川原の石を踏み、がりがりとした感触を楽しんでいると、足元にゆっくりの死体を見つけた。
皮が破れ、餡子が漏れ出しているが、綺麗な金髪と帽子からまりさ種とわかる。
周りで数匹の蟻が、大量にこぼれた餡子を巣に持ち帰ろうと、あくせくと働いている。

何が原因で死んだかはわからないが、ゆっくりは本当に些細な事で死んでしまうような
脆弱な生き物なので、このように死体を発見する事も日常茶飯事だった。
だがこの死体の側には、珍しくもう一匹、死体に見えないゆっくりが居る。

金髪と瞳の色から、死体と同じまりさ種とわかるが、お馴染みの黒い帽子が無く
代わりに三角の白い頭巾を額につけている。幽霊のような格好だが半透明ではない。
寝ているのか起きているかもわからない、半分だけ目を閉じた表情で、
口元をわずかに微笑んでいるかのように閉じたそのまりさは
呼吸もしていないかのように微動だにしていない。

こんな所で帽子も被らず動かないゆっくり、まさかこいつも死んでいるのだろうか。
頭巾のまりさの前にしゃがみ込んで、頬を軽くつついてみると、
ゆっくりのもちもちした肌の感触が返って来る。体温とでも言うのか、温度も冷たくは無い。
つついている内に、頭巾のまりさの意識が戻ってきたのか、
眠りに落ちた人間がまれに見せるような、ビクッと震える反応を見せた。
そのまま、少しびっくりしたような表情でこちらを見つめてくる。

「…ゆっ?ゆ…ゆっくりしていってね!」
「あ、ああ、ゆっくりだな」

頭巾のまりさは挨拶を返してもらった事に、満足したかのように軽く微笑むと
きょろきょろと左右を見回し、自分の横に落ちている皮と餡子の塊に目を向けた。
すぐ横に居たのだが、もしかしてこの頭巾のまりさが殺したのだろうか。
頭巾のまりさは同族の死体を見るなり少しだけ寂しげな表情をした後、
ずりずりと餡子に口を近づけ、何を思ったか蟻のたかる餡子を食べ始めた。

「むーしゃ、むーしゃ…」
「お、おい!」
「ゆ?どうしたの?」
「お前、ゆっくりの餡子でも食べるのか?」

冬篭りで餌が足りなくなるとか、わざと絶食させるとかで共食いを始めるという話も聞くが
まだ冬でもなければ連れ帰って虐待している訳でもない。
この頭巾のまりさはどこかで餡子の味を覚えて、食べる為に死体のまりさを殺したのか?

「これはまりさのからだだよ?まりさのからだをどうしようとまりさのかってだよ!」
「? どう言う事だ?」
「わからないの?ばかなの?」

言っている意味がわからず聞き返すと、頭巾のまりさは半笑いの呆れ顔を返してきた。
腹が立つので皮を千切らない程度に頬をつねってやる。

「ゆ゛っ!?なにずるの!?まりざはまりざだよ!」
「ええと、お前が、これなのか?」
頬をつねったまま、頭巾のまりさと死体のまりさを順に指差して確認する。
「そうでずぅぅ!だがらはなぢで!」

幽霊のように白い三角頭巾をつけている変なゆっくりだとは思ったが、
まさか死体と自分が同一人物だと主張してくるとは。
頬から指を離してやると、まりさは涙目になりながらぷくぅぅ!と膨らんで威嚇してくる。

「つまり、この死体のまりさが死んだ後、お前になったのか」
「ぷひゅるる…そうだよ?」
「その、なんだ、ゆっくりは自分の体なら食べても平気なのか?」
「ゆ?あまくておいしいよ?」

さも当然のように答えてくる、美味しければいいのか。
ゆっくりのいい加減さなのか、弱い生き物が食料を得る為には仕方がないのか。
多分いい加減の方なんだろうなぁ、と考えていると、まりさはまた死体を食べ始めた。

「むーしゃ、むーしゃ…しあわせー!」

定番のセリフを言うや否やまりさは顔を上に向け、ふわふわと宙に浮き上がる。
天にも登る程幸せなのか、と言うかゆっくりは空を飛ぶ生き物だったのか?

「な、なあ」
「ゆ?」
「何でお前は浮かんでるんだ?」

頭の上に?を浮かべたような表情でこちらを見てくるまりさだが、
視点が高くなった事と浮遊感から、やっと自分が浮かんでいると気付いたようだ。

「わあ!おそらをとんでるみたい!」
「いや、実際に飛んでるんだ。他のゆっくりも飛べるのか?」
「…しらないよ?」

懲りずに半笑いの呆れ顔を返してくる。あまりにも人を馬鹿にした表情に腹が立ち、
おいィ!と鞠をつく要領で頭を叩くと、まりさは勢い良く地面に叩きつけられた。

「ゆべっ!いだい゛ぃぃ!なにずるの゛ぉぉ!?」

痛みからしあわせー!な気分が抜けたのか、まりさは地面に叩きつけられたまま浮かんで来ない。
ひとしきり泣き喚くと、ゆんゆんと小さく泣き声を上げながら、ゆんしょとばかりに立ち上がる。
芝生なら痛いだけで済んだのだろうが、川原の石の上に叩きつけられたので皮が破れていたようだ。
起き上がった拍子に後頭部の傷からどろりと餡子がこぼれ落ちる。

「ゆ゛ぎっ?せなかがいたいよ!なんでぇぇ!?」
「ん?…あちゃあ、大きい傷から餡子がこぼれてるな」
「ゆ゛ぅっ!?ゆっくりできないよ!はやくなおしてね!」
「うーん、直そうにも、材料もジュースも無いな…」
「ゆ゛ええぇ!?おね゛がいだがらなおぢでぇぇ!」

まりさは顔を青くしてじたばたと体をゆするが、暴れる事でますます餡子が漏れていく。
だんだんと痙攣するような動きを見せ始めたまりさは、仕舞いには白目を剥いて、

「ああ、そんなに動くと…」
「も…もっと…ゆっくりした、かった…」

動かなくなってしまった。幽霊なのにまた死ぬのか。
先ほどまで暴れていたゆっくりが動かなくなった為、新しく地面に落ちてきた餡子にも
ちらほらと蟻がやって来る。1匹分の餡子が追加されれば蟻も大喜びだろう。
そんな様子を眺めながら、さっきのゆっくりは一体なんだったのかと考えていると、

「ひゅー、どろどろどろどろ…」
「!?」

帽子の死体と頭巾の死体の更に横、一直線に並んだ位置から声が聞こえ、
半透明の丸いシルエットが現れた。半透明ながらも長い髪と三角の頭巾が見え、
後ろの風景が透けて見える体も次第にはっきりとした色へと変わっていく。

「どろどろどろどろ…じゃーん!」
「…またお前か」

完全に透明度を失った所で、新しく登場したまりさは胸を張って叫んだ。
じゃーん!って自分で言うのか。

「ゆー、しぬかとおもったよ」
「実際死んだと思うんだがなぁ」

華麗な復活を褒められたとでも思ったのか、まりさはゆへへ、と笑い
再び自分の体、頭巾を付けた出来立ての死体へずりずりと口を近づけていった。
また食べるのか、死んで幽霊になると腹が減るのだろうか。
そんな考えをよそに、まりさが一口二口と餡子に口を付けたところで、

「そこまでよ!」
「したいをたべてるんだね、わかるよー!」
「それにぼうしをかぶってないんだぜ!ゆっくりしてないやつだぜ!」

共食いにしか見えない光景をぱちゅりー、ちぇん、帽子付きまりさに目撃されてしまった。

「ゆっ?これはまりさのからだだから、まりさがどうしようとかってだよ!」
「? わかんないよー!?」
「むっきゅ!よくみたらふたりもころしてるわ!」
「ひどいやつだぜ!ゆっくりできないやつはしぬんだぜ!」
「ゆっ、ゆうぅ!?」

突然現れた同族からの、激しい非難に困惑する頭巾のまりさ。
やはり他のゆっくりから見ても、自分の体であれ共食いは異常な事らしい。
それ以前に目の前の死体と、それを食べるまりさが同一人物だと気付いていないようである。

「むっきゅっきゅ!せいぎをしっこうするのよ!」
「ゆっへっへ!くるしんでしねぇっ!」
「わかるよわかるよー!」
「ゆっ、やめてね!まりさはわるくないよ!?」

3匹のゆっくりは、川原に転がる石を咥えては次々と頭巾のまりさに投げつける。
その全てはコントロールの悪さから、頭巾のまりさよりもずっと手前に落ちるが、
頭巾のまりさは滑稽にもぴょんぴょん跳ねて、届かない石を避けようとしている。
だが、ゆっくりにとっては足場の悪い川原で飛び跳ねた事で、自分で足を傷つける結果となった。

「ゆがっ!いだいぃ!」
「ちゃんすだね!わかるよー!」
「わるものにとどめをさすんだぜ!」
「むきゅ!ちかづいておしつぶすのよ!」

頭の良いぱちゅりーは投石が届いていない事に気付いたのだろう。
指示通りにちぇんとまりさは、頭巾のまりさに勢い良く迫ると一方的な体当たりを始め、
ぱちゅりーは体力が低く走れないのか、その場から動かずに見物している。

「ゆへへへへっ!しねっしねっ!」
「しぬんだよー!わかってね!」
「やっやべっ、やべでっ!ゆぼぉっ!」

足を傷つけ抵抗の出来ない頭巾のまりさは、2匹からの挟み込むような猛攻に成すすべも無く
餡子を吐き、再び皮と餡子と頭巾の塊へと成り果てた。
荒い息を立てる2匹のゆっくりは、悪者を退治したと達成感をあらわにし、
離れた場所で見ていたぱちゅりーも満足げに、ゆっくりと近づいて来た。

「ゆへー、ゆへー、やってやったんだぜ!」
「わ、わ、わかるよー!」
「むきゅ!これでむれもへいわになるわ!」

悪いまりさを懲らしめるのに夢中になっていたのか、3匹は頭巾のまりさの側で
黙って見ていた人間にやっと気がつき、揃ってこちらに顔を向けて来る。

「ゆっ、わるいゆっくりをやっつけたまりさたちにごはんをよこすんだぜ!」
「そうね!ぜんこうをはたらいたわたしたちには、せいとうなほうしゅうがはらわれるべきだわ!」
「わかるよーわかるよー!」

「さっきのまりさ、そんなにゆっくり出来ない奴だったのか?」
「むきゅ、わたしのめにまちがいはないわ!」

頭巾のまりさを倒したからご褒美をくれ、と言うことらしいが、畑を襲った訳でもないゆっくりを倒しても
人間には何の特にもなっていない。人間に向かって報酬をよこせとは勝手な話である。
それでも自信満々で胸を張っている3匹の横に、半透明なシルエットが現れた。

「ひゅー、どろどろどろどろ…」
「またか」

「ゆゆ、な、なんなのぜっ?」
「むきゅう、なんだかさむけがするわ…!」
「わっ、わからないよー!?」

3匹のゆっくり達はすぐ側から聞こえてくる滑稽な擬音語に、落ち着かない表情で怯えている。
間の抜けた声だが、ゆっくりには怖く聞こえるものなのだろうか。
頭巾のまりさの緊張感の無い顔を見れば落ち着くかも知れないと、帽子のまりさの頭をぽんぽんと叩き、
だんだんと透明さを失っていくシルエットの方を指差してやる。
「ゆっ?」と指差した方を見た帽子のまりさと頭巾のまりさの目が合った。

「どろどろ…じゃーん!」
「ゆっ!?ゆぎゃあああぁぁぁ──!?!?」
「!? おっおっ、おばけぇぇ!?」
「わっ、わかっ、わかっ、わかに゛ゃぁぁぁ!」
「ゆ、ゆゆっ?」

はつらつな笑顔でじゃーん!と叫ぶ頭巾のまりさに、絶叫を上げる帽子のまりさ。
それを聞いたぱちゅりーとちぇんにも恐怖が伝染し、2匹も続けて絶叫を上げる。
頭巾のまりさだけが、他のゆっくりが絶叫を上げる事態について行けない様子である。

「もうやだぁぁぁ!!」
「わがにゃぁぁぁぁん!!」
「むっ、むきゅ、まって、おいてかないで…!!」
「もうおうぢがえる!ぱちゅりーはゆっくりおとりになってね!」
「む、むきゅぅぅっ!?」

帽子のまりさとちぇんが我先にと逃げ出すが、ぱちゅりーは腰が抜けたのかその場から動けない。
助けを求める仲間に、帽子のまりさは泣いて逃げながらもちゃっかりと追い討ちをかけて行く。
そんなまりさとちぇんも、慌てて川原を走った為足に傷を負って転げまわってしまった。

「ゆっ、ゆぎゃぁぁぁ!いだい゛!たずげでぇぇぇ!」
「わぎゃんにゃいよぉぉぉ!!」
「むっ、むきゅぅぅぅん!むきゅぅぅぅん!」

「ゆゆ…いったいどうなってるの?」
「…本当にどうなってるんだ」

まりさとちぇんから見捨てられたぱちゅりーも、もはや泣く事しか出来ない。
先ほど自分を痛めつけた相手が、勝手に怯えて逃げながら自滅する様に、頭巾のまりさも
訳がわからずおろおろするばかりで、事態は進展せずただただ騒音が流れるのみとなる。

余りにも騒がしいし、それに他のゆっくりも幽霊になるのか確認したい。
おもむろに立ち上がると、近くに居るぱちゅりーから踏み潰していく事にした。

「むきゅぅぅぅん!むきゅぅぅうべっ!!!」

「わかんにゅぶ!!!」
「う゛わ゛ぁぁぁぁん!わ゛ぁぁあ゛ぐっ!!!」

少しだけ離れた所で転がっているちぇんとまりさにも平等に引導を渡し、
様子を見てみるが一向にゆっくりの幽霊が出てくる気配は無い。
ただ呆然としている頭巾のまりさと、更に餡子が量産されて大喜びの蟻がいるだけである。

「やっぱり、生き返るのはお前だけか」
「ゆ?」

何の話か理解していない頭巾のまりさは少し考え、

「ゆっ、まりさをいじめるわるいゆっくりをたおしてくれたんだね、ゆっくりありがとう!」
「ん?あ、ああ」

自分に都合の良いように解釈したようだ。笑顔でこちらに跳ねてくる。
ちゃんとお礼を言うし、人懐っこくていいゆっくりじゃないか、と思いきや

「まりさおなかがすいたよ、ごはんちょうだい!」
「……」

自分を助けてくれるとみるや、にこにこ笑顔で余計な要求までしてきた。
やはりゆっくりはゆっくりである。

「さっきみたいに、自分の体を食べれば良いんじゃないのか?」
「ゆー?あんまりあんこばっかりだとあきるよ?」

飽きるのか。やはり半笑いの呆れ顔を見せてくるが、死んでも復活する珍しいまりさ種なら
連れて帰って里の人に見せるのも面白いだろう。つねりたくなるのを我慢して餌付けしてやる事にする。
都合の良いことに、外で食おうとおにぎりを持って来ていたのだ。

「それなら、おにぎりでいいか?」
「ゆっ!おにぎりたべたい!ちょうだい!ちょうだい!」

よだれを垂らして見上げて来るまりさの口に、おにぎりを半分に割って放り込んでやる。

「むーしゃ、むーしゃ」

具こそ入っていないが、少量の塩をふったおにぎりの、餡子の甘みとは違ったうまさに
満面の笑みを浮かべるまりさ。自分の欲求がまかり通ってこれ以上無い程の至福をかみ締めている。


「むーしゃ、むーしゃ、し…」
「どうした?」

しあわせー!と宣言しようと顔を上向きに上げた瞬間まりさは動きを止め、

「おげろぉぉぉ!」
「お、おい!」

突然目を見開いて餡子を吐き出し、痙攣し始めた。

「ゆ゛っゆ゛っゆ゛っゆげっゆげっ」

がくがくと震えながら、目から大粒の涙をぼろぼろと流し、地面に接した足から
酸をかけたかのようにじゅわじゅわと泡を立てながら溶けていく。

「ゆ゛げっ、ゆ゛げっ、ゆ゛っぐり、で、でぎな゛い゛ぃぃぃぃ!」

そう言うとまりさの目玉はぼろりとこぼれ落ち、地面に落ちると、じゅうと音を立てながら
溶けて消える。見る見るうちに頭髪も頭巾も、全てが溶けてしまった。

おにぎりにはゆっくりを殺すような毒も入っていない。ただ塩をふっただけの具なしおにぎりである。
ゆっくりは思い込みの強い生き物だが、幽霊を気取るとこんな少量の塩でも死んでしまうのか。

「…いい加減な生き物だし、また生き返るかな」

そこらに散らばる餡子をせっせとアリが運ぶ中、また笑顔で復活するかと待っていたが、
いつまで経っても頭巾のまりさは現れなかった。


おわり。



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最終更新:2022年03月15日 00:43