「ゆぅ……この群れもゆっくりさせてあげられなかったよ……」

森の奥深くで、無数のゆっくりの死骸を前にして呆然と呟く巨大なゆっくりまりさ。
髪に沢山のリボンやらボロ布をぶら下げるそのまりさは、他のゆっくりから[ドスまりさ]と呼ばれている。
体高は通常サイズのゆっくりのおよそ十倍。
頭脳は賢さに定評のあるぱちゅりーを遥かに凌ぎ、その力は人間ですら数人がかりでないと敵わない。
どんなゆっくりよりも気性が穏やかで優しく、ゆっくりも含めた全ての生き物をゆっくりさせたいと願う、
この森で最もゆっくりしたゆっくりである。髪にぶら下げているのはそのゆっくりぶりへの信頼の証である。
更に通常のゆっくりとは比較にならない位ゆっくりした結果、飲まず食わず眠らずで生きていける体になった。
ドスまりさはその性格から、あまりにもゆっくりするに不向きな性格で脆弱な心身を持つゆっくり達を放っておけず、
ゆっくり達をまとめあげてはゆっくりと過ごす為の様々な知恵を授けて回っている。
だが、ドスまりさの教えを素直に実行するゆっくりは殆ど居なかった。



『好き放題食べ物を食べたら駄目なんだよ!草さんや虫さんがゆっくりできないんだよ!』
『そんなのしらないよ!れいむたちはおなかがすいてるんだよ!!』
『そうだよ!くささんやむしさんをたべないとみんなゆっくりできないでしょ!!』
『食べたいだけ食べてると草さんも虫さんも居なくなっちゃうんだよ!!だから我慢してね!!』
『なにいってるの?くささんもむしさんもかってにでてくるんだよ!!』
『どすなのにそんなこともしらないの?ゆっくりできなかったんだね!かわいそう!!』
『皆だって勝手に増える訳じゃないでしょ!?草さんだって虫さんだって同じなんだよ!!』
『ゆぅぅぅ!?ゆっくりはくささんやむしさんとはちがうでしょ!!へんなこといわないでね!!』
『あまりおかしなことをいうとかしこくてやさしいまりさだっておこるよ!!ぷんぷん!!』

どれだけ必死にドスまりさが節約の重要性を訴えても、聞く耳を持つ者は殆ど居なかった。
その群れでは数匹のぱちゅりーがドスの教えを理解したが、結局誰にも相手にされる事無く、
業を煮やした仲間達に襲われ、生きたまま少しずつ食われて、やがて死んだ。
この群れは結局、周辺の食料全てを食い尽くし、極度の飢えから共食いに至り、全滅した。


『すっきりしたいだけすっきりするのは良くない事なんだよ!!ちゃんと子供を育ててね!!』
『なにいってるの!?すっきりしないとあかちゃんがうまれないでしょ!!』
『そうだよ!!あかちゃんがうまれないとむれがなくなっちゃうんだよ!!』
『沢山子供が居るから子供の世話が出来ないで皆死んじゃうんだよ!!ゆっくり理解してね!!』
『すぐしんじゃうからたくさんうむんでしょ!?どうしてわからないの!!』
『どすはからだがおおきいからすっきりのきもちよさをしらないんだね!!かわいそうだね!!』
『ろくに食べ物も食べないで死んじゃう子供が可哀想じゃないの!?それでも親なの!?』
『どおぢでぞんだごどいうのおおおおおおおおおおおおおいおお!!?』
『ありずだぢごんなにがなじんでるどにいいいいいいいいいいい!!!』
『子供を産み過ぎたから食べ物をあげられないんだよ!!だからすっきりは控えてね!!』
『わけわかんないこといってすっきりをじゃましないでね!!ぷんぷん!!』
『ありすたちこれからいっしょにすっきりするんだからあっちいってね!!』

どれ程必死にドスまりさが家族計画の重要性を訴えても、耳を傾ける者は殆ど居なかった。
その群れでは数匹の母れいむがドスの教えを理解したが、結局誰にも相手にされる事無く、
業を煮やした仲間達に散々慰み者にされ、体から無数の蔓を生やして死んだ。
この群れは結局、複数の家族間での乱交を繰り返し、全ての大人が妊娠して餌を取れなくなり、全滅した。


『もっときちんと食べ物を取りに行かないと駄目でしょ!そんなんじゃゆっくりできなくなるよ!!』
『なにいってるの?みんなとってもゆっくりしてるよ』
『そうそう。だからごはんなんてそのうちとりにいけばいいよ』
『そういう訳にはいかないでしょ!いざと言う時の為に備えておかないと死んじゃうよ!!』
『どすってばぜんぜんゆっくりできてないね。かわいそう』
『そんなにゆっくりできないならどすがごはんをもってくればいいよ』
『自分が食べる物まで人任せでどうするの!!食べ物を貯めておかないと冬も越せないよ!!』
『そんなことないよ。ゆっくりしてればなんとかなるよ』
『それがゆっくりというものなんだよ』
『そんなのは思い込みだよ!!食べ物もないのにどうやってゆっくりするつもりなの!!』
『ああもううるさいなあ。れいむたちのゆっくりをじゃましないでね』
『ちっともゆっくりできないどすはいらないよ。ゆっくりしないでどっかいってね』

どこまで必死にドスまりさが食料の備蓄の重要性を訴えても、話を聞く者は殆ど居なかった。
その群れでは数匹のまりさがドスの教えを理解したが、結局誰にも相手にされる事無く、
まりさ達を完全に無視してゆぅゆぅと眠りこける仲間達を尻目に必死で餌を集めるようになり、過労死した。
この群れは結局、ゆっくりの食べ物が激減する冬が来るまで怠惰を貪り続け、冬を越せずに全滅した。



そんな風にいくつもの群れを救おうと努力し、そして救おうとした全てのゆっくりの死を見届けてきた。
最初のうちはドスが直接手を貸していたが、そうなるとその群れは何もしなくなり、全滅を早めた。
そして今、ドスの目の前にあるゆっくりの群れの残骸。
これらは、人間の食料の味を覚え、人間の畑や食料庫に何度も何度も手を付けた結果、
人間達に本格的に駆除される事となり全滅した。
ドスまりさならばやってきた人間達を追い返す事も出来ただろう。
が、そのような事をすれば群れは益々増長し、又人間達も本気になってゆっくりを討伐しにかかるのは明らかだった。
結局一足先に群れを離れて様子を伺い、安全になった頃にまた戻ってきたのだった。
「まりさは何をやってるんだろ……ゆっくりさせてあげようとして、結局逃げて生き残って……」
想像を絶する悲しみと徒労感がドスまりさを襲う。
ゆっくり達が死でいく様も、それをただ眺めている自分自身にも、既に嫌気が差している。
それでもこういった事をやめないのは、やはり生来の優しさからであろう。

一通り群れへの弔いを終え、次の群れを探す為に歩き出した瞬間、突如としてドスまりさの目の前に奇妙な物が現れた。
「ゆっ?これは何だろ……」
それはただ中空に静かに漂い、陽炎の様に不確かで、そして今までドスまりさが見たどんな生物よりも禍々しい圧力を感じさせた。
ドスまりさが警戒して後ずさると、ソレから声が聞こえてきた。
『そう、力を持ち知恵を持ち、優しすぎるが故に誰よりも苦しんでいるのね』
「だ、誰なの!?」
ドスまりさは久しぶりに汗を流しながらソレに向かって呼びかける。
『そう、とっくに絶望しているのに、無駄だと完全に理解しているのに諦める事ができないのね』
「お姉さんは妖怪さんだね!まりさに一体どんなご用なの!?」
ドスまりさの呼びかけには答えず、恐怖を誘う程に美しく、声は響く。
『そう、この世界その物に、あなたの真実のゆっくりは存在しないのね』
「姿を見せてね!!!」
ドスまりさがたまらず叫んだ瞬間、ソレ―――空中に開いたスキマの中から一人の女性が出てきた。
「初めまして、貴女が例のゆっくりね。私の名は八雲紫。通りすがりの単なる美少女占い師ですわ」
「ま、まりさはまりさだよ……皆からはドスまりさって呼ばれてるけど」
「ええ、よく知っているわ。ねえドスまりさ、何故貴女はそんなに無駄な事を繰り返すの?」
「そ、それは……皆がゆっくりすればまりさもゆっくりできるから……」
質問の意図すら掴めずに、オウムの様にただ答えるドスまりさ。
隠していても尚肌で感じられるほど強烈な妖気が、ドスまりさの神経を疲労させる。
「違うわね。貴女は一人でもゆっくりできる筈よ。貴女にはそれだけの能力がある」
「そんなの駄目だよ!!まりさ一人だけでゆっくりしたっていつかゆっくりできなくなるよ!」
「そうかしら?他のゆっくりは貴女の荷物にしかならないのではなくて?」
「そんな事……そんな事は……」
それは確かにドスまりさも薄々気付いて居た事だ。いや、気付いて目を逸らしていただけだ。
だってそんなのは、そんな事を認めてしまったら……
「親切なお姉さんが忠告してあげるとね、貴女は今すぐ他のゆっくりを見限ればゆっくり出来るわよ」
「そんなのは……そんなのは寂しいよ。皆一緒じゃないと、ゆっくりとは言えないよ」

一人は寂しい。独りで産まれて独りで生きてきたドスまりさにとって、仲間というのは何よりも大切な物だ。
仲間が居ない孤独な生など、生きているとは言えないとドスまりさは考えていた。
だからこそ仲間(ゆっくり)と共にゆっくりする為の道を模索してきたのだ。

「そう。それが貴女の選択なの。いいでしょう。仲間を想うその心に感動しました。
 なので、ゆっくりする為のちょっとしたプレゼントを差し上げますわ。目を瞑りなさい」
「……?」
言われるがままに目を瞑るドスまりさ。その瞬間、何処かへ落ちていくのを感じた。
「な、何これ!?どうなってるのおおおお!!?」
「安心なさいな。じきに辿り着くわ。貴女のゆっくりプレイスに」
「ゆゆ!そ、そうなの!?皆も一緒!?」
「ええ勿論。だから到着するまでの間決して目を開けないように」
「分かったよ!お姉さんありがとう!まりさ、お姉さんの事は必ず忘れないよ!!」
「そう、貴女は賢いのね。……それじゃ私はこの辺で。ごきげんよう」
「さようならお姉さん!お姉さんもゆっくりしていってね!!」
見知らぬ大妖怪に心の底から感謝の気持ちを贈るドスまりさ。
これ程までにゆっくりとした気持ちになれたのは生まれて初めての事だ。
ああ、ゆっくりプレイスというのは一体どのような場所なのだろう―――

「やれやれ、これで漸く完了ね」
帰宅し、縁側で式神に淹れさせた茶を啜って一息つく紫。
「お疲れ様でした、紫様。それで、結局アレは何だったんですか?」
紫の肩を丁寧に揉みながら質問する式神。
「アレというのは何かしら、藍?ドスまりさの事?それともゆっくりそのものの事?」
「勿論、両方ですよ」
紫は面倒臭そうに答える。
「結論から言うとどちらも異世界原産の生物よ」
「異世界の……それはまた随分遠くから来たものですね」
式神は紫の突拍子も無い話を疑おうともしない。
「まあそうね。藍の性能では無理でしょうけれど、私なら何とか出所を測定できたわ。それでも数年かかってしまったけれど」
「恐れ入ります。私等はてっきり、紅魔館の小娘あたりが何かしたものかと」
「あの本の虫の娘?まさか。あの娘じゃ痕跡すら残さずにあんな物を作る事はできないわ」
「まあ、そうでしょうけれど」
「この世界から遥か西へ西へ進んだ所にある世界。あのドスまりさはそこからこの世界にやって来た。
 そして、外の世界では当然受け入れられずにこの幻想郷に入ってきた。通常のゆっくりはそのデッドコピーよ」
「すると、ゆっくりの方は幻想郷原産と言えるのでは?」
「いいえ、異世界原産よ。両者に別種と言える程の違いは無いもの。どちらもゆっくりするだけで生きていける」
「しかしゆっくり達は……」
「そこがデッドコピーなのよ。原種には不要だけれど、ゆっくり達は欲求を満たさないとゆっくりが得られない」
「ああ、なるほど。生きる為に必要な行為に快楽が付随するのではなく、生きる為に快楽を得るのですか」
「そういう事」
「ですが何故ゆっくりなんて物が?誰かが作り出した訳ではないですよね」
「確かな事は私にも分からないわ。推測なら言えるけど」
「聞かせて下さいよ」
「じゃあ次、腰ね」
「はいはい分かりました。それじゃ横になって下さい」
「ああ~いい気持ち。……私はこう推測するわ。あれらゆっくりは、幻想郷自体が生み出した物ではないかと」
「え!幻想郷が!?」
ぐきり、と嫌な音を立てる紫の腰。藍は慌てて謝り、より丁寧に揉み解す。
「後でおしおきね。……恐らくあの匂いが原因でしょうね。匂いと言っても、それ自体が力を持っていたけれど。
 異世界のとても清浄な匂いと幻想郷その物が持つ霊力、それとドスまりさの願望が結実してゆっくりになったんでしょう」
「願望?」
「ええ。きっと誰だって抱いている願望よ。表現の仕方は違うけれど」
「……やけに棘のある物言いが気になりますが、それで大体分かりました。で、結局ゆっくりも?」
「勿論。ゆっくりはこの世界にもあの世界にもあってはならない異物だわ。だから根絶やしにしたわ」
「紅白が、でしょう」
「私がさせたのだから私の成果よ。次、脚ね」
「はいはい」













落ちる。落ちる。落ちる。
落ちて。落ちて。落ちて。
堕ちた。

「ゆっ!……こ、ここが……」
ドスまりさがゆっくりと目を開けると、
そこは果てしなく広く、清浄な空気に満ち、美しい草花が咲き誇り、愛らしい鳥達が歌い、
そして何よりもゆっくりしたドスまりさの仲間達が居た―――

「ここが……ここが!ここがまりさのお家なのおおおおおおおおおおお!!!?」

―――極楽浄土の成れの果てが、荒涼と、轟々と、延々と、永遠に広がっていた。
一切の生物の存在を許さない死の世界で、
ドスまりさは産まれてから胎内に溜め込んできた膨大な【ゆっくり】をあっという間に使い果たし、孤独な生涯を終えた。
真実のゆっくりを一度も知る事無く、滅びに絶望する事すら無く死ねたドスまりさは、
あるいはこの世界で最も幸福なゆっくり原種だったかも知れない。

HAPPY WORLD END!!



作:ミコスリ=ハン

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最終更新:2022年04月16日 23:41