長きに渡ったゆっくりとの戦いにも終止符が打たれた。
あまりにも増殖しすぎたゆっくりにより、自然生態系が崩壊したのだ。

まず草花が消え去り、それに依存して生きる昆虫が死滅した。
昆虫を食べる鳥類、キツネなどの雑食哺乳類が死滅し、共生者を失った
森林には樹木の病気と寄生虫が蔓延、樹木は失われ、その実を食べる
リスなどのげっ歯類が、そして肉食の大型哺乳類が姿を消した。

樹木がなくなり、荒地・禿山と化した場所には生命力の強い雑草ばかりが生え
その花粉はアレルゲンとなって幻想郷中を襲った。
食料を失ったゆっくりは、死に物狂いで人間の集落を襲った。
いかなる障害物も、死骸を乗り越えて前進するゆっくりの群れの前には
意味をなさず、畑作も水田耕作ももはや成り立たなくなった。
飼料を生産できなくなった畜産農家も全滅し、食糧生産は停止した。
人口が大幅に減少したことで、妖怪たちの多くも消滅していった。


それでもまだ、人間は生き残っていた。
全ての元凶であるゆっくりを養殖し、どうにか飢えを凌いでいた。


その一方で、加工場は巨大化しすぎていた。
いまや、幻想郷のほとんどの人間はここで働いている。

ありとあらゆる方法が試された。ゆっくりには雑草が毎日山のように与えられている。

「(やめて!もっとおいしいものがたべたいよ!ゆっくり持ってきてね!)」

モガモガというくぐもった声が、キャニスタに並べられた大量のゆっくりから
発せられる。連中は例外なく、口にホースを固定する器具を填められていた。
不平不満を述べる権利など、ゆっくりには与えられなかった。
僅かな燃料で煮込まれた雑草が、器具で固定されたゆっくりの口の中へ
ただひたすら投入されていく。

「・・・げぼごぼげぶがぶ」
「(もっとゆっくり食べたいよ!)」

その速度は、ゆっくりが食べたものを餡子に変換できる上限速度にぴったりと
合わせてあった。雑草の栄養価の低さを、飽和状態で与えることでどうにか
生産性を向上させているのだ。
そして、一定期間が過ぎて充分なサイズになったゆっくりは回収され、無造作に
イモ洗いにされて、そのままミキサーに突っ込まれていく。
恐怖を与えるなどという行為は行われない。毎日の食事には甘さはむしろ
害悪であるからだ。彼らはただ機械的に処理され、食品に加工され、
人々はそれを食べることで生きながらえた。

加工場の外部には、もうほとんどゆっくりはいなかった。
単純に食料を失って個体数を大幅に減らしたのだ。
たまに、荒地の石をどけてわずかな地虫やコケを口にしている姿が
妖怪に目撃される程度であった。

「ミミズさんだよ!おいしそ・・・なんで一人で食べちゃうのぉ"ぉお"ぉ"ぉおお"ぉ!!」
「おかーさんは身体が大きいから多めに食べさせてね!」
「おかーさんずるいよ、おねーちゃんもずるいよ!」
「うめ!!これめっちゃうめ!!」
「ゅー・・・おなかちゅいたよー・・・」

それすら、醜く奪い合う。

ドス魔理沙のような巨大な個体は、数年来目撃されていない。
また、これほどまでに幻想郷を荒廃させたゆっくりに対する人々の憎悪は
並大抵ではなく、ゆっくりを加工場の外部で飼育するなどといった行為は
激しく糾弾された。
稀に、家のどこかにゆっくりを隠していた者が告発されることがあった。
彼らの目的は二種に大別され、愛玩か虐待のどちらかだったが、その行為が
露見すれば、目的の如何に関わらず、結果は同じであった。


稗田阿求は不満であった。
彼女は長くない命を、ゆっくりが出現して以後、急速に変化する幻想郷を記すため
改訂版幻想郷縁起の製作に捧げており、そのストレスは並大抵ではなかった。
また、その鬱憤を晴らすため行っていたゆっくりに対する虐待行為が、
幻想郷では禁忌とされてしまったことも、彼女の内部の黒い部分を肥大させていった。

河童の技術で今までよりは生きながらえているといえ、もう自分は長くない。
短い間に激変し、良い時代だったはずが、取り返しのつかない時代になってしまった
幻想郷を思うたび、阿求は言いようの無い喪失感に襲われた。
道ゆく人々の顔はマスクに覆われて見えないが、雰囲気は恐ろしく冷たい。
誰も希望を抱いていないことがありありと見て取れた。

里は荒廃していた。
森林が失われた山は土砂崩れを起こし、増水した川は氾濫した。
住める場所が失われた農村の住民がなだれ込んだが、食料が足りず、
必然的に犯罪が増加した。
さらに猛烈な花粉と砂埃、それがもたらす光化学スモッグに曝されるのであるから
地上を捨てて地下に活路を見出すのは当然だった。

どの建物も、入り口くらいしか綺麗にされていない。
それはこの稗田邸も例外ではなかった。
地下室に隠れ住み、フィルターごしの空気を吸う生活に、人々は慣れ初めている。
たまに雨が降ったとき、逃げ遅れた者が溺死することがあったが、それももはや
日常の一部と化していた。

少ない配給に不満を募らせる日々。
ゆっくりを憎悪しながら、ゆっくりを飼育する日々。
あの豊かな精神を育んできた幻想郷に、あんなものを持ち込んだ結果が、これだ。
阿求は、だんだんと言うことを聞かなくなっていく身体に鞭打って、幻想郷縁起を
更新し続けた。おそらく、これが最後の編纂になるだろう。

だが、彼女は今回の生に満足できなかった。
ストレスの捌け口を失って長い。死ぬまでにこれを少しでも晴らさなければ、
最悪、成仏できなくなるかもしれない。輪廻が停止することだけは、
避けねばならなかった。

だが、あの生首饅頭どもはもういない。
人間が行ける場所には、もう生きたそいつらは、存在しないのだ。
阿求は猛烈な喪失感に、うちひしがれていた。



そんなとき、そんな彼女の元に、そんな手紙が届いたのは、何の気まぐれだったろう。
それは懐かしい友人。自分に、ゆっくりに対する虐待を認めてくれた数少ない一人。

「よう、稗田の嬢ちゃん。ゆっくり加工場を襲撃する。お前も付き合わないか?」

手紙の内容はそんなものだった。
送り主は、ゆっくり虐待全盛期に筋金入りとして有名だった虐待お兄さん。
外来人で素性はよくわからないが、妙にゆっくりに対する虐待方法に長け、
人はよく彼を「古株の虐待王」と呼んでいた。
略すと古王だが某超高速機械人形戦闘遊戯とは無関係です。
無関係ったら無関係です。

阿求は背中に何かが走る感覚を、間違いなく感じた。
こんな手紙を誰かが目にすれば、お兄さんは間違いなく斬首ものだ。
それを受け取って通報しなかったとあれば、阿求もどうなるか知れたものではない。

だが、残り僅かなこの命、無念なままくすぶらせて消えるのは我慢ならなかった。
そう思い続けていたところにこの手紙。天啓といわずして何といおうか。

ゆっくりを虐殺したい。
ゆっくりの恐怖と絶望に歪んだ顔が見たい。
ゆっくりの断末魔の狂想曲を作りながら、自らも果てたい。

その念願が叶う、唯一の方法が、今目の前にある。
加工場を失った幻想郷がどうなるか?そんなことは知ったことではない。
一度、加工場を失ったところで人間は滅びたりしない。
加工場は再建できる。今より規模は落ちるだろうが。
それに、ごくごく僅かだが、ゆっくり以外の食料も存在している。
たとえば魚。ゆっくりをエサに大量養殖が行われている昨今だが、飼料がなくなり
養殖が不可能になっても、数十人を生かすには充分な量だ。
そして今なら、たとえ破壊されたか工場からゆっくりが荒野に戻っても、ゆっくりは
多く生存することはできない。どうせ、千年もすれば自然生態系は元にもどるのだ。
それまでの停滞と考えて割り切ればいい。
原始からやりなおせば、妖怪の恐れられる時代がまた戻ってくるだろう。
すべてをやり直すだけ。自分も、幻想郷も。

阿求は筆を取り出し、あの頃よりはるかに質が悪くなった便箋に、返事を書き出した。
自然と、手紙の差出人から昔教わった歌を口ずさんでいた。

I'm thinker tu tu tu tu,tu.....





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最終更新:2022年05月03日 09:47