※誰一人喋りません
秋の夕焼けに染み入るにぎやかな声
青年はしみじみと風情を感じながら家路につく。
にぎやかな声は、青年の畑の
ゆっくり達の声だった。
【静寂】
青年は一人立ちし、この春新しく家を構えた。健気に働いて稼いだ金で、小さいながらも土地も買えた。
青年は、野菜を育てることにした。農家の息子という生まれもあり、失敗はなかった。
そして秋、豊穣の季節。
収穫間際の作物達に心躍らせていたが、その希望は食い荒らされた。
小さな畑だった。
青年ひとりで充分まかなえるその畑で、売って稼ぐほどでもない量の野菜を育てていた。
自分で育てて自分で食べる、一人立ちの実感のためでもあった。
葉は捨てられ、添え木は倒され、土は踏み荒らされ、滓がそこらに散乱している。
実行犯は、まりさ種とれいむ種が1匹ずつ。よく実った野菜をかじり、悦に浸っている。
青年は、声を上げず泣いた。
次に、怒りを抱いた。
生まれてから一度も、誰にも抱いたことのない、紅い憎悪と殺意が、青年を駆り立てた。
一歩、一歩と荒れた畑に踏み入る。
育てた野菜の残片を、豊穣の神に感謝し食べるはずだったそれすらも踏み潰しながら。
手には鋤。
陽が西に沈みかけている。
長く伸びた影は、まりさを鈍く分断した。
分断されたにもかかわらず、まりさは悲鳴を上げる。
青年は間髪入れず、鋤を振り下ろす。幼い頃からの農作業、腰の入りが違う。
そこに生き物を殺すためらいはない。
二発、悲鳴が消える。三発、潰す感覚がなくなる。四発、餡子が飛び散る。五発、六発、七発、八発…
れいむが何か叫んでいるが聞こえない。体当たりを仕掛けてくるが、構わず鋤を振る。振る。振る。振る。
青年の頭には、虐待も制裁もなかった。
ただ殺す。
丹精込めて育てた畑を蹂躙したこいつらを、嫁も子もない青年の唯一の自己証明を食い荒らしたこいつらを、あとかたもなく消し去る。
一振りすれば皮が、一振りすれば餡子が。振り上げる度に鋤は土と野菜片を巻き上げ、そして振りおろされる。
数刻、そこにまりさはなかった。
皮も、餡子も、目も髪も帽子もリボンも、元がなんだったのか判断できないほどに潰れ、破れ、不自然に耕された土に埋まっていた。
青年は息を荒立てている。だが止まらない。
殺戮の衝動が、惨殺の決意が、土と餡子と野菜片にまみれてなお鈍く輝く先端が、足元のれいむへと向けられる。
れいむは、まだ体当たりを続けていた。
涙を流し、恨み節を叫びながら、ただひたすらに汚れた体をぶつけてくる。
剥き出しの悪意に気づかない。
蹴り飛ばした。加減はない。
れいむは吹き飛び、畑の裏の土地に落下する。
蹴り上げた衝撃と落下の衝撃で、餡子が漏れていた。意識はあるようだが動かない。
青年は鋤を振りかざし、落下点へ向かう。
れいむは減ってしまった餡子で、走馬灯を見ていた。
親に愛情深く育てられ、まりさと友達になり、つがいになり、子が産まれ、子が巣立ち…。
野菜を見つけ、幸福に浸っていた数刻前が、はるか昔のように思えた。
影がれいむを覆う。青年だ。西日を背負うように、青年がれいむに向かって走ってくる。
損傷からか立派に動ける状態ではなかったが、怒りはれいむを駆り立て、再び体当たりをしかける。
れいむの体当たりが届くことはなかった。
意識が途絶える。両断。
青年の手は休まらない。勢い衰えることなく、鋤を振るい続ける。何発も、何十発も。
腕が痺れようと、刃が欠けようと、狂ったように一点めがけて振り下ろす。
陽が完全に落ちるまで、それは続いた。
…
れいむも、言葉通り姿形を残さず消えた。
そこにかつてのれいむはなく、ただがむしゃらに鋤の跡が残っているだけだった。
かくして青年の復讐は終わった。
残ったのは、無残に散った滓だらけの土地と、疲労感。
そして、虚無。
青年は、時間を忘れその場に泣き崩れた。
夜が降りてくる。丸い闇が青年に近づいてくる。
宵闇の妖怪だ。
青年は闇に包まれる。妖怪は青年を食らおうとしたが、ふと思いとどまった。
この青年は泣いている。
自分が怖くて泣く人間はいるが、なにかが違う。悲しそうだと思った。
事情はわからなかったが、いいこいいこしてあげて、そのまま飛び去ることにした。
【あとがき】
どもっす、タカアキです。
台詞が苦手なら喋らせなければいい、と調子こいて書きました。
EDはとっさの思いつきだけどお気に入り。
最終更新:2008年09月14日 10:03