ウェイバー・ベルベットは不機嫌そのものだった。
ざわざわという酒場の喧騒も、アルコールの嫌な臭いも彼には不慣れだった。
妙にぺとぺととしたテーブルは、適当に拭かれているだけなのがわかって嫌だった。
それに自分のことを晒しあげて馬鹿にした師。家柄が長いことを鼻にかけてる同級生。
努力しても上手く歯車が噛み合わず、一向に進歩を魅せない自分の魔術。
起死回生の手段として、よりにもよって聖杯戦争に参加する事しか思い浮かばなかった自分。
そして何よりもウェイバーの神経を苛立たせるのは、彼が召喚したサーヴァントだった。
「Oh, my darling, oh, my darling, Oh, my darling Clementine♪」
なにしろ――今あそこでピアノを奏でながら歌声を披露している、真紅のドレスの女性。
店中の男どもの視線を釘付けにしている彼女こそが、ウェイバーのサーヴァントなのだ。
金髪碧眼、典型的なアングロサクソン系の女性――いや、美女といって良い。
その割には背が低いが、それを補って余りあるほどの華やかさが彼女にはある。
誰も彼も、一目見た時から目が離せなくなる。そんな女だった。
「You' re lost and gone forever, Dreadful sorry Clementine♪」
ひとしきり歌と演奏を終えた女は、優雅に立ち上がると観客に対して一礼をする。
拍手で演奏を讃える彼らへ手を振って応じながら、彼女は颯爽と店内を歩き出した。
そしてウェイバーの対面へ、スカートの裾から太腿を垣間見せる大胆な動きで腰を下ろす。
顔には笑み――ふてぶてしく傲岸不遜で、底抜けに陽気な、太陽のような笑顔。
「ふふん、どんなもんだ。どうだ、ウェイバー、惚れなおしたか?」
「惚れなおしてない。そもそも惚れてない。あとマスターって呼べ、アーチャー」
「お前さんが私をヴィルヘルミナって呼んでくれるならね」
「それ、本名じゃないだろ。知ってるぞ……」
令呪が浮かんだ時の高揚も何処へやら、だ。
ふてくされて頬杖をつきながら、ウェイバーはジンジャーエールをストローで啜った。
女――アーチャーは、にやにやと笑いながら優雅にウィスキーのグラスを傾ける。
彼女を召喚してからまだ二日三日だが、ずっとこんな調子で振り回されている。
ウェイバーがなぜ聖杯戦争に参加するのかを語った時など、酷いものだった。
師匠を見返し、周囲に実力を証明するためだというと、彼女はあからさまに溜め息を吐いた。
「ま、バカにされて喧嘩売る度胸があるだけ及第点か」
「……馬鹿にしてるのか、それ?」
「まさか」
アーチャーはそう言って、気障ったらしくに肩をすくめてみせた。
「必要最低限は満たしてるって事だ。……ああ、そういう意味じゃ、褒めてはいないな」
師匠であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、何を思ってこんな英霊を召喚しようとしたのか。
傲岸不遜だし自由気まま、マスターをマスターとも思わないし、態度ときたら不真面目そのもの。
おまけに白人女性としては随分と小柄だというのに、それでも自分より身長がちょっと高いのだ。
(そのくせなんか柔らかいし僕より体重軽いしなんか良い匂いするし……!)
「って違う!!」
「何がだい?」
「何もかもだよ!」
ウェイバーはバンとテーブルを叩くと、思わずアーチャーへと身を乗り出した。
突きつけるのは触媒に使った、アーチャーとされる人物が写っている写真だ。
「お前、そもそも男じゃなかったのか!? 写真だってそうじゃないか!」
「知らないよ、そんな優男」
しれっとした表情でアーチャーはウェイバーの叫びを否定する。
彼女のものとして伝わっている写真と、目の前の女はどう考えたって別人だ。
じゃあなんだって彼女が召喚されたのか? というのはさておき……。
確かに彼女――彼?――の伝説には女物の服を着ていたとか、そういう逸話がある。
小柄で、陽気で、美人で、左利き。伝え聞く情報だけなら、目の前の女性はすべてを満たす。
「けど、納得いかない……」
「私の墓石は削られたって言うじゃない。きっとSheからSが消えたのさ」
「んな、滅茶苦茶な。……それになんだって、酒場で歌なんか歌ってるんだよ!」
「良いじゃないか。こんなひらひらの服なんて、生きてた頃は着る暇なかったし……」
等と言いながらアーチャーは、赤いドレスのスカートを大胆に翻して足を組み替える。
真っ白な太腿と、その間に見えかける下着から、ウェイバーは全力で視線を逸らした。
「そーいうの、やめろってば!」
「そうカリカリしなさんな。戦争も人生も、金と女が無くっちゃ始まらないだろ」
その点、女だけはいるわけだ。笑うアーチャーに、ウェイバーは反論できず歯ぎしりする。
確かにウェイバーは学生の身分で、軍資金が乏しいのは事実だった。
なにしろホテル代もないから一般人の家に下宿して、召喚陣を敷くために鶏を盗む始末。
できればなるべく節約しないと、この先どうにもやっていけない――……のだが。
それを知ったアーチャーが軍資金を稼ごうと提案し、ウェイバーを酒場まで引っ張ってきたのだ。
結果がこれだ。
あれよあれよとアーチャーは飛び入りで店長の心を掴んで、衣装を調達し、ステージに。
まあ、確かに、出演料として結構な額の現金が手に入ったのは心強いが……。
「これでもお前さんに配慮はしてるんだぞ? 私だけなら速攻で銀行強盗だ」
「お前、それでも英霊かよぉ……」
「無法者になに言ってんだか。……なあ、ウェイバー」
「マスターって呼べ」
「やだ。ウェイバー、お前……」
アーチャーがにんまりと、チェシャ猫のように笑みを深めた。
「……童貞だろ」
「んなぁっ!?」
図星だった。
思わずガタッと音を立てて席を立ってしまったウェイバーに、店中の視線が突き刺さる。
それがまた恥ずかしくて、ウェイバーは顔を俯かせて、また椅子の上に座り直した。
アーチャーはニヤニヤしたまま、うんうんと一人頷いている。
「ど、どどどどど、童貞違うぞ!?」
「慌てるなって。だよな、そうだと思った。彼女もいないな。間違いない」
「そ、それがな、なななな、なんだってんだよ……!」
「人生なんて、金と旨い飯と酒、友達、あとは女か男がいれば幸せなのさ」
それがわかってないお前さんが、何を悩んでるかは察しもつくけどな。
ふふんと笑ったアーチャーは、ちろりと唇を舌で舐めて、ウェイバーへ流し目をくれた。
「なんだったら、私が相手をしてあげようか?」
「んなっ!? な、な、な、な……ッ!?」
ウェイバーは顔を真赤にして、魚のように口をパクパクと開閉させた。
相手、というとそういう事だろう。そういう事だよな?
サーヴァントに魔力供給をする方法として、そういう方法がある事は知っている。
彼女と、そういう行為に及ぶのか?
一瞬脳裏に浮かんだ妄想を、ウェイバーは真っ赤になってぶんぶんと頭から追い払う。
と――……。
「よぉ、お姉さん、さっきの歌スッゲェー良かったぜ! マジサイッコー!!」
声をかけて来たのは、典型的な酔漢だった。
ロンドンでも見た事がある類だ。自分が他の誰よりも優れていると思ってるような。
思わず顔をしかめたウェイバーをよそに、アーチャーは「変わらないな」と楽しげだ。
「この後カラオケとかどう? もっともっと歌聞きたいなぁ!」
「ん、なんだ。私に相手をして欲しいのか?」
「そうそう、こんなガキよかさぁ……」
「こんなガキ?」
ウェイバーが何かを言うよりも早く、アーチャーが笑顔のまま男の頬を撫でていた。
いや。
――"魔法のように現れた"拳銃を、笑顔のまま男の頬に突き付けていた。
「お呼びでないぜ、坊や」
「ひ、ひぃっ!?」
「わ、わー! わー! ス、スタンガンです、スタンガン!」
「まあ、ガンだな」
「黙ってろお前は!」
大慌てで男へ暗示の魔術をかけようとしながらウェイバーは怒鳴った。
彼の聖杯戦争は、すこぶる前途多難なようである。
【クラス】アーチャー
【真名】
ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム
【出典】史実(西部開拓時代アメリカ)
【マスター】
【性別】女性
【身長・体重】158cm・42kg
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力D 耐久D 敏捷A 魔力E 幸運A 宝具-
【クラス別スキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
単独行動:A
マスター不在でも行動できる。
ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。
【固有スキル】
心眼(偽):A
視覚妨害による補正への耐性。
第六感、虫の報せとも言われる、天性の才能による危険予知である。
千里眼:C++
視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。
透視、未来視は不可能だが、「視力」に限定すればAランクに相当する。
魅了:C-
他人を惹きつける見目の美しさ。鮮烈な立ち振舞い。
アーチャーと対峙した人物は彼女に対し、強烈な印象を懐く。
望むと望まざるとに関わらないため、トラブルの原因となる事もしばしば。
【宝具】
『彼女は彼女らしく生き、彼女らしく死んだ(シー・デッド・アズ・シー・リヴド)』
ランク:- 種別:対人魔銃 レンジ:1-100 最大捕捉:1人
厳密に言えば宝具ではなく、宝具の領域にまで昇華された射撃スキル。
アーチャーが銃を抜こうと思った瞬間から、彼女の時間は極限にまで加速する。
銃を抜き、狙い定め、銃爪を絞り、撃鉄を叩き、撃つ過程が「撃つ」だけに省略される。
結果、外部からは「気がついたら銃を抜かれて撃たれていた」としか観測できない。
連射した場合も過程が省略されるため、「全弾同時に着弾した」という現象が発生する。
弾道を見る事なども不可能なので、回避するには未来予知に類似する能力が必要となる。
もはや魔法の領域に片足を踏み入れるまでに至った、天賦の才能である。
【Weapon】
『無銘・コルトサンダラー』
コルトM1877ダブルアクションリボルバー。41口径の6連発。
最初期のダブルアクションである事から失敗作とされるが、彼女は愛用した。
嘴のようなグリップが特徴的。ガンベルトのホルスターには二挺納められている。
【解説】
西部開拓時代のアメリカで活躍した伝説的アウトロウ。
12歳で母を侮辱した男を射殺して以来、21歳で死ぬまでに最低21人を殺害している。
数々の犯罪を繰り広げながら放浪を続け、やがてジョン・タンストールの用心棒となった。
そこで土地争いへ加勢した彼女は、友人のパット・ギャレットに殺人罪で逮捕されてしまう。
やがて脱獄に成功するも、1年の逃走生活の末、パットによって背後から射殺された。
陽気で洒脱、伊達者で、誰とでも打ち解け、そして笑顔のまま人を撃ち殺せる。
またピアノ演奏やダンスを好み、その腕前もなかなかだったとされる。
特に射撃に関しては天賦の才能があったらしく、数々の逸話を有している。
本名ヴェルマ・ヘンリエッタ・アントリム。後にヴィルヘルミナ・H・ボニー。
そして彼女は最後に、ビリー・ザ・キッドと名乗った。
【特徴】
金髪碧眼の小柄な白人女性。いつも八重歯を見せて笑っている。
体つきも細身だが、華やかな雰囲気のため、極めて魅力的な人物に見える。
西部劇に出てくるガンスリンガーさながらの衣装で、ブーツの拍車を鳴らして歩く。
ただし現代風のファッションを着こなしている事もある。
ちなみに左利き。
【サーヴァントとしての願い】
受肉して自由に生きる
【マスター】
ウェイバー・ベルベット
【能力・技能】
平凡。中の下。実戦/実践としての能力はほぼ無い。
非凡。洞察力や読解力、推理力に長ける。
強運。能力不足や失策が、致命的結果になり難い。
【人物背景】
時計塔にて魔術を学ぶ学生。
自信過剰だが実力不足、努力家だが空回りしがちな性質。
歴史の浅い家柄である事にコンプレックスを抱いている。
師への反発から触媒を盗み、単独で聖杯戦争へと参加する。
【マスターとしての願い】
周囲に自分を認めさせる
時系列順
投下順
最終更新:2016年11月27日 21:36