ぬるいじめ
小ネタてんこ盛り
「ゆっくりほーむすてーするよ!」
日曜の朝、新聞を取りに玄関を開けると、けたたましい声を上げるゆっくりが鎮座していた。
しかもなんだホームステイって。
一体どこのどいつに吹き込まれたのか知らないが、人の家に入る為に妙な口実を作るものである。
何をたくらんでいるか分からんが、ひとつ問いだしてみても良いだろう。
「何でホームステイなんかするの?」
俺の言葉に笑顔を一つも崩さず、饅頭は先ほどと同じぐらい喧しい声を出した。
「ほーむすてーでにんげんさんのことをゆっくりりかいするんだよ!」
ゆっくりの社会勉強ねぇ…
休みとはいえ予定など無く、だからと言って無計画に表へ出て余計な出費をしたくは無い。
体の良い暇つぶしがやってきたと思い、俺はこいつのホームステイとやらに付き合う事にしてやった。
「おまえは普段どんなことをしているんだ?」
こっちはゆっくりの事など饅頭お化けであること以外、何一つ分からないんだった。
こいつの方から興味のある事を引き出さないと、一日中テレビ点けて横になる事になりかねん。
「れいむはね、もりでゆっくりおうたをうたってゆっくりするんだよ!」
歌、か。
「それじゃあ人間さんがどんなお歌を聞いているか教えてやろう」
「ゆゆん!にんげんさんのおうたはきいてみたいとおもってたんだよ!」
適当にCDを引っ張り出して再生する。
「いやあああああああああああぁぁぁぁぁ!?なにこれええええ!?」
人がノリノリでヘドバンをしようという時に、邪魔をするとはけしからん。
「なにって…人間さんはね、お歌を歌うときにはいろんな音を流すんだよ」
「そうじゃないいいい!でいぶはこんなうだをうだわない゛い゛い゛!」
でいぶ?
ドラムを叩くデイブより、歌うデイブのほうがお好みか。
それならデイブのおうたを聞かせてあげましょう。
「これはどうだ?」
「さっぎどいっじょじゃない゛い゛!?」
ん~言われてみれば、確かに同時代を駆け抜けてきた同ジャンルのバンドだったな。
もう少し現代的なデイブのお歌を聞かせましょう。
正確にはデヴィッドだが。
「だ、か、ら、でいぶは、でいぶじゃあ゛あ゛あ゛…」
…気絶するとは何事だ。
まるで俺の選曲センスが無いみたいじゃないか。
頚椎捻挫になりそうなほど、ではないが、時折ヘドバンしながら音楽を聴いていたら正午を過ぎていた。
未だ気絶するでいぶ、もとい、れいむを突っついて目覚めさせる。
「おい、いまから飯食うから起きろ」
「ごはんはゆっくりできるよ!」
この生物も人間と同じ三大欲求を持っているらしく、飯の一言で跳び起きやがった。
飯を作る為に台所へと向かうのだが…部屋の戸を開けるなり俺の先を行き、一足先に台所で「ごはん、ごはん!」とはしゃいでいた。
俺の家の間取りなど何も知らないはずなのに、こいつエスパーか?
いや、今は饅頭の生態よりも昼飯だ。
冷蔵庫の中から取り出したるは、解凍済みの豚肉とキムチ。
「じょーずに焼けましたー♪」
馬鹿でも出来る改心の一作「豚キムチ」の完成だ!
「ゆゆっ!?ゆっくりできないにおいがするよ!?れいむはしろいごはんさんだけでいいよ!」
俺の豚キムチを扱き下ろして勝手にむーしゃむーしゃと飯食ってやがる。
しかし幸せそうに食っているな~、こいつ。
許せん。
「好き嫌いしていると大きくなれないぞっ♪」
キムチを口の中に放り込んでやった。
「ゆっびいぃいい!がらいいいい!あぢゅいいいい!?」
れいむは叫びながら飯を盛った皿に顔を突っ込んで、大口一杯に銀シャリを詰め込んだ。
そこまで辛いのが駄目とはなぁ…
「お前ら森に住んでいるんだよな?動物に襲われたりしないのか?」
食後の昼寝から目覚めたれいむに、ちょっとした疑問をぶつけてみた。
見るからに自然で生きるには不器用すぎる形態をしているのが不思議でたまらなかったのだ。
「れいむはどーぶつにおそわれるようなまぬけじゃないよ!そうじゃなくてもとってもつよいんだからね!」
強い…ねえ。
「そうかそうか、どれほど強いのか、俺と勝負してみないか?」
「ゆふん。ないちゃってもしらないよ?」
たいそうな自信だが、こいつの身体能力が大した事無いと、既に見切っているんだよね。
こいつ、玄関の土間から三十センチ上の床へと飛び乗るのに、溜めを作るんだから。
それじゃあ全力を出しても人間相手に致命傷はおろか、傷一つ与える力など有りはしないだろう。
なのでせめて本気でかかって来てもらいたいので、お菓子で釣る事にする。
「本気で来いよ?俺に勝ったら美味しいお菓子をくれてやる」
そうでなくてはとても『勝負』にはならないだろうからな。
「ゆっふっふ。おにいさんはばかだね!そのおかしはもうれいむのものになったんだからね!」
こしゃくなことを言いやがるこの饅頭。
「さあどこからでもかかって来い!」
両手を広げて攻撃が来るのを待ちかえる。
「ゆゆーっ!」
れいむは体を限界まで屈め、渾身の力で俺へ体当たりを仕掛けてきた。
ここで俺は自らの犯した過ちを思い知らされる事になる。
それは俺が立膝をついていたことだ。
そしてれいむが全身の力を込めたジャンプの高さは約40センチ。
俺の予想ではもう少し高く飛んでいた筈なのだ。
ずむん
俺の股間に
饅頭が
めり込んだ。
「う゛う゛ーん!!!!?」
さらばマイサン。
お前には何もしてやることが出来なかった…
愛する息子が星になった悲しみに暮れていると、空気の読めない奴が茶々を入れてきた。
「ゆゆ~ん♪れいむのつよさがわかったでしょ?とっととおかしをちょうだいね!」
うずくまり、床に突っ伏していた顔を上げると得意になっているれいむの顔が目に入る。
気が付くと、親指を立てた両手がれいむに向かって伸びていた。
「ゆびいいいいい!?」
「俺がこの親指を抜いた三秒後、てめぇは死ぬ」
それなりに勢いをつけたとはいえ、流石饅頭、本当に指がめり込むとは。
「いやらぁああ!しにたくないいい!」
饅頭に指がめり込んだぐらいで品質に問題があるわけでもないし、死ぬことは無いだろう。
だからと言ってこのままにする訳にもいかないので、一先ず指を抜いてから治療でもするか。
親指の拘束から解かれたれいむは、痛さのあまり部屋中を跳びまわっている。
「おいおい、そんなに暴れっと傷に障るぞ」
よく見るとれいむが跳んだ後には餡子がぼろぼろと零れ落ちている。
…これって、人間で言ったら血液みたいな物なんじゃないのか?
だとしたらこのまま放って置いたら死んじゃうの!?どうするの!?どうすりゃいいの!?
「ゆっくりと人間が同じ空間で生きていくのは無理だったんだろうな」
「そうだったんだね…ゆっくりりかいしたよ…」
俺は一匹のゆっくりれいむを両手で抱え、森の中を進んでいる。
あの後れいむは体の餡子を失ったショックで気絶し動かなくなった。
その隙にネットを使って治療法を探すといとも簡単に見つかり、一時間後にはれいむも意識を取り戻すことが出来たのだ。
しかしこの出来事は相当なショックだったらしく、暫くすると「おうちにかえる…」と言い出したのだ。
「ここいらでいいか?」
「うん、おくってくれてありがとうね」
そういうとれいむは元居た家に帰ろうと、茂みに向かって飛んでいこうとする。
俺はれいむを制止し、背負ったリュックから小包を取り出す。
「こいつはお土産だ。さっきの約束でもあるからな」
中身は先ほど勝負の約束の際にあげると言ったお菓子である。
勝負の結果はあやふやになったが、色々と傷つけたお詫びの品でもあるので出し惜しみは出来ない。
「…おにいさん、ありがとうね!」
れいむは初めて会った時の様な笑顔を見せて、器用に小包を頭の上へ乗せ、藪を掻き分け去っていった。
れいむの去った方向を見ながら、今日の出来事に思い馳せ、感慨に浸っているとそれを阻害するような人の声が耳に入ってきた。
「すみません!あのゆっくりはどこで見つけたんですか!?」
声のする方向へ振り返ると、森の中にはふさわしくない格好の青年が居た。(それは俺も同じなのだが)
しかし怪しい者ではなさそうだし、ゆっくりの情報など出し惜しみするような物ではないので全部話す事にする。
「あれっすか?なんでもホームステイすると言って家に来た奴なんですけどね」
俺の言葉に青年は驚いた表情をしている。
「ホームステイ!?」
青年は素っ頓狂な声を出した。。
俺もゆっくりがホームステイしたなんて人から聞いたら同じ様な声を出すんだろうな。
「間違って貴方の家へお邪魔してしまったんですか…」
「間違って!?」
今度は俺が素っ頓狂な声を出してしまった。
それにしても間違いって何だ?
「あ、自己紹介をしてませんでしたね。私はゆっくりを保護する団体『ゆっくりんぴーす』の会員でして、
先ほどのれいむは人間の生活を学び、その経験を群れに知らしめることで
人間達との無用なトラブルを避けようとする活動の一環として選ばれたゆっくりなのです」
ホームステイが誰かの吹き込んだ知識だという予想は当たっていたが、ちゃんとした目的あっての事だったとはな。
「それで…あのれいむは何か失礼な事はしなかったでしょうか…」
恐る恐る窺う青年。
俺は今日の出来事を順に追って思い出していく…
「私の…私の息子がっ!…」
「そんな!?まさか!?」
「息子は深く傷ついて…あれから一度も立つ事が出来ずに…」
「…ゆっくりんぴーすの一員として、深くお詫びいたします…」
「いえ、貴方は悪くはない…全ては私の不徳の致すところです」
「いずれ正式にこの事を会を通して謝罪させていただきます。私はあのれいむからも詳しく話を聞きますので、今日のところはこれで…」
青年はそう言いながら藪の方へ進んでいってしまった。
…嘘は言っていないから問題なし!
オワリ
&
どうでもいいあとがき
このおにーさんは
sl○yer
meg○deth
morbid ○ngel
の順番で音楽をかけました。
最終更新:2022年05月19日 14:37