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てのひらのたいよう(中編) - (2008/04/25 (金) 01:56:14) の1つ前との変更点
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**てのひらのたいよう(中編) ◆tu4bghlMIw
「ようやくか」
ガコガコと妙な音を発しながら、原稿を吐き出すこのプリンタは本当にオンボロだった。
最新のレーザー式のものであれば百枚近い印刷作業だって、数分でこなす事が出来る。
だが、このプリンタはどうだ?
スカーを説得して戻って来た時点から何度も校正作業は行っている。が、イマイチ速度が上がらない。
その理由は旧式にも程があるこのオンボロにある……と少なくともねねねは見ていた。
彼女だけがここで一人、単独行動を取っている。
考察? バトル?
そんなもんは明智と清麿とスカーに任せておけ。
自分は本を書く。文章を書く。物語を書く。それでいい。というか、それしか出来ない。
……この結論を出すまでにどれだけの時間が掛かったのかは置いておいて。
菫川ねねねは眼鏡の位置を直しながら、ある程度の確信を持てる段階まで練り上げた原稿――いわゆる最終原稿――の具合をチェックしていた。
明智達も自分がこの部屋に居る事は知っているはずだ。
緊急事態、って奴が発生する可能性もあるのでそこまでノンビリはしていられないが、その辺は抜かりは無い。
イザとなれば原稿だけ引っ掴んで逃げ出す準備は万端だ。レーダーがあるんだ。用事があればやって来るだろう、多分。
「……菫川先生。お話があります」
こんな、具合にな。
「本当にお前はいつもいきなり現れるんだな。で、私は今度は誰を説得すりゃあいいんだ?」
まるでコチラの作業が終わるのを待っていたかのように、絶妙なタイミングでねねねの背後からイヤミったらしい声が響いた。
「残念ながら、今回はそう易々と説得出来そうな相手ではありません」
「……マジで新しい客かよ」
「ええ、残念ながら」
明智はポケットの中から煙草を一本取り出すと、おもむろにソレへと火を付ける。
別に重度の喫煙者という訳でもないだろうが、やけにその仕草が様になっているのは何故だろう。
「菫川先生も吸われますか?」
「私は煙草なんて吸わない。……いいから話せって」
「失礼。接近しているのはヴィラル、シャマル、ルルーシュ・ランペルージの三名。
とはいえ、首輪レーダーに引っ掛からないチミルフが彼らと行動を共にしている可能性も十分に考えられます」
一息。ケースごと明智は煙草とライターをテーブルの上にトン、と音を立てて置いた。
後で勝手に吸え、という意味だろうか。
それとも出した手前、引っ込みが付かなくなったのか。
が、どちらにしろ自分達の状況が相当に危うい事だけは理解出来た。
明智の手元には既にコイツの代名詞にすらなった気がする携帯電話が握られている。
情報があるだけに、心労も増えるって寸法だろう。
「で、明智。あんたの取った選択は?」
「……スカー氏に彼らの撃退を頼みました」
「いきなり、だな。大丈夫なのかよ?」
「彼は闘い慣れている。そして引き際も十分に弁えています。
ガジェットドローンを渡してありますので緊急時にはソレで連絡を貰う手筈になっています」
ガジェットドローン……あのブサイクな機械の事か。ねねねは自身の脳内から、同名の物体を検索する。
なるほど、アレなら離れていてもスカーの側からこちらにコンタクトを取れる。
流石に首輪レーダーを持たせる訳にはいかなかったのだろう。苦肉の策としては上等だ。
「ギアス、っていう催眠術については?」
「当然、スカー氏には細心の注意を払うようお願いしました。幸いにもルルーシュ・ランペルージは身体能力に関しては下の下。
事実、気絶して仲間に庇われる彼をスカー氏は見掛けているそうです。サングラスか何かがあれば良かったのですが……流石にそこまでは」 「……ま、いいんじゃないの。私はアンタ達の決定に従うし。で、これから私は何を?」
「バラバラに行動するのは好ましくありません。今、フォーグラーにいるゆたかさんを高嶺君が呼びに行っています。
例の……会議室は分かりますか? あそこが集合地点です」
「了解。明智も一緒に?」
「ええ、合流の手筈は既に――む?」
説明している最中でも明智は携帯電話の液晶画面による監視の手を休めなかった。
普通、人と話している時に携帯を弄ってたら文句の一つも言ってやるが、今回は少々事情が違う。
首輪のついてる参加者の動きを完全に把握する事が可能なトンデモアイテムだ。
そしてマトモな戦闘力を持たない自分たちの生命線……ソレぐらいは大目に見てやる。
「どうした?」
「いえ……いくつか、不可解な反応が。鴇羽舞衣、言峰綺礼両名の首輪の反応が消滅――はともかくとして。
どうも、小早川さんが所内を移動しているようなのです」
「はぁ? フォーグラーの中に居るんじゃなかったのか?」
「そう聞いていたので私が携帯電話を受け取ったのですが……いけませんね。入れ違いです」
額に指先を当て、明智が一瞬だけ考え込むような仕草を取った。
どうも、ゆたかが動かない事を前提に明智が携帯を持ち周囲の監視を担当した事が仇になったようだった。
今現在清麿の反応はフォーグラーの入り口近辺。
ゆたかは所内をまるで『目的地などないかのように』うろついている。
「菫川先生。先に会議室の方へ行っていて頂けますか」
「了解。さっさと来いよ」
「……すみません」
それだけ明智は言い残すと足早に部屋を出て行った。
残されたのはねねねと一応の校正を終えた原稿、そして未だギッシリと中身が詰まっている煙草のケース。
ひとまず、ねねねは明智が置いていった煙草を回収し自らのポケットの中にしまう。
流石にこれ以上の修正作業は難しいだろう。一刻も早く、襲撃者に備えなければならない。
原稿にパンチで穴を空け、綴り紐を通す。出来れば大き目の封筒などあれば最高だったが、そこまでは期待出来ないようだ。
さて、出発。
▽
部屋を出て、フォーグラーとは逆方向にある会議室へと向かう道。
流石に刑務所という建物だけあって、デジタルな要素とは程遠い。
パソコンのある部屋を見つけられた時点で相当に幸福だったのだ。
そこら中から紙を掻き集めて、直筆で原稿を作る羽目にならなかったのは地獄で掴んだ蜘蛛の糸のようなものか。
刑務所の廊下は薄暗く、かび臭い。
何故か、スースーと吹き込んで来る夜風にねねねは眉を顰めた。
普通は外部への脱出を防ぐために、強固に造られている筈である。
当然、窓なども少なく開閉式ではなく大抵がはめ込み式……なのだが。
「あん?」
廊下の一部分。ぽっかりと大きな穴が空いている。
月光に照らされたその一角にごろり、と横たわる変な物体をねねねは発見した。
何かが、ある。
怪しさと違和感に満ち溢れた妙な物体が。
「……ロボ? いや、にしてもブッサイクだな……」
赤い身体、そして『顔』を象ったその形は、まるで何か他の機械とドッキングする事を前提に作られたようにしか見えない。
そう、それはどう見てもロボットだ。
金属独特のツルリとした光沢や角張った全体的なフォルム。そして見る者を圧倒するような独特の雰囲気。そして操縦シートやレバー。
明らかに人が乗り込む事を前提とした造りになっている。
とはいえ、全長はせいぜい大人一人分程。ロボットというかSF小説などに出てくる作業用ポット、とでも言った方が適切な気がする。
戦力としては到底期待出来そうにもない。
「穴……? つか、こんなのどこから……?」
ねねねが腕を組み、首を傾げた。
ぶっちゃけた話、彼女は校正作業に夢中になっていたあまり、ロボットが南の空から飛んで来た事に気付いていなかったのだ。
地下エレベーターの先、フォーグラー内部にいた清麿ですら察知した衝撃に、だ。
しかし彼女が知らないのは、ロボットの出自――消防署に突っ込んだ東方不敗にぶん投げられた――だけではない。
名前も、そしてこの機体が秘めいている可能性に関してもまるで無知だ。
彼女は知らない――この機体が持つ無限の可能性を。
このロボットの名前は、ラガン。
今は亡き参加者の一人、穴掘りシモンがジーハ村での作業中に発見したガンメンである。
しかし、その実態は螺旋族の開発した対アンチ=スパイラル用の機動兵器が一つ。
合体したメカを支配し、なおかつその構造をも作り変えてしまう最強のコアマシン。
荒唐無稽、痛快無比、天上天下。
天を突くドリルを持ち、気合と根性でありとあらゆる無茶を突き通す。
そんな、銀河をも揺るがす最強のスーパーロボット――天元突破グレンラガンの中枢であった。
▽
視界はもう一度、緑色に戻った。
長いエレベーターを越え、薄暗い廊下を抜けた先はシズマドライブが取り囲む特別な部屋。
適当に歩き回った挙句、結局私は元居た場所に帰って来ていた。
つまり例の巨大ロボットの中だ。緑色の試験管、そして赤い石。
フワフワと漂うような感覚はどんどん身体を埋め尽くす。
三百六十度どこを見渡しても似たような景色。頭が……変になる。
でも最後にあの変なロボットに出会ってからの記憶が、曖昧だった。
それ以降、誰にも会っていない事だけは確かとはいえ……。
だって、今のこんな私を見たら、高嶺君も菫川先生も明智さんも、絶対に怒る筈だから。
「どうして一人で出歩いたりしたんだ!?心配したんだぞ!!」って。
私にはその問い掛けに答える事は出来ない。
理由を知りたいのは私の方だ。本当に、身勝手な話だけど。
黒と黄緑とそして光るパネル。床は冷たい銀色の金属。
踏み締めた床板を確かめるように、一歩一歩私はキラキラと瞬く電子機械の近くへと引寄せられていった。
ここだけが球形の部屋の中で、明らかに異色な場所だった。だって何かを操作をするような装置がある。
大怪球、フォーグラー。
「高嶺君。まだ、帰ってないのかな」
冷たい部屋の中には、やっぱり高嶺君はいなかった。
多分それなりの時間が経っている筈だから、もしかして入れ違いになってしまったのかもしれない。
でも、今は誰とも会いたくない気分だった。
メインルームに入った時……本当は、少しだけ安心している自分がいた。
身体が熱くて、頭が朦朧として、どこかに休める場所はないかと辺りを見回して見る。
さっきみたいに床で横になるのは、やっぱりさすがに少しだけ気が引けた。
向かって正面に凄く立派な革張りの椅子がある。あそこなら休んでも大丈夫だろうか。
少し、私には大き過ぎる気もしたけれど。
私はゆっくりとパネルの正面に位置する椅子へと腰を降ろし、深々とその身を預けた。
こうして自分の身体の小ささを意識するともう一人思い出す人がいる。
イリヤちゃん。確か本名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
お姫様みたいに可愛らしい名前だなぁって、最初に聞いた時思ったのを覚えている。
しかも驚いた事に、本当にお城に住んでいる……本物のお姫様らしかった。
真っ白い髪に赤い瞳。
私が持っていた作り物の人形だって、ここまで完璧な美しさを持っている筈もなくて。
サラサラの髪の毛に陶磁器のように透き通った肌。歌うような声。
何もかもが完璧だった。そして彼女は、決してツクリモノのロボットでは不可能なくらい感情豊かに笑っていた。
シンヤさんが死んだ事を知らされて、茫然自失になっていた私を……励ましてくれた。
でも、イリヤちゃんはもうこの世にはいない。
大切な人を救うため――たった一人で勇敢に戦いの嵐の中へと飛び込んで行った。
そして、その背中を私も見送ったのだ。
ゾクッと、背筋を嫌な感覚が駆け上るのを感じる。
いけない、また……熱が上がって来たような気がする。
イリヤちゃんは本当に、凄い。
だって他の人の為に、自分の身を犠牲にしてまで頑張る事が出来るなんて……。
――――もしも、自分が同じ状況に置かれたら、いったい私はどんな行動を取るんだろう?
例えば、Dボゥイさんが、かがみお姉ちゃんが、高嶺君が、明智さんが、菫川先生がピンチだって事が判明して。
救い出すために、私に白羽の矢が立ったとして。
――――私は、どうするのでしょうか?
泣き出してしまうかもしれない。
情けない言い訳をしたりして逃げ出してしまうかもしれない。
少し前の私には、もう少し強い気持ちがあった筈なのに。
なんだろう。……ダメだ、心を強く持つ事が出来ない。
自分がどうしようもなくダメで、他の人に依存してばかりの情けない人間だって事実を自覚してしまったせいなのかな。
『どうして、こんなに私はダメなんだろう』
一度でもそう思い出したら歯止めが利かなくて。
そう、まるで螺旋だ。
良くない思いがグルグルと私の中で無限回廊のように廻り続ける。
DNAが螺旋構造になっている事ぐらい私だって知っている。
でも、私の中を掻き回すのはそんな……生き物としての強さなんかじゃない。絶望の、螺旋だ。
だから結局私は自暴自棄になるしかない。
今、目の前にある世界が、人間が、嫌で嫌でたまらない。
なにがどうなろうと関係ない。どうでもいい。
「ん……」
そういえば、いつの間に世界は元の色に戻ったのだろう。
確か、ぜんぶぜんぶ真っ赤になっていたような気がしたのに。
普通の電気色の照明がピカピカと部屋の中を照らす。緑色の試験管はとても綺麗だ。
でもどうしてだろう。カラーライトなんて、この部屋の中にはない。では何が赤く……?
「あ……」
ふと周囲に視線を散らすと、すぐさまその疑問は氷解した。
そう、部屋中のメロンジュースがストロベリージュースになったんだった。
そして切っ掛けは私の何気ない行動。
四つのパネルの中央に、まるで台座のように並ぶ三つの孔だ。
あそこの一つ……私がシズマドライブを差し込んだんだっけ。
その一本は未だに健在で、液体の中に浮いている赤いさくらんぼみたいな石は少しだけ美味しそうだった。
だけど、その光景はイマイチ実感が湧かないものだった。
だって孔が三つあるのに一つだけしか埋まってないなんて、何かがおかしいような気がしてならない。
何か、間違っているだろうか。
実際の所、一本差した所で何も起こらなかった。じゃあ二本は? 三本だとどうなる?
「そう……だ」
私はもう一度身体を起こすと、壁の周りに並んでいる管を二本引き抜いた。
もちろん空白を埋めるため、だ。
一つだけじゃ、可哀想だ。とても……寂しい。
せっかくこんなに沢山周りに予備があるのに、一番大事そうに見える中央に余白があるなんてダメだ。
高嶺君が……何か言っていたような気もする。
だけど、実際何も起こらなかったのだから、大丈夫な筈だ。
それにちゃんと嵌まったって事は、そこに差し込むように造られたって考えるのが自然なような気もする。
あの、ドリルのように。
「えいっ!」
そして、私は埋まっていない二つの孔に向けて――――シズマ管を突き刺した。
カチン、と小さな音が二つ。ハッキリと私の鼓膜を揺らした。
何かがしっかりと嵌まる音。いったいどうなるのだろう、思わず私は息を呑んだ。
私は、ついさっきあの赤いロボットに拒絶されたばかりだ。
鍵を嵌め込んでも何も起こらない、そんな経験をしてすぐ……また、似たような事をしている。
自分は命を持たない機械にすら必要とされないのだろうか。
心の中が嫌な想いで一杯になる。それでも……私は誰かに認めて貰える事を求めてしまう。
だから高嶺君の言い付けも守らないで、勝手に動いている。
そして、
「あ……」
私は、勝負に勝った。
瞬間、世界がもう一度赤く染まる。
再度のレッドアウト。部屋中の緑色が一斉にその彩を変化させて行く。
そう。
右を見ても、
左を見ても、
上を見ても、
そして、前を見ても、
全部全部全部全部……血のような、炎のような、黄昏のような――――紅。
「ゆれ、てる」
床がグラグラと揺れ始める。
まるで何かが動き出すような、そんな生命の息吹にも似た少しだけ――心地良い振動だった。
しかも、今回は明らかにさっきの時と違う。
ブラックホールのように、先が見えないくらい続いていた黒い廊下のある方向からプシュッという短い音が響いた。
続けて幾つものシャッターが降りて、私が座っていたメインルームを遮蔽する。
そして、部屋は完全な半球へと変わった。
まるで何かが始まるんじゃないか、そんな事を頭の隅っこで考えます。
でも、私は少しだけ嬉しかったんです。
だって、
「……よかった」
さっきと違って……こっちのロボットはちゃーんと動いてくれたんですから。
「ゆたかちゃんっ!!!!」
その時、聞こえて来たのはそこにいる訳がない人の声だった。
私はビックリしてキョロキョロと辺りを見回す。
メインルームには誰もいなかった筈。誰も……帰ってこなかった筈だ。
「誰も……? え、あ……も、モニター?」
やっぱり、部屋の中には誰もいなかった。そう、声が聞こえて来たのは後ろでも横でもなくて、前。
つまり操縦席の前に展開されている4つのパネルのうちの一つ。
そこにはモニターとオーディオに付いているようなダイヤルがいくつか。
声自体は左右に置かれた外部スピーカーから流れてくるようだった。
「高嶺……くん?」
モニターに映っていたのは、学生服のシャツ姿の男の子――高嶺清麿君だった。
彼は両方の拳を固く握り締め、両目を吊り上げてこちらを睨み付けている。
凄く、怖い顔をしていた。
私は高嶺君がそんな表情をした所を見た事がありませんでした。
どうして、でしょう。
私は何かいけない事でもしてしまったのでしょうか。
でも、多分、きっと――――高嶺君はもの凄く怒っていた、それだけは確かな気持ちだった。
お腹の奥が突然、キリキリと痛み出した。
嫌だ、
怖い、
どうして高嶺君はそんな眼で私を見るのだろう。
ああ、やっぱり――――
私なんかが、このロボットに乗るのは相応しくないって事なのでしょうか。
▽
「……馬鹿な」
ヴィラルの口から漏れたのは『驚愕』の色を多分に含んだ一言だった。
傷の男、スカーとヴィラル&シャマルが戦闘を開始してから数分。
当然、油断や慢心などもなく、眼の前の的を確実に殺害するつもりで攻撃している。しかし、
「ヴィラルさんっ!」
「……分かっている。あのニンゲンは一筋縄ではいかない……」
通じない、のだ。
ヴィラルの獲物は元の世界で使用していた剣と似た具合に使用出来る大鉈。
シャマルはブーストデバイス・ケリュケイオンに援護射撃用のワルサーWA2000。
当然、戦闘開始と同時にヴィラルにはシャマルによってケリュケイオンの本来の持ち主であるキャロ・ル・ルシエのように、幾重にも補助魔法が施されている。
つまり、
『ブーストアップ・ストライクパワー』
『エンチャント・ディフェンスゲイン』
『ブーストアップ・アクセラレイション』の重ね掛けである。
これによって齎される加護は「攻撃」「防御」「速度」の上昇。
シャマル自身が得意とする魔法が古代ベルカ式の物であるため、ミッドチルダ式の魔法は実際不得手である。
しかし、補助専門のデバイスが存在するのはそれらの魔法に十分過ぎる効果があるためだ。
現にヴィラルの能力は相当に強化されている――筈なのだが。
「……ふむ」
褐色の大男が一歩、前へ出る。男の身体には未だ傷一つない。
それは悉くヴィラルの斬撃がスカーによって止められているため……いや『自身を破壊されないようにする』だけで精一杯だからだ。
「――ッ!!」
「クソッ!!!」
その体格に見合わないほどの俊敏さでスカーが一気に間合いを詰める。
スカーの右腕の異名は"破壊"である。
通常、錬金術とは『理解』『分解』『再構築』の三要素によって成り立っている。
スカーその右腕によって人体であろうと、無機物であろうと一瞬で"破壊"する事が出来るのだ。
ヴィラルは既に持っていた短剣を四本破壊されている。
防御力を強化する魔法をシャマルによって掛けられてはいるが、恐らくほとんど効果を成さないだろう。
「触れられれば必殺である」というのは、戦うものにとって恐怖の何者でもない。
「グッ、貴様……なんだ、その力は!?」
「俺は自身について他人に語る舌など持たん」
そして、更にもう一本。
上段から振り下ろされるヴィラルの右腕を左手で掌握。そしてがら空きになった短剣を右手でもって――破壊する。
バチッ、という電撃に似た音と共に鉄製の真新しい剣は一瞬にてその形を失う。塵となって霧散。
そして、続けざまに腰の入った右回し蹴りを放つ。
「ガッ――!?」
ヴィラルは何とか左腕を動かし、スカーの蹴りから自身の身体を守る。
強烈な衝撃がガードした左腕を襲う。
痛みに顔を顰めながらも腰に差していた大鉈へとすぐさま武器を持ち替え、スカーへと振るうもやはり不発。
危険を察知したスカーは既にヴィラルの右腕の拘束を外し、一歩下がった位置にいる。
「……ならばっ!!」
武器を拳銃――S&W M38に持ち替え、距離を取ろうとしても早々上手くはいかない。
当然の如く、イシュヴァールの僧兵が修める格闘術を根幹に置いたスカーの戦闘スタイルにとって遠距離からの攻撃は天敵である。
が、破壊の右腕は何も直接触れた相手にだけ左右する訳ではないのだ。
破壊の錬金術だけを地面に雷光のように走らせ、遠隔攻撃する事も出来る。
近くの建物を破壊して攻撃する事も可能。
そして右腕だけではなく、長い脚や腕を生かした近接格闘のプロフェッショナルでもある。
例えば彼らが今戦闘している場所は道中をコンクリートによって舗装された市街地である。
周囲には幾つも大小様々な建造物が立ち並び、どちらかと言えば自然物の方が少ないほどだ。
つまり、スカーにとっては絶好の狩場、なのだ。
「なっ――!?」
故にむざむざ、離脱を許す訳もない。
スカーの錬金術は破壊する対象を単純に分ければ『無機物』と『有機物』に分類して破壊する。
銃を撃つために間合いを取ろうとしたヴィラルの足元のコンクリートを錬金術によって破壊。
そして、一足の元に――接近。
「このっ!」
ヴィラルの側にいたシャマルがワルサーWA2000のトリガーを引く。
迫る弾丸は二発。当然、完全な視認など出来る速度ではない……のだが、
「無駄だ」
スカーは銃を持った相手と戦う事に熟練しているのだ。
彼は国家錬金術師を殺害するために、何十人もの憲兵を殺害している。
主に、銃を武器として使用する兵士達をだ。
銃の専門家などではなく、しかも用いる銃は数kgにも及ぶ狙撃銃……弾丸を躱す事など造作もない。
が、僅かながら体勢が崩れた。
その隙を突いてヴィラルが大鉈を振りかぶり突進してくるが――やはり、足りない。
そもそもスカーの格闘術は単身でアメストリス軍の兵士十人分の戦力に匹敵する、とまで称されるレベルのものである。
確かにヴィラルは白兵戦においても優れた技術を有している。
しかし本来ガンメンに乗って戦闘する事が彼の本分だ。肉弾戦ではスカーには到底敵わない。
「ガアァァァッッッ!!!」
右の前蹴りがヴィラルの腹部に突き刺さる。完全に決まった。
一瞬でヴィラルは吹き飛ばされ、後方の壁に背中をしたたかに打ち付けた。
「ヴィラルさんっ! 大丈夫ですかっ!?」
「グッ……あ、ああ……」
飛ばされたヴィラルを心配してから、シャマルが顔を真っ青にしながら彼へと駆け寄る。
その背中は非常に無防備で、彼女が殺し合いに乗っている事を疑いたくなる程だった。
だが、スカーは――追わない。
止むを得ない場合は殺す。しかし、彼らの持つ情報は非常に有用だ。出来る限り生かして捉えたい所だ。
それに螺旋の力に目覚めた者を殺害するのは忍びない。
そして、
「……さて。そろそろ出て来てはどうだ、"ルルーシュ・ランペルージ"よ。
見ているのだろう、お前が何を考えているのか分からんが……この二人はそう長くは持たんぞ」
スカーは辺りを見回しながら、未だ姿を見せない人物へと呼びかける。
――ルルーシュ・ランペルージ。黒の騎士団というレジスタンス組織を率いる若き革命者。
彼がヴィラルとシャマルの二人を尾行している事実は明智から前もって知らされている。
確実に、まだこの辺りにいる筈なのだ。
「ふむ。どうやら、かくれんぼはお気に召さないようだな」
石塀を背に尻餅を付くヴィラル、寄り添うシャマル。二人を威圧するスカー。そして、四人目――
カッ、とコンクリートの地面を硬い靴底で蹴る音。
漆黒の闇、黄金色の月。
カチカチと点滅する古めかしい街灯の光に照らされ、一人の少年が姿を現した。
「こ、子供……?」
「とはいえ、この二人はよくやってくれた方だな。予想外なまでに役目は果たしてくれた。状況を分析するには十分だったな」
「……ほう」
「しかし……どういう事だ? 俺の位置だけでなく、名前まで把握しているとは?
いかに卓越した戦士であろうと、そこまでの情報を間接的に収集する事が出来るとは思えない。
気配を探る、程度ではまるで不全だ。では特別な索敵能力でも持っているのか?
そうだ……俺だけでなく、この二人の名前も"初めから"知っていたのだったな? 確かにこの二人は何度も互いに名前を呼び合っている。
しかし、俺が最後に名前を呼ばれたのは少なくとも"奴ら"と別れる前後だ。つまり約六時間ほど前……。
それではその段階から既に俺達を尾行していた? 違うな。それではこのタイミングで接触して来た理由が説明出来ない。
やはり貴様のその台詞には、何らかの確固たる自信が感じられる。酷く、確証めいた何かが……」
彼ら三人の戦士を尻目に、少年――ルルーシュは悠然とした足取りで闇夜を闊歩する。
まるで詩でも詠んでいるかのようだ、とスカーは思った。
その場にいる人間に向けて自らの推理を披露するかのように、彼は言葉を重ねる。
「加えて貴様の戦い方も不可解だ。既に二人の人間を躊躇なく殺害しているようには到底見えない。
まるでわざわざ『殺さないように』手を抜いている。そう、俺には感じられてならない。
心変わりでもしたか? ククク……それこそ、馬鹿げた問答だな。
そして明智という名前。ふむ、こちらは参加者の一人である明智健悟と見て間違いないか。
まるでこちらの戦力を見極めた結果、単独で俺達を出迎えに来たような口振りだったな。
またヴィラルが螺旋王の配下である事、そしてシャマルの異名。どちらもそう簡単には入手出来ない情報だ。つまり、」
ルルーシュはゼロのマントだけを学生服の上に羽織り、自らの仮説を展開する。
仮面は――付けていない。
当然、その選択一つにも意味がある。ゼロの仮面にはギアスを使用するための独立開閉機能が組み込まれている。
しかし、その事実を把握しているのはこの場ではルルーシュ本人のみ。
重要なのはあくまで『ルルーシュの顔をこの場で晒す』ただその一点。
彼が今から行う誘導において、素顔を偽る事は利をもたらさない。
「仮説は二つ。少なくとも貴様の仲間には広範囲の索敵能力、もしくはソレに順ずる能力者がいる。
加えてこちらの内情を理解する手段……ふむ、考え難いが精神感応能力(テレパス)……か?
紙を自由自在に操る者、妙な光線を発射する者、槍で空を飛翔する者。……ああ、全てを破壊する者。貴様もそうだったな。
他にも常識から外れた異能者が存在することは想像に難くないだろう。
ああ、そうだ。そして、何よりもこの説を補強する事実がある――――」
ルルーシュが口元をニタリ、と歪ませた。
明確な論理の核へと彼が到達した事を匂わせる特徴的な動作だ。
大きくルルーシュは両手を広げると、片手で自らの左目を抑えながら呟いた。
「傷の男よ。貴様、何故――俺の"眼"を見ようとしない?」
彼の持つギアス――絶対遵守の力。
発動条件は「互いの眼を合わせる事」だ。
そう、スカーはルルーシュが現れてから一度も彼の顔を見ようとはしなかった。
明智達が『詳細名簿から入手した情報』はスカーにも知らされていた。
眼と眼、つまり視覚情報を通して相手を催眠状態へと陥らせる魔眼……それこそが、ルルーシュの力である。
ならば、敵対する筈のスカーがおいそれとルルーシュを見る事など出来る筈がなかった。
そしてその事実こそがルルーシュに分析材料を与えてしまったのである。
(……ミス、か?)
スカーは厳しい目付きのまま、自らの失敗を呪った。
未だ、誰にもその正体には到達していないとルルーシュが判断しているらしいその力を、自分が知っている。
つまりそれによって――
ルルーシュは確信する――己の詳細な情報が外部に漏れている、という事実に。
▽
「…………妙、ですね」
明智はレーダー機能を搭載した携帯電話を操作しながら、清麿との合流を目指していた。
が、同時に周囲の状況を分析することも欠かせない。
このグループを統率する明智が持つ最大手とは圧倒的な情報量に裏付けされた周囲の参加者の掌握にある。
力のある相手との戦いを避け、確実に戦力となる人間を自らのグループに組み込む。
単純なようで、非常に骨の要る作業だ。
まず現在の明智達の集団は全部で五名の人間によって構成される。
メンバーは明智健悟、高嶺清麿、菫川ねねね、小早川ゆたか、スカーの五名だ。
それぞれの能力もバランスが取れてはいるが、比率的に言えば確実に戦闘要員が足りない。
実質、スカー一人だけが他の参加者と渡り合うだけの実力を持っている。
明智も銃の扱いは人並み以上ではあるが、純粋な戦闘となれば分が悪い。
清麿はガッシュ、もしくはビクトリームという"魔物"の知り合いと合流出来れば強力な力を発揮する事が出来るがやはり足りない。
ねねねは男勝りで勝気な性格ではあるが、戦いには向かない。
ゆたかに関しては、戦わせるなど持っての他である。
(外で交戦中のスカー氏の方は……どうやら、様子を伺っていたルルーシュが戦闘に介入したようですね。
寄り添うシャマルとヴィラルの横を通り過ぎて……やはり三人は手を組んでいる、という可能性が強いようですね。
となると、一人だけヴィラル達から離れて行動してたルルーシュの支配下に既に彼らは置かれている……というパターンが妥当でしょうか。
傀儡、という訳ですか。ソレはつまり、集団を率いた戦闘に熟練した彼にとっては絶好の駒。……いけませんね)
明智はその時点での状況を確認しつつ、ソレらを携帯電話の『テキスト帳機能』を用いて記録していく。
当然、彼の頭脳ならば一度把握した状況であれば、大概思い出せるとはいえ、他人に説明する時に関して言えば不便と言わざるを得ない。
大勢の人間にレーダーの動きを説明するには、観測者である自分がソレを文字として記しておくのが最良だ。
今は刑務所内を移動しているため、紙に書き記すのは困難。故の緊急策である。
(そして問題の所内……小早川さんと高嶺君が地下のフォーグラー内。
菫川先生は汎用口近くの廊下で立ち止まって……妙ですね、確かに会議室へ向かうよう伝えた筈なのですが。
……まあ、いいでしょう。それ以上におかしいのは小早川さんだ。
私が印刷室で菫川先生と接触していた際の配置は『小早川さん=エレベーター近くの廊下』『高嶺君=フォーグラー内部』でした。
その後入れ違うように彼女は再度、フォーグラー内へと移動……そして、おそらく中核。ここで立ち止まりました。
ここからが問題です。その後、どうやら地下へと降りた筈の高嶺君が『小早川さんと接触しようとしない』のは何故なのでしょうか。
彼の立ち位置は以前の推測から察するに、エレベーターとフォーグラーを結ぶ通路の途中。何故、このような半端な場所で?
しかし依然、両者は立ち止まったまま……彼女を呼びに行った高嶺君がアクションに移らないのはあまりに異様…………いや?)
そこまで推察して、明智の足が止まった。
彼も現在は地下に集まった二人の少年少女を迎えに行くため、そして一度フォーグラーを確認するため地下エレベーターへと向かっていた。
「まさか……!!」
頭を過ぎる一つの可能性――――最悪のパターンである。
そして、明智はすぐさま走り出した。先ほどまでの早歩きではない。完全なる全力疾走の形で、だ。
(これは……もしや……!! 『両者の間に何かしらの遮蔽物がある』というケースではッ!?
つまり、フォーグラーが発進態勢に入った……という仮説。
両者がフォーグラーの装甲を隔てて会話していると推察すれば、全ての辻褄が合う。いけないっ……!!)
フォーグラーの内部でゆたかが何らかの操作を行い、誤ってこの機神を起動させた――絶対にありえない話では、ない。
(急がなければ……!! このままでは取り返しのつかない事に……!!)
▽
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|249:[[てのひらのたいよう(前編)]]|明智健悟|249:[[てのひらのたいよう(後編)|
|249:[[てのひらのたいよう(前編)]]|スカー(傷の男)|249:[[てのひらのたいよう(後編)|
|245:[[【ZOC】 絶望の器 (後)]]|明智健悟|249:[[てのひらのたいよう(後編)|
|249:[[てのひらのたいよう(前編)]]|高嶺清麿|249:[[てのひらのたいよう(後編)|
|249:[[てのひらのたいよう(前編)]]|小早川ゆたか|249:[[てのひらのたいよう(後編)|
|249:[[てのひらのたいよう(前編)]]|ヴィラル|249:[[てのひらのたいよう(後編)|
|249:[[てのひらのたいよう(前編)]]|シャマル|249:[[てのひらのたいよう(後編)|
|249:[[てのひらのたいよう(前編)]]|ルルーシュ・ランペルージ|249:[[てのひらのたいよう(後編)|
**てのひらのたいよう(中編) ◆tu4bghlMIw
「ようやくか」
ガコガコと妙な音を発しながら、原稿を吐き出すこのプリンタは本当にオンボロだった。
最新のレーザー式のものであれば百枚近い印刷作業だって、数分でこなす事が出来る。
だが、このプリンタはどうだ?
スカーを説得して戻って来た時点から何度も校正作業は行っている。が、イマイチ速度が上がらない。
その理由は旧式にも程があるこのオンボロにある……と少なくともねねねは見ていた。
彼女だけがここで一人、単独行動を取っている。
考察? バトル?
そんなもんは明智と清麿とスカーに任せておけ。
自分は本を書く。文章を書く。物語を書く。それでいい。というか、それしか出来ない。
……この結論を出すまでにどれだけの時間が掛かったのかは置いておいて。
菫川ねねねは眼鏡の位置を直しながら、ある程度の確信を持てる段階まで練り上げた原稿――いわゆる最終原稿――の具合をチェックしていた。
明智達も自分がこの部屋に居る事は知っているはずだ。
緊急事態、って奴が発生する可能性もあるのでそこまでノンビリはしていられないが、その辺は抜かりは無い。
イザとなれば原稿だけ引っ掴んで逃げ出す準備は万端だ。レーダーがあるんだ。用事があればやって来るだろう、多分。
「……菫川先生。お話があります」
こんな、具合にな。
「本当にお前はいつもいきなり現れるんだな。で、私は今度は誰を説得すりゃあいいんだ?」
まるでコチラの作業が終わるのを待っていたかのように、絶妙なタイミングでねねねの背後からイヤミったらしい声が響いた。
「残念ながら、今回はそう易々と説得出来そうな相手ではありません」
「……マジで新しい客かよ」
「ええ、残念ながら」
明智はポケットの中から煙草を一本取り出すと、おもむろにソレへと火を付ける。
別に重度の喫煙者という訳でもないだろうが、やけにその仕草が様になっているのは何故だろう。
「菫川先生も吸われますか?」
「私は煙草なんて吸わない。……いいから話せって」
「失礼。接近しているのはヴィラル、シャマル、ルルーシュ・ランペルージの三名。
とはいえ、首輪レーダーに引っ掛からないチミルフが彼らと行動を共にしている可能性も十分に考えられます」
一息。ケースごと明智は煙草とライターをテーブルの上にトン、と音を立てて置いた。
後で勝手に吸え、という意味だろうか。
それとも出した手前、引っ込みが付かなくなったのか。
が、どちらにしろ自分達の状況が相当に危うい事だけは理解出来た。
明智の手元には既にコイツの代名詞にすらなった気がする携帯電話が握られている。
情報があるだけに、心労も増えるって寸法だろう。
「で、明智。あんたの取った選択は?」
「……スカー氏に彼らの撃退を頼みました」
「いきなり、だな。大丈夫なのかよ?」
「彼は闘い慣れている。そして引き際も十分に弁えています。
ガジェットドローンを渡してありますので緊急時にはソレで連絡を貰う手筈になっています」
ガジェットドローン……あのブサイクな機械の事か。ねねねは自身の脳内から、同名の物体を検索する。
なるほど、アレなら離れていてもスカーの側からこちらにコンタクトを取れる。
流石に首輪レーダーを持たせる訳にはいかなかったのだろう。苦肉の策としては上等だ。
「ギアス、っていう催眠術については?」
「当然、スカー氏には細心の注意を払うようお願いしました。幸いにもルルーシュ・ランペルージは身体能力に関しては下の下。
事実、気絶して仲間に庇われる彼をスカー氏は見掛けているそうです。サングラスか何かがあれば良かったのですが……流石にそこまでは」 「……ま、いいんじゃないの。私はアンタ達の決定に従うし。で、これから私は何を?」
「バラバラに行動するのは好ましくありません。今、フォーグラーにいるゆたかさんを高嶺君が呼びに行っています。
例の……会議室は分かりますか? あそこが集合地点です」
「了解。明智も一緒に?」
「ええ、合流の手筈は既に――む?」
説明している最中でも明智は携帯電話の液晶画面による監視の手を休めなかった。
普通、人と話している時に携帯を弄ってたら文句の一つも言ってやるが、今回は少々事情が違う。
首輪のついてる参加者の動きを完全に把握する事が可能なトンデモアイテムだ。
そしてマトモな戦闘力を持たない自分たちの生命線……ソレぐらいは大目に見てやる。
「どうした?」
「いえ……いくつか、不可解な反応が。鴇羽舞衣、言峰綺礼両名の首輪の反応が消滅――はともかくとして。
どうも、小早川さんが所内を移動しているようなのです」
「はぁ? フォーグラーの中に居るんじゃなかったのか?」
「そう聞いていたので私が携帯電話を受け取ったのですが……いけませんね。入れ違いです」
額に指先を当て、明智が一瞬だけ考え込むような仕草を取った。
どうも、ゆたかが動かない事を前提に明智が携帯を持ち周囲の監視を担当した事が仇になったようだった。
今現在清麿の反応はフォーグラーの入り口近辺。
ゆたかは所内をまるで『目的地などないかのように』うろついている。
「菫川先生。先に会議室の方へ行っていて頂けますか」
「了解。さっさと来いよ」
「……すみません」
それだけ明智は言い残すと足早に部屋を出て行った。
残されたのはねねねと一応の校正を終えた原稿、そして未だギッシリと中身が詰まっている煙草のケース。
ひとまず、ねねねは明智が置いていった煙草を回収し自らのポケットの中にしまう。
流石にこれ以上の修正作業は難しいだろう。一刻も早く、襲撃者に備えなければならない。
原稿にパンチで穴を空け、綴り紐を通す。出来れば大き目の封筒などあれば最高だったが、そこまでは期待出来ないようだ。
さて、出発。
▽
部屋を出て、フォーグラーとは逆方向にある会議室へと向かう道。
流石に刑務所という建物だけあって、デジタルな要素とは程遠い。
パソコンのある部屋を見つけられた時点で相当に幸福だったのだ。
そこら中から紙を掻き集めて、直筆で原稿を作る羽目にならなかったのは地獄で掴んだ蜘蛛の糸のようなものか。
刑務所の廊下は薄暗く、かび臭い。
何故か、スースーと吹き込んで来る夜風にねねねは眉を顰めた。
普通は外部への脱出を防ぐために、強固に造られている筈である。
当然、窓なども少なく開閉式ではなく大抵がはめ込み式……なのだが。
「あん?」
廊下の一部分。ぽっかりと大きな穴が空いている。
月光に照らされたその一角にごろり、と横たわる変な物体をねねねは発見した。
何かが、ある。
怪しさと違和感に満ち溢れた妙な物体が。
「……ロボ? いや、にしてもブッサイクだな……」
赤い身体、そして『顔』を象ったその形は、まるで何か他の機械とドッキングする事を前提に作られたようにしか見えない。
そう、それはどう見てもロボットだ。
金属独特のツルリとした光沢や角張った全体的なフォルム。そして見る者を圧倒するような独特の雰囲気。そして操縦シートやレバー。
明らかに人が乗り込む事を前提とした造りになっている。
とはいえ、全長はせいぜい大人一人分程。ロボットというかSF小説などに出てくる作業用ポット、とでも言った方が適切な気がする。
戦力としては到底期待出来そうにもない。
「穴……? つか、こんなのどこから……?」
ねねねが腕を組み、首を傾げた。
ぶっちゃけた話、彼女は校正作業に夢中になっていたあまり、ロボットが南の空から飛んで来た事に気付いていなかったのだ。
地下エレベーターの先、フォーグラー内部にいた清麿ですら察知した衝撃に、だ。
しかし彼女が知らないのは、ロボットの出自――消防署に突っ込んだ東方不敗にぶん投げられた――だけではない。
名前も、そしてこの機体が秘めいている可能性に関してもまるで無知だ。
彼女は知らない――この機体が持つ無限の可能性を。
このロボットの名前は、ラガン。
今は亡き参加者の一人、穴掘りシモンがジーハ村での作業中に発見したガンメンである。
しかし、その実態は螺旋族の開発した対アンチ=スパイラル用の機動兵器が一つ。
合体したメカを支配し、なおかつその構造をも作り変えてしまう最強のコアマシン。
荒唐無稽、痛快無比、天上天下。
天を突くドリルを持ち、気合と根性でありとあらゆる無茶を突き通す。
そんな、銀河をも揺るがす最強のスーパーロボット――天元突破グレンラガンの中枢であった。
▽
視界はもう一度、緑色に戻った。
長いエレベーターを越え、薄暗い廊下を抜けた先はシズマドライブが取り囲む特別な部屋。
適当に歩き回った挙句、結局私は元居た場所に帰って来ていた。
つまり例の巨大ロボットの中だ。緑色の試験管、そして赤い石。
フワフワと漂うような感覚はどんどん身体を埋め尽くす。
三百六十度どこを見渡しても似たような景色。頭が……変になる。
でも最後にあの変なロボットに出会ってからの記憶が、曖昧だった。
それ以降、誰にも会っていない事だけは確かとはいえ……。
だって、今のこんな私を見たら、高嶺君も菫川先生も明智さんも、絶対に怒る筈だから。
「どうして一人で出歩いたりしたんだ!?心配したんだぞ!!」って。
私にはその問い掛けに答える事は出来ない。
理由を知りたいのは私の方だ。本当に、身勝手な話だけど。
黒と黄緑とそして光るパネル。床は冷たい銀色の金属。
踏み締めた床板を確かめるように、一歩一歩私はキラキラと瞬く電子機械の近くへと引寄せられていった。
ここだけが球形の部屋の中で、明らかに異色な場所だった。だって何かを操作をするような装置がある。
大怪球、フォーグラー。
「高嶺君。まだ、帰ってないのかな」
冷たい部屋の中には、やっぱり高嶺君はいなかった。
多分それなりの時間が経っている筈だから、もしかして入れ違いになってしまったのかもしれない。
でも、今は誰とも会いたくない気分だった。
メインルームに入った時……本当は、少しだけ安心している自分がいた。
身体が熱くて、頭が朦朧として、どこかに休める場所はないかと辺りを見回して見る。
さっきみたいに床で横になるのは、やっぱりさすがに少しだけ気が引けた。
向かって正面に凄く立派な革張りの椅子がある。あそこなら休んでも大丈夫だろうか。
少し、私には大き過ぎる気もしたけれど。
私はゆっくりとパネルの正面に位置する椅子へと腰を降ろし、深々とその身を預けた。
こうして自分の身体の小ささを意識するともう一人思い出す人がいる。
イリヤちゃん。確か本名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
お姫様みたいに可愛らしい名前だなぁって、最初に聞いた時思ったのを覚えている。
しかも驚いた事に、本当にお城に住んでいる……本物のお姫様らしかった。
真っ白い髪に赤い瞳。
私が持っていた作り物の人形だって、ここまで完璧な美しさを持っている筈もなくて。
サラサラの髪の毛に陶磁器のように透き通った肌。歌うような声。
何もかもが完璧だった。そして彼女は、決してツクリモノのロボットでは不可能なくらい感情豊かに笑っていた。
シンヤさんが死んだ事を知らされて、茫然自失になっていた私を……励ましてくれた。
でも、イリヤちゃんはもうこの世にはいない。
大切な人を救うため――たった一人で勇敢に戦いの嵐の中へと飛び込んで行った。
そして、その背中を私も見送ったのだ。
ゾクッと、背筋を嫌な感覚が駆け上るのを感じる。
いけない、また……熱が上がって来たような気がする。
イリヤちゃんは本当に、凄い。
だって他の人の為に、自分の身を犠牲にしてまで頑張る事が出来るなんて……。
――――もしも、自分が同じ状況に置かれたら、いったい私はどんな行動を取るんだろう?
例えば、Dボゥイさんが、かがみお姉ちゃんが、高嶺君が、明智さんが、菫川先生がピンチだって事が判明して。
救い出すために、私に白羽の矢が立ったとして。
――――私は、どうするのでしょうか?
泣き出してしまうかもしれない。
情けない言い訳をしたりして逃げ出してしまうかもしれない。
少し前の私には、もう少し強い気持ちがあった筈なのに。
なんだろう。……ダメだ、心を強く持つ事が出来ない。
自分がどうしようもなくダメで、他の人に依存してばかりの情けない人間だって事実を自覚してしまったせいなのかな。
『どうして、こんなに私はダメなんだろう』
一度でもそう思い出したら歯止めが利かなくて。
そう、まるで螺旋だ。
良くない思いがグルグルと私の中で無限回廊のように廻り続ける。
DNAが螺旋構造になっている事ぐらい私だって知っている。
でも、私の中を掻き回すのはそんな……生き物としての強さなんかじゃない。絶望の、螺旋だ。
だから結局私は自暴自棄になるしかない。
今、目の前にある世界が、人間が、嫌で嫌でたまらない。
なにがどうなろうと関係ない。どうでもいい。
「ん……」
そういえば、いつの間に世界は元の色に戻ったのだろう。
確か、ぜんぶぜんぶ真っ赤になっていたような気がしたのに。
普通の電気色の照明がピカピカと部屋の中を照らす。緑色の試験管はとても綺麗だ。
でもどうしてだろう。カラーライトなんて、この部屋の中にはない。では何が赤く……?
「あ……」
ふと周囲に視線を散らすと、すぐさまその疑問は氷解した。
そう、部屋中のメロンジュースがストロベリージュースになったんだった。
そして切っ掛けは私の何気ない行動。
四つのパネルの中央に、まるで台座のように並ぶ三つの孔だ。
あそこの一つ……私がシズマドライブを差し込んだんだっけ。
その一本は未だに健在で、液体の中に浮いている赤いさくらんぼみたいな石は少しだけ美味しそうだった。
だけど、その光景はイマイチ実感が湧かないものだった。
だって孔が三つあるのに一つだけしか埋まってないなんて、何かがおかしいような気がしてならない。
何か、間違っているだろうか。
実際の所、一本差した所で何も起こらなかった。じゃあ二本は? 三本だとどうなる?
「そう……だ」
私はもう一度身体を起こすと、壁の周りに並んでいる管を二本引き抜いた。
もちろん空白を埋めるため、だ。
一つだけじゃ、可哀想だ。とても……寂しい。
せっかくこんなに沢山周りに予備があるのに、一番大事そうに見える中央に余白があるなんてダメだ。
高嶺君が……何か言っていたような気もする。
だけど、実際何も起こらなかったのだから、大丈夫な筈だ。
それにちゃんと嵌まったって事は、そこに差し込むように造られたって考えるのが自然なような気もする。
あの、ドリルのように。
「えいっ!」
そして、私は埋まっていない二つの孔に向けて――――シズマ管を突き刺した。
カチン、と小さな音が二つ。ハッキリと私の鼓膜を揺らした。
何かがしっかりと嵌まる音。いったいどうなるのだろう、思わず私は息を呑んだ。
私は、ついさっきあの赤いロボットに拒絶されたばかりだ。
鍵を嵌め込んでも何も起こらない、そんな経験をしてすぐ……また、似たような事をしている。
自分は命を持たない機械にすら必要とされないのだろうか。
心の中が嫌な想いで一杯になる。それでも……私は誰かに認めて貰える事を求めてしまう。
だから高嶺君の言い付けも守らないで、勝手に動いている。
そして、
「あ……」
私は、勝負に勝った。
瞬間、世界がもう一度赤く染まる。
再度のレッドアウト。部屋中の緑色が一斉にその彩を変化させて行く。
そう。
右を見ても、
左を見ても、
上を見ても、
そして、前を見ても、
全部全部全部全部……血のような、炎のような、黄昏のような――――紅。
「ゆれ、てる」
床がグラグラと揺れ始める。
まるで何かが動き出すような、そんな生命の息吹にも似た少しだけ――心地良い振動だった。
しかも、今回は明らかにさっきの時と違う。
ブラックホールのように、先が見えないくらい続いていた黒い廊下のある方向からプシュッという短い音が響いた。
続けて幾つものシャッターが降りて、私が座っていたメインルームを遮蔽する。
そして、部屋は完全な半球へと変わった。
まるで何かが始まるんじゃないか、そんな事を頭の隅っこで考えます。
でも、私は少しだけ嬉しかったんです。
だって、
「……よかった」
さっきと違って……こっちのロボットはちゃーんと動いてくれたんですから。
「ゆたかちゃんっ!!!!」
その時、聞こえて来たのはそこにいる訳がない人の声だった。
私はビックリしてキョロキョロと辺りを見回す。
メインルームには誰もいなかった筈。誰も……帰ってこなかった筈だ。
「誰も……? え、あ……も、モニター?」
やっぱり、部屋の中には誰もいなかった。そう、声が聞こえて来たのは後ろでも横でもなくて、前。
つまり操縦席の前に展開されている4つのパネルのうちの一つ。
そこにはモニターとオーディオに付いているようなダイヤルがいくつか。
声自体は左右に置かれた外部スピーカーから流れてくるようだった。
「高嶺……くん?」
モニターに映っていたのは、学生服のシャツ姿の男の子――高嶺清麿君だった。
彼は両方の拳を固く握り締め、両目を吊り上げてこちらを睨み付けている。
凄く、怖い顔をしていた。
私は高嶺君がそんな表情をした所を見た事がありませんでした。
どうして、でしょう。
私は何かいけない事でもしてしまったのでしょうか。
でも、多分、きっと――――高嶺君はもの凄く怒っていた、それだけは確かな気持ちだった。
お腹の奥が突然、キリキリと痛み出した。
嫌だ、
怖い、
どうして高嶺君はそんな眼で私を見るのだろう。
ああ、やっぱり――――
私なんかが、このロボットに乗るのは相応しくないって事なのでしょうか。
▽
「……馬鹿な」
ヴィラルの口から漏れたのは『驚愕』の色を多分に含んだ一言だった。
傷の男、スカーとヴィラル&シャマルが戦闘を開始してから数分。
当然、油断や慢心などもなく、眼の前の的を確実に殺害するつもりで攻撃している。しかし、
「ヴィラルさんっ!」
「……分かっている。あのニンゲンは一筋縄ではいかない……」
通じない、のだ。
ヴィラルの獲物は元の世界で使用していた剣と似た具合に使用出来る大鉈。
シャマルはブーストデバイス・ケリュケイオンに援護射撃用のワルサーWA2000。
当然、戦闘開始と同時にヴィラルにはシャマルによってケリュケイオンの本来の持ち主であるキャロ・ル・ルシエのように、幾重にも補助魔法が施されている。
つまり、
『ブーストアップ・ストライクパワー』
『エンチャント・ディフェンスゲイン』
『ブーストアップ・アクセラレイション』の重ね掛けである。
これによって齎される加護は「攻撃」「防御」「速度」の上昇。
シャマル自身が得意とする魔法が古代ベルカ式の物であるため、ミッドチルダ式の魔法は実際不得手である。
しかし、補助専門のデバイスが存在するのはそれらの魔法に十分過ぎる効果があるためだ。
現にヴィラルの能力は相当に強化されている――筈なのだが。
「……ふむ」
褐色の大男が一歩、前へ出る。男の身体には未だ傷一つない。
それは悉くヴィラルの斬撃がスカーによって止められているため……いや『自身を破壊されないようにする』だけで精一杯だからだ。
「――ッ!!」
「クソッ!!!」
その体格に見合わないほどの俊敏さでスカーが一気に間合いを詰める。
スカーの右腕の異名は"破壊"である。
通常、錬金術とは『理解』『分解』『再構築』の三要素によって成り立っている。
スカーその右腕によって人体であろうと、無機物であろうと一瞬で"破壊"する事が出来るのだ。
ヴィラルは既に持っていた短剣を四本破壊されている。
防御力を強化する魔法をシャマルによって掛けられてはいるが、恐らくほとんど効果を成さないだろう。
「触れられれば必殺である」というのは、戦うものにとって恐怖の何者でもない。
「グッ、貴様……なんだ、その力は!?」
「俺は自身について他人に語る舌など持たん」
そして、更にもう一本。
上段から振り下ろされるヴィラルの右腕を左手で掌握。そしてがら空きになった短剣を右手でもって――破壊する。
バチッ、という電撃に似た音と共に鉄製の真新しい剣は一瞬にてその形を失う。塵となって霧散。
そして、続けざまに腰の入った右回し蹴りを放つ。
「ガッ――!?」
ヴィラルは何とか左腕を動かし、スカーの蹴りから自身の身体を守る。
強烈な衝撃がガードした左腕を襲う。
痛みに顔を顰めながらも腰に差していた大鉈へとすぐさま武器を持ち替え、スカーへと振るうもやはり不発。
危険を察知したスカーは既にヴィラルの右腕の拘束を外し、一歩下がった位置にいる。
「……ならばっ!!」
武器を拳銃――S&W M38に持ち替え、距離を取ろうとしても早々上手くはいかない。
当然の如く、イシュヴァールの僧兵が修める格闘術を根幹に置いたスカーの戦闘スタイルにとって遠距離からの攻撃は天敵である。
が、破壊の右腕は何も直接触れた相手にだけ左右する訳ではないのだ。
破壊の錬金術だけを地面に雷光のように走らせ、遠隔攻撃する事も出来る。
近くの建物を破壊して攻撃する事も可能。
そして右腕だけではなく、長い脚や腕を生かした近接格闘のプロフェッショナルでもある。
例えば彼らが今戦闘している場所は道中をコンクリートによって舗装された市街地である。
周囲には幾つも大小様々な建造物が立ち並び、どちらかと言えば自然物の方が少ないほどだ。
つまり、スカーにとっては絶好の狩場、なのだ。
「なっ――!?」
故にむざむざ、離脱を許す訳もない。
スカーの錬金術は破壊する対象を単純に分ければ『無機物』と『有機物』に分類して破壊する。
銃を撃つために間合いを取ろうとしたヴィラルの足元のコンクリートを錬金術によって破壊。
そして、一足の元に――接近。
「このっ!」
ヴィラルの側にいたシャマルがワルサーWA2000のトリガーを引く。
迫る弾丸は二発。当然、完全な視認など出来る速度ではない……のだが、
「無駄だ」
スカーは銃を持った相手と戦う事に熟練しているのだ。
彼は国家錬金術師を殺害するために、何十人もの憲兵を殺害している。
主に、銃を武器として使用する兵士達をだ。
銃の専門家などではなく、しかも用いる銃は数kgにも及ぶ狙撃銃……弾丸を躱す事など造作もない。
が、僅かながら体勢が崩れた。
その隙を突いてヴィラルが大鉈を振りかぶり突進してくるが――やはり、足りない。
そもそもスカーの格闘術は単身でアメストリス軍の兵士十人分の戦力に匹敵する、とまで称されるレベルのものである。
確かにヴィラルは白兵戦においても優れた技術を有している。
しかし本来ガンメンに乗って戦闘する事が彼の本分だ。肉弾戦ではスカーには到底敵わない。
「ガアァァァッッッ!!!」
右の前蹴りがヴィラルの腹部に突き刺さる。完全に決まった。
一瞬でヴィラルは吹き飛ばされ、後方の壁に背中をしたたかに打ち付けた。
「ヴィラルさんっ! 大丈夫ですかっ!?」
「グッ……あ、ああ……」
飛ばされたヴィラルを心配してから、シャマルが顔を真っ青にしながら彼へと駆け寄る。
その背中は非常に無防備で、彼女が殺し合いに乗っている事を疑いたくなる程だった。
だが、スカーは――追わない。
止むを得ない場合は殺す。しかし、彼らの持つ情報は非常に有用だ。出来る限り生かして捉えたい所だ。
それに螺旋の力に目覚めた者を殺害するのは忍びない。
そして、
「……さて。そろそろ出て来てはどうだ、"ルルーシュ・ランペルージ"よ。
見ているのだろう、お前が何を考えているのか分からんが……この二人はそう長くは持たんぞ」
スカーは辺りを見回しながら、未だ姿を見せない人物へと呼びかける。
――ルルーシュ・ランペルージ。黒の騎士団というレジスタンス組織を率いる若き革命者。
彼がヴィラルとシャマルの二人を尾行している事実は明智から前もって知らされている。
確実に、まだこの辺りにいる筈なのだ。
「ふむ。どうやら、かくれんぼはお気に召さないようだな」
石塀を背に尻餅を付くヴィラル、寄り添うシャマル。二人を威圧するスカー。そして、四人目――
カッ、とコンクリートの地面を硬い靴底で蹴る音。
漆黒の闇、黄金色の月。
カチカチと点滅する古めかしい街灯の光に照らされ、一人の少年が姿を現した。
「こ、子供……?」
「とはいえ、この二人はよくやってくれた方だな。予想外なまでに役目は果たしてくれた。状況を分析するには十分だったな」
「……ほう」
「しかし……どういう事だ? 俺の位置だけでなく、名前まで把握しているとは?
いかに卓越した戦士であろうと、そこまでの情報を間接的に収集する事が出来るとは思えない。
気配を探る、程度ではまるで不全だ。では特別な索敵能力でも持っているのか?
そうだ……俺だけでなく、この二人の名前も"初めから"知っていたのだったな? 確かにこの二人は何度も互いに名前を呼び合っている。
しかし、俺が最後に名前を呼ばれたのは少なくとも"奴ら"と別れる前後だ。つまり約六時間ほど前……。
それではその段階から既に俺達を尾行していた? 違うな。それではこのタイミングで接触して来た理由が説明出来ない。
やはり貴様のその台詞には、何らかの確固たる自信が感じられる。酷く、確証めいた何かが……」
彼ら三人の戦士を尻目に、少年――ルルーシュは悠然とした足取りで闇夜を闊歩する。
まるで詩でも詠んでいるかのようだ、とスカーは思った。
その場にいる人間に向けて自らの推理を披露するかのように、彼は言葉を重ねる。
「加えて貴様の戦い方も不可解だ。既に二人の人間を躊躇なく殺害しているようには到底見えない。
まるでわざわざ『殺さないように』手を抜いている。そう、俺には感じられてならない。
心変わりでもしたか? ククク……それこそ、馬鹿げた問答だな。
そして明智という名前。ふむ、こちらは参加者の一人である明智健悟と見て間違いないか。
まるでこちらの戦力を見極めた結果、単独で俺達を出迎えに来たような口振りだったな。
またヴィラルが螺旋王の配下である事、そしてシャマルの異名。どちらもそう簡単には入手出来ない情報だ。つまり、」
ルルーシュはゼロのマントだけを学生服の上に羽織り、自らの仮説を展開する。
仮面は――付けていない。
当然、その選択一つにも意味がある。ゼロの仮面にはギアスを使用するための独立開閉機能が組み込まれている。
しかし、その事実を把握しているのはこの場ではルルーシュ本人のみ。
重要なのはあくまで『ルルーシュの顔をこの場で晒す』ただその一点。
彼が今から行う誘導において、素顔を偽る事は利をもたらさない。
「仮説は二つ。少なくとも貴様の仲間には広範囲の索敵能力、もしくはソレに順ずる能力者がいる。
加えてこちらの内情を理解する手段……ふむ、考え難いが精神感応能力(テレパス)……か?
紙を自由自在に操る者、妙な光線を発射する者、槍で空を飛翔する者。……ああ、全てを破壊する者。貴様もそうだったな。
他にも常識から外れた異能者が存在することは想像に難くないだろう。
ああ、そうだ。そして、何よりもこの説を補強する事実がある――――」
ルルーシュが口元をニタリ、と歪ませた。
明確な論理の核へと彼が到達した事を匂わせる特徴的な動作だ。
大きくルルーシュは両手を広げると、片手で自らの左目を抑えながら呟いた。
「傷の男よ。貴様、何故――俺の"眼"を見ようとしない?」
彼の持つギアス――絶対遵守の力。
発動条件は「互いの眼を合わせる事」だ。
そう、スカーはルルーシュが現れてから一度も彼の顔を見ようとはしなかった。
明智達が『詳細名簿から入手した情報』はスカーにも知らされていた。
眼と眼、つまり視覚情報を通して相手を催眠状態へと陥らせる魔眼……それこそが、ルルーシュの力である。
ならば、敵対する筈のスカーがおいそれとルルーシュを見る事など出来る筈がなかった。
そしてその事実こそがルルーシュに分析材料を与えてしまったのである。
(……ミス、か?)
スカーは厳しい目付きのまま、自らの失敗を呪った。
未だ、誰にもその正体には到達していないとルルーシュが判断しているらしいその力を、自分が知っている。
つまりそれによって――
ルルーシュは確信する――己の詳細な情報が外部に漏れている、という事実に。
▽
「…………妙、ですね」
明智はレーダー機能を搭載した携帯電話を操作しながら、清麿との合流を目指していた。
が、同時に周囲の状況を分析することも欠かせない。
このグループを統率する明智が持つ最大手とは圧倒的な情報量に裏付けされた周囲の参加者の掌握にある。
力のある相手との戦いを避け、確実に戦力となる人間を自らのグループに組み込む。
単純なようで、非常に骨の要る作業だ。
まず現在の明智達の集団は全部で五名の人間によって構成される。
メンバーは明智健悟、高嶺清麿、菫川ねねね、小早川ゆたか、スカーの五名だ。
それぞれの能力もバランスが取れてはいるが、比率的に言えば確実に戦闘要員が足りない。
実質、スカー一人だけが他の参加者と渡り合うだけの実力を持っている。
明智も銃の扱いは人並み以上ではあるが、純粋な戦闘となれば分が悪い。
清麿はガッシュ、もしくはビクトリームという"魔物"の知り合いと合流出来れば強力な力を発揮する事が出来るがやはり足りない。
ねねねは男勝りで勝気な性格ではあるが、戦いには向かない。
ゆたかに関しては、戦わせるなど持っての他である。
(外で交戦中のスカー氏の方は……どうやら、様子を伺っていたルルーシュが戦闘に介入したようですね。
寄り添うシャマルとヴィラルの横を通り過ぎて……やはり三人は手を組んでいる、という可能性が強いようですね。
となると、一人だけヴィラル達から離れて行動してたルルーシュの支配下に既に彼らは置かれている……というパターンが妥当でしょうか。
傀儡、という訳ですか。ソレはつまり、集団を率いた戦闘に熟練した彼にとっては絶好の駒。……いけませんね)
明智はその時点での状況を確認しつつ、ソレらを携帯電話の『テキスト帳機能』を用いて記録していく。
当然、彼の頭脳ならば一度把握した状況であれば、大概思い出せるとはいえ、他人に説明する時に関して言えば不便と言わざるを得ない。
大勢の人間にレーダーの動きを説明するには、観測者である自分がソレを文字として記しておくのが最良だ。
今は刑務所内を移動しているため、紙に書き記すのは困難。故の緊急策である。
(そして問題の所内……小早川さんと高嶺君が地下のフォーグラー内。
菫川先生は汎用口近くの廊下で立ち止まって……妙ですね、確かに会議室へ向かうよう伝えた筈なのですが。
……まあ、いいでしょう。それ以上におかしいのは小早川さんだ。
私が印刷室で菫川先生と接触していた際の配置は『小早川さん=エレベーター近くの廊下』『高嶺君=フォーグラー内部』でした。
その後入れ違うように彼女は再度、フォーグラー内へと移動……そして、おそらく中核。ここで立ち止まりました。
ここからが問題です。その後、どうやら地下へと降りた筈の高嶺君が『小早川さんと接触しようとしない』のは何故なのでしょうか。
彼の立ち位置は以前の推測から察するに、エレベーターとフォーグラーを結ぶ通路の途中。何故、このような半端な場所で?
しかし依然、両者は立ち止まったまま……彼女を呼びに行った高嶺君がアクションに移らないのはあまりに異様…………いや?)
そこまで推察して、明智の足が止まった。
彼も現在は地下に集まった二人の少年少女を迎えに行くため、そして一度フォーグラーを確認するため地下エレベーターへと向かっていた。
「まさか……!!」
頭を過ぎる一つの可能性――――最悪のパターンである。
そして、明智はすぐさま走り出した。先ほどまでの早歩きではない。完全なる全力疾走の形で、だ。
(これは……もしや……!! 『両者の間に何かしらの遮蔽物がある』というケースではッ!?
つまり、フォーグラーが発進態勢に入った……という仮説。
両者がフォーグラーの装甲を隔てて会話していると推察すれば、全ての辻褄が合う。いけないっ……!!)
フォーグラーの内部でゆたかが何らかの操作を行い、誤ってこの機神を起動させた――絶対にありえない話では、ない。
(急がなければ……!! このままでは取り返しのつかない事に……!!)
▽
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|245:[[【ZOC】 絶望の器 (後)]]|明智健悟|249:[[てのひらのたいよう(後編)]]|
|249:[[てのひらのたいよう(前編)]]|高嶺清麿|249:[[てのひらのたいよう(後編)]]|
|249:[[てのひらのたいよう(前編)]]|小早川ゆたか|249:[[てのひらのたいよう(後編)]]|
|249:[[てのひらのたいよう(前編)]]|ヴィラル|249:[[てのひらのたいよう(後編)]]|
|249:[[てのひらのたいよう(前編)]]|シャマル|249:[[てのひらのたいよう(後編)]]|
|249:[[てのひらのたいよう(前編)]]|ルルーシュ・ランペルージ|249:[[てのひらのたいよう(後編)]]|
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