ユーザビリティって結局は現実世界の経験や文化にもとづいた、
それぞれの人の頭のなかに構成された記憶に追うところが多く、
そして、その記憶は単に部分的で、構成的なだけではなく、
暗黙知的で全体的なところもあるわけですよ。
それぞれの人の頭のなかに構成された記憶に追うところが多く、
そして、その記憶は単に部分的で、構成的なだけではなく、
暗黙知的で全体的なところもあるわけですよ。
ボタンやラベルのどこにユーザーがいるっていうんですか?
ユーザーを見ずに、ボタンやラベルなどのディテールの話を
したってしようがないわけです。
ユーザーを見ずに、ボタンやラベルなどのディテールの話を
したってしようがないわけです。
ネットに慣れている人は「これかな?」と推測する。
慣れていない人は「これではないな」と推測する。
慣れていない人は「これではないな」と推測する。
「・・・・どこを見ればいいの?」と、結局消去法で進んでいく。
「あれではない、これではない。」
なぜなら、消去法のほうが安全なのだ。
▼ユーザビリティ研究所: 2.シニアのためのウェブユーザビリティ▼
http://column.usability4s.info/cat68255/index.html
「あれではない、これではない。」
なぜなら、消去法のほうが安全なのだ。
▼ユーザビリティ研究所: 2.シニアのためのウェブユーザビリティ▼
http://column.usability4s.info/cat68255/index.html
ブランドとはその企業あるいは製品、サービス、人などに対する評価が結晶化したものだといえます。「結晶化する」というからにはそこには秩序だった法則性が存在しなくては結晶とはなりえません。ようすうに人がその企業や製品に接した様々な経験のうちに、有益なパターンを見出せたかどうかによって、その企業、製品がブランドとなりうるかが決まるわけです。