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**キューポラの妄言
 
 星の欠片すらない坑の底からは、小さな灯りでもよく見える。
 
 見上げていた。
 いつでも見上げていた。
 
 今日も、見上げている。
 小さな灯りが、僅かにぶれながら、坑の淵を動いてゆく。
 
 ――あれはきっと、この坑を呪っているのだ。
 
 キューポラはそう思っている。
 
 ――どうしてこんな場所に自分がいるのか。
 ――ここにいるのが、自分でなくてはならないのか。
 
 偶に会う山師たちから、話は聞いている。
 成り手のない仕事なのだという。それもそのはずだ。
 
 ここは夢の坑十七番。棄てられた夢の吹き溜まり。
 それは、悪夢であったり、無意味なものであったり。
 いずれにせよ、忌々しいものには違いない。
 平和に生きていたいなら、近づこうともしないだろう。
 
 キューポラは坑の外を知らない。
 物心のついたころには、ここにいた。
 棄てられていたのだろう。
 
 遥か上で灯りが動く。それを追って目線を動かす。
 被った襤褸がひっかかり、フードにしている部分を外した。
 
 キューポラは、痩せた娘だった。
 そう不美人でもない。ただ、よく見えるというわけでない。
 無愛想で、ものがなく、ようするに手入れされていない。
 手入れもされていないくせっ毛。
 
 くせっ毛のその中から、二本の、黒い触角が飛び出していた。
 
 普段は、隠している。
 たとえこの坑の中でも、忌み嫌われる異形の徴。
 人類種の不倶戴天の敵。蟲たちの姿だからだ。
 
 ――だから棄てられたんだ。
 
 キューポラはそう思っている。間違ってはいないだろう。
 
 だけれど、怪物ほどに、キューポラは腕っぷしが強くない。
 見てくれも悪く、愛想も悪く、取引は下手くそだ。
 だから、坑で生きていくことは難しい。
 
 じっと、坑の渕を動く灯りを見つめていた。
 灯りが、ひたりと動きを止める。
 
 それを確認して、キューポラは坑の壁に張り付いた。
 正体の知れない魔法薬で溶かされ、砕け、鉄片が突き立つ。
 慣れてさえいれば、横ばいに動くのはそう難しくない。
 
 急ぎ、灯りの下へ近づく。
 まっすぐ下へは入らないように。
 ほどなく、触角に風を感じた。
 
 落ちてくる。
 
 足元を見る。暗闇になれた目に、小さな岩棚が見えた。
 十分だ。
 
 落ちてきたものが、岩棚に当たって跳ね、砕け、落ちていく。
 落ちたのを確認して、岩棚まで這い寄る。
 
 鉄片。魔素の塊。腐りかけた肉。
 
 ――あ。
 
 キューポラは、僅かに顔を綻ばせた。
 紙切れの束が混ざっていた。
 腐れた汁がしみ込んで、ふやけて折れ曲がっている。
 しかし挿絵らしい、色とりどりの線が見えた。
 
 滅多に落ちてこない読み物が、キューポラは好きだった。
 いつか、子供向けの叙事詩の英雄のようになりたいとも思った。
 
 けれど、そんなことが無理なのも判っていた。
 
 肩口をふれる。黒く硬い感触がある。
 蟲の甲羅のような触感。
 
 病だ。
 きっと治らない。
 だから、ここへと棄てられたのだ。
 
 明日を生きられるかすら、怪しいのに。
 
 ここから外へ出られるなんていうのは、ただの夢だ。
 
 実現できない夢だから、ここにあるのだ。
 
 かき集めた素材を、頭陀袋に詰め込む。
 一日、二日は食いつなげるだろう。
 
 ――その先は、どうなるか。
 
 キューポラは、知らず、ぼろぼろの絵本を抱きしめていた。
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