0-2.日曜(昼1):物語_2

最終更新:

abyssxedge

- view
だれでも歓迎! 編集

トップページ 0-2.日曜(昼1)

0-2.日曜(昼1):物語_2


 聞こえた声に、遥は耳を澄ませた。
 誰かが、助けを呼んでいる。誰だろう。いつも感じるような『嫌な予感』は感じられず、逆に、呼び声は切なるものに聞こえ、義務感を持った。
 周囲を見渡し、遥は高級マンションの一階に設けられた広い駐車場に入る。
 駐車場は三方が壁に囲まれており、晴れた昼の陽射しが届くのは、道路に面した場所だけだ。入り口でない場所を仕切るフェンスの影が、はっきりとした陰影を地面に落としている。
 中学生一人が何気なく忍び込む、その様子を入り口の管理人に悟られることなく済み、ほっとする。
 薄暗い中、ひんやりとした冷気に包まれ、遥かは再び視線を周囲にめぐらした。
「……」
 慎重に、周囲を見ながら歩を進める。
 呼び声はすすり泣く声に変わり、近付くたび自然と歩が早くなった。
「……どうしたの?」
 駐車場の奥、車体の陰に一人の女子が座り込んでいる。年は遥と同じくらいの少女だったが、その衣装は同世代の女の子のするような格好ではなかった。そんな服を見たことがあるのは、映画の中か、本の中でしかない。
「そんなところにいると、車にひかれちゃうよ」
 再び呼びかけ、遥が少女の前に膝をつくと、少女は心底驚いたように顔を上げた。
「私が見えるの……?」
「え……」
 見えるも、何もないだろう。遥は内心首を傾げた。かくれんぼでもしていたのだろうか。それとも、いじめられたとか。
 遥かは少しの間考えて、微笑とともにこう言った。
「君が助けてって呼んだから、僕が来たんだ」
 ちょっとクサかっただろうか。女の子はぽかんと口を開けている。
 遥が頬を掻き、どうしようか迷っていると、当然、少女の目から涙が溢れた。
「わっ」
 我ながら間抜けな声がでた。
「だ、大丈夫??」
 しゃがみ込み、遥はポケットからハンカチを取り出して少女の頬に当てようとした。と、伸ばした手には、しかし、感触がなく、ハンカチは頬にわずかばかり沈んだ。
 戸惑いは隠せず、少しだけ引いた手は宙に浮き、責めるような視線を彼女に向けてしまう。
 少女は、涙を隠すように俯いて、首を横に振った。
「だめ、なんだよ」
「君は……」
「だめなの。関わっちゃ、だめ」
 ふるふると、少女が首を振る。
「悪魔に関わったら、貴方の命がなくなってしまうから」
 遥はその幼い顔に、渋面を浮かべた。
 少女が不思議な存在である事は、疑いようもない。この光源の遠い場所では良く見えないが、少女の姿は良く見れば、透けているように見えた。
 悪魔。命が関わる。だからと、ここで彼女を捨て置くのか。遥は言葉に詰まった。
「……君は、なんでこんなところで泣いていたの」
 悩んだ結果、遥が捻り出した言葉は、そんなものだった。
「帰れないの」
「家に?」
「この結界の外に、出られない。結界に力が吸い取られていくの。もう動けない」
 涙ながらに言葉を紡ぐ少女。見ていられず、遥は問うた。
「僕にできる事は、ある?」
 少女ははっと顔を上げ、しかし、遥を見て顔を歪め、力なく首を振る。
「……ないわ」
「そんなこと、ない。僕は君に呼ばれて、ここまで来たんだから」
 君が助けてと呼んだから。
 手をそっと、少女の手に寄せる。感触はないが、そこは冷えた空気に包まれていた。
「君が分からないなら、助かる方法を一緒に探そう」

「……」
 少女――ミルヤムは、遥を心細く見上げ、溢れる涙を止めることができなかった。
 ミルヤムが観察してきたどの人間よりも……、この少年は優しく、温かい心を持っていた。ついつい、言葉に甘えそうになる。その手を取りそうになる。
 首を横に振り、邪念を振り払う。駄目だ、それだけは。
 悪魔は人間と相容れない存在だ。人間は、悪魔にとって、人間にとっての野生動物ぐらいの認識しかない。もっと、くだらない価値しかないかもしれなかった。
 もちろん、ミルヤムはそう思っていなかったが、それは悪魔でも少数の意見だ。
 悪魔と関わる人間は、いい死に方をしない。悪魔が弄んだ人間は、死してなお焔獄に落ち、死霊として、悪魔の糧となるのだ。
 ずっと、聞いていた。
「大丈夫」
 ミルヤムの心中を知ってか知らずか、遥は言う。
「君を助けたい。……僕だって、家に帰れなくなったら困るもの」
「……貴方は、いいひとね」
 だからこそ、穢したくない。
「浅葱遥。僕の名前。……君は?」
「ミルヤム」
 反射的に答える。
「ミルヤム。僕は、君を助けたい」
 名を呼ばれ、自分を『君を助けたい』と繰り返す少年を見上げる。
 人間にして、まだ生まれたてのような子供だ。だからこそ純粋足りえるのか。
 この人間なら。という楽観的思考と。
 駄目だ。という自制が、心の中で葛藤を繰り広げる。
「一つだけ、方法があるの」
 ミルヤムは、もう疲れ果てていた。出口を探して彷徨い、陽の光を浴びるほどに力が抜けていく自分を感じた。このまま、蒸発してこの身は消え行くのではないか。そんな気がした。
「君が、私にその身体を貸してくれれば、なんとかなる……」
 まとう精神が失われてゆくのなら、肉体の檻があれば、精神は守られ、吸い取られてゆくことがない。そうすれば、長い時間をかけ、ミルヤムは『力』を取り戻すことができる。
 「でも」とミルヤムは顔を険しくして続けた。
「下手をすれば、貴方の魂がなくなってしまう。……死んでしまうのよ」
「……じゃあ、上手くいけば?」
 遥は大きく目を見開き、しかし、逡巡の後、逆にミルヤムに尋ねてきた。
「下手をすれば、って言う事は、死なないで済むこともできるんだよね」
「危険だわ」
「試してみなければ、分からないよ」
 嘯く遥に、ミルヤムは不覚にも泣きそうになった。
「君を助けられるなら、試してみたい」
 遥は言う。
 そんなに言うなら、とミルヤムは半ば呆れて、腹を括った。
「……じゃあ、ちょっとだけ」
 彼の魂を自分が侵食するようなら、すぐに抜けようと思った。
 少年を穢したくない。
「いいよ」

 遥が微笑んで、ミルヤムをその身体に迎えた。


0-3へ続く

トップページ 0-2.日曜(昼1)

ウィキ募集バナー