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■■暦2173年 エリアEUフェルシック・ロック盆地 FEL兵器工廠本社にて 

*


42e中尉は覚醒した。
クローン生体の脳組織に組み込まれた人格パターンが、頸部に埋め込まれたインプラントの電子管制を受けて残らず立ち上がる。生体との神経接続は、視覚野に投影されるデータ上では完全に確立している。クローンへの人格転写は今回も成功したようだ。
これで何百回目の複製かと考えているうちに生体の感覚神経が解凍されてきたようで、聴神経からの情報が中尉の認識に反映される。聞こえるのは手術台の周囲で話す複数人の声。生体技師たちが会話しているようで、中尉はどこか久しいように感じる外部情報に注意した。

「こんな奴を戦車に乗せるのか・・・」

「いや、戦車搭乗員は普通の生体でいい、こいつは防術機に乗せるよう設計したものだ」

「そういう話をしている訳じゃない・・・」

どうやら技師たちが話題にしているのはこの生体に関するものらしいが、そこで中尉は話の内容に違和感を覚えた。こんな奴?防術機に乗せるよう設計した・・・?
次いで解凍された視神経の情報が認識に反映される。緑文字の視覚野を可視光の映像が取って代わる。まず見えたのは灰色がかった白色の天井と過剰すぎるほど眩しい照明の光。仰向けになった生体の目が見るだろう当然の光景だが、そこで中尉はなにやら風景にちらちらと重なる銀色の光があることに気付いた。

「目が覚めたか」

聞き覚えのある声。覗き込むように視界に入ってきたのは頭のおかしい技師たちではない、灰髪に灰色の目をした青年の顔だ。嫌ほど見た作り物の顔を持つ、検証軍団のマークが刺繍された軍服を身にまとった男が笑顔で話しかけてくる。転写前の中尉の人格、42e103中尉が手を翳して指を折る。

「これは何本だ?答えてみろ」

ざわつく感情の水面に違和感を持ったまま、繋がった発声回路で答える。残った指は三本。

「三本・・・・42e103中尉、新規生体の発声回路に異常を認めるが、これは俺の認識誤謬なのか?。それとも客観的に認められる問題か」

声色が異様に高い。少なくとも標準型生体の発声回路で認められる誤差範囲ではない。

混乱を抑え訊く。認識誤謬ならインプラントから修正処理を施せば済むけれど、客観的に認められる、つまり生体の物理的な欠陥だとされる場合、最悪転写のやり直しが必要になる場合さえある。

「いや、新規生体の発声回路に異常は認められない。技師の設計通り綺麗な声じゃないか、42e104中尉」

全身の運動神経が解凍される。痺れの残る躰を持ち上げ、手術台の上でなんとか上体を起こす。感覚神経のほとんどが同時に接続される。103や生体技師たちが奇異なものを見る目つきでこちらを注視する。
そして42e104中尉は違和感の正体をやっと認識した。自分の身長が42e103に比べて50センチ強ほど低いことや、全身の筋組織が103に比べて致命的なほど脆弱だということ、顔に張り付いて鬱陶しく視界を遮っていた銀色のものが自分の髪の毛だったこと、また大戦期から103番めのの生体まで確かに存在していた男性の特徴が綺麗さっぱり消失しているうえ自分の胸にちいさな膨らみがあることをやっと把握して、自分が年端もいかない少女の生体に転写されてしまったことに気付いて絶句した。42e103中尉は泡を吹いて気絶した104中尉に言う。

「防術部隊用の新型生体第一号に転写された気分はどうだ?」


*


次に42e104中尉が目を覚ましたとき、彼女は第20階層の医療区画にある一人部屋の病室でベッドに寝かされていた。
真っ白い天井が放つ照り返しがいやに眩しく感じる。部屋を見渡せば、栄養剤の点滴と造花の花瓶が目に留まる。103中尉が傍らのパイプ椅子に座って船を漕いでいたが、104が目を覚ますとすぐに気が付いて部屋を出ていった。
104中尉は新しい生体の小さな手を見る。ほとんど皴のない、あまりに色彩の薄い少女の手だった。
部屋の隅に洗顔台と共に据え付けられていた鏡を見つけて、ベッドから降りて鏡を見ようとする。ベッドから床に足が届かないことに気付いたが遅くバランスを崩して落ちた。ぺたぺたと音を立てるサイズの合わない上履きに悪戦苦闘しつつなんとか鏡にたどり着く。
鏡からこちらを覗き込んでいるのはまぎれもない美少女だ。合成絹のような鈍い光沢を放つ白い髪を膝まで伸ばして、大理石のような真っ白い肌を灰色の検診着からちらちらと覗かせている。104はルビーのような赤い目を潤ませて半ば上目遣いでこちらを覗き込んでいる少女に数瞬ほど見惚れて、これはつまり自分の姿であるということにやっと気が付く。
ただし、首筋には見慣れた灰色の生体プラスチックでパッケージングされたインプラント・モジュールが当然のように埋め込まれていて、その末端が鎖骨の上ほどから皮膚を突き破るようにして飛び出していた。軍用のインプラントが少女の神経系に施されているさまはあまりに異質で、104は首元の末端部ソケットを無意識に撫でる。鏡の向こうの少女も鏡写しで同じ動作をする。床が抜けるような感覚に襲われて頭を抱えくずおれる。
病室の扉が音を立てて開く。二人分の足音が聞こえて104は重い頭をあげ扉の方を見た。入ってきたのは42e103中尉と、生体技師の徽章が刺繍された白衣を身にまとった女性。幼馴染の生体技術研究者、E12主任生体技師がこちらに手を振ってくる。104は力なく手をあげる。

「気付いたらしいと聞いて駆け付けたけれど、どうしたの。吐き気でもあったなら検査が必要よ」

「いや、違う。この状況がいまいち呑み込めないだけだ・・・これはいったいどういうことなんだ?、この躰は」

「その話をしようと思ってここに来たのよ。さあ、そこに座って」

彼女はさっき103の座っていたパイプ椅子に腰かけ、104をベッドに座らせてから103中尉に退室を促した。彼が退室するのを待ってから、E12は口を開いた。

「調子はどう?」

「それは問題ない、しかし一体何がどうなっているんだ」

「まあそう慌てずに。ええと体調など特に異常なし、と。」

E12は白衣のポケットから端末を取り出すと、電子カルテらしい画面に入力する。104に向き直り、笑みを浮かべる。魔女のようだと104は感じた。

「設計通り本当に可愛いわ、お人形さんみたい」

「人形みたいに、か・・・・《エルフ》みたいにおぞましいな、この生体もお前の嗜好も」

「エルフみたいに綺麗よ、妖精の方ね」

「どうしてこんな躰に転写したんだ?こんな話は聞いていない」

「あなたに了解は得たはずよ」

「知らないぞ?・・・いや、まさか保存後に?」

「ご名答」

「ちくしょう103め・・・、他人事だと思ったのか・・・。何故こんなことをした、FEL技師軍団はこんな凶行に予算を出したのか?」

そう問うと、E12はふっと真剣な表情に変わった。端末の画面を切り替え、42e104中尉に見せてくる。

「・・・防術機有人運用改善計画?なんだこれは」

「そのままの意味よ。防術機の有人運用状況を改善する計画」

説明モードに入ったらしいE12は続ける。

「FELは他組織と同じく対《エルフ》戦に防術機を投入しているけれど、主力機としてライセンス生産しているSEITA社の第二世代《リロード》はコックピットが狭くてどうにも扱いづらい。そもそもあれは無人運用をメインに考えて設計されているからだけれど、無人機は想定外の事態に対処する能力が低いから、そういうデメリットを鑑みるに有人機体が無人機を管制する必要が出てくる。けれどただでさえ狭苦しいコクピットで強Gに耐えながら無人機管制をするのは容易ではないし、マスター機能を増設するスペースを考えると人間に配慮した構造はもう入りきらない。」

E12はため息をつく。

「防術師団がどうやって防術機を運用しているか、あなたも知っているでしょう。彼らは現場の判断で勝手にマスター機能をコックピット一杯に増設したあげく、機体の四肢をもぎ取って胴体のみを戦車の車体に溶接している」

機械化師団の42e104中尉も耳にしていた話だ。防術師団が現場で急造し、運用を続けている無人機指揮車輛《リロード・タンク》はSEITAの認証を受けていない違反機体で、発覚すれば少なくともSEITAとの関係悪化は免れられない。

「それで上層部は使用禁止と違反機体の解体を命令したらしいけれど、彼ら曰く防術機のコックピットはあまりに狭すぎてとても扱えたものじゃない、現場の苦労を本部の奴らはわかっちゃいない、って。それで無茶ぶりの改善命令が技師軍団に回ってきて、まったく迷惑な話よねって」

E12は言葉通りのまったく困ったという顔をする。

「で、話がまったく繋がらないんだが。防術機のコックピットが狭くてやってられないから改善しましょうって話と俺がこんな躰に転写されたことと何の関係があるっていうんだ」

怪訝そうに訊く104にE12は半ば死んだ魚のような目で答える。

「簡単な話よ。防術機のコックピットが狭くて乗れないなら、パイロットの方が小さくなればいいじゃない」

「安直だな」

「で、男の子か女の子か、それとも制御装置に人格を移して『防術機化』するのかどれがいいか技師軍団内で投票を行った結果、圧倒的多数票で少女型生体を開発することに決まりました」

「おい・・・」

「私は女の子に一票入れました」

「変態だ」

「実際デザインしていて一番楽しいのは女の子ですし。・・・あー可愛いわ、食べちゃいたいくらい」

「お前とは長い付き合いだが、そんな変態嗜好を持った奴だったとは思ってなかった」

「いまさら生体技師にまともな人間が一人でもいるなんて考えちゃいないでしょうね」

「それもそうだな」

104はやれやれとお手上げのジェスチャを示す。そして暗鬱な表情を見せる。

「俺はこの躰でこれから何をさせられるっていうんだ・・・?」

「もちろん技術軍団がその生体の基礎データを取るための被検体になるのよ」

「おい、それって」

「安心して、あなたにそこまで特殊なことはしない。取り敢えず、求めるのはその躰で問題なく防術機を運用できるかという点に絞られるから」

「具体的には」

「今まで通り、対《エルフ》戦に参加していればいい。ただし技師軍団の防術機テストパイロットとして、だけれど」

「防術機を乗り回したことなんてないぞ、俺は戦車兵だ。そのうえいつも乗っているのは火力支援用のAD4自走砲だから、高速機動戦の経験だってそんなにない」

「でも操縦方法は学んでいるはず」

「シムでの基礎訓練がせいぜいだ。と言うかそもそも、なぜ防術師団の奴らじゃなくて俺なんだ?」

「誰も被検体になりたがらなかったの」

「それで俺か」

「そう、ちょうどあなたが先日人格を保存していたのに気が付いて。あなたに頼んだら快諾してくれて」

「・・・あとで一発殴ってやりたい気分だ、103を」

「その躰で殴ってもあまり効果はないはず」

「ちくしょう、悪趣味なことを」

42e104中尉は悪態をつく。そこでふと自分の長い髪を指で梳いてみると、それはきらきらと銀色の光を反射する。思わず彼女はうめく。

「どうして、俺がこんな目に・・・」

*


進路上の敵機は軒並み排除した。
104中尉は乗機《FEL配備型リロード》のコックピットに揺さぶられながら、HUDに映る可視センサの情報を睨みつける。
唐突に建物の陰から飛び出してきた相手方の《リロード弐型》と格闘戦にもつれ込む。押し倒した敵機が左腕に装備したブレードを突き上げてくるが避けずにこちらも脚部で蹴り潰しにかかる。一手早かった彼の得物の熱周波ブレードが脚部の増加装甲に深々と食い込み、しかし瞬間に爆発反応装甲の信管が作動してHEAT炸薬のタンデム・メタルジェットがブレードを粉砕、敵機の中枢に突き刺さる。
制御装置を潰された敵機は数瞬がたがたと痙攣したように関節を震わせたのち、今度こそ完全に沈黙する。目標地点を目指して機体の歩みを急がせる。
作戦内容と、現在の彼我の状況を再確認。目指す目標は500m先の敵前線司令部で、これを排除し周辺一帯を制圧することが今回104中尉率いる第二技術試験機中隊に与えられた任務だ。これまでに撃破を確認した敵機は4、対してこちらの損害は先行したF・A・Sが二機撃破された他、自機の左腕装備が大破して完全に機能を失っていることのみ。目標地点の偵察に向かった無人型F・A・Sはことごとく撃破されたかたちだが、彼らが取得したデータから敵の司令部を護衛しているのは標準的なAFVが二輌と軽装型の防術機が一機のみだという情報が得られたことは大きい。
あまりに手薄な防衛網に、楽勝だ、と104中尉は感じた。進路上で敵歩兵が瓦礫の陰に隠れてロケット・ランチャーを構えていた。瓦礫ごと20mm機銃で粉砕する。しかしどうにも張り合いがないと違和感さえ覚える。前回と比べていやに簡単すぎないだろうか。
十分な加速度を得た機体に急制動をかけ派手に粉塵をまき上げながら敵拠点に滑りこむ。塵で赤外線センサーを潰して熱源を隠しつつ、主砲の57mmライフル砲を立て続けに放つ。上面装甲に直撃を受けたAFVが二輌とも火柱をあげて沈黙する。残る防術機一機をHUD視界に探した104は、しかし突然機体を襲った衝撃に理解が追い付かないまま制御機能を潰され、なすすべなく乗機を無力化された。機能停止のアラートが鳴ってHUDがブラックアウトし、インプラントへの補助信号が消失する。
104はため息をついてHUDのヘッドセットを頭から取り外す。コックピットの補助モニタには「電子演習/対人モード/終了/敗北」の緑文字が明滅していて、端末を繋げて情報を確認してみれば演習結果の詳細を知ることができた。
敵機の《クーガー》は104が拠点に急襲したところを逆に奇襲して、粉塵に紛れて背後をとり得物のパイル・ドライバーを無防備の背面中枢系に突き立てていたらしい。電子演習でなければ中枢系を貫通したパイル・ドライバーの弾体はコックピットごと104中尉を挽肉にしていたところで、絶対にパイロットを殺害するという執念らしきものを感じて104中尉は思わず身震いした。
解放ハンドルを回してロックを解除し、重たい複合材料のハッチを開けて小さな躰をシム・コクピットから這い出させる。電子演習用のシム・ルームは並の格納庫くらいの広さで、中央に管制コンピューターの大型筐体が据えられて、それを取り囲むようにシム・コックピットのモジュールが配置されている。ふと隣のシム・コックピットが、圧搾空気の解放される音を立ててハッチを解放した。中から出てきたのは103中尉と似たような灰髪灰目の男だ。今回の電子演習で対戦相手を務めていた防術師団所属の中隊長、09e大尉は104中尉の方を向いて笑った。

「今回も見事に嵌まってくれたな」

「火力支援部隊の任務は指定された座標に向けて正確に砲撃をプレゼントすることだけだよ、大尉」

「支援砲撃には毎回助かっている。《エルフ》どもは白蟻じみて際限なく湧いて出るから、ああいった面制圧で雑兵を減らしてくれるとこちらも母機に集中できる」

「毎度毎度、電子演習に付き合わせてしまってすまない」

「いやいいんだ。機動戦はいかに相手の裏をかいて立ち回るかがポイントだから、罠のパターンをこうしてシムで学んでおくことがなにより重要だからな。」

「なるほど。ご教授に感謝する」

「それにしても災難だったな中尉、そいつはどうにも可愛い姿じゃないか」

「まったくだ」

09e大尉は104中尉のやれやれという顔を見る。104中尉は指で髪を軽く梳く。大尉は口を開く。

「E12技師は良い趣味をしている」

「ああ。だが自分がその姿にされるのではまた違う」

フム、と大尉は考える動作をする。

「確かに、それはそうかもしれない」

「技師軍団はゆくゆくこの躰を防術部隊パイロットの標準素体にすると言っているが、どうだ?」

「まあ、今より狭くないコックピットで《エルフ》どもを潰せればそれでいいさ。躰の外観なんて些細なことだ」

「まったく大尉の姿勢には頭が下がるよ」

「そう言うなよ。・・・さて、中尉は昼食をもう摂ったのか、良ければこのあと一緒にどうだ、第六階層の食堂に新メニューが出たらしいぞ」

「ああ、そこに行こう。・・・ただ」

「なんだ」

「ここ数日食欲が出ないんだ、頭痛も腹痛も酷いし、慢性的に躰がだるくて仕方がない」

鬱々とした顔で言う中尉に、09e大尉は複雑そうな表情で答える。

「そういうことはE12技師に相談した方がいいだろう、いますぐにでも行った方が良い」

「いや、いい。あとで相談するさ、それより食堂に行った方が良いんじゃないか、もたもたしていると食券が売り切れてしまう」

大尉は真剣な表情で考える。ちらと104中尉の方を見て、彼女の考えを汲んで言う。

「それもそうだな」
最終更新:2017年09月05日 17:45