最初に見て思ったのは、『どこかで見たことある気がする』だった。
☆
美樹さやかと隊長。
歩く二人の視界に留まったのは、一人の少女だった。
二人が少女に抱いた印象は漆黒。
いまがまだ陽の昇りきらない時間帯であることを除いても、頭髪は勿論全身を包む衣装や不健康そうな目の隈が嫌でも黒色を印象付けてしまう。
加えて無表情にジッと見つめてくるものだから、不気味を通り越して幽鬼の類にすら受け取れてしまう。
さやかは咄嗟に剣を構え、背負う隊長を庇うかのように戦闘態勢をとる。
対して黒衣の少女は虚ろな目で二人を見つめるだけ。警戒心も戦闘態勢も見受けられない。
まるで観察されているような感覚をさやかは覚えた。
互いの視線がぶつかり合うこと数分。
殺し合うでもなく、歩み寄るでもなく。ただただ沈黙の時間だけが過ぎていく。
「何者じゃ、お前さん」
やがて痺れを切らした隊長が口火を切った。
しかしすぐに返答する訳ではなく。
数秒の沈黙の後に、少女はポツリと呟いた。
「...ハードゴア・アリス」
呟かれた名前を受け、隊長はさやかのデイバックから名簿を取り出し確認する。
「うむ。確かに名簿に乗っ取る名前じゃな。お前さんもワシらと同じ巻き込まれた参加者のようじゃな」
「......」
「お前さん、ワシらになにか用があるのか?」
「......」
返答はない。相も変わらず観察するような淀んだ目で二人を見つめるだけだ。
彼女は何を思っているのか。
さやかには全く読み取れず、得体のしれない気味悪ささえ感じていた。
「さやか。ひとまず剣を収めろ」
隊長はアリスに聞こえないよう、さやかにひそひそと耳打ちをする。
「大丈夫なの?」
「お前を警戒して何も答えないのかもしれん。仮にあいつがワシらを殺そうとするつもりでもワシらならそこまで危険じゃないだろう」
さやかは少々考え込み、考えの読めない相手に戦闘態勢を解くことに気を置けないものの、隊長の意見に一理あると判断。
剣を仕舞い、戦闘態勢を解き改めてアリスと向き合う。
「見ての通り、ワシらは殺し合いには賛同しておらん。脱出に協力するつもりがあれば協力してもらいたいのじゃが」
「......」
やはり返答はない。
「...あんたさ、言いたいことがあるならさっさと言いなよ」
真意を語らない相手にどうしたものかと悩む隊長とは対照的に、さやかは苛立っていた。
害を為すつもりはないのに、何も答えようとしないアリス相手では、元来より気の短いさやかでは仕方のないことかもしれない。
だが、それ以上に彼女の目が気にかかっているのだ。
どんよりと薄黒く濁った、どこかで見た目。
いったいどこで見たのだろうか。
「...スノーホワイト」
そんなさやかの機嫌などお構いなしとでもいうかのように、アリスはポツリと呟く。
隊長はようやく話が先に進みそうだと一息をつき、さやかはそのタイミングも相まり更に苛立ちを募らせた。
「白い魔法少女を見ましたか」
ボソボソと紡がれる言葉の中の、魔法少女の単語にさやかの眉根がピクリと反応する。
魔法少女。それは、奇跡と引き換えに魂を売り渡した契約者だ。
彼女が言うスノーホワイトが魔法少女であるならば、彼女もまたあの白い獣に騙された者なのだろうか。
(...まあ、あいつが見滝原だけで活動してる訳じゃないから他にいても当然か)
「ワシは知らんよ。さやか、お前はどうじゃ」
「あたしも見てない」
その答えだけを聞くと、アリスはすぐさま踵を返し二人に背を向ける。
「ちょっと待ちなよ」
そんなアリスをさやかはたまらず呼びとめる。
「あんたさ、他に聞きたいこととかないの?どこかで襲われたのかとか、危ない奴はいないのかとか」
さやかと隊長の恰好はお世辞にも清潔とは言い難い。
怪我はそれなりに回復しているものの、全身は埃まみれで身体の所々に血痕も付いている。
何者かとの戦闘があったのは明白だ。ならば如何な思惑があるにせよ、情報を収集しておくのが吉なのは馬鹿でもわかることだ。
「......」
アリスは相も変わらず淀んだ目で二人を見ている。
その目を見る度にさやかは思う。
やはり、この子の目は気に入らない。
どこで、誰がこんな目をしていたのだろうか。
ダンッ。
突如、さやかとアリスの間に割って入る巨大な黒影。
影がその巨腕を振るえば、ベキリ、と音を立ててアリスの細やかな肢体が吹き飛ばされ木に叩き付けられる。
呆気にとられるさやか。彼女にもまた、影は腕を振るい吹きとばす。
気を持ち直した瞬間、頬に走る激痛に耐えどうにか体勢を立て直し影の正体を見据える。
「ヤッホー、さっきぶりだねおじょーさん達」
その正体は、先刻刃を交わした忌まわしき狂人、ワイアルドだった。
「あんた...!」
「ヒイイイイィィィィ!!」
さやかの歯ぎしりと隊長の悲鳴が重なった。
「もう一人いなかったっけ?まあいいや。なあ、いまちょっとむしゃくしゃしてるから、もう一度遊びに付き合ってもらうよん」
さやかは吹き飛ばされたアリスへとチラリと目を向ける。
首はへし折れ90度傾いており、叩き付けられた衝撃か出血もしている。
一目で即死であるとわかる。息をつく間もなく、アリスは殺されたのだ。
さやかは剣を構え、ワイアルドを睨みつける。
アリスとは先程であったばかりで縁の深い間柄ではないし、どちらかといえば気に入らない眼をしていた。
だが、目の前でああも無残に殺されれば当然胸を悪くするのだ。
やはり暴虐のままに振る舞うこの男は許せない。
そんな想いを込め、さやかは己の脚に力を込めた。
交叉し打ち合わさる剣とバット。
つい先刻も繰り返された一連のやり取りだ。
だが、違いは二つある。
「おっ」
第一に、さやかに先刻ほどの力の余裕はない。
限られた力を調整し、まどかを探しだし相場を殺さなければならない状況にある。
そのお蔭で、感情任せに立ち向かっていた先の戦いとは違い、冷静にワイアルドの動きを見ることが出来ていた。
第二の違いはさやかの背負う隊長の存在だ。
「よっ!はっ!」
隊長は右方より迫るバットにデイバックを挟み込むことで衝撃を緩和。
通常の人間ならばそれでも吹き飛ばされてしまうのだが、彼は曲がりなりにも吸血鬼である。
その腕力だけならば十分に人外の範疇であるため、その場に留まることも可能であった。
「てやあっ!」
気合一徹。
さやかの突き出した剣がワイアルドの皮膚を裂きフードに切れ込みが入る。
掠り傷とはいえ入った一撃は、先刻の戦闘よりも力量の差が縮まったことを確かに示していた。
だが。それでも実力の差を埋めきるには程遠い。
ワイアルドの左手が伸び、さやかの胸元に掌底が放たれる。
咄嗟に後退し衝撃を緩和するものの、一瞬空気を詰まらせ眩暈を引き起こす程の威力は防ぎようがない。
体勢を立て直し、再び睨み合うさやかとワイアルド。
「なるほどなるほど。雑魚でも組めばちょっとはマシになるか」
ワイアルドは頬に付けられた掠り傷を親指で拭い、ニタリと笑みを浮かべる。
まただ。確かに先程よりは善戦できていはいるが、まだ彼にとってはお遊びの範疇でしかない。
二人がかりでもなお届かない。
「い、イチチ...どうするんじゃ。こんな様じゃ長くはもたんぞ」
隊長は赤くなった掌にフーフーと息をかける。デイバックを盾にしていたお蔭で多少は抵抗できるものの、やはりパワーはワイアルドの方が上である。
「わかってる。けど...」
さやかの額を冷や汗が伝う。
やはりこの男は強い。暴虐が服を着て歩いているようなものだ。
パワーも技量も体格も、この男に勝ることはない。
百歩譲ってスピードだけなら勝るかもしれないが、それでも些細なものだ。
剣が届く前に反応されてしまえば意味を為さない。
(あたしに残された手はあと一つ...)
さやかにはまだ披露していないモノがある。
連結剣と刀身の射出。
前者は剣を変化させ多節棍のように扱うのだが、ワイアルドに届くには技量が伴っていない。
後者は、剣のトリガーを引くことで刀身を発射する技だが、それ自体は効果が薄い。刺さったところであの男が降参する筈もないし一度見られてしまえばそれで終わりだ。
狙う箇所は一点。ワイアルドの首輪だ。
主催の男は首輪は爆発することを示した。ならば、あの首輪が爆発すれば流石のワイアルドでも死ぬだろう。
問題は、首輪に当てられるかどうかと衝撃で爆発するかだ。
いくら不意打ちに適しているとはいえ、タイミングを誤り少しでも不信感を抱かれれば身を捻るなりして首輪を避けられるだろう。
仮に当たってももし爆発しなければそれまでだ。今度こそ万策尽きてしまう。
(チャンスは一度...けどどうやってその勝機を作る...?)
如何に微かな勝機でもそこに至ることすらできなければ話にもならない。
果たして、自分にあの男の攻撃を掻い潜り隙を突くことなどできるのだろうか。
さやかが決心するのを待たずして、ワイアルドはバットを握りしめ肉迫する。
再び打ち合わされる二つの金属が音を奏でる。
迫るバットを必死に受け止めながら、さやかは勝機を伺う。
だが、光明は見えない。このままでは蹂躙されるだけだ。
ザリッ
ワイアルドの耳に地を踏みしめる音が届く。
さやかを吹き飛ばしつつ、ほぼ反射的に振り返る。
そこに立っていた者―――首が90度に曲がり、血にまみれつつも、立ち上がっているハードゴア・アリスの姿に、ワイアルドもさやかも隊長も、皆一様に言葉を失っていた。
「嘘...あれで生きてるなんて」
隊長は思わずそう漏らしてしまう。
牙が無かったことから、アリスはどう見ても人間だ。
吸血鬼ならいざ知らず、あんな状態で人間が立ち上がれるはずがない。
(...そういえばさっき)
さやかはアリスとの会話を振り返る。
アリスはスノーホワイトという白い魔法少女の情報を求めていた。
彼女との間柄がどういうものなのかはわからないが、彼女が魔法少女であるならばその知り合いであるアリスもまた魔法少女なのかもしれない。
であれば、あの状態で生き残ったのも頷ける。なぜすぐに怪我を治さないかは甚だ疑問ではあるが。
「ちょびっと驚いた。タフだねえ、おじょーさん」
「......」
ワイアルドはこれまで通りの軽い調子で語りかけ、アリスはやはり無言でワイアルドを見つめている。
相対する者に否が応にも不気味さを感じさせるアリスの挙動も、ワイアルドを恐れさせるには程遠い。
生命力が強ければそれだけ嬲り甲斐があるというものだ。
ワイアルドは駆けだしアリスへ向けて右爪を突き立てる。
人間形態であるため、猛獣ほど鋭くは無いが、ワイアルドの腕力を持ってすれば人体を貫くことは可能。
ドズリ、と鈍い音を立ててアリスの腹部から背中にかけてワイアルドの掌が突き抜けた。
ボタボタと血が滴り、その血と内臓の熱を腕で感じれば、ワイアルドの醜悪な笑みは一層深まる。
そのままなんとなしにアリスを貫いたままの腕を後方に振れば、凶行を止めようと突撃していたさやかの頭部にアリスが激突し、さやかを転倒させる。
すかさず追撃の拳を叩き込もうとするワイアルドだが、思わぬ右腕の痛みに動きを止めてしまう。
見れば、アリスは腹部を貫かれて尚ワイアルドの腕を掴み握りつぶそうとしていた。
戦闘に特化した使徒の腕を握りつぶすのは容易なことではない。それこそ同じ使徒でもなければ不可能なほどだ。
だが、現実にそれは起きている。握りつぶされないにしても、ワイアルドの腕は痛みというシグナルを送っているのだ。
ワイアルドは舌打ちをしつつ、立ち上がり体勢を立て直したさやかを蹴り飛ばし、アリスの刺さった腕を振りかぶる。
ドンッ。
轟音。
凄まじいパワーで叩き付けられたアリスの身体から血塊が飛び散り土煙を巻き上げる。
如何に生命力が高いといえど、これではただではすまない。
「あ、アダダダダ!!」
だが、悲鳴をあげたのはアリスではなくワイアルド。
腹部を貫通され、身体のところどころの肉が抉れ骨を覗かせてもなお揺らがぬ力でワイアルドの腕を握りつぶそうとしているのだ。
その表情はやはり変わらない。苦悶も悲哀も歓喜も愉悦もなにもない。
己の身体にあるものを見せられても、これから男の腕を引きちぎろうと、そんなものはまるで眼中にないようにすら見える。
「こん、のぉ!!」
先程までの余裕は最早見当たらず、ワイアルドは感情任せに腕ごとアリスを地面に叩き付ける。
再び血が飛び散ろうとも、やはりアリスの力は緩まず、ワイアルドの腕には苦痛が伴い続ける。
ワイアルドは、とにかくアリスを引きはがさんと地面に押し付け削り下ろすように低空で走りだす。
いくら力が緩まらずとも、腕自体が折れてしまえば拘束は不可能だ。
アリスの右腕が千切れ、ワイアルドの拘束も解けてしまい、ごろごろと地面を転がる。
衣服はところどころが破れ、小さな桃色の突起や柔らかな肌もほんのり見えている。
ワイアルドは幼く貧しいながらも整った肢体を舐めまわすように見やりヒュゥと軽く口笛すら吹いてみせた。
だが、アリスの表情は変わらない。
片腕が千切れようとも、辱めを受けようとも変わることは無い。
さやかはワイアルドの隙を突くのも忘れ、その光景を遠巻きに見ていることしかできなかった。
さやか自身、魔女に全身を貫かれながらも魔法で痛覚を遮断しながら戦い続けたことはある。
だが、その時の自分は嗤っていた。愚かな自分を、腐った現実を嗤わなければやっていられなかった。
アリスは違う。
いくら自分が傷つこうが澄ました顔で、冷静にワイアルドを斃そうとしている。
なぜそんなことができるのか。なぜそんな他人事のような顔で己の惨状を受け入れられるのか。
自分のことですら、他人事。
(...ああ、そっか。そういうことか)
彼女に感じていた苛立ちは、その正体がわかるにつれ納得に代わり、次第に呆れへと変貌していく。
(あの子の目、どっかで見たことあると思ったら)
さやかが既視感の正体に辿りつくのと同じくして、ワイアルドがアリスにトドメを刺さんと駆けだす。
いくら魔法少女とはいえ、流石にあれほど傷ついた状態は危険だ。助けなければならない。
さやかもまた二人のもとへと駆けだす。
「むわちなさあああああああいい!!」
戦闘を中断するかの如く鳴り響く怒声。
それはワイアルドでもさやかでも隊長でも、勿論アリスでもない。
さやかに被さる巨大な影。
それは、さやかもワイアルドも飛び越しアリスを背にワイアルドへと相対する。
その突然すぎる登場に、さやかも隊長も、アリスですらも呆気にとられてしまう。
「あなたからは邪な気配を感じます...幼気な少女に代わり、この私が相手をしましょう!」
新たに現れた異形の宣教師、モズグスは喉が張り裂けんほどの怒声で宣戦した。
☆
ぬらりひょんとの邂逅早々に吹き飛ばされたモズグスは、昂る気持ちを落ち着けるため周辺を探索していた。
あの主催の男はおそらく邪教徒だ。邪教徒は滅ぼさなければならない。
彼の頭はそれでいっぱいだった。
バサリ。
翼を広げ空を飛ぶ。
彼は日々の頂礼により歩くのがやっとなほどの傷を脚に負っている。
使徒擬(しともどき)化しているため、痛みはかなり軽減されているため走ることもできるのだろうが、そこは日々の癖と言うものだろう。
探索し続けること数時間、モズグスはようやく他の参加者を見つけることに至る。
野蛮な風貌の大男と傷ついた黒衣の少女が対峙し、少し離れて傷ついた少女と背負われた老人が見守っているという状況だった。
一見では彼らが邪教徒かどうかはわからない。だが、今現在一番怪しいのはあの大男だ。
この信仰者の証たる教典には、如何に邪教徒と相手といえど強姦を赦す内容は記されていない。
拷問に際しても、苦痛を与え、心に理解させ改宗させることはあれど、快楽を与える交わりは取り入れてはいない。
なにより、あの男には邪な気配を感じる。
修道院にて対峙した、あの魔女が召喚したあの怪異共によく似た気配を。
仮に子供たちが邪教徒であろうとも、精神が未熟であれば大人よりは改宗も容易いだろう。
ならば、まずはあの男を止めるべきだ。
そう判断したモズグスは、少女たちの戦いに乱入。大男、ワイアルドと対峙した。
「お嬢さん方。ここは危険ですので離れていてください」
「え、えっと...」
突然の異形の襲来に、さやかはただ驚くことしかできなかった。
助けてくれるのだろうか。しかし何故。ただの善意とでもいうのだろうか。
「なんで助けてくれるんですか?」
「私は信仰者であり僧侶です。邪教徒の蛮行を見逃すわけにはいかない...なに、これも巡り合せのひとつです。感謝の言葉は必要ありません」
「けど、あいつは強いよ。あたしも手伝った方が」
「御心配なく。私には神より授かりしこの身体があります。...さ、いまは彼女を連れて退きなさい」
優しい微笑みを携えるモズグスの言葉に、さやかの心は洗われるような心地よさに包まれる。
その言葉は取り繕ったものではなく、本心よりのものであることが疑いなく感じ取れる。
信仰の知識はサッパリだが、やはりそういった者達はこうも心安らぐ言葉を語りかけてくれるものなのだろうか。
一方のワイアルドは、頬を掻きながらモズグスを観察している。
現れた男は間違いなく自分のお仲間、使徒のなりかけだ。
だというのにこいつは他者を護り自分と敵対しようとしている。まあ、そういう使徒も珍しくはあるがいないことはない。
使徒に共通するルールは好きにやることだ。
例えお仲間でもそれを邪魔する謂れはないし、邪魔されれば殺しても構わない。
ワイアルドはバットを握りしめ一同へと突撃。
さやかは剣を構えなおし迎え撃つ体勢をとるが、しかしモズグスがずいと前へ進み出て妨害。
振り下ろされるバットをその頭部で受け止めた。
ガキイイン、と金属を打ち鳴らすような音が響く。
「そのような玩具で神より授かりしこの身体を壊そうなどと笑止千万!!いまは不在の我が弟子たちに代わり、わたしがあなたを処罰いたしましょう!!」
さきほどまでの温和さが一転。モズグスは表情を激昂に歪め高々に叫ぶ。
同時に、さやかの彼への評価も一転。多くを語らずとも彼の表情が、変化していく身体が伝えている。この人はヤバイ人だと。
「さあ、お行きなさい!私が処刑している間に早く!」
「さやか。あいつが味方でいてくれるうちに逃げるぞ」
隊長もモズグスの異様さに勘付いたのか、さやかにヒソヒソと耳打ちをし逃走を促す。
この殺し合いが始まった直後ならそれでもモズグスに手を貸したかもしれないが、いまは冷静でいられるしやるべきこともある。
彼がいつこちらに牙を向けるかわからない現状、ここは退くべきだという正常な判断を誤ることはしなかった。
「ホラ、あんたも行くよ!」
モズグスとワイアルドの二人を眺めていたアリスを無理矢理引っ張り、さやか達は戦場をあとにする。
「オメェ、俺たちのお仲間だろ?なんだって邪魔しやがるんだ」
「仲間?私は法王庁にて神に仕える僧侶!あなたのような罪人と仲間などとは片腹痛い!」
「...なーんか勘違いしてんなオメェ。まあいいや。こちとらあの牛馬鹿のせいで気が立ってるんだ。男相手にゃお遊びもいらねえ」
ワイアルドは先程までの余裕を消し、殺気をこめた目で睨みつける。
「いいでしょう!私は何者の挑戦も承ります!かかってきなさぁい!!」
モズグスの口内が赤い輝きを放つ。
放たれるは浄化の炎。
「ゴオオオォォッドブレエエエェェェス!!!」
【H-5/草原/一日目/早朝】
※モズグスの炎が放たれ周囲に火が撒かれています。
【モズグス@ベルセルク】
[状態]:後頭部にたんこぶ、全身にダメージ(小)
[装備]:自前の教典
[道具]:
[思考・行動]
基本方針:信仰に従い邪教徒共を滅ぼす。
0:邪教徒以外の参加者を探し共に試練を乗り越え殺し合いを破壊する。
1:目の前の男を斃す。
【ワイアルド@ベルセルク】
[状態]:全身にダメージ(大)、疲労(大)、ボコボコ
[装備]:
[道具]:金属バット@現実、基本支給品、不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針: エンジョイ&エキサイティング!
0:この邪魔してくるハンペン顔を殺す。
1:鷹の団の男(ガッツ)を見つけたら殺し合う。
2:ゾッドはどうにか殺したい。
3:さっきのガキ共を見つけたら遊び殺す。
※参戦時期は本性を表す前にガッツと斬り合っている最中です。
※自分が既に死んでいる存在である仮説を受け入れました。
「ギャアアアア!!熱い!熱いィィィ!!」
「ちょ、暴れないで隊長!」
モズグスより離れた直後に放たれた炎は、瞬く間に草木を焼き、隊長の頭部にも燃え移り現在に至る。
すぐにでも沈下してやりたいと思うさやかだが、背中の隊長がもがもがと暴れるために鞄を下ろせずてんやわんやな状況に陥っていた。
「あんた水とか持ってない!?」
「......」
アリスは答えない。代わりに残された左手を隊長の頭に乗せ炎をその皮膚で受け止める。
「ギャアアアア――...ハァ、ハァ」
やがて、アリスの肉を焼く臭いと共に火は沈下し隊長とさやかはふぅと一息をつく。
「あー助かった...火はもう勘弁してほしいわい」
ただでさえ少なかった毛の数の減ってしまった頭を涙ながらにさする隊長を余所に、さやかはアリスの腕を握る。
「ほら、見せてみなよ。少しの怪我なら治せるからさ」
「......」
アリスは特に抵抗することなく掌を見せる。が、しかしその掌には既に火傷のあとはなく、もとの端整なものに戻っていた。
それだけではない。
モズグス達から離れる際に回収していた右腕が蠢き切断面へと神経や骨同士が付着していくではないか。
流石のさやかもこの異常な再生能力に驚き、慌ててソウルジェムの濁りを確認しようとする。だが、アリスの身体をいくら探しても見当たらなかった。
「あんた、魔法少女だよね」
「......」
「ソウルジェムはどうしたの?」
「...?」
「キュゥべえと契約した時にできるアレだよ」
「キュゥ...べえ...?」
首を傾げるアリスに、さやかは思わず目を丸くする。
アリスは先程スノーホワイトを魔法少女だと言った。となれば、スノーホワイトの近くにはキュゥべえがいる筈であり、その存在を知らない筈がない。
それ以前になによりも、アリスが魔法少女になるにはやはりキュゥべえの契約が必要なのだ。だから、魔法少女に関する者でキュゥべえを知らない者はいないと断言できる。
だというのにこの食い違いはなんだというのか。
「お前の知ってる魔法少女とは違うんじゃないか?」
「え?」
「ホレ、一言で邪鬼と言っても種類は豊富にあると言ったろう。それと同じじゃよ」
「あー...」
魚と一言で言っても種類は豊富にある。言われてみればそんな単純なことだが、既に魔法少女という存在であるためか、同じ呼称で違う性質の者がいることに気が付けなかった。
そうなると、アリスらの魔法少女はどういうものかは非常に気になる。だが、それを尋ねようとする前にアリスは既にさやか達へ背を向けていた。
(ああ、やっぱりこの子は)
さやかはガシガシと己の髪を掻きながら溜め息をつく。
「ねえ、あんたの魔法、再生能力は凄いみたいだけどさ、あんな目に遭って痛くもかゆくも無い訳じゃないんじゃない?」
「......」
依然答えようとしないアリスに、まあそうだろうと半ば予想しつつ、さやかは言葉を紡ぐ。
「そうやって自分を蔑ろにして、誰かの為だけに戦うのはさ、傍から見てると結構嫌なものなんだよ。そうやって助けられても、助けた本人が死んじゃったら助けられた方はあんまりいい気はしないと思う」
言いながら、どの口が言うのやらと自嘲した笑みを浮かべる。
アリスを見た時に感じた既視感の正体。それは、自己犠牲の美意識にどこか酔いしれる部分のあった自分であり。
「もう少し周りに目をやった方がいいんじゃない?あんたがその調子だとスノーホワイトって子まで白い目で視られちゃうかもしれないよ」
なにより、目的しか目に見えておらず、他の全てを諦めた目をしていた転校生、暁美ほむらに酷似していた。
「まあ、素直に聞くとは思えないけどさ。失敗した先輩の経験談として頭の片隅にでも置いておいてもらえると嬉しいかな」
そんなアリスを見ているとなんとなく見えてくる。
魔女との戦いで傷つきながらも戦い続けた自分を見ていた時のまどかの気持ちが。
かつての自分と重ね合わせて世話を焼こうとした杏子の気持ちが。
あの時の自分の愚かさが。そういう壊れていく奴を放っておけなかったまどか達の気持ちが。
「......」
さやかの言葉を聞き何かを思ったのか。
アリスは背を向けたままであるものの、ずっとその足だけは止めていた。
やがて、微かに振り返り視線だけをさやかに向けて口を開いた。
「スノーホワイトと会えたら、力になってください」
それは純粋な願いだった。こんな状況だからこそ、彼女が心配であるという嘘偽りない本心だった。
「わかった。それじゃ、あたしからも頼みごと。鹿目まどかって子と巴マミって人を見つけたら、美樹さやかが探してたって伝えてほしいな。
それから、佐倉杏子と暁美ほむらっていう魔法少女もいるけど...まあ、一度会えたらよく見てみるといいよ」
「宮本明と雅様、特に明には隊長が探していたと伝えてくれんかの」
さやかと隊長の言伝を預かり、数秒の沈黙の後、アリスは思い出したかのように付け加える。
「朧と陽炎という人を見つけたら、弦之介という人が探していたと伝えてください」
たぶんあたしが呼び止めなかったら忘れてただろうな、とさやかはなんとなく思いつつ了解の意を示した。
簡易的な情報交換。しかし、彼女達、特にアリスの立場から考えればその簡易的なものですらようやく設けられたものだといえるだろう。
やがて、アリスは踵を返しスノーホワイトを探す岐路へと戻る。
さやかは遠ざかっていくアリスの背を見つめながら、意外に素直に聞き入れる面もあるんだなと思い、同時にせめてあれくらい聞き分けがよければ自分にももっとマシな道があったのだろうと一抹の寂しさを覚えた。
【H-5/一日目/早朝】
【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(大)、精神的疲労(絶大)、仁美を喪った悲しみ(絶大)、相場晄への殺意、モズグスへの警戒心(中)
[装備]:ソウルジェム(9割浄化)、ボウガンの矢
[道具]:使用済みのグリーフシード×1@魔法少女まどか☆マギカ(仁美の支給品)、不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:危険人物を排除する。
1:まどかとマミとの合流。杏子、ほむらへの対処は会ってから考える。
2:仁美を殺した少年(相場晄)は見つけたら必ず殺す。
3:マミには何故生きているのか聞きたい。
4:あのおじさん(モズグス)は悪い人じゃないとは思うんだけどな...どうしようかな。
※参戦時期は本編8話でホスト達の会話を聞いた後。
※スノーホワイトが自分とは別の種の魔法少女であることを聞きました。
※朧・陽炎の名前を聞きました。
【隊長@彼岸島】
[状態]:疲労(大)、出血(小)、全身にダメージ(大)、全身打撲(大)、頭部に火傷
[装備]:
[道具]:基本支給品、仁美の基本支給品、黒塗りの高級車(大破、運転使用不可)@真夏の夜の淫夢
[思考・行動]
基本方針:明か雅様を探す。
0:とりあえずさやかと行動する。
1:明か雅様と合流したい。
2:さやかは悪い奴ではなさそうなので放っておけない。
※参戦時期は最後の47日間14巻付近です。
※朧・陽炎の名前を聞きました。
アリスは、これからの行動方針を考えていた。
それは即ち、先程の男たちをどうするか、である。
さやかと隊長は、その言動から警戒対象ではないと判断したためスノーホワイトに協力するよう頼むことができた。
だが、ワイアルドとモズグス、特にワイアルドはスノーホワイトを脅かす類の存在だ。
モズグスも異様な点が多く、信頼には値しないのが現状の評価だ。
ここで彼らを放置し、いずれスノーホワイトと対峙することになれば最悪の結果も招き得る。
しかし、彼らが戦っているうちにスノーホワイトを探しだす若しくはスノーホワイトを探す協力者を募ることができれば、彼女の生存率は跳ね上がる。
危険人物の掃討と探し人の探索、どちらを取るにしてもやはりその基準はスノーホワイトの安否だ。
―――もう少し周りに目をやった方がいいんじゃない?あんたがその調子だとスノーホワイトって子まで白い目で視られちゃうかもしれないよ
さやかの助言がなんら気にかからなかった訳ではない。
しかし、それでも自分にはスノーホワイトの存在が何よりも大切だ。
それほどまでに、彼女の存在は大きいのだ。
彼女のためならなんだってしてみせる。その根幹が揺らぐことは決してない。
自分が進むべき道は、未だ先が見えぬ汚れなき道か、灼熱の炎焦がす罪深き道か。
全ては、スノーホワイトの為に。
【H-5/一日目/早朝】
【ハードゴア・アリス(鳩田亜子)@魔法少女育成計画】
[状態]全身にダメージ(中、再生中)
[装備]なし
[道具]基本支給品×2、ランダム支給品2、薬師寺天膳の首輪
[行動方針]
基本方針:スノーホワイトを探し、自身の命と引き換えに彼女を脱出させる。
0:ワイアルドとモズグスをここで仕留めるか、それともいまはスノーホワイトを探すのを優先させるか。
1:「スノーホワイトに会えないと困る」という強い感情を持ちながら会場を回る。
2:襲撃者は迎撃する。ただしスノーホワイトとの遭遇優先のため深追いはしない。
3:可能ならば自身も脱出……? 他者の脱出をサポート……?
※蘇生制限を知りました。致命傷を受けても蘇生自体は行えますが蘇生中に首輪を失えば絶命するものだと捉えています。あるいは、首輪の爆発も死ぬと考察しています。
最終更新:2018年12月03日 18:23