アマネオ
望まれなかったこども(?年)
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amaneo
あたしは見えっ張りだ。
「Hったら超ドSなのさ。あたしが他の男と話してたらシットしちゃって、その男をいじめちゃう。やめてって言ったら、お前は俺の女だよな。なら俺があいついじめるのやめるからお前あいつと絶対話すなよ、なんて言っちゃうんだ。困っちゃうよもう」
あたしを見て、友達のA子とB子は声を揃えていいなあ、とか言う。別にいじめるとかそういうのが「いいなあ」ではなくて、ただ束縛してくるぐらい愛してくれるのが「いいなあ」なのだ。
「ほんとにあんた達って、うまくいってるよね! Hくんって色が白くてカワイイしさ」
餌をもらうことに慣れてしまった金魚みたいに、A子は口をパクパクさせて話す。
「そんなことないよ、奴はダメ男だよ~」
そう言いつつ、あたしは彼の誕生日にあげるマフラーを編んでいる。これみよがしに。
「これだって彼が作って作ってってうるさくてさあ。昨日一晩中編んでたの、その最中もHはメールしてきてさあ。こっちは眠いんだっての」
目の前の二人は更に盛り上がる。今、トイレから鏡を持ってきてあたしの顔を見たら鼻の穴が広がっているに違いない。
せめて。
せめて彼氏がいるメリットぐらい――優越感ぐらいあたしにあったっていいじゃない。
「ねえねえ、やるときってどんな感じなの。Hくんは」
まだ処女のB子が聞いてくる。きっと彼女の頭の中にはHが不当に高い価値を持っている。きっと何か不思議で楽しいことだと。あたしはよっぽどチョコパフェ食べながらおしゃべりしてた方がハイで楽しいと思う。つまり今の瞬間。
「ねえ、どうなの」
「ドSだね」
まずゴム買うの恥ずかしがって生でやるような奴だし今日はゴム無いからやりたくないって言ったら怒りだして、結局よくわかんないうちにやられてたりさあ。
やってる最中に叩くと女が気持ちよくなるとマジに思ってたり伸びた爪であそこに指突っ込んできたりさあ。
AVでやってたこと試そうとしたりさあ。
バカじゃないの。
自分が王様とでも思ってんのかよ。
「でも、終わったあと彼を抱いてるとさあ、あんなにオレ様って感じだったのにこどもみたいに甘えてきてカワイイんだよね」
これは本音。あたしは母性本能が。母性本能で。母性本能、いいわけかな?
あたしは不意に気分が悪くなってトイレに行く。口許を押さえて駆け込む。便器に向かって吐きながら「店内の全員に見られてた、嫌だなあ」って思う。さっき食べたフルーツいっぱいのケーキがぐちゃぐちゃに流れていく。
あのケーキ、夢みたいに可愛かったのに。
何事もなかったようにトイレを出て、心配する二人に説明して家に帰る。
途中でHから電話があったから進路変更。彼の家はいつも人がいない。何をしているのかよくしらない。
「よ、来たか。M」
部屋に入るなりあたしの服を脱がしにかかる。多分やりたいだけだったろうから、もうどうだっていいやって気持ちでHに抱かれてやった。
「あの子とあたしと、どっちが具合がいいかな」
「あの子ともこういうのしてた?」
そういうことを言ってるとHははじめあたしを殴りながらやってたけど、そのうち泣き出した。
「あいつ、妊娠したんだ」
泣いてるHを見ると、なんだかかわいくて、聖母みたいなあたしは抱きしめてあげる。Hは泣きながらあたしの中に入ってきて、ゴムもないのに中に出した。
二ヶ月後、「あの子」が中絶したって話を聞いた。あたしはもう三ヶ月くらい生理がきてないのを誰に相談すればいいかわからない。
A子に相談したけど、やっぱりあたしの思った通り彼女はあたしをバカだと思ってたと言う。
「バカだよね。あいつのこどもかもしれないって? どうするつもり。あんたの未来お先真っ暗だよ。なんにもないよ。一人でこども育てるんだ? へぇ~偉いね。だってあの男、認知しないでしょ」
確かに認知しなかった。前の「あの子」の時も認知しなかったらしいし。Hはゲームしながら「他の男とのこどもだろ」って言った。確かに他の男とも五回くらいやってたけどそのうち三回はゴムしてた。一回はレイプまがいだったしあんなので妊娠は嫌だから言わない。
Hは既に新しい彼女がいて、そっちに夢中みたいだった。あたし、何がしたかったんだろ。こんなのよくある弄ばれた女ってやつじゃん。あたしは仕方なくママに話す。
「もしあたしが今妊娠したらさあ、どうなるかな」
ママは料理を作りながらさらりと言う。
「育てるしかないわよ。中絶は許さないわ。ウチはそういう宗派だから。親戚中から縁を切られるわよ」
なんだよウチの宗教ってそんなかよ今知ったよ。とにかくあたしはその場を取り繕った。それからは、どうにかしてこどもが流れてしまうように腹を殴ったり薬を飲むのが日課になった。
一年後、結局あたしは無事に産まれてしまったこどもを不正規の養護施設の玄関に捨てた。産んだけど家には育てるお金もなかったし財産権がどうのとか面倒なことになるからって、そういうことになった。
すぐに家族の誰もそのことは口にしなくなった。記憶からも消えた。名前もつけずに捨てた「それ」のことは。