レイナール男爵の一人娘であるクライ・レイナールが公爵令嬢の噂話を聞いたのは
伯爵令嬢が開いたお茶会のときであった。
魔力量が貴族とは思えないほど低い魔力に気が狂ってしまった令嬢。
その令嬢は気が狂い奇行を繰り返しているという噂だ。
曰く、仲の良かった妹を、蛇蝎のように嫌い使用人のような生活をさせている。
曰く、気に喰わない侍女を殺してしまった。
曰く、夜な夜な屋敷を抜け出して男を求めて街をさまよっている。
曰く、地面を掘り返し、埋める。また掘り返しては埋めるを繰り返す。
などなど聞けば聞くほど貴族の令嬢がするとは到底思えない噂がまことしやかに語られていた。
『誰とは明言してはいませんが………この噂は一人しかませんよね。
魔力が低いというのは確かに轢くらしいですが、そんなこと普通に考えてありえないでしょう
あのセリカ様に限って………』
一度だけ、たった一度だけだがクライはかの噂の公爵令嬢と会話したことがある。
威風堂々として貴族としての見本となるような立ち振る舞い。
光を受けて美しい金色の輝く髪、力強く意志を持った煌々とした紅い瞳。
会話をすれば知性がにじみ出るが、それでいて相手を馬鹿にするようなことはない話術
まさに完全な令嬢とはこのような女性のことをいうのか、誰も彼女には近づけない。
と思えば、癖の強く大きな巻き髪が完璧さを壊し、親しみやすさを覚えてしまう。
お茶会の帰り、馬車に揺られながら侍女に声をかける。
「そういえば、アヤカ」
「はい、いかなご用でございましょうかクライ御嬢様」
そういって頭をさげる侍女は光を飲み込んでいるような黒い長髪。
瞳の色がわからなくなるような不思議な眼鏡をつけているが見目は整っている
「いつも言ってるけど、私たち二人のときはクライでいいわよ。
私は貴族と言っても古い貴族でない上に貧乏なんだから」
「そのような考えを持っていただけることには感謝いたします。
ですが、私もセーガナの教えを受けたものです、家族ならばいざ知らず
貴族の方と会話をするときに言葉を崩すことはありません」
「はぁ………もう。まあいいわ。あなたは奇行令嬢の噂を聞いたことがあるかしら?」
「………はい、侍女の待ち部屋等で噂を耳にしたことはあります」
「そう、たとえばどのような噂が侍女たちには広まっているのかしら教えてくれない?」
そうですね、といってアヤカは口に手を当てて少し思い出している
「使用人の服をきてその真似事をしている等という貴族らしからぬ行動をしている。
領民を呼びつけて、何度も倒れるまで意味もなく魔法を使わせている。などでしょか」
それを聞いてクライは、はぁとため息をつく。
アヤカはそのため息を咎めた目で見るがクライは視線を受け流す。
「それは私もやってるようなことじゃないかしら?
私がセリカ様のことを尊敬していると知っている貴女は私に気を利かせてくれたのは解かるわ
でも私はどのような噂が広まっているか知りたいのよ」
「そうですね。妹のアーリカ様と2年近くあっていない。
闇属性の術の研究をひたすらに続けている。
暴漢に襲われそうになって撃退したときにその暴漢を3人殺している。
屋敷の離れに暮らしているはずなのに、その離れには誰もいない
他には―――」
「ちょ・・・ちょっとまった!ちょっと待ちなさい」
「はい?なんでしょうか?」
「今何か凄いことが聞こえたんだけど」
「凄いこと・・・ですか?どれでしょうか私は知っていることを言っているので」
「闇属性の術ですわ。セリカ様の属性なんて聞いたことがありませんわ。
そんな噂をを誰から聞いたのです?」
「………私はレイナール家で働かせてもらう以前はハートハート家に居ましたのでその時に。
流石に使用人の方たちも知っていました。」
「そういえば、そうでしたわね、でも、そのことを言ってしまってよかったのかしら?」
「あ………」
クライの言葉に、アヤカは目を見開いたのちに苦虫を噛み潰したような顔を一瞬する。
普段はミスの一つもしない完璧な彼女がこんなミスをするなんてとクライはくすくすっと笑をこぼす。
「ご、ご容赦ください。このことは、切に切に」
「もちろん、誰にも言わないから安心して」
「敬愛するセリカ様の醜聞ともなるようなことを私がいうわけがないわ」
「ありがとうございます」
そういながら、アヤカは深々と頭を下げる。
そんなことをしなくてもいいのにとクライは思うが、それならと言葉を続けた
「セリカ様のことを教えてくれないかしら。
闇属性の術とはどんなことができるかというのも知っていたら教えて欲しいわ
もちろん、言える範囲ででいいですわ。アヤカは我が家の侍女というわけではないのですから」
「セリカ様のことですか」
「ええ、私はセリカ様のことを尊敬しているの。あの方のことを少しでも知りたいのよ」
「………」
アヤカは私の言葉に黙り込んでしまった。でも顔がすこし紅いような?
私が不思議そうに見ているとは、こほんと咳払いをした。
「それで私が【言える限り】のことで言えば、セリカ様は、噂どおり変わっている方です」
「そ、そうなの?私は完璧なご令嬢だとおもっていたのだけれど」
「セリカ様が屋敷の離れに暮らしていると先ほどいいましたが、実は侍女や侍従といったものは誰もつけていないのです」
「え?」
「私がお屋敷に居たときですがセリカ様は本当に一人で屋敷の離れに暮らしていたのです
ええメイドも一人もつけていません。一人で掃除、洗濯、調理などをしておられましたね」
「一人でってそのレベルで!?私みたいな貧乏男爵の令嬢でもそんなことないのに」
「オールワークスメイドの訓練を受けましたからね」
「セリカ様が!?なぜ!?」
「なぜといわれましても、セリカ様は魔力が少ない方です。平民よりも劣るとか」
「・・・そうらしいわね。噂では魔力値が10もないとかいう心無い噂もあったわ」
「実際は5です」
「5!?そんなのもう魔法らしい魔法なんて使えないんじゃ」
「そのためか公爵家を出ても問題ないようにと、セーガナの教えを受けたと
相当のスジがよかったらしく1年であらゆることを覚えたのはセリカ様しかいないと」
「セリカ様は、やはりセリカ様ですわね、魔法が使えないのなら他のものを覚える。もっともっと教えてくれないかしら」
帰りの馬車の中でクライはアヤカにセリカのことを次々と尋ねつづけた。
----
「凛と背を伸ばして前を見なさい。それだけ、それだけでいいのよ」
「背を伸ばして・・前を見る」
クライはこれが夢だということに気付く。
きっとアヤカに色々とセリカのことを聞いたから夢を見たということに気付く。
クライがセリカに始めてあったお茶会での出来事だ。
そのお茶会はとある伯爵の御令嬢が開催したものだった。
男爵であるレイナール家は誘われたら行かざるを得ない。
最終更新:2019年10月21日 22:50