「最近、唯先輩とムギ先輩来ませんね」
ここ数日、律先輩と澪先輩は部室で受験勉強をしているが
唯先輩とムギ先輩は全く姿を見せない。
ムギ先輩はともかく唯先輩はちゃんと勉強してるんだろうか?
「ああ、唯は部室出入り禁止だから」
澪先輩があまりにも普通に言うので、そうなんですか、と流しそうになる。
いやいや。出入り禁止って何ですか。
「え…、どうしてですか?それにムギ先輩は?」
「ムギは唯と一緒に図書室で勉強してる。
唯はここに連れてくると色々誘惑が多いからな」
「誘惑?ムギ先輩のお菓子とかですか?」
唯先輩の理性には期待してないんですね。
とりあえず環境を整えないと勉強しないと思われている。
大丈夫ですか唯先輩。全く信頼されてませんよ。
「違う。まず、律と一緒にすると遊ぶ」
「遊ばないよー」
律先輩が抗議の声を上げるが全く説得力がない。
ここに来てる時も澪先輩にちょっかいを出してよく怒られてる。
確かに2人を一緒にすると勉強が進まなそうだ。
「それに、ギター。普段練習しない癖にこういう時だけ弾きたがる」
なるほど。
前に聞いた話だとテスト前にも関わらず全く勉強せず
ギターの練習をしてしまいクラスで唯一の赤点を取ったとか。
その代わりにコードは全部弾けるようになったらしいが完全に順番が逆だ。
「最後に最大の誘惑」
「何ですか」
「梓、お前だ」
「はい?」
どうして私が出てくるのか理解に苦しむ。
しかも最大とか言われてるんですが。
私が唯先輩の邪魔をしてる?
「あ、いや、違うぞ。梓は悪くない」
「は、はぁ」
「唯は梓がいると抱きついたり、ちょっかい出したり
構ってもらおうとしたり、とにかく勉強にならない」
「そ、そうですか」
本当に、そうですか、としか言いようがない。
ただ何となく想像はつく。
私に抱きついて離れない唯先輩
私に勉強を教えてもらおうとする唯先輩
考えていたら頭が痛くなってきた。
確かに出入り禁止にした方が良いかも。
「ふっふっふ。寂しいねぇ梓」
律先輩が心の底から楽しそうな声を出す。
勉強を中断できるのが嬉しいんだろう。
「いや特に」
「そんな事ないだろー」
「別に寂しくないです」
実際は寂しくない訳じゃないけど
いない理由がわかれば、それはそれで。
「それは受験日までですか?」
「とりあえずは次の模試までだな」
「そうなんですか」
なるほど、じゃあ割とすぐ戻ってくる訳だ。
ちょっと安心した。
「だが、模試の結果が悪かったら出禁は続く」
「そ、そうなんですか」
これは…受験が終わるまで戻ってこれないかも。
うーん。
でもムギ先輩と一緒なら意外と調子良かったりして。
「今のところ成果は上がってるんですが?」
「それが…」
「くっくっく」
澪先輩は眉根にしわを寄せ、律先輩は笑っている。
真逆の反応だが、大体答えはわかる。
「……ダメなんですね」
図書室でムギ先輩と一緒に勉強なんて
唯先輩の異常な集中力が生かされそうなものだけど。
「それにしても、あんなに梓の事ばっかり言うとはね」
「そうだな、予想外の抵抗だった」
「梓は愛されてるなー」
私?
ギターでもお菓子でもなく私?
「どういう事ですか?」
「
あずにゃん分はどこで補給すれば良いの!って切れてた」
「唯にしては珍しく怒ってたな」
……唯先輩、そのままずっと図書室にいてください。
それにしても普段はほとんど怒らないのに
そんな所で怒りを爆発させないで欲しい。
前から思ってたけど、そもそもあずにゃん分って何だ。
私はそんな訳のわからないものを出してるのか。
唯先輩にとってどんな生き物ですか私は。
「そういう事だから梓も寂しいだろうがしばらく我慢してくれ」
「なっ…」
澪先輩にまで言われるとは思わなかった。
そんなに寂しそうに見えるのかな?
いやいや気をつけてるし、そんな事はない…はず。
「特に寂しくはありませんのでご心配なく」
「無理するなよー」
「律先輩、さっきから手が止まってますけど」
「律」
「すみませんでした」
まるで飼い主とペットだ。
私の事は良いから勉強に専念して下さい、律先輩。
そんな訳でしばらく私は唯先輩と顔を合わせる事はなかった。
何日か経つと落ちついたと言うか諦めたようで勉強もだいぶ進んでると聞いた。
良かった。私のせいで勉強が進まないとか言われると冗談でも気にかかる。
私に全く非はないと思うけど。
しかしその話を聞いた数日後、部室に向かった私は
中からギターの音が聞こえてくるのに気がついた。
あれ?ギター?
しかもイントロが終わると歌声まで聞こえてくる。
ギターだけなのでちょっと間抜けに聞こえるが楽しそうに歌っている。
曲が終わるまで待って私はドアを開けた。
ものすごく慌てている。
出入り禁止と言われてるから当たり前か。
「ち、違うんだよ。これは、ギ、ギー太が!」
何だか訳のわからない言い訳まで始めた。
どれだけ脅されてるんですか。
部内の人間関係、と言うか力関係が垣間見えますね。
「別に私は怒ったりしませんが」
「そ、そうか。良かったー」
安心した顔をしてもう一曲弾き始める。
いや怒りませんけど、まだやるんですか。
「澪先輩達が来たら怒られますよ」
「今日はちょっと遅くなるって言ってたから」
「ムギ先輩もですか?」
「ムギちゃんは用事があるんだって」
なるほど、逃げ出すには絶好の状況な訳ですね。
それにしても久しぶりに唯先輩のギターを聞いた。
全く腕が衰えてない、と言うかむしろ上手くなってる。
これは……
「唯先輩、気持ち良さそうに演奏してる所申し訳ないんですが」
「んー?何?」
「家でギター弾いてないですよね」
「え、ま、まさか。ちゃ、ちゃんと勉強してるよ!」
嘘だ。目が泳いでる。
はぁ…、学校でどんなに勉強してても家でやってないんじゃ意味ないですよ。
「唯先輩……」
「ち、違うよ。ちょっと息抜きにって」
「以前全く同じパターンで赤点を取ったと聞きましたが」
「そ、そんな事も、あったかな?」
全く…
自分が受験生だと言う自覚があるんだろうか。
いや自覚はあるんだろう。コソコソしてると言う事は。
しかし自分のやりたい事を抑えられない。
子供か。
「今度の模試で良い結果を出さないとと出入り禁止は続くんですよね?」
「う、うん…」
「大丈夫なんですか?」
「……」
どうしてこんなに勉強したがらないんだこの人は。
大体、この学校だって結構レベルが高い。
入るためにはそれなりの学力が必要だ。
それに追試で満点取ったとか、
澪先輩よりテストの点が良かった時もあったと聞いた事がある。
やればできるのに…、なぜやらない。
「そんなに勉強したくないんですか」
「うーん。やる気がでない」
「頑張ってやる気を出して下さい。集中力はすごいんですから」
「でもね、あずにゃん」
唯先輩は急に真剣な顔をして、肩からギターを下ろした。
「今、やる気が出ない原因ははっきりしてるんだよ」
「何ですか」
「あずにゃん分が足りないんだよ!」
……真面目に聞いて損した。
こんなに下らない事を真顔で言えるのはある意味すごい。
「はぁ、それは大変ですね。じゃあ、そろそろ勉強に戻った方が良いですよ」
「あずにゃーん」
「い、いきなり抱きつかないで下さい」
「あずにゃん分の補給だよ!」
「意味がわかりません!」
何となくこうなる事は予想していたけど。
それに抱きつかれるのも久しぶりだ。
相変わらず暖かいし、何となく安心する。
……まあ、たまには良いか。
「それで、いつまで抱きついてるつもりですか」
「もうちょっとー」
「はぁ…、唯先輩」
「んー?」
「ちゃんと勉強して下さい」
「あずにゃんまで…」
「澪先輩達と同じ大学に行くんですよね」
「う、うん…」
「唯先輩だけ違う大学だったら」
「うっ」
「私はどっちに進学すればいいんですか」
「……あ、あずにゃん」
「だからちゃんと勉強して皆さんで同じ大学に入って待ってて下さい」
…私にしては珍しい事を言った。
久しぶりに会った訳だし少しぐらい良いだろう。
それに唯先輩にやる気を出してもらわないとこっちも困る。
浪人されて同級生とか下手したら下級生なんて事になったら目も当てられない。
何て呼べば良いかわからないじゃないですか。
「わかったよ、でもね」
「何ですか」
離れるかと思ったけどその気配がない。
結構恥ずかしい事を言ったので顔を見られたくないから良いんですが。
うーん。あんまり心に響かなかったですかね。
「あずにゃんに会えないと寂しいよ」
「…そ、そうですか」
相変わらずストレートな人だ。
ますます顔を見られたくない。
「勉強してるとね、卒業するんだなーって思って」
「そりゃそうでしょう、と言うか勉強しなくても卒業はしますよ」
「卒業したらこんなに頻繁にあずにゃんに会えないなって」
「それは…」
それはそうですよ。
わかってますよ、私だって。
でも考えないようにしてるんじゃないですか。
口に出さないで下さい。
こっちだって我慢してるんですから。
「ずっとこうしてたいよ」
それはずっと高校生でいたい、と言う事ですか
なかなか無茶な願いですね。
「まだ澪ちゃんとりっちゃんに来てほしくない」
……そういう事ですか。
本当にしょうがない人ですね。
久しぶりに会ったからですよ。
そう思いつつ唯先輩の背中に手をまわす。
やっぱり恥ずかしい。
唯先輩、毎回私にこんな事して良く平気な顔でいられますね。
「今日は特別です」
「あずにゃん…」
私を抱きしめる手に力が入る。
この状況は絶対律先輩に見られたくない。
「じゃあ…」
そろそろ勉強して下さい。
そう言おうと思った矢先に唯先輩が私の顔を見つめる。
「あずにゃんと会えなくなって思ったよ」
「な、何をですか」
ちょっと声が裏返ったかもしれない。
そんな顔しないで下さい。緊張しますから。
「私はあずにゃんの事が好きだよ」
思いもよらない事を言われて完全に思考が止まった。
言葉が何も出てこない。
時間が止まったように感じたけどそうじゃなかった。
そのままゆっくりと唯先輩の顔が近付いてくる。
静かに、唇が触れた。
「律!今日はちゃんとやるんだぞ!」
「へーい」
「あ」
「うわ!」
律先輩と澪先輩が入ってきた。
私達は慌てて離れた。が、
「おい…」
「お前ら…」
間に合わなかったようだ。
しまった。
どこまで見られた?
「梓、唯をあんまり甘やかすな」
「やっぱり唯は梓がいないとダメなんだなー」
2人の言葉を聞いてちょっと安心する。
良かった。
唯先輩がいつものように抱きついてるだけだと思われたみたいだ。
「唯、どうしてここにいるんだ」
「う、そ、それは…、どうしてかな?」
「ムギがいないからって…」
「い、いや、
これからすぐ図書室に行くよ!」
「全く、目を離すとすぐこれだ」
唯先輩は荷物を持つと駆け足で部室を出て行った。
はぁ…、余韻も何もあったもんじゃないですね。
そして唯先輩が出て行ったとなると次の矛先は当然
「梓、この間も言っただろう?唯のためなんだから」
やっぱり私ですよね。
そうですね。はい。
「すみませんでした」
「澪、そんなに怒るなよ。梓だって寂しいんだから」
「そうかもしれないが、唯が勉強しないと梓だって困るだろ」
それは確かに困ります。ものすごく。
「はい。以後気をつけます」
元々の原因は唯先輩なのに何故か私はその後も怒られ謝り続けた。
何だか理不尽だ。
私が怒られてる間、律先輩は嬉しそうだし。
結局今日は怒られて一日が終わった。
疲れてしまって部屋に入るとすぐベッドに横たわる。
考えるのは唯先輩の事
唇にまだ感触が残っている。
人の唇って柔らかいんだな。
そんな事をぼんやり思い出す。
それにしてもまさかキスされるとは思わなかった。
次に唯先輩と会ったらどんな顔をして良いかわからない。
でも会えないのは寂しい。
「はぁ…」
矛盾した気持ちがため息になった。
唯先輩は今日の事をどう思ってるんだろう。
ちゃんと勉強できてるのかな。
やっぱり勉強優先ですよね。
でも会って話がしたい。
考えがずっと同じ所を回って結論が出ない。
「はぁー」
さっきより深い二度目のため息。
模試が終われば会えるんだから、そう自分に言い聞かせる。
澪先輩に言われたように、唯先輩には勉強に専念してもらわないと。
私から会いに行く事はしない。
そう決めた。
偶然会える事に少し期待していたけど
結局模試の日まで唯先輩に会う事はなかった。
澪先輩に聞いたところによると勉強はずいぶんはかどってるらしい。
やっぱり会いに行かなくて正解だった。
そして模試当日
放課後、少し緊張しながら部室に向かうと律先輩がぐったりしていた。
澪先輩とムギ先輩は普段通り。
あれ、一人足りない。
「模試、お疲れさまでした」
「梓、疲れてるのはそこでぐったりしてる奴だけだ」
「梓ちゃん、久しぶりね」
「ムギ先輩、お久しぶりです」
声をかけて良いものか迷ったが、
「律先輩、お疲れさまでした」
「うう…」
涙目だった。
「ど、どうしたんですか」
「自分で思っていたよりできなかったみたいだな」
「あんなに勉強してたのに」
「自分でもそう思ってるみたいだから追い打ちをかけないでやってくれ」
「梓、お前も来年こういう目に会うんだぞ!」
「律、梓は普段からきちんと勉強している。お前とは違う」
「うう…」
「りっちゃん、元気出して。結果が出るまではわからないから」
「ムギ…、そうだよな!もしかしたら良い結果かもしれないし!」
いやそれは偶然良い結果なだけであって全く身についてないと思います。
と思ったが、さすがに私もそれは口にしない。
澪先輩もため息をついてる。お疲れ様です。
「ところで唯先輩は?」
「律以上にぐったりしてたな」
「唯ちゃん頑張ってたから」
「と、言う訳で唯は教室にいる。梓、連れて来てくれー」
「どうして私が」
「寂しかっただろー、唯に会えなくてー」
「別にそんな事はありませんが」
「でも、そろそろ起こしてやった方が良いかもしれない」
「良く寝てたから風邪でも引くといけないわね」
「私達は疲れている!だから、梓よろしく!」
「…わかりました。連れてきます」
疲れているのは、律先輩だけな気がするが
なぜか他の2人も私が連れてくるものだと思っているようだ。
仕方なく部室を出て唯先輩の教室へ向かう。
……緊張する。
教室の扉を開けると机に突っ伏して爆睡してる人が一人。
以前にもこんな光景を見た事があるが、いくら学校とは言え油断し過ぎです。
しかしまあ寝ていてくれて少し安心した。
心の準備ができる。
「唯先輩、起きてください」
「……」
「唯先輩!」
「……」
そんなに疲れたんですか。
それが結果に結びついてる事を心から願いますよ。
それにしても本当に良く寝ている。
ちょっと肩を揺すってみたが全く起きる気配がない。
困った。
しかし寝顔を見てると…つい、口元に目が言ってしまう。
まずい。変な気分になってきた。
……さすがに寝てる時にするのはどうだろう。人として。
でも、もう1回してるし。
いやいや、やっぱりダメだろう。
「……」
うーん、けど、ここまで寝てたら…
気付かないですよね。
「唯先輩」
さっきまでは起こすために、
今度は寝てる事の確認のために声をかける。
やっぱり反応はない。
「唯先輩、会えなくて寂しかったです。それと…
この間言えませんでしたけど、私も唯先輩の事が好きですよ」
そう呟いて、キスをした。
この間より少し長く。
そして顔を離すと、抱きしめられた。
「なっ!」
「あずにゃーん、おはようー」
「お、おはようございます」
驚きのあまり間抜けな返事しかできない。
一体、いつから…
まさかずっと?
「い、いつから起きてたんですか」
「うーん。『唯先輩、起きてください』の辺りかな」
「最初からじゃないですか!どうして起きないんですか!」
「うーん。初めはあずにゃんが夢に出てきたのかと思って」
最初は寝ぼけてたけどだんだん目が覚めてきたって事ですか。
いや目が覚めた時点で起きて下さいよ。お願いですから。
「ど、どうして途中で起きてくれなかったんですか」
「うーん。何となく寝ていた方が良い気がした。正解だったね!」
そういう所で無駄に勘を働かせないで下さい。
しかも正解ってなんですか。
ものすごく騙された気分ですよ、こっちは。
「と、とりあえず…、この体勢が辛いので手を離して下さい」
「あ、ごめん」
このまま何もなかった事にしてしまえるのでは。
そう思ったけど、やっぱりそんな事はなかった。
唯先輩は立ち上がるともう一度私を抱きしめなおす。
「いや…、別に改めてそうしてくれなくて良いです」
「ん?だって体勢が辛いって」
「そういう意味では…」
ごまかそうと思ったけど無理だった。
今、どんな顔をすればいいのかわからない。
「えっと、皆さん心配してますので部室へ行きましょう」
「もう少しこのままでいたい」
即答ですね。
絶対そう言うと思いましたよ。
やっぱりあんな事するんじゃなかった。
ものすごく恥ずかしい。
しかもその前に告白もしてる。
寝てるからと思って完全に油断していた。
とりあえず話題を変えよう。
「と、ところで唯先輩、……んっ」
キスされた。
「あずにゃん大好きだよ」
「な、何ですか!いきなり!」
「あずにゃんもさっき突然したよね。私が寝てる時に」
「う…、そ、それは」
確かに…
これは言い返せない。
「…その事は謝りますから忘れてください」
「忘れないよ。せっかくあずにゃんが好きって言ってくれたんだし」
「…それも忘れてください」
「へへー」
別に間違ってる訳じゃないけど勝ち誇られると何だか納得いかない。
負けず嫌いとしては。
いや別に勝ち負けじゃないけど。
その後、何度もキスされて、好きだと言われ
完全に唯先輩のペースになってしまった。
結局唯先輩に腕をまわしちゃってる私も私だけど。
それにしても、だんだんキスが長くなってきてる気がする。
このまま押し倒されるんじゃないかという身の危険を感じたのでちょっと中断。
「ゆ、唯先輩」
「ん?」
「えーっと、あ、そうです。模試です。どうだったんですか」
「…うーん」
はぁ、やっと落ち着いてくれたか。
私も落ち着こう。
と言うか、模試の話をした途端険しい顔になっている
あまり調子が良くなかったんだろうか。
律先輩より疲れてると言う事は相当がっくりきてるとか。
そんな時にこんな事してて良いのかな。
いや最初は私がしたんだけど。
「手ごたえはありましたか?」
「わかる所は書いたよー」
「それは当り前です。どれくらいわかったんですか」
「うーん…」
これは…、一体今までの期間は何だったのか。
勉強は順調じゃなかったのか。
まだ出禁は続くのか。
「で、でも模試ですから、本番じゃないですし」
「うーん…、ねぇあずにゃん」
「なんですか」
「もし私の成績が良かったら
ご褒美をくれる?」
「何ですか、ご褒美って」
「それはこれから考えるよ」
「構いませんけど、もし結果が良かったらですよ」
「わーい!」
良かった。さっきから唸ってばかりだったけどちょっと元気が出たようだ。
それにしてもいい加減、部室に向かわないとさすがに不審に思われる。
最後にまた長いキスをして私たちは教室を出て部室に向かった。
それからしばらくして、模試の結果が発表された。
「おい、梓見ろ!」
「律先輩、あんなに落ち込んでたのにすごいじゃないですか」
「そうだろ!澪に教えてもらった所は全部できたんだ!」
「そ、そうですか」
澪先輩の方を見ると顔を赤くしている。
やっぱり。
たぶん本人より澪先輩のが嬉しいんじゃないかな。
良かったですね。苦労が報われて。
そして唯先輩はと言うと
「じゃーん!」
この間D判定とか言ってたのに今回はB判定?
やってくれた。何だこの人。
あの時あんなに唸ってたのは何だったのか。
演技か。騙された。
「ムギちゃんのおかげだよ!ありがとう!」
「唯ちゃんの実力よ。頑張ってたものね」
「これでやっと部室に来れるよ!」
「唯、良かったな。好きなだけ梓に抱きついて良いぞ」
「うん!」
「律先輩!勝手に許可を出さないで下さい!」
部室がなごやかな雰囲気に包まれている。
良かった。とりあえず皆さんお疲れさまでした。
この調子で行けばちゃんと同じ大学に行けそうですね。
私も頑張らないと。
……と、それだけで話は終わるはずもなく
唯先輩がこちらを見ながら嬉しそうな顔をしている。
はぁ…、やっぱり覚えてましたか。
何を言われるのか。怖い。
結局今日は練習はせず久しぶりに全員揃って楽しい時間を過ごした。
その
帰り道、2人きりになってから唯先輩が話しかけてくる。
「あずにゃん、約束覚えてる?」
「約束?何でしたっけ」
もちろん覚えてますけど、とりあえずとぼけてみる。
それにしても本当に嬉しそうですね。
一体何をさせる気ですか。
「ひどいなー、成績上がったら何でも言う事聞いてくれる約束だよね」
「何だか表現が過激になってる気がしますが」
「覚えてるじゃん」
「まあ…」
やっぱり無かった事にはならないんですね。
諦めよう。
まさかそんなにひどい事はさせられないだろう。
良識を信じてますよ、唯先輩。
「そ、それで何をすれば良いですか」
「あずにゃん、今度の日曜日ヒマ?」
「はい?特に予定はありませんが」
「じゃあ土曜日からうちに
お泊りで!」
あれ?それだけで良いのか。
何かちょっと拍子抜けした。
もっとすごい事させられるのかと思ってた。
学校でネコ耳つけてメイド服着て1日過ごせとか。
それがご褒美になるのかどうかわからないけど。
……いや、ちょっと待て。泊まり?
「あ、あの」
「なにー?」
「ただ、と、泊まるだけで良いんですよね」
「んー」
「な、何をさせる気ですか」
「それ本当に聞きたい?」
「き、聞きたいような、聞きたくないような」
「そうだなー、させるって言うか、私がする。かな」
…か、考え過ぎだと思いたい。
そうだ。私達は高校生だ。
いくら何でもそんな事は…
「も、もう少し詳しくお願いできますか」
「…この間の続きを」
やっぱり…
この予想は当たってほしくなかった。
私が意識し過ぎだと思いたかった。
しかし現実は過酷だ。
「わ、私が嫌がる事はしませんよね」
「それじゃあご褒美にならないよー」
「い、いや、でも、それは」
「あずにゃんが本気で嫌ならしないよ」
良かった。ちょっと安心した。
しかし実際その場で私は本気で抵抗できるだろうか。
実はそこが一番不安だ。
結局何だかんだ言って受け入れてしまいそうな気がする。
「でも、あずにゃんは意外と押しに弱い」
「なっ」
読まれている。
しかしこんなんで良いのか。
事前に宣言されるって。
そういうのって自然にするもんじゃないんですかね。
もうちょっとムードとか。
だんだん澪先輩みたいな思考になっていく。
いやそれが普通の女子高生の感覚なんじゃないか?
何だか良くわからなくなってきた。
「大丈夫だよ。その日は憂もいないから」
「そうですか…っていないんですか!」
「うん。私以外は親戚の家に行ってるから」
「ゆ、唯先輩は行かないんですか」
「だって受験生だし」
「い、いや…」
違う。何かが根本的に間違ってる気がする。
受験生だから親戚の家に行かない、これはまあ良いだろう。
でも私を家に連れ込むのは良いのか。
ああ、連れ込むとか…発想がおかしくなってる。もうやだ。
「そんなに嫌?」
「い、いえ、ちょっと動揺が…」
「大丈夫だよ!」
「全く根拠のない励ましありがとうございます」
「じゃあ、あずにゃん土曜日待ってるね!」
唯先輩は笑顔で帰って行った。
これはもう覚悟を決めないと。
いや土曜日の事だけじゃない。
私が押しに弱いなら、唯先輩は意外と強引だ。
これから先もまだまだこんな事があるんだろうな。
そう思うとなぜか笑顔になってしまう。
少しの不安と大きな期待が入り混じった不思議な気持ちで私は家路についた。
- 続きは? -- (ナナミ) 2010-12-12 01:05:30
- 続きを~~ -- (名無しさん) 2011-02-27 00:08:14
- 続きプリーズ -- (柚愛) 2011-03-03 13:44:04
- 続きはよ -- (名無しさん) 2014-05-16 16:40:26
最終更新:2010年12月10日 13:52