カラン、という音が手術室に響いた。
それは先ほど先生が見せてくれた、太い鉄の棒を置いた音。
先端は尖っており、まるで槍のようだ。

槍は成まりさの目の前に、見せ付けるように置かれている。
傷つけるための道具、成まりさはそう判断したのだろう、必死で体を揺すった。

 「やめてね!!はやくおウチに返してね!!おにいさんにいいつけるよ!!」

しかし、底部に鉄製の皿が張り付いているせいで全く動けない。

 「まず、植物型出産の機能を破壊しますよ」

先生は成まりさの言葉など聞こえてないかのように、俺に言う。

 「はい」
 「では、帽子を取ってもらえますか」

言われたとおり、俺は成まりさの帽子を取ろうとした。
すると、成まりさの目が輝く。何かに気がついたようだ。

 「ゆ!そこのおじさん達!まりさのバッヂを見てね!ゆっくりりかいしてね!!」

成まりさの帽子を見ると、コーヒーコースターほどの大きさの赤いバッヂが張ってあった。
帽子に巻かれた白いリボンの隣にあったため、よく目立つ。

これはペットショップなどで売っている、飼いゆっくり証明バッヂだ。

飼いゆっくりが逃亡したり、遊んでいて迷子になった時のために付けるものである。
バッヂの裏には飼い主の住所や名前などが書いてあるので、迷子になっても安心だ。
そして、飼いゆっくりを虐待してはいけないというルールがある。

ルールを守って楽しく虐待。

それが虐待お兄さんに共通する約束事だ。
もちろん俺もそれを守っている。

そのことをこの成まりさは知っていたのだろう。
飼いゆっくりである自分を痛めつけてはいけない、と主張しているのだ。

 「バッヂって何?何もついてないよ?」
 「ゆ!?うそを言わないでね!!」

帽子のつばが邪魔で成まりさにはバッヂは見えない。
俺は帽子を取り上げ、バッヂを成まりさから見えない位置に隠した。

 「ほら、これはまりさの帽子でしょ?どこにバッヂがあるの?」

成まりさの眼前に突きつけられた帽子にバッヂは無い。

 「ゆ・・?!?うそだよ!!まりさはバッヂつきだよ!!」

信じられない、という目で帽子を見つめるがそれは確かに自分の帽子。
おろおろとする成まりさを相手にすることをやめ、俺は帽子を少し離れたところに置いた。

 「ま、まりさのぼうし!!かえしてぇっ!!!」

顔だけ帽子に向かって倒れ掛かるが、固定された底部が邪魔をして動けない。

 「顔、押さえてください」
 「はい」

乗り出していた成まりさの顔を掴む。

柔らかい。
若干発汗していたが、もちもちとしながらも張りのある皮。
内部の餡子の熱が皮越しに伝わって、ほんのりと温かい。
指を滑らせても、抵抗が感じられないほど滑々としていた。

優しい飼い主に、心行くまでゆっくりさせてもらった証拠だ。

 「やめてね!!!ちかづけないでね!!」

そんな素敵な皮に近づくのは、先生の右手に握られた槍。
左手は品定めでもするかのように、成まりさの髪の生え際をなぞっている。

 「ここですね」

先生が指で、髪の生え際の中心近くを軽く二度三度叩く。
おそらく、そこに槍を突っ込むのだろう。

 「じゃあ、しっかり押さえておきます」
 「よろしくお願いします」

 「ゆぅぁっ!やめてっ!!!」

頭を回転させて逃げようとするが、人間の力に勝てるはずもない。
無駄な抵抗とはまさにこのことだろう。

 「こわいよ!!!刺さないでね!!!やめてね!!」

 「はーい、ちょっと痛いけど我慢してねー」

注射でもするかのような声とともに、先生は思い切り成まりさに槍を突き刺した。

 「ゆっびゅぉおおっぉぉっ!?!?!?」

尖った部分は全て内部に入り込み、外に露出しているのは太い部分だけだ。
突き抜けてはいないが、かなり深く入り込んでいることが分かる。

その証拠に、顔を掴む俺の手に、ぬるぬるとした汗のようなものが溢れてきている。
目は血走り、涙が溢れ始めていた。

 「いぢぃあ゙ああ゙ああ゙いよぉぉおっ!!!おにいざあんだずげでぇ゙ええ゙え゙ぇえ゙え゙っ!!!!」

一瞬、俺や先生に対して命乞いをしているのかと思った。
だが、その目はあらぬ方向に向いており、話しかけるような口調ではない。

これは、飼い主である兄さんに向けたメッセージなのだろう。
成まりさが絶大な信頼を寄せるお兄さん。
きっと、今までこんな痛い目に会わせることなどしなかったはずだ。

目の前の敵に助けを求めず、どこにいるかも分からないお兄さんを頼っている。
随分信頼されているじゃないか。

思わず成まりさを握る手に力が入る。

 「お゙に゙いざあ゙あああ゙ああぁあ゙あああ゙あぁ゙ぁぁぁああああっ!!!!!」

もう、棒から先生の手は離されている。
これ以上押し込まれることも引き抜かれることもないのだが、やはり痛いものは痛いらしい。
成まりさは先生は既に新しい道具を手に取っていることにも気が付いていないようだ。

 「少し熱いけど我慢しようね」

真っ赤に染まった炭が、箸に挟まれていた。
先生の足元を見ると、いつの間に用意したのか火鉢が置いてある。

 「ゆうぁああ゙あ!!ぼうやべでええっ!!!」

よく熱せられた炭であったため、空気を伝わってその熱気が伝わってくる。
平和ボケした成まりさでもその恐ろしさは理解できたようだ。

先生は槍の露出した部分の先端を回し、蓋を外した。
どうやらこの槍、中は空洞だったらしい。

 「はい、入れますよ」

カラン、という音を鳴らして槍の奥へと流れていく炭。
もちろんその奥とは尖った先端部分、成まりさの餡子に埋まっている部分だ。

熱も伝わらなかったせいか、最初は反応しなかった。
だが、5個目の炭を入れる頃には熱が成まりさを攻撃し始めていた。

 「あっぢゅぃい゙いい゙ぃぃい゙!!!あ゙りざのなががあづいよぉお!?!?」

粘液に代わって汗が俺の手に大量に垂れ始めてきた。
呼吸が荒くなり、手術台の上は成まりさの汗と粘液と汗で水溜りができている。

 「ではこのまま10分ほど待ちましょう」

成まりさにとって、人生で最も長い10分間が始まった。




 「お゙ぎぃぃい゙い゙いい゙ぃいいいぃぃぃいっ!!!!!!!!」

 「そろそろいいですね」

10分間、成まりさは悲鳴を上げ続けた。
愛好家が聞いたら同じような悲鳴を上げただろうが、俺にとっては最高のミュージックでしかない。

息も絶え絶えになりながら、それでも声を上げる姿は芸術と言ってもいいだろう。
おにいさん、おにいさん、と何度助けを求めただろう。

 「抜きますから、しっかり押さえててくださいね」
 「はい」

先生が鉄製のハサミのようなもので炭と同じくらい熱くなった鉄の槍を掴む。
それをゆっくりと引っ張ると、また激痛が走るのか成まりさは歪んだ顔をさらに歪めた。

 「ぼおおぉお゙ぉおっ!!!!お゙にいぃ゙い゙いざああ゙あ゙ああ゙あっ!!!」

抜き終わった槍を傍らに置き、先生は槍が刺さっていた穴を観察している。

 「これを見てください」

指差されたのは、槍で開いた穴。
俺は成まりさの正面に回り、穴を覗いた。

 「うわ、槍の形そのまんまですね」

その穴は、槍の形を綺麗に保っていた。
普通、穴を開けても餡子が塞いでしまうものだ。

 「中まで綺麗に槍の跡が残ってますね」
 「熱で固まっているんだよ」

奥は暗くてよく見えないが、見事な洞窟が誕生していた。
槍の触れていた部分が焦げてしまったのだ。

 「圧力で押しつぶされないよう、餡子を入れて完成です」

先生の手に握られたビンには、餡子が入っていた。
それを成まりさ洞窟に流し込む。

 「・・・」

いつの間にやら、成まりさは泡を吹いて気絶していた。

 「鬼井君、ちょっとそこにある箱を取ってくれないか。どっちでもいいから」
 「はい」

入り口近くに箱が2つ積んである。
俺の掌くらいの大きさの正方形。

上に乗った箱には「加工所から購入 子れいむ 〇月×日」と書かれた手書きの紙が張ってあった。

 「先生、どうぞ」
 「ああ、箱開けてくれますか」

差し出した手を戻し、箱を開けることにする。
包装はしてなかったので、すぐに開けることができた。

 「ゅぅ・・・ゆぅ・・・」

箱に入っていたのは、紙にあった通り子れいむであった。
ソフトボールサイズの子れいむが窮屈そうに眠っている。

 「それを逆さま、底部を私に向けて差し出してください」

どうすればいいのか困惑する俺に、先生は道具箱を漁りながら言った。
何をするのか分からないが、とりあえず言うとおりにしておけば問題ないだろう。

箱から引っ張り出し、底部を先生に向けた。

 「ゅう・・・?」

掴まれたことと、逆さまにされたことで目が覚めたのだろう。
子れいむが妙な声を上げる。

 「逃げないようしっかり押さえててください」

先生の手にはメスが握られていた。
俺は子れいむを潰さないよう気をつけながら、力を込めた。

 「ゆゔっ!!??」

まだ完全に目が覚めていない子れいむの底部にメスが入る。
痛みで眠気が飛んだのか、手に子れいむの力を感じた。

 「ゆぎぎいい!!いぢゃいよおおっ!!!おがあざあんん!!!」

そのままメスは、子れいむの底部で円を描く。
先生が左手に握られたピンセットで円の中心を摘むと、綺麗に皮が剥がれた。
子れいむの餡子が剥き出しになる。

 「ゆぎゅ゙うゔゔぅぅっ!!!!?」

子れいむが底部が無くなった痛みに苦しんでいる。
眠っていて起きたら底部がないのだ。
ワケがわからないだろう。

だが俺はその理由がわかった。

 「その皮を移植するんですね」
 「ご名答」

その皮を成まりさに開いた穴に貼り付けながら、先生は続ける。

 「子ゆっくりの皮が一番移植に適しているんですよ。やわらかくて、若々しくて」
 「この子れいむはどうします?」
 「もう使い物にならないので、ゴミ箱に捨ててください」

 「ゆぎゅ!やべでね!!れいぶをずでないでね!!!」

底部の無くなった子れいむが必死に助けを求めるが、興味が湧かないのでゴミ箱に投げ捨てた。

きっと加工所職員に家族単位で捕獲された野生のゆっくりだろう。
実験体として生かされるよりマシだろうから、少しは感謝してほしいものだ。

ゴミ箱の中から悲鳴や泣き声は聞こえなかった。
底部が無いので、投げられた衝撃で餡子が全て漏れて死んだのだろう。

 「こちらの処置は終わったので、次は胎生型妊娠の機能の破壊をします」
 「方法は植物型と同じですよね?」
 「はい。同じことの繰り返しです。今は気絶してますけど、すぐ目が覚めるでしょうから、頑張りましょう」

俺はぬるぬるとした成まりさの体を掴み、腹(?)をさらけ出すように先生に向けた。




 「ふう、これで終わりです」

ピンセットを金属製のトレーに投げ込み、先生は椅子に座った。
俺の手には、移植用に使われた子まりさがいる。
子れいむ同様、底部が切り取られて使い道がなくなったので、ゴミ箱に投げ捨てた。

 「なんだか楽しそうだね、鬼井君」
 「え、そうですか?」

自分の顔が緩んでにやけていたようだ。
それほど、あの成まりさの悲鳴は素晴らしかったのだ。

あの成まりさは、胎生型出産を知っていた。

 『やめ゙て!!!あ゙かちゃんをうべなくなっぢゃうよ゙ぉっ!!』
 『あ゙り゙ざのがわ゙いい゙あがぢゃ゙ん゙をおにいざんに見せられなくなっ゙ちゃゔぅぅゔゔ!!』
 『ま゙り゙さのがわいいあがぢゃんがああぁぁああ゙ぁぁ!!!』
 『あがぢゃん・・・あがぢゃんがああぁぁ・・・・』
 『おに゙いざんごべんなざい・・・ごべんなざい・・・』
 『ま゙りざ、もうあがぢゃんうべだい・・・おびいざん゙・・・・ごめべねええぇぇ・・・』

熱で気絶するその瞬間まで、成まりさは飼い主のお兄さんに謝罪を繰り返していた。

自分をゆっくりさせてくれた大好きなお兄さんに、自分の赤ちゃんを見せたい。
そんな思いがひしひしと伝わってきた。

ゆっくりは恩返しができないため、感謝の意を表すために自身の子を見せることがあると本で読んだことがある。
可愛い赤ちゃんを見せたらその人はゆっくりできる、と思うらしい。


この成まりさも、きっと自分の赤ちゃんを見せたかったに違いない。

だから、涙でふやけた皮を見ていると、顔が緩んで仕方が無いのだ。
腹に貼り付けられた移植の皮を見ていると笑いが込み上げてくるのだ。
やはり、出産は母体になってこそだろう。

 「ところで鬼井君、間違っていたら本当に申し訳ないんだが・・・」
 「はい?なんですか?」

どうにか真面目な顔を作って、先生の方を向いた。

 「もしかして、虐待お兄さんだったりするかな?」
 「・・・!」

俺は虐待お兄さんであることを隠していたつもりだった。
しかし、やはり本職の人間にはバレてしまうものなのだろうか。

一瞬、あぅえ、みたいな変な声が出たが、俺は覚悟を決めた。

 「・・・はい。俺は虐待お兄さんです」
 「やはりそうか・・・」

このバイトもおしまいだ、俺はそう思った。
こんな愛好者のための施設に、俺のような虐待お兄さんが勤められるはずがない。

 「そうか、そうか・・・」
 「黙っていてすみません」
 「いや何、気にすることはないよ」

先生は顔を手で押さえながら、泣いているような、笑っているようなしぐさをしていた。
そうしていながら、目だけは俺をじっと見据えている。

 「実は私も虐待お兄さんでね」

俺は耳を疑った。

 「えぇ!?」
 「驚くことはない」

手を顎に当て、先生は顔に笑みを浮かべている。

 「昔から、私は人に可愛がられているゆっくりをいじめたくてね。でも駄目だった。私は真面目すぎたんだ・・・」

そう、人に飼われているゆっくりは虐待してはならない。

 「ルールを守って楽しく虐待・・・」
 「その通り」

一度手を鳴らし、先生は俺に手を差し出した。
同じ趣向を持つものを、心から歓迎してくれているのだ。

 「だからルールを守って痛めつける方法を探したんだ。それがこのゆっくりにっくだよ」
 「先生っ・・・!」

差し出された手を、俺は強く握った。
いままで何人もの虐待お兄さんを見てきたが、まさか加工所以外で虐待を仕事に持ち込む人がいるなんて。
俺は素直に感動していた。
そして、こんな素晴らしい先輩に出会えたことに感謝をした。

 「鬼井君の行動や言葉から、虐待お兄さんのニオイがしたんだが、聞いて正解だったよ」
 「え・・・?そんなにバレバレでした?」

ふふ、と先生が笑った。

 「同じ虐待お兄さんだからね。要所要所で同類の臭いを感じたよ」

俺は上手くごまかせていると思ったのだが、そんなことは無かったようだ。
同じ虐待お兄さんの俺は、全然気が付かなかったというのに。

 「ま、鬼井君もだいぶゆっくりの体で遊んでいるみたいだから、こちらとしても助かるよ。助手、これからもよろしく頼むよ」
 「ええ、まかせてください」

俺は拳で胸を叩いた。






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最終更新:2019年10月08日 01:35