人間社会に突如として現れたゆっくり。その愛らしさと無邪気さ、「ゆっくりしていってね!」と言うどこかとぼけたフレーズは何故か人間達にウケた。
人間達はゆっくりを愛でた。彼女たちを見ているだけで、日常のしがらみから解放される気分になった。
ゆっくりを飼うことが一大ブームとなり、皆が饅頭達をゆっくりさせた。
人間による保護を得たゆっくり達は爆発的に繁殖したのだった。
「ゆー、ゆー!ゆっくりみちをわたるよ!」
「「「わたるよ!」」」
「わたりゅよ!」
「くるまさんはゆっくりうごかないでね!」
横断歩道を渡るのはよく見るれいむとまりさのつがい、そして子供達だ。
父まりさと母れいむはそれぞれ黄色い横断旗をくわえ、車に向かって振り続ける。その間に子供達は横断歩道をぴょんぴょん飛び跳ねる。
青信号から渡りだしたゆっくり達だが、そのゆっくりさからすでに信号は赤だ。しかし運転手達は嫌な顔どころか微笑みながら見守っている。
歩道の近くの大きな看板にはれいむのイラストとともに、『ゆっくりわたらせてね!』と言う文字がでかでかと印刷されていた。
「これからゆっくりあめがふります!ゆっくりあめです!」
道路の脇でゆっくり達に声を掛けるのはゆっくりさなえ。“かぜはふり”の彼女は風の動きからある程度の天候を予測できた。特に夕立などをだ。
「ゆ、あめがふるよ!」
「さなえがいうならまちがいないよ!」
「ゆっくりあまやどりしようね!」
近くを通りかかったれいむ二匹はさなえを加え、近くの喫茶店の入り口に並んだ。
「おにいさん、れいむたちをあまやどりさせてね!」
やれやれ、と言った顔をしながらもどこか微笑みながら、ウェイターの男性がドアを開けてやる。
「おにーさんありがとう!ゆっくりしていくね!」
「ゆっくりできるよ!」
「さなえもゆっくりさせてもらいますね!」
彼女達が中にはいると、そこにはすでにまりさやありす、ちぇんやみょんがくつろいでいた。
「よかったら食べていって頂戴、売れ残りが痛んじゃうのよ」
ウェイトレスが皿に乗ったサンドイッチをゆっくり達の前に置いてやる。
「ゆゆ、おねえさんありがとう!」
「おねえさんはゆっくりできるひとだね!」
「たべさせてもらいますね!」
「ゆ、すごくおいしそうなんだぜ!」
「とかいはのありすがたべてあげないこともないわ!」
「さんどいっちだね、わかるよー」
「ちーんぽ!」
「「「「「「「むーしゃむーしゃ、しあわせ~♪」」」」」」」
人間の客がそれを見て微笑む中、外ではポツポツと雨が降り出し、やがて土砂降りの夕立になった。
喫茶店の入り口に貼られたステッカーには、傘の下で雨宿りをするまりさのイラストが書かれていた。
「ゆっゆっゆ~♪ゆっくりしてね~♪」
「「してね~♪」」
「ゆっきゅり~♪」
道ばたで歌うのはまりさの一家。目の前に置かれた空き缶には入りきらないほどのお菓子が詰まっている。奥の方には信じられないことに一万円札さえ見えた。
「ゆ、にんげんのおねーさん!まりさたちのおうたをきいていってね!」
「きいてってね!」
「いっちぇにぇ!」
通りがかった女性は苦笑しながらも、まりさ一家の前で歌を聴いてやる。いつしかその人数は十人程度に増えていた。
ゆっくりを象ったキーホルダーやグッズは飛ぶように売れた。
ゆっくりを扱ったテレビ番組は高い視聴率をはじき出し、鍋の中に入り込んで眠りに就くゆっくりを撮影した動画は『ゆっくり鍋』として人気となった。
高速道路の隙間に迷い込んだゆっくりを助け出すため、道路が封鎖されたこともあった。
助け出したレスキュー隊の青年は、所長の飼うゆっくりぱちゅりーが直々に書いた感謝状を贈られた。
携帯電話の絵文字にもゆっくりが流行り、果てはゆっくりが描いた草原で遊ぶゆっくり親子の絵が『究極の癒し』として美術館に飾られた。
皆ゆっくりに夢中だった。
皆ゆっくりに酔っていた 。
ゆっくりの数と比例して、野鳥や犬、猫、魚と言った小動物の変死が増えた。死体からはどれも、高濃度の環境汚染物質が検出された。
検死の結果、どれも胃の中から餡子と胃液で溶けかけたゆっくりの外皮が見つかった。その餡子からはあらゆる汚染物質、薬物が検出された。
ゆっくりは体内に工場の煙や排気ガス、食品添加物などを蓄積してしまうのでは、と言う仮説が立てられた。
生体実験により仮説が実証されたその日、新聞には『毒饅頭』と言う見出しが大きく乗せられた。
「ゆっ、しんごうがあおになるまでゆっくりまとうね!」
「「「ゆっくりまつよ!」」」
横断歩道で信号を待つのはよく見るれいむとまりさのつがい、その子供達。しかし、その表情に余裕はない。
親ゆっくりは口の中に野菜の切れ端や魚の皮を溜めていた。スーパー裏の廃棄場からくすねてきたものだ。
これを赤ゆっくりの待つ巣…ビルの合間のゴミ箱の陰に運ぶには、目の前の横断歩道を渡る必要があった。
「くるまさん、ゆっくりとまっててね!」
「うごかないでね!」
くわえた横断旗を振り、自分たちの存在をアピールしながら渡る。彼女たちは車を警戒するあまり、もう一つの危険にまで頭が回らなかった。
「ゆ゛びゅ゛っ゛!!」
「ぐびゃ゛っ゛!」
突然聞こえた我が子の悲鳴。親ゆっくり達が振り向くと、子ゆっくり達はみんな潰れていた。その死骸を何本もの足が踏んでいく。
「どぼじでよ゛げでぐれ゛な゛い゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!」
絶叫する親たち。しかしそれを気に留めるものはいない。それどころか五月蠅いとばかりに死んだ子供の死骸を踏みにじられる。
「や゛め゛でえ゛え゛ぇ゛!でい゛ぶの゛こども゛ふま゛な゛い゛でぇ゛ぇ゛ぇ゛!」
「ゆ゛っ゛!!れ゛い゛む゛、あ゛ぶな゛い゛よ゛!!」
まりさの制止も聞かず、子供の元に駆け寄る親れいむ。三匹の子供の内、二匹は絶命していた。残る一匹も体の後ろ半分が潰れ、虫の息だ。
「ゆ゛ぅ゛ぅ゛、お゛があ゛ざん゛の゛くぢの゛な゛がに゛かぐれ゛でね゛!お゛があ゛ざん゛がたずげる゛がら゛ね゛!!」
「ゅ…ぅぅ…」
口内に子れいむを入れ、体を強ばらせるれいむ。どれだけ踏まれようと、絶対子供は守る。その決意を込めて、外皮に力を入れた。
が、覚悟していた衝撃はこない。恐る恐る目を開けると、辺りから人間の姿は消えていた。
「やった!まりさ、れいむかったよ!こどもをたすけたよ!!」
泣き笑いの表情で最愛のパートナーの方を向くれいむ。
しかし、その目には走り去る車と潰れた饅頭しか映らなかった。かろうじて残った潰れた帽子から、それが自分の夫だとれいむは理解してしまった。
「どぼじっ!?」
何が起きたかもわからぬまま、れいむの意識は途切れた。
道路上の幾つかの潰れた饅頭と、転がる小さな横断旗。赤信号を待つ人々はそれらに見向きもしなかった。
「ゆっくりあめがふります!!ゆっくりあめです!!みなさんにげてください!!」
透明な箱の中からゆっくり達に叫ぶのはさなえ。それを見た人間達は足早に建物の中に入っていく。
「ゆっ、あめだって!」
「ゆっくりできないよ!」
通りかかったのは二匹のれいむ。次第に雨粒が地面を叩き始める。
「おにいさん、ゆっくりあけてね!」
「なかにはいらせてね!」
近くの喫茶店のドア越しに叫ぶれいむ達。だが、ウェイター達は視線を向けると、近寄りもせずに仕事に戻る。
「どぼじでむ゛じずる゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「あ゛げでよ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!」
「でい゛ぶたちがゆ゛っ゛ぐり゛でぎな゛ぐでも゛い゛い゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!?」
必死に訴える二匹。しかし、耳を貸すものはいない。そうしている間に雨は勢いを増していく。
「ゆっ、あそこにあまやどりできそうなばしょがあるよ!」
れいむが見つけたのは喫茶店の裏口。施錠されているが、扉の上には小さな屋根。
その下ではすでにまりさやありす、ちぇん、みょんが身を寄せ合っている。
「ゆー、たすかったよ!」
「れいむたちもここであまやどりさせてね!」
二匹のれいむは無遠慮にその中に入り込もうとする。
驚いたのはまりさ達だ。ただでさえ三匹分のスペースしかないのを無理に身を寄せているのだ。これ以上受け入れるわけにはいかない。
「ゆっ!ここはまりさたちでいっぱいだよ!」
「れいむはほかにいってほしいよ、わかってよ~」
「これいじょうふってくるまえに、はやくべつのばしょをさがしなさいよ!べつにしんぱいしてるわけじゃないから!」
「ちーんぽ!」
「ゆっ!なにいってるの!?いじわるしないでれいむたちもいれてね!」
「さっさとどいてね!このままじゃしんじゃうよ!!」
れいむ達も必死だった。瞬く間に雨は強くなる。ここを追い出されてしまったら、待つのは死だ。
「ゆ、れいむなにするの!ゆっくりしないでやめてね!」
「おさないでよ~、ちぇんたちもぎゅうぎゅうなんだよ~、ゆっくりわかってよ~」
「やめなさいよ、れいむったらぜんぜんとかいはじゃないわよ!」
「おねがい、れいむたちもいれてね!」
たちまち狭いスペースを巡って争いが起きる。しかし、四対二ではれいむ達に分が悪い。さらに、対するのはどれも運動能力の高い固体ばかりだ。
抵抗らしい抵抗も出来ず、れいむ達は屋根の外に放り出された。一匹はみょんの咥えたガラス片に切られ、致死量の餡子が流れ出している。
「ゆっくりできないれいむはそこでしんでね!」
「らんぼうなんてひどいよ、わからないよ~」
「れいむってほんとうにさいていのくずねっ!」
「たーんしょう!ほーけい!そーろう!ひーとりよがり!」
浴びせられる罵声。片方のれいむはすでに動かない。餡子を失いすぎ、息を引き取ってしまった。
「ゆぅ…だれか…たすけて…」
生き残ったれいむは傷だらけの身体を引きずりながら、必死に雨を避けられる場所を探す。
「そうだ…あそこなら…」
れいむがたどり着いたのは喫茶店の入り口だった。そこには少し高い台の上に、さなえの閉じ込められた箱が載っている。
「ゅ…さなえ、おねがい…れいむも、そのなかにいれて…」
「………」
さなえは涙を流しながら首を左右に振る。箱の角には南京錠が取り付けられ、中から開けることは出来ない。
彼女は自分だけが安全な箱の中、助けを求める同族が死んでいくのを見続けることしか出来なかった。
「さなえ…おねがい…さなえ…」
「ごめんなさい………れいむ……」
雨が上がった。喫茶店の中からウェイターが箒を持って現れ、無表情に喫茶店前の餡子と溶けかけた皮を溝に捨てていく。
さなえはその能力から箱に捕われ生かされ続けた。彼女の予報は天気予報よりも正確だと評判なのだ。
しかし、さなえの目は虚ろだった。
仲間達が悲鳴をあげて死んでいく中、自分だけは安全な箱の中。
仲間達が助けを求めても、自分にはどうすることも出来ない。
その事実はさなえの胸に重くのしかかっていた。
彼女はこれからも、少しでも多くの仲間を助けるため、雨を察知し叫び続けるだろう。人間から見れば都合の良い天気予報だった。
「ゆ~ゆ~ゆっ♪ゆ~っくり~してね~♪」
「「ゆ~っくり~♪」」
「しちぇにぇ~♪」
道ばたで歌うのはまりさの一家。目の前に置かれた空き缶は錆び付き、何度も蹴り飛ばされたのだろう、側面は何箇所も凹んでいた。
以前は少し歌うだけで何人もの人間が足を止めて聞いてくれた。食事にも困らなかった。
だが、ある日を境に人間達は歌を聞いてくれなくなった。まりさ達が懸命に歌っても、誰も足を止めることはなかった。それどころか蹴り飛ばされさえした。
「きっとまりさたちのうたにあきちゃたんだよ…」
「そんなことないよ!ちゃんとれんしゅうすれば、みんなまたきいてくれるよ!」
「そうだよ、みんなでおうたのれんしゅうしようね!」
「またにんげんにおかしをもらおうね!」
「ゆっきゅりうたうよ!」
それから数日間、まりさ一家の特訓は続いた。今日は数日振りのお披露目である。まりさ一家は自信に満ちていた。
ふと、大きな影がまりさ達を包む。見ると、着物を着た青年がまりさ達の歌を聞きながら微笑んでいた。
「ゆっ、おにいさん、まりさたちのおうたをきいてゆっくりしてね!!」
「ゆっくりできたらそこにおたべものをいれてね!」
「おかねでもいいよ!」
「ゆっきゅりー!」
青年はニコニコ笑いながら、着物の裾に手を差し込む。
久しぶりのおひねりだ!お菓子か、それともお金か!まりさ一家は歌うのも忘れ、じいっと青年の手元を見つめた。
青年が懐から取り出したのは、黒い塊だった。それを手に持ち、赤まりさのほうに向ける。
一方、お金でもお菓子でもないとわかったまりさ一家は途端に身体を膨らませる。
「ゆ!おにいさん、そんなのはいいからおかねかたべものをちょうだいね!」
「まりさたちのうたをききにげなんて、ばかなの?しぬの?」
「ききにげはゆるさないよ!」
「ゆっきゅりしんでにぇ!」
それだけ言われても青年は笑顔を崩すことなく、手元の黒い塊を赤まりさに向けたまま指を動かした。
パシュッ!と乾いた音とともに、赤まりさの体が四散する。あまりにも一瞬のことで、まりさ達は何が起きたのかを理解できなかった。
「ゆっ?まりさのあかちゃんがどこかにいっちゃったよ?」
「あかちゃん!どこにいったの!?」
「ゆっくりしないででてきてね!」
青年はそれをニコニコと眺めながら、今度は狙いを子まりさに定める。
「あかちゃん、あかちゃんどごに゛っ!!?」
突然の悲鳴に驚き振り返る母まりさと姉まりさ。そこには顔の上半分が吹き飛んだ子まりさ、そして黒い塊を姉まりさに向ける青年。
母まりさは全てを見た。
青年が指を動かした途端、娘の後頭部がはぜた。餡子が飛び散り、娘の頭に大穴が空く。その瞬間を。
「ゆ゛っゆ゛っゆ゛っゆ゛っゆ゛っゆ゛っゆ゛っ…」
娘まりさは脳に当たる部分が破損したせいか、白目を剥いて涙と涎を垂れ流しながら痙攣する。
「ゆ…ゆっくりにげるよ!」
踵を返し逃げようとした途端、母まりさの頬に焼けるような痛みが走った。
「ゆ゛ぎや゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!!?」
痛みにバランスを崩し、倒れ込む。頬には大きな穴が空き、餡子が漏れ出していた。
「ゆ、ゆっひゅりこひゃいでね!さっひゃときえひぇね!!」
距離を詰めてくる青年に精一杯の威嚇をする母まりさ。だが頬に穴が空いていては体を膨らませることはおろか、喋ることさえ難しい。
それを見ながら青年は笑顔を崩さずに黒い塊を母まりさの口内に押し込む。
「ゆっひゅりひゃめひぇへ!ゆっひゅりっっ!!?」
直後、母まりさの意識は途切れた。
道には四散した赤まりさの破片と上半分が吹き飛んだ子まりさ、後頭部をごっそり失ったまりさに頭頂部が吹き飛んだ母まりさ。
着物姿の青年は満足した表情で裾に黒い塊…銃をしまい込む。
「やあ!僕は虐待お兄さん。最近ゆっくり達が外の世界に現れたって聞いて、そいつ等を追って来たんだよ。
何でそんなことが出来たのかって?ゆっくりを虐めるためならお兄さんは何でも出来るのさ!ご都合主義?そんなことはないよ!
外の世界は面白い物で一杯だね。僕が今使ったのは、『えあがん』って言う玩具。『びーびーだん』って言う弾を空気で撃ち出しているんだよ。
弾幕と違って弾が小さい分、威力が高いのが特徴だね。見ての通り、饅頭なんかいちころさ!
ただ、これが危ないものだって言うことはみんな分かってくれたと思う。注意書きにも人に向けるなって書いてるよね。
本当にゆっくり虐めを愛しているなら、人に迷惑をかけないよう最低限のルールは必要だよ。
さて、餡子で他の人が転んじゃったら大変だし、後始末をしなきゃね。
じゃん、加工場製の液化剤。これをゆっくりの餡子に吹き付けると、途端に餡子を溶かしてしまうんだ。後は乾くのを待つだけ。生きたゆっくりに使うのも面白いんだよ。
…ほら、もうまりさの餡子が溶けてきた。外の世界の道具も面白いけど、薬関係は幻想郷の方が発達しているね。思えば加工場が竹林の永遠亭に協力を申し出てから…」
頼まれてもいないのに明後日の方向を見て饒舌に話し出す青年。そばを通る人達は皆ギョッとした眼差しを向け、足早に立ち去る。その足下に転がるゆっくりの死体になど気も留めずに。
「ひゃあ!虐待だああ!!」
喋りすぎて悦に入った青年の叫び声が響いた。
/****
ふと、ゆっくりがアスファルトの上を跳ねたら土の上と違ってもろに衝撃が来てすごく痛むんだろうなあと思った。
by 町長
/****今までに書いたもの
fuku2120 電車.txt
fuku2152 大岡裁き.txt
fuku2447 ゆっくりセラピー.txt
最終更新:2022年05月03日 16:02