ZN of A.E.N 『S-VIRUS』
作 : Go
Mission 01 : Zinc and Highway
作 : Go
Mission 01 : Zinc and Highway
――時は、白雉五年。
西暦にして654年のこの年、病によって崩御した孝徳天皇の遺言により、都に秘密組織、『亞閻機関』が設置された。
亞閻機関。
それは人の世の平和を守るため、日の光の当たらぬ場所を渡り歩き、あたかも閻魔のごとく妖を滅し、都に潜む闇を裁き、さらには米の普及を促す組織であった。
そして平成の時代となった今でさえ、決して歴史の表に出ることのない隠密任務機関、『A.E.N(Agents Endanger Nobody)』と名を変えて、亞閻機関は息づいていた。
ネオンライトの陰を渡り歩き、ビルの隙間に潜む妖を滅し、繁華街に潜む闇を裁き、さらには米の普及を促す組織。
それが、A.E.Nである。
西暦にして654年のこの年、病によって崩御した孝徳天皇の遺言により、都に秘密組織、『亞閻機関』が設置された。
亞閻機関。
それは人の世の平和を守るため、日の光の当たらぬ場所を渡り歩き、あたかも閻魔のごとく妖を滅し、都に潜む闇を裁き、さらには米の普及を促す組織であった。
そして平成の時代となった今でさえ、決して歴史の表に出ることのない隠密任務機関、『A.E.N(Agents Endanger Nobody)』と名を変えて、亞閻機関は息づいていた。
ネオンライトの陰を渡り歩き、ビルの隙間に潜む妖を滅し、繁華街に潜む闇を裁き、さらには米の普及を促す組織。
それが、A.E.Nである。
◇
A.E.Nの構成員には、『ZN(Zap Notoriousness)』と呼ばれる者たちがいる。
彼らは全員がハードな戦闘訓練を受けており、銃器や刃物の取り扱い、多人数との戦い方、さらには理性を持たぬ化け物との戦い方さえも学んでいる。世界中の軍隊をすべて寄せ集めたとしても、白兵戦でZNたちに敵う者はいないだろう。
それに加え、彼らは全員が何らかの異常な才能、特殊能力、特殊体質――超能力とでも言うべきか――を備えている。
A.E.Nの中で第一線で戦うことが許可されているのは、彼らZNだけだ。
そんな彼らの任務は多岐に渡る。
戦闘服に身を包み、あるときは犯罪組織と戦い、あるときはテロリストを叩き潰し、あるときは都市に潜む闇を暴き、あるときは米の普及を促す。
それがA.E.Nの特殊戦闘部隊、ZNである。
彼らは全員がハードな戦闘訓練を受けており、銃器や刃物の取り扱い、多人数との戦い方、さらには理性を持たぬ化け物との戦い方さえも学んでいる。世界中の軍隊をすべて寄せ集めたとしても、白兵戦でZNたちに敵う者はいないだろう。
それに加え、彼らは全員が何らかの異常な才能、特殊能力、特殊体質――超能力とでも言うべきか――を備えている。
A.E.Nの中で第一線で戦うことが許可されているのは、彼らZNだけだ。
そんな彼らの任務は多岐に渡る。
戦闘服に身を包み、あるときは犯罪組織と戦い、あるときはテロリストを叩き潰し、あるときは都市に潜む闇を暴き、あるときは米の普及を促す。
それがA.E.Nの特殊戦闘部隊、ZNである。
◇
これはZNのひとり、伊藤ズンの戦いを綴った物語である――
◇
重いビニール袋を片手に提げながら、学生服姿の、まるで白米のような少年――ズンは、いかにも気だるそうに自室の扉を開けた。
「ただいとずんま」
ズンの挨拶に応える声はない。それもいつものことだった。
A.E.N東久留米支部にある、構成員寮の一室。ここが、伊藤ズンが慎ましく暮らす場所。
ZN――A.E.N戦闘部隊――の一員であるズンは、A.E.N構成員専用の指導機関で、一般的な高校生と同等の教育を受けている。例外的に、ズンは英語を捨てているが。
今日のズンは六限までの授業をこなした後に、スーパーマーケットであれこれ迷いながら食材を購入し、軽くなった財布を気にしながら帰宅した。
「飯でも作るかズン」
自炊にはあまり気が進まないが、きちんとした夕飯を食べなければパワーが出せない。明日も授業は六限まであるし、何よりA.E.Nの任務がいつ言い渡されるか分からないのだ。ズンは台所に立ち、目の前にまな板を横たえた。続いて、スーパーで買ってきた牛肉、玉葱、人参、じゃがいもなどを袋から取り出す。今日の献立は、カレーだ。
「――さて。やるズン」
ズンは深呼吸をすると、牛肉パックを空中に放り投げ、すかさずジャンプしながら顎で突き刺した。ダイナミックなテニスのサーブを思わせる動きだ。
しかし牛肉は、テニスボールのように吹き飛びはしない。ズンの鋭い顎に触れた瞬間パックごとバラバラに分解され、一口大の大きさに裂かれて、まな板にべちゃりと着地する。ズンはまるで獲物を仕留めた狩人のような、不敵な笑みを浮かべた。
この異常なまでの顎の切れ味こそが、ズンの生まれ持った特異体質。
その名を『刃躯(ジンク)』という。
『刃躯』の持ち主は、身体の特定の部位がまるで刃物のように鋭くなる。ズンの場合、『特定の部位』とは顎であり、至近距離で発射されたライフル弾すら真っ二つに切り裂いてしまうほどの鋭さを誇っている。かつてはズンを苦しめた忌まわしきこの顎も、今では彼の自慢であった。
続いてズンは玉葱、人参、じゃがいもを同様に顎で切り裂き、カレールーと共に鍋で長めに煮込んだ。タイマーセットであらかじめ炊いておいた白いご飯に掛ければ、美味しそうなカレーライスの完成である。
スパイシーな香りを含有した湯気と真っ白な米が、ズンの食欲を刺激した。銀製スプーンを手に取ると、カレーライスを置いた食卓につく。
「いただきますズン」
ズンは両手を合わせ、素晴らしい食事を提供してくれた米の神と農家に感謝した。
人類に米をもたらした米の神と、それを民衆に広めた農家。仮にどちらかが欠けていたら、このカレーライスは誕生しえなかったのである。
ズンは一粒一粒を噛み締め、味わいながら、手製のカレーライスを綺麗にたいらげた。白米がルーの辛味を絶妙の加減で中和している、満足のいく出来であった。米の神の加護があったに違いない、とズンは思った。
「ごちそうさまズン」
ズンは再び手を合わせる。どこからどう見ても共食いだったが、ここは目を瞑っておくことにしよう。
「ただいとずんま」
ズンの挨拶に応える声はない。それもいつものことだった。
A.E.N東久留米支部にある、構成員寮の一室。ここが、伊藤ズンが慎ましく暮らす場所。
ZN――A.E.N戦闘部隊――の一員であるズンは、A.E.N構成員専用の指導機関で、一般的な高校生と同等の教育を受けている。例外的に、ズンは英語を捨てているが。
今日のズンは六限までの授業をこなした後に、スーパーマーケットであれこれ迷いながら食材を購入し、軽くなった財布を気にしながら帰宅した。
「飯でも作るかズン」
自炊にはあまり気が進まないが、きちんとした夕飯を食べなければパワーが出せない。明日も授業は六限まであるし、何よりA.E.Nの任務がいつ言い渡されるか分からないのだ。ズンは台所に立ち、目の前にまな板を横たえた。続いて、スーパーで買ってきた牛肉、玉葱、人参、じゃがいもなどを袋から取り出す。今日の献立は、カレーだ。
「――さて。やるズン」
ズンは深呼吸をすると、牛肉パックを空中に放り投げ、すかさずジャンプしながら顎で突き刺した。ダイナミックなテニスのサーブを思わせる動きだ。
しかし牛肉は、テニスボールのように吹き飛びはしない。ズンの鋭い顎に触れた瞬間パックごとバラバラに分解され、一口大の大きさに裂かれて、まな板にべちゃりと着地する。ズンはまるで獲物を仕留めた狩人のような、不敵な笑みを浮かべた。
この異常なまでの顎の切れ味こそが、ズンの生まれ持った特異体質。
その名を『刃躯(ジンク)』という。
『刃躯』の持ち主は、身体の特定の部位がまるで刃物のように鋭くなる。ズンの場合、『特定の部位』とは顎であり、至近距離で発射されたライフル弾すら真っ二つに切り裂いてしまうほどの鋭さを誇っている。かつてはズンを苦しめた忌まわしきこの顎も、今では彼の自慢であった。
続いてズンは玉葱、人参、じゃがいもを同様に顎で切り裂き、カレールーと共に鍋で長めに煮込んだ。タイマーセットであらかじめ炊いておいた白いご飯に掛ければ、美味しそうなカレーライスの完成である。
スパイシーな香りを含有した湯気と真っ白な米が、ズンの食欲を刺激した。銀製スプーンを手に取ると、カレーライスを置いた食卓につく。
「いただきますズン」
ズンは両手を合わせ、素晴らしい食事を提供してくれた米の神と農家に感謝した。
人類に米をもたらした米の神と、それを民衆に広めた農家。仮にどちらかが欠けていたら、このカレーライスは誕生しえなかったのである。
ズンは一粒一粒を噛み締め、味わいながら、手製のカレーライスを綺麗にたいらげた。白米がルーの辛味を絶妙の加減で中和している、満足のいく出来であった。米の神の加護があったに違いない、とズンは思った。
「ごちそうさまズン」
ズンは再び手を合わせる。どこからどう見ても共食いだったが、ここは目を瞑っておくことにしよう。
◇
『ZN伊藤ズン、至急支部長室まで。繰り返す、ZN伊藤ズン、至急支部長室まで』
カレーライスを貪った後、パジャマに着替えて歯を磨いたところで力尽き、泥のように眠ったズンは、枕元の通信機から流れ出す大音声で目を覚ました。
時計を確認する。深夜二時。こんな時間に緊急訓練ということは、さすがにあるまい。
「任務、ズンね……」
ズンは溜息をついた。A.E.NのZNたちは、いついかなる時でも呼び出しに応じなければならないのだ。
カレーライスを貪った後、パジャマに着替えて歯を磨いたところで力尽き、泥のように眠ったズンは、枕元の通信機から流れ出す大音声で目を覚ました。
時計を確認する。深夜二時。こんな時間に緊急訓練ということは、さすがにあるまい。
「任務、ズンね……」
ズンは溜息をついた。A.E.NのZNたちは、いついかなる時でも呼び出しに応じなければならないのだ。
◇
「どうしたズン!」
ズンが乱暴に扉を開けて支部長室に入ると、そこには既に十数人のZNたちが整列していた。ズンの両隣室に住んでいる同級生、軒下京太と神条火練の姿もあった。
「遅いぞ、ズン。また欠けていたのか」
軒下がズンの頭頂部をぺしりと叩いた。
「何言ってんだよ。ズンは常に欠けてるだろ」
ぺしり、すかさず火練が追撃する。
「確かにそうだな。ハハハハハ」
ぺしり、再び軒下が――
「訳の分からないことを言うなズンッ! それと叩くなズンッ!」
ズンは悲痛な叫びを上げながら、両手を必死に振り回してふたりを払いのける。
軒下京太と神条火練。彼らに共通する趣味は、ズンをからかうことであった。
「ズンがキレた!」
「大変だ! 爆発するぞ!」
「しないズンッ!」
そんな三人のやり取りを見て、他のZNたちはある者は呆れ顔をし、ある者は笑い、ある者はやれやれ、と両手で天秤を作っていた。このドツキ漫才は、もはや半ばA.E.N東久留米支部の名物であった。
「さて――漫才は済んだかね。今回のミッションの説明を始めたいのだが」
支部長席の机に両肘を乗せ、顔の前で指を組みながらヒデシ・イトーが言った。
するとたちどころに空気が変わり、支部長室にいる誰もが押し黙る。ズンは地球の重力が数倍に増したかのように感じた。ヒデシ・イトーにはそれほどに重々しい迫力と、真に迫った説得力があるのだ。それに喚起されたか、さすがの軒下と火練も頬を引き締めた。
かつて『刃躯』の力から『米の悪魔に魅入られた子』と呼ばれ、実の親からも疎まれていたズンをA.E.Nに迎え入れ、一流のZNとして育て上げたこの壮年の男性こそが、A.E.N東久留米支部長官、ヒデシ・イトーである。過去にはZNとして活躍していたと聞くが、親子も同然の関係であるズンでさえ、底に秘めた彼の実力を知ってはいない。謎の多い怪人物である。
「今回、君たちZNに与えられた任務。それは『S-VIRUS』の殲滅だ」
「『S-VIRUS』……聞かない名前だ」
「そーだな」
軒下が怪訝な顔をし、火練もそれに同調する。科学に造詣が深い彼らが知らないということは、つまりこの場にいるZNの誰もが知らないということである。
「ああ、知らなくて当然だ。とある研究所――ルギージラボと言ったかな。そこがつい数日前、偶然作り出してしまったウイルスだからね。研究所が設立されてから二番目に作ったウイルスだから、Second Virusで『S-VIRUS』さ」 ヒデシ・イトーがフォローする。
「英語は捨てるズン……」
「ウイルスについての情報は、どれほど判明しているのですか?」
英語を聞いた瞬間倒れそうになっているズンを気にも留めず、背が高く、凛々しい顔立ちの女性ZNが訊いた。
「そうだな。今のところ分かっているのは――『S-VIRUS』に感染すると知能が低下し、思考能力さえも徐々に喪失していってしまうことと、それと反比例するかのように筋力や闘争本能が膨れ上がり、凶暴化してゆくことだ」
ヒデシ・イトーは小さく呼吸した。
「そして一度感染してしまえば治療は不可能、殺すしかない。もっとも、これらの症例はモルモットの場合に過ぎないが」
「そんな物騒なものが、どうして平気でバラ撒かれてるんだズン!」
急に復活したズンが、掴み掛からんばかりの勢いで、ヒデシ・イトーに詰め寄った。彼の中で、正義の心が急速に酸化していた(つまり燃え上がっていた)。
しかし片手でズンを制し、ヒデシ・イトーは冷静な解説を続ける。
「まあ落ち着いてくれ。本来ならば然るべき場所で、然るべき廃棄処分を受けるはずだったのだが――首都高速道路を輸送している最中、存在を嗅ぎつけたテロリストによって輸送トラックが爆破され、ウイルスが飛散してしまったのだよ」
「……俺様たちが感染する可能性は、ないのかズン?」
ズンが代表して質問したそれは、これから実地に向かうことになるZNたちが一番知りたいことであり、同時に一番知りたくないことでもあった。
「ヒトに感染する可能性だって充分にあるさ。だからこそ『S-VIRUS』は廃棄処分にされ、そして現在君たちZNが狩り出されているんだ」
「――そうか、ズン」
支部長室に、緊張が走った。
今世代のZNたちは、対ウイルスの実戦経験が一度もないのだ。今までに受けた対生物兵器の訓練で積んだ経験は、ZNたちの不安を打ち消すにはあまりにも頼りなかった。ごくわずかな例外を除いて、ZNたちは逃げ出そうとする自分自身を抑えつけるのに必死であった。
(くっ――『ズンは米だから感染しないだろう』と言いたい……)
(ぐっ――『ズンは亜鉛だから感染しねーだろ』って言いたい……)
軒下と火練は、シリアスな空気を破壊しようとする自分自身を抑えつけるのに必死であった。
「だが、そんなに心配することはないだろう。空気感染すらできないほど、『S-VIRUS』は感染力が弱い」
心中を素早く察し、ヒデシ・イトーがZNたちを策励した。このような細やかな心配りができるのは、彼が上に立つ者として高い能力を持っていることの証であろう。
「さらにルギージラボで採られた数少ない実験データによると、餌を与えなかったモルモットだけがS-VIRUSに感染しているらしい。だから各部隊に数個、エネルギー吸収効率が高い食糧を詰めたバックパックを配給しておく。おそらくそれで感染は防げるよ」
「空腹時にだけ感染するウイルス、か……」
なんとか自分自身との戦いに打ち勝った軒下は、どこか釈然としない様子で呟いた。
「ズンは亜鉛だから感染しねーだろ」
一方、火練は自分自身との戦いに負けていた。
「最後に滅菌の手段についてだが、『S-VIRUS』は高温に弱い。アレがウイルスとしての機能を保てるのは、40.9℃まで――ちょうど、多治見市の最高気温までだそうだ。火炎放射器を配給しよう」
ヒデシ・イトーはスルーを決め込みながら、解説を締めにかかった。
「どうして多治見なんだズン?」
「その辺りは『ズンWiki』を読めば分かるだろう。説明は以上だ」
『ズンWiki』とは、A.E.Nの支部同士のネットワーク上に構成された、誰でも編集できる『Wiki』のシステムを利用したローカルサイトである。コンピュータの扱いに長ける火練によって作成された。今まで数々のハッカーによって攻撃されているが、改竄を受けた次の瞬間には元通りに戻っているという、驚異的な復活の早さを誇る。
「そうそう。さっきから言おうと思っていたのだが――とりあえず、ズンはスーツに着替えるべきだな。その格好でシリアスな滅菌作戦は、若干無理があるぞ」
ヒデシ・イトーの言葉に驚いてズンが周りを見渡すと、パジャマ姿なのは自分だけであった。辺りから笑い声が上がり、ズンは赤面する。
「それと――感染者に襲われる可能性もあるから、これも装備していくんだ」
差し出されたアタッシュケースを見て頷くと、ズンはその留め金をぱちんぱちんと外す。
中から出てきたのは、亜鉛の色をした一対の手甲であった。
ズンが乱暴に扉を開けて支部長室に入ると、そこには既に十数人のZNたちが整列していた。ズンの両隣室に住んでいる同級生、軒下京太と神条火練の姿もあった。
「遅いぞ、ズン。また欠けていたのか」
軒下がズンの頭頂部をぺしりと叩いた。
「何言ってんだよ。ズンは常に欠けてるだろ」
ぺしり、すかさず火練が追撃する。
「確かにそうだな。ハハハハハ」
ぺしり、再び軒下が――
「訳の分からないことを言うなズンッ! それと叩くなズンッ!」
ズンは悲痛な叫びを上げながら、両手を必死に振り回してふたりを払いのける。
軒下京太と神条火練。彼らに共通する趣味は、ズンをからかうことであった。
「ズンがキレた!」
「大変だ! 爆発するぞ!」
「しないズンッ!」
そんな三人のやり取りを見て、他のZNたちはある者は呆れ顔をし、ある者は笑い、ある者はやれやれ、と両手で天秤を作っていた。このドツキ漫才は、もはや半ばA.E.N東久留米支部の名物であった。
「さて――漫才は済んだかね。今回のミッションの説明を始めたいのだが」
支部長席の机に両肘を乗せ、顔の前で指を組みながらヒデシ・イトーが言った。
するとたちどころに空気が変わり、支部長室にいる誰もが押し黙る。ズンは地球の重力が数倍に増したかのように感じた。ヒデシ・イトーにはそれほどに重々しい迫力と、真に迫った説得力があるのだ。それに喚起されたか、さすがの軒下と火練も頬を引き締めた。
かつて『刃躯』の力から『米の悪魔に魅入られた子』と呼ばれ、実の親からも疎まれていたズンをA.E.Nに迎え入れ、一流のZNとして育て上げたこの壮年の男性こそが、A.E.N東久留米支部長官、ヒデシ・イトーである。過去にはZNとして活躍していたと聞くが、親子も同然の関係であるズンでさえ、底に秘めた彼の実力を知ってはいない。謎の多い怪人物である。
「今回、君たちZNに与えられた任務。それは『S-VIRUS』の殲滅だ」
「『S-VIRUS』……聞かない名前だ」
「そーだな」
軒下が怪訝な顔をし、火練もそれに同調する。科学に造詣が深い彼らが知らないということは、つまりこの場にいるZNの誰もが知らないということである。
「ああ、知らなくて当然だ。とある研究所――ルギージラボと言ったかな。そこがつい数日前、偶然作り出してしまったウイルスだからね。研究所が設立されてから二番目に作ったウイルスだから、Second Virusで『S-VIRUS』さ」 ヒデシ・イトーがフォローする。
「英語は捨てるズン……」
「ウイルスについての情報は、どれほど判明しているのですか?」
英語を聞いた瞬間倒れそうになっているズンを気にも留めず、背が高く、凛々しい顔立ちの女性ZNが訊いた。
「そうだな。今のところ分かっているのは――『S-VIRUS』に感染すると知能が低下し、思考能力さえも徐々に喪失していってしまうことと、それと反比例するかのように筋力や闘争本能が膨れ上がり、凶暴化してゆくことだ」
ヒデシ・イトーは小さく呼吸した。
「そして一度感染してしまえば治療は不可能、殺すしかない。もっとも、これらの症例はモルモットの場合に過ぎないが」
「そんな物騒なものが、どうして平気でバラ撒かれてるんだズン!」
急に復活したズンが、掴み掛からんばかりの勢いで、ヒデシ・イトーに詰め寄った。彼の中で、正義の心が急速に酸化していた(つまり燃え上がっていた)。
しかし片手でズンを制し、ヒデシ・イトーは冷静な解説を続ける。
「まあ落ち着いてくれ。本来ならば然るべき場所で、然るべき廃棄処分を受けるはずだったのだが――首都高速道路を輸送している最中、存在を嗅ぎつけたテロリストによって輸送トラックが爆破され、ウイルスが飛散してしまったのだよ」
「……俺様たちが感染する可能性は、ないのかズン?」
ズンが代表して質問したそれは、これから実地に向かうことになるZNたちが一番知りたいことであり、同時に一番知りたくないことでもあった。
「ヒトに感染する可能性だって充分にあるさ。だからこそ『S-VIRUS』は廃棄処分にされ、そして現在君たちZNが狩り出されているんだ」
「――そうか、ズン」
支部長室に、緊張が走った。
今世代のZNたちは、対ウイルスの実戦経験が一度もないのだ。今までに受けた対生物兵器の訓練で積んだ経験は、ZNたちの不安を打ち消すにはあまりにも頼りなかった。ごくわずかな例外を除いて、ZNたちは逃げ出そうとする自分自身を抑えつけるのに必死であった。
(くっ――『ズンは米だから感染しないだろう』と言いたい……)
(ぐっ――『ズンは亜鉛だから感染しねーだろ』って言いたい……)
軒下と火練は、シリアスな空気を破壊しようとする自分自身を抑えつけるのに必死であった。
「だが、そんなに心配することはないだろう。空気感染すらできないほど、『S-VIRUS』は感染力が弱い」
心中を素早く察し、ヒデシ・イトーがZNたちを策励した。このような細やかな心配りができるのは、彼が上に立つ者として高い能力を持っていることの証であろう。
「さらにルギージラボで採られた数少ない実験データによると、餌を与えなかったモルモットだけがS-VIRUSに感染しているらしい。だから各部隊に数個、エネルギー吸収効率が高い食糧を詰めたバックパックを配給しておく。おそらくそれで感染は防げるよ」
「空腹時にだけ感染するウイルス、か……」
なんとか自分自身との戦いに打ち勝った軒下は、どこか釈然としない様子で呟いた。
「ズンは亜鉛だから感染しねーだろ」
一方、火練は自分自身との戦いに負けていた。
「最後に滅菌の手段についてだが、『S-VIRUS』は高温に弱い。アレがウイルスとしての機能を保てるのは、40.9℃まで――ちょうど、多治見市の最高気温までだそうだ。火炎放射器を配給しよう」
ヒデシ・イトーはスルーを決め込みながら、解説を締めにかかった。
「どうして多治見なんだズン?」
「その辺りは『ズンWiki』を読めば分かるだろう。説明は以上だ」
『ズンWiki』とは、A.E.Nの支部同士のネットワーク上に構成された、誰でも編集できる『Wiki』のシステムを利用したローカルサイトである。コンピュータの扱いに長ける火練によって作成された。今まで数々のハッカーによって攻撃されているが、改竄を受けた次の瞬間には元通りに戻っているという、驚異的な復活の早さを誇る。
「そうそう。さっきから言おうと思っていたのだが――とりあえず、ズンはスーツに着替えるべきだな。その格好でシリアスな滅菌作戦は、若干無理があるぞ」
ヒデシ・イトーの言葉に驚いてズンが周りを見渡すと、パジャマ姿なのは自分だけであった。辺りから笑い声が上がり、ズンは赤面する。
「それと――感染者に襲われる可能性もあるから、これも装備していくんだ」
差し出されたアタッシュケースを見て頷くと、ズンはその留め金をぱちんぱちんと外す。
中から出てきたのは、亜鉛の色をした一対の手甲であった。
◇
ZNが現場に向かう際は、何人かに分かれて、交通手段として車を使用するのが常だ。
ズンと火練を乗せた、軒下が運転するエンジンを積み替えた改造ライトバンは、猛スピードで首都高速道路に乗った。街灯がまるで光の線のように見える。
高速は封鎖されていたが、A.E.Nの関係者はもちろん例外だ。時間帯が深夜であったのが幸いしたか、封鎖が交通に与える影響はそれほど大きくもなかったようだ。
「ズーンッ! 軒下! 飛ばしすぎだズン! スピード落とせズンッ! 安全運転しろズンッ!」
「いいぞ軒下。もっと飛ばせ!」
「ああ。言われなくてもまだまだ上げるぞ」
「やめろって言ってるズーン!」
「そういえば火練、食糧入りのバックパックはお前が持っていたな。中身をひとつくれ」
「おー、持ってるぜ。ほらよ」
「あっ、俺様にもよこすズン!」
「へいへい」
「なッ、『エネルギー吸収効率が高い食糧』って、この十秒チャージのことかズン……! 米じゃないのかズンッ……!」
「テンションダダ下がりだなオイ」
「なあズンよ、いい加減共食いはやめたらどうだ? 非生産的だぞ」
「誰が米だズーンッ!」
任務中だというのに、三人に緊張感らしきものはおよそ見受けられなかった。いつものことだが。
ズンと火練を乗せた、軒下が運転するエンジンを積み替えた改造ライトバンは、猛スピードで首都高速道路に乗った。街灯がまるで光の線のように見える。
高速は封鎖されていたが、A.E.Nの関係者はもちろん例外だ。時間帯が深夜であったのが幸いしたか、封鎖が交通に与える影響はそれほど大きくもなかったようだ。
「ズーンッ! 軒下! 飛ばしすぎだズン! スピード落とせズンッ! 安全運転しろズンッ!」
「いいぞ軒下。もっと飛ばせ!」
「ああ。言われなくてもまだまだ上げるぞ」
「やめろって言ってるズーン!」
「そういえば火練、食糧入りのバックパックはお前が持っていたな。中身をひとつくれ」
「おー、持ってるぜ。ほらよ」
「あっ、俺様にもよこすズン!」
「へいへい」
「なッ、『エネルギー吸収効率が高い食糧』って、この十秒チャージのことかズン……! 米じゃないのかズンッ……!」
「テンションダダ下がりだなオイ」
「なあズンよ、いい加減共食いはやめたらどうだ? 非生産的だぞ」
「誰が米だズーンッ!」
任務中だというのに、三人に緊張感らしきものはおよそ見受けられなかった。いつものことだが。
◇
「着いたズン!」
軒下の猛スピード運転と、他のZNたちが物怖じしているのが重なって、三人は誰よりも早く現場に到着した。
爆破されたのか、瓦礫の山のようになって原型を留めていないトラックが煙を上げて転がっている。
「よし、俺たちは火炎放射器でコンテナの滅菌作業をするぜ。ズンはそっちのぶっ壊れた運転席の中に誰かいないか確認してくれ」
「楽な方を取りやがったズンね……」
仕方ないな、とばかりに手甲に覆われた腕でトラックの残骸を掻き分け、ズンは運転席を目指した。
数分ほどすると、シートへ続く道が出来上がっていた。トラックはタイヤが外れてはいたが、幸いシートはひっくり返っていない。しかしドアが歪んで開かなくなっていたので、ズンはヒビの入った窓を両腕の手甲で叩き割った。取り払われたガラスの奥に、身体の大きい運転手の男がいるのが見えた。
「生存者だズン! 怪我をしているみたいだが大丈夫かズン?」
「そうですね。」
腹部から血を流しているが、運転手は問題なく喋れる様子だった。これならば心配はないだろう、とズンは思った。
「大丈夫ならよかったズン。安心するズン、俺様はただの警察官だズン」
ズンは運転手に警察手帳を見せた。組織の存在が公になるのを避けるため、A.E.Nの構成員には身分の偽証に使用する警察手帳が配られているのだ。
「さて。このトラック、他に乗ってた奴はいたズンか? いないズンか? さっさと答えるがいいズン」
「そうですか。」
ズンがやたらと偉そうに質問すると、トラック運転手は曖昧な返事をした。
「……ズン? 答えになってないズン!」
ズンが憤慨し、大声を張り上げる。
「そうなんですか。」
しかしそれでも運転手は調子を崩さない。ズンは暖簾に腕押しの心地であった。
「どうなんだズン! 乗ってた奴はいたズンか、いないズンか!」
「一応専門学校卒ですけどね。これでも。」
「お前の学歴なんか聞いてないズン! 意味がわからないズン! いい加減にするズン!」
「ふぇ~。」
「な、なんて頭の悪そうな奴だズン……」ズンは辟易した。
「それは、有能すぎるからさ。」
「……もういいズン。救護班が来るまで待ってるがいいズン。他の生存者は自力で探すズ――」
諦めたズンが踵を返し、運転手の前から去ろうとしたとき。
まるで、雷が落ちるように。
あるいは、天啓のように。
ヒデシ・イトーの言葉が、ズンの脳裏をよぎった。
軒下の猛スピード運転と、他のZNたちが物怖じしているのが重なって、三人は誰よりも早く現場に到着した。
爆破されたのか、瓦礫の山のようになって原型を留めていないトラックが煙を上げて転がっている。
「よし、俺たちは火炎放射器でコンテナの滅菌作業をするぜ。ズンはそっちのぶっ壊れた運転席の中に誰かいないか確認してくれ」
「楽な方を取りやがったズンね……」
仕方ないな、とばかりに手甲に覆われた腕でトラックの残骸を掻き分け、ズンは運転席を目指した。
数分ほどすると、シートへ続く道が出来上がっていた。トラックはタイヤが外れてはいたが、幸いシートはひっくり返っていない。しかしドアが歪んで開かなくなっていたので、ズンはヒビの入った窓を両腕の手甲で叩き割った。取り払われたガラスの奥に、身体の大きい運転手の男がいるのが見えた。
「生存者だズン! 怪我をしているみたいだが大丈夫かズン?」
「そうですね。」
腹部から血を流しているが、運転手は問題なく喋れる様子だった。これならば心配はないだろう、とズンは思った。
「大丈夫ならよかったズン。安心するズン、俺様はただの警察官だズン」
ズンは運転手に警察手帳を見せた。組織の存在が公になるのを避けるため、A.E.Nの構成員には身分の偽証に使用する警察手帳が配られているのだ。
「さて。このトラック、他に乗ってた奴はいたズンか? いないズンか? さっさと答えるがいいズン」
「そうですか。」
ズンがやたらと偉そうに質問すると、トラック運転手は曖昧な返事をした。
「……ズン? 答えになってないズン!」
ズンが憤慨し、大声を張り上げる。
「そうなんですか。」
しかしそれでも運転手は調子を崩さない。ズンは暖簾に腕押しの心地であった。
「どうなんだズン! 乗ってた奴はいたズンか、いないズンか!」
「一応専門学校卒ですけどね。これでも。」
「お前の学歴なんか聞いてないズン! 意味がわからないズン! いい加減にするズン!」
「ふぇ~。」
「な、なんて頭の悪そうな奴だズン……」ズンは辟易した。
「それは、有能すぎるからさ。」
「……もういいズン。救護班が来るまで待ってるがいいズン。他の生存者は自力で探すズ――」
諦めたズンが踵を返し、運転手の前から去ろうとしたとき。
まるで、雷が落ちるように。
あるいは、天啓のように。
ヒデシ・イトーの言葉が、ズンの脳裏をよぎった。
――「『S-VIRUS』に感染すると知能が低下し、思考能力さえも徐々に喪失していってしまう」――
嫌な予感が、した。
「行くぜぇぇぇぇえええ!必殺の悪魔ぁぁぁぁぁああああ!!!」
トラックの残骸の山を吹き飛ばし、耳をつんざくような奇声を上げながら、運転手がズンの背中に飛び掛かってきた!
トラックの残骸の山を吹き飛ばし、耳をつんざくような奇声を上げながら、運転手がズンの背中に飛び掛かってきた!
◇
トラック運転手の丸太のように太い腕が、横薙ぎにズンの脊椎を叩き折る――
よりも刹那だけ早く、ズンは踵を支点にして身体を回転させ、後ろを振り向いていた。
「甘いズン――!」
そして短くバックステップを踏んで距離を調整、運転手の一撃を顎で受けた。
普通の人間にとって、顎は単なるウィークポイントに過ぎない。どんな巨躯を備えたボクサーでさえも、顎にアッパーカットを受ければそれ一発でKOされることがありうる。
しかしあらゆるモノを問答無用で斬り裂く『刃躯』の力を持つズンにとって、顎は最強の矛であり、最強の盾でもあるのだ。
ズンの鋭い顎は、運転手の腕を容易く斬り裂いていた――!
「何…だと…。」
運転手は焦点の合わない瞳で、シュレッダーにでも掛けられたようになった自分の右腕を呆然と見つめていた。
「何が起きたか分からない、って顔だズンね」
ズンは我流のファイティングポーズを取った。両手をパーの形に開いたあと、指を四本ぴたりと揃えて構える珍妙なものだが、その表情は真剣そのものだ。
「――感染者は助からないらしいズンから、殺らせてもらうズン」
ズンの予感は的中していた。運転手は『S-VIRUS』に感染していたのだ。
いい予感は一割も当たらず、嫌な予感は九割方当たるのがズンの特技であった。
「ズン厨滅べえええええええええええええええええええええ!」
「ッ!」
絶叫と共に再び振り下ろされる、運転手の左腕。右が潰れたなら今度は左か。ズンは身を捻って、紙一重で躱す。眉間に感じる風圧。腕を叩きつけられたアスファルトが砕ける。大振りすぎる一撃に身体が引っ張られたか、運転手がわずかによろける。
(今だズンッ!)
隙を見逃さず、ズンは手甲に覆われた右掌を素疾く前方に突き出した。
その掌が狙うは、運転手の、首――!
(――掴んだッ!)
「処刑、対象ォォォッ!」
ズンは叫び、掴み取った首をぐっと握り締める。それでも運転手は平然とした様子だった。
「――お前はもう、汚染(ずん)でいる」
――しかしズンがそう呟くと、運転手は静かに崩れ落ちた。
よりも刹那だけ早く、ズンは踵を支点にして身体を回転させ、後ろを振り向いていた。
「甘いズン――!」
そして短くバックステップを踏んで距離を調整、運転手の一撃を顎で受けた。
普通の人間にとって、顎は単なるウィークポイントに過ぎない。どんな巨躯を備えたボクサーでさえも、顎にアッパーカットを受ければそれ一発でKOされることがありうる。
しかしあらゆるモノを問答無用で斬り裂く『刃躯』の力を持つズンにとって、顎は最強の矛であり、最強の盾でもあるのだ。
ズンの鋭い顎は、運転手の腕を容易く斬り裂いていた――!
「何…だと…。」
運転手は焦点の合わない瞳で、シュレッダーにでも掛けられたようになった自分の右腕を呆然と見つめていた。
「何が起きたか分からない、って顔だズンね」
ズンは我流のファイティングポーズを取った。両手をパーの形に開いたあと、指を四本ぴたりと揃えて構える珍妙なものだが、その表情は真剣そのものだ。
「――感染者は助からないらしいズンから、殺らせてもらうズン」
ズンの予感は的中していた。運転手は『S-VIRUS』に感染していたのだ。
いい予感は一割も当たらず、嫌な予感は九割方当たるのがズンの特技であった。
「ズン厨滅べえええええええええええええええええええええ!」
「ッ!」
絶叫と共に再び振り下ろされる、運転手の左腕。右が潰れたなら今度は左か。ズンは身を捻って、紙一重で躱す。眉間に感じる風圧。腕を叩きつけられたアスファルトが砕ける。大振りすぎる一撃に身体が引っ張られたか、運転手がわずかによろける。
(今だズンッ!)
隙を見逃さず、ズンは手甲に覆われた右掌を素疾く前方に突き出した。
その掌が狙うは、運転手の、首――!
(――掴んだッ!)
「処刑、対象ォォォッ!」
ズンは叫び、掴み取った首をぐっと握り締める。それでも運転手は平然とした様子だった。
「――お前はもう、汚染(ずん)でいる」
――しかしズンがそう呟くと、運転手は静かに崩れ落ちた。
◇
平安時代頃。
亞閻機関を悩ませたオーパーツに、『殺生石』と呼ばれるものがあった。
『殺生石』は、一見するとただの岩石だ。だが空気を取り込み、その中に存在する物質の分子を魔術的原理で置換し、強毒性の気体に変質させて周囲に放出するという恐るべき性質を持っていた。
それに非常に近しい特性を持つ、いわば親戚のようなオーパーツ――『殺生亜鉛』(空気を取り込み、その中に存在する物質の分子を魔術的原理で置換し、亜鉛に変質させて放出する)を素材にして作られたのがこの装備、『無敵鉄甲』ならぬ『無敵亜鉛甲』である。
先程ズンが披露した『処刑対象』は、『無敵亜鉛甲』を介し、相手の身体に一秒あたり654molにも及ぶ亜鉛を流し込んで毒殺する技だ。『無敵亜鉛甲』には他にも、亜鉛的性質を活用した、攻撃防御を問わぬさまざまな活用法がある。
しかしこの『無敵亜鉛甲』、重大すぎる欠陥がひとつあった。
あらゆるものに対し平等に効果を発揮するというオーパーツの特性上、皮膚に接触させているだけで、使用者の身体にも大量の亜鉛が流れ込み、亜鉛の過剰摂取による中毒死を引き起こしてしまうのだ。
だが――ズンだけは例外だ。ズンは幼い頃亜鉛メッキ工場で強制労働をさせられていたため、亜鉛に対する強力な免疫が付き、いくら亜鉛を摂取しても身体に影響が及ばないという後天的な特殊体質を持つ。
ゆえにこの『無敵亜鉛甲』は、ZNの中でもズンただ一人だけに配給される、特殊な専用武具となった。
余談だが、ズンのような『二毛作(二つの特殊な才覚を持ち合わせること)』は、A.E.NのZNの中でも非常に珍しい。
人望はないが、彼はエリートなのである。人望はないが。
念のためもう一度言う。人望はないが。
亞閻機関を悩ませたオーパーツに、『殺生石』と呼ばれるものがあった。
『殺生石』は、一見するとただの岩石だ。だが空気を取り込み、その中に存在する物質の分子を魔術的原理で置換し、強毒性の気体に変質させて周囲に放出するという恐るべき性質を持っていた。
それに非常に近しい特性を持つ、いわば親戚のようなオーパーツ――『殺生亜鉛』(空気を取り込み、その中に存在する物質の分子を魔術的原理で置換し、亜鉛に変質させて放出する)を素材にして作られたのがこの装備、『無敵鉄甲』ならぬ『無敵亜鉛甲』である。
先程ズンが披露した『処刑対象』は、『無敵亜鉛甲』を介し、相手の身体に一秒あたり654molにも及ぶ亜鉛を流し込んで毒殺する技だ。『無敵亜鉛甲』には他にも、亜鉛的性質を活用した、攻撃防御を問わぬさまざまな活用法がある。
しかしこの『無敵亜鉛甲』、重大すぎる欠陥がひとつあった。
あらゆるものに対し平等に効果を発揮するというオーパーツの特性上、皮膚に接触させているだけで、使用者の身体にも大量の亜鉛が流れ込み、亜鉛の過剰摂取による中毒死を引き起こしてしまうのだ。
だが――ズンだけは例外だ。ズンは幼い頃亜鉛メッキ工場で強制労働をさせられていたため、亜鉛に対する強力な免疫が付き、いくら亜鉛を摂取しても身体に影響が及ばないという後天的な特殊体質を持つ。
ゆえにこの『無敵亜鉛甲』は、ZNの中でもズンただ一人だけに配給される、特殊な専用武具となった。
余談だが、ズンのような『二毛作(二つの特殊な才覚を持ち合わせること)』は、A.E.NのZNの中でも非常に珍しい。
人望はないが、彼はエリートなのである。人望はないが。
念のためもう一度言う。人望はないが。
◇
「――亜鉛究極奥義、『処刑対象』。貴様への手向けの花だズン」
「…病院に行く…。」
「なッ……!」
ズンは喫驚し、そして決めゼリフを言った自分を死ぬほど恥じた。
先程の『処刑対象』で654molもの亜鉛を一気に流し込まれたはずの運転手が、ふらつきながらも立ち上がっていたのだ。
『処刑対象』を受けて立ち上がれる生き物など、地球上には本来存在しない。魑魅魍魎の類でさえも、この技は一瞬にして葬り去ってきたのだ。molを重量に直せば、40kg以上の亜鉛を刹那の間に摂取したことになる。仮に亜鉛を流し込まれる衝撃に耐えられたとしても、すぐに代謝が滅茶苦茶に狂い出し、身体は内部から崩壊していくはずだ。
そして立ち上がったばかりか、運転手は再びじりじりとズンに接近してきたのだ。
「病院に行くんじゃなかったのかズンッ……! 有言実行しろズン……!」
恐るべき生命力と闘争本能。これが『S-VIRUS』か。気圧され、ズンは思わず後ずさりした。
しかしその途端、炎が運転手の頭部を包んでいた。
「う、うああああああああああああああっ!!!」
絶叫を上げて地面に転がり、のたうち回る運転手。驚いたズンが隣を見ると、そこには火炎放射器を携えた軒下が立っていた。
「出力全開だ。汚物は消毒しなければならんな」
「軒下!」
軒下の火炎放射をもう一度頭部に浴びると、運転手は今度こそ動かなくなった。
「助かったズン」
「ふう。全くズンは使えないな」
ぺしり、軒下がズンの頭を叩いた。
「し、仕方ないズン! ヤツには処刑対象が効かなかったんだズン!」
「気合が足りねーんだよ」
ぺしり、火練がズンの頭を叩いた。
「足りてたズン! 叩くんじゃないズン!」
三人が漫才をしていると、がしゃ、という耳障りな音が聞こえた。
トラックの残骸が崩れる音。そこから現れたのは――
「こんおか~。」
「もうひとりの、感染者だと――!?」
軒下が泡を食いながらも出力全開の火炎放射器で狙うが、ふたりめの感染者は飛び退いてその射程圏から逃れた。そしてズンたちがやって来たのとは逆の方角へと、まるで獣のような四つ足で遁走を始めた。肉眼で捉えられる感染者の姿が、みるみる小さくなっていく。
「まずい、逃げるつもりだズン! あいつを逃がしたら、感染拡大は免れないズンッ!」
「どうすんだッ」
「『亜鉛弾』を使う。火練、計算を任せたズン!」
『処刑対象』を使ったときの手の形で、ズンはまるで空気を掴むように構えた。「『亜鉛弾』、形成開始ッ」
「おう! 今はPSPしかねーんだけどな……64MBでも、ふたつ持てばどうにかいけるか」
火練は左手にPSP-2000、右手にはPSP-3000を、両腕を交差させる形で持っていた。
「ああっ、でも3000のほうは新品だから、あんま負担掛けたくねーんだよな。せっかく放課後ライブも買ったし……」
「どうでもいいからさっさとやれズンッ!」
「あー分かった分かった」
火練はすう、と息を吸い込んだ。「――演算(カリキュレイト)、開始(オン)」
火練の瞳とPSPの画面が、蛍光色で仄かに輝き始める。
「角度、28.09度。距離、65.38米(メートル)。発射の195.1ms後に着弾――」
両の掌で触れているあらゆるコンピュータ――無論、ゲーム機も含む――が持つ処理能力を、自らの頭脳の処理能力にそのままプラスする。それこそが火練の特殊能力、『混沌演算(カオス・カリキュレーター)』。彼はこの能力によって、東久留米支部に所属するZNの誰よりも精確な銃射撃を可能としていた。
「今だ!」
「ずぅん――『亜鉛弾』、発射ッ!」
世界一のハード・パンチャーが和太鼓を思い切り殴りつけたような、腹の奥に響く重い音がした。
『無敵亜鉛甲』から放たれた、野球ボールほどの大きさの『亜鉛弾』は、実に時速654kmもの速さで飛翔んでいく。
「ズンッ」
『亜鉛弾』の反動を受けたズンはわずかに吹き飛ばされ、アスファルトに仰向けに倒れる。身ひとつで発射する『亜鉛弾』は、喩えるなら拳銃から砲弾を撃つようなものだ。つまり強すぎる反動ゆえに射撃の精密性は期待できない。しかし火練の演算能力と組み合わせれば、その反動をも計算して補正したのち、発射することが可能である。
そう、これは、威力と命中性とを両立した、最高の一撃――!
だった、はずなのだが。
「……」
「……」
「……」
「……外れたズン」
「お前が撃つのが微妙におせーんだよ! 『ずぅん』とか訳の分からんタメを作るから!」
「仕方ないズン! 発射準備動作なんだズンッ!」
「やめちまえそんなもん!」
「軒下、どうするズン、追うかズン!?」
「――いや、その心配はないだろう。ヤツらもようやく来たようだからな」
「ズン?」
軒下が指さした方をズンが見ると、背の高い女性ZNの一隊を先頭にした、数台のA.E.Nの車が接近してきていた。ポケットの通信機を取り、軒下が指示を出す。
「『S-VIRUS』感染者がひとり、向こうに逃げた。フルスピードで追ってくれ。俺たちはここの滅菌を続ける」
「了解!」
ズンたちが路肩に避けると、車群はスピードを吊り上げる。ズンの働きと感染者の暴走のお陰か、幸運にも片方の車線には小型車が一台通れるくらいの隙間が出来ていた。
「…病院に行く…。」
「なッ……!」
ズンは喫驚し、そして決めゼリフを言った自分を死ぬほど恥じた。
先程の『処刑対象』で654molもの亜鉛を一気に流し込まれたはずの運転手が、ふらつきながらも立ち上がっていたのだ。
『処刑対象』を受けて立ち上がれる生き物など、地球上には本来存在しない。魑魅魍魎の類でさえも、この技は一瞬にして葬り去ってきたのだ。molを重量に直せば、40kg以上の亜鉛を刹那の間に摂取したことになる。仮に亜鉛を流し込まれる衝撃に耐えられたとしても、すぐに代謝が滅茶苦茶に狂い出し、身体は内部から崩壊していくはずだ。
そして立ち上がったばかりか、運転手は再びじりじりとズンに接近してきたのだ。
「病院に行くんじゃなかったのかズンッ……! 有言実行しろズン……!」
恐るべき生命力と闘争本能。これが『S-VIRUS』か。気圧され、ズンは思わず後ずさりした。
しかしその途端、炎が運転手の頭部を包んでいた。
「う、うああああああああああああああっ!!!」
絶叫を上げて地面に転がり、のたうち回る運転手。驚いたズンが隣を見ると、そこには火炎放射器を携えた軒下が立っていた。
「出力全開だ。汚物は消毒しなければならんな」
「軒下!」
軒下の火炎放射をもう一度頭部に浴びると、運転手は今度こそ動かなくなった。
「助かったズン」
「ふう。全くズンは使えないな」
ぺしり、軒下がズンの頭を叩いた。
「し、仕方ないズン! ヤツには処刑対象が効かなかったんだズン!」
「気合が足りねーんだよ」
ぺしり、火練がズンの頭を叩いた。
「足りてたズン! 叩くんじゃないズン!」
三人が漫才をしていると、がしゃ、という耳障りな音が聞こえた。
トラックの残骸が崩れる音。そこから現れたのは――
「こんおか~。」
「もうひとりの、感染者だと――!?」
軒下が泡を食いながらも出力全開の火炎放射器で狙うが、ふたりめの感染者は飛び退いてその射程圏から逃れた。そしてズンたちがやって来たのとは逆の方角へと、まるで獣のような四つ足で遁走を始めた。肉眼で捉えられる感染者の姿が、みるみる小さくなっていく。
「まずい、逃げるつもりだズン! あいつを逃がしたら、感染拡大は免れないズンッ!」
「どうすんだッ」
「『亜鉛弾』を使う。火練、計算を任せたズン!」
『処刑対象』を使ったときの手の形で、ズンはまるで空気を掴むように構えた。「『亜鉛弾』、形成開始ッ」
「おう! 今はPSPしかねーんだけどな……64MBでも、ふたつ持てばどうにかいけるか」
火練は左手にPSP-2000、右手にはPSP-3000を、両腕を交差させる形で持っていた。
「ああっ、でも3000のほうは新品だから、あんま負担掛けたくねーんだよな。せっかく放課後ライブも買ったし……」
「どうでもいいからさっさとやれズンッ!」
「あー分かった分かった」
火練はすう、と息を吸い込んだ。「――演算(カリキュレイト)、開始(オン)」
火練の瞳とPSPの画面が、蛍光色で仄かに輝き始める。
「角度、28.09度。距離、65.38米(メートル)。発射の195.1ms後に着弾――」
両の掌で触れているあらゆるコンピュータ――無論、ゲーム機も含む――が持つ処理能力を、自らの頭脳の処理能力にそのままプラスする。それこそが火練の特殊能力、『混沌演算(カオス・カリキュレーター)』。彼はこの能力によって、東久留米支部に所属するZNの誰よりも精確な銃射撃を可能としていた。
「今だ!」
「ずぅん――『亜鉛弾』、発射ッ!」
世界一のハード・パンチャーが和太鼓を思い切り殴りつけたような、腹の奥に響く重い音がした。
『無敵亜鉛甲』から放たれた、野球ボールほどの大きさの『亜鉛弾』は、実に時速654kmもの速さで飛翔んでいく。
「ズンッ」
『亜鉛弾』の反動を受けたズンはわずかに吹き飛ばされ、アスファルトに仰向けに倒れる。身ひとつで発射する『亜鉛弾』は、喩えるなら拳銃から砲弾を撃つようなものだ。つまり強すぎる反動ゆえに射撃の精密性は期待できない。しかし火練の演算能力と組み合わせれば、その反動をも計算して補正したのち、発射することが可能である。
そう、これは、威力と命中性とを両立した、最高の一撃――!
だった、はずなのだが。
「……」
「……」
「……」
「……外れたズン」
「お前が撃つのが微妙におせーんだよ! 『ずぅん』とか訳の分からんタメを作るから!」
「仕方ないズン! 発射準備動作なんだズンッ!」
「やめちまえそんなもん!」
「軒下、どうするズン、追うかズン!?」
「――いや、その心配はないだろう。ヤツらもようやく来たようだからな」
「ズン?」
軒下が指さした方をズンが見ると、背の高い女性ZNの一隊を先頭にした、数台のA.E.Nの車が接近してきていた。ポケットの通信機を取り、軒下が指示を出す。
「『S-VIRUS』感染者がひとり、向こうに逃げた。フルスピードで追ってくれ。俺たちはここの滅菌を続ける」
「了解!」
ズンたちが路肩に避けると、車群はスピードを吊り上げる。ズンの働きと感染者の暴走のお陰か、幸運にも片方の車線には小型車が一台通れるくらいの隙間が出来ていた。
◇
ZNたちの車を見送ってから、軒下が思いついたように「火練、ズン、これを見ろ」と言った。
そして、軒下はおもむろに運転手の転がっていた死体の上着を捲る。するとそこには、掌ほどもある巨大なガラス片が突き刺さっていた。
「何してるんだズン!」
「グロいもの見せるんじゃねーよ!」
ズンと火練は思わず目を背けた。
「まあ落ち着け。おそらくこれは、テロリストにトラックが爆破されたとき割れたフロントガラスだ。見た限り腎臓まで達している。こんな傷を負って、人間は生きていられるはずがない」
「……どういうことだズン?」
「つまり――こいつは一度死んだってことか? カオスだな」火練は眉を顰めた。
「そうだ。こいつは一度、生命活動を停止させている」
軒下は額に指を当てると、続けた。「そしてモルモットは、空腹で感染したんじゃない。感染するころには、既に餓死していたんだ」
「まさか、それじゃあ、『S-VIRUS』ってのは――」
「餓死してるのに感染? 意味がわからんズン」
ズンは訳が分かっていない様子だったが、なにかに思い当たったのか火練は目を見開いた。
「ああ。死体に感染――いや、寄生し、操るウイルス。それが、『S-VIRUS』の正体だ」
軒下が、重々しく言った。
「ずん……だと……」
A.E.Nと『S-VIRUS』。
永い戦いは、思えばこのときから始まっていたのだ。
そして、軒下はおもむろに運転手の転がっていた死体の上着を捲る。するとそこには、掌ほどもある巨大なガラス片が突き刺さっていた。
「何してるんだズン!」
「グロいもの見せるんじゃねーよ!」
ズンと火練は思わず目を背けた。
「まあ落ち着け。おそらくこれは、テロリストにトラックが爆破されたとき割れたフロントガラスだ。見た限り腎臓まで達している。こんな傷を負って、人間は生きていられるはずがない」
「……どういうことだズン?」
「つまり――こいつは一度死んだってことか? カオスだな」火練は眉を顰めた。
「そうだ。こいつは一度、生命活動を停止させている」
軒下は額に指を当てると、続けた。「そしてモルモットは、空腹で感染したんじゃない。感染するころには、既に餓死していたんだ」
「まさか、それじゃあ、『S-VIRUS』ってのは――」
「餓死してるのに感染? 意味がわからんズン」
ズンは訳が分かっていない様子だったが、なにかに思い当たったのか火練は目を見開いた。
「ああ。死体に感染――いや、寄生し、操るウイルス。それが、『S-VIRUS』の正体だ」
軒下が、重々しく言った。
「ずん……だと……」
A.E.Nと『S-VIRUS』。
永い戦いは、思えばこのときから始まっていたのだ。
あとがき
おもいつかなかったので長岡雅氏からキャラ名をパクりました ごめんなさい
ついでに二毛作のあたりも微妙にパクりました ごめんなさい
珍しく筆が早かったですが、ノー嗜好、ノー思考、ノー推敲で書いたからです
おもいつかなかったので長岡雅氏からキャラ名をパクりました ごめんなさい
ついでに二毛作のあたりも微妙にパクりました ごめんなさい
珍しく筆が早かったですが、ノー嗜好、ノー思考、ノー推敲で書いたからです
第二話は俺が死ぬまでにはアップします