うちに帰るとゆっくりが強盗に来ていた。
「ゆっ! ゆっくりにげるよ!」
キッチンでジャガイモをくわえていたまりさが、ぴょんと飛び上がって、もそもそ走っていく。
バカヤロ誰が逃がすか。俺はダッシュしてまりさを飛び越え、縁側に先回りした。
割られていたガラスの代わりにガラガラッと雨戸を閉める。
あーあちくしょう、これ実害じゃねえか。侵入だけなら許してやらんでもないと思ったのに。
実刑判決だな。執行猶予なし。
「ゆうっ! しめられちゃったよ! しかたがないね、ゆっくりあやまるよ!」
またピョンと跳ねたまりさが、俺を見てニコニコと笑いかけた。
「おにいさんごめんね! まりさははんせいしてるよ、ゆっくりゆるしてね!」
ピキキッ。
いかん、温厚なつもりが。
これはけっこう……クるわぁ。
「あぁ? なんだこのお調子もんが、それで許されると思ってんのかバカアホ短足ふくれ饅頭」
「ゆゆっ!? ゆるしてくれないの?」
「ったりめぇだ誰が許すかトンチンカンのアンポンタン! 藪にらみのへっぴり虫のインチキお化けのぶちゃむくれーのスットンキョーのデブ饅頭!」
「でぶっ!? まっまりさでぶじゃないよ! ゆっくりおこるよ!?」
またピョンと跳ねると、まりさは涙を浮かべてぷぅーっと膨れ上がる。
ゆっくり怒りのポーズだ。すかさず俺は怒鳴る。
「うるせえバーカ何がデブじゃないだこれだけボヨボヨならデブ以外の何もんでもねえだろうが!」
「ゆうっ? ゆゆゆゆ」
「デーブデブデブ脂肪の子! 太った中身はあんこっこ! 三段腹の怪生物!」
「ゆぐあああ、まりさでぶじゃない、でぶじゃないいい!」
ぷひゅるるる、と潰れてから、のてんばたん、のてんばたんとまりさはもだえる。
その鼻面に顔を突きつけてさらに怒鳴る。
「デブだしトンマだしノロマだド畜生! 田舎くさい土饅頭がダサボロい古帽子かぶって似合うと思ってんのかエセ生首の低脳団子!」
「だだだだだっ、ださくないいいぃぃぃぃ!!! まりさのおぼうしはさいこうのおぼうしなのぉぉ!!」
お、真っ赤になってわめきだした。そうだそうだ、ここがツボだった。
「お帽子お帽子素敵なお帽子真っ黒お帽子なんの色? あ・ヘドロ色♪ あ・ゴミの色♪ あ・葬式の・服の色♪」
ぺしぺしぺしぺし。帽子をはたいて歌ってやると、狂ったようにゴロゴロころがった。
「うだうな゛あぁぁぁぁぁぁ!!! おぼうしのへんなうだうだうなああぁぁぁ!!!」
「お帽子お帽子素敵なお帽子真っ黒お帽子なんの色? あ・燃えちゃった♪ あ・おコゲ色♪ あ・臭くて汚いうんうん色♪」
「やめろ゛ぉぉぉぉぉぉ!!!!? ぞんなうだ、なじなじなじなじぃぃぃぃぃぃ!!!」
「真っ黒まりさのお帽子は 昔々のお婆ちゃん しわしわばばあのお帽子だ かぶるとばばあだ、ババまりさ」
「ばばばばばばば、ばりざばば゛あじゃないよ゛ぉぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!?」
半狂乱で喚き立て、跳ね狂い、唾を飛ばす。
俺はにんやり笑って、正面から言う。
「ばば・まりさ☆」
「ばばあじゃないぃ!」
「ばばあ。おばばまりさ。しわしわクシャクシャ口臭い」
「くざぐ゛ないいぃぃぃ!!」
「鼻がない。耳もない。ないない尽くしない尽くし。ゴロゴロ転がるボールまりさ」
「なぐな゛いっ! なぐないのぉぉぉぉ!!!」
ぐっ、と腰を据えたかと思うと、猛烈に激怒した風情でぶるぶるぶるぶる震えながら怒鳴った。
「服も着てないパンツもはかない、エプロンもなければ箒もない。貧乏まりさ、ないないまりさ」
「ふっ、ふぐっ? ふぐってなに?」
目を白黒させるまりさを、すかさず嘲笑。
「服って何って? 服を知らないんだ。やぁーいやぁーい、バカまりさアホまりさ何にも知らないオタンチンまりさ! 服ってのはなぁーこれだよこれ!(バフバフ)見りゃわかんだろなんでわかんないんだっとにゆっくりはバカで愚かで無知でスカタンでアンポコリンでオッチョコチョイでメンチボーでアンガラモンガラでブッポーソーだなアッチョンブリケ!」
「あんがらっ! ぶりっ! ぎゅあああああああああ!!!!」
鬼のように目を吊り上げて、口をグワッと全開にして、とにかく何か言い返そうとした途端――
ぶっちーん、とまりさのこめかみが弾けた。途端に、ぶりゅーっと餡が噴出する。
「ゆ゛う゛っ!?」「うおっ!?」
まりさ本人だけでなく俺も驚いた。まりさの横顔から噴水のように餡が吹き出ていく。
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、だめっあんこざんっでちゃだめっ!」
餡子を止めようと思ったのか、そわそわっ、とまりさはせわしなく左右を向いた。
しかしそれで遠心力がついてしまって、かえってビュッビュッと餡が勢いを増した。
「ゆ゛を゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!? とめてとめでどめで! おに゛いざんあんこどめでぇぇ!」
びょびょっ、と俺に近づいて、まりさは哀願した。しかし悪いが、俺はまったく逆のことを考えた。
「あーんこあんこ、あんこはうんこ、うんこがぴゅー! まりさがぴゅー! うんこまりさがぴゅっぴゅっぴゅー!」
「ゆがあああああ!!! ばりざはうんごまりざじゃない゛いぃ゛い゛ぃ゛!!」
びゅびゅー。
「や゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! おに゛いざんや゛めろ゛お゛お゛、あんごでぢゃうでじょおおおお!!?」
「うーんこまりさは真っ黒まりさー、中身も帽子もうんこっこー」
「う゛んごじゃなあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い!!!」
それがまりさの遺言だった。
激怒とともにブシャアアアアと餡子が噴いた後は、急にまりさは空ろな顔になって、ヘタヘタと崩れてしまった。
帽子の下で、くぼんだ眼窩の中の目玉を左右別々の方向に向けたまま、「う゛ う゛ん う゛ ゆ」とつぶやいている。
どうやら、激怒により餡圧が高まりすぎて破裂した挙句、餡子欠乏に陥ったらしかった。
俺は、畳一面の餡子とガラスの破片を避けながら、雨戸をカラカラと開け、マイルドセブンエクストライトに火をつけた。
「ふぅ……」
そして、次から外で罵倒しようと心に決めた。
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罵倒マジで難しいです。すぐ子供言葉になってしまう。
「機関銃のように罵声を浴びせる」ことのできる人がうらやましい。
YT
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最終更新:2008年11月08日 08:16