ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko2356 浮気(前)
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ankoss
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『浮気(前)』 31KB
愛情 同族殺し 番い 群れ 希少種 自然界 人間なし 四作目
ひらひらと赤や黄の落ち葉が止まない雨のように降り続いていた。
跳ねればかさりと音がしない場所など無い山奥で、野生のゆっくりたちはそれは懸命に忙しく跳ね回っていた。当然その音は捕食者を呼び、彼らの冬越しカロリーの一部と化す個体も続出していたが、群れ全体の存続のためにゆっくりたちは休むことなく越冬準備を進めていた。
実りの秋。その豊かな食料源は厳しい冬を迎えるために自然が用意した前払いの恩恵とも言える。熊や狐や兎や鼠、数え切れない昆虫たちに野鳥の数々。そしてゆっくりにすらその恵みや厳しさは等しく平等に与えられる。
まりさ種が帽子いっぱいのきのこを頭に載せて右に行ったかと思えば、何匹もの昆虫を枝に串刺しにしたみょん種が左に行く。巣の資材にするのか枝や枯葉を運ぶありすもいれば、各ゆっくりに指示を飛ばすぱちゅりーがいる。
そんな中、長辺50cmはあるすぃーに食料を満載したちぇんが、晴れ晴れとした笑顔で車体を押していた。整備されてもいない山道なので当然車体はぐらつき、きのこや木の実といった食料はぽろぽろとよく零れる。それでもちぇんは器用に尻尾で食料を拾っては載せ直し、食料運びに専念するのだった。
やがてちぇんは洞穴が点在する集落に辿り着いた。盛んに働きまわっていたゆっくりたちがちぇんに気づき、わっと近づく。
「おかえり、ちぇん!」
「きょうもたくさんごはんさんをとってきてくれたんだね! ありがとうね!」
「とかいはだわ!」
「むきゅ、さすがはちぇんね!」
次々とかけられる賞賛にちぇんは首を振り、すぃーの車体を傾けた。満載の食料は地面に降ろされ、空になったすぃーにちぇんは飛び乗る。
「まだまだだよー。こんなくらいじゃむれのみんなをゆっくりさせるなんてできないんだねー。わかるよー。ちぇんはまたいってくるねー」
「ちぇん、もっとゆっくりしたらいいのぜ。このぶんだけでまりさがあつめたみっかぶんよりおおいんだぜ?」
「むれのみんながはたらけるわけじゃないんだねー。わかるよー。ちぇんはむれのみんなのおちびちゃんのぶんまでごはんさんをとらなきゃいけないんだよー」
「むきゅ、なにもちぇんだけでおちびちゃんみんなのごはんさんをあつめなくてもいいのよ」
「それに、ちぇんにもちぇんのおちびちゃんとおくさんがいるでしょ? かえってきたんだからかおくらいあわせないと、どんなにとかいはなはたらきをしても、いなかものだわ」
意気揚々と出発しようとしていたちぇんだが、みんなの引き止めに顔を曇らせた。
しかししばらくすると、その瞳に確かな決意を秘め、ちぇんはすぃーの車輪を回し始める。
「いなかものでもいいんだねー。わかるよー。ちぇんがいなかものでみんながゆっくりできるんなら、こんなにいいことはないんだねー」
そう言って、ちぇんを乗せたすぃーはがたがたと揺れながら危険なほどの速度で山を下っていった。
後には呆然とする群れのゆっくりたちが残された。
しばらくして、まだ赤ゆと呼べるサイズのちぇんとありすを連れた親ありすがちぇんを見送ったゆっくりたちの元へと駆け寄ってきた。
「ねぇ、いまちぇんのこえがきこえたんだけど!」
「あ、ありす。ゆぅ、ちょっとゆっくりしすぎちゃったね。ちぇんはもういっちゃったよ」
「ゆぅ~。せめておひるごはんさんくらいおうちでたべていけばいいのに……」
「わきゃらにゃいよー! ちぇんはおとーしゃんとゆっくちしちゃいよー!」
「おちょーしゃんのいなきゃもにょー!」
甘えたい盛りの赤ゆである赤ちぇんと赤ありすは、わんわんと泣き出した。親ありすとれいむが赤ゆたちをなだめるが、なかなか機嫌は直らない。
「おちょーしょん、あさごはんさんのときは、おひるにはあそんでくれるっていっちぇくれちゃもん!」
「しょうだよー! ちぇんをたきゃいたきゃいしゃんしちぇくれるっちぇいっちぇちゃよー! ちぇんはおぼえてりゅんだよー!」
そう主張するちぇんの子供たちを見て、先ほどちぇんを引き止めたありすとぱちゅりーがひそひそと話し始める。
「ねぇ、おさ。ちぇんのこと、いってしまったほうがあのこたちのためじゃないかしら」
「むきゅー。まだいってもわからないでしょう……それに、ちぇんももういちゆんまえよ。ぱちぇたちがかってにくちだししていいことでもないわ」
「そうね……」
群れのゆっくりたちは、ちぇんの行ってしまった方向を見つめ続けていた。
浮気
ちぇんはすぃーを止めた。
そこは湖の傍にある常緑樹の根元であった。ゆっくりたちにしかわからない程度に土がこんもり盛られており、かすかに死臭が漂う。
ここはちぇんが暮らす群れの共同墓地――墓だ。群れの中で永遠にゆっくりしたゆっくりはおかざりだけこの木の根元に埋められ、遺体は遺族の腹の中に収められる。そしてちぇんもまた、この墓の下に眠る一匹のゆっくりの餡子を体の中に宿した。
「れいむおかあさん、わからないよー。ちぇんはむれのみんなをゆっくりさせてあげられているのかなー?」
ちぇんの両親はらんとちぇんだ。れいむとは餡子を分けていない全くの他ゆんだった。それでもれいむが最期を迎えた時、群れの誰もがれいむの体をちぇんが食べることを止めなかった。
この群れの長は、ちぇんが生まれた直後までらんだった。高い身体能力と知能を持つらんは群れのみんなに長の大器として満場一致で迎え入れられた。らんもそれに応えて群れをまとめ、良きリーダーとして働いていた。
だがらんの番であるちぇんがいけなかった。自分の腹を満たすために群れの貯蓄食料を食べ漁る。自分の美貌を保つため群れの赤ゆを集めて潰し餡子風呂に浸かる。れいぱー同然にすっきりーをして、文句を言うゆっくりは容赦なくらんに処刑させる。でいぶですら可愛いものだと思えるほどに番ちぇんは暴虐の限りを尽くした。
当然、そんな番を止めるのは長であるらんの役目だ。だがちぇん種に特別甘いらん種の悪癖が出て「らんのちぇんをゆっくりさせないゆっくりはゲスだよ!」と宣言し、暴君へと変わり果ててしまった。群れ最強の実力と知恵を兼ね備えるらんに誰も反抗できず、多くのゆっくりが死んでいった。
そんな春のある日、長らんが忽然と消えてしまった。群れの誰もがそんなことを知る由も無かったが、一匹で狩りに出ていた時登山という名の山狩りに来ていた虐待鬼意山さんに捕獲されたのである。番ちぇんの影響で野生でありながら酢飯一粒残さずゲス色に染まりきったらんに感動を覚えた鬼意山は興奮で失禁寸前のお股をごまかすように蹴りをぶちかまし、顔面変形したらんを抱えて意気揚々と下山していった。
問題は、後に残された番ちぇんとその子供たちだった。長らん一匹で満足して帰ってしまった鬼意山だったが、売ればそれなりの金になったであろう赤らんや子らんが群れには残されていた。
希少種や基本種などという枠分けは人間が勝手にやったものだ。そんなもの当の本ゆんたちにはなんの関係もない。
いつまでたっても帰ってこない長らんが死んだと考えた群れのゆっくりたちは、虐げられた圧政の恨み晴らさんとばかりに番ちぇんもその子供たちも一匹残らず処刑することにした。
番ちぇんは髪もおぼうしも耳も尻尾も噛み千切られ、目玉をくりぬかれ、群れのゆっくりたち全員の体当たりを受けてボコボコにされ、共同墓地に入ることも許されず湖に投げ込まれて殺された。子供たちも大体似たような末路を辿ったが、番ちぇんが頭からぶら下げていた茎の赤ゆの処分にだけは意見が割れた。
――この子供たちはまだあの長たちの悪い影響は受けていない。殺してしまうのは可愛そうだ
――だがあの長たちの餡子を受け継いだ忌むべき子だ。後に禍根を残さないためにも情けを捨てて葬るべきだ
そういった二つの意見をぶつけているうちに、茎から赤ちぇんの姉妹が産まれ落ちてしまった。そしてもっとも「子供殺さずべし」を叫んでいたれいむが赤ちぇんを見て、母性本能に火が点いた。後はもう誰がどれだけ脅しても「れいむのおちびちゃんをえいえんにゆっくりさせるなら、れいむをさきにえいえんにゆっくりさせてね!」と譲らないれいむに気圧され、群れのゆっくりたちは条件を出して赤ちぇん姉妹を生き残らせる事を許可した。
それは一度でもゲスの吐くような言動、行動を起こせば容赦なく永遠にゆっくりさせるというものだった。
ちぇんは、その姉妹の内の一匹だった。そして唯一の生き残りでもある。
他の姉妹たちは立派に育てようとするれいむのスパルタ教育についていけなかった。溜まったストレスで死んでしまう者、溜まったストレスを発散するためにゲス化し、殺された者。それぞれ一匹ずつ。
れいむの期待に応えて成体ゆっくりまで育ちきったのは、ちぇん一匹だった。
「……にゃっ。くよくよしていたらだめなんだねー。ちぇんはもっとはたらかないといけないんだよー。わかるよー」
ちぇんは墓を見つめていた顔を上げた。
先代長の子供であるちぇんに対する風当たりは強かった。辛く当たる群れのゆっくりたちを決して憎まず、ゆっくりさせてあげれば必ず報われると育ての親であるれいむに教えられてちぇんは育てられた。
その結果、ちぇんは群れ一番の働き者として褒め称えられありすという番も手に入れることができた。しかしその頃には季節は越冬準備の秋となっており、より一層忙しく働かなければいけなくなっていた。
ちぇんも自分の子供たちをゆっくりさせてあげられないのは辛い。だがそれも冬が来るまでの辛抱だ。巣篭もりしている間にちぇんは子供たちと思う存分遊んであげるつもりだった。そのためにも群れの仲間のためにもちぇんは休むことはできないのだった。
「それじゃ、ゆっくりいく――わからにゃ!?」
すぃーに飛び乗ろうとした瞬間、宙に浮いて無防備になったちぇんめがけて横から勢いよく何かがぶつけられた。
ちぇんはごろごろと転がり、湖のほとりにまでさしかかり、回転が止まりかけた。
だがその頃には既に重力がちぇんの体を完全に捕らえており、その命を母親と同じように湖へ捧げようとしていた。
ちぇんは背中に湖面の冷たい水の気配を感じて、総毛立った。何かを叫ぼうとしたが、それすら間に合わない。
「もっと――」
「ちぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
その時、茂みの方から黄金色の影が飛び出した。はっと我に返ったちぇんはとっさに体勢を立て直し、地面に歯を突き立て一瞬でも落下を緩めようとする。
黄金色の影はちぇんの尻尾にかぶりついた。そして力任せに引き上げ、ちぇんの体は陸へと投げ出された。
はぁー、はぁー、という九死に一生を得たちぇんの荒い息遣いが湖畔にこだました。
「無事か、ちぇん?」
「にゃ……あ、ありがとうなんだねー。わかるよー。だれかしらないけど、ちぇんのいのちのおんゆんなんだねー……?」
ちぇんはまだ興奮冷めやらぬ体を奮い立たせ、顔を上げた。
ぽかん、と表現するのがぴったりなほどちぇんの表情から感情が抜けた。
真っ白なおぼうし。そのおぼうしには数え切れないほどのお札が貼られ、耳に負担をかけないようとんがった三角形が二つ付いている。
金色の髪の毛。それはまりさ種やありす種のような色合いではなく、たわわに実った稲穂のような黄金色。
そして、後光が差しているのかと見紛わんばかりの美しい黄金の九つ尾。
ゆっくりらんと呼ばれるゆっくりが、ちぇんの前に立っていた。
「にゃ……?」
「どうしたちぇん? やっぱりどこか痛むのか?」
「らんしゃまあああ!? わからないよおおおお!?」
あんよが勝手にらんの方向へと飛び出そうとするのを理性で押し留め、ちぇんはチョコの中に渦巻いたゆっくりできない気持ちに混乱してそう叫ぶことしかできなかった。
らん種に対するちぇん種の愛情も異常だが、ちぇん種のらん種に対する愛情も勝るとも劣らない異常さを伴う。それは「ごはんをたくさんたべるとゆっくりできる」と同等、もしくはそれ以上のレベルで本能に刻まれたものであり、ちぇん種にとってらん種は抗い難い魅力を持った存在なのだ。
だが、このちぇんは父親であるらんに対する怨み言を群れのゆっくりたちに言い聞かされて育ってきたため、後天的に「ゆっくりらんはゆっくりできないゆっくり」と学習させられたのである。
結果、先天的な部分から湧き上がる愛情と後天的な部分から噴出する嫌悪感がチョコの中でない混ぜになり、ちぇんはパニック状態に陥った。
「わからないよ! わからないよおお! らんしゃまはわからないよおおおおおおおおおおおおおお!」
「お、落ち着けちぇん。パニックを起こすな!」
「わからないよおおおおおおおおおおお!!」
「待て! そっちは湖だ!」
再びちぇんは尻尾を噛み掴まれて、湖に飛び込もうとするのを寸前の所で止められた。完全に右も左も前も後ろもわからなくなっているちぇんはなおも暴れていたが、ちぇん種とらん種の体力の違いか、尻尾の痛みのせいか、先にちぇんがへばって気の抜けた饅頭のようにへたりこむ。
らんは怪訝な顔をしたが、落ち着かせるようにちぇんの髪の毛を舐めて毛繕いし始めた。
「初対面でびっくりするのは仕方ないな。らんはちぇんをゆっくりさせなくするつもりなんかないんだ。わかってもらえたかな?」
「ゆぅぅぅ……。ご、ごめんなさいなんだねー。とりみだしちゃったんだよー」
体を動かす元気が無くなり、かえって冷静さを取り戻したちぇんは改めてらんをゆっくりと見つめてみた。
湖面は秋の日差しを反射し、暗い山林をかすかに照らしていた。その光を浴びたらんの尻尾はまるで夜空に浮かぶ月のように美しい。
体の奥のチョコがどくどくと脈打つ感覚にどぎまぎしながら、ちぇんはらんへと話しかけた。
「ちぇ、ちぇんはこのちかくのむれのちぇんだよー。らんしゃまはどこからきたの?」
「まあ、ちょっと遠くからな。実はらんは、お嫁さん探しの旅の途中なんだ」
「にゃ? そうなのー?」
「ああ。らんが産まれたむれにはゆっくりちぇんがいなくてな……どうしてもゆっくりちぇんをお嫁さんに迎えたくて、婚活しているというわけなのだよ」
「こんかつさんはよくわからないけど、らんしゃまのたびのもくてきはわかったんだよー。ざんねんだけど、ちぇんのむれにいるちぇんはちぇんだけなんだよー。それに、ちぇんのむれはらんしゃまはきらわれているんだよー。ゆっくりしないで……ゆっ、は、はやく……でていったほうが……にゃあああ……」
言葉の途中で、ゆっくりできない気持ちに襲われたちぇんはぽろぽろと涙を零してしまった。
ちぇんの言葉に嘘偽りはない。群れのゆっくりたちが抱くらん種への憎悪は凄まじく、うっかり会話中にらんの名前を出しただけでもぷくー! されるくらいだ。このらんがちぇんの恩ゆんだと説明しても、下手をすればちぇんごと処刑されかねない。
だからこうしてすぐ立ち去ることをすすめるのが一番のはずだ。
はずだが、しかしそれが命の恩ゆんに対する態度だろうか。自分がとてつもないゲスに思えてきて、ちぇんは途方もなく悲しかった。
らんは泣き出したちぇんに驚き、頬を寄せてすーりすりしてくる。
「ちぇん、どうしたんだ。どこか痛いのか?」
「ちがうよ……わからないよー……ちぇんはらんしゃまにゆっくりしてもらいたいよー……」
「何を言っているんだ。らんは今、とてもゆっくりした気持ちだぞ?」
「にゃん? わからないよー?」
「だって、らんは今、ちぇんとお話しているじゃないか。こんなにゆっくりできることなんてない」
「らんしゃま……」
「なあちぇん。ちぇんさえよければ、らんのお嫁さんになってくれないか? そしてらんとちぇんだけのゆっくりプレイスでずっとゆっくりしたいんだ」
ちぇんは寒天目玉を白黒とさせた。あまりの急展開にチョコ脳の処理が追いつかず、たっぷり三分くらい視線を宙に泳がせて、らんの言葉の意味を理解したとたん茹で上がったタコのように顔を真っ赤にさせた。
「だ、だだだだだだだだめだよ! ちぇんには、ありすとかわいいおちびちゃんがいるんだよ! むれのみんなもゆっくりさせないといけないんだよ!」
「こーん……残念だけど、仕方ないな。それじゃあ、助けたお返しにというわけじゃないけど、一つ頼まれてくれないか?」
「わかるよー。たすけてくれたゆっくりにはそれいじょうのおかえしをするのがゆっくりできることだよねー」
「ちぇんはゆっくりしたゆっくりだな。お嫁さんにできないのが本当に残念だ。いや、すまない、この話は終わったことだったな。
らんは旅をしていると言っただろう? でも、さすがに冬も近い。一応越冬用の巣も確保したが、食糧がちょっと不安でな。ちぇんが迷惑しない程度に狩場を教えてもらいたいんだ」
狩場を教えろというのは、通常野生のゆっくりにとって宣戦布告、もしくは遠まわしに殺すと言っているも同然の脅しだ。と言ってもちぇんから見てらんは他ゆんの狩場を力ずくで奪い取るようなゲスには見えなかった。
ただ、ちぇんの狩場には当然群れのゆっくりたちが来る。そんなところにらんを向かわせるのは、やはり恩を仇で返すようなものだった。
ちぇんはチョコレート脳を必死で働かせ、命を助けてもらった恩を返し、なおかつ群れのみんなをゆっくりさせる方法を考えた。
そして、ちぇんはとてもゆっくりできるその答えを導き出した。
「らんしゃまのきもちはわかるよー! でもやっぱりかりばはおしえられないんだよー。わかってねー。そのかわり、ちぇんがらんしゃまのおうちにごはんさんをとどけるんだよー!」
「こん? いや、そこまでしてもらうと悪い。ちぇんはありすとかわいいおちびちゃんがいるんだろ? 群れのみんなをゆっくりさせないといけないんだろ? 流れ者のらんにそこまでする必要はない」
「ちぇんのおかあさんのれいむはいってたんだよー! ちぇんはみんなをゆっくりさせないといけないんだよー! みんなのなかに、らんしゃまをいれないなんて、やっぱりへんだよー! ちぇんはいのちのおんゆんのらんしゃまにおんがえししたいんだよー。わかってねー」
「ちぇん……こん、わかった。でも、ごはんさんくらいは自分で運ぶよ。ちぇんが持ってきたごはんさんは、この湖で受け取る。そうだな、毎日、このくらいの時間のお昼に。冬篭りするまで。そうしないか?」
「わかったよー。それじゃ、さっそくちぇんはかりにいってくるんだねー」
今度こそすぃーに飛び乗ったちぇんは、狩場に向かって行った。
らんはちぇんに向けた笑顔を貼り付けたまま、湖のそばに立っていた。
……その様子を、二つの鋭い瞳が草むらからずっと伺っていた。
それからちぇんは母れいむの墓参りと一緒に、らんと出会う日々が続いた。
本来の用事は食糧の受け渡しだけなのだが、ちぇんに気を使ってなのか、らんは珍しい昆虫や栄養満点な子れみりゃの死体などを分けてくれる食糧のかわりに譲ってくれたりもした。
そして今までの生涯でらん種を見たことがなく、またらん種の特徴を聞くことも許されなかったちぇんはただらんと話しているだけで色々なことが次々にわかり、とてもゆっくりした気持ちになれた。
ちぇんはらんと色々なことを話した。自分の生まれのこと。群れのこと。小さい頃、群れのみんなから受けた冷たい目線のこと。永遠にゆっくりした姉と妹のこと……。
いつの間にか、ちぇんはらんと出会うお昼の時間がとても待ち遠しくなっていた。
「ちぇん、もういっちゃうの?」
「おちょーしゃん、もっちょゆっくりしちぇいっちぇね!」
「わきゃりゃにゃいよー? おちょーしゃんはじぇんじぇんゆっくちしちぇないよー」
すぃーに載せた食糧を家の中に入れたちぇんは、空になったすぃーに乗ろうとしていた。それを家族が引き止める。
ちぇんはありすの方へと振り返り、首を振る。
「ふゆさんはもうすぐなんだねー。ふゆさんがきたらちぇんもおうちでゆっくりするよー」
「でも、おひるごはんさんくらいおうちでゆっくりたべていってよ。そとでとったはしからたべるなんて、いなかものだわ」
「そのぶん、ありすがとかいはになってくれるんならちぇんはゆっくりできるんだねー。わかってねー」
「ちょっとまってちぇん……ありすのはなしはまだ……ちぇん!」
「おちょーしゃーん!」
ちぇんは妻子の声も振り切って、すぃーを走らせた。
狩場に辿り着いたちぇんはさっそくどんぐりやきのこなどを集め始める。そしてその作業の間、ちぇんはありすとの思い出を思い返してみた。
あのありすはちぇんと同じ今年の春生まれの若ゆっくりだ。小さい頃からとてもとかいはで、春先の頃はちぇんを見ても冷たい視線を浴びせるだけだった。
だが梅雨の雨の中、蓮の葉っぱの傘だけを頼りに幼い体で狩りをするちぇんの勇姿から、少しずつちぇんの評価は変わっていった。
そして夏の夜、まだ存命であった母れいむと暮らしていたちぇんの家にありすが一輪の花をくわえてやってきた。
ちぇんはありすにプロポーズされた。反射的に断ったちぇんだが、母れいむに諭されて考え直し、結局受け入れることにした。
夏の終わり頃、ありすと婚約したちぇんの姿に安心したのか母れいむはぽっくりと逝ってしまった。
それからしばらくして子供も授かったが、ちぇんは正直子供は春先に作りたかった。ちょっと冷えてきた夜、ありすのやや強引なすーりすりに成す術も無く、気が付いたらありすの頭に茎が生えていた。
すっきりー! の詳細な記憶もない。
ちぇんは考えた。自分は、本当にありすのことが好きなのだろうか。
「ゆっくりみんなが好きなゆっくりと夫婦になれるというわけでもないだろう」
そんなことをらんに話すと、そういう答えが返ってきた。
「らんの群れはそんなゆっくりばかりだった。らんはそれが嫌で逃げ出してきたから、ちぇんはとても偉いと思う」
「にゃにゃっ、そんなにほめないでよらんしゃま~」
「本当のことだろう? 今まで何匹かのちぇんに出会ってきたが、結婚したいとまで思うちぇんは結局いなかった。でもちぇんはらんが見てきた中で最高のちぇんだ。一番ゆっくりしているゆっくりだ」
「ほめたってなんにもでないってば、らんしゃま~~~~~///」
「本当に、なんにも出ないか?」
「にゃ?」
気が付けばらんの顔がやけに近くにあった。どきりとしたちぇんと頬を合わせ、らんはすーりすりする。
その、ちょっと固いけどくすぐったい感触にちぇんはありすのすーりすりとは別のものを感じた。
「たとえば……ちぇんの大事な所から、あまあまさんが出てきたりしないか?」
「ら、らんしゃま……わからないよー、だめだよー……」
「こーん。悪い悪い。ふざけすぎたな。それじゃ、らんはそろそろ帰るよ」
「あ、ま、まってらんしゃま!」
貰った食糧を帽子の中に詰め、家路につこうとするらんをちぇんは呼び止めた。
しかし何か言おうとしていたわけではない。ただ、今日の逢瀬の時間が終わるのが惜しくてとっさに呼び止めただけなのだ。
照れ隠しするようにちぇんは顔をうつむけて言った。
「あ、あしたもここであおうね! らんしゃま!」
「もちろんだ。ゆっくりしていってね、ちぇん」
昼日中、どれだけ走っても小麦粉の肌には冷たさを覚える。
これが冬というものなのかと、春先に生まれたまりさは恐怖した。
正確にはまだ冬ではないと、去年越冬を経験した壮年ゆっくりたちは言う。確かに冬になると雪という白くて冷たいふわふわしたものが落ちてくるというし、木々の枝は丸裸になるそうだ。その点まだこの山肌は紅葉が残っており、まだまだ秋は続いていると言える。
だが、野生のゆっくりたちにとってタイムリミットは近い。まりさはゆっくりしないですぃーに乗って去っていったちぇんの後を追った。
――ちぇんからなんだかゆっくりしないにおいがするの
ちぇんの番であるありすが、ふとそんなことを漏らした。ありすとは隣の家同士で幼馴染であったまりさは、それぞれ独立した後も交友が続き相談に乗ることも多い。
うだるように暑い日が続いた夏の日もそうであった。ちぇんへと好意を寄せるありすの相談に乗ったまりさは、周囲の目など気にせず思い切って告白することを勧めた。そうすることがちぇんのためにもなると言い切った。そう思う心に今も偽りは無い。
だが、まりさはできることなら自分でありすをゆっくりさせたかった。ありすがゆっくりできるのなら、ちぇんとありすが番になることも我慢できた。おかげでまりさは独身で、越冬も同じ独身の若ゆっくり仲間と過ごすというむさ苦しい結果になってしまったが、それでもありすがゆっくりできるのならまりさもゆっくりできた。
今、ありすはゆっくりしていなかった。ちぇんがゆっくりさせていなかった。まりさもゆっくりできなかった。
確かにちぇんは毎日毎日群れのみんなのためにたくさんの食糧を集めてきてくれている。しかしそのせいでちぇんはありすをどれだけ悲しませているかわかっていないのだ。
ありすは子供を作ることでちぇんの心を家庭に繋ぎ止めようとまでした。それでもちぇんは自分の家族とゆっくりすることは自分だけがゆっくりすることと判断したのか、群れ全体のために働き詰めに働いている。
まりさは、まだ自分の家族を持っていないがそれは違うのではないかと思う。
自分の家庭も満足にゆっくりさせられないゆっくりが、群れのみんなをゆっくりさせようなどというのは少々おこがましいのではなかろうか。ちぇんはそんなに自分が強くて優秀なゆっくりだとでも思っているのだろうか。
あのちぇんはまりさより十倍以上狩りが上手い。あのちぇんはまりさよりずっと速く走れる。そのうえすぃーまで持っている。群れの誰に聞いてもまりさよりちぇんの方がゆっくりしていると言うだろうし、まりさだってそう思う。
それでも所詮は一匹のゆっくりだ。ちぇんが本当に守れるものなんて、自分の家族ですら精一杯のはずだ。
まりさは、そういう内容の説教をしようと思ってちぇんの後を尾行していた。
(やっぱりすぃーにのったちぇんははやいのぜ……でも、ほうこうからだいたいわかったのぜ。ちぇんはみずうみさんのほうにいったんだぜ)
まりさはちぇんを見失ったが、行き先の当ては掴めた。ちぇんが母れいむの墓参りによく行くことは、狩り部隊に含まれるゆっくりなら誰もが知っていることだった。
ちぇんのゆん生は辛いものだ。数少ない心からの味方であった母れいむを亡くして悲しんでいることを察していた群れのゆっくりたちは、ちぇんが墓参りしている時はあまり湖に近づかないことにしていた。
まりさはそれでも湖の方へと突き進んだ。母親の死を引きずっているというのであれば、昨日より明日を、失った家族より今の家族を見てやれと言うつもりであった。
だが湖のほとりで座り込むちぇんは、墓参りなどしていなかった。
まりさは目を見開く。先っちょだけ白い毛に覆われたちぇんの二本尻尾のそばに、黄金色に輝く九尾があった。
その真後ろの姿は黄金の炎が燃え盛っているような様だった。
まりさがその後ろ姿を見るのは生涯初めてだ。だが、親から受け継がれた餡子がそのゆっくりが何者であるのか教えてくれた。
「ゲスらん! ちぇんからはなれるのぜ!」
木の陰から飛び出したまりさはそう叫んだ。ちぇんとらんが驚いた顔でまりさを振り返る。
そしてまりさはとっさに声を出してしまったことを後悔した。らんは背中を見せて隙だらけだったのだから、後ろから湖に突き落としてやればよかった。らん種に対話など必要ない。見つけ次第即殺せとまりさは教えられていたはずだった。
「まりさ……?」
「勘違いしていないか? らんはちぇんとお話をしていただけだぞ」
「わかってるのぜ! らんはちぇんにわるいことをふきこもうとしていたんだぜ! おみとおしなんだぜ! いまどっかにいくならみのがすけど、これいじょうちぇんをたぶらかすんならむれのみんながあいてだぜ!」
「ひ、ひきょーものー! いったいいちでしょーぶしろよー!」
「ちぇん、なにいってるのぜ! やっぱりらんにへんなこといわれていたのぜ!」
まりさはじりじりと後退していた。威勢良く喧嘩を売ったはいいが、ちぇんの言うようにらん種と一対一で戦ってまりさが勝てるはずもない。ここはまず、群れのみんなに知らせるのが先決だった。
らんは困ったように眉根を寄せ、温和な声でまりさに話しかけた。
「ちぇんとらんはただの友達だ。やましいことも何も無いんだ。本当だ」
「らんはうそつきなのぜ! せんだいおさのらんはうそばっかりついて、たくさんのゆっくりをえいえんにゆっくりさせたんだぜ!」
「なあちぇん、ちぇんからもまりさに……あれ?」
横にいるちぇんに話しかけようとして、らんはすっとぼけた声を出した。らんを睨みつけていたまりさもいつのまにからんの傍からちぇんがいなくなっているのに気づいて、あれ? と左右を見回す。
すると、突然背中に焼けるような痛みが走った。
「ゆぎゃっ!?」
「あやまれ! らんしゃまにあやまれまりさ! らんしゃまはうそつきじゃないしゲスじゃないしグズのまりさなんかよりずっとずっとずうううううううっとゆっくりしているんだねー! わかれよー!!」
「ゆぐぅっ、ゆっ、ゆ゛っ゛!!」
背後からまりさに襲い掛かったちぇんはまず背中の皮を噛み切ると、すかさずまりさの頭上に飛び乗った。
鬼気迫る表情でちぇんは叫びながらまりさの頭上でピストン運動を繰り返す。
「らんしゃまのことをむれのみんなになんかおしえさせないよ! らんしゃまとちぇんのこいじをじゃまするまりさは――ゆっくりしねぇぇっ!!」
背中の皮から夥しい餡子を漏らして瀕死状態のまりさを、ちぇんは背後から体当たりで突き飛ばした。
餡子の糸を引きながらまりさの軽くなった体は飛び、湖にぽちゃんと落っこちる。
荒い呼吸をぜぇぜぇと漏らし、ちぇんは波打つ湖面を見つめていた。
そして殺気立った表情が徐々に弛緩してゆくにつれ、自分の足元に広がる餡子に気づき、湖面に浮かぶまりさの三角帽子に気づき、顔色が変わってゆく。
「あ……あ……ちぇ、ちぇん……ま、まりさを……えいえんにゆっくり……させちゃった……? わからない……よー……」
「ちぇん、ちぇぇぇぇぇん! しっかりしろ! わかっている、ちぇんはらんを守ってくれたんだな。ありがとう」
「らんしゃま……らんしゃまあああああああああ!!」
「大丈夫だ、ちぇんにはらんが付いているからな! 今度はらんの番だ。ちぇんのことはらんが守ってやるからな! とりあえず、この餡子からすぐ離れるんだ。死臭が付く。何、お墓参りをしていたんだからほんの少しの死臭が付くくらいのことは仕方ない。そう言えばみんなわかるはずだ」
ちぇんはらんと頬をすり合わせ、涙を流した。
とっさのことで、ちぇんも全く後先を考えていなかった。ゆっくり殺しはゆっくりできない。ちぇんは群れから追放されるだろう。そう思うととてもゆっくりできない気持ちに襲われたが、らんの尻尾に抱かれていると何もかもに守られているような気がしてちぇんはゆっくりした気持ちになれた。
らんはちぇんの顔を見つめて言う。
「いいかちぇん。まりさのことは何も知らない顔でいるんだ。あのおぼうしはらんがなんとかしておく。何も知らないフリをして、今まで通り狩りをして、今まで通りの時間に帰るんだ」
「にゃ……っ。わかったよらんしゃま。ありがとうね、らんしゃま……」
「こん。らんを守ってくれたんだろう? それならこっちが礼を言う方だ。ありがとうな、ちぇん……」
にこりとらんは微笑み、ちぇんもつられてにぱっと顔を輝かせた。
しかし、家に帰ったとたんちぇんの気持ちは再びゆっくりできないものになった。
「……ちぇん、ありすのともだちのまりさがまだかえってこないの」
「にゃ、にゃんだってー。わからないよー。どうしたんだろーねー」
「まりさはきょう、ちぇんとはなしをしにいくっていってたの? まりさとあわなかった?」
ちぇんは一瞬言葉に詰まった。らんは知らないフリをしろと言った。確かに言った。なら、ここは知らぬ存ぜぬを通すべきだ。
「し、しらないよー。あわなかったんだねー。わかってねー」
「そう……でも、もうよるもおそいしさがすとしてもあしたね……」
「まりしゃしゃんしんぱいなんだねー。わきゃりゅよー」
「まりしゃしゃん、ゆっくりしちぇちぇね……」
ありすと赤ゆはまりさの無事を本心から祈っているようだった。
翌日、夜が明けてからもちぇんは群れのみんなからまりさの行方を知らないか聞かれた。そのたび全身のチョコレートが冷え、ちぇんは気が気で無かった。みんなに疑われているのではないかと思うと朝食も喉を通らなかった。
ちぇんはまりさ捜索隊にいれられそうになったが、食糧集めも大事だと主張してなんとかそれは免れた。
一刻も早くらんと会い、相談したかった。
「そうか……。でも、どうせすぐ冬ごもりだ。春になったらみんなまりさのことなんて忘れているだろう」
「それはそうだけど……まりさはありすのともだちだったんだねー。もうおうちにかえってもちぇんはゆっくりできないんだねー。わからないよー……」
湖のほとりでちぇんは尻尾を垂らした。
らんは黙って湖を見つめていた。その横顔を見て、ちぇんはふと妙案を思いつく。
「らんしゃま……」
「こん? なんだちぇん?」
「らんしゃま、おねがいなんだねー。ちぇんをつれてにげて……」
「ちぇん……」
らんはそう言うと、九本の尻尾でちぇんの体を包み込んだ。
ちぇんはその日、初めてらんの住まうという洞穴まで行った。
「ゆぅ? こんなじかんにどうしたんだぜ? ちぇん?」
「ま、まりさをえいえんにゆっくりさせたはんゆんをしっているってゆっくりがみつかったんだよ!」
「ええっ!?」
夜遅くにまりさが暮らしていた独身若ゆが集まる洞穴をたずねたちぇんは、慌てた表情でそう切り出した。
同じ屋根の下に住む者同士、教えられたまりさは義憤に燃えてちぇんにたずねる。
「そのゆっくりはどこにいるんだぜ!」
「ちぇんのうしろにいるんだねー。いれてあげてもいいよねー?」
「もちろんだぜ。しっかりはなしを……」
ちぇんは自分の体を脇に避け、洞穴の入り口にらんを案内した。
らんはにこりと笑って挨拶した。
「ゆっくり死ね」
がぶりと大口を開けてらんはまりさをぼうしごと一撃のもとに噛み砕いた。そしてとどめを刺さずに体当たりをして洞穴の奥へと放り出す。
「ゆぎゃあああああああああああああああ!!」
「な、なんなのぜ?」
「ま、まりさ! しっかりするんだぜ! ゆっくりするんだぜばぁっ!?」
まりさの叫び声が洞穴いっぱいに広がった。それに釣られて洞穴の奥にいたまりさが続々と出てきたが、突然体に穴を開けて一匹のまりさが倒れる。
らんは洞穴の外に顔を向けていた。その頬にちぇんはすーりすりと頬擦りする。だがその背後からはまりさたちの阿鼻叫喚が響き始めていた。
洞穴の入り口はらんの九本尻尾が覆っていた。そしてその尻尾の先からは米粒が次々と出ては勢い良く発射され、洞穴の中を跳ね回っている。
ゆっくりらんの尻尾は稲荷寿司である。しかし同時にそれは米粒弾発射装置の役割も担っており、らん種の戦闘能力向上に大きく貢献している凶器だ。そして狭い空間内で乱射される弾丸から逃れるスペースというものは少なく、まりさたちはまんまとらんに誘われて洞穴の入り口近くに集められていた。
二、三分もするとまりさたちの絶叫も途絶え、洞穴からはむせ返るような小豆の匂いが溢れ出す。
「ありがとうちぇん。これでらんとちぇんはゆっくり冬を越せるぞ」
「わかるよー♪ らんしゃまのためならちぇんはなんだってしちゃうよー!」
らんはちぇんから食糧を貰っていたが、やはりそれでも越冬用食糧としてはやや苦しかったらしい。とてもではないがちぇんと一緒に暮らせるほどの食糧をらんは抱え込んでいなかった。
そこでらんが出した提案は、実にえげつない行為であった。
つまり、強盗。ちぇんとらんの目的は最初からこのまりさたちが集めた越冬用食糧であった。
洞穴の入り口まで持ってきたすぃーに食糧を載せ、ちぇんはらんの巣まで走った。ちぇんの家族も群れのゆっくりも既に寝てしまっている。騒ぐ家の住民は既にもの言わぬ饅頭だ。誰もちぇんを咎める者などいなかった。
「やったんだねー! さっすがらんしゃま! らんしゃまのたてたさくせんはかんっぺきっ過ぎるよー!」
「そうでもないさ」
「これでちぇんはらんしゃまといっしょにえっとうっできるんだね! わかるよー!」
もう明日から殺ゆんはんとして疑われているのではないかと怯える必要もないし、群れのみんなのためにあくせく働く必要もない。ちぇんはただ思いきりらんと愛を語り合えばいい。そう思うとちぇんは嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
だが、らんの顔色はあまり優れなかった。
「……らんしゃま? どうしたの?」
「なあちぇん。……実はまだ、ちぇんに後一つだけやってほしいことがあるんだ」
「なんなのー? わからないよー? でも、ちぇんはらんしゃまのためならなんだってできちゃうよー。らんしゃまへのあいのためならちぇんにふかのうはないんだねー。わかるよー」
「そうか。それなら……」
らんは静かな洞穴の中で、囁くように最後の願いを告げた。
ちぇんはぽかんと口を開き、らんの顔を見返した。
「ら、らんしゃま……わからないよー? なんで……そんなことしなくちゃいけないのー?」
「ちぇんとらんがゆっくりするためには必要なんだ……わかってくれ」
「……わかるよ。わかるけど……」
「そうか。できないのなら……ちぇんの気持ちも、所詮はそこまでだったと――」
「や、やるよ! らんしゃま、ちぇんはやるんだねー! わかるよー!!」
嫌われたくない一心で、ちぇんは即座に思い直した。
そうだ。どうせ、群れから離れるのならもう関わることもない。むしろちぇんを探しにちょろちょろしてらんとの新婚生活を邪魔するに決まっている。
ならば何も知らない内に、永遠にゆっくりさせた方が良いだろう。
ちぇんの家族たちは。
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ひらひらと赤や黄の落ち葉が止まない雨のように降り続いていた。
跳ねればかさりと音がしない場所など無い山奥で、野生のゆっくりたちはそれは懸命に忙しく跳ね回っていた。当然その音は捕食者を呼び、彼らの冬越しカロリーの一部と化す個体も続出していたが、群れ全体の存続のためにゆっくりたちは休むことなく越冬準備を進めていた。
実りの秋。その豊かな食料源は厳しい冬を迎えるために自然が用意した前払いの恩恵とも言える。熊や狐や兎や鼠、数え切れない昆虫たちに野鳥の数々。そしてゆっくりにすらその恵みや厳しさは等しく平等に与えられる。
まりさ種が帽子いっぱいのきのこを頭に載せて右に行ったかと思えば、何匹もの昆虫を枝に串刺しにしたみょん種が左に行く。巣の資材にするのか枝や枯葉を運ぶありすもいれば、各ゆっくりに指示を飛ばすぱちゅりーがいる。
そんな中、長辺50cmはあるすぃーに食料を満載したちぇんが、晴れ晴れとした笑顔で車体を押していた。整備されてもいない山道なので当然車体はぐらつき、きのこや木の実といった食料はぽろぽろとよく零れる。それでもちぇんは器用に尻尾で食料を拾っては載せ直し、食料運びに専念するのだった。
やがてちぇんは洞穴が点在する集落に辿り着いた。盛んに働きまわっていたゆっくりたちがちぇんに気づき、わっと近づく。
「おかえり、ちぇん!」
「きょうもたくさんごはんさんをとってきてくれたんだね! ありがとうね!」
「とかいはだわ!」
「むきゅ、さすがはちぇんね!」
次々とかけられる賞賛にちぇんは首を振り、すぃーの車体を傾けた。満載の食料は地面に降ろされ、空になったすぃーにちぇんは飛び乗る。
「まだまだだよー。こんなくらいじゃむれのみんなをゆっくりさせるなんてできないんだねー。わかるよー。ちぇんはまたいってくるねー」
「ちぇん、もっとゆっくりしたらいいのぜ。このぶんだけでまりさがあつめたみっかぶんよりおおいんだぜ?」
「むれのみんながはたらけるわけじゃないんだねー。わかるよー。ちぇんはむれのみんなのおちびちゃんのぶんまでごはんさんをとらなきゃいけないんだよー」
「むきゅ、なにもちぇんだけでおちびちゃんみんなのごはんさんをあつめなくてもいいのよ」
「それに、ちぇんにもちぇんのおちびちゃんとおくさんがいるでしょ? かえってきたんだからかおくらいあわせないと、どんなにとかいはなはたらきをしても、いなかものだわ」
意気揚々と出発しようとしていたちぇんだが、みんなの引き止めに顔を曇らせた。
しかししばらくすると、その瞳に確かな決意を秘め、ちぇんはすぃーの車輪を回し始める。
「いなかものでもいいんだねー。わかるよー。ちぇんがいなかものでみんながゆっくりできるんなら、こんなにいいことはないんだねー」
そう言って、ちぇんを乗せたすぃーはがたがたと揺れながら危険なほどの速度で山を下っていった。
後には呆然とする群れのゆっくりたちが残された。
しばらくして、まだ赤ゆと呼べるサイズのちぇんとありすを連れた親ありすがちぇんを見送ったゆっくりたちの元へと駆け寄ってきた。
「ねぇ、いまちぇんのこえがきこえたんだけど!」
「あ、ありす。ゆぅ、ちょっとゆっくりしすぎちゃったね。ちぇんはもういっちゃったよ」
「ゆぅ~。せめておひるごはんさんくらいおうちでたべていけばいいのに……」
「わきゃらにゃいよー! ちぇんはおとーしゃんとゆっくちしちゃいよー!」
「おちょーしゃんのいなきゃもにょー!」
甘えたい盛りの赤ゆである赤ちぇんと赤ありすは、わんわんと泣き出した。親ありすとれいむが赤ゆたちをなだめるが、なかなか機嫌は直らない。
「おちょーしょん、あさごはんさんのときは、おひるにはあそんでくれるっていっちぇくれちゃもん!」
「しょうだよー! ちぇんをたきゃいたきゃいしゃんしちぇくれるっちぇいっちぇちゃよー! ちぇんはおぼえてりゅんだよー!」
そう主張するちぇんの子供たちを見て、先ほどちぇんを引き止めたありすとぱちゅりーがひそひそと話し始める。
「ねぇ、おさ。ちぇんのこと、いってしまったほうがあのこたちのためじゃないかしら」
「むきゅー。まだいってもわからないでしょう……それに、ちぇんももういちゆんまえよ。ぱちぇたちがかってにくちだししていいことでもないわ」
「そうね……」
群れのゆっくりたちは、ちぇんの行ってしまった方向を見つめ続けていた。
浮気
ちぇんはすぃーを止めた。
そこは湖の傍にある常緑樹の根元であった。ゆっくりたちにしかわからない程度に土がこんもり盛られており、かすかに死臭が漂う。
ここはちぇんが暮らす群れの共同墓地――墓だ。群れの中で永遠にゆっくりしたゆっくりはおかざりだけこの木の根元に埋められ、遺体は遺族の腹の中に収められる。そしてちぇんもまた、この墓の下に眠る一匹のゆっくりの餡子を体の中に宿した。
「れいむおかあさん、わからないよー。ちぇんはむれのみんなをゆっくりさせてあげられているのかなー?」
ちぇんの両親はらんとちぇんだ。れいむとは餡子を分けていない全くの他ゆんだった。それでもれいむが最期を迎えた時、群れの誰もがれいむの体をちぇんが食べることを止めなかった。
この群れの長は、ちぇんが生まれた直後までらんだった。高い身体能力と知能を持つらんは群れのみんなに長の大器として満場一致で迎え入れられた。らんもそれに応えて群れをまとめ、良きリーダーとして働いていた。
だがらんの番であるちぇんがいけなかった。自分の腹を満たすために群れの貯蓄食料を食べ漁る。自分の美貌を保つため群れの赤ゆを集めて潰し餡子風呂に浸かる。れいぱー同然にすっきりーをして、文句を言うゆっくりは容赦なくらんに処刑させる。でいぶですら可愛いものだと思えるほどに番ちぇんは暴虐の限りを尽くした。
当然、そんな番を止めるのは長であるらんの役目だ。だがちぇん種に特別甘いらん種の悪癖が出て「らんのちぇんをゆっくりさせないゆっくりはゲスだよ!」と宣言し、暴君へと変わり果ててしまった。群れ最強の実力と知恵を兼ね備えるらんに誰も反抗できず、多くのゆっくりが死んでいった。
そんな春のある日、長らんが忽然と消えてしまった。群れの誰もがそんなことを知る由も無かったが、一匹で狩りに出ていた時登山という名の山狩りに来ていた虐待鬼意山さんに捕獲されたのである。番ちぇんの影響で野生でありながら酢飯一粒残さずゲス色に染まりきったらんに感動を覚えた鬼意山は興奮で失禁寸前のお股をごまかすように蹴りをぶちかまし、顔面変形したらんを抱えて意気揚々と下山していった。
問題は、後に残された番ちぇんとその子供たちだった。長らん一匹で満足して帰ってしまった鬼意山だったが、売ればそれなりの金になったであろう赤らんや子らんが群れには残されていた。
希少種や基本種などという枠分けは人間が勝手にやったものだ。そんなもの当の本ゆんたちにはなんの関係もない。
いつまでたっても帰ってこない長らんが死んだと考えた群れのゆっくりたちは、虐げられた圧政の恨み晴らさんとばかりに番ちぇんもその子供たちも一匹残らず処刑することにした。
番ちぇんは髪もおぼうしも耳も尻尾も噛み千切られ、目玉をくりぬかれ、群れのゆっくりたち全員の体当たりを受けてボコボコにされ、共同墓地に入ることも許されず湖に投げ込まれて殺された。子供たちも大体似たような末路を辿ったが、番ちぇんが頭からぶら下げていた茎の赤ゆの処分にだけは意見が割れた。
――この子供たちはまだあの長たちの悪い影響は受けていない。殺してしまうのは可愛そうだ
――だがあの長たちの餡子を受け継いだ忌むべき子だ。後に禍根を残さないためにも情けを捨てて葬るべきだ
そういった二つの意見をぶつけているうちに、茎から赤ちぇんの姉妹が産まれ落ちてしまった。そしてもっとも「子供殺さずべし」を叫んでいたれいむが赤ちぇんを見て、母性本能に火が点いた。後はもう誰がどれだけ脅しても「れいむのおちびちゃんをえいえんにゆっくりさせるなら、れいむをさきにえいえんにゆっくりさせてね!」と譲らないれいむに気圧され、群れのゆっくりたちは条件を出して赤ちぇん姉妹を生き残らせる事を許可した。
それは一度でもゲスの吐くような言動、行動を起こせば容赦なく永遠にゆっくりさせるというものだった。
ちぇんは、その姉妹の内の一匹だった。そして唯一の生き残りでもある。
他の姉妹たちは立派に育てようとするれいむのスパルタ教育についていけなかった。溜まったストレスで死んでしまう者、溜まったストレスを発散するためにゲス化し、殺された者。それぞれ一匹ずつ。
れいむの期待に応えて成体ゆっくりまで育ちきったのは、ちぇん一匹だった。
「……にゃっ。くよくよしていたらだめなんだねー。ちぇんはもっとはたらかないといけないんだよー。わかるよー」
ちぇんは墓を見つめていた顔を上げた。
先代長の子供であるちぇんに対する風当たりは強かった。辛く当たる群れのゆっくりたちを決して憎まず、ゆっくりさせてあげれば必ず報われると育ての親であるれいむに教えられてちぇんは育てられた。
その結果、ちぇんは群れ一番の働き者として褒め称えられありすという番も手に入れることができた。しかしその頃には季節は越冬準備の秋となっており、より一層忙しく働かなければいけなくなっていた。
ちぇんも自分の子供たちをゆっくりさせてあげられないのは辛い。だがそれも冬が来るまでの辛抱だ。巣篭もりしている間にちぇんは子供たちと思う存分遊んであげるつもりだった。そのためにも群れの仲間のためにもちぇんは休むことはできないのだった。
「それじゃ、ゆっくりいく――わからにゃ!?」
すぃーに飛び乗ろうとした瞬間、宙に浮いて無防備になったちぇんめがけて横から勢いよく何かがぶつけられた。
ちぇんはごろごろと転がり、湖のほとりにまでさしかかり、回転が止まりかけた。
だがその頃には既に重力がちぇんの体を完全に捕らえており、その命を母親と同じように湖へ捧げようとしていた。
ちぇんは背中に湖面の冷たい水の気配を感じて、総毛立った。何かを叫ぼうとしたが、それすら間に合わない。
「もっと――」
「ちぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
その時、茂みの方から黄金色の影が飛び出した。はっと我に返ったちぇんはとっさに体勢を立て直し、地面に歯を突き立て一瞬でも落下を緩めようとする。
黄金色の影はちぇんの尻尾にかぶりついた。そして力任せに引き上げ、ちぇんの体は陸へと投げ出された。
はぁー、はぁー、という九死に一生を得たちぇんの荒い息遣いが湖畔にこだました。
「無事か、ちぇん?」
「にゃ……あ、ありがとうなんだねー。わかるよー。だれかしらないけど、ちぇんのいのちのおんゆんなんだねー……?」
ちぇんはまだ興奮冷めやらぬ体を奮い立たせ、顔を上げた。
ぽかん、と表現するのがぴったりなほどちぇんの表情から感情が抜けた。
真っ白なおぼうし。そのおぼうしには数え切れないほどのお札が貼られ、耳に負担をかけないようとんがった三角形が二つ付いている。
金色の髪の毛。それはまりさ種やありす種のような色合いではなく、たわわに実った稲穂のような黄金色。
そして、後光が差しているのかと見紛わんばかりの美しい黄金の九つ尾。
ゆっくりらんと呼ばれるゆっくりが、ちぇんの前に立っていた。
「にゃ……?」
「どうしたちぇん? やっぱりどこか痛むのか?」
「らんしゃまあああ!? わからないよおおおお!?」
あんよが勝手にらんの方向へと飛び出そうとするのを理性で押し留め、ちぇんはチョコの中に渦巻いたゆっくりできない気持ちに混乱してそう叫ぶことしかできなかった。
らん種に対するちぇん種の愛情も異常だが、ちぇん種のらん種に対する愛情も勝るとも劣らない異常さを伴う。それは「ごはんをたくさんたべるとゆっくりできる」と同等、もしくはそれ以上のレベルで本能に刻まれたものであり、ちぇん種にとってらん種は抗い難い魅力を持った存在なのだ。
だが、このちぇんは父親であるらんに対する怨み言を群れのゆっくりたちに言い聞かされて育ってきたため、後天的に「ゆっくりらんはゆっくりできないゆっくり」と学習させられたのである。
結果、先天的な部分から湧き上がる愛情と後天的な部分から噴出する嫌悪感がチョコの中でない混ぜになり、ちぇんはパニック状態に陥った。
「わからないよ! わからないよおお! らんしゃまはわからないよおおおおおおおおおおおおおお!」
「お、落ち着けちぇん。パニックを起こすな!」
「わからないよおおおおおおおおおおお!!」
「待て! そっちは湖だ!」
再びちぇんは尻尾を噛み掴まれて、湖に飛び込もうとするのを寸前の所で止められた。完全に右も左も前も後ろもわからなくなっているちぇんはなおも暴れていたが、ちぇん種とらん種の体力の違いか、尻尾の痛みのせいか、先にちぇんがへばって気の抜けた饅頭のようにへたりこむ。
らんは怪訝な顔をしたが、落ち着かせるようにちぇんの髪の毛を舐めて毛繕いし始めた。
「初対面でびっくりするのは仕方ないな。らんはちぇんをゆっくりさせなくするつもりなんかないんだ。わかってもらえたかな?」
「ゆぅぅぅ……。ご、ごめんなさいなんだねー。とりみだしちゃったんだよー」
体を動かす元気が無くなり、かえって冷静さを取り戻したちぇんは改めてらんをゆっくりと見つめてみた。
湖面は秋の日差しを反射し、暗い山林をかすかに照らしていた。その光を浴びたらんの尻尾はまるで夜空に浮かぶ月のように美しい。
体の奥のチョコがどくどくと脈打つ感覚にどぎまぎしながら、ちぇんはらんへと話しかけた。
「ちぇ、ちぇんはこのちかくのむれのちぇんだよー。らんしゃまはどこからきたの?」
「まあ、ちょっと遠くからな。実はらんは、お嫁さん探しの旅の途中なんだ」
「にゃ? そうなのー?」
「ああ。らんが産まれたむれにはゆっくりちぇんがいなくてな……どうしてもゆっくりちぇんをお嫁さんに迎えたくて、婚活しているというわけなのだよ」
「こんかつさんはよくわからないけど、らんしゃまのたびのもくてきはわかったんだよー。ざんねんだけど、ちぇんのむれにいるちぇんはちぇんだけなんだよー。それに、ちぇんのむれはらんしゃまはきらわれているんだよー。ゆっくりしないで……ゆっ、は、はやく……でていったほうが……にゃあああ……」
言葉の途中で、ゆっくりできない気持ちに襲われたちぇんはぽろぽろと涙を零してしまった。
ちぇんの言葉に嘘偽りはない。群れのゆっくりたちが抱くらん種への憎悪は凄まじく、うっかり会話中にらんの名前を出しただけでもぷくー! されるくらいだ。このらんがちぇんの恩ゆんだと説明しても、下手をすればちぇんごと処刑されかねない。
だからこうしてすぐ立ち去ることをすすめるのが一番のはずだ。
はずだが、しかしそれが命の恩ゆんに対する態度だろうか。自分がとてつもないゲスに思えてきて、ちぇんは途方もなく悲しかった。
らんは泣き出したちぇんに驚き、頬を寄せてすーりすりしてくる。
「ちぇん、どうしたんだ。どこか痛いのか?」
「ちがうよ……わからないよー……ちぇんはらんしゃまにゆっくりしてもらいたいよー……」
「何を言っているんだ。らんは今、とてもゆっくりした気持ちだぞ?」
「にゃん? わからないよー?」
「だって、らんは今、ちぇんとお話しているじゃないか。こんなにゆっくりできることなんてない」
「らんしゃま……」
「なあちぇん。ちぇんさえよければ、らんのお嫁さんになってくれないか? そしてらんとちぇんだけのゆっくりプレイスでずっとゆっくりしたいんだ」
ちぇんは寒天目玉を白黒とさせた。あまりの急展開にチョコ脳の処理が追いつかず、たっぷり三分くらい視線を宙に泳がせて、らんの言葉の意味を理解したとたん茹で上がったタコのように顔を真っ赤にさせた。
「だ、だだだだだだだだめだよ! ちぇんには、ありすとかわいいおちびちゃんがいるんだよ! むれのみんなもゆっくりさせないといけないんだよ!」
「こーん……残念だけど、仕方ないな。それじゃあ、助けたお返しにというわけじゃないけど、一つ頼まれてくれないか?」
「わかるよー。たすけてくれたゆっくりにはそれいじょうのおかえしをするのがゆっくりできることだよねー」
「ちぇんはゆっくりしたゆっくりだな。お嫁さんにできないのが本当に残念だ。いや、すまない、この話は終わったことだったな。
らんは旅をしていると言っただろう? でも、さすがに冬も近い。一応越冬用の巣も確保したが、食糧がちょっと不安でな。ちぇんが迷惑しない程度に狩場を教えてもらいたいんだ」
狩場を教えろというのは、通常野生のゆっくりにとって宣戦布告、もしくは遠まわしに殺すと言っているも同然の脅しだ。と言ってもちぇんから見てらんは他ゆんの狩場を力ずくで奪い取るようなゲスには見えなかった。
ただ、ちぇんの狩場には当然群れのゆっくりたちが来る。そんなところにらんを向かわせるのは、やはり恩を仇で返すようなものだった。
ちぇんはチョコレート脳を必死で働かせ、命を助けてもらった恩を返し、なおかつ群れのみんなをゆっくりさせる方法を考えた。
そして、ちぇんはとてもゆっくりできるその答えを導き出した。
「らんしゃまのきもちはわかるよー! でもやっぱりかりばはおしえられないんだよー。わかってねー。そのかわり、ちぇんがらんしゃまのおうちにごはんさんをとどけるんだよー!」
「こん? いや、そこまでしてもらうと悪い。ちぇんはありすとかわいいおちびちゃんがいるんだろ? 群れのみんなをゆっくりさせないといけないんだろ? 流れ者のらんにそこまでする必要はない」
「ちぇんのおかあさんのれいむはいってたんだよー! ちぇんはみんなをゆっくりさせないといけないんだよー! みんなのなかに、らんしゃまをいれないなんて、やっぱりへんだよー! ちぇんはいのちのおんゆんのらんしゃまにおんがえししたいんだよー。わかってねー」
「ちぇん……こん、わかった。でも、ごはんさんくらいは自分で運ぶよ。ちぇんが持ってきたごはんさんは、この湖で受け取る。そうだな、毎日、このくらいの時間のお昼に。冬篭りするまで。そうしないか?」
「わかったよー。それじゃ、さっそくちぇんはかりにいってくるんだねー」
今度こそすぃーに飛び乗ったちぇんは、狩場に向かって行った。
らんはちぇんに向けた笑顔を貼り付けたまま、湖のそばに立っていた。
……その様子を、二つの鋭い瞳が草むらからずっと伺っていた。
それからちぇんは母れいむの墓参りと一緒に、らんと出会う日々が続いた。
本来の用事は食糧の受け渡しだけなのだが、ちぇんに気を使ってなのか、らんは珍しい昆虫や栄養満点な子れみりゃの死体などを分けてくれる食糧のかわりに譲ってくれたりもした。
そして今までの生涯でらん種を見たことがなく、またらん種の特徴を聞くことも許されなかったちぇんはただらんと話しているだけで色々なことが次々にわかり、とてもゆっくりした気持ちになれた。
ちぇんはらんと色々なことを話した。自分の生まれのこと。群れのこと。小さい頃、群れのみんなから受けた冷たい目線のこと。永遠にゆっくりした姉と妹のこと……。
いつの間にか、ちぇんはらんと出会うお昼の時間がとても待ち遠しくなっていた。
「ちぇん、もういっちゃうの?」
「おちょーしゃん、もっちょゆっくりしちぇいっちぇね!」
「わきゃりゃにゃいよー? おちょーしゃんはじぇんじぇんゆっくちしちぇないよー」
すぃーに載せた食糧を家の中に入れたちぇんは、空になったすぃーに乗ろうとしていた。それを家族が引き止める。
ちぇんはありすの方へと振り返り、首を振る。
「ふゆさんはもうすぐなんだねー。ふゆさんがきたらちぇんもおうちでゆっくりするよー」
「でも、おひるごはんさんくらいおうちでゆっくりたべていってよ。そとでとったはしからたべるなんて、いなかものだわ」
「そのぶん、ありすがとかいはになってくれるんならちぇんはゆっくりできるんだねー。わかってねー」
「ちょっとまってちぇん……ありすのはなしはまだ……ちぇん!」
「おちょーしゃーん!」
ちぇんは妻子の声も振り切って、すぃーを走らせた。
狩場に辿り着いたちぇんはさっそくどんぐりやきのこなどを集め始める。そしてその作業の間、ちぇんはありすとの思い出を思い返してみた。
あのありすはちぇんと同じ今年の春生まれの若ゆっくりだ。小さい頃からとてもとかいはで、春先の頃はちぇんを見ても冷たい視線を浴びせるだけだった。
だが梅雨の雨の中、蓮の葉っぱの傘だけを頼りに幼い体で狩りをするちぇんの勇姿から、少しずつちぇんの評価は変わっていった。
そして夏の夜、まだ存命であった母れいむと暮らしていたちぇんの家にありすが一輪の花をくわえてやってきた。
ちぇんはありすにプロポーズされた。反射的に断ったちぇんだが、母れいむに諭されて考え直し、結局受け入れることにした。
夏の終わり頃、ありすと婚約したちぇんの姿に安心したのか母れいむはぽっくりと逝ってしまった。
それからしばらくして子供も授かったが、ちぇんは正直子供は春先に作りたかった。ちょっと冷えてきた夜、ありすのやや強引なすーりすりに成す術も無く、気が付いたらありすの頭に茎が生えていた。
すっきりー! の詳細な記憶もない。
ちぇんは考えた。自分は、本当にありすのことが好きなのだろうか。
「ゆっくりみんなが好きなゆっくりと夫婦になれるというわけでもないだろう」
そんなことをらんに話すと、そういう答えが返ってきた。
「らんの群れはそんなゆっくりばかりだった。らんはそれが嫌で逃げ出してきたから、ちぇんはとても偉いと思う」
「にゃにゃっ、そんなにほめないでよらんしゃま~」
「本当のことだろう? 今まで何匹かのちぇんに出会ってきたが、結婚したいとまで思うちぇんは結局いなかった。でもちぇんはらんが見てきた中で最高のちぇんだ。一番ゆっくりしているゆっくりだ」
「ほめたってなんにもでないってば、らんしゃま~~~~~///」
「本当に、なんにも出ないか?」
「にゃ?」
気が付けばらんの顔がやけに近くにあった。どきりとしたちぇんと頬を合わせ、らんはすーりすりする。
その、ちょっと固いけどくすぐったい感触にちぇんはありすのすーりすりとは別のものを感じた。
「たとえば……ちぇんの大事な所から、あまあまさんが出てきたりしないか?」
「ら、らんしゃま……わからないよー、だめだよー……」
「こーん。悪い悪い。ふざけすぎたな。それじゃ、らんはそろそろ帰るよ」
「あ、ま、まってらんしゃま!」
貰った食糧を帽子の中に詰め、家路につこうとするらんをちぇんは呼び止めた。
しかし何か言おうとしていたわけではない。ただ、今日の逢瀬の時間が終わるのが惜しくてとっさに呼び止めただけなのだ。
照れ隠しするようにちぇんは顔をうつむけて言った。
「あ、あしたもここであおうね! らんしゃま!」
「もちろんだ。ゆっくりしていってね、ちぇん」
昼日中、どれだけ走っても小麦粉の肌には冷たさを覚える。
これが冬というものなのかと、春先に生まれたまりさは恐怖した。
正確にはまだ冬ではないと、去年越冬を経験した壮年ゆっくりたちは言う。確かに冬になると雪という白くて冷たいふわふわしたものが落ちてくるというし、木々の枝は丸裸になるそうだ。その点まだこの山肌は紅葉が残っており、まだまだ秋は続いていると言える。
だが、野生のゆっくりたちにとってタイムリミットは近い。まりさはゆっくりしないですぃーに乗って去っていったちぇんの後を追った。
――ちぇんからなんだかゆっくりしないにおいがするの
ちぇんの番であるありすが、ふとそんなことを漏らした。ありすとは隣の家同士で幼馴染であったまりさは、それぞれ独立した後も交友が続き相談に乗ることも多い。
うだるように暑い日が続いた夏の日もそうであった。ちぇんへと好意を寄せるありすの相談に乗ったまりさは、周囲の目など気にせず思い切って告白することを勧めた。そうすることがちぇんのためにもなると言い切った。そう思う心に今も偽りは無い。
だが、まりさはできることなら自分でありすをゆっくりさせたかった。ありすがゆっくりできるのなら、ちぇんとありすが番になることも我慢できた。おかげでまりさは独身で、越冬も同じ独身の若ゆっくり仲間と過ごすというむさ苦しい結果になってしまったが、それでもありすがゆっくりできるのならまりさもゆっくりできた。
今、ありすはゆっくりしていなかった。ちぇんがゆっくりさせていなかった。まりさもゆっくりできなかった。
確かにちぇんは毎日毎日群れのみんなのためにたくさんの食糧を集めてきてくれている。しかしそのせいでちぇんはありすをどれだけ悲しませているかわかっていないのだ。
ありすは子供を作ることでちぇんの心を家庭に繋ぎ止めようとまでした。それでもちぇんは自分の家族とゆっくりすることは自分だけがゆっくりすることと判断したのか、群れ全体のために働き詰めに働いている。
まりさは、まだ自分の家族を持っていないがそれは違うのではないかと思う。
自分の家庭も満足にゆっくりさせられないゆっくりが、群れのみんなをゆっくりさせようなどというのは少々おこがましいのではなかろうか。ちぇんはそんなに自分が強くて優秀なゆっくりだとでも思っているのだろうか。
あのちぇんはまりさより十倍以上狩りが上手い。あのちぇんはまりさよりずっと速く走れる。そのうえすぃーまで持っている。群れの誰に聞いてもまりさよりちぇんの方がゆっくりしていると言うだろうし、まりさだってそう思う。
それでも所詮は一匹のゆっくりだ。ちぇんが本当に守れるものなんて、自分の家族ですら精一杯のはずだ。
まりさは、そういう内容の説教をしようと思ってちぇんの後を尾行していた。
(やっぱりすぃーにのったちぇんははやいのぜ……でも、ほうこうからだいたいわかったのぜ。ちぇんはみずうみさんのほうにいったんだぜ)
まりさはちぇんを見失ったが、行き先の当ては掴めた。ちぇんが母れいむの墓参りによく行くことは、狩り部隊に含まれるゆっくりなら誰もが知っていることだった。
ちぇんのゆん生は辛いものだ。数少ない心からの味方であった母れいむを亡くして悲しんでいることを察していた群れのゆっくりたちは、ちぇんが墓参りしている時はあまり湖に近づかないことにしていた。
まりさはそれでも湖の方へと突き進んだ。母親の死を引きずっているというのであれば、昨日より明日を、失った家族より今の家族を見てやれと言うつもりであった。
だが湖のほとりで座り込むちぇんは、墓参りなどしていなかった。
まりさは目を見開く。先っちょだけ白い毛に覆われたちぇんの二本尻尾のそばに、黄金色に輝く九尾があった。
その真後ろの姿は黄金の炎が燃え盛っているような様だった。
まりさがその後ろ姿を見るのは生涯初めてだ。だが、親から受け継がれた餡子がそのゆっくりが何者であるのか教えてくれた。
「ゲスらん! ちぇんからはなれるのぜ!」
木の陰から飛び出したまりさはそう叫んだ。ちぇんとらんが驚いた顔でまりさを振り返る。
そしてまりさはとっさに声を出してしまったことを後悔した。らんは背中を見せて隙だらけだったのだから、後ろから湖に突き落としてやればよかった。らん種に対話など必要ない。見つけ次第即殺せとまりさは教えられていたはずだった。
「まりさ……?」
「勘違いしていないか? らんはちぇんとお話をしていただけだぞ」
「わかってるのぜ! らんはちぇんにわるいことをふきこもうとしていたんだぜ! おみとおしなんだぜ! いまどっかにいくならみのがすけど、これいじょうちぇんをたぶらかすんならむれのみんながあいてだぜ!」
「ひ、ひきょーものー! いったいいちでしょーぶしろよー!」
「ちぇん、なにいってるのぜ! やっぱりらんにへんなこといわれていたのぜ!」
まりさはじりじりと後退していた。威勢良く喧嘩を売ったはいいが、ちぇんの言うようにらん種と一対一で戦ってまりさが勝てるはずもない。ここはまず、群れのみんなに知らせるのが先決だった。
らんは困ったように眉根を寄せ、温和な声でまりさに話しかけた。
「ちぇんとらんはただの友達だ。やましいことも何も無いんだ。本当だ」
「らんはうそつきなのぜ! せんだいおさのらんはうそばっかりついて、たくさんのゆっくりをえいえんにゆっくりさせたんだぜ!」
「なあちぇん、ちぇんからもまりさに……あれ?」
横にいるちぇんに話しかけようとして、らんはすっとぼけた声を出した。らんを睨みつけていたまりさもいつのまにからんの傍からちぇんがいなくなっているのに気づいて、あれ? と左右を見回す。
すると、突然背中に焼けるような痛みが走った。
「ゆぎゃっ!?」
「あやまれ! らんしゃまにあやまれまりさ! らんしゃまはうそつきじゃないしゲスじゃないしグズのまりさなんかよりずっとずっとずうううううううっとゆっくりしているんだねー! わかれよー!!」
「ゆぐぅっ、ゆっ、ゆ゛っ゛!!」
背後からまりさに襲い掛かったちぇんはまず背中の皮を噛み切ると、すかさずまりさの頭上に飛び乗った。
鬼気迫る表情でちぇんは叫びながらまりさの頭上でピストン運動を繰り返す。
「らんしゃまのことをむれのみんなになんかおしえさせないよ! らんしゃまとちぇんのこいじをじゃまするまりさは――ゆっくりしねぇぇっ!!」
背中の皮から夥しい餡子を漏らして瀕死状態のまりさを、ちぇんは背後から体当たりで突き飛ばした。
餡子の糸を引きながらまりさの軽くなった体は飛び、湖にぽちゃんと落っこちる。
荒い呼吸をぜぇぜぇと漏らし、ちぇんは波打つ湖面を見つめていた。
そして殺気立った表情が徐々に弛緩してゆくにつれ、自分の足元に広がる餡子に気づき、湖面に浮かぶまりさの三角帽子に気づき、顔色が変わってゆく。
「あ……あ……ちぇ、ちぇん……ま、まりさを……えいえんにゆっくり……させちゃった……? わからない……よー……」
「ちぇん、ちぇぇぇぇぇん! しっかりしろ! わかっている、ちぇんはらんを守ってくれたんだな。ありがとう」
「らんしゃま……らんしゃまあああああああああ!!」
「大丈夫だ、ちぇんにはらんが付いているからな! 今度はらんの番だ。ちぇんのことはらんが守ってやるからな! とりあえず、この餡子からすぐ離れるんだ。死臭が付く。何、お墓参りをしていたんだからほんの少しの死臭が付くくらいのことは仕方ない。そう言えばみんなわかるはずだ」
ちぇんはらんと頬をすり合わせ、涙を流した。
とっさのことで、ちぇんも全く後先を考えていなかった。ゆっくり殺しはゆっくりできない。ちぇんは群れから追放されるだろう。そう思うととてもゆっくりできない気持ちに襲われたが、らんの尻尾に抱かれていると何もかもに守られているような気がしてちぇんはゆっくりした気持ちになれた。
らんはちぇんの顔を見つめて言う。
「いいかちぇん。まりさのことは何も知らない顔でいるんだ。あのおぼうしはらんがなんとかしておく。何も知らないフリをして、今まで通り狩りをして、今まで通りの時間に帰るんだ」
「にゃ……っ。わかったよらんしゃま。ありがとうね、らんしゃま……」
「こん。らんを守ってくれたんだろう? それならこっちが礼を言う方だ。ありがとうな、ちぇん……」
にこりとらんは微笑み、ちぇんもつられてにぱっと顔を輝かせた。
しかし、家に帰ったとたんちぇんの気持ちは再びゆっくりできないものになった。
「……ちぇん、ありすのともだちのまりさがまだかえってこないの」
「にゃ、にゃんだってー。わからないよー。どうしたんだろーねー」
「まりさはきょう、ちぇんとはなしをしにいくっていってたの? まりさとあわなかった?」
ちぇんは一瞬言葉に詰まった。らんは知らないフリをしろと言った。確かに言った。なら、ここは知らぬ存ぜぬを通すべきだ。
「し、しらないよー。あわなかったんだねー。わかってねー」
「そう……でも、もうよるもおそいしさがすとしてもあしたね……」
「まりしゃしゃんしんぱいなんだねー。わきゃりゅよー」
「まりしゃしゃん、ゆっくりしちぇちぇね……」
ありすと赤ゆはまりさの無事を本心から祈っているようだった。
翌日、夜が明けてからもちぇんは群れのみんなからまりさの行方を知らないか聞かれた。そのたび全身のチョコレートが冷え、ちぇんは気が気で無かった。みんなに疑われているのではないかと思うと朝食も喉を通らなかった。
ちぇんはまりさ捜索隊にいれられそうになったが、食糧集めも大事だと主張してなんとかそれは免れた。
一刻も早くらんと会い、相談したかった。
「そうか……。でも、どうせすぐ冬ごもりだ。春になったらみんなまりさのことなんて忘れているだろう」
「それはそうだけど……まりさはありすのともだちだったんだねー。もうおうちにかえってもちぇんはゆっくりできないんだねー。わからないよー……」
湖のほとりでちぇんは尻尾を垂らした。
らんは黙って湖を見つめていた。その横顔を見て、ちぇんはふと妙案を思いつく。
「らんしゃま……」
「こん? なんだちぇん?」
「らんしゃま、おねがいなんだねー。ちぇんをつれてにげて……」
「ちぇん……」
らんはそう言うと、九本の尻尾でちぇんの体を包み込んだ。
ちぇんはその日、初めてらんの住まうという洞穴まで行った。
「ゆぅ? こんなじかんにどうしたんだぜ? ちぇん?」
「ま、まりさをえいえんにゆっくりさせたはんゆんをしっているってゆっくりがみつかったんだよ!」
「ええっ!?」
夜遅くにまりさが暮らしていた独身若ゆが集まる洞穴をたずねたちぇんは、慌てた表情でそう切り出した。
同じ屋根の下に住む者同士、教えられたまりさは義憤に燃えてちぇんにたずねる。
「そのゆっくりはどこにいるんだぜ!」
「ちぇんのうしろにいるんだねー。いれてあげてもいいよねー?」
「もちろんだぜ。しっかりはなしを……」
ちぇんは自分の体を脇に避け、洞穴の入り口にらんを案内した。
らんはにこりと笑って挨拶した。
「ゆっくり死ね」
がぶりと大口を開けてらんはまりさをぼうしごと一撃のもとに噛み砕いた。そしてとどめを刺さずに体当たりをして洞穴の奥へと放り出す。
「ゆぎゃあああああああああああああああ!!」
「な、なんなのぜ?」
「ま、まりさ! しっかりするんだぜ! ゆっくりするんだぜばぁっ!?」
まりさの叫び声が洞穴いっぱいに広がった。それに釣られて洞穴の奥にいたまりさが続々と出てきたが、突然体に穴を開けて一匹のまりさが倒れる。
らんは洞穴の外に顔を向けていた。その頬にちぇんはすーりすりと頬擦りする。だがその背後からはまりさたちの阿鼻叫喚が響き始めていた。
洞穴の入り口はらんの九本尻尾が覆っていた。そしてその尻尾の先からは米粒が次々と出ては勢い良く発射され、洞穴の中を跳ね回っている。
ゆっくりらんの尻尾は稲荷寿司である。しかし同時にそれは米粒弾発射装置の役割も担っており、らん種の戦闘能力向上に大きく貢献している凶器だ。そして狭い空間内で乱射される弾丸から逃れるスペースというものは少なく、まりさたちはまんまとらんに誘われて洞穴の入り口近くに集められていた。
二、三分もするとまりさたちの絶叫も途絶え、洞穴からはむせ返るような小豆の匂いが溢れ出す。
「ありがとうちぇん。これでらんとちぇんはゆっくり冬を越せるぞ」
「わかるよー♪ らんしゃまのためならちぇんはなんだってしちゃうよー!」
らんはちぇんから食糧を貰っていたが、やはりそれでも越冬用食糧としてはやや苦しかったらしい。とてもではないがちぇんと一緒に暮らせるほどの食糧をらんは抱え込んでいなかった。
そこでらんが出した提案は、実にえげつない行為であった。
つまり、強盗。ちぇんとらんの目的は最初からこのまりさたちが集めた越冬用食糧であった。
洞穴の入り口まで持ってきたすぃーに食糧を載せ、ちぇんはらんの巣まで走った。ちぇんの家族も群れのゆっくりも既に寝てしまっている。騒ぐ家の住民は既にもの言わぬ饅頭だ。誰もちぇんを咎める者などいなかった。
「やったんだねー! さっすがらんしゃま! らんしゃまのたてたさくせんはかんっぺきっ過ぎるよー!」
「そうでもないさ」
「これでちぇんはらんしゃまといっしょにえっとうっできるんだね! わかるよー!」
もう明日から殺ゆんはんとして疑われているのではないかと怯える必要もないし、群れのみんなのためにあくせく働く必要もない。ちぇんはただ思いきりらんと愛を語り合えばいい。そう思うとちぇんは嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
だが、らんの顔色はあまり優れなかった。
「……らんしゃま? どうしたの?」
「なあちぇん。……実はまだ、ちぇんに後一つだけやってほしいことがあるんだ」
「なんなのー? わからないよー? でも、ちぇんはらんしゃまのためならなんだってできちゃうよー。らんしゃまへのあいのためならちぇんにふかのうはないんだねー。わかるよー」
「そうか。それなら……」
らんは静かな洞穴の中で、囁くように最後の願いを告げた。
ちぇんはぽかんと口を開き、らんの顔を見返した。
「ら、らんしゃま……わからないよー? なんで……そんなことしなくちゃいけないのー?」
「ちぇんとらんがゆっくりするためには必要なんだ……わかってくれ」
「……わかるよ。わかるけど……」
「そうか。できないのなら……ちぇんの気持ちも、所詮はそこまでだったと――」
「や、やるよ! らんしゃま、ちぇんはやるんだねー! わかるよー!!」
嫌われたくない一心で、ちぇんは即座に思い直した。
そうだ。どうせ、群れから離れるのならもう関わることもない。むしろちぇんを探しにちょろちょろしてらんとの新婚生活を邪魔するに決まっている。
ならば何も知らない内に、永遠にゆっくりさせた方が良いだろう。
ちぇんの家族たちは。