謎の饅頭型生物「ゆっくり」が世に現れてから一体どれくらい経っただろう。

 最初の頃は生物学の常識を根本から蹂躙するふざけた怪奇ナマ物として連日連夜テレビやネットを騒がせていたりもした。
 が、人間の適応能力っていうのはまた大したもので。
 今じゃもう犬やネコと同程度、その辺に普通にいるただの動物として認識されるようになっている。
 ペットショップに行けば「ゆっくりコーナー」なんてものがあって、そこでは金や銀のバッジをつけたゆっくり達が元気に跳ね回ったりしている。

 そうして現代社会になじんだゆっくりであったが、それに伴いある問題も浮上してきた。
 ゆっくり虐待問題である。

 正直ボクはゆっくり愛で派というわけではない。
 田畑や家屋を荒らす害ゆっくりが駆除されるのは仕方ないと思うし、お菓子屋さんの店頭に並んでるゆっくり製品を無くせとも言わない。
 だって実際、そうしたことはゆっくり以外の動物に対しても行われているのだから。現実を見ずに半端な偽善を謳うつもりもない。

 だが虐待っていうのはそういうものとはまた違う。
 生き物であるゆっくりを捕まえ、酷い拷問にかけて肉体的精神的に徹底的に追い詰め殺害する。いや、時にはただ殺すよりももっと酷い目にだって。
 そんな悪魔のような行いを、ただ娯楽として、楽しいからって理由だけで行う。それが虐待なのだ。
 こんなこと、今のご時世、この日本で許される行為とはとても思えない。なんて野蛮。

 けれどもこのゆっくり虐待がある一定の市民権を得ているのも確かなのだ。
 飼いゆっくりに手を出せば犯罪だが、野良相手の虐待を取り締まる法律は無い。
 それをいいことにネット上では有象無象の鬼意山とやらが自分達の虐待行為を誇り競い合っている。嘆かわしい。

 ……そうして嘆かわしいことに、我が家の家族、祖父、両親、兄姉、弟、要はボクを除いた全てがゆっくり虐待愛好家だったりするのだ。
 まぁ、ボクがゆっくり虐待に嫌悪を持つのは、身近に反面教師がたくさんいすぎて、その醜さを毎日目の当たりにしてるせいなのかも知れない。

 とにかく。ボクはゆっくりを救いたい。無駄な殺戮をこの世から無くしたいのだ。



●●●



「ゆっくりしていってね!」

 ボクの部屋、机の上で一匹のれいむが元気に声を上げる。
 こいつは数日前、ウチに入り込んで食べ物をあさり、お決まりのおウチ宣言、そうしてこれまたお決まりの
「ヒャッハーッ!」奇声をあげて飛びかかるバカ兄貴……をとどめてボクが保護したものだ。

「勝手に家に入った害ゆっくり虐待して何が悪いんだよ」

 兄貴はそう言ってぶーたれてたけど、そもそもウチの家、常日頃からゆっくりが入りやすいように窓を少しだけ開け、
そうして窓近くの棚の上にわざわざシュークリームだの焼きたてドーナッツだのを置いたりしているのだ。
 要は、ウチそのものが家族の虐待欲を満たすためにゆっくりホイホイみたいなものになってるってこと。
 ちなみに、たまにネコが入って持ってたりもする。アリにたかられてることもよくある。
 きっとその内、泥棒にだって入られるに違いない。ほんとバカばっかだよ、ウチの連中って。

 ともかく、そうして保護したこのれいむなんだけど、そこでボクは思いついた。
 このれいむに協力してもらって、ゆっくり保護のための策を考え、実施してみようと思ったのだ。

 まずは虐待愛好家の家族から『なぜゆっくりを虐待するのか』ってアンケートを取ってみた。
 こうして得られた『虐待の理由』を一つずつ潰していけば、最終的に虐待を無くすことができるって寸法だ。



 では最初に弟(12才 小学生)の意見。

『ゆっくり超よえーし。すぐ死ぬから面白い』

 ……我が弟ながらなんてガキだ。そんな理由で生き物を殺すか。
 って思ったけど、でも確かにこれ、一理あるか。
 て言うか白状しちゃうとボクも、小さい頃はアリを踏み潰して殺してたりしてたしなぁ。弱いから、面白いからって理由で。ううむ、反省。

 ま、それはともかく。確かにゆっくりは弱い。
 ドスという例外中の例外を除けば、最強の捕食種であるふらんですら小学一年生に歯が立たない。
 れいむみたいな並のゆっくりに至っては人間の赤ちゃんにじゃれつかれたたけでお陀仏になるくらいだ。まぁ、饅頭生物なんだから仕方ない。
 この極端な弱さ、確かに動物として致命的な欠点だ。

 ではどうするか。強くするのか。でも強くって言っても、ゆっくりじゃ格闘もできない、武器も持てない。
 それに例え強くなったとして、下手に強くなると今度は危険な動物として駆除の対象になりかねない。それじゃ逆効果。

 ならどうするか。弱くなくすればいいのだ。死ににくくすれば。

 実はこの件に関しては既に解決済みだったりする。
 ボクはこのれいむに与えるご飯に細かく切ったゴムを混ぜておいたのだ。

「ゆぅ、おにいさん、これへんなあじがするよぅ……」

 れいむはそう言って嫌がったけど、そこは彼女のため、我慢して食べてもらった。

 そうして数日の経った今、れいむの皮はゴムの弾力を持つに至ったのだ。
 うん、正直自分でも半ば冗談のつもりだったんで成功した時には本気でビックリした。すごいよゆっくり。
 これでれいむの防御力は大幅に上昇した。小さな子供はもちろん、大の大人だって素手じゃそう易々とは殺せないだろう。
 殴っても踏んづけてもホッペを思いっっっっきり引っぱっても皮は破れない。
 別に硬くなったわけではないのだから、ゆっくりの数少ない攻撃手段である体当たりの攻撃力が下手に上がったりもせず、
よって危険物として認識される恐れもない。うむ、我ながら完璧な出来だ。



 では次、母(42才 主婦)の意見。

『ゆっくりってほら、甘くて美味しいじゃない? それに虐待すればするほど味も良くなるし。
 だから、ねぇ。悪いなぁと思っててもつい……』

 なるほど、これも確かに。
 野生の動物の中には、肉が不味くなるように進化して捕食種から逃れるってのもいる。
 なのにゆっくりは美味しい。しかも虐待すればするほどってオマケつき。これは良くない。もっとゆっくりを不味くしてやらねば。

 さてどうするか。ゆっくりが美味しいってのは、要は『甘くて美味しい』ってことだ。それならば。ボクは部屋を離れ台所に向かう。

「ゆ? おにいさん、それごはん?」

 部屋に戻ってきたボク、その手の中にあるチューブを見てれいむは目を輝かせる。

「ちょーだい! ちょーだい!」

 ボクは何も言ってないんだけど、れいむはそれを食べ物として認識したようだ。

「ほらおにいさん! ゆっくりしてないで、さっさとかわいいれいむにゆっくりそれをたべさせてねっ!」

 あせらない、あせらない。言われなくたって、これはれいむのために持ってきたものなんだから。

「あーん」

 大きく真上に開かれたれいむの口。その中をめがけてボクは、フタを外したチューブをぐっと握りしめ中身を一気に流し込む。

「ゆー♪ ゆ~~♪」

 流れていく緑色の物体。

「……ゆ゛っ?」



 お刺身のお供でおなじみ、ねりワサビ。



「ゆげおおおげおげおぼぎょほぼぼ!!??」

 大声を上げてのた打ち回るれいむ。それを。

「ぶゅぐゆひゅ!?」

 右手で掴んでギュッと強く握りしめ。

「シェイクシェイクシェイク!」
「むぎょもぎゅょももぎょぃ!!」

 力いっぱい振り続ける。
 本来だったら潰してしまわないよう力加減が必要なんだけど、ゴム状になった皮のおかげで遠慮せず全力をだせるからやりやすい。
 甘くて美味しいって言うのなら、その真逆、辛いものを加えて餡子と混ぜ合わせれば、とてもじゃないけど不味くて食えない物になるに違いない!

「ゆっ……ぎょぼっ、ぶぶぶふひひぃ~……」

 シエイクを終え、れいむをゆっくりと机の上に戻してやった。さすがに酔ったのだろう。口から餡子を吐き出している。
 その餡子はところどころにワザビの緑が覗いていてとても気持ち悪い。臭いもおかしい。とてもじゃないが食べたくない。よし、成功だ。



 順調、順調。次は姉(21才 大学生)だ。

『見た目キモい。何であんな潰れデブ饅頭が人間みたいな顔してんの? 誰の許可もらってんの? 許せない。死ぬべき』

 ――うわっちゃ~、見た目キモいってそんな理由で……女って怖いよなぁ。
 まぁでも確かに、見た目ってのも重要ではある。
 例えば犬やネコ、あれは『見た目がカワイイ』って理由で愛玩されてる場合も多いわけだし。逆に虫なんかは見た目がキモいので潰される。

 さてどうしよう。ダイエットさせて、整形して美形にしてみるか?
 でもどんなにキレイにしたって生首に変わりはないから結局気味悪いって言う人が出てくるだろうし。
 ていうかむしろ、リアルで美形の生首が動き回ってたら、その方が余計に怖い。

 ……いや待てよ。姉貴の言葉。饅頭生物が人間みたいな顔してるのが許せないって。
 それなら、うん、手はある。

「ゆへぇ~、へふぇっ……」

 いまだ机の上で気持ち悪そうに青い顔で息を吐いているれいむ。その頭に手を伸ばし。

「ゆっ!?」

 リボンを外した。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! でいぶのおりぼぶぎゅぎゅむ!?」

 何かを言いかけたれいむを左手で押さえる。仰向けになったれいむの顔面下半分、口の辺りを押さえているような感じだ。
 そうして右手で髪の毛を掴み。



「そぉいっ!」
「ぶもごもももごもぼぼぼぶぶも!?!?」

 思いっきり引っこ抜いてやった。
 体に弾性は出たけどそれと髪の抜け易さはまた別の話だしね。
 て言うか遠慮なしで力を加えられる分やり易いってくらい。一発で全部キレイに髪が抜けてくれた。

 でもってお次は。
 指を二本、チョキ!ってな感じで伸ばして、れいむの顔のすぐ前に。

「ふいふゅぶむむむむむ゛む゛む゛む゛む゛む゛――――!?」

 お? さすがにこれから何をしようとしてるのかわかるのかな?
 抑えてる左手の下でブルブルすごい勢いで体が揺れる。逃げ出そうともがいてる。
 ああ、本当に良かった。体をゴムっぽくしておいて。逃げられないよう、思いっっきり力を込めても潰れないし。
 ゴメンね、れいむ。これも君達ゆっくりをゆっくりさせてあげるためなんだ。ね?

「よいしょっ☆」
「!!??ッッびゅぐぶぶグブブブブッッ!?」

 ずっぽりキレイに、二つの目玉を同時にえぐり出した。これで術式完了! なんちて。
 ごめんねれいむ。痛かったろう? 抑えつけていた左手をゆっくりどかす。

「い゛だい゛い゛い゛い゛い゛!?
 お゛め゛め゛があ! でいぶのお゛め゛め゛がア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァ!!」

 髪の毛を引っこ抜いて目玉をえぐって。鼻と耳は元から付いてないから良し。
 口は……まぁ、潰しちゃうとゴハンが食べられなくなっちゃって、まともに生きていけなくなっちゃう。それじゃ本末転倒。
 ボクの目的はゆっくりを助けることなんだしね。

 ともかくこれで、れいむの見た目はもう、とてもじゃないけど人間なんかには似ても似つかないイイ感じに。
 まぁ、元目玉の部分にポッカリ穴が空いてちょぉっと餡子もれてたりするけど、とりあえず『人間に似ててキモイ』って言うのはこれでクリア。



 結構な難題だったけど何とかなったな。んじゃ次は父(49才 公務員)。
 ……ていうか公務員のクセしてゆっくり虐待が趣味とか。大丈夫か、この国?

『口の悪さだよ。何と言ってもあの口の悪さ。あいつらの言ってることを聞いているとね、まったく、腹が立って仕方がない』

 う、ううむ。簡潔、そしてなおかつピンポイントで納得がいって、そしてまた難しい問題だ。
 そう、ゆっくりってどうも、口が良くないんだよねぇ。あんまり。

「じねえ゛え゛え゛え゛え゛!! でいぶをゆっぐりざぜないくそじじいは、ゆっぐりしでないでざっざどじねえ゛え゛え゛え゛ッ!!」

 ほらね。ゆっくり救済のために頑張ってる僕にまでこんな言い草。
 そりゃまぁ、確かに痛い目にも合わせちゃったけどさ、にしてもここまで言わなくったって……ちょっと悲しい。

 ともかく。
 ゆっくりが虐められる非常に大きな原因の一つ、それは間違いなく『口がきける』ことだろう。

 例えば犬や猫。
 皆にカワイイ、カワイイって言われてるけどさ、実際奴らが何を考えてるかなんてはっきりはわからない。
 そりゃ行動とかからある程度の推察はできるけどさ。
 実はとんでもなく汚くて酷いことを考えてるかもしれない。でもわからない。喋れないから。

 でもゆっくりは人の言葉を喋れる。喋れちゃう。
 これ、何気にとんでもなくもの凄いことだと思うんだけど。でも、それがゆっくりが生きていくのに障害となってしまうなんて皮肉な話。

 ああ、あと。口がきけるっていうのは虐待愛好家の嗜虐心をむやみに刺激してしまったりもする、らしいし。
 どうも、『やめて』とか『許して』とか、そういう意味のある言葉を吐かれる方がより興奮できるそうだ。変人の考えは理解しづらい。

 さて、どうしたものかなぁ。
 パッと思いつくのは口を縫い付けるって方法。でもダメ。これだと食事がとれなくなってしまう。
 でも他に口を封じる、声を封じる方法なんてあるかな?

 ……って。違う! うん、そうじゃない!
 口を封じる必要なんてない。声を封じる必要なんてない。封じるのは言葉、人間と同じ言葉、ただそれのみじゃないか!
 よし、なら手はあるぞッ!

 そのための道具は、ええっと……うん、これでいいか。

「じねえ゛え゛! でいぶをいじめるグゾはぐるじんでじねえ゛え゛え゛え゛!!」

 いまだにれいむはボクに向かって暴言を吐き続けている。といっても目が見えてないせいか、思いっきり明後日の方向に向かってだけど。
 さてさて、ボクが手にしたその道具。工作用の小さなペンチ。すっごい安物。
 多分、兄貴や他の家族の所に行けばもっと良い道具はあるんだろうけど……虐待愛好家の拷問器具に頼るのは嫌だしね。仕方ない。

「じゃ、れいむ。ちょっとだけガマンしててね?」
「じねぼふぎゅ!?」

 さっきとは逆、今度はれいむの上半分、目の辺りをぐっと押さえる。体勢はさっきと同じに仰向け。

「な゛に゛ッ!? でいぶになにずるのお゛お゛お゛お゛!?」

 かわいそうに、怖がってるんだろうな。またものすごい勢いでジタバタ暴れる。うむぅ、さすがにこりゃちょっとやりにくい。
 ……兄貴とかの部屋だったらきっと、固定用の万力みたいな謎器具があるんだろうなぁ。
 この部屋にはそんな便利な物はないけど。ってか、一般家庭の部屋に万力とか普通ありえないし。学校の技術室とかじゃないんだから。

 かなりやりづらいけど、それでも全力をこめて遠慮なしに押さえつけられる分まだましか。これもゴムゴムボディのおかげ。
 自分でやったことにこう言うのもアレだけど、ゴム化の実験は本当に大当たりだったなぁ。こうして後々まで役に立つ。

「い゛や゛あ゛あ゛ッ! やべでどめでやべでどべでえ゛エ゛ガボギョッ!?」

 泣き叫ぶそのの口、ちょっと強引にペンチの先を挟み込む。
 れいむの口が開いたり閉じようとしたりでちょっと厄介だけど、まぁ相手はゆっくり、こっちがしっかり力を入れてさえいれば大した障害でもないね。
 そうしてれいむの歯を一本ペンチでもって挟んで。

「そおっい♪」

 引っこ抜いた。というか、へし折った?

「はぎょろもほぼごオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!?!?」

 またすっごい声。うんうん、歯を抜かれるのって痛いもんねぇ。それも虫歯とかじゃない健康な歯。しかも麻酔なし。
 でも麻酔なんてそんなものが僕の部屋にあるワケがないし、あったとしても饅頭生物たるゆっくりに効くかどうかはわかんないし。

「へいやーっ☆」
「やべへべげへげ!?」

 仕方ない。

「とりゃーっ★」
「へがばはあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

 これもれいむのため。ゆっくりのため。
 一本一本、その歯を引き抜いていって。
   ・
   ・
   ・
「これで最後だね」
「べへぇ! へべへ、へべへべへへへえ゛え゛――――ッ!!」

 ペンチで挟むのはれいむの舌。歯をぜぇーっんぶ無くしたら、最後はベロ。これさえ無くなれば。

「よいしょ、っと、っいしょ!」
「べェ――――! べえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!?」

 うむう。ベロはどうも、髪や目玉や歯と違って弾力をもってしまったみたいだ。抜けない。力を入れて引っ張ってもなかなか抜けない。
 ぬぐぐ、ちょっと、腕が疲れてきたかも……。

 ってダメダメ! 弱気になってどうする! 全てのゆっくりを救う、そう決めたんじゃあないのか僕は!
 使命感を腕力に上乗せして、いくぞ全力全開フゥルパゥワーッ!

「おいやああああああああ!!!!」

 ぶちり。

「ッ――――――――ッッッッ!!!!!!??????」

 やった! 抜けた! よし、これでもうれいむは!

「ぇ~~……ぇぅぇ~~……」

 こっちは手をどけたのに仰向けの態勢のまま、ビクビク痙攣してほとんど動かない。
 口から出るのも、もはや言葉じゃなくて単なる声。歯が全部とベロが無くなったんだ。まともな言葉はもう話せない。
 食事は、固形物は無理でもジュースなんかだったらこの状態でも飲めるだろうし、ウン、大丈夫。

 これでれいむも、ワンワンほえる犬やニャーニャー鳴く猫と一緒。
 口が悪くてムカツク!だなんて、もう二度と言われないぞ。良かったね!



 よっし。あとは祖父(75才 年金暮らし)だけだ。これで最後。

『儂がゆっくりを嫌う理由。それは彼奴等の愚かさ故の事よ。
 考えてもみるが良い。
 彼奴らは元々この世界には存在していなかった。ある日突然、儂等の前に現れた。言うなればこの世界の新参よ。
 その様な身分の癖をして、その生態や構造すら適当な癖をして、だが彼奴等は我が物顔で歩き回る。
 まともな知性も教養も持たぬ身で、数ばかりは多いのを良い事に大きな声で叫び回る。
 自分達が元からこの世界に居た、最も位の高い存在であると勘違いをしている。
 これで彼奴等に相応の力が有るのであれば、その様な増長もまだ理解出来る。
 だが、彼奴等は弱い。生物としてあるまじき程に弱い。
 立場も力も無い、本来最下等を這いずるべき存在が、ただ愚かしい勘違いのみで以って大きな顔をして世にのさばる。
 この様な不条理、許しておいては我等人としての尊厳に関わる事なのである』

 ……長いよ、じいちゃん。しかも人の尊厳って。ゆっくり虐待の理由聞くのに尊厳なんて言葉が出るとは思わなかった。
 ツッコミ所もここまで堂々とされると逆にツッコミづらいなぁ。

 いや、でも。
 うぐぐ、まいったなぁ。言ってる内容自体は、残念ながら間違いではない。ゆっくり最大の欠点、それは頭の悪さ。

 その一番わかりやすい例が、いわゆるおウチ宣言。
 自分よりも遥かに強い人間の住みかに入り込んで、勝手に中を荒らして、見つかっても自分のゆっくりプレイスだと言い張ってしまう。
 当然大抵の人は怒る。相手が虐待愛好家だったら、拷問加えるいい口実になってしまう。

 普通の動物はこんなことしない。野良猫とか勝手に庭に入っても、人間が来たらすぐに逃げ出す。
 田舎とかだと猿が家に入り込んで物を食べたりすることもあるらしいけど、まぁ猿は結構強いし。
 お年寄りだとケガさせられることもあるみたいだし。

 でもゆっくりは弱い。弱いなら、人に見つかったら即逃げれば良いのに。
 っていうか、逃げ足もこれまた極端に遅いんだから、はじめから人のテリトリーには近付かなければ良いのに。
 なのにゆっくり達は、自分の力の程も考えずに無謀を繰り返し、そうしてどんどんと死んでいく。
 しかもなぁ、さっきの問題にもかかる話だけど、なまじっか口がきける分、人の言葉を理解する分、注意はしてもそれを理解しないって、
そんな感じでよりゆっくりの愚かさが目立ってしまうんだよなぁ。そうしてそれが虐待の口実にされてしまう。
 ゆっくりはもっと頭が良くならないと。

 ……でも、それこそ本当に、どうやって? 単純に考えれば教育、なんだけど……。
 ペットショップでバイトしてる友達に聞いたところ、素質のあるゆっくり十匹を丁寧に、根っ気よく教育し続けて、
内の一匹でもまともになれば御の字なのだそうだ。
 正直それじゃダメ。だって、残った九匹はどうなるの? 僕は分け隔てなく全てのゆっくりを救いたいのに……。

 どうしよう。ここまで結構順調だったのに、最後の最後でとんでもない難問にぶつかったなぁ。

 もう一度、冷静に頭の中を整理しよう。
 ゆっくりは頭が悪いので、危険な行為をそれとわからずにやってしまって、結果簡単に死ぬ。殺される。
 だから頭を良くしよう……どうやって? 教育じゃ手間がかかるし、それでも救えるのは一割以下。
 ならばそれ以外の手段で、ゆっくりのおバカな餡子脳をまともに……するにはどうすれば良いんだろう?
 ゆっくりだって脳(餡子)を持つ動物なんだ。その脳さえ何とかなれば……何とか……。

 ――――ッ!

「そうか! その手があったか!」

 マンガみたいなセリフを思わず叫んでしまった。でも、うん、良い方法があった!
 ボクは大急ぎで部屋を出て台所に向かう。スプーンだ、スプーンを。

「お待たせ、れいむ!」

 駆け足で部屋に戻る。れいむは机の上。さっきと同じ仰向けのままで、力なくあーあーうーうーこぼしてる。
 疲れたんだろうね、凄く。今日は一杯、れいむには無理をさせちゃったから。でも、これでもう最後! これでれいむは救われる。

「餡子がダメなら」
「あはひょ!?」

 歯と舌が抜けて以来、初めてれいむが声らしい声を出す。冷たいスプーンが口の中、っていうか体の奥の奥にまで突っ込まれたせいだろう。

「餡子脳がダメならッ」
「へひゃ!?」

 スプーンを深く突き入れ、れいむの中にある餡子を。

「それが無くなればいいじゃぁないかッ!!」
「はへははははへへへ!?!?」

 臭いものは元から断つ! 餡子脳から生じる愚行がゆっくりの生存を脅かすのなら、その餡子脳自体が無くなれば良いんだ!
 そうすればもう、バカなことなんて絶対に、ぜぇぇっったいに考えられなくなるもの!

「良かったね、れいむ!」
「はひゅひふほひほひっ!!」

 れいむが口を閉じようとする。でも無意味。ゆっくりの力、しかも今は歯も無し。
 人間のボクが操るスプーンの侵入を止められるワケもない。

「これでもう、バカだなんて誰にも言わせないよ?」
「へへぁへぁぁはぁ――――ッ!?」

 必死に体をよじろうとするけど、それも無意味。だって、ボクのこの手でしっかりと押さえて離さないし。
 全力出しても決して潰れない。ありがとう、ゴムゴムのボディー!

「これでれいむは永遠にゆっくりできるゆっくりになれるんだァ――ッ!!」
「あはあああはああああ゛あ゛あ゛あ゛――――」



●●●



「ねぇ、兄貴」
「何だよ」

 そうして最終段階。我が最低の兄(23才 会社員)の登場。家族の中で兄にだけは、あえてアンケートをとらなかった。
 家族の中でも最大の虐待厨である兄には、処置の完了したゆっくりに対する、言わば審査官の役目をしてもらうのだ。

「これ、見てどう思う?」

 兄の部屋に入ったボクの手の上、小さなお皿。その上では、とてもゆっくりしているれいむの姿。
 あらゆる虐待の危険性を考慮しあらゆる対策を施した究極のゆっくりれいむ。あとは兄がこれを見て。

「どう思うって、何が」
「だからさ。兄貴、これ見て欲情したりする?」

 緊張の一瞬だ。さぁ兄よ、どう出るか?



「……お前、オレを何だと思ってるワケ?」

 露骨に不愉快そうな顔を見せる兄。これって、もしや。

「何でそんなモンに欲情しなきゃなんないんだよ」

 ぃぃいっやったああああああ!! 成功だ! 最悪虐待魔人の兄が、このれいむを前にして何の反応も無し。大っ成功だ!
 ああ、良かったね、れいむ。ボクはお皿の上にいるれいむにほほえみかける。つらかったろうけど、よくがんばってくれた!






「つうかさ、それ、何? 餡子の固まりと、それから……饅頭の皮か何か?
 穴ぼこだらけで気味悪ぃし、餡子もなんか臭い変だし。っつか微妙に緑色混じってるし。ホント何それ?」






 首傾げてる兄は放っておいて、小躍りしながら部屋を出る。
 でも、うんうん、兄は今、とても良い事を言った。
 そう。



「皮と餡子の固まりに分離したゆっくりは、もう決して虐められることはないッ!!」



 真理到達! 今が正に世界変革の時!! そう、ボクは今、全てのゆっくりを救う手段を手に入れたのだからッ!!
 まず、とりあえずは近所にいる野良ゆっくりから。そうして、次第に範囲を広げていって……。

 いつかは、そう、種族地位年齢に一切関係なく、この世に存在するありとあらゆるゆっくりを、一匹残らず救ってあげるんだッ☆



(作:おっ゜て)

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最終更新:2022年05月19日 12:06