鋼の塊が、鎮座していた。
島の中央、とうの昔に人の絶えた、しかして過去に凄惨と苛烈の双方を極めた戦争が有ったと、訪れた誰もが悟る場所に、巨大な鋼塊が存在している。
辺り一面に、破壊され、とっくの昔に動く事が出来なくなり、辛うじてかつての姿を留める無数の兵器達…重砲、戦車、装甲車、重機関銃、対空砲…その他諸々が凍てついた大気に身を晒していた。
その中にあって、その鋼の塊は、周囲の残骸達を圧倒する“圧”を発している。
まるで鋼の鱗を持つ巨竜が踞っているかの様な、存在するだけで、大気を歪め地軸を傾ける、そんな重い圧を周囲に発していた。
無数に転がる、かつて兵器だった残骸達の全てが、往時の姿と力を取り戻しても、鎮座する鋼の塊の存在は、彼等を圧倒するだろう。
鋼塊が動き出せば、動くまでも無く、僅かでも触れれば、それだけで全身の肉が潰れて骨が砕けて死ぬ。
見るもの全てにそう思わせるに足る鋼の威容は、この骸しか無い土地に在って、異常を極めていると断言出来るだろう。
人も兵器も、かつてここで戦ったもの全てが死に絶え、永い時間が経ったこの場所で、この様な“圧”、言うならば生命力を放つという事が有り得ないのだ。
「久しく求めていたモノが、向こうからやって来るとはなぁ……」
死の静寂に満ちた大気が揺らぐ。
決して動かない筈の、死の戦場跡に動きが生じる。
鋼の塊が、周囲に放つ“圧”をそのままに、動く。
鋼塊と見えたものは、人間。
巨躯と肉体の質感の為に、鋼塊と見えていただけに過ぎない。
鋼の名は、マハティール・ナジュムラフ 。
全球凍結後の大戦に於いて、前にも立ち塞がった者も、後ろに従った者も、悉くを殺し尽くし、遂には祖国も部下も消え果てて、ただ一人凍結した大地に佇立した男。
全てを滅ぼし尽くした所業に相応しく、全球凍結以前から、厳しく生命を拒み続けた砂漠に居を定めて、その地に君臨する『魔王』。
神を信じず、只々己のみを信じ、この神無き世にあって、己が神足らんと不滅を欲する禍者である。
だが、砂漠の魔王とても、今現在は救世主を産む為の生贄の群れの一人。
過去にマハティールが、不滅を獲得する研究の為に殺してきた者達と、立場を等しくしているのだった。
「救世に興味は無いが、救世主には興味も用も有る」
獰猛な戦意の籠った声。魔王がこの戦いに臨み、勝つ事を決めていると、万人に知らしめる声。
風が吹いた。雲に覆われた空が哭き喚いているかの様に、狂風が吹き荒ぶ。
唐突に吹き出した風は、マハティールに怯えた世界の恐怖の叫びの様に見えた。
無理もない。マハティール・ナジュムラフ とは、十二の崩壊に迫る程の血を流し、屍を積み上げた魔王の名なのだから。
意志のこもった言葉一つで世界を狂乱させる。その程度ならば造作も無い。
「十二崩壊に、空の勇者に、汚濁を撒くガキ。何奴も此奴も大した奴等だが、殺せるし死ぬ連中だ。
殺す数は精々四十人程度。それだけで救世主が頂けるんなら安い安い」
神の定めた滅びの先兵たる十二崩壊。
人類の希望“だった“空の勇者。
通過した土地全てを完全に死滅させる汚濁の少女。
これらを敵に回して殺し合う。
マトモな精神の者なら、誰で在っても気を重くする名の数々を、マハティールは一笑の元に切り捨てた。
大言壮語、夜郎自大、増上慢。如何なる言葉を尽くしても、到底足りぬ身の程知らず。
だが、マハティールは決して敵の力も己の力量も、把握できぬ阿呆では無い。
総身に満ち満ちている傲岸なまでの自信は、冷徹な理知に支えられているものだ。
驕り、高ぶり、油断無く。勝つのは俺だと宣言する。
不死身の肉体と、十二の崩壊の中で最大の巨躯を誇る八位でさえもが、遠く及ばぬ質量を以って、全ての敵を殺し尽くすと宣言する。
更に激しさを増す風の中で、魔王の全身に戦意が漲っていく。
「ORANGEのガキだけは、殺すのが勿体ねぇが…。アイツはレアだ。使い用は幾らでもある。
……蘇らせられねぇものか」
マハティールと同じく、中東に存在する組織を率いる少女もまた、殺し合いに招聘されている。
己の脳に、人の脳内情報を蓄積するレンブラングリード・アレフ=イシュタルは、己が肉体に質量を蓄えるマハティールと相似にして対極。
組織を率いて己に抗するという点を抜きにしても、何れは捕らえて不滅の探求の実験に使おうと思っていた相手だ。
今ここで相見え、殺すことは何でも無いが、希少な神禍が消え去るのは勿体無い。
ソピアの説明からすれば、この殺し合いで死んだ者は、ルクシエルでも蘇生出来ないらしい。
「殺す前に“使う”しかねぇな」
魔王は即断を下す。レンブラングリード・アレフ=イシュタルを、己が探求の為に使い潰しながら殺害すると。
「まあ会う前に、他の奴に殺されてるかも知れねえが……あ?」
不意に風が止んだ。
何の前触れも無く、不意に停止した様は、まるで何かに怯えたかの様だった。
「何だ…?」
大気が重さを増している。
重さを増しながら、激しく神童している様な感覚。
何かが近づいて来る。
砂漠の魔王マハティールをして、重圧を感じさせる怪物が。
其処に在るだけで、大気を震わせる威風を放つ何者かが。
小さな音が連続して響く。
近づきつつある何者かに応じ、マハティールの身体が膨れ上がっていく。
マハティールの神禍、不滅なりし地獄の王(マリク・ジャハンナム)。
無機物を細胞レベルにまで圧縮して取り込み、任意で元のサイズへと戻す神禍。
神禍を用いたマハティールの戦闘形態は、金属の甲殻で全身を覆った異形の姿への変身である。
今や、3mを超える大きさとなったマハティールの身体を覆う、光沢を帯びた黒い甲殻は、戦車の装甲を用いたもの。
歩兵の────要は個人の携行出来る火力では、対戦車兵器以上の火力でも持ち出さねば、マハティールを殺す事は叶わない。
第三次世界大戦に於いて、マハティールを無敵の魔王足らしめた、恐るべき神の禍。
救世主を生み出す儀式に於いても、その脅威は変わらず健在。
鋼の魔王の前に立った者は、己が何に挑んだかを知った時、既に生命活動を停止している事だろう。
更に膨れ上がった“圧”は、もはや物理的な現象すら生じ、マハティールの周囲の石が転がって行く。まるで石塊ですらが、魔王の威に怯えて逃げ出すかの様だった。
マハティールの右腕が変わる。
巨大な鋼の巨人の腕が、長大な砲身へと。
125mm滑腔砲。イランの主力戦車、ゾルファガールの主砲である。
重く低い砲声は、鼓膜では無く腹へと響く轟きだった。
音を超える速度で放たれた砲弾がは、人体程度には過剰極まるオーバーキル。
当たるどころか、至近を掠めただけで絶命に至る。
マハティールの耳に、最初に聞こえたのは、音。
硬い物が、硬い物を砕く音。
僅かに遅れて聞こえた甲高い音は、飛来した物体に引き裂かれた大気の絶叫だろう。
「クハッ」
マハティールが笑声を漏らす。
マハティールが放った砲弾を撃砕して飛来した“何か”が、マハティールの鋼の身体を抉り砕いた事を、マハティールだけが知っていた。
否、もう一人。
マハティールへと近づいて来る、マハティールが攻撃し、マハティールの身体を砕いた者が居る。
「金属に変化する神禍かと思ったが、どうやら異なる様だ。砲撃など久方振りの事でな、つい力が篭ってしまった。許せよ」
耳に残る美声は、女のもの。
だからといって、マハティールは僅かも油断はし無い。
神禍という、誰しもが人を傷つけ殺す力を有する現在の地球に於いて、性別や年齢など、戦力を量る物差しになど成りはしない。
そんなものに惑わされた愚者から死んでいく。
それがこの凍てついた星の常識である。
「いきなり、噛み応えの有る奴が来たもんだ」
マハティールは、近づいてきたものを、人語を話しているにも関わらず、最初は人間と認識できなかった。
マハティールが視たものは、巨大な獅子。
真夏の陽光を思わせる、輝く黄金の毛並みを持つ、巨象ですら─────恐竜であっても単独で屠り喰らう、黄金の獅子。
咆哮一つで、万の軍勢を薙ぎ倒し、爪の一振りは戦車の正面装甲ですら引き裂き穿つ。力の化身。
現に近づいて来るだけで、全身の骨が軋む程の重圧を、砂漠の魔王は感じている。
意識を向けていないままに、近づいて来るだけで、これだ。
意識を向けられてしまったが最後、只人ならばそれだけで心の臓が破裂してしまうだろう。
マハティールの口元が獰猛に吊り上がる。
これから起きる事が、愉しみで仕方ないという風に。
「気にすんなって、戦場じゃ良くある事さ」
マハティールが笑う。魔王が笑う。
常人ならば、思考も呼吸も脈拍も止まる重圧に晒されて、傲然と笑い飛ばす。
「どの道、やる気なんだろう?なら、これくらいやる方が、殺し甲斐が有るってもんさ」
身体を貫いて背後の地面に刺さったモノを引き抜いた。
黄金に輝く三叉槍を一振り。軽く降ったとしか見えないのに、どれ程の力が篭っていたのか。轟を伴って暴風が吹いた。
「良い槍だが、それだけでしか無ぇ。こんな物で俺の身体を貫くとは…。ひょっとして十二崩壊か?」
「第二崩壊。そう呼ばれている」
「ハハッ!ハリマオ!!まさかお目に掛かれるとはな」
マハティールの前に立つは、全身から飢えた虎でも避けそうな獰猛な戦意を放つ、豪奢な金襴の衣を纏い、首には巨大なライオンの牙で作られたネックレスを下げた、長く深い黒髪の美女。
漲る精気と、滾る闘志とが、琥珀色の両瞳から、猛々しい眼光となって放たれている。
────射竦められたものが、忽ちの内に砕け散る。
”砂漠の魔王”マハティール・ナジュムラフ ともあろう者が、そんな事を思ってしまう程の眼差し。
「返すぜ、素手じゃキツイだろう?」
手首の僅かな動きで、槍を投げ返す。
真正の殺意が籠められていた。そう思わせる勢いと速度で飛んだ槍は、あっさりと女の手中に収まった。
十二崩壊と呼ばれる存在が、折角手放した武器を返す。愚行そのものの行為だが、為した者はマハティール・ナジュムラフ 。砂漠の魔王。
ならば武器を返すという行為は、愚行では無く傲岸とも言える自負の現れ。
「さあ、やろうぜ。殺し合いだ」
鋼の巨躯が、更に巨(おお)きくなっていく。
同時に膨れ上がり、周囲に放たれる、暴力的なまでの"圧”。
只人ならば押し潰されそうな魔王の威を浴びて、女は獰悪な笑みを浮かべた。
「応とも」
槍を引っ提げたまま、“第二崩壊”ライラ・スリ・マハラニ は、無造作にマハティールへと歩み寄る。
二本の脚を交互に動かして歩くという、人類普遍の行為を行いながら、動きそのものの質と、何より動きに込められた力とが、この女が常人とは隔絶した存在だと知らしめる。
歩く姿に一切の隙が無く。一歩を踏むたびに、巨山が動くかの様な錯覚を覚えさせる力感。
これこそが十二崩壊。
人類社会を終わらせた、十と二個の怪物達。
両者の距離が接近するに連れて、世界が軋み、歪んで行く。
再度吹き荒び出した狂風は、世界が上げる恐慌の叫びの様だった。
やめろ。やめろ。やめてくれ。お前達の相剋に、俺(世界)はとても耐えられない。
そんな絶叫を世界そのものが発している。
耳元で発砲しても、聞こえぬかも知れない風の轟の中で、二つの声は明瞭に聞こえた。
「行くぜ」
「来い」
初手は魔王。
黒鋼で出来た巨大な拳を、金獅子の顔目掛けて撃ち込む。
凄まじい剛力を込められた巨大質量は、積み重ねた訓練と、作った骸の数に裏打ちされた経験により、練達の技となって繰り出された。
剛速で奔る巨拳は、大気を震わせ押し出しながら、真っ直ぐ金獅子の頭部へと迫り、前触れ無く軌道上に出現した黄金の三叉槍と激突した。
黄金と黒鋼とが接触した瞬間、雷が百纏めて落ちたかの様な轟音が生じ、次いで起きたのは比喩でも何でも無く爆発だった。
凄まじい紅炎を伴う爆発を至近で受けて、金獅子の身体が後方へと飛んで行く。
鋼拳と黄金槍交わった瞬間、拳に仕込まれた指向性爆薬が起爆され、金獅子に一撃を見舞ったのだ。
秒を数えるよりも速く、芥子粒よりも小さくなった金獅子へと、魔王は更なる追撃を開始する。
左右の肩と肘と膝、合わせて計六門の重砲が出現し、黒々とした砲口を金獅子へと向ける。
個人相手に使うとなれば、過剰という言葉すら及ばない。この様な挙を行う者は、生涯に渡って怯懦の謗りを免れ得ないが、相手が十二崩壊の一人と有れば話は別。
空の勇者、全人類、果ては同輩たる十二崩壊ですらが、妥当な行為と認めるだろう。
六門の重砲から放たれた六発の榴弾は、狙い過たずに金獅子へと吸い込まれ────黄金の光が閃いた。
マハティールの左腕が、巨大な鋼塊へと変じ、マハティールの巨躯を覆い隠す。
直後に左腕に感じる六つの鈍い衝撃。
金獅子が、槍の一振りで砲弾を送り返したのだと、マハティールは知っている。
右腕を巨大な剣へと変貌させ、思い切り右から左へと薙ぎ払う。
剣身は空を切ったが、マハティールは確かに金獅子の存在を感じていた。
両膝の位置でクレイモア地雷を起爆する。
千を超えるのベアリング弾が、金獅子を捉える事なく、虚空の彼方へと飛んで行く。
「一つ訂正しておく」
背後から聞こえた声に即応し、魔王の背面から飛び出す無数の銃剣、軍用ナイフ、スコップに手斧。
それら全てが、同時としか感知できない程の時間で砕かれたのを、知覚したのと殆ど同じくして。
「ハリマオは虎だ」
背から腹へと抜ける黄金の輝き。
戦車の装甲と同じ強度の身体を、金獅子の槍は薄紙の如くに貫いていた。
狙った場所は腰。
腰椎を破壊して、魔王の動きを止めるべく放たれた、精妙にして冷酷無比な刺撃。
「そいつは済まなかったな」
槍の切先が、鋼の皮膚を貫いたと同時に動き、マハティールは辛うじて槍の軌道から腰椎と脊椎を外す事に成功。
行動の自由を守り抜いたマハティールは、金獅子が槍を引き抜くよりも早く、背面からクレイモア地雷を射出。同時起爆された十基のクレイモア地雷から7000の鉄球が金獅子へと飛翔する。
殺到する鉄球は、全て金獅子の身体を捉え、濛々たる煙の中に包み込んだ。
「随分と頑丈なこった」
右腕の肘から先を、黒光りする鋼の巨剣と変え。左腕の肘から先を、銃剣付きのグレネードランチャーへ変形させ。振り返ったマハティールは笑う。
マハティールから3mの位置に、金獅子は傲然と佇立していた。
鉄球の猛打により豪奢な衣服はボロ切れと化し、機能美と女性美の完璧な結合と断言できる裸体を、惜し気も無くマハティールの視線に晒しているが、羞恥も怒りも微塵も無い。
「普通なら、服と一緒にボロ切れになってる筈なんだがなぁ」
数が多いだけの鉄球で、十二崩壊を殺せるとは思ってはいなかったが、こうまで無傷だと流石に不安が過ぎる。
斃せるのか?下せるのか?殺せるのか?
脳裏を掠めた不安を、鋼の魔王は笑傲して、剣と変じた右腕を振るい抜く。
相撃つ鋼の凄絶な響きが、戦場跡の大気を震わせ、両者の身体を通じて地面へと伝播したエネルギーが、岩盤を砕き宙へと巻き上げる。
「可愛げの無い雌(オンナ)だ、折角抱いてやろうと思ったのによ」
金獅子の身体を、左の首筋から右腰へと断割する巨剣は、唐突に軌道上に出現した黄金の三叉槍により停止させられていた。
「……好きにすれば良い」
「あ?良いのかよ」
「弱肉強食が我が理にして法。犯すなり喰らうなり好きにすれば良い」
鋼の魔王と金獅子。両者の武器の接触する箇所が、加えられる力の異常な強さにより、灼熱の溶岩を思わせる色を帯びていく。
凍結した世界では決して感じ取れぬ焦熱を、槍と剣の接合点は発していた。
「私に勝てればな」
金獅子の内側で高まる力。両者の均衡は刹那にも満たぬ間に崩壊した。
巨大な波濤を思わせる膨大な力が生じ、魔王の巨剣を跳ね上げる。
無様に隙を晒したマハティールへと、金獅子の槍が螺旋を描いて奔る。狙いは心臓。
薄紙の様にマハティールの鋼の身体を貫く黄金の槍は、回転運動を加えられて、突き穿つ威力を乗算的に増している。
直撃すれば、刺し貫かれるだけで無く、山を穿つトンネル掘削用削岩機の如くに回転する三叉槍に身体を抉り削られ、マハティールの身体に大穴を開ける一撃。
鋼が引き裂かれる壮絶な響きと同じくして、地軸を揺らがす爆発が生じた。
金獅子の一撃を避け得ないと知ったマハティールが、取り込んでいた1トン爆弾を起爆させ、自分諸共金獅子にカウンターを浴びせたのだ。
「化け物が」
マハティールがこの様な事を言うとは、生者と死者とを問わず、マハティールを知る者ならば驚愕する事だろう。
だが、相手は十二崩壊。人類文明を終焉に導いた条理を超越した存在。
魔王から化け物と呼ばれる事に、何らの違和も生じない。
鋼の軋む音とともに、傷を修復するマハティールの視界を、黄金の閃光が横切った。
立ち込めていた爆煙が綺麗に消し飛び、無傷の金獅子が現れる。
硬い音が、マハティールの腹の辺りで聞こえた。槍の一振りで周囲を覆う黒煙を吹き飛ばし、マハティールの腹へと真空刃を撃ち込んだとは、当の金獅子とマハティールにしか分からない。
全裸で立つ金獅子は、一糸纏わぬ姿なだけに、無傷が却って強調されて、凄まじい圧迫感を、マハティールへと与えてくる。
久方振りに意識する“死”を、マハティールは笑って受け入れた。
「面白い。殺し甲斐がある」
マハティールの姿が更に変わる。鋼の魔王が、取り込んだ戦力全てを、一人の女へと開放する。
受けて立つは、十二崩壊が第二位、“金獅子”ライラ・スリ・マハラニ。
◯◯◯
閃光が夜闇を裂き、轟音が大地を震わせる。
銃撃、砲撃、爆撃、斬撃、刺撃、射撃、突撃。
砲火と銃火が絶えず閃光で周囲を照らし、ばら撒かれる爆弾と爆薬が、周囲の地形を変えていく。
内燃機関を唸らせ走る装甲車が戦場を駆け、放置された残骸に激突して爆発炎上する。
其処に有りしは戦争。文明が崩壊し、とうに戦火の絶えた星で、単独で戦争を再現するは、“砂漠の魔王”マハティール。
乱れ撃つ砲爆撃が、地面に次々と大穴を穿ち、転がる残骸を粉砕する。
個人に対して用いられるには、明らかに過剰という域を超え、異常の域へと到達している。
これ程の兵器を用いれば、都市とて瓦礫となるだろう。
ならば、未だに、マハティールが攻撃を止めないのは何故なのか?
答えは単純。殲滅対象たる金獅子が未だに健在であるからだ。
飛来する砲弾の軌道を槍先で逸らし、殺到する無数の小銃弾を槍を振るって剛風を起こして払い落とし、投げつけられる爆弾は地を駆けて直撃を回避する。
槍を振るう動き、体捌き、歩法、目付き、重心移動、それら全てが武技の極限。
個人が発揮する極限域の絶技を呼吸をするかの様に行い続け、マハティールの砲火を悉く防ぎ躱し凌いで行く。
だが、それだけでは、この異常の説明がつかない。
乱れ飛ぶ破片や瓦礫に爆風、更には至近を掠める砲弾による衝撃波。
マハティールの放つ攻撃は、どれ一つとっても人体を破壊するには充分過ぎる。
何故、金獅子の身体が砕けていないのか。
薄布一つ纏う事無く晒された裸身の何処にも、微小な傷すら存在しないのか。
『第二崩壊・獣狩猟法(ラジャ・シンガ・ペルブルアン)』
十二崩壊第二位。“金獅子”ライラ・スリ・マハラニ の有する神禍。
一定範囲内を猟場として、狩られた者の生命力と闘争本能を喰らい、自身を強化する神禍。
猟場の王は、猟場で狩られる全てを己が獲物とし、その生命を喰らい尽くす。
今は猟場を持たぬ身ではあるが、かつて君臨した猟場で喰らった生命は、今なお金獅子の中で渦巻いている。
マレーシア全土を支配した金獅子の力は、一国の軍隊にも匹敵する。
それは単独で戦争を成し得る鋼の魔王とて、簡単に打倒し得るものではない。
これこそが、異常なまでの強度の原因。
単独の生命としては第六位に劣るものの、喰らって喰らって強大と成った金獅子は、魔王や姫をして瞠目せしむる脅威となる。
一人で一国に匹敵する金獅子に慄くべきか。それとも十二崩壊第二位相手に戦争を成立させる鋼の魔王を恐怖すべきか。
戦況は五分と五分。
鋼の魔王の猛攻は、金獅子を傷つけられず。
金獅子の絶技は、鋼の魔王の身体を砕くに至らない。
だが、此処に一つの十代な要素が有る。
この戦闘の結果を定める要素が。
「認めよう。貴様は我等(十二崩壊)にも比肩し得ると」
砲声と爆音止まぬ戦場に、玲瓏と響く女の美声。
此処に於いて金獅子は、鋼の魔王が十二の崩壊に匹敵し得ると認めたのだ。
「本気で殺す。全力で喰らうに足る相手と認めよう」
今まで全力を出していなかった金獅子が、此処に至り遂に前力を解き放つ。
金獅子の総身から、黄金の闘気が放たれた。
分厚い雲に覆われ、星も月も光を地上に届かせる事能わず。辛うじて太陽のみが薄光りを届かせるこの世界で、夜闇を照らして眩く激しく輝く様は、正しく陽光と呼ぶに相応しい。
これこそが、金獅子の名の由来。
鋼すら溶かす熱量と、戦場跡のみならず、周辺のエリアすらも照らす光。
太陽そのものの黄金光は、魔王の動きはおろか、思考すらも止めるに充分だった。
「洗脳するだけの者では無く、貴様が第七であったならば、とうの昔に喰らいに行ったのにな」
動きを止めて隙を晒した鋼の魔王へと、奔る黄金の極大光。
凡そ森羅万象悉くを、貫き穿ち砕き散らす破滅の輝きは、真っ直ぐに魔王へと伸び。
魔王の眼が、凄絶な殺意を宿して金獅子へと向けられた。
「初戦でコイツを使うとは思わなかったよ。金獅子」
金獅子の極光に比する閃光が奔り、次いで爆音と共に捲れ上がった岩盤が、何処までも広がり、戦場跡を呑み込んだ。
◯◯◯
「燃料気化爆弾まで使った甲斐が有ったのか無かったのか」
戦場跡に聳え立つ巨大な人影。
所々が欠けた姿は、永い永い時を経た鋼鉄製の神像とも見紛う威容。砂漠の魔王マハティール・ナジュムラフ 。
全力を出した金獅子に抗すべく、大型爆弾複数と、燃料気化爆弾まで使い、金獅子を退ける事に成功したものの、表情は勝者のものとは到底言えなかった。
「あそこまでやったんだ。死んどいて貰わないと、次は少し手を焼くぞ」
殺される寸前にまで追い込まれて、それでもなお、この言い様。
金獅子が死んでいれば、それで良し。生きていても、次に逢えば必ず殺す。
十二崩壊の脅威を直接受けて、なおも揺らがぬ自負。
魔王と呼ばれるに至るには、これ程の自我が無ければならぬのだろう。
何もかもが消し飛んだ戦場跡で、魔王は傷の修復を開始した。
【D–5・戦跡/1日目・深夜】
【マハティール・ナジュムラフ】
[状態]:身体半壊(修復中)
[装備]:無し
[道具]:支給品一式×2、ランダム武器(???)
[思考・行動]
基本:優勝し、救世主を頂く
1:レンブラングリード・アレフ=イシュタルは、実験に使いながら殺す
2:名簿に有った十二崩壊を警戒
[備考]
D–5・戦跡で大規模な爆発が発生し、存在していたものの大半が消し飛びました。
◯◯◯
宙を飛びながら、金獅子は思考する。
魔王が最後に放ったのは、おそらくは戦術核。
アレこそが鋼の魔王の切り札というのならば、次に出逢えば必ず殺せる。
「とはいうものの、少し以上に削られたな」
この地に於いて、金獅子は猟場を展開する事は出来ない。
此処はソピアの作成した猟場であり、金獅子は此処では猟場の王では無く、狩り狩られる獣の一匹に過ぎ無い。
新たに生命を喰らうことは出来ず、その為に過去に喰らった分で戦うしか無いが、初戦でかなり削られてしまった。
「まあ良い。最後に勝つのはこの私だ」
十二崩壊以外にも、強敵が犇く事を知って、この傲岸。勝利を信じてやまぬその精神は、人類文明を終わらせた十と二に相応しいものといえた。
「……何処へ飛ばされているんだろうな」
何処へとも知れぬ場所へと、金獅子の身体は飛翔する。
【場所不明(D–5周辺の空中)/1日目・深夜】
【No.2『金獅子』 / ライラ・スリ・マハラニ】
[状態]:健康 生命力消費(中)
[装備]: 黄金の三叉槍
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本:勝利。ただそれのみ
1:出逢った全てを殺す
2:出来るならば十二崩壊や我等(十二崩壊)に迫るものと殺し合いたい
[備考]
D–5・戦跡から何処かへと飛ばされています。
最終更新:2026年06月14日 16:19