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第二話 砂漠の中で その一
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匿名ユーザー
多分、昔は世界にただ一つだけの名前を持っていたんだろうと思う。
でもそれももう昔の話しなわけで、目下ファシネイターのアイカメラを通してみる景色はどこからどう見たってただの廃墟でしかない。
そこらじゅうに転がる折れた信号機やバラバラのコンクリート、砕け散ったガラスはいろいろなところにばら撒かれていて、キラキラと日に照らされた小川のように輝いていた。
ただ、北を向いても南を向いても東も西も、どこも同じような景色で、昔は個性を持っていたであろう町並みも、今は無個性の海でしかない。
諸行無常、とはこのことなんだろうと思う。
暗いコックピット、計器類のわずかな光が闇を照らす中、視線が向けられたモニターの中心には一機の青いACが立っている。
AC、アーマードコア、言わずもがなの最強兵器。
そのプレッシャーは、同じくACに乗るジナイーダの心にも負担をかけた。
ジナイーダが操るACは、銀色で目の前の青いヤツほど無骨なカッコウはしていなくて、スマートなその体はまるでひとつの美術品だった。兵器が美しいのはきっと罪である。
『敵ACを確認、オラクルです』
無線の向こう側から相変わらずの声。待ち伏せされていて、しかもこちらは今の今まで相手には気付いていなかった。
何故撃って来ないのか、何故そのブレードで切りかかってこないのか。自信が追う者を目の前にして何もしようとしないでいる目の前の機体には恐怖を感じる。
普通は感じる。常軌を逸した光景には人は恐怖するように出来ている。
なのに、オペレーターの声は相変わらず、その様子がジナイーダには信じがたいものだった。
「何故今まで気付かなかった」
「すい――ん、通信妨害を――」
声がかすれて、ノイズも聞こえる。でも、声の色は変わらない。よほど肝が据わっているのか、それとも別の何かがあるのか。
レーダーはまともに機能してはくれない。ジナイーダはその目で敵の姿を認めるまでは敵の存在を知らずにいた。
敵である。エヴァンジェのオラクルは敵である。アライアンスに所属する全てはアライアンスに所属しない全てにとって敵になっている。
一ヶ月前まで、アライアンスは少なくともジナイーダにとってはお得意様のひとつだった。
与えられた依頼をこなすことによって日々の糧を得る渡り鳥にとって、数も少なくなった依頼主は生きていくうえで大切なものとして上から数えて三番以内には入る。
しかし、状況は一ヶ月前にバーテックスが壊滅したことで激変した。
その日、存在するレイヴンの殆どが天に召され、残ったレイヴンは不敗記録を更新中のノブレス=オブリージュ、レイヴン殺しのリムファイヤー、ジナイーダ、アライアンスの犬のジャウザー、戦術部隊隊長のエヴァンジェだけになった。
アライアンスはバーテックスが壊滅した次の日に、アライアンスに所属していないレイヴンの賞金を十倍に引き上げた。
同時にアライアンス本部、実行部隊共々レイヴンを付け狙うようになった。
それから一ヶ月ほど。
姿を隠し、追っ手を殺し、今まで逃げ続けてきたけども、今日、とうとう大本命にぶつかってしまった。
リムファイヤーもノブレスもまだ死んだという様な噂は聞いていない。
もしかしたら、自分が地獄か天国への一番乗りかもしれない。
それでもまだ決まったわけではないのだ。自分は選ぶことが出来る限り生き続けるほうを選ぶと決めたのだ。
「今出来る最大限の抵抗をする」
それだけ言って、通信の音量を最低まで下げる。
音量を下げても回線自体は切らないのは、ジナイーダなりの連絡の途絶防止だ。
青いACは微動だにしない、元ビルに挟まれて仁王立ち。銅像のように固まっている風にも見える。後ろにしか逃げ場はない様で、今ならば確実に仕留められるように思える。
額の汗を拭って、ジナイーダは苦い表情のままでおもむろにトリガーを引き絞る。
右手でFCSのスイッチをオフにしてレバーを勢いよく押し倒して、ファシネイターは左にぶら下げたマシンガンを通路いっぱいに横一線。
マズルフラッシュが死んだガレキに一瞬限りの命を与えて、耳を劈く轟音が響き渡る。
弾丸は間違いなく青い中量級ACを目指して飛んだが、オラクルは予備動作もなしに垂直にジャンプして見せた。
天高く飛んで、光を背負って高度を保つ。地面と水平に飛ぶ赤い雨は全て何もない空を切る。
「重武装のクセして!」
ジナイーダは太陽を背にした黒い影を見上げて、FCSのスイッチを入れる。
体全体で上を向くように、全部の注意を上に向けてモニターにロックオンサイトが現れるのを待った。
たった数瞬でそれは現れて、同時に黒い影に緑のマーカーが重なったが、しかし
影がわずかに動く。注意して睨みつけても、太陽が邪魔で詳しい事はわからない。ジナイーダには影から突き出た出っ張りが引っ込んだようにしか見えない。
ジナイーダから見たら左、オラクルにしたら右。
見あげる影の中心に華やかな赤が咲いて、光がファシネイターに迫って、ジナイーダは自分の判断の鈍さを呪って、
「っ!」
手持ち無沙汰の右足で思いっきりペダルを踏む。確かな手応えがあったが、ブースターで後退しても多分当たる。
それでファシネイターは腰を捻って被弾面の形を変える。
データどおりならばオラクルの右腕部武装はリニアガン。リニア機構を使い、ホローポイント弾に対応し、貫くことより衝撃を与える事に重点を置いた武器。
場合によっちゃあライフルなんかよりよっぽど怖い。
降りかかる炎は、位置をずらしていくファシネイターの右肩をかすめてから、瓦礫の山に落っこちて、ガレキに変な穴を開けて砕いた。
足場を崩されたファシネイターはバランスが保てなくなって、姿勢を崩しながらガレキに足を引きずられる。
それでも上に向けたマシンガンのトリガーを必死に引いたが、ろくに狙いもしない曳航弾は目標がいたはずの場所を素通りして天国目指して飛んでった。
ジナイーダはシートに叩きつけられて、その身を起こすときには青いACはもう地に立っている。
オラクルは直立したままでキャノンを担いでいる。構えている。
バランスを崩さないような姿勢もしてはいないが、その銃口はファシネイターを狙っている。
以前もそんな手合いと戦ったことがあって、そのことを少しだけ思い出した。
「構えるのが当然だが……」
奥歯をかみ締めてから言って、もう一度トリガーを引こうとした時には、青いACの担いだリニアカノンがもう火を吹いていて、ファシネイターの頭に直撃したところだった。
通常の被弾とは全く違う種類の衝撃がコックピットを襲って、レーダーが完全に死んでしまう。モニターもサブカメラに切り替わって、解像度がかなり下がった。
割れた頭部も灰色の死んだガレキに混じって、もう他のガレキとの区別はつかなくなってしまう。
オラクルは以前ジナイーダが見た構えなしのACとは違って、諸に衝撃を受けたようで、軽く吹き飛んでいるのをジナイーダはノイズ交じりの見づらい画面で確認した。
青いACは浮いた体を落ち着けようとブースターを噴射したが、それはかなわない。仰向けにぶっ倒れた。
それでも左肘を地に突いて、カメラと右手のリニアガンが熱い視線を衝撃によって行動不能に陥っているファシネイターに注いでいる。
ファシネイターはその視線に答える術を忘れたように棒立ちになっていて、ジナイーダは強く頭を打って軽い混乱状態。
オラクルは寝転んだままで落ち着いてファシネイターを狙う。
ジナイーダが眠りから覚めたころにはもう次の弾丸がファシネイターの腰部にめり込んでいて、またもや機体は制御不能に陥る。
次々と弾丸と衝撃がファシネイターとジナイーダを襲って、コア以外の場所ばかりがボコボコのクレーターだらけになった。
何も出来なくなったジナイーダは、赤いランプが点灯する中であっさりあきらめてしまう。
……だって、何も出来やしないのだ。
目の前に方法が見当たらないだけで、あっさりと生きることに見切りをつけて死ぬ覚悟を決めたときに、ファシネイターの足が折れて、手まで失った銀色のACはダルマのような姿を晴天の元にさらした。
武器もないくせにロックオンサイトは未練たらたらに画面で管を巻いて、ジナイーダにはFCSが諦めた自分を叱咤しているように見える。
モニターは灰色の空を映すばかりでジナイーダは汚いモニターできれいな青色の空を見上げる。ゴミひとつない青空がなぜかゴミだらけに見えて目をこすった。
『こんなものか、ドミナントの候補だと聞いていたが』
もうジャミングはされていないみたいで、通信には小さいけど澄んだ声をリアルタイムでコックピットに届けた。
遠くで鋼の鳴る音が聞こえて、ジナイーダはきっとACが歩く音だなと思う。なぜかその音がひどく懐かしく思えた。
勝者が敗者を見下ろして、敗者に降りかかる太陽の光を遮った。
もう殺されるのだな、と思う。逃げようがないのだから仕方がない、と思う。自分がハナから諦めている事にもろくに気付かずに、無感動に青い人影を見つめた。
『仕事を頼みたい』
ここで耳をほじくった。
ゴミは溜まっちゃいない。いくらほじくっても何も出てこない。
ぽかんと口を開けて、何を言ってるんだこいつという顔をした。
通信機の底のほうで悲痛な叫びが聞こえる。小さい音で、心ここにあらずのジナイーダには理解が出来なかった。
女の声、
「話が違う!」