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主よ人の望みの喜びよ -Jesus bleibet meine Freude-(第8回)
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響子先輩の指導を受け、僕は着実にエレキギターのなんたるかを知っていった。
ひとまずライトハンド奏法(左手なのに)を習得し、あとはなんか、ヴォイストレーニングなんかもした。響子先輩曰く、
「世界最高峰のギターヴォーカリストになるのだー!」らしいが、僕は英語ができない。まったくできない。だって、世界のギタリストならまだカタコト英語で済むけど、ヴォーカリストとしてならそうは行かない。
響子先輩は、力強く天井に向けてアッパーを突き出した姿勢のまま視線を虚空に巡らせると、苦し紛れに答えた。
「NOVAに通ってスキルアップしよう」
はっきり言って、響子先輩はギタリストかベーシストを廃業しても、芸能人でやって行けると思った。部員の皆も、僕の意見に賛同していた。深く、染み入るように頷いていた。
それから一年間、ずっと響子先輩のもとでエレキギターと向かい合う、ただそれだけの毎日を送ってきた。一年生の頃にバンドのメンバーとして出させてもらい、拍手をもらったことは新たな経験になり、腕に磨きをかけようと心がけるきっかけになった。
ここまで僕を虜にしたものはなかったと思う。今までの僕は、どれもすぐにかなぐり捨て、見捨てていた。僕を熱くしてくれるものではなかった。家にあった古めのCDのみならず、今では自らの小遣いを切ってCDを買い、コピーしたり、そのギタリスト固有のテクを盗むことに腐心した。
一年という時間は、僕を変えるには十分だった。しかし、それは響子先輩を変えるのにも十分な時間であったことを、二年生の春――エイプリルフールに知った。
プライベートで駅前に凱旋していた時。ギターの弦を買うついでに、なんか響子先輩の荷物持ちをいつものように、それはもうありがたく承った時のことだ。
メインは僕のギターの弦を買いに行くこと……であったはずだが、明らかに響子先輩の買い物の時間の方が長かった。移動時間も、回った店舗数も、品定めにかかった時間も、買った品数も――全てにおいて響子先輩の用事が上回っていた。
気分もよかったのか、先輩は「ねえねえ、今日ってエイプリルフールでしょ? だからさ、あくまで嘘なんだけどさ」とか、裏返すまでもなく〈本音〉と取れることを明かしてくれた。
響子先輩はプロとしてのバンドを興したいらしい。それが本人たっての希望で、将来の夢なのだと、どこかしんみり語っていた。だが、やはりそこまでやってくれるメンバーが募らないらしい。それで夢でありながら、有望なビジョンが見えてこないのだろう。
「ま、私よりも上手いベーシストなんていくらでもいるしねー…………あ、あくまで嘘だからね」
とか、いらん一言を語尾に添える辺りはこの人らしかったが、全体的にいつものトーンではなく、やはり諦めの漂う言葉だった。
僕はそれを何気なく聞いている素振りを見せていたが、心中では、手伝ってもいいかもしれない、という感情が湧いてきた。この先輩なら信頼に足りるし、賛同できた。だから、つい口から声となって漏れ出てしまった。
「僕は……やってもいいですよ。先輩となら、一緒に」
ほんの刹那だけぽかんとしていたが、すぐにいつもの調子で笑っていた。年上をからかうものじゃないとか、色々とはぐらかされたりもした。僕は口元を微笑で吊り上げ、「勿論、嘘ですよ。エイプリルフールですからね、今日は」と上辺だけの否定で返した。響子先輩は少し苦々しく笑っていたが、恐らく先輩は気づいていたはずだ。僕のあの言葉が嘘であったことを。そして、本当の意気を僕の口から伝えようと、僕は決心していた。だが、それは一生できずじまいになってしまった。
当時の僕は考えもしなかった。響子先輩には絶対に実現不可能な現実を突きつけられ、夢物語として霧散してしまうとは。
ひとまずライトハンド奏法(左手なのに)を習得し、あとはなんか、ヴォイストレーニングなんかもした。響子先輩曰く、
「世界最高峰のギターヴォーカリストになるのだー!」らしいが、僕は英語ができない。まったくできない。だって、世界のギタリストならまだカタコト英語で済むけど、ヴォーカリストとしてならそうは行かない。
響子先輩は、力強く天井に向けてアッパーを突き出した姿勢のまま視線を虚空に巡らせると、苦し紛れに答えた。
「NOVAに通ってスキルアップしよう」
はっきり言って、響子先輩はギタリストかベーシストを廃業しても、芸能人でやって行けると思った。部員の皆も、僕の意見に賛同していた。深く、染み入るように頷いていた。
それから一年間、ずっと響子先輩のもとでエレキギターと向かい合う、ただそれだけの毎日を送ってきた。一年生の頃にバンドのメンバーとして出させてもらい、拍手をもらったことは新たな経験になり、腕に磨きをかけようと心がけるきっかけになった。
ここまで僕を虜にしたものはなかったと思う。今までの僕は、どれもすぐにかなぐり捨て、見捨てていた。僕を熱くしてくれるものではなかった。家にあった古めのCDのみならず、今では自らの小遣いを切ってCDを買い、コピーしたり、そのギタリスト固有のテクを盗むことに腐心した。
一年という時間は、僕を変えるには十分だった。しかし、それは響子先輩を変えるのにも十分な時間であったことを、二年生の春――エイプリルフールに知った。
プライベートで駅前に凱旋していた時。ギターの弦を買うついでに、なんか響子先輩の荷物持ちをいつものように、それはもうありがたく承った時のことだ。
メインは僕のギターの弦を買いに行くこと……であったはずだが、明らかに響子先輩の買い物の時間の方が長かった。移動時間も、回った店舗数も、品定めにかかった時間も、買った品数も――全てにおいて響子先輩の用事が上回っていた。
気分もよかったのか、先輩は「ねえねえ、今日ってエイプリルフールでしょ? だからさ、あくまで嘘なんだけどさ」とか、裏返すまでもなく〈本音〉と取れることを明かしてくれた。
響子先輩はプロとしてのバンドを興したいらしい。それが本人たっての希望で、将来の夢なのだと、どこかしんみり語っていた。だが、やはりそこまでやってくれるメンバーが募らないらしい。それで夢でありながら、有望なビジョンが見えてこないのだろう。
「ま、私よりも上手いベーシストなんていくらでもいるしねー…………あ、あくまで嘘だからね」
とか、いらん一言を語尾に添える辺りはこの人らしかったが、全体的にいつものトーンではなく、やはり諦めの漂う言葉だった。
僕はそれを何気なく聞いている素振りを見せていたが、心中では、手伝ってもいいかもしれない、という感情が湧いてきた。この先輩なら信頼に足りるし、賛同できた。だから、つい口から声となって漏れ出てしまった。
「僕は……やってもいいですよ。先輩となら、一緒に」
ほんの刹那だけぽかんとしていたが、すぐにいつもの調子で笑っていた。年上をからかうものじゃないとか、色々とはぐらかされたりもした。僕は口元を微笑で吊り上げ、「勿論、嘘ですよ。エイプリルフールですからね、今日は」と上辺だけの否定で返した。響子先輩は少し苦々しく笑っていたが、恐らく先輩は気づいていたはずだ。僕のあの言葉が嘘であったことを。そして、本当の意気を僕の口から伝えようと、僕は決心していた。だが、それは一生できずじまいになってしまった。
当時の僕は考えもしなかった。響子先輩には絶対に実現不可能な現実を突きつけられ、夢物語として霧散してしまうとは。