110

ぼくのわたしのバトルロワイアル ◆dKv6nbYMB.


「なあ、エスデス。お前はイェーガーズの長だと言っていたな」
「ああ」
「仲間を増やすのなら、能力研究所よりイェーガーズ本部という場所の方がいいんじゃないのか?」
「ふむ。まあ、お前の言い分もわからんでもないが、余計な心配は無用だ。確かにクロメは死んだが、残るウェイブとセリューも私と同じく悪を討つための駒を増やしているだろう。
ならば、一所に固まるよりはこうして分散しておいた方が悪を追い詰めやすい。そうだろう、ヒースクリフ?」
「私に同意を求められても困りますが...エスデスの意見には一理ありますね」
「いや、しかしだな...」
「同じイェーガーズの一員なら、エスデスと似たような方針をとるかもしれません。そうなると、イェーガーズ本部で大人しく待っている可能性は低いと思います」
「わかっているじゃないかヒースクリフ」
「私も異能力というのは個人的に興味がありますから」
「ほぉう」
「...わかった。このまま研究所へ向かうとしよう」

溜め息をつき、しぶしぶとエスデスの後についていくアヴドゥル。
正直に言えば、アヴドゥルはエスデスをどこかに押し付けたかった。
わざわざ彼女の仲間であるイェーガーズの本部へ行こうと提案したのも、彼女の部下なら彼女の手綱をひいてくれるかもしれないという希望的観測からだ。
流石に全員が全員、エスデスと同じわけではあるまい。仮にそうだとしても、今回のように遠征をするのなら、人数が増えるだけ自分とエスデスが組まされる可能性は低くなる。
時期を伺い、『お前とは敵対しないが、しばらく別行動をとらせてもらうよ』などと告げて承太郎やまどか、一般人の足立とヒースクリフを連れてエスデスから逃げることもできる。
尤も、現実にはこうしてあっさりと否定されてしまったし、ヒースクリフもノリ気であったのだが。
そんな適当な雑談を交えつつ研究所へと向かう一行。


「アヴドゥル、私は何も考え無しに一番近いからここを選んだわけではないぞ」
「なに?」
「長年の勘が告げているんだよ。あそこには戦いの火種が渦巻いているとな」

エスデスが笑みを浮かべると同時。

「アヴドゥルさん、あれを」
「研究所の方角...あれは、煙か?」
「そうら、みたことか」



ガツン。ガツン。

何度も、何度も床を殴りつける音が木霊する。

「ちくしょう...ちくしょう...!」

護れなかった。
片足を失い、精神を壊され、それでも生きようとしていたみくを。
止められなかった。
御坂がみくを手にかけることを。

雫が床に落ちてはねる。
彼はなにもできなかった。
国家錬金術師。人柱。
そんな肩書きはこの場では無意味だ。
エドワード・エルリックはどうしようもなく無力だった。


『ジョセフ様...』
「...いまのワシらには、どうにもできん」

ジョセフもエドワードと同じだ。
彼も何もできなかった。
御坂の言った支給品がなにかを確認する。
御坂が殺し合いに乗っていることを考慮して拘束しておく。
止める方法などいくらでもあったはずだ。
だが、現実は残酷だ。
ジョセフ・ジョースターはどうしようもなく無力だった。

(いまのワシにできることは...)

ジョセフは踵を返し、エドワードに背を向ける。

『どこへ行かれるのです?』
「ジャックと杏子を探しにいく。彼らが苦戦しているのなら手を貸さないわけにはいかん」
『エドワード様は...』
「いまは一人にしておいた方がいい...が、万が一のこともある。もし彼が現実に耐え切れず自殺でもしようものなら...」
『...わかりました』

ジョセフはみくのことについてはほとんど知らない。
薄情とも思われるかもしれないが、悲しみの度合いはエドワードに比べれば低い。
そのため、この場で一番動けるジョセフが彼らを探さなければならないのだ。
階下からは何の音も聞こえない。
戦いは終わったのか、それとも膠着状態でいるのか。
無事に勝てていればいいが、そうでない時は...

(いずれにせよ、用心せねばな)


足音を殺し、物陰に隠れながら棟内を確認するジョセフ。

(酷い有り様じゃわい...)

崩れた壁、ひび割れた床に天井...
どれほど暴れ回ればこれほど荒れるというのか。
電気系統も壊れているようで、薄暗く奥まで見通すことができない。

(念写が使えればいいのだが...文句ばかり言っておれんな)

ゆっくりと、身をかがめながら曲がり角に差し掛かったときだ。


―――カツン カツン カツン

足音がする。
おくびも警戒心を抱かず、自分がここにいるとアピールしているかのような足音だ。

(まさか後藤か?)

足音は一つ。
ジョセフが認識しているのは、ジャック、杏子、後藤の三人。
ジャックも杏子も、DIOに対してはいい印象を持っていないようだった。
ともすれば、DIOも警戒対象に入っているはずであり、なにより足音が一つだけなのは考えづらい。
となると、敵陣においてもこうも悠々と歩けるのは消去法で後藤となる。

(二人は負けたということか...?クソッ!)

もしこの足音が後藤であるならば、また二つの若き命が失われたことになる。
あの時杏子たちに後藤を任せたことは正しかったのか。その答えを知る者は最早いない。
二人の仇をとってやらねばと思う反面、自分一人では勝ち目がないとも思う。

(逃げることは可能、だがな)

いまのジョセフに使える物には、シャボン玉セットがある。
シーザー程練られたものではないが、さやかの時と同様に波紋を流して使用すれば時間稼ぎにはなる。
その隙にエドワードのもとへ辿りつき、彼と共に撃退ないし脱出すればいい。
近づいてくる足音に対してジリジリと後退しながら、シャボン玉とハーミット・パープルを使えるよう準備だけしておく。
だが、万が一別の者であればシャボン玉を無意味に消費するのは好ましくない。
どの道、まずは拘束すべきだろう。
足音が曲がり角に差し掛かるタイミングを見計らい、スタンドを行使する。

「ハーミット・パープル!」

人影に茨が迫る。
暗がりでハッキリとは見えないが、後藤ほどは背丈が大きくないように見える。
人違いか?などとジョセフが思った瞬間。


―――全てが、凍った。

「は...?」

それは一瞬だった。
スタンドが突き出した右手と共に凍らされたかと思えば、床も天井も、一瞬にして凍りついたのだ。
逃げようにも、氷に足をとられて身動きができない。

(ジャック...?いや、違う。彼は水分が無ければ能力を発動できんと言っていた。それに、こんな能力が使えるのなら後藤にもひけをとらないはずだ)

氷の上を人影が歩いてくる。
人影は、手を伸ばせば届くほどの距離で動きを止めた。
ここまで近づいてきてようやくジョセフは人影の正体を認識できた。
ジョセフが彼女に抱いた印象は、氷のように美しい女。

「私に攻撃してきたということは...お前がここで暴れた者と判断して間違いないな」

聞き惚れそうな透き通る声で、女はジョセフに声をかける。

「...あ~、驚かせたのはすまんかった。このままでもいいから、事情を話させてくれんかのう」

身動きがとれない状態に内心冷や汗をかきつつ、ジョセフは冷静に交渉する。
本当ならすぐにでも拘束をといてほしいものだが、非があるのは先に攻撃した自分だ。
不必要にこちらが有利になるように持ち掛ければ警戒が強まるのは当然であるため、あえて自らが不利な状況での対話を望んだ。

「わかった。話してもらうぞ」

女がパチンと指を鳴らすと、ジョセフの右腕と両脚の氷が弾けてとんだ。
あっさりと解放されたことを意外に思いつつ、ひとまず礼を言おうとした矢先だ。

「ただし、私の暇つぶしに付き合った上でな」

突如女はジョセフの顔面を掴み、床へと押し倒した。

「ぬおっ...!」
「悪く思うな。ここに連れてこられてから、興味深いことは多くあったがちょっぴり退屈していたんだ」

倒されたジョセフの両手両足が再び氷で拘束される。

「だ、だから事情は話すと言って...」
「それが真実かどうかは別問題だ。故に、徹底的に搾り取ってやる」
(こ、コイツのこの目...イカレてやがる、クレイジーだ!)

女が浮かべているのは笑顔。その目は、獲物を見つけた肉食動物よりも鋭く、今まで見てきたドス黒い悪とも違う濁りに包まれている。
その目と女の言葉から、ジョセフは直感した。
こいつがやろうとしていることは、尋問という名の拷問であり、こいつはそれを愉しみながらやりのける危険な女だということを。

「さて...そうだな。まずは、手から出した茨について聞こうか」

女は、氷で作った剣をジョセフの右目に向ける。

(マズイ、このままでは非常にマズイ!)

身動きのとれない現状。
逆らえば殺される。
逆らわなくとも拷問される。
どうすればいい、どうすればこの場を切り抜けられる...!

「この後に及んでなお諦めていないか。だが、それもいつまで続くかな」

必死に頭を回転させるジョセフだが、女はそれを待ってはくれない。
剣はジョセフの右目へとゆっくり近づき...




「エスデス、誰かいたのか?この氷は普通ではないが...」

どこか聞きなれた声が曲がり角から聞こえる。

「見ろアヴドゥル。賊を一人掴まえたぞ」
「あ、アヴドゥルじゃとぉ!?」
「その声...ジョースターさん!?」

氷の上を滑りそうになりながらも、人影がジョセフへと駆け寄ってくる。
そのがっしりとした体格に、凛々しい眉、厚い唇は、間違いなくジョセフの戦友モハメド・アヴドゥルのものだった。

「やはりジョースターさんか!エスデス、拘束を解いてくれ。彼は私の仲間なんだ」
「そうか...だが、本当にこいつはお前のいう『ジョースターさん』か?」
「なに?...ああ、そうか。そうだったな」
「な、なんじゃアヴドゥル。どういうことじゃ?」

勝手に納得するように話す二人に、さしものジョセフも困惑の色を示す。

「ジョースターさん、スタンドを見せてもらえませんか?」
「それは構わんが...この氷が邪魔でのう」
「エスデス、腕の部分だけ拘束を解いてくれ」
「こいつのスタンドとは、先程の茨のことか?」
「そうだ。なら、この人は間違いなく...」
「姿かたちだけなら模倣は難しくない...そうだろう?」
「む、むう...しかし、念写してもらおうにもここにはテレビのようなものはない」

会話の内容から、どうやら他人に変装している者がいるということだけはわかった。
しかし、スタンドですら証拠にならないというなら、どうやって本物であることを示せと言うのか。

「...ジョースターさん。我々は、カイロでついにDIOの館を見つけ、突入しようとしてここに連れてこられた...そうですね?」
「...?なにを言っておる。確かにカイロであると見当はついておったが、ワシらはまだ奴の居場所を突き止めておらんかったじゃろ」
「!貴様...偽者か!エスデス、このまま押さえていろ。こいつは私が焼き尽くしてやる!」
「なんでそうなるんじゃあ!?」

自分はDIOの館を見つけていない。
アヴドゥルはDIOの館を見つけている。
この意見の食い違いから、ジョセフはサファイアの言う『平行世界』の可能性に思い当たる。
容姿から立ち振る舞いに言動まで、間違いなく目の前の男はモハメド・アヴドゥルである。
しかし、彼がDIOの館を見つけたという、未来の時間軸から連れてこられたとすれば、この食い違いにも納得できる。
問題は、アヴドゥルはその可能性を知らないということだ。
知らなくても当然だろう。音ノ木坂学院にあれほど参加者が集まったというのに、平行世界の存在を知っていたのはサファイアだけだったのだから。

「い、いいか。落ち着いて聞けアヴドゥル。平行世界というものがあってだな...」
「訳の分からないことで誤魔化すつもりか...そうやってまどかの時のように人を欺き手にかけようという腹だな!?」
(やっ、やっぱりこうなるのォ~?チクショウ、広川!お前のくだらない仕掛けはこれを狙っていたのなら予想以上の効果をあげたぞッ!...ん?いま、まどかと言ったか?)
「アヴドゥル。お前いま、まどかと言わなかったか?」
「そうだ。貴様も放送で知っているだろうが、彼女は奇跡的に生き延びたのだ。涙ながらに教えてくれたぞ、貴様の外道染みた行為をな...」
「誤解だ。儂は彼女の友達から聞いただけじゃ!」
「言い訳はそれだけか...『マジシャンズ・レッ』」
「落ち着いてください、アヴドゥルさん」

怒るアヴドゥルを止めたのは、ジョセフの話術でもエスデスでもなく。
遅れてやってきた、まるでコスプレのような鎧や盾を身にまとった男性だった。


「これだけの情報で決めつけるのは早計ではありませんか?」
「ヒースクリフ...しかし」
「...ジョースターさん。その友人からは、まどかのことをなんと聞いていますか?」
「心優しい少女だと聞いておるよ。容姿の方は念写で見させてもらったが、桃色の髪のツインテールで小柄な少女だ」
「友人の名は?」
美樹さやか
「...アヴドゥルさん。彼があなたのいうジョセフ・ジョースターであるかどうかはわかりませんが、まどかを襲った犯人かどうかを論じれば高確率で『シロ』です」
「な、なぜだ?」
「犯人はまどかに名乗る暇すら与えずに襲撃した...つまり、彼女については知らないはずです。そんな男が『まどかを殺した』と認識した後に彼女の友人と遭遇しまどかの容姿を知れば、取るべき行動は限られてくる」
「ボロが出ない内に始末する...か?」
「ええ。しかし、美樹さやかの名前は放送で呼ばれていない。つまり生きているということです。尤も、状況が許さなかったか、まどかが生きていると知り、美樹さやかと遭遇される前に殺してここまで来た可能性も無きにしも非ず、といったところですが...それを言い出せばキリがない」
「ならどうしろというんだ」
「もっと単純なことでいいのでは?例えば、自己紹介などどうでしょうか。即席で趣味まで模倣するのは難しいと思います」

アヴドゥルは、顎に手をやりしばし考え込む。
やがて顔をあげ、ジョセフに問いただした。

「...名前に生年月日、それに趣味をお願いします」

まるで日本の面接だな、と思いつつジョセフは答えた。

「ジョセフ・ジョースター。一九二〇年九月二七日生まれ、妻の名まえスージーQ、趣味・コミック本集め」
「一九八一年の映画『類人猿ターザン』の主演女優は?」
「ボー・デレク」
「『今夜はビート・イット』のパロディ『今夜はイート・イット』を歌ったのは?」
「アル・ヤンコビック」

やけに自信満々に答えたジョセフの口にした名に、エスデスとヒースクリフの二人は首を傾げる。

「誰だそいつらは...ヒースクリフ、お前は知っているか?」
「いえ。聞いたことがあるような、ないような...」

そんな二人をよそに、アヴドゥルは納得したかのように振り向いた。

「本物のジョースターさんのようだ。あんなことを迷いもせずに答えられるのは彼くらいだ。エスデス、氷を解いてくれ」

おもちゃをとられた子供のような不満げな表情を浮かべつつも、仕方あるまいと呟き、ジョセフを拘束していた氷を解除した。



「ふぃー、助かったわい。ヒースクリフと言ったか、礼を言おう」
「いえ、お構いなく」
「すみません、ジョースターさん」
「気にするな。お前も、ロクな目に遭っとらんのじゃろう」
「ジョセフ・ジョースター。お前はここに一人でやってきたのか?」
「そういうわけではないんじゃが...ううむ、どこから話せばいいものか」

どうしたものか、とジョセフは考える。
この氷使いの女はエスデス。タツミからは、危害は加えないかもしれないが少々厄介な奴だと聞いており、自分もそれを実感している。
アヴドゥルが共に行動していることから、ゲームに乗る者ではないのはわかるが、いまの状態のエドワードに会わせてもいいものか...
そんなことを考えていた時だ。


「無事か...おっさん」

ジョセフの背後から聞こえたエドワードの声。
ジョセフはもう立ち直ったのかとも思ったが、エドワードの姿を見てすぐに考えを改める。

「ワシは大丈夫だが...きみこそもういいのか」
「...ずっと止まってるわけにもいかねえよ」

どうにか己の足で歩いてはいるが、その目には先刻までの生気は宿っていない。
無理をしているのは誰の眼から見ても明らかだ。

「お前がジョセフの同行者か。ならば洗いざらい話して貰うぞ、今までのこと、そしてここでなにがあったかをな」

だが、そんなことなどお構いなしとでも言うように、エスデスはエドワードに命令する。
エドワードは、短く「ああ」と頷き、彼女の用件にしたがい、近くの部屋での情報交換を提案する。
その様子を見たジョセフは、なんとなくエスデスを気に入らないと思い、アヴドゥルに視線を移した。

「...私だって、苦労しているんですよ」

ジョセフの視線の意図を察したアヴドゥルは、深く溜め息をついた。




背もたれのついた椅子が五つ並べられる。
一つの椅子を中点として、四つの椅子が半円状に並べられる。
中点にはエスデスが座り、部屋の入口に近い順からエドワードとサファイア、ジョセフ、アブドゥル、ヒースクリフの順に座る。
喋るステッキサファイアの存在にはさしもの三人も困惑や興味の色を示したが、いまは情報交換を優先すべきだろうというサファイア自身の進言により、どうにか質問攻めからは逃れる。

「さて、ジョセフ・ジョースター。まずはここで起きたことを話してもらおうか」
「構わんよ」

ジョセフは語る。エドワードと御坂との遭遇。後藤、DIOとの戦い。そして御坂の裏切りを。

「DIOがここに...」
「なんとか撃退することはできたが、トドメは刺せておらん。追おうにも、みくや御坂のこともあったので不可能だった。それに奴のあの奇妙な能力には迂闊に踏み込むのは自殺行為じゃ」
「奇妙な能力ですか」
「ああ。本当に奇妙な能力だった。突然消えたり、コンマ一秒の差もなく同時に攻撃を叩き込んだり、な」
「―――ほほう」

ジョセフたちの体験に感嘆の声をあげたのはエスデス。
奇妙な能力を聞いて恐怖や困惑の色を浮かべるどころか、興味や好奇心といった感情を醸し出しているのだ。

「どうかしたのか?」
「いいや、なんでもないさ。なんでも、な」

隠すつもりもない笑みを見て、そんなわけないだろうと思いつつ、アヴドゥルはヒースクリフと共にジョセフからもたらされた情報を整理していく。

「後藤ですか...まどかと承太郎からは随分危険なやつだと聞いています」
「!承太郎と会ったのか!?」
「ええ。いまはコンサートホールでまどかと足立と共に待機しています」
「そうか...」
「ただ...棟内を探索中、後藤と奴を引き受けたという二人は見つけられませんでしたが、血だまりの中に白いスーツの切れ端と人間の腕らしきものは見つかりました」
「ッ!...そうか」

白いスーツの切れ端。
間違いない、ジャック・サイモンのものだ。
そして人間の腕ということは...少なくとも彼は片腕を失っている。
そんな状態で後藤から逃げおおせるのは贔屓目に見ても厳しい。
彼の生存は絶望的とみていいだろう。
杏子は脱出した後藤を追ったか、それとも肉の一かけらも残さずに食われたか...
それを知るには後藤本人に会うか放送を待つしかない。
若き命を失ったことに歯がゆさを憶えるが、ギリッと歯ぎしりをすることで感情が爆発するのをどうにか抑える。

「おまえさんたちの方はどうじゃ。こちらとしては承太郎やまどかなど気になることが山ほどあるのだが」
「あの二人とはコンサートホールで合流し、いまは別行動をしている。それだけだ」
「それだけって、おまえさん...」
「お前はここで起きたことを話した。私たちはコンサートホールでのことを話した。これで対等だろう?」
「もっと知りたければこちらから話せということか...仕方ないのぉ」

この座る位置からしてそうだが、エスデスはチームの主導権を握りたいと思う性格らしい。
手順を踏めば主導権を取り返すことはできるかもしれないが、いまはそんなことをしている場合ではないし、余計な問題は起こしたくない。
情報交換を円滑に進めるため、ジョセフはあえてエスデスに主導権を握らせたままにしておいた。

「ワシはG-7の闘技場で目が覚め、その近辺で美樹さやかと初春という少女と出会ったんじゃ」

一呼吸を置き、タツミの存在を知らせるべきかどうかを考える。
タツミは、彼の仲間であるアカメの名を知らせることは禁句としていたが、彼自身については禁止としていない。
タツミがエスデスを完全に敵だと認識していれば、ジョセフにアカメと同じように扱えと伝えるはずなので、タツミに関して告げることに問題はあまりないと判断する。

「その後、タツミという少年と合流し、ワシと初春、さやかとタt」
「タツミと会ったのか!?」

突然の声に思わず驚いてしまうジョセフ。いや、彼だけでなく他の三人もだ。
当然と言えば当然だ。なんせ、先程までは女王気質にしか感じられなかった彼女の雰囲気が、タツミの名を聞いた途端に一変したのだから。

「あ、ああ...確かに会ったが...」
「タツミは元気だったか?」
「う、うむ。いまはさやかと共に行動しておるよ」
「そうか。ふふっ、タツミのやつめ...こんどこそ逃がさないからな」

ほんのりと頬を染め想いを馳せるエスデス。その様は、乙女が初恋の人に向けるものとしか思えなかった。
他の者、特に彼女にロクな印象を持っていないアヴドゥルにはその様子が殊更異様なものに見えた。
アヴドゥルは、エスデスからはアカメとイェーガーズの名前しか聞いておらず、名簿でみた限りではアカメと関わりのある者だろうなと思っていた程度だ。
いままでエスデスにその考えを伝える機会がなかったが、まさか彼女がタツミという名にこうも反応するとは思ってもいなかったのだ。

「つ、つかぬことを聞くがエスデス。そのタツミという少年とはいったい...」
「私が惚れた男だ」

(惚れた男―――だと!?)

アヴドゥルとヒースクリフに衝撃が走る。
二人のエスデスに対する認識は、戦闘狂のイカれた女だ。
三度の飯より戦争だとでも言いそうな彼女が男に惚れたというのだ。
意外性どころの話ではない。

「...どう思う、ヒースクリフ」
「...まあ、恋愛は個人の自由ですから。そのタツミという少年のことはひとまず置いておきましょう。いまはそれでいいですか、エスデス」
「ああ。あまりに嬉しかったものだからつい、な。ジョセフ、続きを話してくれ」

アヴドゥルはタツミをアカメと同じ暗殺者ではないかと疑っている。
しかし、それを知ってか知らずかのエスデスのこの態度だ。
もしアヴドゥルの懸念が真実であれば、エスデスはどのような反応をするのだろうか。
タツミに対して怒りを燃やすか、この場で暴れまわるか...ロクなことにならないのは容易に予想できる。
それに、タツミが暗殺者であると判明すれば、エスデスは彼の仲間に当たるジョセフにも手を出すかもしれない。
故に、この場はタツミには触れず、後から個人的にジョセフからこっそりと聞こうとアヴドゥルは密かに思った。

尤も、エスデスは気に入った相手は過去に構わずスカウトするような人間だ。
ましてや、惚れた男相手なら尚更自分の物にしようと情熱的になればこそ、アヴドゥルの懸念するようなことにはならないのだが、それを彼が知る由はない。



それからジョセフは、音ノ木坂学院での一件、そしてこの能力研究所での一件について語り、次いでエドワードが温泉近辺での出来事を語った。
その後、アヴドゥルが己の知り得る情報を開示していく。
エスデスと別れ、仲間を集めていたこと。
花京院の偽者と思しき男がまどかを殺そうとしたこと。本物と思われる花京院がほむらをエスデスから助けたこと。
どうにか生き延びたまどかは承太郎が保護し、いまは足立とコンサートホールで待機しているということ。
魏志軍という男の襲撃もあったが、無事欠員や重傷もなく撃退できたこと。
これだけなら不安要素などさほどなかった筈だ。そう、『参加者が異なる時間から呼び寄せられている可能性』を知らなければ。

(イヤな予感が当たってしまったか...!)
「ふむ...情報を整理すると、現状警戒すべき悪はDIO、後藤、魏志軍、エンブリヲ、サリア、御坂美琴。保留で佐倉杏子といったところか」
「いや、警戒対象には花京院もいれてくれ。...アヴドゥル。慌てずに聞け。そのまどかを撃ったという花京院は本物の可能性が高い」
「!?そんなバカな、彼がそんなことをするはずが...!」
「わかっておる。だが、彼にはそれをやりかねない時間があるのだ。サファイア、説明してくれ」
『わかりました。平行世界...というものをご存じですか?』
「SF小説などでもよく題材に使われるパラレルワールドのことですか」
『その認識で間違いありません。広川は殺し合いを円滑に進めるために同じ世界の参加者でも異なる時間から連れてきている可能性が高いのです』
「つまりは、どういうことなんだ?」
『花京院さんは、一時期肉の芽というDIOの細胞によりあなた達の敵だったと聞いています。彼はおそらく、承太郎様に敗北する前の、その肉の芽がつけられている時間から連れてこられたのだと思います』
「...!だ、だがそれではエスデスからほむらを守ったというのは矛盾するのでは」
「いいえ、矛盾ありませんよ」

時間軸がどうであれ、花京院がまどかを撃ったことを認めたくないアヴドゥル。
反論したのは、彼の同行者であるヒースクリフだった。

「もし花京院が偽物であった場合、まどかを攻撃した際の状況が成立しないんですよ」
「どういうことだ」
「偽者を騙るメリットは、そのモデルに殺意を押し付けられることです。つまりそれには名乗りはもちろん、モデルが殺し合いに乗ったことを広めるスピーカー役が必要となります。
ですが、花京院はそのどちらもすることなくまどかを殺しにかかった。...彼女の名前すら聞かずにね。わざわざスタンドの模倣までして花京院の悪評を広めるには、効率が悪いとは思いませんか?」
「だ、だがそれではほむらを庇った理由は...」
「それがほむらを庇ったのではなく利用するためだとしたら?まどかの殺害は支給品を増やすためだけのものであり、それからは他の参加者に紛れて殺人を繰り返すつもりだったとしたら?」
「...!」
「また、本物の花京院自体が全く別の場所にいて、偽物の花京院がエスデスを攻撃したとしても、彼女に名乗ることすらしないのは不自然なんですよ。アヴドゥルさん、あなたがあれほど警戒する力の持ち主なんでしょう?
花京院を追いこむのにこれ以上ない人材のはずです。なのに一度たりとも名前も姿も明かさなかったというのは...」
「なんということだ...このままでは承太郎たちが危ない!」

椅子から立ち上がるアヴドゥルの手を掴み、ジョセフがどうにか諌めようとする。

「落ち着くんじゃアヴドゥル!」
「ですがこのままでは!」
「いえ、彼は大丈夫でしょう」

動揺するアヴドゥルとは対照的に、ヒースクリフはあくまでも冷静に見解を述べる。


「承太郎は私たちと合流する際に、偽物であることよりも肉の芽について警戒をしていました。つまり、彼は花京院が肉の芽に操られている可能性も忘れていないということです。
それに、彼は花京院に勝っているのでしょう?手の内を知り尽くしている相手です。多少は苦戦しても、易々と敗北することはないでしょう」
「そ、そうか...」
「...ただ、心配なのはむしろ花京院です」

一度は収まりかけたアヴドゥルの動揺が、再び色濃くなっていく。

「まどかは花京院に致死寸前にまで追い込まれました。それだけでなく、先輩の死で精神が不安定になっています。
もし、そんな彼女が花京院と遭遇すれば...もし、花京院に承太郎や足立が追い詰められれば...」
「――――ッ!」

その先は考える間でもないと言わんばかりに、アヴドゥルが部屋の入口へ駆け出そうとする。

「ジョースターさん、すぐにコンサートホールへと戻りましょう!」
「待て、勝手な行動を」

するな、と言葉を繋ぐ前に、ジョセフの背筋が一瞬で凍りつく。
殺気だ。エスデスの放った殺気がジョセフの足を縫いとめたのだ。

「ジョセフ、事情は後で説明してやる。ヒースクリフ、グリーフシードとやらはまだあるか?」
「ええ」

ヒースクリフはデイパックからグリーフシードを一つ取り出し、アヴドゥルに投げ渡す。

「アヴドゥル、そのグリーフシードを持ってすぐにコンサートホールへ戻れ。手遅れにならんうちにな」
「うっ...し、しかし」
「早く行け、まどかたちを殺したいのか?...約束だ。私はこいつらを殺さん。こいつらには別の仕事を任せるだけだ」
「...その言葉、嘘じゃあないだろうな」
「二言はない」

アヴドゥルは、横目でジョセフに視線を送ると、ジョセフはそれに無言の頷きで返す。

「...この場は信じるからな」

アヴドゥルは一人部屋から走り去っていく。
ジョセフは内心止めたいと思っていたが、エスデスの刺すような視線により断念をせざるを得なかった。

「お前さん...どういうつもりじゃ」
「余計な邪推をするな。私は自分の駒は裏切らないだけだ」
「ならばなぜワシらを止める」
「お前達には別の仕事があるといっただろう。...ヒースクリフ、私は少し席を外す。アヴドゥルが焦っていた理由を教えておけ」

頷くヒースクリフを確認すると、エスデスはジョセフたちには一瞥もせず部屋から姿を消した。

「...先程、魏志軍という男に襲撃されたと話しましたよね。その際、まどかは彼を殺そうとしたんです。承太郎とアヴドゥルさんを囮にね」
「なんじゃと?さやかからは優しい子だと聞いておるが...」
「おそらく、彼女もそんなつもりはなかったでしょう。しかし、先輩の死に続き再び殺されかけたんです。...彼女も、必死だったに違いありません。その行動の結果が、二人を囮のように扱ってしまったとすれば不思議ではありません。
だからエスデスは、まどかと一番信頼関係が築きあげられている承太郎、感性が一般人に最も近い足立をコンサートホールに残したのです。私がこちらにいるのはまあ...数合わせです。自分が負担になっているとまどかに思わせないためのね」
「そういうことか...なら、ワシらもすぐにアヴドゥルと共にコンサートホールへと戻ろう」
「それはできません。エスデスはあなた達に『仕事を与えるからここで待っていろ』と言いました。これを破れば、あなた達は敵とみなされ厄介なことになるかもしれません」
「しかしじゃな...」
「このままあなた達がいけば、私は彼女の怒りを買い殺されるかもしれない...お願いです、もう少しだけ待っていてください」

ジョセフからすれば、殺し合いに乗っていなくとも危険人物であるエスデスの言うことなど聞くいわれはない。
しかし、懇願するように頼み込むヒースクリフの表情は本気だ。
エスデスはこのままジョセフたちを逃がせば、ヒースクリフを殺すだろう。

「...あんたらがここに来るまで、何事も無かったんだよな」

今まで口数の少なかったエドワードが尋ねる。

「ええ。コンサートホールからここまではさして苦労もありませんでした」
「だったらよ、あのアヴドゥルって人はコンサートホールまでは危険な目に遭う可能性は低いってわけだ」
「む...確かに、後藤やDIOがコンサートホールの方面に逃げていれば必ずすれ違うはず...」
「待とうぜ、ジョースターさん。わざわざヒースクリフさんを危険な目に遭わせる必要はねえよ」

そう言った彼の眼は、先程よりは生気を取り戻していた。
時間をおいたのが利いたのだろう。精神的な疲労はまだ見えるが、会ったばかりの他者にも気を遣える程度には冷静さを取り戻していた。

「ありがとうエドワードくん。すみません、ジョセフさん」
「仕方あるまい...お前さんも、だいぶ苦労しているようだしな」

三人はひとまず席に着き、それきり言葉を発することなくエスデスの帰りを待った。
五分程経過しただろうか。
ドアを空けてエスデスが姿を現した。

「待たせてすまなかったな。ジョセフ、エドワード。お前達はこっちの解析を頼む」

入って来るなり、エスデスはジョセフとエドワードに円状の物を投げ渡す。

「っとと...なんじゃこれは」

ジョセフ達が渡されたのは、金属だった。
その形状から、これは皆に着けられている首輪であることをジョセフは察した。
だが、彼らはロクに交戦しておらず、首輪を手にするには誰かを殺さなければならないはずだが...

「―――おい」

エドワードがエスデスを睨みながら口を開く。

「あんたらは此処に来るまで誰も殺してないって言ってたよな」

その声には、怒りが、敵意が隠すことなく込められている。

「だったら、この首輪はどこから持ってきやがった」

エスデスはその怒りも敵意もどこ吹く風といった表情で言い放った。

「サンプルならすぐそこにあっただろう」

瞬間、エドワードが掴みかかろうとエスデスに肉薄する。
彼を突き動かしたのは純粋な怒りだ。
エスデスに掴みかかる寸前で、しかしそれは背後から肩を掴まれ遮られる。

「落ち着いてください」

エドワードを取り押さえたのはヒースクリフ。
それを見たジョセフは目を見張る。

(速い...!)

一番近くにいたジョセフでさえ、エドワードを取り押さえるには至らなかった。
だが、エドワードが跳びかかることを想定していたとしても、それなりに経験を積んだだけの人間とは思えない程に素早かったのだ。
ジョセフからしてみれば、さやから魔法少女にすら匹敵するほどに見えた。

エスデスが、動けないエドワードを見下す。

「なにを憤っている。奴らは死んだ。なら、死体をどう扱おうが私の勝手だろう」
「だからって...!」
「呆れたやつだ。人間は死ねばそれだけの肉塊だ。そんなこともわからないのか」

エドワードは言葉を詰まらせる。
人間の身体など水、炭素、アンモニア、石灰、リン、塩、硝石、イオウ、マグネシウム、フッ素、鉄、ケイ素、マンガン、アルミニウムと幾何かの元素の合成物でしかない。
エスデスの言葉は極端ではあるが、かつてエドワード自身が幼い頃の修行で得た答えと似通ったものだ。
だが、それでも弔うこともせずに平然と遺体を辱める行為と言動にエドワードは怒りを覚えずにはいられなかった。

「...ふっ。どうあっても納得できないようだな。だが...」

エスデスがエドワードの頬を掴み、顔を近づける。

「奴らがこうなったのはお前が弱かったからだ、エドワード・エルリック」

エスデスの冷たい吐息が、視線が、言葉がエドワードに降りかかる。

「憶えておけ。弱者は何をされようが文句は言えない。私の行動を否定したければ、強くなってみせろ」

エスデスとエドワードの視線が交差する。
やがて、エスデスはエドワードの頬から手を離し、踵を返した。

「これ以上ここにいても意味はないな。行くぞ、ヒースクリフ」

名前を呼ばれたヒースクリフは、エドワードから手を離し、エスデスの後を追う。

「待てよ」

投げかけられるエドワードの声に、エスデスの足がピタリと止まる。

「こんな状況だ。あんたのやったことも間違ってないのかもしれない」

エドワードの一挙一動に対して、いつでも反応できるようにジョセフとヒースクリフは互いに動ける準備をする。

「だが、やっぱりあんたは気に入らねえ」

言い放つエドワードの眼には、確かに敵意や怒りが宿っている。
しかし、彼はそれ以上エスデスをどうすることもなく、部屋が静寂に包まれる。
やがて、エスデスは小さく笑みをこぼすと、再び歩きはじめた。

「ここから先はお前達の好きにするといい。また会おう、エドワード・エルリック。それにジョセフ・ジョースター」

片手をあげ去っていくエスデスに続き、ヒースクリフもまたエドワードたちに会釈をして部屋から立ち去った。



「さてと。これからの方針だがな、私は北へ行こうと思う」

能力研究所の裏口で、エスデスはヒースクリフとこれからの方針について話し合っていた。
話し合うと言っても、エスデスが一方的に決めているだけであるのだが。

「ふむ...しかしここから北ですと、範囲が随分と狭いですが...」
「だからこそだ。DIOは手傷を負っているのだろう?となれば、なるべく参加者との接触を避けたいと思うはずだ」
「故に北、ですか...しかし、アヴドゥルさんたちの到着を待たなくてもよろしいのですか?」
「奴の能力を聞いたら俄然戦る気が湧いてきた。奴との戦いは一人で集中したい。お前がアヴドゥルを遠ざけたのもそれが理由だろう?」

瞬間、ヒースクリフは木々がざわめき小鳥が逃げ出す錯覚を覚えた。
エスデスの眼光が鋭くなり、ヒースクリフの背筋に怖気が走る。
だが、彼はそれを恐怖とは思わない。

「...はて、なんのことでしょうか」
「とぼけるなよ。花京院の件について、お前はわざと奴が本物である可能性を強調していた。アヴドゥルをコンサートホールへ戻らせるためにな。
お前は他人の能力についてえらく関心を持っていたようだからな。DIOの能力を聞いたときの私の反応を見て、思ったんだろう?『奴らの戦いを見てみたい』とな」
「......」
「アヴドゥルやまどかのように他人の能力を警戒するのではない。しかし、足立のように腹に一物を抱えているわけでもない...他人の能力を知ってお前はなにがしたいんだ?」

一歩間違えばエスデスに命を刈り取られかねない状況。
しかし、エスデスの問いに、彼は笑みを浮かべている。
彼は、エスデスのような戦闘狂ではない。かといって、この状況で気が触れたわけでもない。

「私はただ興味があるだけですよ。私の知らない未知の存在にね」

彼は、ただ知りたかった。
科学者としての好奇心。
ゲームクリエイターとしての創作意欲。
湧き上がってくる少年のような好奇心。
彼はそれらを満たしたかった。
主催に接触しようという彼の目的も、己の欲求を満たすための手段の一つにすぎない。
いまのヒースクリフ―――否、芽場晶彦にとってこのバトルロワイアルはそれが全てだった。

彼の答えを得て、エスデスは小さく笑みをもらす。

「お前も変わったやつだ...己の欲望を満たすためなら、手段を択ばない。それが自らを危険に晒すことになろうともな」
「それはあなたも同じでしょう」
「違いない」


エスデスと芽場晶彦は、互いにくすくすと笑い合い、やがて笑いが収まると北へと向かって歩き出した。
エスデスはほくそ笑む。

(DIOの能力は間違いない...時間停止だ)

よもや、一日に二度も同じ領域に踏み込んだ者たちに遭遇するとは、夢にも思っていなかった。
平行世界だかなんだか知らないが、自分のいた世界ではこんな体験はできなかっただろう。

(おまけにDIOは私と違い、何度も時間を止められるらしい)

今度ばかりは死ぬかもしれないな、と思いつつも、彼女の笑みは未だに絶えない。

(そうだ。極限までの命のやり取りこそが真の闘争だ。さあ、どちらかがくたばるまで楽しませてくれよ、DIO)

勿論、彼女は負けるつもりなど微塵もない。
そして、DIOを殺した後も彼女の戦は終わらない。
とにかく出会う参加者たちと戦いを挑み、気に入れば勧誘し、そうでなければそのまま殺す。
そのためにわざわざエドワードを挑発し、アヴドゥルを一人戻らせたのだ。
首輪を外させることもそうだが、それ以上に闘争の火だねとなればこれほど嬉しいことはない。
欲をいえば、前川みくの首切りをエドワードにやらせたかったが、あまり遊んでいてはDIOを逃がしてしまう可能性がある。
アヴドゥルを先にコンサートホールへ向かわせたのも、楽しみが減るのを防ぐためだ。
コンサートホールにいる者たち、特に承太郎はこのまま自分と相容れるとは考えにくい。おそらく終盤までには確実に離反するだろう。
闘争の火だねはまだまだ多い。
DIOとの戦いからが、自らにとってのバトルロワイアルが始まることをエスデスは確信する。



そして、彼女を迎えるように雷鳴が鳴り響く。

(どうやら、私の読みは当たったらしい)

研究所での闘争には乗り遅れてしまったが、今度こそ逃すわけにはいかない。
距離からして、急げばさして時間はかからないだろう。

「急ぐぞヒースクリフ。今度こそ愉しい戦に乗り遅れんようにな」



【F-2/一日目/昼】


ヒースクリフ(茅場晶彦)@ソードアートオンライン】
[状態]:健康、異能に対する高揚感と興味
[装備]:神聖剣十字盾@ソードアートオンライン、ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン
[道具]:基本支給品一式、グリーフシード(有効期限あり)×2@魔法少女まどか☆マギカ、ランダム支給品(確認済み)(2)  ノーベンバー11の首輪
[思考]
基本:主催への接触(優勝も視野に入れる)
0:もっと異能を知りたい。見てみたい。
1:要所要所で拠点を入れ替えつつ、アインクラッドを目指す
2:同行者を信用しきらず一定の注意を置き、ひとまず行動を共にする
3:神聖剣の長剣の確保
4:DIOに興味。安全な範囲内でなら会って話してみたい。 エスデスとの戦いを見てみたい。
5:キリト(桐ヶ谷和人)に会う
6:花京院典明には要警戒。
[備考]
※参戦時期はTVアニメ1期におけるアインクラッド編終盤のキリトと相討った直後。
※ステータスは死亡直前の物が使用出来るが、不死スキルは失われている。
※キリト同様に生身の肉体は主催の管理下に置かれており、HPが0になると本体も死亡する。
※電脳化(自身の脳への高出力マイクロ波スキャニング)を行う以前に本体が確保されていた為、電脳化はしていない(茅場本人はこの事実に気付いていない)。
※ダメージの回復速度は回復アイテムを使用しない場合は実際の人間と大差変わりない。
※この世界を現実だと認識しました。
DIOがスタンド使い及び吸血鬼だと知りました。
※平行世界の存在を認識しました。


【エスデス@アカメが斬る!】
[状態]:健康 
[装備]:
[道具]:デイパック、基本支給品、不明支給品1~3
[思考]
基本:殺し合いを愉しんだ後に広川を殺す。
0:DIOと戦うために北へ向かう。見つからなければコンサートホールへと戻る。
1:DIOの館へ攻め込む。
2:クロメの仇は討ってやる
3:殺し合いを愉しむために積極的に交戦を行う。殺してしまったら仕方無い。
4:タツミに逢いたい。
[備考]
※参戦時期はセリュー死亡以前のどこかから。
※奥の手『摩訶鉢特摩』は本人曰く「一日に一度が限界」です。
※アブドゥルの知り合い(ジョースター一行)の名前を把握しました。
※DIOに興味を抱いています。
暁美ほむらに興味を抱いています。
※暁美ほむらが時を止めれる事を知りました。
※自分にかけられている制限に気付きました。
※DIOがスタンド使い及び吸血鬼であることを知りました。 また、DIOが時間停止を使えることを知りました。
※足立が何か隠していると睨んでいます。
※平行世界の存在を認識しました。

エスデスたちが北上するのとほぼ同時刻、ジョセフとエドワードは研究所の入口から外へと出た。

「みくという子の埋葬はいいのか?」
「...確かにしてやりたいけど、あんたの仲間を追うのが先だ。早く行こう」

先刻よりはだいぶ立ち直ったように見えるエドワードの言葉に、ジョセフは頷きで返す。
狙ってやったのかどうかは知らないが、エスデスの言動はエドワードに火を点けてしまったらしい。
尤も、エスデスのそれは、スポ根漫画によくある敢えて悪役を演じて鼓舞するものではなく、単純に本人が愉しみたい故のものであるだろうが。
とにかく、アヴドゥルの後を追おうとした矢先のことだった。

「ムッ!?」

北部で雷が鳴り響く。
この晴れ渡った空で雷が落ちることなどありえない。
ならば、一体だれが。心当たりはひとつしかない。


「...ジョースターさん。やっぱり、あいつをこのまま放っておくわけにはいかねえよ」

エドワードがポツリと呟く。

「御坂...じゃな」
「ああ。あいつ、あのままだと絶対に止まらねえよ」

そういうなり、エドワードはいきなり両手を合わせ

「ぬおおおおお!?」

ジョセフとエドワードの間に、隆起した壁が立ちふさがる。

「あんたはあのアヴドゥルって人とコンサートホールに行ってくれ!あいつは俺が止める!」
「待つんじゃエドワードくん!」

ジョセフの呼びかけに答えず、エドワードが走り去っていく。
先手を取られた。
エドワードが『あいつを放っておくわけにはいかない』と言った瞬間、ジョセフは彼が単独行動に出る可能性を察していた。
そのため、いつでもスタンドを出せるようにしておいたのだが、エドワードはそれすらも読みきり、錬金術を用いてジョセフから離脱した。

(くっ...どうする、どうすればいい!?)

彼を放っておくわけにはいかない。
しかし、それはコンサートホールの方も同じだ。
コンサートホールか、エドワードの後を追うか。
彼の選択肢は―――


『奴らがああなったのは、お前が弱いからだ』

エスデスの言葉が脳内で反芻される。

(そうだ。みくが死んだのは、あいつにみすみす殺させちまったのは俺の責任だ)

彼女達だけではない。
後藤に殺されたと思われるジャック・サイモン
エドワードと彼は、交わした言葉も少ない。ただ、みくの居場所を教えてもらっただけの間柄だ。
だが、それでも命が失われたという事実は彼には重い。
自分が後藤と共に戦わなかったせいで死んだとすれば...いや、事実そうなのだろう。
エドワードの左拳が悔しさで握り絞められる。

(...だからって、これ以上死人を増やしてたまるかよ!)


だが、ここでエドワードが膝を折るわけにはいかない。
今までもそうだった。
かつて、自分達が追い求めたものの巻き添えで殺された男がいた。
彼の家族は悲しんだ。彼女たちに糾弾されるのは当然だとすら思っていた。
だが、彼女達は糾弾するどころか、悲しみに耐えながら言ってくれた。
ここであなた達が諦めれば彼の死は無駄になる、自分達の納得する方法で前へ進めと。
今回もそうだ。
ここで全てを諦めれば、それこそみくたちやジャックの死を無意味なものとなってしまう。
エドワード・エルリックに出来るのは、いくら無力感に打ちのめされようが、どれだけ泥にまみれようが、己の信念を貫き成し遂げようと前へ進むことだけだ。

(俺のせいで殺しに乗ったってんなら、これ以上殺すってんなら、百万発ぶん殴ってでも止めてやる。首を洗って待ってやがれ、御坂美琴...!)

『鋼』の二つ名を与えられた国家錬金術師、エドワード・エルリック。
爆弾狂、ゾルフ・J・キンブリーすら認めた彼の『殺さない』覚悟は、このバトル・ロワイアルという非常な現実の中でもまだ折れていない。


【F-2/一日目/昼】

※能力研究所内に、前川みくの死体(首切断)、食蜂操祈(ミイラ体、首切断)、ノーベンバー11の残骸が放置されています。


【ジョセフ・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(中~大) 、ダメージ(大)
[装備]:いつもの旅服。
[道具]:支給品一式、三万円はするポラロイドカメラ(破壊済み)@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース、市販のシャボン玉セット(残り50%)@現実、テニスラケット×2、
カレイドステッキ・サファイア@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ、クラスカード・ライダー&アサシン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ(アサシン2時間使用不可)、ドミネーター@PSYCHO PASS-サイコパス- 食蜂操祈の首輪
[思考・行動]
基本方針:仲間と共にゲームからの脱出。広川に一泡吹かせる。
0:アヴドゥルを追いコンサートホールへと戻るか、エドワードの後を追うか...
1:仲間たちと合流する
2:DIOを倒す。
3:DIO打倒、脱出の協力者や武器が欲しい。
[備考]
※参戦時期は、カイロでDIOの館を探しているときです。
※『隠者の紫』には制限がかかっており、カメラなどを経由しての念写は地図上の己の周囲8マス、地面の砂などを使っての念写範囲は自分がいるマスの中だけです。波紋法に制限はありません。
※一族同士の波長が繋がるのは、地図上での同じ範囲内のみです。
※殺し合いの中での言語は各々の参加者の母語で認識されると考えています。
※初春とタツミとさやかの知り合いを認識しました。
※魔法少女について大まかなことは知りました。
※時間軸のズレについてを認識、花京院が肉の芽を植え付けられている時の状態である可能性を考えています。
※仕組みさえわかれば首輪を外すこと自体は死に直結しないと考えています。



[サファイアの思考・行動]
1:ジョセフに同行し、イリヤとの合流を目指す。
2:魔法少女の新規契約は封印する。

【エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(中)、全身に打撲、右の額のいつもの傷、精神的疲労(大)
[装備]:無し
[道具]:ディパック×2、基本支給品×2 、ゼラニウムの花×3(現地調達)@現実、
不明支給品×0~2、ガラスの靴@アイドルマスターシンデレラガールズ、
パイプ爆弾×4(ディパック内)@魔法少女まどか☆マギカ、みくの不明支給品1~0 前川みくの首輪
[思考]
基本:主催の広川をぶっ飛ばす
0:雷のもとへ向かい、御坂をボコしてでも殺しを止めさせる。
1:大佐やアンジュ、前川みくの知り合いを探したい。
2:エンブリヲ、DIO、御坂、エスデス、ホムンクルスを警戒。ただし、ホムンクルスとは一度話し合ってみる。
3:ひと段落ついたらみくを埋葬する。

[備考]
※登場時期はプライド戦後、セントラル突入前。
※前川みくの知り合いについての知識を得ました。
※ホムンクルス達がこの殺し合いに関与しているのではと疑っています。 関与していない可能性も考えています。
※仕組みさえわかれば首輪を外すこと自体は死に直結しないと考えています。
※エスデスに嫌悪感を抱いています。




アヴドゥルは走る。
道に躓き、転びそうになりつつ、それでも走り続ける。
彼が求めるのは仲間の安否。

(私の嫌な予感はこれだったか...!)

もしも花京院がコンサートホールを襲撃すれば、まどかは恐怖から彼を殺してしまうかもしれない。
そして、まどかが彼を殺せば承太郎はまどかを殺すだろう。
あの場に残っているのは一般人の足立だけ。刑事とはいえ、一般人がスタンド使いと魔法少女を止めることは不可能だ。
つまり、惨劇を止められる者はあの場にはいない。
だが、そんなことはあってはならないのだ。

(早まるなよ、承太郎、まどか、花京院!)


アヴドゥルは冷静ではなかった。
ジョセフ自身が先に行けと促したこともあるが、あれほど警戒していたエスデスにジョセフを預ける形になったのは、心のどこかでエスデスに信頼を置いていたのかもしれない。
一方的な約束ではあったが、キッチリ時間を守り、コンサートホールに承太郎たちを連れてきたこと。
彼女なりに気を遣い、まどかに悲しむ時間を与え、負担にならない編成を組んだこと。
あれほど強大な力を持っているのに、全てを殺しまわるのではなく、一応は主催を倒すことを目的としていること。
危険で厄介な女ではあるが、警戒心の中にほんのわずかにでも『頼もしい』『信用できる』と思う心がなかったとは断言できない。
故に、冷静さを欠いたアヴドゥルは彼女の言葉に従ってしまったのかもしれない。

魔術師は気づかない。
彼の想いを嘲笑うかのように、コンサートホールの方角から煙が立ち昇っていることに。


【E-2/一日目/昼】

【モハメド・アヴドゥル@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:健康、精神的疲労(小)
[装備]:
[道具]:デイパック、基本支給品、ウェイブのお土産の海産品@アカメが斬る! グリーフシード(有効期限あり)×1@魔法少女まどか☆マギカ
[思考]
基本:殺し合いを止めDIOを倒し広川ら主催陣を倒し帰還する。
0:仇は必ずとるぞ、ポルナレフ、イギー
1:急いでコンサートホールに戻り、花京院の件を伝えて惨劇を防ぐ。
2:エスデスは相当ヤバイ奴。まどかも危険な匂いがする。
3:ジョースターさん達との合流。
4:DIOを倒す。
5:もしこの会場がスタンド使いによるものなら、案外簡単に殺し合いを止めれるんじゃないか?
※参戦時期はDIOの館突入前からです。
※イェーガーズのメンバーの名前を把握しました。
※アカメを危険人物として認識しました。タツミもまた、危険人物ではないかと疑っていますが、ジョセフと行動していたことから警戒心は薄まっています。
※エスデスを危険人物として認識しており、『デモンズエキスのスタンド使い』と思い込んでいます。
※ポルナレフが殺されたと思い込んでいます。
※この会場の島と奈落はスタンド使いによる能力・幻覚によるものではないかと疑っています。
※スタンドがスタンド使い以外にも見える事に気付きました。
※エスデスがスタンド使いでないことを知りました。
※平行世界の存在を認識しました。

時系列順で読む
Back:雷光が照らすその先へ Next:不穏の前触れ

投下順で読む
Back:雷光が照らすその先へ Next:インヴォーク

090:足立透の憂鬱 ヒースクリフ(芽場晶彦) 127:ならば『世界』を動かす
モハメド・アブドゥル 123:無数の罪は、この両手に積もっていく
エスデス 127:ならば『世界』を動かす
102:noise エドワード・エルリック
ジョセフ・ジョースター 129:Crazy my Beat
最終更新:2015年11月22日 22:24