「おちびちゃん、おかえり!」
「ゆっくりしていってね!」
飼い主の女性に抱きかかえられて帰宅した子れいむを出迎えたのは彼女の両親のれいむとまりさだった。
更に少し遅れて妹の赤れいむと子まりさも玄関へと跳ねてくる。
そうして玄関に集った自分の大事な家族に1週間ぶりの挨拶をした。
「ゆっくちしていってね!」
その挨拶の後、女性の腕から飛び降りた子れいむは真っ先にリビングへと駆け出していった。
「ゆゆっ!おちびちゃん、すこしあしがはやくなったね!」
「まえより
ゆっくりできるこになったんだね!」
「「ゆぅ~、おねーしゃんはやいよ!」」
そう言いながら家族も子れいむに続いて玄関からリビングへと跳ねていった。
「まえはもっと甘えん坊だったのになぁ・・・」
そして独り玄関に取り残された女性は少し寂しげに微笑む。
確かに少しでも自立心を養ってもらおうと思ってがっこうに行かせたのだが、いざああいう風になるとちょっと物足りない。
そんな勝手なことを考えながら、ゆっくりとリビングへ行くと子れいむの口から信じられない言葉が飛び出した。
「ここはれいむのおうちだよ!おねーさんはゆっくちでてってね!」
「「おちびちゃん!?なにいってるの!?ここはおねーさんのおうちだよ!」」
「ちがうよ!にんげんはゆっくちできないんだよ!ゆっくちできないひとのおうちだよゆっくりできないんだよ!」
「「ゆっきゅちちちゃいよ!」」
久し振りに会った娘の言葉に凍りつく両親。
その傍らでゆっくり出来ないという言葉に過剰に反応して泣き出してしまう赤ちゃん達。
しかし、子れいむはそんな赤ちゃん達を頬ずりして慰めると更にこう言い放った。
「だかられいむのおうちにするんだよ!そしたらみんなゆっくちできるよ!」
「「ゆゆっ!おねーしゃん、ほんちょうにゃの?」」
「ほんとうだよ!せんせーがいってたよ!」
「ああ、ここはれいみゅたちのおうちだにぇ!」
「だからゆっくちできないおねーさんはゆっくちででてってね!ゆっくちできるんならいさせてあげるよ!だからおかちを・・・ゆべっ!?」
さっきまで寂しいなどと思っていたのがまるで嘘だったかのように一瞬にして怒りに支配された飼い主の女性。
彼女は近くにあったハエ叩きを手に取ると、何も言わずにリビングでふんぞり返っている3番目に大きい饅頭をぶっ叩く。
すると、子れいむは丸っこい体を大豆のような形に変形させながら壁へと叩きつけられた。
「「ゆゆっ!?おにぇーちゃんになにしゅるの!?ぷきゅううううう!」」
目の前でゆっくり出来るとと言ってくれた優しい姉が酷い目に合わされ、彼女の妹達は一斉に憤り、頬を膨らませる。
一方、両親はれいむが弾き飛ばされた娘を舐めて介抱し、まりさが「あかちゃんたち、そんなこといわないでね!」と赤ちゃんを諌めていた。
が、久し振りに会った姉を酷い目に合わせた女性に謝れなどと言う要求を受け入れられるはずもなく、まりさは赤ちゃんに罵られてしまった。
「おきゃーしゃんはゆっくちできにゃいひとのみかちゃにゃの!?」
「ひどいよ!れーみゅのおねーしゃんがひどいみぇにあわしゃれてりゅのに!?」
「いまのはおねーちゃんがわるいんだよ!ゆっくりりかいしてあやまってね!」
「おねーちゃんはゆっくちちようとちただけだよ!」
「れーみゅにゃにもわりゅいことちてにゃいよ!」
「おねがいだよ!ゆっくりあやまってね!でないとゆっくりできないよ!」
「おきゃーしゃんはまりしゃをゆっくちしゃせてくれにゃいんだね!ひどいよ!」
「ゆっきゅりできにゃいおきゃーしゃんなんちぇきりゃいだよ!ぴゅんぴゅん!」
「どほぢでぞんなごどいうのおおおおおおおおお!?」
可愛らしい我が子が痛い目に遭わないようにと言う両親の配慮は全く赤ちゃん達に届かず、彼女達は親まりさを罵倒する。
そして、罵倒された親まりさは我が子の心無い言葉に傷つき涙を流す・・・そんな光景を見かねた女性は、ハエ叩きで2匹の赤ちゃんをなぎ払った。
それから3匹の子ども達は執拗にハエ叩きで打たれ、自分たちの非を認めて反省する頃には人間で言うところの青あざのようなものが全身に浮かんでいた。
「おにーさん、おうちにかえるまえにこーえんであそぼうよ!」
「ああ、構わないよ。じゃあ、ちょっとだけ寄ってこうか?」
公園に入ると子まりさは腕から飛び降りて、久し振りに会った親友のありすのもとへ向かっていった。
そして久し振りの挨拶を交わすと、楽しそうに芝生の上を駆け回り、皆で仲良く鬼ごっこに興じている。
1週間の間に心なしか一回り大きくなった子まりさはとてもゆっくりしていた。
「あ、貴方は・・・まりさちゃんの?」
「あ、ええ、はい。まりさの飼い主です」
「お久し振り」
「は、はいっ!ゆっくりのがっこうってのに参加してたもので・・・」
にこやかな笑みを浮かべて話しかけてきたのはまりさの親友のありすの飼い主の女性だった。
近くの大学の学生で、彼より3つほど年上の、少しウェーブのかかった長い黒髪が目を引く今時珍しいおしとやかな人。
実を言うとまりさを飼い始めた動機が彼女と親しくなるきっかけ欲しさだったりする。
「「ねーねー、おねーさん!」」
「ん、何かしら?」
無邪気な笑みを浮かべて跳ね寄って来る2匹のうち、まりさの口には・・・なんとムカデが咥えられていた。
彼女の口の中でもぞもぞと蠢くそれに気づいた女性は悲鳴を上げて隣にいた男性にしがみついた。
「いやああああああああああ!!」
「だ、大丈夫っすか!?」
瞬間、彼はその女性が虫が苦手なことを悟り、即座に彼女からそれを遠ざける最良の手段を取った。
「虫なんて見せに来るんじゃないッ!!」
「ゆびょあ!!?」
すなわち、虫を咥えてきた子まりさごと容赦なく蹴り飛ばした。
何気にサッカー部のエースストライカーだった彼の蹴りは痛烈で20m以上も宙を舞った子まりさは木に激突し、餡子と一緒にムカデを吐き出した。
「ゆゆぅ・・・きょわいよぉ・・・!」
自分の大好きなまりさを蹴っ飛ばした人間に自分の大好きな女性がしがみついているその異様な光景をありすは怯えた目で見つめながら思った。
やっぱり人間が虫さんを捕まえたら喜ぶなんて嘘だったんだ、ご褒美よりもゆっくり出来る貢ぎ物がもらえるなんて嘘だったんだ、と。
「むきゅ~・・・ぱちゅりーのおうたをきいてね!」
ダンボールを敷いて、人々の域か行きかう歩道の隅に佇んでいるのは1匹の子ぱちゅりーだった。
実は彼女はゆっくりのがっこうの噂を聞いてこっそりと潜り込んだ野良だった。
それもこれも何とかして生活の糧を得るすべを学ぶため、飼いゆっくりのマナーを学ぶため、知識を欲する種の本能ゆえ。
「むっきゅ~むきゅ~むっきゅ~むきゅ~♪」
ざわ・・・ざわ・・・
ざわ・・・ざわ・・・
そして彼女は今がっこうで学んだお歌で人間をゆっくりさせることで人間から謝礼を得るという行為を実践していた。
しかし、彼女は気づかない。それがよほどの才を持ったゆっくりが、人間の基準に従って歌わない限り意味を成さないことに。
彼女は気づかない。彼女のか細い歌声が行きかう人々の喧騒にかき消され僅か1m先にいる人にさえ届いていないことに。
彼女は気づかない。見返りを与えるのは自分が飼っているゆっくりに上手なお歌を仕込むための躾の一環に過ぎないことに。
「むきゅう~~ん♪・・・・・・むきゅ!?」
だから歌い終わってあらかじめ置いておいたお金を入れるための空き缶が相変わらず空だったのを確認した彼女は驚愕した。
そして、行きかう人の群れに向かってぴょんぴょんと跳ねながら罵声を浴びせた。それが命取りになるとも知らずに。
「あ゛ん?・・・なんだ、ゆっくりか・・・」
「むきゅ!?おにーさん、ぱちゅりーのおうたをゆっくりきいてね!」
始めて立ち止まってくれたのはサングラスをかけた柄の悪そうな男性。しかしこれでも大学生だ。
じっと遥か上からぱちゅりーを見下ろす彼に向かってぱちゅりーは微笑む。
そして、れいむ先生曰く「にんげんさんをゆっくりさせるてんしのうたごえ」を思う様披露し始めた。
「むきゅ~んむきゅむきゅむっきゅっきゅ~♪」
「・・・・・・」
「むっきゅりむっきゅり、ゆ~ゆ~ゆ~♪」
「・・・・・・」
「ゆっくり、ゆ~ゆ~、むっきゅっきゅ~♪」
「・・・・・・」
心行くまでお歌を歌ったぱちゅりーの顔には疲労感と満足感の両方がにじみ出ていた。
再び空き缶を見てみるがやっぱりすっからかん。
「むきゅ~!おにーさん、おうたをきいたんだからおかねをいれてね!」
「・・・・・・はぁ?」
「ぱちゅりーのおうたをきいたのよ?ゆっくりできたのよ?だからたべものかおかねをちょうだいね?」
「お金っていくらだよ?」
男は柄は悪いが案外律儀だったようで、ゆっくりの戯言に付き合う。
彼の言葉を聞いたぱちゅりーは得意げに胸を張り「“ご”だよ」と言った。
その言葉を聞いた男は5円玉を取り出し、空き缶に放り込んだ。
「むきゅ!?それはいちよ!ぱちゅりーがほしいのは“ご”よ!」
「あ゛ん?だから5円をやったじゃねーか?」
「むぎゅうううう!あれはいぢよ!?」
「はぁ・・・やってらんね・・・」
そう吐き捨てると男はさっさと立ち去ってしまった。
しかし、ぱちゅりーに彼を逃すつもりは毛頭なく、必死に跳ねて彼を追いかけようとする。
「むきゅ~!まって~・・・むぎゅ!?ゆべっ!?ぎゃっ!?・・・ゆぎぃ!?」
ざわ・・・ざわ・・・
ざわ・・・ざわ・・・
そして雑踏に飲み込まれ、踏まれ、蹴飛ばされて手の施しようのないほどの傷を負ってしまった。
数えるという行為は「何を数えるか」と言うことを明確にしないと何の意味もなさないことをこのぱちゅりーが知ることは永遠になかった。
「おねむなんだねー、わかるよー」
子ちぇんが飼い主の少年に連れられておうちに帰ったとき、4ヶ月になる少年の妹がすやすやと寝息を立てていた。
彼女のゆっくりした姿を見ていると自分もお姉さんになったような気分になり、嬉しくなってくる。
だから、姉として何かしてあげたいと思ったとき、まりさ先生の言葉を思い出した。
(きのうれいむにきいたでしょ?まりさたたいはねぇ・・・にんげんさんたちをゆっくりさせてあげるてんしさんなんだよ!)
(だったらまりさたちがげんきじゃなかったらぱちゅりーのおねーさんはゆっくりできないでしょ!)
思いっきり息を吸い込むと、満面の笑みを浮かべて跳躍し、赤ん坊に向かって叫んだ。
「ゆ っ く り ね て い っ て ね !!」
「うあ、うるさっ!?」
いきなり子ちぇんの大声に驚いた手を洗っている最中だった少年が何事かと思ってリビングに行くと、ベビーベットの前で子ちぇんが空気を吸っていた。
そして、再び跳躍しながら「ゆ っ く り ね て い っ て ね !!」っと叫ぶと、赤ん坊が目を覚まし、ぐずりだしてしまった。
「おい、ちぇん!何叫んでんだよ!俺の妹が寝てるんだぞ?」
「ゆゆっ!わかるよー!だからもっとゆっくりさせてあげてるんだよー!」
そう言うと子ちぇんは再び空気を吸い込み、再び大声を出そうとする。
が、突然の浮遊感とその直後にやってきた衝撃によってそれは妨げられた。
「どうしたんだよ、ちぇん!?訳の判らないこと言いやがって」
「どおぢでじゃまずるのー、わがらないよー!」
少年は勘が良かった。その一言で良くわからないなりにも説得は不可能であると判断し、これ以上叫ばれるまえに気絶させることにした。
さっきやったように尻尾を掴んで振り回しては壁や床にたたきつけ、子ちぇんの鳴き声と吐餡の状況を確認しながら何度も何度も叩きつける。
「ゆぎゅっ!?ゆぎぃ!?がっ!?・・・わがらないよー・・・」
やがて、子ちぇんが気を失ったのを確認した少年はさっきから泣き通しの妹を抱きかかえ、あやし始めた。
『ゆっくりのがっこう』から帰ってきた子ども達の末路は他も似たようなものだった。
ある子ありすはお菓子を食べ散らかす姿が都会派じゃないと家族からリンチに遭い大怪我を負った。
ある子みょんは大量の虫を口の中に含んで嬉々として飼い主に見せたところ気持ち悪がられて捨てられた。
ある子ぱちゅりーはペット禁止のアパートで大声を上げてしまい、大家さんの怒りをかわす為に飼い主の手で食用饅頭にされた。
一部には躾上手の飼い主の手であっさり更正したものもいたが、殆どの子ども達は更正するまでに長い時間苦しい思いをしながら過ごすこととなる。
全ての元凶であると思われる『ゆっくりのがっこう』には批判が相次ぎ、二度とこのカリキュラムが開催されることはなかった。
そして、子ども達を人間社会に不適合な個体にしてしまった先生たちは責任を取って加工所送りとなったそうな。
‐‐‐あとがき‐‐‐
気がつけば30kbを超えてやがる・・・!?
久し振りの現代社会が舞台の作品なので何となく世界観を整理してみた。
よほど暇な方以外は回れ右で。
- ゆっくりの利用価値はあくまで愛玩動物としてのそれのみ。日本におけるハムスターなんかとほぼ同じ。
- なのでなんやかんやでわりとゆっくりは可愛がられている(ただし軽い虐めを含むことが多い)。
- 反面、捨てられたゆっくりが社会問題になっている。
- 病気持ちや子連れなども多いため拾ってもらえることはまれ。
- ゆっくりと人間以外の動物にはあまり歓迎されない味らしく、野良が食われることは少ないが保健所には野良処分用の酷く飢えた犬猫がいる。
- ゆっくり関連商品は“ゆっくりカンパニー”は圧倒的なシェアを占めている。この会社の社長は八雲 紫(大した意味は無い)。
- この社の商品開発の際にはかなり酷い実験が行われているが、まだゆっくり保護団体などの力が弱いので圧力等はあまりない。
- そう言った組織や他のゆっくり関連企業、アングラの虐待クラブなどは何故か大半が短期間でつぶれる。
- あまり有名でない大学が奇をてらって“ゆっくり学部”を開設し、ゆっくりカンパニーとの間にコネを築いていたりする。
- 勿論、食用のゆっくりも存在する。
- 野良のゆっくりは一定数を超える群れにならない限りは放置されている。
- 種の多様性はそこそこにあるが、うーぱっくやドスは確認されていない。
- 一部に過去作品の人物が登場。
適当に書いてるうちにえらいことになっていたorz
byゆっくりボールマン
最終更新:2008年10月28日 16:33