熟成室。太鼓型のハゲありすが高い天井まで届く棚に並べられた、何ともシュールな部屋。
まずは運ばれて間もない新参ありすを見てみよう。ワックスの向こうから、体に焼き入れられた印が見える。


「この熟成室には、0〜24ヶ月のありすが保管されています。
25ヶ月以上のありすは別の熟成室に保管してありますので、ここでは見ることは出来ません。
勿論、後で25ヶ月以上のものもお見せ致しますので、ご心配なく。」


「新参のありすは、最初に特別な仕掛けが施してある棚に並べられます。
視界全部が、自力で動けず、口も開けず、髪も一切生えていないありすで埋め尽くされた環境に、
運ばれて間もないありすは大抵気絶するのです。
その後気絶から醒め、悪夢や幻の類でないと分かると、今度はかつてのゆっくりした日々を思い出して、
また何度目かの滂沱の涙を流します。
どんな工程においても、細心の注意を払いながら目を保護してきた理由の一つがこれなのです。
そして、この大量の涙を効率よく室外へ排出できるように設計してあるのが、新参が最初に置かれるこの棚です。
ここでしっかりと涙を流させるのが、目を保護してきた最大の理由です。」


次は運ばれてから1ヶ月ほど経ったありす。
大体さっき見たありすと同じであるが、膨大な量の悲しみが、そっくり怯えに入れ替わっているのが分かる。
体全体を覆うワックスの艶が良くなっている。


「ここに運び込まれたありすは、表面についた不純物や汚れを取るため、
1日に1回、規定の布で、規定の時間をかけて、規定の回数だけ、一つ一つ手作業で丁寧に磨いているのです。」


 次は2ヶ月のありす。ワックスも磨かれて大分薄くなっており、下の焼き印がよく見える。
人間が近寄ってきたのに反応して、こちらの動きを目で追っている。1ヶ月前より更に怯えを増したようだ。
それに、さっきの2つはワックスがあってよく分からなかったが、どうも肌の色がありす種のそれではないような気がする。
ゆっくりの中では割と色白な方なありすだが、今目の前にいるそれは、やや黄色みを帯びてれいむ種のような肌の色になっている。


次は3ヶ月のありす。さっきの様子から、更に怯えているものかと思ったが、何故か目からは怯えの色がすっかり消えていた。
絶望を宿しているかと言えば特にそんなでもなく、ただただ虚空を見つめてボケーっとしている。
どういった心境の変化だろうか。肌も1ヶ月の間に随分と黄色くなったようだ。


 次は4ヶ月のありす。表面にごく薄く、それでいて均等に残るワックスに、素人目にも磨きの技術を感じることが出来る。
死んだ魚のような目をしており、しかしまだ息があることは明かな、そんな目をしている。
さっき見たありすより更に黄色がかった肌の色をしていた。


 「磨き一回あたりの作業を細かく決めることで、常に一定の割合で均等に表面のワックスが削り取られていきます。
表面に焼き付けた数字は、記された年月の前後1ヶ月の間にこの焼き印を磨き取れ、というメモなんです。
もう皆様お気づきかと思いますが、磨きにも専門の職人が携わっております。」


 次は運ばれて半年になるありす。
ワックスが完全に磨き取られており、表面の一年後の日付が焼き付けられた皮が外気に触れている。
生きていると言われればそんな気もするし、死んでいると言われれば納得する、生死の判断に困るような目だ。
しかし何故目を閉じないのだろう。どれを見ても皆一様に目を開けたままの状態で鎮座している。
表面の色は、中身のカスタードと良い勝負が出来そうなほど、黄色くなっている。


 次は9ヶ月になるありす。特別に許可を得て、焼き印がくっきりと残っている表面を触らせてもらうと、
ワックスがまだ残っているかのような硬さをしている。
誰が見ても死んでいるようにしかみえない目をしているが、やはり皆一様に目は開いたままだ。
しかも乾いていない。ここ3ヶ月で、肌の色はすっかりカスタードを凌ぐほどに黄色くなっていた。


 そしてこれは1年もののありす。辛うじて日付が読みとれるくらいに焼き印が薄くなっている。
ワックスの代わりにすっかり硬くなった地肌が少しずつ磨き落とされているようだ。変
化が微妙で気が付かなかったが、これと新参ありすと比べると、明らかに目の色が違う。
透き通った青い目から、濁った緑へと少しずつ変化している。更に目蓋と目の間に白い粘着質な物体が溜まっている。
目が開きっぱなしの理由は、どうやらこれのようだ。しかし一体何だろう。
真っ黄色になったありすを疑問に思いつつ、次に進む。


 今度は1年半ありす。すっかり焼き印が磨き落とされ、なんだか表面もじっとりしている。
目の変色は一気に進み、抹茶のような濁った緑色をしている。
表面の黄色化も存分に進み、かつて自慢だった金髪もこれほど濃い色はしていなかっただろう。


「さぁ、次は商品として出荷できる2年ものに行きたいと思いますが、
その前に、皆様既にお気づきのように、時間が経つほどに見た目が変わっていっています。

まずは表面ですが、ワックスが剥げ、焼き印も次第に薄くなっていましたね。
これは実は、表面を刻んで付けて全身にまぶしたり、カスタードに混ぜて食べさせた白い粉が主な原因なのです。
もうお気づきの方も多いでしょう。

あの白い粉、実は牛乳に含まれる脂肪分やタンパク質を固める働きのある食用カビなのです。
糖分を食べて活動し、塩分と乳成分を材料にして自分たちの巣であるチーズを作る働きがあります。

最初に表面を傷つけてすり込み、更にその後大量に食べさせたのは、効率よくカビをありすの中に運び込むためです。
ありす種の中身であるカスタード、それに含まれる糖分を食べ、同じくカスタードに含まれる乳成分と、
予め染みこませた塩分を利用してチーズを作るといった活動が、現在進行形で、
ここ熟成室にいる全てのありすのなかで、行われているのです。

体全体が黄色くなっているのは、表面に含まれる塩分が消費され、
変わりにチーズに含まれる黄色い油が内側から染みこんでいるからです。
そして目が開きっぱなしでかつ乾かないのは、最初に流した涙に含まれていたカビが目蓋と目の間で繁殖し、
そこで活動しているからいるからです。

何とも都合の良いことに、目の色を見て熟成の度合いが分かるため、この方法は非常に重宝しております。
徐々に反応が鈍く、まるで死んでいるようになっていったのは、
ゆっくりの命とも言える中身が次々にチーズに作り変えられてしまい、まともな思考が出来なくなっているからなんです。」


「『何で死なないのか』ですか?良い質問です。」


「ありす種に限らずほぼ全てのゆっくりにとって、その中身を失うというのは、そのまま死に直結する最大級の危険要因です。
しかし、次々に命の源であるカスタードがチーズに作り替えられていく一方で、
チーズもまた、ゆっくりの食料として体内で消費されているのです。


体の中でチーズが作られているため、当のありすが味わうことは不可能ですが、
体はそのチーズを食料と認識し、命の存続のために消化します。
消化したチーズはカスタードに作り変えられ、今度はそれがカビの食料兼住居の材料になるのです。
つまり、このサイクルによって、より上質のカスタードになり、品質を向上させていくのです。
これが、皆様が疑問に思われていることの正体、メカニズムです。さて、いよいよ2年ものに参りましょう。」


きれいに磨かれた表面は相変わらずだが、ここに来て一気に黄色の深みが増している。
半年前のものとこれを比べると、前者はペンキで塗りつぶしたような単純な黄色であるのに対し、
後者は良く練った飴のような複雑で透明感のある黄色をしている。目の色も濃いカスタードの色になっている。
「これが商品として出荷できる2年ものです。皮にチーズの油分が染みこみ、きれいな黄色をするようになったら完成です。
この段階で、きちんとした商品になっているか、チェックが入ります。実際にご覧頂きましょう。」


「皆様、ようこそいらっしゃいました。商品チェック担当の△△△△でございます。
今皆様の目の前にございます2年もののゆっくりじゃーのですが、
残念ながらカビの具合が悪かったりして規定の品質に満たないものが出てきてしまいます。
そういったものは更に時間を掛けてもどうにもならないため、不良品として処分されることになります。
調べる方法ですが、まさか実際に割って中を見るわけにはいきません。
今私が左手に持っている、この専用の木槌で叩いて、その反響音で中の状態を推測するのです。」


コンコン、コンコンと叩き、その一切の音を逃すまいと全神経を耳に集中させている。
一個、二個、三個とチェックしているが、今のところ問題はなさそうだ。
しかし、丁度十個目になるゆっくりじゃーのを叩いたところで、表情が険しくなる。
あらゆる角度から何度も念入りに叩き、じっくり音を聴いている。


「残念ながらこれは失格です。恐らく中はまだ液状で、本来の利用には堪えないでしょう。
微妙な判断を全て人力で行わなければならない過程が多いため、どうしてもこういったものが紛れてしまうのです。
そうですね、大体7〜9%くらいがここで脱落してしまいますね。
こうして失格になったものは、すぐに熟成室から撤去します。不良品の処理につきましても、後でご覧頂きます。」


「晴れて合格となったもののみが、各流通業者を通じ、各店頭で販売されるわけです。
流通業者の方は既にご存じだと思いますが、検査に合格した2年ものは、1個あたり80000円からの値段となります。
店頭では、100g当たり900円が平均ラインでしょうか。
しっかりとしたチーズの奥深い味わいに加え、上質のカスタード由来の甘みと、時折ふわっと香るオレンジが人気の一品です。」


チェックの説明に便乗してちゃっかり宣伝する工場長。


「さて、これで24ヶ月までの熟成過程の説明は全て終了となります。
ですが、25ヶ月以上のものをご覧頂く前に、不良品の処分をお見せ致しましょう。」


「先程残念ながら不合格となったありす達は、ここ、工場棟に戻されます。
先程担当者が説明しましたとおり、これ以上熟成させてももう商品のレベルに達しないため、早々に処分されます。
まず最初に、まっ平らになった頭の上に、「不良品」という焼き印を入れます。」


じゅー…。
「………。………?………!?……っ!!………!!!」


「丸2年間一切強烈な苦痛を味わわずに過ごしてきたありすも、この苦痛で一気に意識が覚醒します。
頭頂に加えられる強烈な熱さと、自分の体が随分とおかしなことになっていることに徐々に気が付いていきます。
口がなく、体もかなり固くなっていますので、動くこと、声を上げることは出来ませんが、
そんな状況でもかなりの苦痛を味わっているのです。」


確かに焼きごてを押しつけられてからすぐに目に光が戻り、自分の体の異常に気付いたようだ。
もっとも、気付いただけで特に何か出来る状態ではなく、何も出来ない分余計に苦しんでいるようだ。
目からは涙の代わりに粘度の高いカスタードともチーズとも付かない物体をゆっくりと垂れ流している。


「焼き入れが終わりましたら、次は表面全体を格子状に切り刻んでいきます。
ゆっくりじゃーのとして売れないようにするためです。
今まで大切に保護してきた目ですが、もうそんな必要もないので目もまとめて刻んでしまいます。
因みにこの目、食べても大して美味しくないため、普段は熟成の度合いを測るセンサーのようなものとしてしか使いませんが、
長い間熟成させると、透明なチーズとも言うべき珍味になります。」


久しく味わうことの無かった強烈な痛みに、滝の如く目からクリーム色をしたペースト状の何かを流している。


「こうして目からペースト状のものを流していることからも分かりますように、先程のチェック担当の判断は正しかったわけです。
中身が液状で、熟成が不十分なものです。今こうして不良品を皆様の前に晒すことになってしまった訳ですが、
皮肉にもチェックの精度は証明できたかと思います。
実際に皆様の前に並ぶものは全て、厳重な管理体制の下、完全なものだけをお届け致しますので、どうかご安心下さい。」


すごいのかそうでないのかよく分からないフォローが入る。


「えー、さて、こうして出てしまった不良品ですが、これは当工房で飼育しているゆっくりの飼料になります。
これからこれを砕き、小麦粉、砂糖、バター、卵、牛乳を加えて良く練り、それの形を整えて焼き上げます。」


ゆっくりの分際でそんなもの食ってたのか…。ドッグフードならぬゆっくりフードということで、
どうしてもプライドが邪魔して食べる気にはなれないが、でもやっぱり美味しそうだ。
他の参加者も一様に複雑そうな表情を浮かべている。


「こうして作られた飼料は、まず飼育棟にいるありす種に与えられます。
基本的にあればあるだけ食べるので、余ったことは今まで一度もありません。

因みに他のゆっくり達の飼料ですが、まず繁殖用のありす達には固形物は与えません。
空腹を感じたら勝手に足下のオレンジジュースを飲むので、特に世話をする必要がないんです。
それに、固形物が食べられない、といったことも重要なストレス源になるので、敢えて餌を与えない、という意味合いもあります。

飼育棟のありすに宛われるすっきり用まりさとれいむですが、
これには各工程で出た材料の余りや社員食堂で出た生ゴミ、繁殖の過程で見込み無しと判断された赤ありすとその蔦を与えています。
基本的に使い捨てで、どんなに不味くて不衛生な食事を与えても、
ゆっくりじゃーのの品質には全く影響はありませんので、ご安心下さい。」


「ゆぅ〜…まずいよおぉぉ…」
「やじゃああぁぁぁぁ…くさいよぅ…まずいよぅ…」
「れいむにおいしいごはんちょうだいね!ちょうだいね!」
「ゆうぅぅ…もうやだぁ…おうちかえるぅぅぅ…」
「ゆぎゃああぁぁぁぁ!!ごべんなざいいぃぃ!!もうじばぜがらゆるじでぇぇぇ!!」


「ついでに説明しますと、すっきり用ゆっくりは全て近くに住む方々から当工房が買い取ったものです。
内訳は畑荒らし5、家荒らし2、最初から売却目的なのが2、その他1くらいです。
買い取りは基本的に購入希望を出している時にしか行いませんが、
近隣の方々の精神衛生も考慮し、畑荒らし、家荒らしに限っては募集していない時でも買い取りを行っています。」


「では、処分その他の説明はこれくらいにして、いよいよお待ちかねの25ヶ月以上の熟成室へご案内致します。」


さっきの熟成室は風通しが良く、気温湿度共に快適だったが、
25ヶ月以上のゆっくりじゃーの専用熟成室は地下に設けられ、やや湿気と温度が高くなっている。


「先程のカビの説明の続きをしましょう。
カビがカスタードをチーズに作り変え、ありすがチーズをカスタードに作り変えている、と説明させて頂きました。
それをもう少し詳しく説明させて頂きます。


先程の熟成室にあるありす達は、殆ど意識がなく、はっきりとした意識を保っているのは始めの2ヶ月程度です。
これは、自分がそのうち死ぬに違いないという気持ちが恐怖を生み、その恐怖がカスタードをより甘くするのが原因です。
甘くなる、ということは糖分を主なエネルギー源とするカビの食料が増える、ということと同義で、
これによってカビの数が一気に増え、活動が活発になりチーズの生成速度が跳ね上がるのです。
そのためありすの中身であるカスタードが少なくなり、意識が朦朧としてくるのです。


一度意識が朦朧としてくると、強い恐怖を感じる精神活動が出来なくなるため、激増したカビが減り、
以後はほぼ一定数のカビが体内で活動をすることになるわけです。


ですから3ヶ月以降のありすは、一日中ボーっとしてばかりで、人間が来ても全く反応を示しません。
ただただ死なないためにチーズを消費しカスタードを作るのみの生物になります。


ですが、そういった環境が生物にとって良いかと言えばそんなことはなく、
朦朧とした意識の中でも一応苦痛らしきものは感じています。
工場棟にいた頃の刃物や熱などの痛みによって苦痛を感じるのではなく、
変わらない風景や環境、待てども待てども起こらない感動や刺激といった無機質な日々そのものが、
それまでとは全く違った質の苦痛となって、ありす達を蝕んでいるのです。


少々ややこしいかと思いますが、まぁ大雑把に表現しますと、
精神活動全体を100として見た場合、99が停止し、残った1で孤独や虚無感を感じている、と言ったところでしょうか。


ですが、そういったサイクルも永遠に続くことはなく、
一日や一週間の短期的な周期で見たら全く分からないほどの小さなものですが、
少しずつ少しずつ、ありすの方が弱っていってしまうのです。
何度も死んでは生まれてくるカビに対し、一つの生命であるありすですから、自明の理と言えばそう言えるのかも知れません。
続きは順次、例を見ながら説明することにしましょう。」


「25ヶ月を境に、磨く頻度が週一から月一に変わります。
空気の流動が殆どないためホコリが溜まらないためそれほど念入りに掃除をする必要がないのと、
ありすに与える刺激を最小限にするためです。

さて、これがここに移されてから半年のありすです。先の2年と合わせて、合計2年半の熟成期間ですね。
表面の黄色も透明度や色彩の複雑さを増し、より綺麗なものになっているのが分かると思います。
カビがほぼ均等にありすの体の中に散らばった結果、ついにその表皮までテリトリーを広げ始めた段階のものです。
2年ものは食べると甘みやオレンジの香りがしますが、これはその甘みや香りがより強いものになっています。
皮に染みんでいたオレンジジュースの成分がカビによって体内に取り込まれた結果によるものです。
2年もののありすの生命力を10とすれば、これは今6と7の中間くらいでしょう。1個あたり15万からの値段で取引されております。」


工場長の言うとおり、見事な色をしたありすだ。
たっぷり空気を含ませた蜂蜜をそのまま固めたかのような、何とも不思議な色をしている。
目の色も、最初の澄んだ青が嘘のように黄色に染まっている。


「次は3年もののありすです。表皮の分解が存分に進み、鮮烈なオレンジの香りを楽しむことが出来ます。
2年もの以上の芳醇なチーズの香りと合わさって、何とも言えない風味を楽しめます。
香りを楽しむという目的に最も適した一品で、非常に人気の高い商品です。
先程の基準で言いますと、これの生命力は丁度半分の5くらいになります。
これだと1個あたり23万からの値が付きます。」


全体の透明度が更に上がり、メノウか琥珀のような色をしている。
濁った色をしていた目も、ここに来て少し透明感が出てきたように感じられる。


「こちらは4年もののありすです。表面がほぼ完全に透明になり、中のチーズが薄く透けて見えるほどです。
ここまで来ますとオレンジの香りも大分後ろに引っ込むようになり、純粋なチーズとしての利用が一般的です。
ここまで熟成が進んだものは大変貴重で、値段もその分一気に跳ね上がります。
今ですと1個31万からの値段になります。生命力は3程度ですが、熟成の度合いに反比例して、
ありすの意識がどんどん薄れていきますので、その分苦痛を感じる度合いも少ないため、
このあたりから生命力の減りが少なくなっていきます。」


見るからに美味しそうなチーズが黄金の琥珀に包まれている。まさかゆっくりに見とれる日が来るとは思わなかった。


「そしてこれが5年ものです。
もう殆どカビの働く余地がなくなり、今度はチーズの乳酸菌がカビを食べる、といったことが行われるようになります。
こうなりますと、大きな特徴であったオレンジの香りは完全になくなりますが、
それを差し引いてなお余りある程の芳醇この上ない香りを放つようになります。
味も別格で、指で触ると崩れるほどに硬くなっており、噛めば噛むほどにどっしりとした力強い味が口いっぱいに広がります。
生命力は3と2の間くらいです。
5年ものまでになりますと、保有している数も一気に少なくなってしまうため、
値段も相応のものになってしまい、現在は1個50万からの値段になっています。」


見た目は先程とあまり変わっていないが、目は明らかに違う。
透明な黄金色の表皮と比べて、更に透明度が高く色の濃いものになっている。
匙ですくったらどんな感触がするのだろうか。全く想像がつかない。


「このくらい熟成が進んでようやく、目も美味しく食べられるようになります。
先程、不良品処理の時にも少しだけお話し致しましたが、その目はまさに透明なチーズと言えるでしょう。
ねっとりと舌に絡みつくゼリーのような、他ではちょっと味わえない不思議な食感が最大の売りです。
一匹の5年以上熟成ゆっくりから、テニスボール大の目玉が2つしか取れないので、非常に高価になっております。
先程5年もの1個で50万と言いましたが、実は目玉無しの場合、45万まで値段が下がってしまいます。
目玉一個2万5000の計算ですね。同量のトリュフとほぼ同じ値段です。
お客様の中にはこの目玉目当てで5年ものを丸々一個お買い上げになるくらい虜になっていらっしゃる方もいます。」


「次は6年ものをご覧下さい。チーズの乳酸菌がカビの8割ほどを食べ尽くし、より一層熟成が進んだ段階です。
基本的な味や香りの性格は5年ものとほぼ同じですが、それらの質は格段に上がっており、
5年もの以上の重厚かつ馥郁たる味わいが楽しめます。
生命力は2、価格は65万から、目玉一個あたり3万になっております。高価ですが、希少なため在庫が少なく、
現在4年先まで予約が入っており、ご購入をご希望される場合は、
申し訳ありませんがお待ち頂くしかございません。」


「さて、最後になりました。当工房が提供する究極の一品、7年ものの説明に入りましょう。
 乳酸菌によって完全にカビが食べ尽くされ、熟成度は最大になっています。
りを包む皮は完全に透明になり、中のチーズが完全に外側から見ることが出来ます。
目玉も人間の体温で簡単にとろけるくらいに熟成され、ゼリーとお餅とチーズを合わせた摩訶不思議な食感となっています。
これの生命力は1未満で、これは半年もすれば死んでしまう数値です。
そのため日持ちはしませんが、その分今までのものと比べて味も香りも、
もはや筆舌に尽くしがたいほどに素晴らしく、まさに究極を名乗るに相応しい一品です。
値段は80万から、目玉一個5万からの値段になります。
非常に高価な商品ですが、現在3年先まで予約で一杯なため、残念ながら急な販売には対応出来ない状態です。」


黄金のベールに包まれた更に深い黄金色をしたチーズ。
完全に透き通った目玉はガラス細工のようだ。
これが元ゆっくりありすと聞いて信じる人がどれだけいるだろうか。何ともすごいものを見た。


「さて、これで当工房の『ゆっくりじゃーの』の説明は全て終了となりましたが、いかがでしたでしょうか。
素材から拘り抜き、多くの職人による熟練の技術が結晶となった、最高の一品であると自負しております。
拙い説明ではありましたが、この良さが少しでも伝われば幸いに存じます。」


「それでは皆様、本日は大変お疲れさまでございました。
当工房に興味を持って頂き、実際にこうしてわざわざお越し下さいましたお礼と致しまして、
大したものでは御座いませんが、お土産を用意させていただきました。どうぞ、お受け取り下さい。」


何となく予想はしていたが、中身はゆっくりじゃーの。
2年ものから5年ものまで半年刻みに7種類、一口サイズずつ入っていた。
今日の見学会で聞いた値段から計算して、2万円は確実にするだろう。
これが目当てで参加している者も多いらしい。


帰り道、まりさを押し倒して無理矢理すっきりしようとしているありすを見かけ、あることを思いついた。
捕まえたありすの頭の上に穴を開け、そこにスプーン3杯の食塩と、かなり勿体ないが2年もののチーズを入れてみた。
もしかして、と淡い期待を抱きながらやってみたが


「ゆひひひひっひひひひひくひひひひひひりひひひひひひひひせひひひひひて!!!」
「ゆけけけけぅけけけけ〜けけけけけけおけけけうけけけちけけけかけけけえるけけぅ…」


まぁ当然の結果だろう。多くの職人の技術を総動員させて作ったものと、素人が思いつきで作ったのとでは全く違う。
結局普段手に入らないチーズを無駄にしてしまったという後悔に苛まれながら、不貞寝をすることにした。
うるさいのでありすは閉じこめて置いた。サブリミナル的な主張を感じるが気にしない。
あー、畜生。せっかくのチーズが…。


翌朝、好奇心でかじってみたらレアチーズになっていることを発見し、
彼が大慌てでありす工房に駆け込むのだが、それはまた別の話。



この後 カース・マルツゥ(★★★検索要注意!!一応食べ物ですが、虫が出てきます★★★) ネタに続けようかと思ったんですが、
調べているうちに本当に気持ち悪くなってしまったため断念。ミミズ相手に全力で逃げ出す俺には無理でした…。


こんな下手くそな文章に最後まで付き合って頂き、ありがとうございました。
すこしでも楽しんで頂けたら光栄です。



ところで、ゆっくり虐待を知ってから無性に饅頭食べたくなって衝動的に買ってしまった人って俺だけじゃないよな?

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最終更新:2022年05月21日 23:16