高垣楓&キャスター




――かつて、私は最後の騎士に会ったことがある。



私がまだ、伝道者としてエリンの地を巡り歩いていた頃の話だ。
あの頃、布教はようやく軌道に乗り始めていたところだった。
古きドルイド信仰が残るエリンの地に、神の子の説いた教えはそう簡単に根付きはしない。
それが分かっていたからこそ、私は辛抱強く語り、自ら異教に歩み寄ることすら辞さなかった。

その努力が実を結び、一人、また一人と、私の説法に耳を傾ける者は増えていった。
古き教えの全てを否定せず、この大地と共に神もまたあると説いた私を、人々は受け入れ始めたのだ。

嬉しかった。

教会のお偉方は、世に蔓延る異教を廃絶してこその伝道者だと眉を顰めるだろうが、それでも私は嬉しかった。
教えとは人と共にあり、土地と共に生きるものだと、私はそう考えていたから。

そんなある日のことだった。

「おい、そこの君!君だ、そこの僧だ!」

蔦の生い茂る古城へと一人訪れ、かつての栄華に思いを馳せていた私に、一人の青年が馬上から声を掛けてきたのだ。

「はて、私ですかな?」

その頃の私は既に若々しさを失いつつあったが、目の前の青年は対照的に、生命の躍動に満ちていた。
まるで御伽噺の英雄譚から抜け出してきたかのような、威風堂々たる姿だった。
そのあまりの力強さに見惚れて、思わず呆けた返事をしてしまったとしても、誰も私を笑えまい。

「おお、なんて立派な馬だ。加えて貴方もかなりの大柄、引き締まった身体だ。旅のお方ですかな?」

「そんなことはどうでもいい。一つ、訪ねたいことがあるんだ」

もっとも、彼は私を笑いはしなかった。
そんなことなど気にもせず、よほど大事なものを探しているように、息せき切って私に問うた。
私自身が、ほんの僅かですら予想していなかった人物の名を、彼は問うたのだ。

「君は―――『フィン・マックール』という者を知っているか?」

その問いを飲み込むまでに、随分と時を必要としたように思う。
フィオナ騎士団を率いた大英雄、フィン・マックール。
知っているといえば、知っている。いや、知らないはずがない。

私の生まれはエリンではなくウェールズだが、両親はケルトの民だ。
それに十六の頃から6年もの間エリンで奴隷として働き、そして今もこうして各地を巡っている。
これまでに幾度となく耳にし、本で読んだ英雄の名だ。

誉れ高きフィン・マックール。この地に住まい、誰が彼を知らないというのだろう!

しかし、私には、彼が何故それを尋ねたのかが分からなかった。
理由を探して黙考し、しかし思い当たらなかった私は、正直に思うところを答えることにした。


『ああ、知っていますよ。そりゃ知っていますとも!』


今にして思えば、私はこの時に、彼が何者であるか気付くべきだったのかもしれない。


『―――かなり昔の人物ですが、沢山本になってますからな。私も子供の頃はフィンの伝説を聞き、フィンの絵本を読んで憧れたものですよ』


愚かにもそう口にした私の前で、彼は呆然自失の様相で動きを止めた。

咄嗟に、言わなければよかった、と思った。しかし、何もかも遅かった。

答えを聞いてからの僅かな時間で、彼は数十年も歳を重ねたかのようにすら思えた。


「ああ、あ……!!」


彼の口から漏れるのは、慟哭の呻きばかりだった。

それは、決して取り返しのつかないことをしてしまったのを知った人間の、悔恨の声だった。

聞いている私の心までもが引き裂かれそうな、痛切な響きがそこにあった。


――そして。


突然に、彼の体が傾いだ。

馬具が壊れたのだと私が気付くよりも先に、彼の体は地に触れて。

そのまま、彼は灰になり、風に乗って消えていった。

その時になってようやく、私は彼が何者であるか知った。

そして、この時をもって誉れ高き騎士達の時代は終わりを告げたのだと、英雄譚はこの地を去ったのだと、悟った。

彼にとって、今のエリンは……他ならぬ私によって変えられつつあるエリンは、どう映ったのだろう?



                    ▼  ▼  ▼



マンションの自室でひとりグラスを傾けながら、高垣楓は窓越しに月を見上げていた。
冬木市は、冬の名を冠する割には温暖な気候だというが、流石に冬風に当たるのは体に悪いだろう。
せっかくの月見酒。夜風に吹かれながら呑めればきっといっそう美味しいのに。

そんなことを考えて、楓はくすりと笑った。
まるでこの冬木に来る前の自分と、何も変わっていないようだったから。
今をときめくトップアイドル、歌姫・高垣楓。
ミステリアスで、完璧で。そんな自分を求められ、応えられるようにと努力してきた。
でもその本質は、どこにいたって変わらないのかもしれない。

聖杯戦争などという、この不条理な現実を前にしてすら。


「……あら?」


窓ガラスをすり抜けて、小さな影がひらひらと舞い降りてきた。
思わず差し伸べた楓の手のひらへと、光の粉を撒きながらそれは降り立った。
大きく広げた羽根は蝶のようではある。
だが、その羽根を背負う身体はまるで人間の少女をそのまま小さくしたようだった。
その姿を目にした者は、誰だってこう言うだろう。

――妖精、と。

楓の手の上で、妖精はくるくると踊り始めた。
アイドルである楓も一度も見たことがないような、奇妙な踊りだ。
口でものを言う代わりに、踊りで何かを伝えようとしているのだろうか。
しかし何を伝えたいのか少しも分からず、楓は助けを求める視線を部屋の奥へ送った。


「――『ピクシー』が魔力の残り香を見つけたようです」


声の主が、立ち上がってこちらに歩み寄る気配がした。
月光に照らされたのは若い男の姿だ。
僧衣の上から外套を纏った、ファンタジー映画に出てくる旅人のような格好をしている。
男が手を差し伸べると、ピクシーと呼ばれた妖精は楓の手のひらからそちらに飛び移り、繰り返し踊りを踊った。


「なるほど。なかなか強い魔力のようだ。あるいはサーヴァントかもしれません」
「分かるんですか、キャスターさん?」
「もちろん。他ならぬ私が喚んだ妖精です。意思疎通は十全と思っていただきたい」
「……妖精に、協力を要請。なんて」
「は……?」
「ふふっ」


キャスターと名乗る彼――高垣楓のサーヴァント――は、妖精を自在に操るスキルを持つという。
しかし、『魔術師』のクラスとしては一級でも、どうやら真面目すぎるのか冗談の類は滅法苦手らしい。
楓のちょっとした駄洒落にもいちいち反応してくれるので、ついついからかいたくなってしまう。
プロデューサーであれば、もっと慣れたリアクションを返してくるところだ……と考え、即座に振り払う。
今、プロデューサー達のことを考えてしまえば、ホームシックで潰れてしまうかもしれないから。


「……戦いになるんですか?」


不安が極力声に乗らないように注意しながら、楓はキャスターに尋ねた。


「すぐに、ではないでしょう。ですが、備えるならば早いに越したことはありません。
 特に私は魔術師のクラス。拠点を確保し、妖精達が自由に行動できる陣地を作成する必要がある。
 戦闘ともなれば、『スプリガン』のようなサーヴァントに通用する大型の妖精を召喚することになるでしょうから」


キャスターの声は穏やかだ。
もしかしたら、こちらの内心を察した上で気遣っているのかもしれない。


「マスター、貴女が戦いに積極的でないのはよく分かっているつもりです。
 それに私とて聖人と呼ばれた身。神の子の血を受けたわけではない器を、聖杯と認めはしない。
 私が現界したのは、ひとえにこの時代が見たかったからです。妖精譚が姿を消した、この時代を」


その言葉はどこか寂しさを抱えているように、楓には聞こえた。

キャスターの生前については、簡単にだが既に聞いている。
神の教えを広める伝道者でありながら、妖精達の棲まう地をも守ろうとしたその生涯。
その生そのものに悔いはないとしても、やはり気にかかるのだろう。


「私はかつて、フィオナ騎士団最後の騎士と言葉を交わしたことがあります。
 風となって去っていった彼にとって、私は蹂躙者と呼ばれるべき存在かもしれない。
 彼が愛したエリンを、私は次の世代へと繋げることが出来たのか。それだけが気がかりでならない」


人理は星を覆い、妖精達は世界の裏側へと姿を消した。

自分の信条は、ただその結果を先延ばしにしただけなのか。
あるいは、かつての妖精譚を醜く捻じ曲げるだけのものでしかなかったのか。
自分が守ったものの行く末を、自分の目で見定めたい――それがキャスターの願い。


「……それでも、この三つ葉(シャムロック)の印章に懸けて、誓いましょう。
 魔術師のサーヴァント、『パトリキウス』。必ずや、マスターの行く先に幸いをもたらす、と」


アイルランドの守護聖人、パトリキウス。

聖人にして妖精使い。相容れぬ教えの仲立ちとなり、その生涯を捧げた伝道者。

英雄の時代と人の時代の間にあって、それらを繋げる定めを負った者。

その真摯な視線に、楓は微笑みでもって答えた。


「私、もっと見たいんです。輝きの向こう側を。私自身の可能性を。
 私とプロデューサーさんの見たい景色はもっと先にあって……それまでは、立ち止まれません」


信頼するプロデューサーを、共に切磋琢磨した仲間達を、自分を支え続けてくれたファンのことを思い出す。
大丈夫だ。立ち上がれる。運命へと立ち向かうための「ガラスの靴」は、今もここにある。
今はこの誠実なサーヴァントと共に、「必ずあの場所に帰る」という願いだけを胸に。
この瞬間から、自分だけの『妖精譚(フェアリーテイル)』のページをめくり始めよう。


「よろしくお願いしますね、私のサーヴァントさん」


妖精の粉が夜風に舞い、きらりと月光を反射して、消えた。





【クラス】キャスター

【真名】パトリキウス

【出典】史実(4~5世紀)/アイルランド

【マスター】高垣楓

【性別】男性

【身長・体重】177cm・62kg

【属性】秩序・善

【ステータス】筋力E 耐久E 敏捷C 魔力A 幸運B 宝具A 


【クラス別スキル】
陣地作成:B+
 魔術師として自らに有利な陣地な陣地「工房」を作成可能。
 パトリキウスの陣地は、彼が使役する妖精達の行動に適した「妖精郷」の性質を帯びる。

道具作成:C
 魔力を帯びた器具を作成可能。
 パトリキウスは礼装を聖別・祝福された状態で作成することができる。

【保有スキル】
聖人:A
 聖人として認定された者であることを表す。
 サーヴァントとして召喚された時に“秘蹟の効果上昇”、“HP自動回復”、“カリスマを1ランクアップ”、“聖骸布の作成が可能”から、ひとつ選択される。
 パトリキウスは今回の聖杯戦争では“秘蹟の効果上昇”を選択し、後述の「妖精の秘蹟」スキルのランクを上げている。

啓示:B
 "天からの声"を聞き、最適な行動をとる。目標の達成に関する事象全て(例えば旅の途中で最適の道を選ぶ)に適応する。
 生前のパトリキウスに対する啓示は、彼の守護天使ヴィクターによるものであったと伝えられる。

カリスマ:D
 軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能。 
 Dランクでは国家規模の集団を率いることは出来ないが、根拠のない「啓示」の内容を他者に信じさせるには十分である。

妖精の秘蹟:B+
 アイルランドの地に棲まうケルト伝承の妖精たちに語りかけ、一種の使い魔として召喚、使役する。
 使役できる妖精は多種多様(他国の文化では怪物や魔物と称されるものを含む)だが、概ねアイルランドおよびブリテン諸島周辺に生息するものに限られる。
 異教の存在である妖精をカトリックの伝道者たるパトリキウスが使役できるのは、それら二つの文化の橋渡しとなった聖人であるから。



【宝具】
『浄罪の煉獄窟(カヴェルナ・プルガトリオ)』
 ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:1~30 最大補足:20人
 聖パトリキウスがアルスター地方の湖に浮かぶ孤島に作り上げたと伝えられる、煉獄へと続く試練の洞窟を具現化する。
 内部に入り込んだ者の精神が抱える罪の意識に応じて構造を変え、絶え間なく妖精達が試練を与える。
 心にやましさを持つ者には無限の問いを。血に濡れた者には無限の闘争を。
 この結界を突破するために必要なのは対魔力でも幸運でもなく、己の罪を乗り越える精神力である。
 なお、パトリキウスが作成した陣地内で展開した場合はより強力かつ強固な結界となる。


『旅路照らす天使の護光(ヴィクター・サンクトゥス)』
 ランク:A 種別:結界宝具 レンジ:1 最大補足:1人
 聖パトリキウスを守護する大天使ヴィクターの加護を、光り輝くシャムロック(三つ葉)の盾として顕現する。
 シャムロックの盾は鉄壁の物理防御力とAランクの対魔力を有するだけでなく、放たれる光そのものが洗礼詠唱の効果を持つ。
 その特性上、霊的・魔的な存在には絶大な威力を発揮し、最大出力ならばサーヴァントの霊体すら昇華可能。
 ただし「神」に連なるこの宝具は妖精達と相容れない存在であり、この宝具を展開中は妖精を使役出来ない。
 また「浄罪の煉獄窟」との併用も不可能である(こちらはケルト伝承が具現化した宝具であるため)。


【weapon】
 肖像画にも共に描かれる「シャムロックの杖」。
 シャムロックとはクローバーやカタバミなどの三つ葉を指し、アイルランドの象徴的なモチーフである。


【解説】
 聖パトリキウス。アイルランドの守護聖人。英語圏では聖パトリックとも呼ばれる。
 アイルランドのキリスト教化に尽力し、後に聖人の認定を受けた伝道者。
 一方で、伝統的なケルト文化を教会からの異端視から守り、今日まで語り継がれる礎を築いた偉人でもある。
 彼の記念日「聖パトリックの日」は今日でも盛大に祝われ、彼の象徴である緑色やシャムロック(三つ葉)はアイルランドのシンボルである。

 ウェールズでケルト人の両親の元に生まれたパトリキウスは、16歳の時に海賊に攫われ奴隷として売り飛ばされてしまう。
 以降六年間にわたってアイルランドの牧場で奴隷として働くが、ある日天からの啓示を受けて脱走、独力で故郷に帰る。
 その後ヨーロッパ大陸に渡って神学を学び、自らを虐げた民をも救うために、伝道者として再びアイルランドの地を踏むことになる。

 彼は熱心に布教を行い、数多くのアイルランド人を改修させたが、一方でケルト古来の文化に対して深い理解を示していた。
 当時、キリスト教の布教とはすなわち異教の廃絶であり、土着の神や精霊は悪魔に貶されるのが常であったにも関わらず。
 パトリキウスはケルトの土着信仰をキリスト教的に再解釈することで教会から守り(例えば妖精は天使が格を落としたものとされた)、
 結果としてキリスト教化によりヨーロッパ全土の旧宗教が破壊された後も、アイルランドは例外的にある程度古来の文化を保つことができた。
 再解釈の過程でキリスト教的な要素が混入したことは否めないものの、今日までケルト文化が伝承されているのは、彼の尽力によるものである。

 なお、ケルト神話における最後の物語のひとつとして、聖パトリキウスが登場するものがある。
 妖精郷で数百年を過ごし、年老いた姿で現世に戻った最後の騎士オシーン――パトリキウスは彼と出会い、栄光のフィオナ騎士団の詩に耳を傾けるのだ。


【特徴】
 穏やかな風貌をした長髪の青年。外見は二十代半ば。整った顔立ちだが、どこか憂いを帯びた雰囲気がある。
 緑色の僧衣の上から旅人風の外套を纏い、片手にシャムロックの杖を携えた、伝道者然とした出で立ちをしている。
 性格は穏やかで理性的、責任感が強い。人間の善性を尊ぶ、聖人らしい人格の持ち主。
 しかし神の教えに対しては揺るぎない信仰を持っているものの、その教えがケルトの文化にもたらした変質に責任を感じ続けている。
 守護天使ヴィクターは己の行いを咎めなかった、ゆえにあれは正しい道である――そう楽観的に考えるには、彼は少し真面目過ぎた。
 なお、自分よりも数世紀前にアイルランドの地を駆け抜けたケルトの英雄達に対しては、深い敬意を抱くと同時に後ろめたさを感じている。


【サーヴァントとしての願い】
 聖人であるがゆえ、神の子の血を受けていない偽の聖杯にかける願いはない。
 それでも召喚に応じたのは、幻想の消えたこの時代を自分の目で見定めたいがため。



【マスター】
 高垣楓@アイドルマスターシンデレラガールズ

【能力・技能】
 アイドル。
 特に抜群の歌唱力とミステリアスな美貌に定評がある。

【人物背景】
 モデル出身のアイドル。25歳。
 長身でスレンダー、泣きぼくろとオッドアイが特徴的。
 一見すると神秘的な雰囲気だが、実際の性格は意外と庶民的。
 酒と駄洒落を愛し、そしてファンの笑顔を何より大事にする女性である。

【マスターとしての願い】
 聖杯は必要ない。
 あの場所へ帰って、自分の力で輝く景色を見る。

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キャスター(パトリキウス)

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最終更新:2016年11月27日 21:59