ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko2228 保母らん(後)
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保母らん(後) 20KB
差別・格差 育児 共食い 子ゆ 現代 れいむ愛で
水槽の中で、らんは、いつも通り専用の成体ゆっくりフードを与えられた。
部屋の中で、子ゆっくりたちは、自分たちで分配するという役目を課されたものの、いつもと同じ分量のフードとボウルと軽量カップを与えられた。
水槽の中で、ちぇんたちもまた、分配すれば他の子ゆっくりたちと同じ分量になるフードとボウルと軽量カップを与えられた。
「らんとちぇんのトイレとか飲み水とかの用意するから、メシ喰って待ってろ」
そう言ってお兄さんは部屋から出て行った。
「あのクソジジイ、ここからでたらタダじゃおかないんだねー。わかるよー!」
「なんでちぇんたちがこんなところにとじこめられなきゃならないんだよー。わからないよー」
「らんしゃま! そんなところでみてないでさっさとたすけてね! ちぇんのいうことがわからないの!?」
「うう、ちぇぇぇぇぇん。お兄さんはちょっと怒っているだけだからな。今はまずごはんさんを食べてゆっくり落ち着こう。な?」
「わかったよー。それじゃいただきまー――」
「なにやってんのー! わからないよー!」
ひとしきり文句を言ってから食事にかかろうとしたちぇんたちだが、一匹のちぇんが分配前のボウルに特大盛りされたフードの山に直接顔を突っ込もうとして他のちぇんたちに咎められた。
らんも水槽のガラスに顔を押し付け、ちぇんたちに助言する。
「ちぇぇぇぇぇぇん! らんがやっていたみたいに、そのカップさん一杯でちぇん一人分だぞ! みんなで仲良くわけるんだぞ!」
「わかってるよ! きがちるからちぇんたちをたすけられないやくたたずのらんしゃまはゆっくりだまっててね!」
ちぇんたちはフードの山に軽量カップを差し込んだ。ぼろぼろと水槽の床にフードが零れ、カップには山盛りのフードが入り込む。
零れたフードに我先にと飛びつこうとするちぇんを他のちぇんたちが牽制し合い、らんがとりあえず先にボウルにフードを入れなさいと助言し、それに怒りの声を返し、喧々諤々しているうちに分配前のフードボウルは空っぽになった。
「……あれ? ちぇんのごはんさんはまだだよー。わからないよー」
最後のフードボウルは空っぽだった。そのボウルの前で待っていたちぇんは体を傾げて不安げに訴えた。すかさずらんが助言を突っ込む。
「お、落としたフードをかき集めるんだ!」
「もういいよ! もうちぇんたちのごはんさんはあるんだよー。さきにたべさせてもらうんだねー。わかるよー」
「そうだねー。すっとろいちぇんはらんしゃまのいうとおりにゆかにおちたごはんさんをひろいぐいでもしてたらいいんだねー」
「どぼしてそんなこというのおおお!?」
食事の前のいただきますの挨拶も忘れ、ちぇんたちはめいめい勝手に食事を始めた。空っぽのボウルを当てられたちぇんは慌ててらんに怒声を浴びせかける。
「らんしゃまああああああ! ちぇんはおなかがすいているんだねー! わかるよねー!? なららんしゃまのごはんをちょーだいねええええ!!」
「ちぇぇぇぇぇぇん! そうしたい気持ちは山々なんだがガラスさんが邪魔で無理なんだ! ほら、ちぇん! このちぇんにもごはんさんをわけてあげてね! 仲良くしてね! 家族だろ! 姉妹だろ!?」
「かんじんなときにやくにたたないらんしゃまはうるさいだけなんだねー。わかるよー。だまっててねー」
「どぼしてそんなこというのおおおおおおお!?」
……そんなやりとりを眺めていた子ゆっくりたちは、ふと自分たちも空腹を抱えているのだと思い出した。いつものように一列に並んでからボウルを配り、みんながお互いの顔を見合わせる。
「……だれがごはんさんをわけるらんおかあさんのやくをするの?」
「それならぱちゅりーがいいんだぜ。あたまのいいぱちゅりーはきっとちぇんたちみたいにふこーへーなわけかたをしないはずだぜ」
「むきゅ。そういってくれるのはうれしいけど、ぱちぇはあんなおもそうなカップさんもせんめんきさんももちあげられそうにないわ」
「じゃあありすがカップさんをもつわ。まりさがせんめんきさんをはこんでくれる? それでぱちぇがごはんさんのりょうをちゃんとみて、ありすがつかれたられいむにこうたいしてもらうの」
「わかったよ! なかよくみんなでちからをあわせてごはんさんをたべようね!」
結局、床にたくさんのフードを散らかしては洗面器に戻しを繰り返したことで、らんが用意するより何倍も時間がかかったが子ゆっくりたちは食事をほぼ平等に分配することに成功した。
ほぼ、とは列の先頭に立ったれいむの分だけ明らかに量が多いからである。それは他の子ゆっくりたちが、一度分配し終えてから二、三粒のフードを分けたからだ。
「れいむはけがさんをしたからね! いっぱいたべてはやくよくなってね!」
「れいむ、さっきはたすけてくれてありがとうね! とってもとかいはだったわ!」
「むきゅ、ぱちぇはなんにもできなかったけどこれでゆるしてくれる?」
「れいむ、かっこよかったぜ!」
そんなことを言いながら自分のフードを分けてくれる家族たちに、片方だけになったれいむの目から涙が零れた。
ぱちゅりーがもみあげを振り上げ、声を上げる。
「それじゃあみんな、きょうもごはんさんをよういしてくれたおにいさんにありがとうをいおうかしら」
「「「「「うん!!!」」」」」
「おにいさん、きょうもおいしいごはんさんをありがとうございます」
「「「「「おにいさん、きょうもおいしいごはんさんをありがとうございます!!!」」」」」
「いただきます」
「「「「「いただきます!!!」」」」」
変化は翌日の夕食には早くも現れた。
「じゃ、これ夕食分な。ちゃんと仲良く分けろよ」
「待ってくださいご主人様!」
「あん?」
お兄さんはらんに声をかけられ、部屋から出ようとしていた足を止める。
その頃には既にちぇんたちの入った水槽は戦争状態に突入していた。
「ちぇんはおひるちょっとしかたべられなかったんだよ! だからこのごはんさんはぜんぶちぇんのものだよ! わかれよー!」
「ちょっとしかたべられなかったとろくさいちぇんがわるいんだよ! ちぇんのごはんさんをとるゲスのちぇんはゆっくりしね!」
「ゆっくりしねなんていうゲスはこのごはんさんをたべるしかくなんてないんだねー! わかるよー! ゆっくりしたちぇんがごはんさんをぜんぶもらってあげるねー。わかってねー」
そんな感じで、四匹のチョコ饅頭とゆっくりフードが水槽狭しと乱舞していた。だが一匹のちぇんだけが水槽の片隅で縮こまって動かないでいる。
そのちぇんの頬はぱっくりと歯型に沿って削られていた。そこから漏れたチョコレートクリームに浸りながら、ちぇんは怨みのこもった目で四匹のちぇんを睨みつけているのである。
「お昼ごはんさんの時に、ちぇんが間違って噛まれちゃったんです! このままじゃちぇんがえいえんにゆっくりしちゃいます! ご主人様、助けてあげてください!」
「知らんよ」
お兄さんはドアノブを回して既に半身以上部屋の外に出ていた。
「ちぇんたちが仲良く分けていればそんな事故も起こらなかっただろ。自己責任だ。お前が付いていながら何やってたんだ?」
答えを聞く気もないのか、お兄さんはドアを閉じて出て行った。
それでもらんは閉じられたドアに向かって何度も「ご主人様! お兄さん!」と叫び続けた。
「……おにいさん、こわいね」
「にんげんさんをおこらせるとただじゃすまないってらんおかあさんがいってたとおりだぜ……」
既に自分たちの食事を分配し終えた子ゆっくりたちは閉じられたドアを見つめて怯えていた。昨夜から丸一日授業の無い朝から晩まで遊び呆けてもいい時間が続いていたが、子ゆっくりたちはあまりゆっくりできなかった。ちぇんたちから四六時中罵倒を浴びせかけられていればどんなにゆっくりしたことがあっても興を削がれるに決まっている。
だが、中にはどんなに罵倒してもちぇんたちがもう自分に仕返しができないことを悟った子ゆっくりもいた。
「へへっ。ほらちぇん。ごはんさんをもってきてやったぜ?」
自分のフードボウルをちぇんの水槽の前まで持ってきたまりさはフードを一粒おさげに乗せてガラスの向こうに見せつけた。
一部のちぇんはそれに反応してガラス壁にへばりつき、一部のちぇんはその隙に床に落ちているフードの欠片を奪い合う。
「よこせええええええ! そのごはんさんはちぇんのなんだよおお! はやくよこせええええ!」
「なら『まりささま、いやしいちぇんにごはんさんをわけてください』っていうのぜ?」
「この、ごみくずうううううう!!」
「へへへっ、いいかおだぜちぇん」
「まりさ、そんなこといなかもののやることよ」
ちぇんを挑発し続けるまりさをありすが嗜めた。
だがまりさはおさげでびしりとガラス壁を叩き、今までのにへら顔はどこへやったのか、怒りの言葉を叩きつける。
「こいつらのせいでまりさはあんこさんはいてずっとゆっくりしたんだぜ! こいつらのせいでれいむのおめめさんのかたっぽはなくなったんだぜ! こいつらのせいでありすはえいえんにゆっくりしかけたんだぜ!!?」
「そのせいっさいっ、はおにいさんがしているわ。まりさはかためさんになったれいむみたいに、なにかしたの?」
「ゆ、それは……」
「おにいさんはゲスになったらありすだってまりさだっておなじようにするはずだわ。そうらんおかあさんにおしえられたでしょ?」
「ゆぅ、わかったぜ。もうこんなことしないのぜ……」
「それでいいのよ。さ、みんなでごはんさんをたべましょう」
まりさはフードボウルを列の中に戻した。その背中に、ちぇんが罵倒をぶつけ続ける。
「まて、ごみくずのまりさあああああ! ちぇんにごはんさんをよこせ! よこせえええええええ!!」
さらに三日後、ちぇんの数は二匹にまで減った。
「ちぇぇぇぇぇぇぇん!! お願いだかららんの言うことを聞いてね! ごはんさんは仲良く半分ずつにすればいいんだぞ! カップさんで一回計ったら済むだけなんだぞ!! だから、だからお願いだからケンカはやめてね!!」
しかしらんの言葉はちぇんたちには届かなかった。水槽に入れられてからずっとらんの声を聞き続け、いっこうに助けを期待できない状況にちぇんたちの耳はらんの声を『聞こえているけど聞こえないもの』として処理するようになってしまっていた。そうでもしなければうるさくて眠ることもできなかった。
だが、もはや二匹だけ生き残ったちぇんは眠ることさえできなくなっていた。水槽の隅っこを陣取り、対角線の位置に相対して充血した目で睨み合っている。
水槽の中はひどい状況だ。死んだちぇんの皮や耳の欠片、毛の付いたままの頭皮が散らばり、ボロボロになって汚れたおぼうしが雑巾のように捨てられている。チョコレートクリームの飛沫が床といわず壁といわず天井といわず付着しており、もはやちぇんの中身かうんうんかも判別がつかない状態だ。
お兄さんが掃除をしようとしてもちぇんたちはその指に噛み付き、腕を伝って脱出しようとするのだ。「反省して大人しくしていれば掃除してやる」とお兄さんはちぇんに言い聞かせ、らんに説得を手伝わせたがちぇんは完全に聞く耳持たずだった。返す言葉は「ここから自分たちを出して今すぐ死ね」といった内容だけである。
そして、この不眠の睨み合いとチョコクリーム散乱の原因は直結していた。
「わかるよー……あのゲスちぇんはちぇんがねむったらそのすきにちぇんをたべるつもりなんだねー……ぜんぶおみとおしなんだよー」
「あんなちぇんにたべられてたまるかなんだよー……いきのこるのはいちばんゆっくりしているちぇんなんだよー。わかれよー……」
そんなことをぶつぶつと呟きながら、延々と疑惑と殺意の視線を飛ばし続けているのだ。もしこの間に赤ぱちゅりーなどを置こうものならストレスで勝手にクリームを吐いて死ぬことだろう。
だが実際の二匹の間にあるのはお兄さんが朝食に置いたフードだ。お互い空腹を覚えているのだが、昼近くになろうというのに全くの手付かずである。
これも、一度食事を始めるとその隙に噛み付かれるなり潰されるなりして殺されると警戒しているからだ。既にその手口でこの二匹は一匹のちぇんを食い殺しているため、お互いに向ける疑心は本物だった。
最初に事故で噛み付かれたちぇんの死体はお兄さんに片付けられることなく、その日もっともフードを食べられなかったちぇんの腹に収まった。その光景を見た三匹のちぇんは、死体を喰ったちぇんをせいっさいっして、結局仲良く死体を山分けして喰ってしまった。
チョコレートの甘味をこのストレス状況下で味わったちぇんたちは共食い地獄へと真っ逆さまに落っこちた。その果てがこの対立である。
「ちぇん……どうしてごはんさんをわけられないの? ちぇんたちはかぞくでしょ? いもうととおねーちゃんなんでしょ?」
片目のれいむが悲しそうに問いかけた。らんの声ではない呼びかけに、ちぇんは、はっとしてガラス壁の向こうのれいむに振り向く。
チョコクリームや自らの垂れ流したしーしーでかぴかぴになった尻尾の毛を逆立て、ちぇんはれいむを威嚇した。
「にゃがああああ!! もとはといえばおまえのせいでこんなことになったんだ! はやくしね! そしたらちぇんがたべてあげるから、そのときはちょっとくらいゆるしてあげないこともなくもな――」
「ちぇんあぶない!」
れいむの注意は、ちぇん種の足の速さの前にはあまりにもゆっくりしすぎていた。
もう片方のちぇんが、れいむに気を取られたちぇんに急接近し、噛みついた。
「にゃ、に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
「うっめ、めっちゃうめ! たまんないよー!」
口の周りをチョコレートで汚しながら、ちぇんはちぇんを貪り食っていた。ガラス壁にぶちゅりと押し付けられるチョコクリームを見て、らんが叫んだ。
「ちぇぇぇぇぇん! やめてね! ちぇんがしんじゃうよ! ちぇぇぇぇぇぇん!!」
喰われている方のちぇんは既に痙攣でしか動けなくなっている。どんな名ゆん医でも中枢餡を傷つけられたゆっくりを蘇生させることなどできはしない。
遂に最後の生き残りとなったちぇんは返りチョコだらけになった全身をまるで誇らしげに見せるよう膨らませ、部屋中に響き渡るような大声で宣言した。
「わかるよーーーー!! ちぇんはいきのこったんだよおおお! ちぇんはさいきょうのゆっくりなんだねえええええ!!」
「あ、そう」
がちゃりとドアノブが回り、昼食を持ってきたお兄さんが部屋の中に入った。
真っ先にトレイを棚の上に置き、ちぇんの水槽の蓋を開く。勝利の余韻から我に返ったちぇんはお兄さんを見上げ、牙を剥いた。
「おいじじい! いいの? ちぇんはさいきょーなんだよ? しれつなばとるゆわいあるをいきのこったんだよ? いのちがおしかったらいますぐここからだして――」
「はいはい。じゃ、こっち行け」
ちぇんを摘み上げたお兄さんは、らんの水槽の蓋を開いて、ぽとりと落とした。
急展開にらんもちぇんも一瞬固まったが、らんはすぐ我に返りちぇんへと頬を寄せ甘酢の涙を振り撒きながらすーりすりを始めた。
「ちぇん! 良かったなちぇん! もう大丈夫だぞ! もうらんがちぇんを守ってゆぎゃ!?」
頬に鋭い痛みを覚えたらんは反射的にちぇんから距離を取った。その頬には穴が開き、そしてらんの油揚げで出来た皮はちぇんの口元にぶら下がっている。
ごくりと油揚げを飲み下したちぇんは尻尾を逆立ててらんへと威嚇した。
「なにがまもってやるなんだよー! ちぇんをたすけられなかったゲスらんはちぇんのごはんさんになってうんうんになってしね!」
「ゆ、ゆうぅぅ!? や、やめろちぇん! 痛い! やめて! 助けて! ご主人様、お兄さん、助けて! 助けてえええ!!」
ちぇんに噛みつかれ、必死に狭い水槽の中を這って逃げようとするらんは無感情な目で事態を見下ろすお兄さんに助けを求めた。
お兄さんはそこではじめて唇を歪ませて笑い、らんに問いかけた。
「らん。これがお前がちぇんに施した教育の成果だ。わかるか?」
「はい! わかります! わかります!」
「本当にわかってんのか? ま、これ以上けしかけるとお前ヤバいな。死なれるとさすがに困る」
そう言ってお兄さんはちぇんを鷲掴みにした。
そして、一息に握り潰した。
「な……、お、お兄さん?」
「なんだらん。今更あんなゲス化しておかざりもぼろぼろになって商品価値マイナスに落ち込んだちぇんを生かしてもらえると思ったか? あんなのれみりゃにでも食わせたくないぜ。ゲスが伝染る」
「ゆ、ゆうぅぅぅ……」
水槽の中でらんは甘酢の涙をぽろぽろと零した。しばらくその様子を見守っていたお兄さんだが「どぼしてこんなことに……」とらんが呟いた途端、表情が凶悪なものへと変化した。
未だチョコで汚れた、ちぇんの死臭がたっぷりついた手を遠慮なしにおぼうしへと突き立て、らんの顔を自分の方向へと向けさせる。
「お前の教育が悪かったからだって何度も言っただろうが! あいつらはこの部屋に来た時まともだった! お前が! あいつらを! ちぇんを殺したんだ! わかるか!?」
「わ、わか……ゆぐぅっ!?」
「吐くな! 逃げんじゃねぇ! ふざけんなこら!」
らんはストレスのあまり、ちぇんに関する記憶が詰まった酢飯を吐いて精神的逃避をはかろうとした。それはゆっくりの持つ防衛本能だったが、お兄さんは開いた手でらんの口を抑え、無理矢理に酢飯を口中へと押し戻す。
その作業を終えた時、らんは記憶の混乱と極度のストレスで目をぐるぐると回していた。米粒とチョコに汚れた手をトレイに載せたふきんで拭き取り、お兄さんは改めてらんへと問いかける。
「これからはちぇんもれいむもまりさもありすもぱちゅりーもわけ隔てなく、平等に、家族としてゆっくり育てると誓うか?」
「ゆ……」
これが、お兄さんの――ゆっくりブリーダーである青年の目的であった。
ブリーダーと言ってもゆっくりの繁殖と養育だけが仕事ではない。ペットショップなどへの営業、流行に対する調査、人間でしかできない仕事は山とある。それならゆっくりの養育はゆっくりに任せられるのだから、任せたい。
そう思って彼はゆっくりたちを育てる保母ゆっくりを育てることにした。それがらんだ。らん種は頭が良く、人間への忠誠心も強い。母性本能だってれいむ種と形は違うがとても強いものだ。投資費用としては高めだが、損はしないと彼は値踏みしていた。
だがらん種には唯一欠点があった。ちぇん種に対する異常と表現して過言ではない愛情だ。これを矯正しないで育成させれば、ちぇんは他種に比べて優遇されることからゲス化すると最初から彼は予測済みだった。だから、一度その結果を実体験させて矯正することにしたのである。
もちろんちぇん種をらんに育てさせなければこんな事態は最初から起きない。だがちぇん種はもはや通常種となんら変わりのない流通性を保持する人気商品だ。これを取り扱わなければ、まだブリーダーとして駆け出しの彼はやっていけない。
天井の隅っこに設置したカメラで観察し、ベストなタイミングを計って入室し、ちぇんがゲス化しそれをらんにわからせる機会を見出す。
その結果が、このまどるっこしい一ヶ月間であった。
「おに……さん」
「ああ」
お兄さんの表情が綻んだ。
正気の目に戻ったらんは、言った。
「らんは悪くない! ちぇんをあんなにしたのはこいつらだ! こいつらがちぇんを大事にしないからあんな風に拗ねてしまったんだ!!」
お兄さんは口を呆けたようにあんぐりと開いてしまった。
その、こいつら――らんの目線の先には事態の様子を見守っていた子ゆっくりたち、らんが育てた『家族』たちだ。
続けて、らんはちぇんの水槽の傍にいた片目のれいむに殺気のこもった視線を飛ばす。
「ぜんぶぜんぶ、このれいむが悪いんだ! こいつがちぇんをゆっくりさせないゲスだから! ちぇんをひどい目に逢わせたから!」
「ら……おかあさん……?」
「らんはお前なんかのお母さんじゃないよ! 死ね! ゲスのれいむはとっとと死ね!!」
片目のれいむは唖然としてらんを見つめている。お兄さんは額に手を当てて天井を仰いだ。
「マジか。……まだまだゆっくりを甘く見ていたな俺は。それとも安物のらんってこんなもんか。……どっちみちパァか。お前にゃ時間かけたのに……」
ほんの少しの失望と、それ以上の徒労感が溢れる声色でお兄さんは呟くと、らんを抱え上げた。
喚くらんを無視してお兄さんは体を裏返し、あんよを天井に向けさせると右手の爪をその固皮に突き立てた。
「あが!?」
「黙ってろ。舌噛むぞ」
無表情にお兄さんはらんのあんよの皮を削り続ける。身悶えするらんの体力が切れ、爪の間に飯粒が詰まるようになってようやくお兄さんはあんよを引っかくのを止めた。
地面に落ちたおぼうしを踏みつけ、剥き出しになったらんの狐耳にお兄さんは囁きかける。
「お前はもう保母としては用済みだ。これからは種ゆとして頑張ってもらう。毎日毎日すっきりできる素敵なゆん生だぜ?」
だが、それは交尾できるというわけではない。揺らして採取されたらんの精子餡は母胎ゆっくりに注入されるだけだ。らんはこれから隔離された水槽の中、身動きの取れない体で枯れ果てる日が来るまで精子を搾り取られ続けゆん生を送ることになる。ちぇんに会うことも誰と会うこともない。自らの子供がどんなゆっくりとして産まれたのか、どんなゆん生を送ることになるのか知ることもないまま精液を出す機械になるのだ。
お兄さんはもうらんには必要無くなった目玉をくり貫き舌を引き抜き耳をちぎってまとめて水槽に放り込むと、呆然とする子ゆっくりたちを見下ろした。
「さて昼メシにするか。その後は一週間後に待っているバッジ認定試験対策の授業を始めるから覚悟しておけ」
結局、あのらんに育てられた子ゆっくりたちはたった一匹ありすが金バッジを取得しただけで、その他は全員銀バッジで終わった。
これもお兄さんの予測済みである。彼の目的は飽くまでペットとして飼いやすい教育と、飼われた後の金バッジ取得に対する下地作りだ。
ペットショップに卸された際子ゆっくりたちは「ちぇん種やらん種と一緒に飼わせてはいけない」と客に厳重注意することを条件に相場の三割引で取引された。
ただ、あの片目のれいむは家に残した。最初は捕食種用の生餌にするつもりだったのだが、お兄さん自ら勉強を施しているうちに意外と頭が良いことに気づいたのである。
「おいお前ら、メシだぞー」
お兄さんがドアを開けると、子育て部屋はいつも通り数十匹の赤ゆっくりたちがたむろしていた。だが誰に言われることもなく赤ゆっくりたちはえっちらおっちらおっとり足で部屋の中央に集まり、列を作り始める。
その列はこの部屋でたった一匹成体のれいむを始点とした、円列だ。
「じゃあれいむ。後は頼んだぞ」
「うん、わかったよおにいさん! あ、でもまりさがちょっところんでまだいたいいたいっていってるの。みてあげてね。それからちぇんがたしざんできたんだよ! あのちぇんはきっときんばっじさんをとれるよ! それからそれから……」
「とりあえずメシ喰え。それから話はゆっくり聞いてやる」
「はい! それじゃあみんな、ごはんさんをもってきたおにいさんにおれいをいおうね!」
れいむは左右それぞれ違う色をした目を細くして微笑んでいた。
今れいむは保母をしている。らんに比べるとずっと授業は下手で時として赤ゆにさえ侮られている時もあるが、このれいむに育てさせた子ゆっくりは卸し先で文句を言われた経験は無い。十匹に一匹は銅バッジしか取れないのが混じるのも勘弁してほしかったが、人間に対してもゆっくりに対してもフレンドリーで大らかな性格に育つので、まあどっこいどっこいだろう。
お兄さんはこのれいむがらんにした質問を思い出していた。「なぜ勉強ができないとダメなゆっくりになるか?」だ。あれは正鵠を得ていた。ゆっくりが人間と共存を結ぶうえで、頭の良さや金バッジは必要ない。れいむはそれを赤ゆの段階でらんより正確に理解していたのである。
れいむは一ヶ月もすれば別れ別れになる『家族』たちと一緒に、幸せそうに笑っていた。
anko2009 足りないらんと足りすぎるちぇん(前編)
anko2010 足りないらんと足りすぎるちぇん(後編)
差別・格差 育児 共食い 子ゆ 現代 れいむ愛で
水槽の中で、らんは、いつも通り専用の成体ゆっくりフードを与えられた。
部屋の中で、子ゆっくりたちは、自分たちで分配するという役目を課されたものの、いつもと同じ分量のフードとボウルと軽量カップを与えられた。
水槽の中で、ちぇんたちもまた、分配すれば他の子ゆっくりたちと同じ分量になるフードとボウルと軽量カップを与えられた。
「らんとちぇんのトイレとか飲み水とかの用意するから、メシ喰って待ってろ」
そう言ってお兄さんは部屋から出て行った。
「あのクソジジイ、ここからでたらタダじゃおかないんだねー。わかるよー!」
「なんでちぇんたちがこんなところにとじこめられなきゃならないんだよー。わからないよー」
「らんしゃま! そんなところでみてないでさっさとたすけてね! ちぇんのいうことがわからないの!?」
「うう、ちぇぇぇぇぇん。お兄さんはちょっと怒っているだけだからな。今はまずごはんさんを食べてゆっくり落ち着こう。な?」
「わかったよー。それじゃいただきまー――」
「なにやってんのー! わからないよー!」
ひとしきり文句を言ってから食事にかかろうとしたちぇんたちだが、一匹のちぇんが分配前のボウルに特大盛りされたフードの山に直接顔を突っ込もうとして他のちぇんたちに咎められた。
らんも水槽のガラスに顔を押し付け、ちぇんたちに助言する。
「ちぇぇぇぇぇぇん! らんがやっていたみたいに、そのカップさん一杯でちぇん一人分だぞ! みんなで仲良くわけるんだぞ!」
「わかってるよ! きがちるからちぇんたちをたすけられないやくたたずのらんしゃまはゆっくりだまっててね!」
ちぇんたちはフードの山に軽量カップを差し込んだ。ぼろぼろと水槽の床にフードが零れ、カップには山盛りのフードが入り込む。
零れたフードに我先にと飛びつこうとするちぇんを他のちぇんたちが牽制し合い、らんがとりあえず先にボウルにフードを入れなさいと助言し、それに怒りの声を返し、喧々諤々しているうちに分配前のフードボウルは空っぽになった。
「……あれ? ちぇんのごはんさんはまだだよー。わからないよー」
最後のフードボウルは空っぽだった。そのボウルの前で待っていたちぇんは体を傾げて不安げに訴えた。すかさずらんが助言を突っ込む。
「お、落としたフードをかき集めるんだ!」
「もういいよ! もうちぇんたちのごはんさんはあるんだよー。さきにたべさせてもらうんだねー。わかるよー」
「そうだねー。すっとろいちぇんはらんしゃまのいうとおりにゆかにおちたごはんさんをひろいぐいでもしてたらいいんだねー」
「どぼしてそんなこというのおおお!?」
食事の前のいただきますの挨拶も忘れ、ちぇんたちはめいめい勝手に食事を始めた。空っぽのボウルを当てられたちぇんは慌ててらんに怒声を浴びせかける。
「らんしゃまああああああ! ちぇんはおなかがすいているんだねー! わかるよねー!? なららんしゃまのごはんをちょーだいねええええ!!」
「ちぇぇぇぇぇぇん! そうしたい気持ちは山々なんだがガラスさんが邪魔で無理なんだ! ほら、ちぇん! このちぇんにもごはんさんをわけてあげてね! 仲良くしてね! 家族だろ! 姉妹だろ!?」
「かんじんなときにやくにたたないらんしゃまはうるさいだけなんだねー。わかるよー。だまっててねー」
「どぼしてそんなこというのおおおおおおお!?」
……そんなやりとりを眺めていた子ゆっくりたちは、ふと自分たちも空腹を抱えているのだと思い出した。いつものように一列に並んでからボウルを配り、みんながお互いの顔を見合わせる。
「……だれがごはんさんをわけるらんおかあさんのやくをするの?」
「それならぱちゅりーがいいんだぜ。あたまのいいぱちゅりーはきっとちぇんたちみたいにふこーへーなわけかたをしないはずだぜ」
「むきゅ。そういってくれるのはうれしいけど、ぱちぇはあんなおもそうなカップさんもせんめんきさんももちあげられそうにないわ」
「じゃあありすがカップさんをもつわ。まりさがせんめんきさんをはこんでくれる? それでぱちぇがごはんさんのりょうをちゃんとみて、ありすがつかれたられいむにこうたいしてもらうの」
「わかったよ! なかよくみんなでちからをあわせてごはんさんをたべようね!」
結局、床にたくさんのフードを散らかしては洗面器に戻しを繰り返したことで、らんが用意するより何倍も時間がかかったが子ゆっくりたちは食事をほぼ平等に分配することに成功した。
ほぼ、とは列の先頭に立ったれいむの分だけ明らかに量が多いからである。それは他の子ゆっくりたちが、一度分配し終えてから二、三粒のフードを分けたからだ。
「れいむはけがさんをしたからね! いっぱいたべてはやくよくなってね!」
「れいむ、さっきはたすけてくれてありがとうね! とってもとかいはだったわ!」
「むきゅ、ぱちぇはなんにもできなかったけどこれでゆるしてくれる?」
「れいむ、かっこよかったぜ!」
そんなことを言いながら自分のフードを分けてくれる家族たちに、片方だけになったれいむの目から涙が零れた。
ぱちゅりーがもみあげを振り上げ、声を上げる。
「それじゃあみんな、きょうもごはんさんをよういしてくれたおにいさんにありがとうをいおうかしら」
「「「「「うん!!!」」」」」
「おにいさん、きょうもおいしいごはんさんをありがとうございます」
「「「「「おにいさん、きょうもおいしいごはんさんをありがとうございます!!!」」」」」
「いただきます」
「「「「「いただきます!!!」」」」」
変化は翌日の夕食には早くも現れた。
「じゃ、これ夕食分な。ちゃんと仲良く分けろよ」
「待ってくださいご主人様!」
「あん?」
お兄さんはらんに声をかけられ、部屋から出ようとしていた足を止める。
その頃には既にちぇんたちの入った水槽は戦争状態に突入していた。
「ちぇんはおひるちょっとしかたべられなかったんだよ! だからこのごはんさんはぜんぶちぇんのものだよ! わかれよー!」
「ちょっとしかたべられなかったとろくさいちぇんがわるいんだよ! ちぇんのごはんさんをとるゲスのちぇんはゆっくりしね!」
「ゆっくりしねなんていうゲスはこのごはんさんをたべるしかくなんてないんだねー! わかるよー! ゆっくりしたちぇんがごはんさんをぜんぶもらってあげるねー。わかってねー」
そんな感じで、四匹のチョコ饅頭とゆっくりフードが水槽狭しと乱舞していた。だが一匹のちぇんだけが水槽の片隅で縮こまって動かないでいる。
そのちぇんの頬はぱっくりと歯型に沿って削られていた。そこから漏れたチョコレートクリームに浸りながら、ちぇんは怨みのこもった目で四匹のちぇんを睨みつけているのである。
「お昼ごはんさんの時に、ちぇんが間違って噛まれちゃったんです! このままじゃちぇんがえいえんにゆっくりしちゃいます! ご主人様、助けてあげてください!」
「知らんよ」
お兄さんはドアノブを回して既に半身以上部屋の外に出ていた。
「ちぇんたちが仲良く分けていればそんな事故も起こらなかっただろ。自己責任だ。お前が付いていながら何やってたんだ?」
答えを聞く気もないのか、お兄さんはドアを閉じて出て行った。
それでもらんは閉じられたドアに向かって何度も「ご主人様! お兄さん!」と叫び続けた。
「……おにいさん、こわいね」
「にんげんさんをおこらせるとただじゃすまないってらんおかあさんがいってたとおりだぜ……」
既に自分たちの食事を分配し終えた子ゆっくりたちは閉じられたドアを見つめて怯えていた。昨夜から丸一日授業の無い朝から晩まで遊び呆けてもいい時間が続いていたが、子ゆっくりたちはあまりゆっくりできなかった。ちぇんたちから四六時中罵倒を浴びせかけられていればどんなにゆっくりしたことがあっても興を削がれるに決まっている。
だが、中にはどんなに罵倒してもちぇんたちがもう自分に仕返しができないことを悟った子ゆっくりもいた。
「へへっ。ほらちぇん。ごはんさんをもってきてやったぜ?」
自分のフードボウルをちぇんの水槽の前まで持ってきたまりさはフードを一粒おさげに乗せてガラスの向こうに見せつけた。
一部のちぇんはそれに反応してガラス壁にへばりつき、一部のちぇんはその隙に床に落ちているフードの欠片を奪い合う。
「よこせええええええ! そのごはんさんはちぇんのなんだよおお! はやくよこせええええ!」
「なら『まりささま、いやしいちぇんにごはんさんをわけてください』っていうのぜ?」
「この、ごみくずうううううう!!」
「へへへっ、いいかおだぜちぇん」
「まりさ、そんなこといなかもののやることよ」
ちぇんを挑発し続けるまりさをありすが嗜めた。
だがまりさはおさげでびしりとガラス壁を叩き、今までのにへら顔はどこへやったのか、怒りの言葉を叩きつける。
「こいつらのせいでまりさはあんこさんはいてずっとゆっくりしたんだぜ! こいつらのせいでれいむのおめめさんのかたっぽはなくなったんだぜ! こいつらのせいでありすはえいえんにゆっくりしかけたんだぜ!!?」
「そのせいっさいっ、はおにいさんがしているわ。まりさはかためさんになったれいむみたいに、なにかしたの?」
「ゆ、それは……」
「おにいさんはゲスになったらありすだってまりさだっておなじようにするはずだわ。そうらんおかあさんにおしえられたでしょ?」
「ゆぅ、わかったぜ。もうこんなことしないのぜ……」
「それでいいのよ。さ、みんなでごはんさんをたべましょう」
まりさはフードボウルを列の中に戻した。その背中に、ちぇんが罵倒をぶつけ続ける。
「まて、ごみくずのまりさあああああ! ちぇんにごはんさんをよこせ! よこせえええええええ!!」
さらに三日後、ちぇんの数は二匹にまで減った。
「ちぇぇぇぇぇぇぇん!! お願いだかららんの言うことを聞いてね! ごはんさんは仲良く半分ずつにすればいいんだぞ! カップさんで一回計ったら済むだけなんだぞ!! だから、だからお願いだからケンカはやめてね!!」
しかしらんの言葉はちぇんたちには届かなかった。水槽に入れられてからずっとらんの声を聞き続け、いっこうに助けを期待できない状況にちぇんたちの耳はらんの声を『聞こえているけど聞こえないもの』として処理するようになってしまっていた。そうでもしなければうるさくて眠ることもできなかった。
だが、もはや二匹だけ生き残ったちぇんは眠ることさえできなくなっていた。水槽の隅っこを陣取り、対角線の位置に相対して充血した目で睨み合っている。
水槽の中はひどい状況だ。死んだちぇんの皮や耳の欠片、毛の付いたままの頭皮が散らばり、ボロボロになって汚れたおぼうしが雑巾のように捨てられている。チョコレートクリームの飛沫が床といわず壁といわず天井といわず付着しており、もはやちぇんの中身かうんうんかも判別がつかない状態だ。
お兄さんが掃除をしようとしてもちぇんたちはその指に噛み付き、腕を伝って脱出しようとするのだ。「反省して大人しくしていれば掃除してやる」とお兄さんはちぇんに言い聞かせ、らんに説得を手伝わせたがちぇんは完全に聞く耳持たずだった。返す言葉は「ここから自分たちを出して今すぐ死ね」といった内容だけである。
そして、この不眠の睨み合いとチョコクリーム散乱の原因は直結していた。
「わかるよー……あのゲスちぇんはちぇんがねむったらそのすきにちぇんをたべるつもりなんだねー……ぜんぶおみとおしなんだよー」
「あんなちぇんにたべられてたまるかなんだよー……いきのこるのはいちばんゆっくりしているちぇんなんだよー。わかれよー……」
そんなことをぶつぶつと呟きながら、延々と疑惑と殺意の視線を飛ばし続けているのだ。もしこの間に赤ぱちゅりーなどを置こうものならストレスで勝手にクリームを吐いて死ぬことだろう。
だが実際の二匹の間にあるのはお兄さんが朝食に置いたフードだ。お互い空腹を覚えているのだが、昼近くになろうというのに全くの手付かずである。
これも、一度食事を始めるとその隙に噛み付かれるなり潰されるなりして殺されると警戒しているからだ。既にその手口でこの二匹は一匹のちぇんを食い殺しているため、お互いに向ける疑心は本物だった。
最初に事故で噛み付かれたちぇんの死体はお兄さんに片付けられることなく、その日もっともフードを食べられなかったちぇんの腹に収まった。その光景を見た三匹のちぇんは、死体を喰ったちぇんをせいっさいっして、結局仲良く死体を山分けして喰ってしまった。
チョコレートの甘味をこのストレス状況下で味わったちぇんたちは共食い地獄へと真っ逆さまに落っこちた。その果てがこの対立である。
「ちぇん……どうしてごはんさんをわけられないの? ちぇんたちはかぞくでしょ? いもうととおねーちゃんなんでしょ?」
片目のれいむが悲しそうに問いかけた。らんの声ではない呼びかけに、ちぇんは、はっとしてガラス壁の向こうのれいむに振り向く。
チョコクリームや自らの垂れ流したしーしーでかぴかぴになった尻尾の毛を逆立て、ちぇんはれいむを威嚇した。
「にゃがああああ!! もとはといえばおまえのせいでこんなことになったんだ! はやくしね! そしたらちぇんがたべてあげるから、そのときはちょっとくらいゆるしてあげないこともなくもな――」
「ちぇんあぶない!」
れいむの注意は、ちぇん種の足の速さの前にはあまりにもゆっくりしすぎていた。
もう片方のちぇんが、れいむに気を取られたちぇんに急接近し、噛みついた。
「にゃ、に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
「うっめ、めっちゃうめ! たまんないよー!」
口の周りをチョコレートで汚しながら、ちぇんはちぇんを貪り食っていた。ガラス壁にぶちゅりと押し付けられるチョコクリームを見て、らんが叫んだ。
「ちぇぇぇぇぇん! やめてね! ちぇんがしんじゃうよ! ちぇぇぇぇぇぇん!!」
喰われている方のちぇんは既に痙攣でしか動けなくなっている。どんな名ゆん医でも中枢餡を傷つけられたゆっくりを蘇生させることなどできはしない。
遂に最後の生き残りとなったちぇんは返りチョコだらけになった全身をまるで誇らしげに見せるよう膨らませ、部屋中に響き渡るような大声で宣言した。
「わかるよーーーー!! ちぇんはいきのこったんだよおおお! ちぇんはさいきょうのゆっくりなんだねえええええ!!」
「あ、そう」
がちゃりとドアノブが回り、昼食を持ってきたお兄さんが部屋の中に入った。
真っ先にトレイを棚の上に置き、ちぇんの水槽の蓋を開く。勝利の余韻から我に返ったちぇんはお兄さんを見上げ、牙を剥いた。
「おいじじい! いいの? ちぇんはさいきょーなんだよ? しれつなばとるゆわいあるをいきのこったんだよ? いのちがおしかったらいますぐここからだして――」
「はいはい。じゃ、こっち行け」
ちぇんを摘み上げたお兄さんは、らんの水槽の蓋を開いて、ぽとりと落とした。
急展開にらんもちぇんも一瞬固まったが、らんはすぐ我に返りちぇんへと頬を寄せ甘酢の涙を振り撒きながらすーりすりを始めた。
「ちぇん! 良かったなちぇん! もう大丈夫だぞ! もうらんがちぇんを守ってゆぎゃ!?」
頬に鋭い痛みを覚えたらんは反射的にちぇんから距離を取った。その頬には穴が開き、そしてらんの油揚げで出来た皮はちぇんの口元にぶら下がっている。
ごくりと油揚げを飲み下したちぇんは尻尾を逆立ててらんへと威嚇した。
「なにがまもってやるなんだよー! ちぇんをたすけられなかったゲスらんはちぇんのごはんさんになってうんうんになってしね!」
「ゆ、ゆうぅぅ!? や、やめろちぇん! 痛い! やめて! 助けて! ご主人様、お兄さん、助けて! 助けてえええ!!」
ちぇんに噛みつかれ、必死に狭い水槽の中を這って逃げようとするらんは無感情な目で事態を見下ろすお兄さんに助けを求めた。
お兄さんはそこではじめて唇を歪ませて笑い、らんに問いかけた。
「らん。これがお前がちぇんに施した教育の成果だ。わかるか?」
「はい! わかります! わかります!」
「本当にわかってんのか? ま、これ以上けしかけるとお前ヤバいな。死なれるとさすがに困る」
そう言ってお兄さんはちぇんを鷲掴みにした。
そして、一息に握り潰した。
「な……、お、お兄さん?」
「なんだらん。今更あんなゲス化しておかざりもぼろぼろになって商品価値マイナスに落ち込んだちぇんを生かしてもらえると思ったか? あんなのれみりゃにでも食わせたくないぜ。ゲスが伝染る」
「ゆ、ゆうぅぅぅ……」
水槽の中でらんは甘酢の涙をぽろぽろと零した。しばらくその様子を見守っていたお兄さんだが「どぼしてこんなことに……」とらんが呟いた途端、表情が凶悪なものへと変化した。
未だチョコで汚れた、ちぇんの死臭がたっぷりついた手を遠慮なしにおぼうしへと突き立て、らんの顔を自分の方向へと向けさせる。
「お前の教育が悪かったからだって何度も言っただろうが! あいつらはこの部屋に来た時まともだった! お前が! あいつらを! ちぇんを殺したんだ! わかるか!?」
「わ、わか……ゆぐぅっ!?」
「吐くな! 逃げんじゃねぇ! ふざけんなこら!」
らんはストレスのあまり、ちぇんに関する記憶が詰まった酢飯を吐いて精神的逃避をはかろうとした。それはゆっくりの持つ防衛本能だったが、お兄さんは開いた手でらんの口を抑え、無理矢理に酢飯を口中へと押し戻す。
その作業を終えた時、らんは記憶の混乱と極度のストレスで目をぐるぐると回していた。米粒とチョコに汚れた手をトレイに載せたふきんで拭き取り、お兄さんは改めてらんへと問いかける。
「これからはちぇんもれいむもまりさもありすもぱちゅりーもわけ隔てなく、平等に、家族としてゆっくり育てると誓うか?」
「ゆ……」
これが、お兄さんの――ゆっくりブリーダーである青年の目的であった。
ブリーダーと言ってもゆっくりの繁殖と養育だけが仕事ではない。ペットショップなどへの営業、流行に対する調査、人間でしかできない仕事は山とある。それならゆっくりの養育はゆっくりに任せられるのだから、任せたい。
そう思って彼はゆっくりたちを育てる保母ゆっくりを育てることにした。それがらんだ。らん種は頭が良く、人間への忠誠心も強い。母性本能だってれいむ種と形は違うがとても強いものだ。投資費用としては高めだが、損はしないと彼は値踏みしていた。
だがらん種には唯一欠点があった。ちぇん種に対する異常と表現して過言ではない愛情だ。これを矯正しないで育成させれば、ちぇんは他種に比べて優遇されることからゲス化すると最初から彼は予測済みだった。だから、一度その結果を実体験させて矯正することにしたのである。
もちろんちぇん種をらんに育てさせなければこんな事態は最初から起きない。だがちぇん種はもはや通常種となんら変わりのない流通性を保持する人気商品だ。これを取り扱わなければ、まだブリーダーとして駆け出しの彼はやっていけない。
天井の隅っこに設置したカメラで観察し、ベストなタイミングを計って入室し、ちぇんがゲス化しそれをらんにわからせる機会を見出す。
その結果が、このまどるっこしい一ヶ月間であった。
「おに……さん」
「ああ」
お兄さんの表情が綻んだ。
正気の目に戻ったらんは、言った。
「らんは悪くない! ちぇんをあんなにしたのはこいつらだ! こいつらがちぇんを大事にしないからあんな風に拗ねてしまったんだ!!」
お兄さんは口を呆けたようにあんぐりと開いてしまった。
その、こいつら――らんの目線の先には事態の様子を見守っていた子ゆっくりたち、らんが育てた『家族』たちだ。
続けて、らんはちぇんの水槽の傍にいた片目のれいむに殺気のこもった視線を飛ばす。
「ぜんぶぜんぶ、このれいむが悪いんだ! こいつがちぇんをゆっくりさせないゲスだから! ちぇんをひどい目に逢わせたから!」
「ら……おかあさん……?」
「らんはお前なんかのお母さんじゃないよ! 死ね! ゲスのれいむはとっとと死ね!!」
片目のれいむは唖然としてらんを見つめている。お兄さんは額に手を当てて天井を仰いだ。
「マジか。……まだまだゆっくりを甘く見ていたな俺は。それとも安物のらんってこんなもんか。……どっちみちパァか。お前にゃ時間かけたのに……」
ほんの少しの失望と、それ以上の徒労感が溢れる声色でお兄さんは呟くと、らんを抱え上げた。
喚くらんを無視してお兄さんは体を裏返し、あんよを天井に向けさせると右手の爪をその固皮に突き立てた。
「あが!?」
「黙ってろ。舌噛むぞ」
無表情にお兄さんはらんのあんよの皮を削り続ける。身悶えするらんの体力が切れ、爪の間に飯粒が詰まるようになってようやくお兄さんはあんよを引っかくのを止めた。
地面に落ちたおぼうしを踏みつけ、剥き出しになったらんの狐耳にお兄さんは囁きかける。
「お前はもう保母としては用済みだ。これからは種ゆとして頑張ってもらう。毎日毎日すっきりできる素敵なゆん生だぜ?」
だが、それは交尾できるというわけではない。揺らして採取されたらんの精子餡は母胎ゆっくりに注入されるだけだ。らんはこれから隔離された水槽の中、身動きの取れない体で枯れ果てる日が来るまで精子を搾り取られ続けゆん生を送ることになる。ちぇんに会うことも誰と会うこともない。自らの子供がどんなゆっくりとして産まれたのか、どんなゆん生を送ることになるのか知ることもないまま精液を出す機械になるのだ。
お兄さんはもうらんには必要無くなった目玉をくり貫き舌を引き抜き耳をちぎってまとめて水槽に放り込むと、呆然とする子ゆっくりたちを見下ろした。
「さて昼メシにするか。その後は一週間後に待っているバッジ認定試験対策の授業を始めるから覚悟しておけ」
結局、あのらんに育てられた子ゆっくりたちはたった一匹ありすが金バッジを取得しただけで、その他は全員銀バッジで終わった。
これもお兄さんの予測済みである。彼の目的は飽くまでペットとして飼いやすい教育と、飼われた後の金バッジ取得に対する下地作りだ。
ペットショップに卸された際子ゆっくりたちは「ちぇん種やらん種と一緒に飼わせてはいけない」と客に厳重注意することを条件に相場の三割引で取引された。
ただ、あの片目のれいむは家に残した。最初は捕食種用の生餌にするつもりだったのだが、お兄さん自ら勉強を施しているうちに意外と頭が良いことに気づいたのである。
「おいお前ら、メシだぞー」
お兄さんがドアを開けると、子育て部屋はいつも通り数十匹の赤ゆっくりたちがたむろしていた。だが誰に言われることもなく赤ゆっくりたちはえっちらおっちらおっとり足で部屋の中央に集まり、列を作り始める。
その列はこの部屋でたった一匹成体のれいむを始点とした、円列だ。
「じゃあれいむ。後は頼んだぞ」
「うん、わかったよおにいさん! あ、でもまりさがちょっところんでまだいたいいたいっていってるの。みてあげてね。それからちぇんがたしざんできたんだよ! あのちぇんはきっときんばっじさんをとれるよ! それからそれから……」
「とりあえずメシ喰え。それから話はゆっくり聞いてやる」
「はい! それじゃあみんな、ごはんさんをもってきたおにいさんにおれいをいおうね!」
れいむは左右それぞれ違う色をした目を細くして微笑んでいた。
今れいむは保母をしている。らんに比べるとずっと授業は下手で時として赤ゆにさえ侮られている時もあるが、このれいむに育てさせた子ゆっくりは卸し先で文句を言われた経験は無い。十匹に一匹は銅バッジしか取れないのが混じるのも勘弁してほしかったが、人間に対してもゆっくりに対してもフレンドリーで大らかな性格に育つので、まあどっこいどっこいだろう。
お兄さんはこのれいむがらんにした質問を思い出していた。「なぜ勉強ができないとダメなゆっくりになるか?」だ。あれは正鵠を得ていた。ゆっくりが人間と共存を結ぶうえで、頭の良さや金バッジは必要ない。れいむはそれを赤ゆの段階でらんより正確に理解していたのである。
れいむは一ヶ月もすれば別れ別れになる『家族』たちと一緒に、幸せそうに笑っていた。
anko2009 足りないらんと足りすぎるちぇん(前編)
anko2010 足りないらんと足りすぎるちぇん(後編)