アマネオ
海賊と僧(1420年)
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amaneo
強風が砂を巻き上げ、松林にパラパラとぶつかる。名呑浜にある掘っ建て小屋の窓には、人魂のような明かりが動いていた。
「風の野郎め、おさまれ糞がッ」
室内には髪も衣も濡れ鼠、傍目には腐れた茄子のような姿の海賊がいた。
「野分か。悪人には罰があたる。お前さんには悪いことしか起きんよ」
傍らには、縄で縛られた僧がいた。まだ若いが、布切れを縫い合わせてある袈裟は古かった。
「黙れ」
海賊は僧の胸を蹴った。倒れた僧は小屋の木壁に頭をぶつけた。しかし僧の表情は変わらない。
「そら、今ので一層雨がひどくなりおったわ」
言った通り、天井を打ち付ける雨音は滝のようになり、小屋は風に吹き飛ばされてしまいそうだ。夜半過ぎ、小屋に波が迫り始めた。海賊には、まるで巨大な
鬼が黒い腕で小屋ごと持っていこうとしているように思えた。かと言って逃げようにも外は折れた松の木や、村の畑仕事の道具まで飛んでいた。
「このままじゃ小屋ごと波にとられちまう」
「仏様に祈れ。改めろ。必ず見てくださる。救ってくださる」
海賊の脳裏に今まで自分がやってきたことが浮かんだ。盗み、強盗、親殺し、船を襲い女を奪い、女や子供の少ない農村に売ってまわる。その女どもの末路は決して明るいものではなかった。
海賊と僧は、急に周囲が静まり返ったのに気づく。波の音がなくなったのだ。窓の奥にある闇がうねる。津波が近づいているのか、それとも嵐が去っただけなのか。
「――それ、今からでもいいのか。俺はこれまで相当に」
僧は穏やかな瞳で、息を漏らすように笑った。
「何事も遅すぎるということはないのだ。謝り、悔い、改めろ。何も知らずともそれだけで良い」
海賊は膝を折り僧の紐を解いた。海賊が慌てるのを見て、僧は少し和んでいた。
翌朝は、雨雲が追いやられ青い空がどこまでも続いていた。小屋は壊れていたが、同じように二人の顔は晴れやかだった。
「見ろ。虹だ。お前さんが改心したから仏様が晴らしてくだすったのだ」
海賊は頭をぼりぼりと掻いた。林の奥にまで運んでいた小舟を海に投げ出しながら言う。
「雨多ノ島で降ろしてやるから」
千畳に波立つ海を船は漕ぎ出し、うってかわって静かな内海を進む。海賊は漕ぎつつ、僧の方を見ずにこれまでの罪を吐き出していった。僧は話を聞きながら、海賊の荷物から金目のものを袈裟の中へひょいひょいと入れていく。
「――盗まれたやつが困ることはわかってたんだがよ」
「ああ、盗みはよくない」
役人の船からとったのか、金細工のかんざしがある。僧は数秒見ると、懐に押し込んだ。
「さて、島に着いたぜ」
海賊は舟を岸につけ、もやい綱を巻いて振り向いた。そこには既に僧の姿は無い。岸辺は海鳥が鳴くばかりの、シンプルな風景だった。
「もう行ったか――宝はやるよ。お前が偽物でも信心は本物だったからな」
海賊が再び漕ぎ出そうと前を見た瞬間、僧と目が合った。首だけの僧だった。
それは上下左右に牙が並ぶ巨大な口の中にあった。海賊は何が起きているのかわからないまま、頭からゴリゴリ喰われた。やがて「それ」は不定型の身体をずるりと滑らせて海へ潜っていった。
小舟には海賊の下半身だけが残されていた。やがてクチバシの長い鳥たちが集まり、ついばみはじめた。