アマネオ

画龍点睛(1991年)

最終更新:

amaneo

- view
管理者のみ編集可

 地元民も観光客も寄り付かない雨多ノ島水族館。その専属研究員であるタマキ(左手の小指がない)と事務担当のユーミは熱心に机に向かっている。
「つかぬことを伺うけれども」

 と、突然タマキが資料を見ながら話しかけた。
「今、生理だよね?」
「断る!」

 ユーミは首を振る。ソバージュのかかった長い茶髪が揺れた。
「でもなんかそういう臭いがするんだな」

 タマキがクンクン嗅ぎまわりながらユーミの近くに来た。まとわりついてくるのを蹴って追いやる。
「生理は来てるけど、あの実験には協力しないわよ」
「そんなこと言わないでさあ。僕は最近生理ないんだ」

 鼻で笑って見下す。
「女のくせに『僕』とか言ってるから、男性ホルモンが出過ぎてんじゃないの」

 タマキは困った顔をして、伸びてきた所を切っただけの頭をボリボリと掻いた。白衣にフケが落ちた。
「でも、生体スーツの完成まであと少しなんだよ。海底で見つかった『それ』――中間遺伝子塊――人間の受精卵と――臓器や感覚器が――ポテンシャルを――誘導する細胞が――」

 輝く瞳には『それ』のことしか映らない。ユーミは頬杖をついて、その横顔を眺めていた。

 業務終了後、タマキは地下プールにいる『それ』から新生物を作っては失敗を繰り返していた。人型にはなるが、すぐに絹ごし豆腐のようにホロホロと崩れてしまうのだ。
「やっぱり人間の――」

 ボソリと呟くその背後に、ユーミが立っていた。驚いて声が出ないタマキ。
「これ」

 持っていたビニール袋を差し出す。
「これって生理の――ああ、卵子か! いいの? ありがとう」
「勘違いしないで。私も実験の結果が気になっただけ」

 タマキはうんうんと頷きながら、身体は準備に取り掛かっている。
「『それ』が前に僕の指を食った時、ヒトの遺伝子を既に獲得したらしい。今回はそこから簡易的に男性精子を作る部分を切り出して取り出し、ユーミの卵子に受精させる」
「それって、あるイミ私とあんたの――」
ユーミは胸を抑えて目を細める。無意識にタマキの袖を掴んでいる。
「そう。僕と君の」

 スイッチオン。タマキはユーミの手を袖から外すと、しっかり手を繋いだ。
「こども」

 プールの中で『それ』の一部だったものは次第に一メートルほどの人型になった。透けて見える心臓の鼓動に合わせ、全体が膨らんだり縮んだりしている。二人は黙って祈るように見つめた。いくらか各部が崩れたが、なんとか形を保つことができた。

 クラゲのように優雅な動きでたゆたい、ツナギはホノ、ホノ、と明滅する。
「完成。タマキとユーミのツナギの誕生だ!」

 タマキは跳びはね、ユーミは静かにガッツポーズをとっていた。二人はその晩、研究室で祝杯をあげた。

 

 翌朝まで飲み、気づくと『それ』が消えていた。ツナギが食べたのか、それとも脱出したのか消滅したのかわからなかったがツナギだけが残った。悔しそうな彼女に、ユーミが近づく。
「ツナギが残ったんでしょ。なら、海底だってまた探しに行けるわよ」

 タマキは微かに頷いた。

 二人は寝不足のまま研究室で事務をする。しばらくするとツナギの誕生を思い出す。興奮で手につかず、目が合うたびに笑いあった。夕方になると、どちらともなく机に突っ伏して眠っていた。

 雨多ノ島水族館、奇愛館長はそれを見守るとそっと明かりを消した。

記事メニュー
ウィキ募集バナー