3/日本エリア・月海原学園/一日目・夕方】


【チーム:対主催生徒会】
[役員]
会長 :レオ・B・ハーウェイ
副会長:
書記 :ユイ
会計 :蒼炎のカイト
庶務 :岸波白野
雑用係:ハセヲ(外出中)
雑用係:ジロー、サチ
[チームの目的・行動予定]
基本:バトルロワイアルの打破。
1:(レオの)理想の生徒会の結成。
2:ウイルスに対抗するためのプログラムの構築。
3:ハセヲとシノン、ついでにセグメントの捜索。
4:危険人物に警戒する。
[現状の課題]
0:休息の後、行動方針を決める。
1:ウイルスの対策
2:危険人物への対策
3:アリーナ及びプロテクトエリアの調査(ただし、これはどちらかに集中させる)
4:セグメントの捜索
[生徒会全体の備考]
※番匠屋淳ファイルの内容を確認して『The World(R:1)』で起こった出来事を把握しました。
※レオ特製生徒会室には主催者の監視を阻害するプログラムが張られていますが、効果のほどは不明です。
※セグメントの詳細を知りましたが、現状では女神アウラが復活する可能性は低いと考えています。
※PCボディにウイルスは仕掛けられておらず、メールによって送られてくる可能性が高いと考えています。
※エージェント・スミスはオーヴァンによって排除されたと考えています。
※キリトの役職はまだ決められていません。
※次の人物を、生徒会メンバー全員が危険人物であると判断しました。
白い巨人(スケィス)、オーヴァン、フォルテ。


【岸波白野@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP40%(+150)、データ欠損(小)、令呪二画、『腕輪の力』に対する本能的な恐怖/男性アバター
[装備]:五四式・黒星(8/8発)@ソードアート・オンライン、{男子学生服、赤の紋章}@Fate/EXTRA
[アイテム]:{女子学生服、桜の特製弁当、コフタカバーブ}@Fate/EXTRA、{ユウキの剣、死銃の刺剣}@ソードアート・オンライン、クソみたいな世界@.hack//、{誘惑スル薔薇ノ滴、途切レヌ螺旋ノ縁、DG-0(一丁のみ)、黄泉返りの薬×1、万能ソーダ、吊り男のタロット×3、剣士の封印×3、導きの羽×1、機関170式}@.hack//G.U.、図書室で借りた本 、noitnetni.cyl_1-2、エリアワード『虚無』、不明支給品0~5、基本支給品一式×4
[ポイント]:0ポイント/0kill(+2)
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
0:……このデスゲームは、根本から歪んでいる。
1:作戦を立て直すために、学園で休む。
2:ハセヲ及びシノン、セグメントの捜索に向かう。
3:主催者たちのアウラへの対策及び、ウイルスの発動を遅延させる“何か”を解明する。
4:榊の元へ辿り着く経路を捜索する。
5:エルディ・ルーの地下にあるプロテクトエリアを調査したい。ただし、実行は万全の準備をしてから。
6:ヒースクリフや、危険人物を警戒する。
7:カイトは信用するが、〈データドレイン〉は最大限警戒する。
[サーヴァント]:セイバー(ネロ・クラディウス)、キャスター(玉藻の前)
[ステータス(Sa)]:HP100%、MP75%、健康
[ステータス(Ca)]:HP100%、MP90%、健康
[備考]
※参戦時期はゲームエンディング直後。
※岸波白野の性別は、装備している学生服によって決定されます。
学生服はどちらか一方しか装備できず、また両方外すこともできません(装備制限は免除)。
※岸波白野の最大魔力時(増加分なし)でのサーヴァントの戦闘可能時間は、一騎だと10分、三騎だと3分程度です。
※アーチャーとの契約が一時解除されたことで、岸波白野の構成データが一部欠損しました。
※エージェント・スミスに上書きされかかった影響により、データの欠損が進行しました。
またその欠損個所にデータの一部が入り込み、修復不可能となっています(そのデータから浸食されることはありません)。


【キリト@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP85%、MP60%(+50)、疲労(極大)、深い絶望、ALOアバター
[装備]:{虚空ノ幻、虚空ノ影、蒸気式征闘衣}@.hack//G.U.、小悪魔のベルト@Fate/EXTRA
[アイテム]:折れた青薔薇の剣@ソードアート・オンライン、不明支給品0~1個(水系武器なし) 、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考・状況]
基本:みんなの為にも戦い、そしてデスゲームを止める。
1:ユイのことを……絶対に守る。
2:クロウのことを、残された人達に伝える。
[備考]
※参戦時期は、《アンダーワールド》で目覚める直前です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
SAOアバター>ソードスキル(無属性)及びユニークスキル《二刀流》が使用可能。
ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。




【ジロー@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP100%、深い悲しみと後悔/リアルアバター
[装備]:DG-0@.hack//G.U.(4/4、一丁のみ)
[アイテム]:基本支給品一式、ピースメーカー@アクセル・ワールド、非ニ染マル翼@.hack//G.U.、不明支給品0~2(本人確認済み)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
0:ニコ……………。
1:今はみんなと一緒に行動する。
2:ユイちゃんの事も、可能な限り守る。
3:『オレ』の言葉が気になる…………。
4:レンのことを忘れない。
[備考]
※主人公@パワプロクンポケット12です。
※「逃げるげるげる!」直前からの参加です。
※パカーディ恋人ルートです。
※使用アバターを、ゲーム内のものと現実世界のものとの二つに切り替えることができます。


【ユイ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP100%、MP30/70、『痛み』に対する恐怖、『死』の処理に対する葛藤/通常アバター、サチ/ヘレンに対する複雑な想い、オーヴァンやフォルテへの憎しみ
[装備]:空気撃ち/三の太刀@Fate/EXTRA、ダークリパルサー@ソードアート・オンライン
[アイテム]:セグメント3@.hack//、第二相の碑文@.hack//G.U.、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:パパとママ(キリトとアスナ)の元へ帰る。
0:…………今は自分の使命を果たす。
1:対主催生徒会の会計として、ハクノさん達に協力する。
2:『痛み』は怖いけど、逃げたくない。
3:また“握手”をしてみたい。
4:『死』の処理は……
5:ヒースクリフや、危険人物を警戒する。
6:シノンさんとはまた会いたい。
7:私にも、碑文は使えるだろうか……。
8:サチ/ヘレンさんの行いは許せないけど、憎まない。
9:オーヴァンやフォルテのことは絶対に許さない。
[備考]
※参戦時期は原作十巻以降。
※《ナビゲーション・ピクシー》のアバターになる場合、半径五メートル以内に他の参加者がいる必要があります。
※リーファを殺害したのはラニ=Ⅷであるかもしれないことを知りました。
※サチ/ヘレンとキリトの間に起こったことを知りましたが、それを憎むつもりはありません。



【蒼炎のカイト@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP80%、SP50%、PP100%
[装備]:{虚空ノ双牙、虚空ノ修羅鎧、虚空ノ凶眼}@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill(+1)
[思考]
基本:女神AURAの騎士として、セグメントを護り、女神AURAの元へ帰還する。
1:岸波白野に協力し、その指示に従う。
2:ユイ(アウラのセグメント)を護る。
3:エクステンド・スキルの事が気にかかる。
[備考]
※蒼炎のカイトは装備変更が出来ません。
※エージェント・スミスをデータドレインしたことにより、『救世主の力の欠片』を獲得しました。
それにより、何かしらの影響(機能拡張)が生じています。



【レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP15%、令呪:三画
[装備]:なし
[アイテム]:{桜の特製弁当、トリガーコード(アルファ、ベータ)}@Fate/EXTRA、コードキャスト[_search]、番匠屋淳ファイル(vol.1~Vol.4)@.hackG.U.、基本支給品一式
[ポイント]:30ポイント/0kill(+2) [思考・状況]
基本行動方針:会長としてバトルロワイアルを潰す。
1:魔力の回復に努めると同時に、ユイとともにウイルスへの対策プログラムを構築する。
2:モラトリアムの開始によって集まってくるであろうプレイヤーへの対策をする。
3:他の生徒会役員となり得る人材を探す。
4:当面は学園から離れるつもりはない。
5:状況に余裕ができ次第、ダンジョン攻略を再開する。
6:キリトさんには会計あたりが似合うかもしれない。
[サーヴァント]:セイバー(ガウェイン)
[ステータス]:HP110%(+50%)、MP75%、健康、じいや
[装備] 神龍帝の覇紋鎧@.hack//G.U.
[備考]
※参戦時期は決勝戦で敗北し、消滅した後からです。
※レオのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※レオの改竄により、【神龍帝の覇紋鎧】をガウェインが装備しています。
※岸波白野に関する記憶があやふやになっています。また、これはガウェインも同様です。
※ガウェインはサチ(ヘレン)の身に起きたことを知りました。

118:暗黒天国 投下順に読む 120:月蝕グランギニョル
118:暗黒天国 時系列順に読む 120:月蝕グランギニョル
117:critical phase 岸波白野 124;対主催生徒会活動日誌・19ページ目(出発編)
キリト 122:ナミダの想い~obsession~
114:対主催生徒会活動日誌・17ページ目(贖罪編) レオ・B・ハーウェイ
ユイ 124;対主催生徒会活動日誌・19ページ目(出発編)
蒼炎のカイト
ジロー


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最終更新:2017年01月04日 21:30