ナス……もとい、ゆっくりえーりんは、通常のゆっくりよりも頭が良い。
 また、通常のゆっくりよりも丈夫で、他のゆっくりなら死ぬ様な怪我を負っても数時間で回復する事もある。
 交互に赤青が配置された帽子を被っており、通常のゆっくりよりやや細長く、肌色のナスが帽子を被っている様に見える。
 時に、その頑丈さと頭の良さを利用して、ゆっくりが嫌いな人間すらをもゆっくりさせるという。

 そんな、怪談なんだか面白話なんだか良く分からない話を聞いていた俺が、ゆっくりえーりんを見つけたのは、ある暑い日の事だった。





 『見・ゆ・必・ゆ(サーチアンドゆっくり)』





 その日も俺は、いつもの様に道を行くゆっくりをいきなり踏み潰したりして仕事のストレスを解消していた。
「ゆっくりしていってね!」
「嫌だね」
「ゆびゅう!」
「ゆっくりしていってね!」
「うるさい」
「ゆぎゅううう!」
「ゆっくりしていってね!」
「黙れ」
「ゆ”があ”あ”あ”!」
 何匹も踏み潰していく内に、靴の底がアンコでドロドロになってきたが、ゆっくりを潰す快感に比べたら後の掃除は苦にならない。気にせずにゆっくりを踏み潰し続けた。


 そんな風に潰し続けてしばらく歩いていた時。
「ゆっくりしていってね!」
「断る」
「ゆっ! あぶないよ!」
 何匹目か数えていないが、目の前に現れたゆっくりを反射的に踏み潰そうとすると、軽やかに跳ねながら避けられた。
 いつもは、ゆっくりが何をしようと腹立たしくなるが、今回ばかりは呆然としてしまった。

 普通のゆっくりは、鳴き声を上げている最中は全く動かない。
 だから、目の前でゆっくり云々言った奴ならば、そのまま踏み潰せるはずだ。
 固まってしまった俺の目の前で、生意気にも避けたゆっくりは、ぷんぷん言いながら(例えではなく、本当に「ぷんぷん」と言っていた)気を付けてねだの足元に注意してだの注文をつけてきた。
 その態度にイラつきを感じたが、落ち着いて見直してみると、足の裏に張り付いているゆっくりどもとは違った、珍しいゆっくりだった。
 赤と青の帽子を被った、肌色のナスに見えるゆっくり。ゆっくりえーりんだ。


「おい、お前はナス……じゃない、ゆっくりえーりんだな?」
「ぷんぷん! ぷんぷん! えーりんはゆっくりえーりんよ! ゆっくりあしもとにちゅういしてね! あしもとがおるすになってたよ! あと、ナスいうな!」
 さすがと言うべきか、ゆっくりが嫌いな人間すらをもゆっくりさせると言われるだけの事はある。
 問いかけに対しての答えは、他のゆっくりどもよりはまだ知性を感じさせるものだった。

――面白い。少し様子を見てみて、スキがあったら叩き潰してやろう。

「お前、ゆっくり嫌いな人間をゆっくりさせるって言うけど、本当か?」
「ゆっ! だれでもゆっくりさせてあげるよ! えーりんにかかれば、おにいさんもゆっくりできるよ!」
 そんな黒い感情を隠しつつ、気をそらすために、適当に質問をすると、ゆっくりえーりんは得意げに頭……体? を反らした。

「ふーん……なら、ゆっくりさせてみろっ!!!」
「ゆっ!? あぶないよ! ゆっくりしていってね!」
 チャンスだと思った俺は、まだ体を反らしているゆっくりえーりんを踏み潰すため、全力で足を叩きつけた。
 だが、またかわされた。全力で叩き付けたせいで、足は地面に一部埋まってしまう。

「ぐっ、このやろ……」
「えーりんはおんなのこだから、やろーじゃないよ!」
 ニコニコしながら訂正してくるその余裕が腹立たしい。いや、コイツの存在そのものが腹立たしい。


――もはや一秒もこいつを生かしてはおけない。


「死ねやこのナスがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ゆっ!? ゆっくりやめてね! ゆっくりおちついてね! あと、ナスいうな!!!」
「うるせぇんだよこのナスがぁぁぁ!!! 死ねオラアァァァァァァァァ!!!」
「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね! あと、ナスいうな!!!」
 だが、全て避けられてしまう。
 ガッガッと、踏み込みすぎて土を削る音とゆっくりの声が響いている中、俺は何度も何度も赤青のゆっくりを踏み潰そうとした。


 10分ほどそうしていただろうか。さすがにバテてしまい、その場に仰向けに寝転んだ。
 忌々しい事に、息も乱していないゆっくりが、ぴょんぴょん跳ねながら俺に近づき、何やら囁いてきた。
「……力ばかり入れても、私は踏み潰せない」
「あなたは、踏もう踏もうと心ばかり焦って、力みすぎていたの」
「左、右、前と三方向だけを規則的に踏んでいた。私は、その規則に乗っ取って動くだけで良かった……踏まれない場所に動くだけでね」

 口元だけに笑みを浮かべ、出来の悪い生徒を教える様な態度で話し続けるゆっくり。
 目にははっきりと知性の輝きが見られ、首まで埋められた人間の様にさえ見えた。


「ともあれ、これでゆっくりできるでしょう……ゆっくりしていってね”!!!」
 ぐしゃ。
 跳ねようとしたゆっくりを、空中で撃墜し、そのまま叩き潰す。
 ゆっくりは信じられない、といった風情で俺を眺めた。
「ゆっ……ぐ、なんで……」
「人間様には腕ってものがあるんだよ……ナス風情が調子になるからだ、ばーか」
「ぐ……そうか、失念……していたわ……あと、ナスいうな……ぎゅぶっ」


 潰れた饅頭から、じわじわと液体が流れ出てくる。中身はういろうの様だ。
 普段ならストレス解消になるゆっくり殺しだが、今回ばかりは、全く動かなくなったゆっくりの死がいを見ても気は晴れなかった。
「なんだよ……」

――アイツ、確かにゆっくり嫌いな俺すら、ゆっくりさせやがった。



 死がいに向かって、ツバを吐き捨てる。
 だが、そんな事をしても気は晴れなかった。
 それよりも早く帰って休みたい。ゆっくりと。
 体中にまとわりつく疲労感と敗北感を無視して、俺はゆっくりと家に戻っていった。
















 初ゆっくりえーりん。更にはうざいゆっくりを書こうと思ったんですが……難しいですね。
 それは置いといて、暑さに負けず、ゆっくり見ていってね!
 by319

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最終更新:2022年04月17日 00:16