36◆休憩時間 4*熟読推理
◆ ほぼ同時刻 ◆
一方、ガールズトークが行われていたその最中、
男子勢が集まる円型バリケードの端では、紆余曲折の話がひととおり終わったところだった。
違和感の話。
一刀両断が行った話の前半、
傍若無人と戦うところまでのそれについては勇気凛々がすでに問いかけているが、
しかし、違和感はそれだけではない。
まず戦闘の終わり方。
自らのルール能力が効かないと分かったあと、一刀両断は逃げに徹していた。
しかして捕まって、傍若無人に破顔一笑の顔を突き付けられた。
そこで彼女は、破顔一笑の顔に残っていたルール能力をポケットから取り出した鏡で跳ね返し、
その隙に逃げたと証言している。
だが、傍若無人はそのときダメージを負わなかったとも言っているのだ。
ならば、傍若無人は一刀両断を追うことが出来たはず。
――どうしてその時、一刀両断は逃げ切ることが出来たのだろうか?
次に放送の違和感だ。
あのとき、一刀両断はひとつだけ紆余曲折の意思を無視した行動を行っている。
傍若無人が”最終戦”を開いた動機の問いかけに返答するときだ。
ここまで言えばモノどもにも分かるだろう? と。
放送が始まってから初めて、傍若無人はスピーカーの向こうの五人に問いかけるような言葉を発した。
拡声器を握る紆余曲折はつとめて冷静にそれに応えようと口を開きかけた。
……が、その前に横から手が伸びて、彼が持っていた拡声器を乱暴にひったくった。
「ああ、分かったぜ」
ふてくされたような目で拡声器を構え、遠くの娯楽施設に向かって言葉を差し込んだのは一刀両断だった。
「つまりお前は――単純にあたしたちに潰し合ってほしくなかったんだな。
楽に優勝するより、五人殺して優勝したほうが金が稼げるから、このタイミングで”取引”を持ちかけたんだ」
◇◆
それまで拡声器をマイク代わりに会話を引き受けていた紆余曲折から、彼女は拡声器を奪った。
紆余曲折は答えを言おうとしていたのにもかかわらず、だ。
これは”盾”として褒められる行動では決してない。
さらに、そんな行動をとってまで彼女が出した答えは、
その場にいる全員が思っていただろうチープな答えだった。
――なぜ一刀両断は紆余曲折から拡声器を奪わなければならなかったのか?
紆余曲折はこの二つについて、ある推測を弾きだしていた。
「”最終戦”の動機について。
理由は金のためだと思っていた僕たちを代表して、一刀両断さんが拡声器でそのことを言いました。
が、傍若無人は違うと切り捨てました。そして直接的には言いませんでしたが、
血を見るためだと。殺し合うために”最終戦”を行う狂人であると自らを称しました。
僕たちは、たしかにそれに恐怖させられた。……だけど、よく考えてみれば矛盾しているんです」
『さあ、”取引”を始めよう。己の要求は”最終戦”。
己とモノども、一対五で最後の
殺し合いを行う、ただそれだけだ。
場所はこちらが、時間はそちらが決める。指定された時間になったら、もう一度ここから放送を行う。
ルールは至って単純。――――己はモノどもを殺す。――モノどもは、己を止めてみるがいい。
もし。万が一、己が負けるようなことがあれば、己は己の持つ”情報”を開示しよう』
◇◆
「”脱出方法”なんてものをエサにしたせいで僕たちは傍若無人を”殺せない”。
向こうの望みとは逆に、最終戦は殺し合いじゃなくなってるんです。
これは明らかにおかしい。――だからまず僕はこれを、大男の吐いた嘘だととらえました」
「嘘、だと」
「はい。最初言われたときは僕も思わず戦慄しましたが、
あとから考えてみれば”ジョーカー”も”狂人”も、明かす必要はない情報です。
そんなことしなくても”最終戦”は出来たはず。
ならば、わざわざスタンスを明かしたのには意味がある。
”ジョーカー”は本当でしょう。あの男はこちらの知らない情報を知りすぎている。
放送だって、どこから繋いだのか分からない。
でも”狂人”はやりすぎだ。盤石にしようとして、重ねようとして、矛盾を生み出している」
そこで新たな疑問が生まれる。
なぜ傍若無人は、自らを”狂人”と印象づけようとしたのか。
これはきっと、おそらく――ただのマーダーではダメな理由があったということだ。
特別さと異常さを、アピールする必要があったということだ。
そう、狼(マーダー)であれば群れを成す。
死神(ジョーカー)であれど、現存参加者と組む可能性はある。
しかし何人いようと……狂人(バーサーカー)は個人だ。
「傍若無人は、”ジョーカー”であり”狂人”であると宣言することで……。
”仲間”がいるという可能性を考えさせないようにしたのではと、僕は思うんです」
”狂人は徒党を組まない”と思わせたかったのではないか、と。
その発想に至れば、あとは逆算するだけだったと紆余曲折は語った。
なぜ逃げ切ることができたのか?
――そもそも逃げ切ることなどできていなかった。
なぜ拡声器をあえて奪ったのか?
――動機についてのミスリードにわざと乗り、台本を円滑に進めるためだった。
「一刀両断さんがもう一度殺され、彼のもとに付いたのではという推論は、ここから弾きだせます。
他にもいくつか不可解な点はありますが、分かりやすい点を挙げるとこんな感じですね。
どうでしょうか。何か間違っている点があれば、指摘してもらいたいんですが」
「いや、一理あると俺も思う。だが紆余、まさかお前がこんなことを考えるとは」
「僕は一刀両断さんを、信じています」
信じているからこそ、疑っているのだと。
驚く切磋琢磨に対して、握りこぶしを作りながら紆余曲折はそう答えた。
「リョーコさんがリョーコさんのままであるならば。
あの人はまず、戦いから逃げません。
僕には切磋琢磨さんがついていて、命の心配はほぼない状況でした。
その上で目の前には、その切磋琢磨さんが手こずった傍若無人がいる。
……この状況を前にリョーコさんなら最低でも相討ちを選びます。
敵から逃げて僕の所に戻ってきた時点で、
あの人がリョーコさんだという根拠はとうに消え失せているんですよ、タクマさん」
体を震わせながら言う紆余曲折を、対面する二人は複雑な気持ちで見つめた。
優柔不断は紆余曲折の考察力の高さに驚くような形で。
切磋琢磨は、話を聞かされた自分の心の動きに驚く形で。
二人とも思ったことは違えど、優柔不断も切磋琢磨も、
紆余曲折が考えに考えに出したであろう”可能性の話”に信憑性を感じたのは確かだった。
「それでも。あくまでそれは、可能性、だ」
「――そうですね」
「そうだぜ」
だけど、信憑性はあっても――”証拠”はないのだった。
「……あ、もちろん。もちろんさ、
紆余くんが真剣に考えた結果出した結論だってのは十分わかった、わかってるんだ。
分かったけどなんつーか、やっぱりピンとこないっていうか。
何もないとこから問題を作り上げて、勝手に解答されたみたいな、変な感じだ」
「俺も……紆余の話には納得できるが、やはり根拠としては弱いと思う。
逃げるくらいなら死ぬ、というなら、
傍若無人に加担するくらいなら死ぬと一刀両断は考えるのではないか?
あるいはそれさえ許されなかったのかもしれないが……」
「僕にも腑に落ちないところはあります。
一刀両断さんが向こうに付かされている、あるいは向こうに付いているとしても、
”最終戦”を計画した動機、それに一刀両断さんが加担した理由は分かりません」
二人のもっともな意見に、紆余曲折も頷きを返した。
実際のところ、彼にも今回出した推論が正しいという確定的な証拠はない。
分からないこともまだ多かった。
「ですが、どちらにせよ僕たちにはまだ、考えなければいけないことが多いということです。
これまで一刀両断さんの話を信じて考えなかった事柄……たとえば、傍若無人の能力について」
それでも、分からないことが分かったことで、新たに議論の余地は出る。
紆余曲折が新たに議題に出したのは、傍若無人のルール能力についてだ。
「思えば一刀両断さんがあの話で特に強調したのは、傍若無人のルール能力でした。
あの話のおかげで、暫定的に傍若無人の能力は”ルール能力の無効化”になっている。
《一刀両断》が効かなかったって話を信じるなら、確かにその可能性が一番高いでしょう。
でも、一刀両断さんと傍若無人が繋がっている可能性があるなら――」
「傍若無人のルール能力を誤認させるために、一刀両断が嘘をついたかもしれないってことか?」
「はい」
もしそうだとすれば、あの大男はルール能力を推理されたくなかったということにもなり。
傍若無人のルール能力こそが彼の攻略法になるのかもしれないとも、紆余曲折は言った。
「全ての断片を集めれば完成するパズルでも、過剰なピースが一つ挟まれば完成できなくなる。
それを取り除いてもう一度見つめてみればきっと新たな視点が見つかるはずです。
とくに僕は傍若無人さんと実際に対面してないので、
みんなの情報を集めて、客観的に見ることができると思います。
だから――最後にもう一度全てを洗い直しましょう。もっと詳細に、些細なことまで」
「……すべては傍若無人を倒すため、か」
「はい」
紆余曲折は包帯の巻かれた目をせいいっぱい二人に向けて、
「傍若無人を倒して――すべてを終わらせましょう」
偽りないまっすぐな言葉を、彼らに向けて放った。
切磋琢磨と優柔不断は、不安や困惑も多々あれど、彼の言葉に頷くことにした。
結局、大男を倒してこの実験が終わるのかどうかさえ希望的観測にすぎない。
今はただ、すがるしかないのだ。
たった1パーセントの可能性、すぐ切れる糸のような道筋であっても、
傍若無人との”最終戦”に勝たない限りは辿り着くことさえ叶わないのだから。
三人はそれから、一刀両断と勇気凛々が帰ってくるまでの数十分の間、
傍若無人のルール能力について改めて論議した。
切磋琢磨と優柔不断は、彼らが傍若無人に対峙した時のことを紆余曲折に伝える。
それら詳細と、第二放送後から最後通牒までに傍若無人がこちらに向けて発した言葉。情報。
すべてを考慮して紆余曲折は、彼のルール能力を考察する――。
筋骨隆々な体つき。軍人らしき防護服と帽子。
こちらを見つめているようで、その実こちらを意に介してないような目。
そして普通でない腕力で、普通車を持ち上げている浅黒い腕。
熊かと見違えるようなずいぶんな大男の名前は、
確か、傍若無人。
傍らに人など居ないかのようにふるまい、大暴れする四字熟語――!
「――死体では無いか。なら、問わねばな。そこの二つ、名は何という」
「「……!?」」
ぐ、と。
男がひとこと喋った瞬間、その場の空気が一変した。
世界が凍っていた、あるいは枯れていた。
渦を巻いた混沌が質量を持って、聞く側の二人に襲いかかる。
この男は。
傍若無人と言う、四字熟語は。
目の前に見えるはずの二人を――二つと言った。
人としてすら、見ていなかった。
◇◆
傍若無人と最初に相対したのは切磋琢磨さんと東奔西走老師。
このとき傍若無人は、彼らに名を問うている。
すでにこの時点から、大男は他の参加者を人として見ていない。
でも、少しだけひっかかる――そう。僕らに配られた名簿には、顔写真がついていたはずだ。
「うおおおぉおおぉおっ!」
「これはまた、随分とはき違えた闖入物だな。そして無策とは」
傍若無人は眉間に微かに皺をよせ、向かってくる男に対して斧を横から薙いで応戦。
だが、優柔不断は防御姿勢を取らない。
まるで捨て身の攻撃をするように、斧に目もくれず日本刀を突き出す。
ようやく顔を上げることが出来た勇気凛々は、その光景を見て思わず叫ぶ、
「危ないですっ! やめてくださ――え!?」
だが、《すり抜けた》。
《優柔不断の胴体を横にスライスするかと思われた斧の斬撃は、そのまま胴体をすり抜けていった》。
彼のルール能力は刃物による斬撃を完全に無効化する。その範囲は刀だけに留まらないのだ。
思わずバランスを崩した大男の懐に今度は優柔不断が入り込む。
膝蹴りのカウンターはそこにはない。本当の本当に、不意をついた一撃を叩きこめる!
「やめるかよ……オレにだってちょっとくらい、カッコイイことしたくなる時が! あるんだ!」
「無撃――? 優柔不断だと? 馬鹿な!」
「バカですが何か?! おりゃああぁあああぁあっ!」
勢いよく狙い澄ました一撃は、収まるべくして収まるように。
傍若無人の太股に、日本刀がざくりと深く、とても深く突き刺さった――!
「ぐ……ぬぅ!」
◇◆
優柔不断さんが勇気凛々ちゃんを助けに飛び込んだとき、少し不思議なことが起こっている。
勇気凛々ちゃんの話では、大男は凛々ちゃんのルール能力を知っていた。
でもこのとき、大男は明らかに、優柔不断さんの能力に驚いている、いや、どちらかといえば、
”斬ってみて初めて、相手が優柔不断だと気付いた”かのようなふるまいをして、いる?
切磋琢磨の《強化された》視力は、”それら”の中に見覚えのあるヘルメットが並んでいるのを見る。
ヘルメットを被った”顔”が、並べられているのを、見る。
「……老師?」
ものいわぬ東奔西走の生首が、テラスの柵に突き刺さっているのを、見た。
「ろ、ろうし、え?」
悲しげに下を向いて並べられているのは、東奔西走の顔だけではない。
柵に並べられているのは全て、彼ら五人のうち誰かが見覚えのある顔だ。
金髪の女、青息吐息。
野性味あふれる少女、猪突猛進。
B-1の惨劇で死んだ、一望千里、軽妙洒脱。
先ほどの放送で笑顔の効力を失ったばかりの――破顔一笑。
彼ら彼女ら六名の生首が、串に団子を刺すように一つずつ飾られ、柵を彩っている。
死体が禁止エリアにある心機一転、頭部の損傷が激しい酒々楽々など、
傍若無人たる大男がその首を斬ることが出来なかった参加者もいるが……、
しかしそこにあったのは、この実験の現在までの死者十人のうち、実に半数以上の”首”だった。
そう、”人”ではなく。
あくまで”モノ”として、それらは飾られていた。
◇◆
最後通牒の前に見せびらかすようにして、傍若無人は死体から斬った首をテラスに並べた。
並べられていた首は青息吐息、猪突猛進、一望千里、軽妙洒脱、破顔一笑、東奔西走の六名だ。
ただ、東奔西走が死んだはずのB-3が禁止エリアになったのは第一放送後。
それに首を斬られた破顔一笑の姿を凛々ちゃんと優柔不断さんが見ていることから、
傍若無人はあのためだけじゃなく、もともと殺した参加者や死体から首を刈っていたことになる。
なぜ首を刈るのか?
そういう嗜好があるのだろうか? 残虐さを求めているのだろうか?
いや――普通ならば別の意味がある。首を刈る意味。首。僕たちの首には、何が巻かれていただろう?
◆◇
「タクマさん、見えましたか」
「ああ、ああ――確かにテラスに刺さっている首には、”首輪がない”。ひとりのこらずだ。
あとそういえば、破顔一笑の顔はちゃんとズタズタだな」
「……ありがとうございます。ということはやはり、傍若無人は死体から首輪を刈り取っているんだ。
おそらくテラスに並んでいない洒々落々からも。
ただ、酒々落々の頭部がほとんど形を留めていないから、テラスには刺せなかっただけで――」
二人から話を聞いた紆余曲折は、切磋琢磨にもう一度、
少し申し訳ないと思いながらも死者の首が並ぶテラスを見てもらうことにした。
やはり並んでいる首からは首輪が抜けていて。
一刀両断の話をわずかに裏付けるように、破顔一笑の顔はズタズタになっていた。
つまり。
つまりはきっと、そういうことなのだ。
「首輪を……? 紆余くん、待てよ、それってなんの意味があるんだ。
オレらが首輪を解析しようって思ってそうするならともかくよ、あいつはジョーカーのはずだろ?」
「その解析を阻止するため、という見方もあります。
でも――そう。あの大男の四字熟語は、傍若無人。”傍らに人無きが、若し”」
古来から、文字には力が宿っているとよく言われる。
人って手のひらに書いて飲み込むと緊張が和らいだりとか、そういうようなのから、
姦って字を見るとなんかエロい気がしてしまうとか、まあそういうのまで含めて。
文字の力は、あなどれない。
「――だから私たち幻想言語学者は、その力を長年に渡って解析していくことにしたのです。
ほんとうに、長い時間を要しました。ここに至るまでの過程で死者は数知れずでました、ええ。
しかしその甲斐あって、四字熟語クラスの明確性を持った言葉の力までなら、
我々は自在にそれを解釈し操ることが可能となりました」
◇◆
思い出すのはいちばん最初に奇々怪々が言った言葉だ。
彼女が言った通り、僕たちのルール能力は全員、
与えられた四字熟語の文字列やその意味に基づいて形作られている。
それは攻撃を迂回させる能力であったり、戦うほど強くなる能力であったり、
全てを一刀のもとに斬り伏せてしまう能力であったりするけれど、
四字熟語の意味であればその意味を反映し。
四字熟語の文字列であれば、その文字をほぼ全て反映した能力になっていたはずだ。
傍若無人の、能力も。
この法則に当てはまっていないわけがない。
――首輪の回収。
――参加者を人ではなく物として見るような振る舞い。
――知られたら困るかもしれない、弱点かもしれない能力。
――傍らに人無きが、若し。
◆◇
「もしかして、ですが」
導き出された結論は――紆余曲折が思わず眉をひそめるような答えだった。
「傍若無人には、僕たちが見えていないんじゃないでしょうか?」
用語解説
【首輪】
首に付ける輪。ファッションとしての首輪から、主従関係を示すためのものまで。
生命の重要な部分である首に付けるものとして、バトルロワイアルにおいては主催による支配を常に
感じさせるために参加者に付けられることが多い。実際に爆発させて反逆者を処罰したりすることもままある。
四字熟語バトルロワイヤルにおいては傍若無人のルール能力にも関わっている最重要アイテム。
じつは運営上でも最重要アイテムである。また、首輪にはいかなるルール能力も通用しない。
最終更新:2014年02月14日 23:12