凶壊ロゴス(2) ◆qWledVrzo.



思えば、今まで碌な人生ではなかった気がします。
飛び散る硝子の破片を見ながら、私はそう思ったのでした。
時間がずいと凝縮されたその瞬間、私は数多の硝子の破片に映る自分の顔を、恨めしそうに睨んでいました。
何時からこんな馬鹿になったのか、自分でも理解出来ません。
自慢じゃあないんですけど、私は自分の頭脳にはそれなりに自信を持っていますから。
だから別に、こんなの放っておけばよかった話です。
見ず知らずの他人の為に命を張るだなんて、非合理的にも程があるじゃあないですか。
煙草と酒に溺れる毎日、あばら屋は破壊されるし、妙な連中が来やがるし、結婚だってまだですよ。
毎日を平穏に暮らしたいだけなのに、何だって、こんな事してるんだか。

でも、と小萌はへの字に口を曲げ、飛び散る硝子の破片を睨む。
それはそれ、これはこれ。この場で全ての称号が無意味である以上、小萌個人の願いは一つ。
……ごうん、と職員室の中で消火器が跳ねる鈍い音。

廊下側から投げられたそれは、窓硝子を粉砕し、職員室の中で上手く破裂してくれたようだった。
白い粉末を目茶苦茶に撒き散らしながら、消火器が暴れ回る音を聞き、小萌は溜息を零す。
やってしまった、と頭を抱えたくなったが、後の祭というやつだ。
もくもくと窓から溢れる煙に顰めっ面を向けつつ、再び溜息を零す。
そして大きく息を吸い、教室の扉を開く。生徒を大声で煽るのは、何時だって先生だ。
尤も、白濁液まみれのロリ先生がそれをして、本当に効果があるのかは甚だ疑問ではあるが。


「逃げてくだしゃあああああああああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッ!!」


その声は、正に寝耳に水。紬ははっと我に返り、身体に抱き付いている撫子の右手を掴んだ。
そう、今は逃げないと。皆に会わないと。また、あの頃に戻るんだ……!
紬は口を抑えて呻く撫子の腕を肩に掛けると、素早く立ち上がる。
「撫子ちゃん、しっかり! 一緒に逃げますよ!」

……なに、これ。
浅上藤乃は消火器の白煙に噎せながら、薄目で辺りを見渡す。
逃げて下さい? 詰まり、誰かが千石さんと琴吹さんを逃がす為? そういう事?
装着したゴーグルはどうやら隙間はあるようで、煙は遮断されていなかったらしい。
生理的涙と咳に苦しみながら、白亜の世界を藤乃はふらつく。
逃がしてもいいじゃないか、と三割の浅上藤乃が肩を竦めた。
そう、別に無理をして殺す必要もないのだ。また後から殺せばいいだけの話。

    ...
―――本当に?


ずう、と白亜が急激に漆黒へと暗転する幻想。
ブラックボックスと化した教室の中、藤乃はぎょろりと辺りを見渡した。
そう、その判断は間違っているのだ。そっちは致命的ミステイクへと続く選択肢だ、浅上藤乃。
今、獲物を逃がせば、もし仮に黒桐幹也に彼女達が会った場合、如何すると?
嫌な誤解の芽は摘むべきだ。即ち、ここでの二人の逃亡は、意地でも阻止すべき……!
しかしそこまでの思考を経て、藤乃は更に窮地に立つ。
一秒が永遠にも感じられる中、藤乃の演算は、即座に問題点を叩き出した。
そう、今現在視界は最悪、まるで白亜の四面楚歌。この状況下で獲物を曲げるのは、不可能に近い。
更に外には謎の第三者。この惨劇の一部始終を見られたとするなら、彼女も排除しなくてはならない。
いや、もう確実だろう。この惨劇を見ているからこそ、彼女は乱入し救いの手を差し伸べた。
ならば、と藤乃は直立不動のまま、自らの思考にダイブする。深く深く、解を求める為に。
“黒桐幹也との関係”という行動原力に致命的なミステイクを予感した藤乃はこの時、極限の焦躁に身を焦がす。
それだけは避けたいと思える致命的なミスが、今まさに起きようとしている。
見過ごせないが、改善策もない。この場を乗り切る策は、現段階ではゼロに等しい。正に八方塞がり。
しかし藤乃は諦めなかった。先輩という絶対的存在に縋る様に、藤乃は歯を軋ませ眼球を見開く。
一刻も早く、殺さなければ。一刻も早く、三人を排除しなければ! 曲げなければッ!!

「凶れええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

この瞬間、歪曲の魔眼使い浅上藤乃は、新たな能力“千里眼”を無意識に覚醒させる……ッ!!



―――――――――――――



上条ちゃん、後は、任せましたよ。
先生の変わりに、シスターちゃんをちゃちゃーっと救いやがって下さい。
先生はその間、不良生徒を更生教育しますので、ちょーっと遅れますよ。
大丈夫です。先生、これでも生徒指導と道徳は得意分野なんですよ?
心配いらないです。これが終わったら直ぐ、上条ちゃんに追い付きますからね。
嘘じゃないですよ? 絶対、ぜぇーったい、追い付いてみせるんですッ!
……だから、私が居なくなっても悲しまないで下さいね。
上条ちゃんの悲しそうなところを見ると、私も悲しくなるんですから。
貴方は、何時までも真直ぐでいて下さいね。皆を救って下さいね。
笑顔でシスターちゃんに会いに行って下さいね。
私には、ちょっと荷が重過ぎるので、任せるのですよ。
……ね。上条ちゃん。私が馬鹿なあなたを、信じてやると言ってるのです。
だから胸を張って突っ切りやがれなのです。それだけが、私の、月詠小萌先生の願いですよ。

「貴女の所為ですよ」

煙の向こう側から、ぼそり、と低く唸る様な声。
小萌はデッキブラシを片手に、震える身体を呼吸で落ち着ける。
正直、死ぬ程恐い。というか、死ねる。

身体は完全に畏縮してしまっている。小萌は棒のようになった足をちらりと一瞥した。
足が、動かない。先の惨劇を見て、デッキブラシとチューブだけで彼女の相手を?
……無謀過ぎる。誰が見てもそう言うだろう。
レベル0が能力者に挑むだなんて、お世辞にも賢い選択とは言えない。

「貴女の所為で、折角追い詰めたのに見失いました。私、今すごく怒ってます」

白煙のベールをぎゅるりと捻じ切り、だらりと首を項垂れた藤乃が現われる。
さらりと揺れる前髪の隙間から覗く顔に、朧月夜は深い影を落とした。
「ただの馬鹿じゃないですか。丸腰にも等しい武器で、私に挑むだなんて。滅茶苦茶な人」
藤乃は加治木ゆみのデイパックを背負うと肩を竦め、呆れた様に呟く。
しかしその表情には、ある筈の焦燥は微塵も無く、寧ろ何処か余裕すらをも感じさせるものであり、小萌は怪訝な表情を浮かべた。
「凶れ」
瞬間、階下から凄まじい破裂音が響く。激しい地響きに校舎の窓はかたかたと笑った。
ぱらぱらと崩れる白い塗装の小雨の中、小萌の頬をねっとりとした脂汗が伝う。
目前の女が今、何をしたかは分からないが、見失ったと言っている以上はまだ、あの生徒達は大丈夫。
そんな確信にも似た予感が小萌にはあった。そしてその予感は的中している。
藤乃は発現した千里眼によりこの階下から下る、即ち二階から一階への道を曲げ、紬と撫子を二階に閉じ込めたのだ。
二階から一階へ行くには、必ず階段を通過しなければならない。更に三階には藤乃。紬と撫子に打つ手はほぼ無い。
即ち事実上、この学校は巨大な半密室と化したと言ってもいいのだ。
最早、この曲面でのイニシアチブは完全に藤乃にあった。後手の展開すらもが藤乃の手中……ッ!

「無謀です、月詠さん。少し考えたら分かる事です……貴女は、教師なんでしょう?」

発言に少し驚くが、何故名前と職業を知っているのか、なんて質問をしている暇は無い。
小萌は固唾を飲み込み、パイル地のパジャマの袖を捲った。フードに付いた耳がぴょんと跳ねる。
そう、自分でも理解している。無謀だという事も、馬鹿だという事も、分かっている。
痛いほど、分かっているのだ。

「そうですねぇ」

けれども、一人の人間である前に。合理的に物事を考える前に、卑怯な大人である前に。

「私は馬鹿ですよ。自分でも未だに、こうしている事が信じられません。確かに無謀です」

幾ら自分を偽ろうと、幾ら逃げようと試みようが。
このゲームの前に、地位や立場が関係なかろうがどうだろうが。













「――――――――――――けど、教師が馬鹿で悪いだなんて、一体何処の誰が決めたんですか?」














私は、どうしようもなく、ただどうしようもなく、一人の教師だった。
だから、不敵に笑ってデッキブラシを向けてみせる。足を踏ん張って向けられる。
無謀は承知。何故抗うのか? 重要なのはそんな事じゃあ、きっと、ない。
何故抗えないのか。それが多分、一番重要。
さすれば答えは至ってシンプル。1+1よりもずっと単純で反吐が出る。こんなの誰でも判る解ッ!
腕が震える。足が動かない。全身からは冷や汗が吹き出ている。死ぬのは怖い。それは誰でも一緒だ!
結果なんて知らない。何秒保つかなんて知らない。死のうが生きようが構うものか!
万に一つ敵う筈もない圧倒的力の差、それが何だって?
誰も彼も、足りないのは、単純に“覚悟”だ!
それが自らが犠牲になる覚悟だろうと! 死ぬ覚悟だろうとッ! その式に変化は無いッ!!
ならば月詠小萌は今、糞喰らえな世界<バトル・ロワイアル>に向かって、声高らかに宣言しようじゃないか―――――――

「……凶れ」

―――――――覚悟完了、とッ!!!



【E-2/学校・3F職員室前/一日目/深夜】

【浅上藤乃@空の境界】
[状態]:小疲労、千里眼覚醒、階下を監視中
[服装]:礼園女学園制服(血塗れ)
[装備]:軍用ゴーグル@とある魔術の禁書目録 、参加者詳細名簿@アニロワ3rdオリジナル、デリンジャー@現実
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1 、かすがのくない@戦国BASARA×8本、拡声器@現実、予備弾薬@現実
[思考]
基本:幹也の為、また自分の為(半無自覚)に、別に人殺しがしたい訳ではないが人を殺す。
1:月詠小萌殺害後、琴吹紬千石撫子を殺す。
2:二人を殺害した後、移動して人に会い、本当に申し訳ないが凶げて殺す。
3:幹也に会いたい。
[備考]
※式との戦いの途中から参戦。盲腸炎や怪我は完治しており、痛覚麻痺も今は治っている。

【月詠小萌@とある魔術の禁書目録】
[状態]:覚悟完了、ミルクまみれでベタベタ
[服装]:パジャマ
[装備]:デッキブラシ@現実
[道具]:基本支給品一式 コンデンスミルクのチューブ@現実
[思考]
1:生徒を逃がす為、浅上藤乃をその身を賭して足止め。
2:上条ちゃん及び他の学園都市の生徒を探し出して保護。
3:困っている人がいたら保護
4:シスターちゃんを絶対に助ける
[備考]
※本編6話以降からの参戦。

【E-2/学校・2F廊下/一日目/深夜】

【琴吹紬@けいおん!】
[状態]:精神的ダメージ大 、混乱と恐怖、動揺
[服装]:制服 (血塗れ)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品(未確認)
[思考]
1:撫子を連れて一刻も早く逃げる
2:友人達が心配。非常識な状況下で不安。
[備考]
※撫子が撃たれた事に気付いていません。

【千石撫子@化物語】
[状態]:精神的ダメージ大、嘔吐中 、混乱と恐怖 、左足に銃痕
[服装]:制服 (血塗れ)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品(未確認)
[思考]
1:痛い。気持ち悪い。
2:暦お兄ちゃん……


【加治木ゆみ@咲-Saki- 死亡】
【残り59人】


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004:つむぎマウス 琴吹紬 096:この重さは命の重さ、この意味は生きる意味
004:つむぎマウス 千石撫子 096:この重さは命の重さ、この意味は生きる意味
025:桃色教師のあいしかた 月詠小萌 099:生存本能(サバイバル)
037:十人十職 浅上藤乃 099:生存本能(サバイバル)
029:ジェットコースターガール 加治木ゆみ GAME OVER


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最終更新:2009年11月23日 21:12