その機械は、50×40センチの四角い台だった。
台の上、左寄りには、少し浮き上がるようして、
直径40センチの丸い板が乗っている。
ちょうどゆっくりの体が乗る大きさの板だ。

そして、台の上、右寄り、横に長い10センチ分の幅の部分には、
何か金属の棒のようなものが取り付けられている。

更に台の右側面には、幾つかのスイッチ類。
お姉さんの手が、そのスイッチの一つを押す。

シュキンッ!!

金属が擦れる音が聞こえた。

「ゆ゛ぎっびやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」

その音と共に、まりさが絶叫を放ちながら、白目を剥き、体を痙攣させる。
まりさが乗っている、丸い板。
今、その板の中央からは、高さ20センチを越える、
鋭く尖った金属の円錐が、バネの力により飛び出していた。
板の上に乗った、まりさの体内の餡子を貫き通して。

「ゆぎっ!!ゆぎぃぃぃっ!!いだぁい゛っ!!いだぁいぃぃぃっ!!」


ゆっくり達に与えられた"ルール"の例外。その二つ目。

『この機械の上では、声を出してよい。』

そのルールに正しく則って、まりさは悲鳴を上げ続ける。


餡子を貫かれる激痛に、身悶えようとするが、まりさの体の真芯を通り、
眉間の裏を抜け、額の高さまで穿った冷たい金属が邪魔になり、
身悶えるために体をよじらせる事すら、満足にできはしない。
今のまりさは、生きたまま串を打たれた魚のような物だった。

その痛みの元から逃れたくても、
餡子の中心を貫く円錐により、水平方向への動きは全て封じられている。

ならば、唯一の逃げ場は上。
真上への跳躍のみが、唯一、まりさに許された移動手段。
しかし、真上に跳躍して円錐から逃れたとして、
その後に待つものは、真下への落下。
そして、真下でまりさを待つものは。

つまり逃げ場は一つもない。

その結論は、まりさ自身、何度も身を持って知っていたので、
逃げ出そうとはせず、ただ、激痛に体を痙攣させながら、
悲鳴を上げるのみ。


「ゆ・・・ゆぐっ!・・・いだいぃぃ・・・いだいよぉぉ・・・!」

暫くすると、餡子を貫かれる激痛にも慣れてきたか、
それとも円錐に抉られた餡子の感覚が麻痺してきたか、
まりさの悲鳴が幾分か落ち着き始め、痙攣も収まってくる。

女は、その様子を確認してから、
機械が設置されているチェストの引き出しを開き、その中の物を取り出す。
それは、刃渡り30センチを越える、長い柳刃包丁だった。

その包丁を、まりさのすぐ目の前に掲げる。

「ゆ・・・?!ゆ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

天井の灯りの反射を受けた刃の煌めきに気づき、
そちらに目を向けたまりさが恐怖の叫びを漏らす。

「や゛・・・・・」

や゛べでぇぇ、と叫ぼうとして、グッと言葉を飲み込む。

『声を出してよい。』
とは言っても、何を口にしても良い、という訳ではない。
女に敵意を向けたり、己の"仕事"を放棄するような言葉を吐けば、
お仕置きが待っている。
何事もTPOは大事なのである。

女の手がまりさの帽子を持ち上げ、床に落とす。

「ば、ばりざの、おぼうじ・・・ゆひぃぃ!?」

ゆっくりの本能からか、床に落とされた帽子に気を取られるが、
それは一瞬のこと。
帽子を失うことなどよりも、もっとゆっくりできない事が
この後に待ち受けていることを、まりさは知っていた。

女の左手がそっとまりさの前髪に触れ、何回か指で梳いた後、
その前髪をかき上げ、まりさのおでこを露出させる。
柔らかい金髪によって隠れていた、肌色の饅頭皮。
よく見ると、前髪の生え際の少し下に、うっすらと水平に線が入っている。
まるで、一度切った後、もう一度繋いだ跡のような線が。

その線に、柳刃が宛てがわれる。

「ゆぐっ・・・!ゆぐぅぅぅ・・・・!!おねえ・・・ざぁん・・・」

制止の声を上げることもできず、涙を流しながら、その言葉だけを紡ぐ。

そして、スウ・・・、と、ゆっくりと柳刃が引かれた。

「ゆぎぃぃっ!!」

頭部を切断して割り入ってきた刃に、まりさが再び悲鳴を上げる。
その悲鳴など全く聞こえていないかのように、
女が表情一つ変えずに、柳刃を更に引く。

「いがあぁぁぁぁっっっ?!ゆごぉぉぉぉっ!!」

冷たい鉄の刃に己の餡子脳を切り裂かれ、まりさが白目を剥いて絶叫する。


長く続く悲鳴の後、ようやく柳刃は、まりさの後頭部まで抜けた。
はらはらと、何本かの金髪がしばし宙を舞いながら、床に落ちてゆく。

「ゆ゛っ・・・ゆ゛っ・・・・・・ゆ゛っ・・・・・!」

全身を涙と汗のような粘液で濡らし、ビクンビクンと震えている、まりさ。
女はそんなまりさの頭頂部の金髪をわし掴むと、ゆっくりとそれを持ち上げた。

パカッ

そんな擬音が聞こえてきそうだった。
まりさの切断面から上の部分が、何かの容器の蓋のように綺麗に外れた。
女はまりさの"蓋"を、餡子がこぼれないよう、そっとひっくり返すと、
そのまま床に置く。

ポッカリと開き、内に詰まった餡子を露出させる、まりさの頭頂部。

「ゆがっ」

女は、そこに左手の人差し指をズプリと潜り込ませると、
餡子を一掬いし、口に含んだ。
内臓であると同時に脳でもある餡子への刺激に
まりさが、意志ではなく、反射により呻き、
まりさの"下側"に残った、金色の三つ編みが僅かに揺れる。


ヴイィ・・・・・

女が台についた別のスイッチを押すと、
くぐもったモーターの音と共に、台の右手、金属の棒が横たわった部分が
台から分離し、二本の柱に支えられて、ゆっくりと迫り上がってきた。

金属の棒と、餡子を覗かせるまりさの切断面とが同じ高さまで来たところで、
女がスイッチから手を離し、迫り上がる動きがモーターの音と共に止まる。


「まりさ」

女が、まりさに呼びかけながら、金属の棒の手前側の先を摘み上げる。
棒のもう一方の端は、台に固定されている。
その動きをきっかけに、まりさの体がゆっくりとした速度で回転を始める。
いや、回っているのは、まりさではなく、まりさの下の丸い板だった。

摘み上げた金属の棒・・・アーム、が固定箇所を軸にして水平に滑り、
その先端がまりさの頭上に移動する。
アームの先端には、釘のような太さと長さの、鈍く光る針が
まりさの開いた頭頂部を目指すように、下向きに取り付けられていた。

「おね゛がいでず・・・おね゛えざぁん・・・・
 もどっでぇ・・・もどにもどっでぇ・・・」

回転しているため、斜めに向かってこぼれ落ちる涙と共に、まりさが懇願する。

「お歌、頑張ってね。」

女が、口だけを笑顔の形に歪めながら、そっと針を落とした。


「ゆぎぃぃっ!?!?ゆ゛ぎびぎいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?!?
 ぐげっぐげゆ゛げげげぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?
 ゆがぁぁぁぁぁ!?ゆ゛がががががががぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

まりさの餡子の中、まりさの中心から外れた位置に落とされた針は、
まりさの回転と共に、円を描くようにして、黒い餡子に黒い溝を彫り込んでゆく。

その機械は、レコードプレーヤーだった。
ただし、普通のレコードプレーヤーと違い、
音を奏でるのは、プレーヤーではなく、レコード盤自身、
すなわち、ゆっくりである。

「ぎぎゆ゛ぅぅぅぅぅぅっ!?!?ゆ゛がぎぐげごぉぉぉぉっっ!?!?」

まりさが"歌"を歌い始めたのを見届け、女は再びソファに腰を下ろした。
少し冷めてしまったコーヒーを一口含むと、目を瞑り、まりさの"歌"に耳を傾ける。


今、まりさが上げている、普通の人間からすれば、
いや、ゆっくりからしても耳障りな雑音にしか聞こえない、叫び声。
女にとっては、それは天上の調べとも言うべき、極上の音楽だったのだ。

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「もっと大事なお仕事よ。あのね、まりさにはね、お歌を歌って欲しいの。
 お姉さんがゆっくりできるお歌を。まりさのお歌を。」
「おうた・・・?ゆっ!そんなことならかんたんだよ!
 まりさはおうたもとくいだよ!!きいてね!まりさ、おうたうたうよ!」

嬉しそうにはしゃぎながら、ぽいんぽいんと飛び跳ねるまりさ。

「ゆう~♪ゆんゆん~♪ゆゆゆゆゆーん♪」

そして、到底歌とは呼べない滅茶苦茶な音程で、
まりさが気持ち良さそうに"歌"を歌い始める。
女が汚物でも見るかのような表情で、
顔をしかめていることになど気づきもしない。

「・・・違うわよ、まりさ。お歌を歌って欲しいのはここでじゃないの。
 ちゃんとお歌を歌うための場所があるのよ。」
「ゆゆゆ~♪ゆ?・・・・・ゆっ!
 まりさしってるよ!こんさーとほーるだよ!」

昔、お姉さんが話をしてくれた、コンサートホール。
お歌の上手な人間さんが、皆に歌を歌ってくれる場所。
お姉さんが、そこで、とってもゆっくりできるお歌を聴いてきたって言ってた。
今度はまりさも連れて行ってとお願いしたけれど、
まだ連れて行ってもらってなかったっけ。

「まりさは物知りね。そうね。コンサートホールのようなものね。
 でもね、そこでお歌を歌えるのは、お歌の上手な子だけなの。
 だから、まず、まりさはテストを受けないといけないわ。」
「ゆっ!だいじょうぶだよ!まりさはおうた、じょうずだよ!」
「そうね、まりさならきっと大丈夫よ。」

そして、まりさは、お姉さんの手に抱かれ、
今までに一度も入った事がなかったお部屋に連れて行かれた。



「ゆ~!?ゆっくりがいっぱいいるよ!」

その部屋の壁一面に並べられたゆっくりを見て、
まりさが驚きの声を上げる。
お姉さんの家に来てから始めて見る、同族の姿だった。

「ゆっくりしていってね!!」

久しぶりに見る仲間の姿に、目の端に嬉し涙を浮かべながら、
元気よく、挨拶の言葉を交わそうとする。

「・・・・・・・・・・・」

だが、数十匹いるゆっくり達は、ただの一匹としてその声に答えない。

「ゆ・・・?聞こえなかったの・・・?ゆ!
 ゆっくりしていってね!!!!」

スゥと息を吸い込んだ後、更に大きな声を上げるが、やはり、返ってくる声は無い。
壁のゆっくり達は、まりさの方を見ていなかったり、
ただ目を瞑って震えていたり、
あるいは、まりさに向かって何かを訴えかけようとするかのように、
首を横に振っている。
皆が皆、一様に青い顔をしている。

「ゆぅ・・・おねえさん・・・みんな、なんだかゆっくりしてないね・・・」

不可解な仲間達の反応に、まりさも少し気落ちする。

「ふふ・・・大丈夫よ。
 これからまりさのお歌を聴くために、みんな静かにして待っているの。」
「ゆっ!?そうなの!?
 まりさ、おうたうたうよ!はやくうたわせてね!おねえさん!」
「はいはい。ほら、あそこがまりさが歌う"ステージ"よ。」

お姉さんが指を差した先にあったものは、まりさが見たこともない不思議な機械。

「ゆゆぅぅぅ~~!!まりさのすてーじ!!!」

その機械を見つめながら、まりさがキラキラと目を輝かせた。

まりさはここで歌うんだ。
きっとお姉さんは、まりさのおうたを気に入ってくれる。
このお部屋のゆっくり達も、きっとまりさのおうたを気に入ってくれる。
そうしたら、大好きなお姉さんは、もっとゆっくりできる。
このお部屋のゆっくり達も、ゆっくりして、まりさとお友達になってくれる。
まりさ、もっともっと、ゆっくりできるよ!!

そんな希望に満ちた瞳で。



「ゆ゛っぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ???!!!」

希望に満ちていた瞳が、餡子を襲う激痛に、恐怖と驚愕に見開かれている。

「ゆ゛ぎぃぃぃぃぃっ?!いだいっ?!いだいっ?!いだいよぉっ!!
 おねえざぁんん!!!ゆぐっっ?!いだぁい!!だずげでぇぇぇ!!!
 ばでぃざのあんごに、なにがざざっでるよぉぉ!!」

体幹に突き刺さった鋭い金属の円錐。
禄に動くこともできず、悲鳴を上げながら、お姉さんに助けを求める。
だが、優しいお姉さんは、薄い笑みを貼り付けて、
冷ややかにまりさを見下ろしているだけ。

「ゆっぐぅぅ!!いだっ!!おねえ・・・ざぁん?ゆがぁっ!
 ばやぐ、だずげでぇぇ・・・きごえないのぉぉぉ・・・!?ゆぎぃぃっ!!」

お姉さんが、細長い包丁を掲げ、まりさの前髪をかき上げる。

「ゆぎっ!おねぇざっ!は、はやぐっ!!だずげっ!だずげでっ!!
 ゆぎゃあぁ!ぞ、ぞれで、ばでぃざを、だずげべっ!!おねえざぁん!!」

包丁を、どう使うかわからないが、きっとそれでまりさを助けてくれる。
そう信じて、お姉さんに助けを求め続ける。

「いぎやぁぁぁぁぁっっ?!?!ぢ、ぢがっ?!ぢがうよっ?!?!
 ぞれっ、ばでぃざのあだまっ!!なんだじぇぇぇっっ!!!
 ゆ゛っがびぃぃぃぃぃぃっ?!おねえざぁぁぁん!!!」

お姉さんはきっと何かを間違えてる。
何をどう間違えてるかは、わからないけど、間違えてる。
優しいお姉さんが、まりさの頭を切るなんて、そんな事、ある筈がない。

やがて、お姉さんが、まりさの周りを回り始める。
嬉しそうに笑いながら。
お姉さんの声が聞こえた。

「まりさ。お歌、頑張ってね。」


この日から、優しかったお姉さんは、変わってしまった。



まりさは、一時間に渡り、レコードプレーヤーの針で
ゆっくりの脳の役を果たす餡子を引っ掻き続けられ、
苦悶に満ちた絶叫を上げ続けた。

女は、まりさを台から降ろすと、引き出しから瓶に入った
オレンジジュースを取り出し、ジョボジョボとまりさの
剥き出しの餡子にかけてやる。
それから、柳刃包丁で切り落としたまりさの"上側"を"下側"に載せる。

今度は引き出しから、水溶き小麦粉と刷毛を取り出し、
まりさの頭部の接合面に塗りつけて、皮を補修する。

「んー・・・・あれ?」

呆然とした表情で涙を流しているまりさの眼前で、女がとぼけた声を出す。

「・・・ま、いいわよね。」

一人で何かを納得すると、最後に円錐によって穴を開けられた底面を補修し、
床に落としたお帽子を拾い上げて、まりさに被せた。


「おねえ・・・ざん・・・・・どうじで・・・・・・・・
 どうじで・・・・まりざに・・・・ごんなごど・・・ずるの・・・・?」

未だ、一時間に渡って味わった現実が信じられないと言うような表情で、
女の両手に抱えられたまりさが疑問の声を絞り出す。
だが、女は、そんな声など聞こえていないかのように、
嬉しそうにまりさに言葉をかける。

「まりさ。お歌、とっても上手だったわよ。」
「おうだ・・・?まりざ・・・おうだ・・・うだっでないよ・・・?」
「あら?やあね、まりさ。ずっと歌ってたじゃない。あそこで。
 とってもゆっくりできる、素敵なお歌だったわよ。」

女がまりさの体を機械の方に向ける。
女の言う"お歌"が何だったのかを理解し、まりさの体がブルブルと震える。

「おうだじゃないぃぃ・・・あ゛んなのおうだじゃないぃぃぃ・・・・」
「いいえ、まりさ。とても素敵なお歌よ。
 これからもお姉さんに、まりさのお歌、聞かせてね。ゆっくり聞かせてね。」

まりさを自分の顔の高さまで掲げ、女が無邪気に笑う。

「やだぁ・・・・・まりざ・・・あんなおうだ・・・
 もう、うだいだぐないよぉ・・・」
「どおして、聞かせてくれないの?」

女が悲しそうな表情を作る。

「あんないだいの・・・やだよぉ・・・おねえざぁん・・・まりざ・・・
 もっどいいごになりばずがらぁ・・・いだいの・・・もう・・やべでぇ・・・」
「そう・・・まりさは、まりさのお歌があんまり好きじゃないのね?
 あんなにゆっくりできるお歌なのに・・・」

残念ね、とでも言いたげな表情で女が苦笑を浮かべる。

「は、はい゛ぃぃ・・・!まりざ、おうだ、ずぎじゃありばぜん!!
 だっ、だがら、だがらぁぁ・・・!」

ようやく、お姉さんに、まりさが嫌がっている事をわかってもらえた、
そう希望を抱き、まりさが必死に懇願をする。

「じゃあ、まりさがまりさのお歌を好きになるまで、
 もっとお歌を歌いましょうね。」

「ゆ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
 ゆ・・・ゆ・・・・ゆ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?
 やぢゃあぁぁぁぁ!!!もう、おうだ、やぢゃあぁぁぁぁぁぁぁ?!」

まりさは、もう三時間お歌を歌った後、
透明な箱に入れられ、この部屋の住人となった。



それからのまりさの日々は、とてもゆっくりできない毎日だった。

他のゆっくり達と共に、今度は誰がお歌を歌わされるのかと、
戦々恐々とする毎日。
お姉さんが部屋に入って来る度に、恐怖で体が震える。

自分がお歌を歌う日は、もちろん、ゆっくりできない。
他のゆっくりが選ばれた日は、少しだけゆっくりできるが、
いざ、お歌が始まり、ゆっくりの絶叫が聞こえ始めれば、
途端にゆっくりできなくなる。
明日には、明後日には、また自分が、ああなるかもしれないのだ。
その現実を突きつけられて、ゆっくりしていられる筈が無い。


最初の内こそ、他のゆっくり達に向かって、
お姉さんは、優しいお姉さんだから、
もっと、ちゃんとお願いをすれば、きっとまりさをここから出してくれるよ、
まりさにゆっくりできないお歌を歌わせるのを止めてくれるよ、
きっとみんなもここから出してもらえるよ、
そんな希望を語った事もあった。

だが、お姉さんに必死に
やめてね!やめてね!ゆっくりできないよ!
と懇願するまりさは、ここのルールを教え込まれる事になる。

「まりさは、お歌が嫌いになっちゃったの?
 だったら、また好きになれるまで頑張りましょうね。」
「まりさったら、お姉さんの言う事が聞こえないの?
 ふふふ、お歌を歌うのが楽しみで、それどころじゃないのね。
 いいわよ。ゆっくりお歌を歌ってね。」
「まりさ、自分の番が来るまで、おしゃべりをしてはダメよ。
 他の子がお歌を歌う時に聞こえなくなっちゃうわ。
 ひょっとして・・・まりさは自分が歌いたいのかしら。
 じゃあ、特別にまりさに歌わせてあげるわね。」

歌う事を嫌がった時。
お姉さんに話しかけられて、答えなかった時。
歌う時と、お姉さんに話しかけられた時以外に声を出した時。
そんな時は、何時間でも、お歌を歌う羽目になった。


まりさの隣の棚にいたありすは、この生き地獄を味わい続けるくらいならと、
死を渇望して餌を食べる事を拒否した。

その後、ありすは、丸一日の間、お歌を歌った。

次の日のご飯の時、
「む、むーじゃ・・・むーじゃ・・・じ、じあばぜぇぇ・・・
 あ、ありず、じあばぜでずぅぅぅ
 おいじいごはんさん、じっかりだべて、おうだ、がんばりばずぅ・・・!」
ありすは、涙を流して、栄養はあるが味気のないご飯を
美味しそうにガツガツと食べた。


まりさより後にこの部屋に来たれいむは、
初めてお歌を歌い終えた後で、お姉さんに言った。

「じねぇぇぇぇ!!でいむをゆっぐりざぜない、
 いぎおぐれのばばあは、ゆっぐりひがらびろぉ!!!」

その後、れいむは、三日間に渡り、お歌を歌った。
日に二回だけ、ゆっくり達の餌やりに来たお姉さんが
れいむにオレンジジュースをかけて行った。
れいむがお歌を歌ったり、お姉さんに何かを呼びかけても、
お姉さんは聞いてくれなかった。
れいむは、誰も聞こうとしないお歌を歌い続けた。

それ以来、
「ゆ゛ゆぅぅん。
 れ、れいぶ、ぎ、ぎれいなおねえざんに、
 おうだをぎいでもらえで、じあわぜぇぇ」
れいむは、お姉さんにお歌を請われると、
涙を流して喜んで歌うようになった。


そんな毎日を送る内に、まりさは、他のゆっくり達と同じように、
女に服従するようになっていった。
優しかったお姉さんは、ゆっくりできないお姉さんに変わってしまったと
悟ってしまったのだ。

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「ごゆ゛げびげゆ゛ゆ゛げげびゆ゛ゆ゛ゆ゛げっ!ぎゅゆ゛ゆ゛ゆ゛びげぇ!?」

レコードプレーヤーの"針"によって、ゆっくりの脳でもある餡子に溝を刻まれ、
"歌声"を上げ続けているまりさ。
まりさ自身の体の痙攣のため、餡子に刻まれる溝は、綺麗な輪は描かず、
常に新しい溝が刻まれてゆく。

まりさのお歌に聞き入りながら、女がサイドテーブルに手を伸ばし、
シュガーポットの蓋を開ける。
白い指が、その中に詰め込まれていた菓子を摘み上げる。

はむっ

その唇が柔らかい菓子を一口囓る。
囓られた断面から黒い餡子を露出させ、
背中が無くなった赤れいむが、涙を溢れさせた目を見開き、
ピクピクと痙攣するように震えている。

赤れいむの口は、凧糸によって、しっかりと縫いつけられていた。
余計な雑音を、まりさの"歌声"に混ぜないための配慮である。
舌の上で餡子を転がし、その甘みを味わいながら、
真剣な表情でまりさの"歌声"に聞き入る。

「ぐげゆ゛びげっ!ゆ゛びっがっげっゆ゛っ!!お・・・びゆ゛っ!
おねえ・・・ざん・・・!!ゆ゛ごばぁっ!?びっぎぃぃぃぃゆ゛うぅ!!
ぼどっ・・・でぇ・・・・やざじい・・・!ぶげゆ゛びびびぃぃげぇぇ!?
やざ・・・じい・・・おねえざん・・・に、ぎぃぃぃゆ゛っゆ゛っゆ゛っ?!
ゆ゛ばらがぁ・・・ぼどっで!ぼどっで・・・ぐだざぁい・・・!
がぎゆ゛ぐゆ゛げゆ゛ごぉっ?!?!」

切ない歌声に混ざって、時折、言葉のような物が聞こえる。
レコードが回る内に、針が、たまたま、既に彫られた溝を辿る時がある。
そんな時には、餡子を刻まれる感覚が弱まるため、
その限られた時間を使って、何かを伝えようとしているようだ。

(『やさしいおねえさんに、もどってください。』ねぇ・・・)

女は、クスと小さく笑い、赤れいむをもう一口囓る。
口の中で餡子が跳ねる。それを二、三回咀嚼した後、
赤れいむの残った三分の一、顔がある前面部分を口の中に放り込む。

「・・・・・・・」

手で口を覆いながら、更に何度かの咀嚼の後、
人差し指と親指が唇に咥えられる。
ツ・・・と、その指が、唇から餡子のついた凧糸を引き出す。
それから、コーヒーで餡子の後味を洗い流した。

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女は幼い頃から音楽が好きだった。
歌を歌ったり、楽器を奏でることが好きだった。
いずれは、その道に進みたい、少女心にそう思っていた。
しかし、相応の努力と挫折を経た後で、
女は、自分には自分自身を満足させられるだけの"音"を奏でる才能が
無いことに気づいてしまった。

好きな音楽を諦めきれず、寺子屋で子供達に音楽を教える仕事に就いた。
その仕事にやり甲斐はあったし、楽しくもあったが、
それは到底、女の心の内の音楽への渇望を満たしてくれる生活ではなかった。


転機が訪れたのは、数年前。
仕事から帰宅した女が見た物は、どこからか侵入し、家の中を荒らしていた、
一匹のゆっくりれいむ。
子供の頃から大事にしていた楽器を壊された女は、
多くの人間がそうするであるように、れいむを蹴り飛ばした。

「ゆ゛っ・・・ゆ゛っ・・・・ゆ゛っ・・・・・・」

綺麗に爪先が入り、頭に大穴を開けられたれいむが、
餡子を辺りに撒き散らして痙攣している。
悪態をついて、餡子で汚れてしまったストッキングを脱ぎ捨てると、
女は、何の気は無しに、れいむの露出した餡子に指を差し入れて、掻き混ぜた。

「ゆ゛びぎゃりぃぃぃぃぃっ?!ゆ゛ぎげゆ゛ぎぎげがぁぁぁ!!
 ゆ゛ばびるるるぶげっゆ゛ゆ゛びるゆ゛っ?!」

れいむが上げたその声に、
思わずへたり込んでしまったのを今でも覚えている。
女にとって、その"音色"は、それほどに衝撃的だった。

女が求めていた"音楽"は、そこにあった。

ゆっくりに。



それからというもの、女は色々なゆっくりを捕まえては、
自分の求める音楽を奏でさせようとした。
れいむ、まりさ、ありす、ぱちゅりー、みょん、ちぇん。
成体ゆっくり、子ゆっくり、赤ゆっくり。

ゆっくりの生態を知るためと、
あわよくば希少種やどすと呼ばれるゆっくりが入手できないかと期待し、
加工所を見学したり、"虐待お兄さん"と呼ばれる人達とも友人になった。
彼らから得た知識を元に、効率よくゆっくりから"音色"を絞り出すための、
特注の"レコードプレーヤー"も作った。


そして、幾多の試行錯誤を繰り返した上で、
女は一つの法則性に辿り着くことになる。

『ゆっくりの奏でる音色は、そのゆっくりのゆん生経験によって形成される。』


例えば、最愛のパートナーとのすっきりで果てる間際に、
何らかの理由でパートナーを失ったゆっくり達は、
果たせなかった、果たしてあげられなかった、すっきりーを想い、
情熱的で激しい音色を奏でる。

例えば、冬籠もり中に餌が無くなった巣で、
親が己の命と引き替えに与えた餡子で生き延びたゆっくりは、
己の餡子の内の亡き親を想い、それを喰らった己の餡子を憎み、
魂を引き裂かれるような、物悲しげなバラードを奏でる。

似たような経験を持つゆっくりは、似た音色を奏でた。
辛い経験を持つゆっくり程、深く、心に響く音色を奏でた。

女は、その法則に気づき始めると、ゆっくり達から、
時に信用させ、時に暴力に訴えて、その経歴を聞き出すようにした。


奇妙な疫病に冒されてドロドロに溶けた家族の死体に囲まれ、
一冬を過ごして育ったれいむ。

ある日突然れいぱー化して襲いかかってきた優しい母ありすを、
逆に食い殺したまりさ。

群れの用心棒でありながら、れみりゃの襲撃で群れを全滅させられ、
奇跡的に自分だけが生き延びてしまった、
自責の念に駆られ続けるみょん。

そう言った経歴を持つゆっくりを好んで集めて鑑賞した。


記憶を司る餡子を抉られ、傷つけられることで、
辛い記憶が深層から呼び起こされて、それが音色に変わる。
女はそう、仮説を立てていたが、
当然ながら科学者でもない女にそれを証明することなどできない。

虐待仲間達は、ゆっくりの叫び声を聞く事自体は好きだったが、
それを"音楽"として理解することはなかった。
ゆっくりの叫びなど、どれも一緒と、女の持論を一笑に付した。

女としても、人から理解されるとは期待していなかったし、
理解される必要性も感じていなかった。
自分が満足できる音を奏でられさえすれば、
それ以上は必要無かったからだ。

ただ、唯一、死んだ男だけは、女の言葉を真剣に聞いてくれた。
一度、この部屋で"音楽"を聞かせた時には、
「いやぁ、やっぱり俺には音の違いはわからないなぁ。赤ゆは・・・無いよね。」
そう言って苦笑していたが。

ともあれ、男は、例え自分には理解できなくとも、
女の持論自体は微塵も疑っていなかった。
そもそも、ゆっくりへの虐待は、突き詰めれば自己満足。
自身が満足できる虐待を為せるならば、
他人からどのような評価を受けようとも関係ない。
女と同様に、男もその認識を持っていたので、
女の持論の正誤を論ずることなど、
何の意味も持たないという事を理解してくれていた。

そして、時に、変わった経歴を持ったゆっくりを見つけたりすると、
女の所に持ってきてくれたりもした。


数ヶ月前、男が自分が虐待したという、
ゆっくりれいむを持ってきてくれた事があった。

そのれいむは、既に相当量の餡子を吐き出して萎びかけた状態であった。
女は体力の無くなったゆっくりは、演奏用に使わない。
餡子脳を襲う激痛に体の方が耐えられず、
すぐに死んでしまい演奏にならないからだ。
女のコレクションに、ぱちゅりーが居ないのも同じ理由からだ。
それに、直接的な虐待で、体を痛めつけられただけのゆっくりは、
音色に深みが無いことが多かった。

だから、そのれいむも演奏の用に適さないと、一度は断ろうとした。

「あがぢゃぁん・・・ごべんねぇ・・・ごべんねぇ・・・
 おがあざんが・・・ごろじであげながっだぜいで・・・
 ぐるじがっだよねぇ・・・いだがっだよねぇ・・・」

だが、そのれいむが、しきりにそう呟いているのを聞いて興味が湧いた。

結果、そのれいむは、とても素晴らしい音色を奏でた。
絶命するまでの、時間にして僅か5分だけの事ではあったが。


それまで、女は、自然環境の中で苦しみを味わった
野生のゆっくりを演奏に使うべきだと、漫然と思いこんでいた。
それまでに出会った、直接虐待を加えられたゆっくりが、
良い結果を出さなかった事も理由の一つだった。

しかし、考えてみれば、風にそよぐ木々の音や、川のせせらぎと言った自然の音は、
それ自体、素晴らしい音色ではあるかもしれないが、
所詮、人間が叡智を絞って作り上げた"音楽"に敵う程には、
人を感動させる力は持たない。
ならば、ゆっくりの奏でる"音"に、人間が手を加えて悪い訳など無いではないか。


そんな事を考えていたある日、このまりさと出会った。
ゆっくりが冬籠もりに入ろうとする冬。
その季節に、近くに親ゆっくりの姿も見られず、一人瀕死の子まりさ。
その境遇に興味を持ち、命を助けた。
そして、子まりさから事情を聞いて、その興味は深まった。

お家に来た新しい妹のまりさが、実は恐ろしいお化けで、
姉妹が殺され、優しかった母親が、おにばばになった。

出来の悪い創作小説もどきのような、
あまりお目にかかった事のない経歴を話す子まりさを、
女は自分で飼い育てることにした。
たっぷりの愛情を込めて。

無論、その愛情は子まりさに向けた物ではなく、
やがて子まりさが奏でるであろう音楽に向けた物だ。
そして、子まりさが、幸せに包まれた生活を送り、成体になったところで、
女は一気に突き落としたのだ。地獄の底へ。

女の手で"加工"され、練り上げられた、まりさの音色は、
他のゆっくり達が奏でる音色を凌駕した。

女は嬉しかった。

自分には与えられなかった物と諦めていた、音楽を奏でる才能。
だが、女にもできるのだ。
最高の音を奏でるゆっくりを、この手で作り出す事が。

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(それにしても・・・・・・)

シュガーポットから、二つ目の赤れいむを取り出すと、
涙を溜めてこちらに訴えかけるように見つめている二つの瞳を
つまらなさそうに眺める。
その瞳に爪を立てて潰す。

(お化け、ねぇ・・・)

じたじたと暴れる、赤れいむを囓りながら、考える。
お化けなど、非現実的な物がいるわけがない。
大方、どこかの酔狂な虐待お兄さんのお茶目な悪戯だろう。

そこで、不意に思考の輪が繋がった。


「・・・・ねぇ・・・まりさ?」
「ゆ゛・・・がっ・・・!ががゆ゛ががゆ゛ぎげげげえがぁ・・・!
 な゛・・・な゛んっ・・・ぎゅぐげぇぇ・・
 でずゆ゛がぁっ!ゆ゛ぎぎりぎぐべぇ!」

お歌を歌っている真っ最中であるが、まりさは、必死にお姉さんにお返事を返す。

『お姉さんに話しかけられた時には答えなければならない』

そのルールは、お歌の最中でも適用される。
例え、餡子脳髄を掻き回され、意識が飛びそうな状態であろうと、
きちんとお返事をしなければ、お姉さんはいつまでもお返事を待っているし、
その分、お歌が終わるのも遅くなる。

「前に話してくれたわよね?まりさのお家に出た、お化けさん。
 どんなお化けだったかしら?もう一度、お姉さんに話してくれる?」

半分だけ囓った赤れいむをサイドテーブル上の盆の上に捨ててから、尋ねる。

「?ゆ゛っぎがぁっ!!ゆ゛ぐぐごえぇっ?!
く、くろぐで・・・べだばが・・・ゆ゛っごっぎぐぅ!?
ゆ゛ひぃ・・ぎよ、ぎょろりっで・・・ゆ゛らぁぁがぁっ!?
ぴ、ぴんぐの・・・はぐぎ・・・ゆ゛ぞぞびばっりぃ!?
ゆぎぃ・・・じ、じろいばで・・・にがっで・・・ぐぎゆ゛ぅぅぅ!?!?」

要領を得ないまりさの回答を、記憶に照らし合わせて補正する。

「そうそう。思い出したわ。
 黒くて、目玉がギョロッとしてて、ピンクの歯茎と白い歯でニカっと笑ってる。
 だったわよね。」

言いながら、3個目の赤れいむを取り出し、爪を刺して底部を切り裂くと、
そのままベリベリと赤れいむの饅頭皮を剥いた。

黒い餡子の塊。
その中に浮かぶ、剥きだしのギョロリとした二つの眼球と、
剥きだしのピンク色の歯茎と白い歯。
今は笑ってはいないようだが、
これが笑ったら、さぞや不気味なことだろう。

女の指に摘まれて、ぷるぷる震えているソレを見つめる。

「ゆぴぃぃっっっ!いちゃいよぉぉぉ!?
 れいみゅのおかおがいちゃいよぉぉぉ!!ゆんやぁぁぁぁぁ!!!!」

口を縫いつけていた凧糸ごと饅頭皮を剥がしたため、
口を動かせるようになった赤れいむが、
少し遅れて皮を剥がされた痛みに泣き声を上げた。
絶叫で震えた体から、ポロポロと餡子の滓がこぼれ落ちる。

ブシュ
「ゆやぁぁぁ・・ゆぴぇっ!?」

まりさのお歌に混ざった醜い悲鳴に、苛立ちと憎しみに満ちた瞳を向けながら、
女は赤れいむを摘む指に力を込め、餡子の塊となった赤れいむを潰した。


わずかに力を込めただけで、ベシャと潰れた赤れいむだった餡子。
饅頭皮の無い、餡子だけのゆっくりは、かくも脆い。

まりさのお家のお化けは、巣の中を飛び跳ねて、
まりさの妹の赤れいむを潰した、とまりさは話していた。
黒い餡子を露出させたまま?
いや、餡子が剥き出しの状態でそんな事をすれば、
数秒と原型を保ってはいられないだろう。
この脆い餡子を何かで保護しない限り。
中の黒い餡子が見えるような、透明な何かで保護しない限り。

「そう・・・そういうこと・・・ね・・・」

指に残った餡子を舐め取りながら、女がひとりごちる。
繋がっていた偶然の糸に、女は気づいたのだ。

それならば、まりさには、もう一働きして貰おう。
死んだ男も、きっと喜ぶ筈だ。





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最終更新:2025年04月29日 01:32