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※以下の部分は全て作者の独自解釈によるものです。防術機世界の正式な設定ではないのでご注意ください
メカニック紹介
登場人物名鑑
詳細解説




「戦場のプロローグ」

エリアEUに存在する、名などすでに忘れ去られた旧市街。
空は重金属雲により常に暗く、意思無き『妖精』達がこの街を守る。
それはもう、病的なまでに。
狂気的なまでに。
彼らは恐れているのだろうか。
自分達の存在する理由が消えることを。
『人のいない戦争』が忘れ去られることを。



太陽灯の強烈な光に照らされたネイトは目を覚まし、少しうだうだしてから体を起こした。
つい先日から使うこととなった、この硬いマットレスにはまだ慣れない。
高すぎる枕にも、煎餅布団にも、この部屋にも。

九十度体を回し、ぼんやりとした意識のまま体をベッドからおろす。
今日着る予定の服は昨日給仕ロボに用意させていたはずだ。もう用意は済んでいるはずだろう。
ネイトはベッド脇の冷蔵庫の戸を開け、中を覗き込んだ。
前の住居から持ってきたたった二つの家具の一つだ。それ以外は全て焼けてしまった。

何で傭兵なんてしているんだろうな。こんなきつい仕事なのに。あ、バター切らしてる。
そういえば明日は終戦記念日か。メールの準備どうしようかな。
そんな取り留めの無いことを考えながら中をあさっていると、「そろそろ出発の時間です」とロボが伝えた。
両手にはTシャツとズボン、それにジャケット。古いものではあるが、よく手入れされている。
やっと見つけたトルピーラドリンクをのどに流し込み、ネイトはボトルをダストシュートに放り投げた。

「本日の、天気は、晴れ、後、雨。重金属酸性雨に、注意。いってらっしゃいませ」給仕ロボが機械的に淡々と告げる。
ネイトは扉を開け、ロックがかかったことを確認すると、部屋を後にした。



この時代の傭兵にとって、数日間泊り込みの仕事は珍しい。
大抵は二週間から一ヶ月、エルフやGAIDAからの防衛なら数ヶ月も良くあることだからだ。
例外は旧時代遺跡の調査くらいである。
今日からの仕事はその例外、旧市街地の調査であった。

「ミッションを説明する。今回のミッションはエリアEUの旧市街地調査団の護衛だ」
手元の携帯端末からなじみのオペレータの声が響く。心なしかいつもより硬いイメージをネイトは持った。
「まあ、露払い兼肉壁というほうが正解だろうがな。あっちもお前には期待していないようだった。」
「いくらコイツの装甲がクソ雑魚だからってオペレータがそういうのは納得いかないな」
オペレータはネイトの言葉が聞こえていないように続ける。
「ノーマンズ・ウォー時代のエルフがまだ残っているという情報もある。注意しろ」
仕事が優先なのはわかるが、さすがに納得がいかない。
「以上、作戦の説明を終了する。文句は後で聞くぞ」
通信が終了し、端末は何も言わぬ黒い板と化した。

言いたいことだけ言ってそのまま消えやがったよ畜生。
まあいい。前当たったオペレータ見たく、延々と出撃前までペラペラ話し出すよかマシだ。
ネイトは誰も使用していないパイロット控え室の扉を開けた。

控え室の冷たい空気と整然としたロッカーが彼を迎え入れる。
どこに行ってもここはあまり代わり映えがしないな。しても困るが。たまにはロッカー以外ある部屋にもお目にかかりたいもんだな。
ネイトは適当なロッカーからパイロットスーツを取り出した。
黒の地に青の接続用パーツの乗っている標準的なものだ。くたびれているそれは長年使われていることをそれとなく示しているようであった。
ネイトはパイロットスーツを大きく開け、アンダーウェアだけになるまでに服を脱ぎ、ロッカーに服を投げ込んだ。



雑多に物の置かれたハンガーでは四機の防術機が整備を受けていた。
どの機体も空を見上げ、骨にまとわり付く装甲を脱ぎ捨てた姿で屹立している。
周りには整備士達があわただしく動き回り、ユニットを剥ぎ取っては整備を始める様は、大きな獲物に群がる蟻を想起させた。
ネイトはグリードの担当整備士を見つけると、今どれくらいのところまで整備が進行しているのかを聞くために駆け寄った。

「整備の状況は?」
出撃前に整備状態を聞くのは防術機パイロットが必ずすることの一つである。
これはジャマー環境下では一部機能が働かないため、より深く自分の機体の状況を把握しなければならないため生まれたものである。
まともに動けること以上に必要な武器はないのは良くわかるだろう。

ネイトに状況を聞かれた男はユニットから視線をはずさず、「後30%ほどだ。バランサーの調整したから後でテストいるぞ」と答え、左手でグリードのコックピットを指した。
「FCS調整終わって組んだら呼ぶから、それまではゆっくりしていてくれ」整備士はそう言いながらテスターを取り出し、ユニットの通電をチェックし始めた。

「どのくらいかかりそうだ?」その質問に対する答えを聞き、ネイトは驚いた。
防術機は全バラシでもせいぜい2時間ほどしかかからないほど整備しやすい構造なのに、一時間弱もかかると答えられたからである。
「整備ロボのほとんどが別んとこに借り出されてんだ。何でも急ぎの用だってんでな」
見れば確かにいつもは数十体いるはずのロボがほとんどいない。
「それで今日は人が多いわけか、納得した。」
「ま、気長に待つことだな」
整備士はそういうと、机の上の端末を取り、操作しようとしてからすぐに手を止めた。



違法建築めいた構造の急造ブースターを載せた防術機が四機、カタパルトに乗せられて立っていた。
周囲では整備員がブースターと機体の最終調整を行い、パイロットはブースター各部のジンバル機構や、フラップの確

認をしながらミッションの開始を待っている。
カタパルト各部では偏流板が立ち上がり、整備側からのOKサインが出ると、指揮官は言った。
「ミッション開始。旧市街地調査団に先立ち、残存エルフを全て撃破する。各機、準備は」
ネイトとヒュペルボレアのパイロットが答える。
「V4、すでに完了している」「V3、OKだ」
それから一拍遅れ、ライドガンナーのパイロットも「V2、終了した」と答えた。
リロードのパイロットは3人が準備完了したことを確認すると、オペレータと指揮官にノーティスを返した。

通信のラグの後指揮官は了解し、カウントダウンを開始した。
「カウント開始!作業員は全員退避せよ!」
「8!」「7!」カタパルトのランプが点灯を始める。射出先に何も無いことが確認され、ランプが赤から緑に変わってゆく。
「6!」「5!」「4!」ウィンウィンという音とともにブースター内部の燃料ポンプが起動し、点火初期用の燃料が噴霧器に送り込まれ始める。
防術機との接続部では冷却機構が、腕部に外付けされた対加速ユニットが展開し、射出に耐えられる状態を作り上げる。
「3!」「2!」ブースターのジンバルが初期位置にロックされ、射出準備が完了する。
「1!」後はもう、飛んでゆくだけだ。
力を込め、指揮官が叫ぶ。
「全ブースター、イグニッション!」
カタパルトによる圧倒的な加速力と、ブースターの殺人的な推進力により、四機の防術機は数秒にして視界から消えた。



下に見える海は見通せぬほど深く黒く、灰色の空は太陽の光により金属めいて鈍く輝いていた。
時刻は出撃から二十分後。ブースターの第一弾燃焼がほぼ終了し、機体は目的地が見えるほどの距離にまで近づいていた。
傭兵達は燃焼が終了したことを確認すると一段目をパージし、予備点火ロケットを起動する。
二段目燃料に十分な圧がかかり、タンクからパイプへと高速巡航に耐えるだけの流量が確保されると、二段目エンジンが点火された。

基地からのノイズ交じりの通信が傭兵達の機体に届く。
「後三分で到着だ。逆推進ロケットの準備をしておけ。タイミングはこちらで指示する」
「了解」の声が四度響き、ブースターの轟音のなかに溶けて消えた。



パイロットたちは逆推進を終え、着陸を残すのみとなった。
円柱の液体燃料タンクが並んでいたブースターは道中ですでにパージされ、残っていた接続パーツは逆推進ロケットがパージされるとともにねじ切れて落ちた。
機体の下にはフレームの見える建造物が立ち並び、割れた道路が誰を迎えるでもなく横たわっている。
「各機、状況報告を!」
現場指揮官に任命されたリロードのパイロットが命令する。
ライドガンナーとヒュペルボレアのパイロットは自機と周囲に異常が無いことを報告し、ネイトもそれに続いて異常が無いことを報告した。
それから数泊、判断を終えたリロードのパイロットは、倒れた幹線道路脇にある少し広めの土地に着陸することを決定した。

空中での機動性は第四世代機でもない限り大きく落ちるため、防術機は空中だとただの的。
周囲にエルフの反応がないとはいえ、遮蔽物に隠れて降下するに越したことは無く、それが出来るようなビルが多かったのはそこだけであったのだ。

パイロットたちはスラスタから青い炎を吹かせ、地上の重金属粉塵を飛ばしながら着陸を終えてゆく。
コアの強力な通信機はその着陸状況を刻々とリロードに送信し、重金属粉塵が落ちたころ、送信は終了した。
現場指揮官は次なる命令のため、とりあえずは固まって移動するべきであると3人に伝えた。
それから少し間を開け、「ヒュペルボレアを前衛、ライドガンナーを後衛とし、グリードとリロードがその中継をしながら移動する」と命令を下し、残存エルフ捜索のための進行方向を伝えた。

全機体のスラスタの出力が上昇し、ホバーに近い状態に機体を持ち上げる。
これは防術機が移動するときの基本状態であり、この状態から脚部またはスラスタを使用して前進する。
第二世代機は脚部を用いるものが中心で、その速度は時速200キロほどである。
第四世代はスラスタがメインとなり、早いものでは時速340キロにまで届く。

ヒュペルボレアのパイロットは幹線道路脇から通りへの交差点のビルの前で一度機体を止め、後ろの機体の状態を確認してから、一気に機体を角から出した。
重金属粉塵と道路に落ちた細かい瓦礫がヒュペルボレアを迎えるように持ち上がる。
パイロットは現場指揮官に短く「クリア」とだけ伝えると、さらに前へと進むために道路を蹴った。



ネイト達の着陸から一時間ほどが経過し、未捜査面積は30%ほどとなった。
幹線道路わきから開始された捜査は大通りをたどるようにしてだんだんと細い道路へと辿る方式で行われ、何十回目かのクリアリングを完了したヒュペルボレアのパイロットは、またなのかという様子で「クリア。」と言った。
これで未捜査なのはFB番のルートだけとなり、現場指揮官は三人に気を引き締めるようにと伝えた。
ヒュペルボレアのパイロットはスラスタを止め、機体を180度回転させるために足でブレーキをかける。
状態の悪い道路がその運動エネルギーに耐え切れず陥没し、パイロットはあわててスラスタの推力を上昇させる。
右足がすねまで落ちたところで落下は止まり、機体を接地させることは危険だと判断したパイロットたちは機体の最低接地可能圧のパラメータを低めのものへと変更しようとした。

そのときである。
つい先ほどヒュペルボレアが陥没させた道路を突き破り、六機の機動型エルフが飛び出してきたのだ。
その黒い体は弾丸のごとくヒュペルボレアに齧りつき、装甲を自らの刃で削り、穿ち始める。
ヒュペルボレアは機動型エルフとの衝突にバランサーが耐え切れなくなり、右足を上空に振り上げるようにして左半身から地面へと転がり落ちた。
周囲に漂っていた重金属粉塵が再三舞い上がり、その衝撃により再度陥没した道路は、ヒュペルボレアのシールド捕らえて離さない。
「エルフだ!エルフが出た!」ヒュペルボレアのパイロットは叫び、現場指揮官たちはそれから数拍遅れ、基地にエルフ発見の報告を行った。
それからすぐに、悲鳴のような甲高い音が周囲一体に響きはじめた。
いままでの経験から、彼らはヒュペルボレアがエルフからの攻撃にあっているのだと直感し、救助すべく道路を右へと膨らむようにして曲がった。

いち早く現場へと突入したリロードは、一瞥しただけで状況を理解し、すぐに機動型エルフに向けた射撃を開始した。
十発、二十発と撃ったところでグリードが追いつき、射撃を始めるが、数十発撃ってもエルフは止まらない。
ライドガンナーが追いつき、火力支援を開始するが、それでも結果は同じであった。
各個撃破の形に持ち込まれつつあると現場指揮官は直感する。
1マガジン分を打ち切ったリロードはすぐに再装填し、ライドガンナー以外で機動型エルフの中へと突入するとネイトたちに命令をした。

今度はグリードが先に到着し、地面に転がっているヒュペルボレアにまとわり付く機動型エルフ二機にタックルをして引き剥がす。
仰向けとなって離れた機動型エルフにライドガンナーは容赦なく弾丸を打ち込み、先ほどからの射撃でダメージが限界を迎えていた一機は爆発四散した。
強烈な爆風の直撃により、数瞬エルフの動きが止まる。その隙を見計らい、リロードとグリードはヒュペルボレアから機動型エルフを引き剥がしてゆく。
「すまん!」短くヒュペルボレアのパイロットは礼を返し、左腕を自らの武器で打ち抜いて分離させた。
ライドガンナーは後方から支援射撃を行い、機動型エルフの装甲に確実にダメージを与え、ヒュペルボレアが状態を整える時間を稼ぐ。

「V3!お前は下がれ!」短い質問を現場指揮官は発し、応答を待ちながら射撃を行う。
ノイズ交じりの通信がヒュペルボレアから返り、後退する姿を見た現場指揮官は後のことをライドガンナーに任せ、前衛代理として機動型エルフと乱戦を繰り広げる。
狙いをつける暇も無く動く戦況に振り回され、リロードの弾は何もない場所を数度射撃する。
残りはランダムに一機の機動型エルフを撃ち抜き、数発がコアに命中し、背後へと貫通して地面に落ちた。

リロードはまっすぐ自分へ向かってくる機動型エルフに、後方カメラを使用した引き撃ちで射撃をする。
五十発全てが機動型エルフを機能停止に追い込んだところで、使い切ったマガジンがオートで落ち、現場指揮官は再装填のために前方カメラへと切り替える。
一瞬のノイズの後に彼の目に映ったのは、黒く光る四脚型のフレームが自分へと飛び掛る様であった。
現場指揮官の叫びが通信に乗り、バランスを崩してリロードが地面へと倒れこむ。
ぎゅるぎゅるという音とともに先ほどヒュペルボレアへと齧りついていた刃が右腕を襲い、装備していたマシンガンを破壊し爆散させた。

「畜生が!」リロードは腰部に装備していた予備のマガジンを手に持ち、自分にのしかかる機動型エルフへと叩きつける。
薄いマガジンのフレームはすぐにゆがみ、中に蓄えていた弾薬をあたりへと放り出しながらエルフの装甲にいくらかの凹みを作り出す。
しかしすぐに別の機動型エルフがリロードに飛び掛り、右腕部の動きを封じる。
脚部だけはまだ自由だが、この質量を上に乗せていたのではまともに動くことが出来ないだろう。
ヒュペルボレアを逃がしていたグリードはすぐにリロードの元へと駆け寄り、リロードの作った凹みに向けて数十発ほど打ち込む。
数発で凹みから穴が開き、内部に20発ほどの弾丸を受けた機動型エルフ一機は機能停止し、その場に力を失ってへたり込んだ。
その間にもう一機の機動型エルフはリロードの右腕部を破壊しつくし、胴体部へと刃を移動させていた。
グリードはすぐに機能停止した機動型エルフを引き剥がし、十、二十発の弾丸をリロードに齧りつく機動型エルフに撃ち込むと、左から来ていた残りの機動型エルフを回避するために一度後ろへと下がった。



傷ついた機動型エルフから染み出たオイルは装甲を赤く染め、空を舞う重金属粉塵により固まり、黒く変わってゆく。
たった六機だけの兵隊は死んだのだ。
彼らは恐れ、嘆き、叫んだ末に、手向けられる命を見ずして。



「こちらV1。エルフを全て撃破した。」
現場指揮官のリロードはその言葉をノイズの入った形で基地へと通達する。
右腕は千切れ、左足は装甲をもぎ取られ、胴体ではフレームが覗いているという状態から、どのような戦闘であったのかがうかがい知れる。
指揮官は少しの沈黙の後、「了解した。回収地点のデータを送る」とだけ返し、その直後から通常回線でのゆっくりとしたダウンロードが始まった。
遅々として進まないシークバーを前にして、軽い口調で現場指揮官は言う。
「これで仕事はお仕舞いだ。400万Brの依頼だけあって結構きつかったが、終わってみればどうって事無かったな」
気を抜いてやりたいのか、ただ単に終わって安堵しているのか。
ネイトも同じように、「ああ、お前のお守りで手一杯だったよ」と冗談口調で返す。
ヒュペルボレアとライドガンナーのパイロットが笑い、「お前が言えるかよV3!」と現場指揮官も笑いながら返す。
はははという笑い声が通信回線に乗って互いのコクピットに響き、そのうちそれは楽しげな話へと姿を変えた。
通信は今までに無く頻繁に途切れ、会話と会話の間のノイズはあわただしく生まれては消えていった。

「あそこにいい店があるんだ。お勧めはパインのサラダ。ショットトループと一緒に頼むといい」
ライドガンナーのパイロットがそう言ってから数秒の後、次の通信のノイズを待たずにダウンロードは終了した。
現場指揮官はやっとかという様子で「回収地点はA9番の空き地だそうだ。R-Fのバーで飲もうぜ」と、個人的なことも含めて通達をした。
各パイロットは各々の返事を返した後、回収地点へと壊れていない部分を用いて移動を開始した。



数分ですむはずの移動は十数分へと延びに延び、それでもまだネイトたちは到着することが出来ていなかった。
バランサーを限界まで酷使していても耐えられないほどリロードとヒュペルボレアの傷は深く、エンジニアが「これは買い換えたほうが早い」というのが容易に想像できるほどであった。
「ここまでやられるとはな。私もそろそろ潮時だろう」現場指揮官は自嘲するようにつぶやいた。
「いきてるだけでめっけもんさ。まだアンタは生きてる。そんだけでいい」ライドガンナーのパイロットは諭すように答え、「それより、さっさと回収地点に着くのが先だ」と続けた。
数瞬の沈黙の後、現場指揮官はそれなりの返答をし、いくらかの適当な会話の後、ネイト達の間の空気は元のものへと戻っていった。

「こちらV1、回収地点へと到着した」現場指揮官は基地へと回線を開き、ミッション終了の符号も兼ねた通信を送った。
移動開始から四十分。ついにパイロットたちは指定ポイントへと到着したのだ。
通信を受けた空中の輸送機はすぐに、「降下開始」のノーティスを返し、その性能にたがわず数十秒で降下を完了した。
輸送機は後部防術機用のハッチを開ける。
ギギギという音とともに金属製の壁は急角度の坂となり、すぐに乗り込むためのゆるい勾配に変化した。
中では一機の防術機にエンジニアと思わしき人員が乗り込み、周囲では開いているハンガーの状態を整えるために動く整備員が見えた。
回収の準備であろう。コレでやっと長い仕事が終わった。
ネイトは口の中で短く言葉を吐き、他のパイロットたちが準備を始めるのと同時に、グリードのシャットダウンの準備を始めた。
防術機から響く機械音は最低限を残して消えていき、輸送機の排気音と通信待ちのノイズに溶けて消える。
そのうち関節を支えるだけの力をも防術機は失い、その場へとへたり込むただの人形と化す。
その数瞬後にノイズが走り、基地司令官の声が冷たく、笑うかのように傭兵達へと届く。
「ミッション開始」



「指揮官、ミッションは終了した。冗談はやめてくれ」ヒュペルボレアのパイロットがやれやれといった様子で通信をする。
ああ、そうだといった様子でネイトや現場指揮官は通信が返ってくるのを待つ。
ミッションは終了。残っていた機動型エルフを掃討し、後は回収を待つだけ。
今はそういう状態であるはずなのだから。
しかし、一向に返事が来る様子はない。
通信ノイズだけが響くコックピットの中で、ネイト達は困惑した。
別地点への通信を間違えて傍受してしまったのか?
いや、だったら回線は別にするはずだ。ならば……
ぐるぐると思考はめぐるが、ネイトたちは適当な回答を見つけることが出来なかった。
指揮官はやっとノーティスを返す。
「だまして悪いが、仕事なんでな」

それは当然であり必然であった。『ミッション開始』の通信は彼らに送られたものではないのだから。
後方のビル街、その中でもっとも高いビルの屋上から、一機のRE:LOADがネイト達のもとへ飛び出した。
機体バランスを崩すまでに膨れ上がった腕部には、鉄塊と表現するべき超大型のメイスが装備され、機体を崩壊させて見せようとばかりに強化の施された異形の脚部は、落下しながらビルの外壁を蹴り下方向への加速度を稼ぐ。
それが標的へとメイスを振り下ろすまではたった数瞬だったが、ネイトの感覚では一時間にも二時間にも感ぜられた。
白と黒で構成されたペイント。肩と足にそれぞれ一本ずつ引かれたラインはXの字のように見え、左肩には黒地に白い菖蒲の花のエンブレム。
胴体から突き出したカメラユニットは緑をいくらか含んだ赤色に光り、各部に装備されたブロック式装甲を照らしている。
ネイトはゆっくりとRE:LOADライドガンナーのほうへと進んでいくのを眺め、こう思った。
こいつは『死神』なのだと。
そして『死神』はライドガンナーへとその鉄塊を衝突させ………
その瞬間に、彼の意識のスピードは元へと戻った。鉄塊は一瞬でライドガンナーを鉄くずへと変貌させ、残った運動エネルギーで地面に直径6メートルほどのひび割れを生み出す。
一拍遅れて発生した強烈な風はグリードのバランスを失わせ、後方へと倒れこませた。
グリードの上部ハッチはロックが壊れたのか開放され、ネイトを重金属粉塵漂う空間へと投げ出そうとする。
シートベルトはそれを押さえつけるために内部のワイヤの数本を千切れさせ、ミチミチという音を出す。
『死神』は赤く光るカメラをネイトの方向へと向け、すぐに彼の元へと機体を動かす。
地面へとめり込んだメイスは簡単に引っこ抜かれ、土煙を上げて数秒の間火花を上げると、すぐにグリードへ衝突した。



「ミッション終了。各機、輸送機へと帰還し、後から来るNFAの護衛のために補給しろ」
傭兵達に指揮官は通達する。厄介者であった翼付きやベルの傭兵……リロードやライドガンナー、ヒュペルボレアのパイロットを処分できたためか、いくらか声には喜びが混じっていた。
先ほど開放されたハッチから防術機に乗った傭兵達が乗り込んで行く。
その中には菖蒲のエンブレムのRE:LOADもあった。
雑多な輸送機では狭いと言い出しそうなそれはゆっくりと斜面を登り、雑多な輸送機内部へと侵入する。
先ほどの戦闘で大破した防術機を含め、七機の防術機を乗せた輸送機は、敵戦力との会的を避けるため、上空へと上った。
パイロットは防術機を降り、各々の場所へと移る。
四人は個室へ、三人はモルグへ。
その冷たい寝床は肉塊にも等しく安らぎを提供し、目覚めぬほどの心地よき睡眠を送る。
彼らを目覚めさせるものはいない。
彼らを起こすものは、誰もいない。




「レンブラント・レイ」


夕闇の中に天使のはしごのかかっている、とある海域。
周囲に陸地はなく、動くものは波といくらかの海鳥の群れだけである。
そんな場所に、雲の切れ目を縫うようにのびる数本の線があった。
V字状に編隊を組んで飛行しながら、識別信号もかねた緑と白の光を点滅させているそれは、いくらかの雲を切り裂きながら高度を落としてゆく。
後方へと流れていた気流はそのうち海面へと流れてゆき、十分な大きさの凹みを生み出したところでその量の増大は停止した。



ヴィダーレ・ギウス第八ライダー守衛部隊情報管理担当は、自らへと流れてきた多量の情報量に烈火のごとく罵声を飛ばしていた。
一体誰なんだよ改善要請を一度情報管理担当にぶっこめばいいと考えた野郎は!
こちとらオペレートに通信に機体管制に周囲のチェックにともろもろで忙しいんだクソが!
なのに何なんだコレは!『管理担当さんは好きな人ととかいますか?実は私には好きな人がいるのですが……』だの『NFAってなんかかっこよくないですか?』だの『売店のヤキソバパンのマヨが腐ってたようでおなか壊しました』だのは!
ここはお悩み相談室じゃねえんだよ!
てめーらの悩みなんざ全部纏めて海へポイしたいわ畜生!
軽くデータを眺め、一通り言いたい事を全て吐き出した後、ヴィダーレは一つ一つそれらしき回答をタイプし始めた。
廊下のほうからは話しながら歩いているような人々の声が聞こえてくる。
自分も投げて帰ってしまいたいと考えるヴィダーレだが、それを重要な仕事だからというあやふやな理由で押さえつける。
半ばお悩み相談と化している本社の改善要請だが、その中にはまだマシなものが存在しているのは確かであり、それは整備担当が『なんか亀裂があるっぽい』と書いてきたのを後日調査したとき、二ナノミリの亀裂が見つかったという事例があるということからもうかがい知れる。
ヴィダーレとしては、嘘から出たまことの類なのだと考えているのだが。
ヴィダーレはタイプする手を止めずにため息を吐き、目の前の仕事を淡々と処理する作業を続ける。
カタカタという音だけが響く第三十二電子室に数度ため息の音が響き、体を伸ばす音が思い出したように時間の経過を告げる。

百数十度目のため息をヴィダーレが吐くと、廊下のほうからまた歩く音が聞こえてきた。
その音は第三十二電子室に近づくにつれて二次関数的に早まってゆき、最終的にそれは自動ドアを無理矢理こじ開ける音とともに終わりを告げた。
「ヴィダーレ!飲みに行こうぜ!」
レオナルド・ブランカは明朗な声を第三十二電子室に響かせた。
ドアにかけられていない左手に大き目のPCCボトルを握り、服からは肉の焼けたにおいを発していることから、彼が飲んできたということは容易にうかがい知れるだろう。
ヴィダーレは笑っているレオナルドに、やれやれだという様子で「いいからお前は水でも飲んでろ」と遠まわしに飲みに行かないと伝えた。
しかしレオナルドはヴィダーレの奥ゆかしき気遣いなど一切気にせず、「水?ここにあるだろうが!見えねーのかはっはっは!」と笑い踊る始末である。
「工業用アルコール飲んでそうだからな!たまにはいい酒飲もうぜ!そういえば隣のライダーにいいバーがあるってうわさなんだぜ!『XYZ』って酒がうまいっておしえてもらったんだ………」
一人で話し続けるレオナルドを無視し、ヴィダーレはタイプを続ける。
というかアイツ、コレで最後だって言われてるのに気づいてなかったんだろうか……いや、バカだから気づいてないな。
ヴィダーレは目の前の『戦闘中でも教授の授業がうるさいのでどうにかしてください』という質問に、『教授からの通信をすぐに切ることができるよう、ショートカットを設定しておくといいでしょう』と回答する。
そしてそのまま次の質問の返答へと移り、第三十二電子室は笑い声とタイプ音だけが響く空間へと姿を変えていったのであった……



数時間ほど続いた悪態はついに止み、たった一割ほどの有効な情報を纏め終えたヴィダーレは、いつの間にか寝ていたレオナルドを部屋の外へと放り投げ、ロックをかけた後、第三十二電子室を後にした。
レオナルドはきっと誰かに見つけられるだろう、アイツが廊下で寝てるなんていつもの事だし。
ヴィダーレはちらと端末を確認する。
時刻は八時三分であった。少し遅い感じはあるが、夕飯にはまだいい時間だろう。
今日はどこの店に行こうか。いつもの店は今日は休みだしなー。
ヴィダーレはゆっくりとした足取りで廊下を進んでゆく。
そして数十歩歩いたところで何かを思い出したように振り向き、それからまた前へと歩き出した。



久方ぶりの酒に酔っていたヴィダーレの元に、一通のショートメールが届いた。
差出人はE・N・バルドヴィーノ。ヴィダーレの直属の上司であり、ライダー守衛部隊を全て統括する指揮官である。
そんなたいそうな人物から送られたメールに、ヴィダーレは困惑した。
なぜ、こんな場末の部隊の情報管理担当にメールを送ってくるのだ?
そもそも直属の上司ではあるが、接点などないのだぞ?
外縁部のダメコン地帯警備の、二人しかいないような部隊に何を望もうというのだ。
隊長をレオナルドに任せられないから私が名前だけしているようなものなのに。
ヴィダーレは首をかしげ、頭をかきむしる。
ああ、一体何があったのだ!

メールが来て数分後。誰もがその程度でここまで考え込むかと思うような時間が経過した。
結論の出ない思考をずっと続けるのもそろそろ面倒だとヴィダーレは感じ、とりあえずメールの内容を見てみるべきだと考えた。
その考えはすぐに実行へと移されることとなった。
だがそれはあまり良い行動であるとは言えないだろう。
メールの内容はたった一文。
「N・A-fiume Choya-Migliore」
だけであったのだから。

その召集命令は唐突なものであった。
メイ・Nは酒飲みのバカとして全ライダー守備部隊に名が知られている人物(レオナルドのことなのだが)とともに、バルドヴィーノ指揮官の前に立っていた。
左手を胸に、右手を腰に置く敬礼の姿勢を崩さずにいる彼女は、隣のレオナルドが姿勢を崩しているのを見て、『お前は一体何をしているのだ』と思った。
風紀には厳しいことで有名なバルドヴィーノ指揮官の前だぞ?そんな状態でいれば左遷されるのはバカで有名なお前でもわかるだろう?
今はコーヒーを入れているために視線の外だろうが、『動く顕微鏡』とまで言われるほどの観察力を持つお方なのだぞ?
メイは後ろ手でレオナルドをつつき、それを思い知らせようとする。
しかしレオナルドは、そんなことはどこ吹く風という様子のままであった。
ああ、こいつは終わったな。後で見舞いに行ってやる事にしよう。
メイは少しの笑みを浮かべ、レオナルドから視線をはずし、バルドヴィーノの元へと向けなおす。
コーヒーを淹れ終えたバルドヴィーノは二人に「まあ、立ち話もなんだ。座りたまえ」といい、椅子の向かいのテーブルに二杯のコーヒーを置き、座る。
それを見届けた二人は小さく「では、失礼します」と言ってから座り、テーブルのコーヒーに口をつけた。
メイとレオナルドの口の中に苦味が広がる。
しかしそれだけであった。
使っていたマシンや腕が大きいのだろうが、あまり香りは感じない。
メイはいくらか不思議な感覚を覚えた。
「どうだ?」やさしい口調でバルドヴィーノはたずねる。
さすがに思ったままの答えを返すのは不味いだろうな。
「苦味と酸味のバランスがいいですね。良い焙煎です」
嘘は言わずにそれなりの回答を返す。
満足げに「そうか。では今度、豆を仕入れている店を教えよう」とバルドヴィーノは言い、レオナルドにもどうなのかと感想を求めた。
レオナルドは、「良いものなのでしょうが、私にはそれを表す言葉が足りません」と感想を伝える。
「ところで」そのまま言葉を続けるレオナルド。
「なぜ私たちを呼んだのですか?コーヒーの感想を聞きたいなら、行き着けのバリスタを呼べば良い話でしょう?」
バルドヴィーノはあごに手を当て、いくらか考えるようなそぶりをする。
「おそらく任務のことですよね。一体それはどんなものです?」
言いたかったことを言ってくれたレオナルドに心の中で礼を言い、メイは話の続きを待つ。
バルドヴィーノは言った。
「ああ、その通りだよレオナルド君。きっとこの任務が機密に触れるものとわかっているのだろう?」
バルドヴィーノは奥の扉のへと移動し、言葉をつなぐ。
「紹介しよう。第六ライダーから来てもらった、ネフティス・フィウーメ君だ」

ネフティス・Fはバルドヴィーノ言葉が終わると扉を開け、指揮室へ入った。
「ネ…ネフティス・F!召集命令のため、こちらへ参上しました!」
慣れない様子で敬礼をする170cmほどの男。
おろしたてで埃などの汚れがなく、正しく着られている制服に、義肢となっている右足が目立つ。
彼は周囲をちらと観察すると、小さく「失礼します」といい、レオナルドたちの元へと移動した。
バルドヴィーノはそれを見ると、少し咳払いをしてから話を始める。
「君達には、ライダー外での旧世紀遺産の調査を命令する。」

旧時代の遺跡を調査しつつ機体のテストを行い、遺産を持ち帰る。
文章にしてみればたったコレだけの任務内容を数分かけ、バルドヴィーノは三人に説明した。
しかしそれを聞き終わったときレオナルドは落胆し、メイは不安を感じ、ネフティスはあっけにとられていた。
三人の思考はほぼ同じ結論に達し、いいのか?本当にコレで?といった雰囲気を三人の間に生み出した。
当然だろう。わざわざ呼び出して話をするのだからなんだと思えば、簡単な任務を命じただけ。
しかもそれは、命じるなら調査部隊に命じたほうがいい案件だ。
レオナルドは目で二人に、『聞いてしまっていいか?』と合図を送る。
二人はそれに無言の了解で答え、沈黙を守っていたレオナルドは口を開いた。
「指令、どういうことなんですか?」
「どういうこととはどういうことだ?」
言いたいことはわかっているであろうはずだが、一応聞き返すバルドヴィーノ。
レオナルドはひるまず続ける。
「この程度の任務なら、調査部隊に任せるべきでしょう。しかもそれが機密扱いときた。」
とここで、レオナルドは一度言葉を切り、ちらとバルドヴィーノの反応を見てから、再度言葉をつなげる。
「一体何を隠しているんです?」
その言葉を待っていたかのように、バルドヴィーノは小さな笑みを浮かべる。
そして手をあごに当て、数瞬の後口を開いた。
「残念だが、それはまだ伝えられない。十分な用意をしておくことだな。」

想定していた回答が返ってこなかったことから、三人はいくらか落胆した。
すまんなとでも言いたげな表情のバルドヴィーノは肩をすくめ続ける。
「さて、だ。君達には15:00に第六秘匿格納庫へと向かってもらう。アドレスは君達の担当情報管理官……ヴィダーレ・ギウスの端末へと送ってあるから、彼に『添付ファイルの件』と聞くといい。」
バルドヴィーノは「話は終わりだ」と続け、三人を指揮官室から出した。
彼は三人が十分離れたことを確認すると、大きく息を吐き、備え付けのコーヒーメーカーでコーヒーを入れると、それを飲み干した。
三型の接続が出来る人員を失うかもしれないが、これも仕方ないのだろうな。
『サンクコスト効果』だっただろうか。それと同じだ。
アレだけしたのだから、いまさら引き返せない。
バルドヴィーノはもう一度コーヒーを入れようとして、さっき残量の無くなったパックを取り出し、ラベルをちらと見て言った。
「期限が一週間も過ぎていたのか、道理で不味いはずだ」



いつもの整備のおっさんは、元々ここの人間だったのか。
道理で明かしていない情報をいろいろ知っていたわけだ。
いくらか散らかっている秘匿格納庫に来たネフティスが、最初に思ったことはそれであった。
その次に思ったことは、『ここの情報を知りたい』であり、それを実行すべく彼の身体は活動を始める。
ばらばらな動きではあるが全体としては統率の取れている整備士の動きや、ハンガー上方にある廊下との接続部を眺めた後、彼の目は一機の防術機を向いて止まった。
隣二機とは違い、黒く塗られた装甲。
前から後ろへと流れるフォルムに金色のラジエータらしきものが各部から覗き、その奥には小さな穴が開いている。
四肢はほぼフレームといえるほどの細さで、両腕に持った大型のライフルをより太く大きく見せている。
腰部の可動式スラスターからそれが第四世代機とはわかるのだが、それ以上のことは全くわからない。
ヴァランガのように拡張性を求めた汎用機なのか?それとも、N2のように性能のとがった特化機なのか?
「おっと、すまねぇな」
いつの間にか立ち止まっていたネフティスに、整備士の持っていたコンテナがぶつかる。
軽く当たった程度であるので全く痛みは無い。
むしろこちらが悪いのだ。
そう考えたネフティスは彼に「いいや、大丈夫だ。悪かったな」と返し、手を振った。
まあ、眺めるのは後で良い。
後でいくらでも性能については理解できるだろうから。
ネフティスは基地の下見をするために、まずは最上階のブリーフィングルームを見てみようと考え、手近なエレベーターへと足を進めた。

送られたメールによれば、ここの4Fにブリーフィングルームがあるはずだ。
廊下にちらほらといる士官をよけて、エレベーターホールへと向かうネフティス。
まだ二時間はあるし、場所を確認したら後はここのレクリエーションルームにでも行ってみよう。
偶然出来た時間だ、いくら使っても罰はあたるまいよ。
ネフティスはエレベーターのボタンを押すとすぐに、ボタンに小さな明かりがともる。
最下層にあったゴンドラは静かに動き出し、B1Fで一度止まってから、ネフティスのいる1Fに止まり、扉が開く。
中には二人の士官がいた。
奥にいる男は端末に内蔵されたゲームを、コンパネ脇にいるメイ・Nは手元の本を、それぞれ楽しんでいるようであった。
中の二人は誰か入ってくるのかと思い、扉の方に視線を向ける。
ネフティスが入ったのを見た男は『閉』ボタンを押し、エレベーターの扉を閉じた。
それからいくらかの間の後、今気づいたかのようにメイは言う。
「あら、ネフティス。早い到着ね」
やはりそうだったか。世界は割りと狭いんだな。
ネフティスは答える。
「それはお互い様だろう。どうしてこんな時間に?」
「乗る予定のエアワイヤーが運休になって、振り替えの便が超特急だったの」
おかげさまで景色の一つも見れやしない、とメイは不機嫌そうに続ける。

「そうかそうか、それはお疲れ。」
既視感を感じながら、ネフティスは言葉を返す。
振り替えの便で、それもこんな早くに着ける便………いや、まさかな。
感じた既視感を確かめるため、ネフティスは自分の乗ってきた便の名前をメイに告げる。
「ところで、それはHB483便だったか?」
それを聞いたメイは、少しだけ驚いてみせ「まさか貴方もアレに?」といくらか興奮しつつ聞いた。
やはりそうだったのか。
「世界って結構狭いもんだな」
そうだという意味をこめてネフティスは返す。
それから数秒の後、2フロアを昇りきったエレベーターが停止し扉が開く。
先にメイを下ろすためにネフティスはコンパネの開くボタンを押し続け、彼女が降りたのを確認すると自分も降りた。

「ブリーフィングまで時間はあるし、レク室で時間を潰しましょ」
一通りここを見てきていたのだろうか、メイは迷いなくずんずんと廊下を進んでゆく。
「どこかわかってるのか?」
「知らない!」
なんて適当さだよ、人の事言えないけどさぁ。
「知らないでよくそんな堂々といられるなぁ。感心するよ」
軽く言った筈のネフティスの言葉に、メイは噛み付いて言う。
「なによ。じゃあ知らなきゃ堂々とするなっていうの?そんなのまっぴらね」
少し間を開け、冗談ぽさの見え隠れする重苦しい雰囲気を持ってメイは続ける。
「智は力であり、それには責任が伴うのよ」
それから少し間を開けて、メイはおどけるような声で言う。
「個人的な思想であり、実際の結果とは一切関係ありませ~ん。ってね。」
ネフティスも「ずいぶんとすばらしい思想ですこと、私にはまねできませんわぁ」と調子を合わせて返す。
「ええ、その通り!今ならこのおそうじロボ、ネフティス君も付いてこのお値段!」
メイは値札をネフティスに貼り付け、どこかで見たような通販番組のような口調で笑いながら言う。
叩き売りかよ。しかもどうして1900円の値札なんて持ってきてんだ。
「誰がお掃除ロボだコラ」
少し不機嫌な様子で、ネフティスは軽くメイの額にチョップをする。
メイは大げさに痛がって見せ、「何するのよ!私の大切な脳みそが傷ついたじゃない!」と笑う。
ネフティスはそれらしい口調で「不要な細胞をお掃除してあげただけさ、お掃除ロボがな」と答えた。



ブリーフィングまで後一時間ほどとなったときに、ヴィダーレ・ギウスは秘匿格納庫に到着した。
彼の目にはいくらかの目やにが残り、顔にはあまり血が通っていない。
急にエアワイヤーの振り替えが来なきゃもっと寝られたのに。ちくしょう。
あくびをしながらヴィダーレはそう思った。機材トラブルだから仕方ないとはいえ、これはきつい。
彼は今日の午前2時まで改善要請に向き合っていたため、エアワイヤーでの六時間の間に眠る算段だったのだ。
目をこすり、いくらかバランスを崩しながら、よろよろと仮眠室へヴィダーレは向かう。
「兄ちゃん、大丈夫かい?」肩をぶつけてしまった整備士の言葉に答える余裕すら、今の彼には無い。
ただ、「睡眠、睡眠、睡眠………」と念仏のように繰り返しながら、死んでから半年ほどたった魚の目で仮眠室に向かって歩く機械と化していたのだった。
そのゾンビめいた歩行は一歩ごとにゆっくりになり、よたよたとした足取りは一歩ごとに彼の意識を覚醒と睡眠の間で揺さぶる。
なんとかヴィダーレはエレベーターまでたどり着き、ボタンを押す。
ゴンドラが待っていたため、すぐに扉は開いてくれた。
ヴィダーレはすぐに仮眠室のある4Fのボタンを押し……そこで気が緩んだのか、彼の意識は夢の世界に旅立ったのであった。



「来ないな。」
待ちくたびれたネフティスはそうつぶやいた。
数十度目のあくびをした彼はすわりが悪くなり、ソファから立ち上がった。
「来ないね。」「来ないな。」
同じく待ちくたびれていた、メイとレオナルドもつぶやいた。
二人は持っていたトランプで数十試合目のポーカー・ゲームを終わらせたところであった。
「来ないな。」
モニター越しのバルドヴィーノもつぶやき、数十杯目のコーヒーを淹れ始めた。
四人は各々の方法で暇を潰そうとしているが、さすがに三時間は長すぎたのか、それらは限界に達してしまっていた。
ヴィダーレさえ来てくれれば……アイツ何をしているんだ……
四人はは心の中でそう言った。
バルドヴィーノは予定に余裕を持たせる人物だから、五、六時間は何とかひねり出せるのだが、レオナルドたちはそうではない。
機体の調整にバイタルチェック、余裕があれば休憩を長く取りたいのだ。
あいつ何してるんだろう。「明後日の任務のブリーフィングだ、絶対遅れるなよ」って張り切ってたのに。
レオナルドは昨日のヴィダーレのことを思い出し、「まだかよ」と小さくはき捨てる。
そして椅子から立ち上がり、「ヴィダーレを探してきます。一時間で戻らなければブリーフィングを始めててください」と言って、部屋を後にした。




ヴィダーレは仮眠室のベッドで目を覚ました。
一体どうして……俺は確か……
彼ははっきりとしない意識の中で記憶を辿っていく。
エアワイヤーで寝る計画がおじゃんになって……すっごい眠くて……ブリーフィングはどうなった?!
急いでヴィダーレは体を起こすが、倒れ込んだときにぶつけたらしい腰の痛みがそれを邪魔する。
「てててて……」彼は腰をさすったり押したりして、どの程度の怪我なのかを確かめてみる。
どうやらそこまで悪いものではなさそうだ。後で医務室と人事局に行く必要はありそうだが。
彼はベッド脇まで体を動かし、立ち上がりやすい状況を作ってから立ち上がり、よろよろとした足取りで仮眠室の出口へと向かう。
「のわっ!」しかしそれはうまく行かず、急に痛み出した腰のために彼はまた床に崩れ落ちた。
その音を聞きつけたのか、コツコツという足音が彼の元に近づいてきた。
小さく短い間隔の音は彼の後ろから響き、倒れている彼の姿を見つけると、そのスピードは加速度的に増していき……
「目が覚めたのね!よかったよかった!」
その声は明らかに幼いものであった。ヴィダーレが振り返ってみると、おそらく七、八歳ほどの幼女が彼の目の前に立っている。
彼は疲れと寝起きのボケから、こう考えた。
え?ここ『秘匿』格納庫だよね?どうしてこんな幼女が?
いやまて、彼女は何かの試験体とかそういう奴に違いない……でもNFAはそういうのに厳しいし罰だって存在しているのだからありえないな。
なら彼女はいったい……
明らかに邪推であり、彼がまともな状態であれば思いつかないであろう思考がとめどなくあふれ出す。
ぽかんとした様子で動かないヴィダーレを見て、彼女は不思議そうに口を開く。
「どしたの?どっかいたいの?」

その無邪気な声はヴィダーレにいくらかの安心をもたらした。
彼女は小さく頼りない手を差し伸べ、「立てる?」と小さく言う。
さすがにこんな幼女に頼るわけにはいかないな。自力で出来ることを示してあげれば、安心して帰ってくれるだろう。
ヴィダーレは腰をかばいながら床に手を着き、ゆっくりと立ち上がった。
途中また痛み出した腰のせいでバランスを崩しかけたのだが、彼はそれをどうにか見せないようにと振舞う。
「どうだい?見ての通り元気だろう」くるりと回ってからヴィダーレは笑う。
「お嬢ちゃんはどこから来たんだい?」
彼女はいくらか考え込み、右手と左手を見て、「こっちがみぎ、こっちひだり」と小さく確認してから右を指し、「あのおっきいロボットのあるとこからはいってきたの」と答え、『すごいでしょ』とでも言いたげに笑った。
「ほう、それはすごいな。」ヴィダーレは奇妙な思考を働かせた後、ゆっくりと彼女の指した方向へと行き、どのくらいのものなのかを見てみようと思い、すぐに立ち止まった。
おおきいロボット……おそらく防術機のことだろうか。とするならきっと……いや、それは無いな、無いと思いたい。
きっとここの誰かの娘なのだろう。出なければこんな小さな娘が秘匿格納庫の厳重なチェックを通るはずが無い。
「すごいな、どうやって入って来たんだい?よければおじさんに教えておくれよ」
ヴィダーレはちぐはぐな言葉を繋げ、どうにか言葉をつむぎだす。
彼の思考はおそらくずっと寝起きの状態のままだろう。
えへへと笑い「ありがとう”ヴィダーレ”さん?」と彼女が言うまでは。



「ヴィダーレ、すぐにこっちに向かうってさ」メイは手元の端末を見て言った。
すぐに彼女はレオナルドの端末に、ヴィダーレが見つかったとメールを送る。
一体何をしていたのやら。三時間半も待たされたじゃない。
いくらか彼女は不機嫌であった。それは待たされたことで後に控えていた用事に間に合わなくなってしまったからであった。
ネフティスはそれを読み取ったのか、「アイツのことだ、きっと何かあったに違いないさ」となだめるように言う。
そんなことわかっているのよ。メイは心の中で吐き捨てる。
彼女の頭の中では、退院したばかりの姉のことがぐるぐるとめぐっていた。
いきなり任務に駆り出されそうだから、会える内に会おうと姉はベッドで笑っていたっけ。
メイはいくらかの回想の後、ゆっくりとした足音が部屋に近づいてくるのを感じて、数歩後ろへと下がった。
プシューという空気の排出される音とともに戸は開き、壁に手をついてヴィダーレが部屋へと入ってきた。
「失礼しました!」彼は入ってすぐに敬礼の姿勢とともに謝りの言葉を述べ、腰の痛みのためにすぐにバランスを崩し、倒れ込む。
彼の元に三人は駆け寄り、何があったのかを軽く質問する。
ヴィダーレは自らの不注意であると小さく言い、レオナルドの肩を借り、近くにあった椅子に腰を下ろした。
バルドヴィーノはそれを気にも留めない様子で、「さあ、ブリーフィングを開始しようか」と言い、医務室の手配をしておくとヴィダーレに笑いかけた。

「コレが君たちにテストしてもらう新型機だ。名はそれぞれ『ミグリオーレ』『リカリケア』『クロウノッテ』と言うらしい」
バルドヴィーノは端末に表示された運用マニュアルを見て言い、『ミグリオーレ』の説明を始めた。
「第4世代防術機試作4号、『ミグリオーレ』。試作1号『ヴェンティセッテ』から続く、基礎フレーム試験機の最終版だ」
ブリーフィングルームの大型スクリーンに説明用の画像が映る。それは格納庫でネフティスの目に留まった物と同じ機体であった。
いや、きっと同じものなのだろう。ネフティスは次の言葉をいくらかの期待をこめて待ち始めた。
そんなことは知らず、バルドヴィーノは続ける。
「神経接続システムも最新タイプのテスト版を載せてある。それに伴いフレーム強度と関節部モーターの最適化と高性能化が行われた。」
細身のフレームの高耐久炭素繊維や、各部に光る金色のラジエータなどの情報がモニターに映され、背部から覗くBB粒子式コアの画像を最後に、『ミグリオーレ』の説明は終わった。
すぐに獣の様な別の機体のマニュアルが映し出され、それが『リカリケア』であるとバルドヴィーノは言い、解説を続けた。



メイは格納庫に備え付けられた椅子にくたびれた様子で腰掛け、どうして自分だけこんなに待っているのか、といった思考をめぐらせていた。
私の機体だけ何で準備がまだなのよ、長すぎるわ。
『リカリケア』はシンプルな装備構成と整備性を売りにした機体なのよ?
内部パーツは大体が他機と同一規格で同一部品。
それも全部現行の機体のものばっかりで、メンテナンスしやすいようにユニット化されてる。
そんな機体が、こんな長く調整作業をしていたらお笑いだわ。
彼女は端末の画面に呼び出した説明書を眺めながら、口の中で小さく吐き捨てた。
整備がネフティスを呼んでから一時間。私は何時呼ばれるの?
ため息を吐き、メイは端末をそっと机に置く。
長いなー、待ってられないなー。早くしてくれないかなーっと。
そして体を伸ばし、椅子に手を付いて空を仰いだ。

メイは両手で軽く顔をはたき、顔を左右に振ってから立ち上がる。
えい、どうせなら行っちゃえ。
そうだよ、待っててもどうにもならないし聞きに行って見るべきなんだ。
どんな方法を使おうか、持ってるのそんなにないからなー。
笑みをこらえ、彼女は一番奥のハンガーのほうに体を向ける。
すると、「あんまり手荒なことはしてやるなよ」とレオナルドは外部スピーカーを通して言った。
心でも読んだのかしら。あーあー、聞こえてるー?
そう思ってから数拍後、何も帰ってこなかったのを確認し、メイは嘘と真実に満ちた口を開いた。
「そんなことしないわよ。ただ”聞いてくる”だけ」
「ああ、わかったわかった。するなよ?」
返答は大体わかっていたのだろう。レオナルドは生返事を返すだけであった。



「という訳で、整備は遅れてるんだ」メイの担当整備士は短く説明した。
彼の後ろではそこそこ長身の若い男が、あたふたと道具を取っては引きかえしてを繰り返していた。
彼は慣れない手つきで胸ポケットから端末を引き出し、ケーブルでハッチ内部の機械と接続してデータを読み始めた。
新人さん……なのかしらね。いままであんな人見たことないし。
「のわっ!」彼はどうしてそうなったのか、端末を落としそうになり、あわててキャッチした。
こりゃ大変だわ。仕事の進捗も私の身の安全も。
メイは手元の端末を覗き込みながらそう思ったのち、担当に言う。
「新人さん?なんか大変そうね」
担当は苦笑いしながら言った。「ええ、大変で大変で……もっとしっかりしてほしいもんですよ」
見てるだけで大体わかるよ、その気持ち。
彼女は心の中で同情し、またレンチを落としたため拾いに行った彼をちらと見た。
「ほらそこ!ボルト締めるならそこ持つな!」
担当は疲れた様子で新人に言い、続けた。「アイツずっとこんな調子でね、参ってるよ。もう一人を見習ってほしいもんだ」
そして指で隣の機体を指し、思い出したように手元の端末を置いた。

なるほど、これではいつものような高速さは望むまい。新人の育成は重要な事だしね。
メイはいくらか彼に申し訳の無さのようなものを感じた。
そして何か埋め合わせをと、彼女は無慈悲に考える。
後で部屋にエロ本でも大量に贈っておいてあげようかしら。それも結構マニアックなのを。
いや、いっそアウトな方向性のものでも……そうね、そうしよう。
メイは後で行きつけの店に頼んでおこうと、端末から家のPCにメモを送った。
「ま、気長にまってくれよ。時間ならたっぷりあるんだろう?」
担当は新人がつなぎ忘れていたケーブルをつなぎながら言った。
しかしメイは「確かに時間はあるわよ……予定すっぽかすことになっちゃったからね」とふてくされた様子で言い、もう一度何時までかかるのかを聞いた。
「ま、気長に待つことですね、メイ」女性の声がメイの後ろから響き、手に持った盆から茶の入ったコップを彼女に差し出した。
はいはい、わかりましたよ……って、どうして私の名を?
聞きなれない声に自分の名を呼ばれたメイは驚き、後ろを振り返った。
まさかとは思うけど……いきなり仕事だって言ってたけど……
振り向く数瞬の間に、脳裏に一人の少女が浮かんでは消えていく。
それは長年近いようで遠いと感じていた、彼女のたった一人の……

「姉さんのこと忘れました?」
振り向いたまま、ぽかんとした表情で立ち尽くすメイに、アリスは言った。
それから手を彼女の前でひらひらと振り、数度「おーい」と声をかけては笑った。
姉さん……部品変えるなら言っといてよ。声とか頭とか大きいところだとわからないって前言ったじゃない……
またかと言う表情でメイは「で、今度はどこやっちゃったのよ。首?」と言い、いくらかあきれて見せた。
擬体何度壊せば姉さんは学習するのかな……いや、無駄か。
前回は腰を丸ごとだし、前々回は首以外大体故障させてた人に何を注意しても無駄だね。
退院するたびに繰り返すこの思考パターンも何度目だっけ。
「声帯と左足まるまる交換だったよ。」アリスはメイの様子を見てさらに笑い、技師が泣きそうだったとも付け加えた。

「で、姉さんはここで何をするの?」
数度の状況報告の後、メイは少し笑みを浮かべて言った。
運がよければ……よくなくても一緒に働くのだ。嬉しくないわけは無い。
アリスもそうだったのだろう、「だったら当ててみて?」と同じ笑みを浮かべて言った。
メイはすばやく、姉の『仕事』について思考をめぐらせる。
擬体の姉が肉体労働など出来るわけが無い。壊れでもしたらすぐにどうにかできる場所へ行くことはできないのだから。
ジャマーに突っ込んでゆくパイロットやオペレータなど言語道断。すぐに擬体が機能不全を起こして倒れるのがオチだろう。
ならば基地内の作業員ぐらいしかない。で、姉さんにぴったりなのは……
「会計?」

「残念。正解は現場でのオペレートでした」
アリスはそういって、自信に満ちた様子で小さな胸をポンとたたいた。
まあ、オペレートくらいなら……ジャマーに入らなきゃ大丈夫でしょ。
「どこらへん?基地周辺の警護部隊とか?」メイは姉に言い、擬体が動くジャマー範囲外だと思うんだけど、と付け加えた。
アリスはいくらか考え込んでから、自分の体を見て言う。
「ジャマー外の探査任務。詳しくは言えないけど、運がよければメイと一緒のとこになりそう」




「各員、準備は!」凛としたアリスの声が三人の耳に通った。
その声は少しだけ震えていて、語尾が微妙に上がっている。
ああ、姉さん緊張してるんだね。メイはそれを聞いてそう考えた。
ああ見えて内弁慶なところあるからなぁ……姉さん、仕事間違えてネフティスに怒られないといいけど。
メイは「大丈夫よ」と答え、それからすぐにネフティスも同じことを言った。
ま、姉さんが選んだ道よ。進むのは姉さん自身。
彼女はリカリケアと輸送機のロックを確認し、投下タイミングを最大まで遅延設定にした。
これで姉さんが失敗してもごまかしが聞くわね……別に疑ってるわけじゃないけど。
疑ってるわけじゃないけど!
メイは心の中で一人芝居を打った後、何をしているんだ私はと思い、頭を振って気を落ち着けた。
レオナルドはそれからいくらかの間を開けて、準備完了の意を伝える。
そして大きく息を吐き、もう一度「準備完了」と言った。
アリスはさっきよりも少しだけ震えた声で、「了解!」と返した。
あらら、これはガッチガチだね。メイはそう思った。
サポートの一つでもしてあげよう。
「姉さん緊張してる?してたらさっさと投下しちゃっていいよ?」そう彼女は行った。

……そしてその一秒後、愛する妹が姉を思って言った事に、アリスは無慈悲に従った。



「あのバカ野郎本当に落としやがった畜生!」ネフティスは毒づく。
マジで緊張してるからって、落とす馬鹿がどこに居るんだよ!
しかも機体立てて落とすの忘れてやがる!
「後でお前の姉貴に苦情の一つでも垂れてやる!」
下に見える旧市街地を見ながら彼は言った。スラスタ早く起動しやがれ!と思いながら。
キューンといった音を各部エンジンが鳴らし始め、それから数瞬後にコックピットに「RCSオンライン」の文字が光った。
すぐに彼はスラスタで機体を縦に起こし、腰部スラスタを下に向け最大出力で噴射する。
下の瓦礫達がそれを受けていくらか姿を変え、バランスを崩しては倒れていった。
ネフティスは緊張した様子で速度計を読み上げ、スロットルを調整してゆく。
「3、2、1……0!」喜びの混じった声で彼は言い、同時に脚部が地面を捉える。
地上たった数十センチのところで、ミグリオーレは落下速度を殺しきったのだった。

周囲に舞っていた重金属粉塵は噴射炎によりどこかへと吹き飛ばされ、きらきらと太陽光を浴びて光っていた。
それは次に来るメイの機体の塗膜をいくらか削り、噴煙に煽られてさらに遠くへと吹き飛ばされていった。
ネフティスと同じ体験をし、同じように着陸した彼女は、いくらか恨みのこもった様子で言う。
「そうね、それにはおおむね同意見だわ。姉さんには痛い目を見てもらわないと」
二人はひそかに笑い、個人回線でサムズアップをし合い、会話を始める。

レオナルドはそんな二人の様子を見ながら機体を滑空させ、地上一メートルほどの高度になると、足を出して着陸した。
「お前らもう少し余裕というものを持てよ」彼はそう言ってから輸送機の方向を向き、「面白い冗談だったぜ譲ちゃん」と続けた。
「ありがとうございます」アリスはそう言ってから、少しやわらかくなった声で装備コンテナを投下すると答える。
それからすぐにコンテナが切り離され、十数秒の落下の後、三人から数十メートルほどの位置に赤い噴煙を出して着地した。
「先行ってくれ、俺は機体の状態を整えとくから」レオナルドはそう言って、機体を人型に変形させ始めた。

アリスへの対処を考えていた二人は一度会話を止め、コンテナの元へと移動する。
そして外部から接触回線で起動シグナルを送り、コンテナを展開させた。
中にはガンカメラ二機とレーダーユニット。前者はメイとネフティスの、後者はレオナルドのための装備である。
二連式のカメラにレーザー測距機の覗く前者も、前後の絞られた円柱状の全方位式解析レーダーである後者も、長年使われてきた信頼性のある品だ。
二人はコンテナのガンカメラに手をかけ、信号を送ってロックを解除した。
それと共に内部からアームユニットが飛び出し、コンテナのガンカメラを彼らの機体に装備させた。
ネフティスはコックピットに表示されたテスト画面を見ながら、装備の調整を始める。
おおむね問題は無かったが彩光度の問題なのだろうか、きらきらと画面がまぶしかったため、ネフティスはパラメータを低めに変更した。

「終わった?」それから数分の後、遅れてきたレオナルドの機体背面に取り付けられたユニットを見て、メイは言った。
「終わった」数度機体を変形させなおすことになったレオナルドは、いくらか気持ち悪そうに言った。
水平に収まっているとはいえ、何度も上下動を繰り返すのは確かにきつい。
ネフティスは心の中で同情の言葉を発した。
「行けそう?」メイはレオナルドよりも任務を気にしてそう聞いた。「別に無理なら置いてっていいんだけど」
お前は鬼か何かかよ、ちょっとは待ってやれ。
彼の思いを代弁するかのように、「こら、ちょっとは配慮してやりなさい」とアリスは言った。
レオナルドは不満そうに「行けるさ」と答える。
「行けるのか?いつもみたいにゲロゲロしちまわねえか?」ヴィダーレは笑う。
「うるさい、さっさと探索始めちまってくれ」
その言葉と共にクロウノッテは空へと舞い上がる。
そしてすぐ各部が折りたたまれ、その姿は航空機へと変わった。



上空からの簡易解析画像を見ながら、三人は市街地外延部にある工場の跡地らしき場所に足を向けた。
そこには一キロ四方の土地に、縦10m横30mの工場建屋が綺麗に整列して並んでいた。
約30棟ずつに分かれて転々と配置されているそれは、お互いをつなぐ道路によって美しい五角形を描く。
残っていた街路樹は微妙なアクセントとなって風景に彩を与え、彼らは誰かが帰ってくるのを待っているがごとく頭を垂れていた。

綺麗だな。コイツを壊すのは忍びないって思えるくらいに。
そうヴィダーレはつぶやいた。
外装はジャマーで固まっているだろうから、壊すしかないのはわかっている。
しかしどうにか形をとどめられるのならば、とどめておきたいな。
彼はそう思ってからすぐに送られてきた解析データを展開し、おおまかにどこを探査するべきかを考えはじめる。
大体の入り口は埋まっているのか……ここはどうだろう。
彼は地上からの画像を見ようと画面をタッチした。
しかし画像は表示されない。
まさかと思いログをあさってみると、つい最近探査されるようになったばかりのため、画像の用意はない事がわかった。
ヴィダーレはネフティスたちに、地上からの画像を要求する。
すると、すでに用意していたのだろう、すぐに輸送機のサーバへアップロードが開始された。
全てがあがってくるまで待ちながら、彼は考える。
割と最近に探査されるようになった地区か……これならばかなりのリターンが期待できるだろう。
GAIDAやエルフが気になるところだが、それはあいつらに任せるしかないだろうな。
簡易解析画像にそれらしき熱源が数個あったから注意はしておいたし、新型とあいつらなら大丈夫だろうが。
ステータスバーが最後まで行ききり、アップロード完了とのノーティスが表示される。
ヴィダーレはすぐに画像を開く。
そこには上から見た感じとは異なり、あまりジャマーに覆われていない工場の外壁が映っていた。
他の画像にも同じように、上から想像するよりも軽い程度で済んだ建造物が並んでいる。
これなら簡単で良い。
ヴィダーレは地上の三人にポイントを指定し、出来るだけ壊さないように侵入しろとメッセージを発した。
それからすぐ、侵入時に舞い上がったジャマーのせいだろうか、トランスポンダからの信号が途切れ始め、二機の信号が消えた。
彼は二人を思って言う。
「帰って来い。あとで酒でも飲みに行くぞ」
それを聞いて、アリスは小さく笑みをこぼした。

そんな事は全く知らないレオナルドは、あくびをしながらこう思った。
暇だ。さっきから似たような風景ばっかりだ。暇だ。
周囲では舞い上がっている粉塵が、どこかからの反射光を浴びて小さく光っているばかり。
投下から二時間、特に何も起きないままだ。
機影なんてどこにも見えん。動くのは瓦礫に引っかかって風に吹かれたぼろ布くらいだ。
ああ、早く帰って酒が飲みてえなぁ……
彼は操縦桿に触れぬように注意しながら、広いコックピットで伸びをする。
別企業のだとこうはいかねぇ。NFAでよかったぜ。
それから下方に何も動くものがないか確認し、ネフティス達へとノーティスを発し、またあくびをした。
ジャンクス・スピリットでもあおりに行こうか。金はそこそこ残ってたはずだしな。
数秒ほど目を閉じた後に彼は目を開ける。
すると急にどこかからの光が彼の目に突き刺さり、彼は小さな声を上げ目を閉じた。
彼は薄目で目を慣らしながら思う。
にしてもさっきからまぶしいな。なんかでっかいガラスでも残ってんのか?
しかし周囲にそんな構造物は無しなぁ。
レオナルドは小さな違和感のようなものを感じた。
そして彼はとりあえずそのことを下の二人に伝えるべく、回線を開いた。
「ネフティス、地上はどうだ?」
ノイズにまみれた声が通信機から響いてくる。
「何も。特に見つかったものも無い。で、どうしたんだ?」
彼は不思議そうに聞く。まあ、回線を急に開いたのだから当然だろう。
レオナルドは感じたままに言う。
「なんか反射光まぶしくないか?」
すると、何かひそひそと接触回線で二人話した後、
「まあ、確かにそうだな。でもそれはグレアの設定を間違えてるだけだろう?」
と言って、そのくらいちゃんとしてくれよと続け、ネフティスは笑った。
そしてすぐ彼は回線を切り、仕事に戻ったのであった。



「こちらネフティス、工場内へと侵入した」
メイは声色を変えて冗談っぽく言った。
そしてガンカメラで簡易マッピングを行い、コンテナを経由させて輸送機に転送する。
中には黄色く塗装の施された、ロボットタイプの工業機械が並んでいた。
それらは長年ジャマー環境に放置されていたと思えないほど綺麗な状態で、壊された様子も無い。
それどころかごく少数のものはまだ赤くランプが光っているようなほどである。
これはすごい。宝の山じゃないか。
ネフティスは心の中で感嘆する。これを回収できればどれだけ技術が進歩することやら。
「すごい……これは後で再探査しに来るべきだわ……」
きっと思っていることはネフティスと同じなのだろう、圧倒された様子でメイは言い、ガンカメラで撮影を始めた。

ネフティスは一度外に出て通信をする。
「こちらネフティス、かなり綺麗な旧時代の機械を見つけた。後で回収頼む」
声にはまだ冷め切っていない興奮が混じっていた。
するとすぐに輸送機からノーティスが返ってきた。
「了解、でも手ごろなのをいくらかは持って帰ってくれよ」
彼はすぐ、「そこらの石で良いか?」と冗談で返信し、返事を待たずに工場へと戻って行った。



やっぱりそんなにうまいことはいかないよな。
工場に入ることで、なんとか射撃をかわすことの出来たネフティスはそうつぶやいた。
接触回線で彼は吠える。
「どこで嗅ぎつけてきやがったんだ!」
そして牽制のため左腕のショットガンを一発放った。
「知らないわよ!ともかく交戦するしかないじゃない!」
メイはネフティスにあわせて吠え返し、機体の腕部に装備された4式マシンガンを数発撃つ。
そして正面から飛んでくる弾から逃れるために入り口脇まで移動し、二人は通信がつながらないかを数度試した。
しかし帰ってくるのはノイズばかりだ。
ジャマーの濃い地域であるとは聞いていたが、この距離で防術機間の通信すらできないとは……
これじゃ状況が何もわからんじゃないか。
ノイズの混じった声でメイは「通じた?」と聞く。この距離ですらノイズが混じるのだ、有線か光じゃなければ遠距離通信はできないだろうな。
「いいや、全く」そう言って彼は右腕のマシンガンを撃ち、どうにかして視界を切ってほしいと続けた。
「十分しか持たないけど良いわね?」
そう言ってメイは腕部内臓のスモークグレネードを発射し、背部の通信用ワイヤーをミグリオーレに撃ちこんで繋げた。
「ついでに信号弾撃っておくわ」有線に切り替わり、彼女の声がクリアになる。
それと同時に左腕から入り口に向けて信号弾が3発発射された。
色は順に赤、赤、緑。戦闘の発生を示すものだ。
それらはスモークを一瞬だけ各々の色に照らしてから、外へと飛んで消えて行った。
姉さん達に見えてるといいんだけど。そうメイはつぶやき、ライトをハイビームに変えて工作機械の陰に移動した。

スモークのおかげで光が入ってこなくなり、工場内部は黄昏時のように薄暗くなっていた。
内部を照らすのは二機の持つライトと、入り口から飛びこんでくる銃弾により入ってきた日光のみである。
飛びこんだら狙い撃ちされて撃破、かといって集団で飛びこんだら罠で一網打尽にされるかもしれない。
これでどっちも選べない膠着状況の完成、だろうな。
ネフティスは考える。
このままじゃどうせ燃料切れか弾切れかを待つだけだ。
あっちはどうせ補給部隊を持ってきてるんだろうし……それにその部隊まで加わられたら、最初っから無い勝ち目が完全に無くなる。
つまりこっちは短期決戦しかないのだ。それを相手はわかっているだろうしな……
この状況をすぐに打開するためだろう、ネフティス達の入ってきた方と反対側から射撃やブレードを照射する音が聞こえ始めた。
まずいな、あっちはもう一枚の扉が埋まっていたはずだ。
知ってるんだろうか?いや、今はそんな事どうでもいいか。
より面倒になった状況を思い、メイはネフティスに聞く。
「さて、どこから抜ける?」
その声には半分諦めが入っていた。
きっと同じことを考えた結果なんだろうな、よく分かる。
ネフティスは冗談めかし、同じように諦めを込めて言う。
「正面に突っ込むかな」
メイは同類へ苦笑いし「多分蜂の巣ね」と答え、「相手の強さによるけど」と続けた。
「じゃあやるか?」
「やりましょ。ブレードなり銃なり、それこそ装備はいっぱいあるしね」
彼女は背部冷却ユニットを展開して、通信機をノーティスモードに切り替えた。

「そっちに引き付けといてくれよ」
ネフティスは言い、スラスタを吹かして奥の壁へと移動した。
そしてすぐ、ミグリオーレの肩部ランチャーが前を向き、射出口から小さな球形のバルーンが展開された。
彼はそれに磁場がかかっているのを確認すると、内部にプラズマを充填し始める。
すると緑色のガスがバルーン内部に送り込まれ、青白い光球へと変化しながらバルーンを膨らませていった。
「プラズマランチャー?自爆兵器なんてよく積んできた物ね」
メイは半ばあきれて言う。
たしか選択肢としてミサイルランチャーもあったはずなのに、どうしてそんなもろいものを。
と言うかそれは大型兵器に積む物で、防術機に乗っける物じゃないはずよ。
メイは通信用のワイヤーがきちんと張るように張力を調整しつつ、そう考えていた。
新型だからテストしたいのは分かるけどね。
そしてちらりとリカリケアの脚部を見た。
すると「ミサイルは調整が長引くから後で、って言われたんだ。文句はおやっさんに言ってくれ」とネフティスがノーティスを返してきた。
「まあいいわ。威力だけは折り紙付きだしね」とすぐにメイは返し、機体をネフティスと反対側……入り口から見て右の壁に寄せる。
「囮してあげるから、さっさと充填終わらせなさいよ」
そう続けてキャラパス・ユニットをショットガンモードに切り替え、入り口に向けて二度撃つ。
これで射線はこっちを向いてくれるはず。後はネフティスのほうに向けないように注意を引いておけば良いでしょうね。
来るだろう弾丸をかわすため、彼女は壁を蹴って天井近くまで跳ばせ、滞空しながらスラスタで機体を少し右に移動させる。
それから一拍遅れて、弾丸の雨が彼女のいたところを襲い、それなりの強度を持っているらしい内壁にぶち当たって落ちた。
メイは射線の向きを変えるため、弾丸の飛んで来た方に向けて二発撃つ。
すると、先と同じように弾が帰って来る。今度は数発装甲に命中し、それなりに深い穴を穿った。
結構威力はあるのね。これじゃ五分後まで行けるかも怪しいわ。
メイはブレードを弾の来る方にかざし、機体を地面に寝転がらせる。
そして芋虫のように横に転がって射線から逃れた。

使い切ったマガジンがサブアームによって排出され、別のマガジンが再装填される。
だからショットガンは嫌いなのよね。ネフティスは使いやすいって言うけど私には理解できないわ。
メイはバレルが焼けていないかを確認し、機体を左に数歩移動させマシンガンモードに戻して十発撃った。



リカリケアのマガジンが半分ほどなくなった頃、斥候として送り込まれたらしいニ機の防術機が中へと跳びこんできた。
それに関して二人は驚かなかった。
いつか突入してくるのは、ずっと前からある程度覚悟していた事だから。
しかし飛びこんできた機体を見て、二人は幾分か驚いた。
こんな物がどうしてこの環境下で動いていられるんだ、と。
なぜならば、それら二機はどう見てもスクラップ同然の物であり、このジャマー下でいつ崩れ落ちてもおかしくないような物であったからだ。

それらはブラスタをベースとしており、ジャンクから拾ってきたと思しき手足が、『突き刺さっている』というべき取り付け方がされている。
耐ジャマー能力もコア一機では不充分なのだろう、同じくジャンクヤードにあったらしい弾丸の突き刺さった物が肩に追加で乗っけられていた。
各部の装甲は明らかに純正品ではないだろう鉄板で、そのひとつには塗料で塗りつぶした跡と、菱形に弓をあしらったエンブレムが載っている。
それはこのオンボロが、傭兵斡旋組合『Ar&Dogs』の物であることを示していた。

「『タギー・ドッグ』……」エンブレムを見たネフティスはいまいましげにつぶやいた。
それも当然だろう。傭兵の間でも最悪の職場だと言われ、使う側からもここにだけは依頼したくないと言われるほど『タギー・ドッグ』にはいい話がない。
安いのは少年兵に改造手術をして死ぬまで無給で使っているからだとか、闇ルートに流れている旧世代遺産は大体ここが盗んできた物だ、というのはよく流れてくる噂話だ……そしてそれはおおむね真実である。

ブラスタ達は中を一瞥するとすぐに、動きを見せないミグリオーレの元に飛び出した。
メイはそれに対応すべくブラスタを射撃する。
すると一機がもう一機をかばうかのように射線に飛びこみ、そのまま銃弾を受けて機能停止した。
それと同時にメイのコクピットに弾切れのサインが点灯する。
「こんなときに!」メイはエネルギーブレードを展開し、機能停止したブラスタを飛び越える。
しかしそれにブラスタは見向きもせず、ミグリオーレに向けて全速力で進んでいる。
不味い、これじゃ追いつけてもネフティスが危ない!
メイは機体スラスタで下方向に機体を押さえつけ、脚部に出力を集中させる。
そして深く機体を沈め着地し、斜め60度ほど機体を傾けて跳躍した。
あまりの加速度に肺から息が漏れ、一瞬視界ブラックアウトする。
そしてその速度をできるだけ殺さぬように着地し、もう一度同じように跳ぶ。
コクピットのG計は一瞬だけ9Gを示し、2Gまで戻るとすぐにまた9Gを表示した。
10m、7m、5m……ブラスタとの距離がだんだんと縮まっていく。
そしてそれが3mにまでなったとき、ブラスタは後ろを向いて何かを投擲した。
その一瞬後、工場内部に閃光が広がる。急な閃光にカメラがセーフモードに切り替わり、リカリケアは着地を失敗して地面に転がった。

その隙にブラスタはミグリオーレとの距離を詰める。
そして3mほどのところに来たところで、威嚇の為にミグリオーレの少し上を向けて二発撃った。
不味いな、迂闊に撃ったらバルーンをやられて御陀仏がオチだ。
ここはもうやってやるしかなさそうだ。
「しかたねえ、ぶち抜くぞ!」
そう言ってネフティスはバルーンを切り離し、接触信管モードで壁に向けて移動させた
それと同時に全速力でバルーンから飛びのき、いまだ機体を起こせていないメイの方に向かう。
だがそれに何か不味い物を感じたのだろう、ブラスタは右腕の機銃でバルーンを撃ちぬいた。
バルーンは内部のプラズマに振れて消滅し、爆発的な速度で周囲に拡散し始める。
余波として強力な熱風が工場内部を襲い、耐えきれなかった工作機械が崩れ落ち壊れていった。
すぐにネフティスは冷却材を機体各部から噴出させ、高熱から機体をガードする。
メイの方もオートで冷却システムが起動し、熱による損壊をかろうじて免れた。
しかしジャンクゆえ不充分な物しか持っていなかったブラスタは、高熱に負け機能停止。
再起動されないようにとネフティスにコアをぶち抜かれ、そのまま大破した。



「動けるか?」ネフティスはリカリケアに通信を送る。
「平気よ。それよりさっさと脱出しなきゃね」メイは大丈夫だと言う様子で答えた。
あんな速度ですっ転んだのによくそう言えるもんだ。
ネフティスは「あまり無理はするなよ」と答え、先の熱でもろくなっていた外壁を指して言った。
「あそこから脱出する。熱でもろくなってるから、蹴っ飛ばせば容易に通れるだろうしな」
メイは機体を立ち上がらせ、機能チェックをしてから言う。
「了解……でもちょっと待って」
「どうした?」
リカリケアがこつこつとマニピュレータで頭部を叩く。
その手つきは危うく、どこかに不備があることをネフティスに理解させた。
メイは言う。「メインカメラ前のシャッターが壊れて開かないのよ。面倒だから開けっぱにしとくわ」
そして、ゆっくりとマニピュレータを動かしてシャッターをつかむと、上に向けて捻って開けたままの状態にした。
「うん、見える見える。じゃあ行きましょうか」



レオナルドは工場の入り口から飛び出してきた光を見てすぐ、ヴィダーレ達に『緊急』の文字列を送信した。
そして数秒送れて聞こえてきた銃声から、中の二人が何物かに狙われていることを察する。
どこかの傭兵集団だろうな。俺達がこんな辺鄙な場所に探査しに来たのを見て、よっぽどの物があるとでも考えたんだろう。
レオナルドは機体の腕だけを展開させ、軽く上空から支援射撃を行う。
この高度からじゃろくな精度は期待できないだろうが、それでもいくらかはましになるだろう。
あわよくば相手を撤退させられるかもな、はは。
しかし彼の思考とは裏腹に、地上の防術機はレオナルドに目もくれず、集中砲火の体勢を崩さない。
彼が一機に集中して射撃をしても、その機体の腕が壊れても、その機体が大破して機能停止しても、撃ち返してくるのは狙われている一機だけである。
高空を飛んでる相手を撃たないのは防術機同士の戦闘でのセオリーだが、それにしては行きすぎている。仲間が惜しくないのか?
それともでっかい組織ぐるみで、下っ端には命令に逆らえないって言うやつか?
「どっちにしろ、こいつは相手が相手らしいな」彼は毒づき、より詳細なデータを入手するために高度を落とした。
「敵襲だヴィダーレ!」信号弾から理解しているだろうが、レオナルドはマイクに叫ぶ。
ヴィダーレはすぐに「救助を頼む」とノーティスを返し、邪魔なユニットはパージして構わないと続けた。
頭の硬いあいつにしては珍しいな、そんなに状況が不味いのか?
ま、戦場に行けるなら俺は別に良いけどな。
待ってましたといわんばかりに、レオナルドはレーダーユニットをパージする。
この高度なら、機密処理などしなくても落下で壊れてくれるだろうが、念の為彼は腕の機銃でユニットを撃ちぬいた。
そしてすぐ、機体を人型に変形させる。
瞬間的な変形により彼の肺から空気が吐き出され、数瞬の間彼は顔を歪めた。
だから高機動は嫌いなんだ。設定で衝撃は抑えられても、体が受けつけんからな。
彼はそう吐き捨ててから、地面に向けスラスターを全開にした。
気流に乗る気など端から無い、最大速度での落下である。
レオナルドは一部感覚を遮断し、無重量状態に耐える。
コクピット内部の括られていない小物が宙を舞い、彼の顔を叩いてはどこかへ流れていった。

そして1200mほど降下した頃、機体を縦に半回転させ、彼はスラスタを全開した。
速度計の表示が、時速300Kmからだんだん遅くなってゆく。
250、200、150、100……そしてちょうど0となったとき、彼の機体は地面へと優雅に着地したのであった。

土煙が上がり、それに粘りついていた何かがきらきらと光を反射する。
それと同時に通信に混ざり始めたノイズから、彼はそれがジャマーだと判断した。
そして反射しているのが、敵のロック用レーザーであることも。
この濃度、関節部の多いこいつにはちと厳しいか。
それにコックピットをさらすのは自殺と道義。もう変形するべきではないだろう。
レオナルドは思考をめぐらし、周囲の状況について一通り考えると、腕部武装の残弾を確かめた。
上から見た限りだと、敵の数は30。それに対し、こっちはたった4……言うまでも無く逃げるのがベストだろうな。
とすると……彼は警戒のため周囲を見回し、それからコンテナの方をちらと見た。
あの二人は上昇用ブースターの搭載されているコンテナに向かうはずだ。
そう彼が考えたとき、一発の銃弾が機体の右1mを通って行った。
30秒、割と動きが早いな。機動型なのか?
それと同時に改造されたリロードが姿を見せ、信号弾を2発射出する。
赤い色のそれは『敵はここだ』と言う情報を示し、それに引き寄せられて二個小隊分の防術機が彼の前に現れた。
こんなところにどれだけ戦力を集めてるんだよ。馬鹿じゃねえのか。
全く、ヴィダーレも無茶させてくれるぜ。
彼はそう吐き捨て、すぐに機体を壁に隠した。



「行っちゃいましたね」アリスは通信を切ったクロウノッテを見て言った。
「ああ」
ヴィダーレはため息をつき、「方向真逆だったんだけどなぁ」と続けて、もう一度ため息をついた。
「いつもあいつこうなんだよなぁ。人の話聞かずに飛んでって、結局自分が泣く羽目になって帰ってくる」
「そうなんですか?」
個人的な興味からアリスは聞いた。するとヴィダーレは目を手で覆い、思い出したくないと言った様子で言った。
「ああ。結構前にはそれで自分以外全滅とかやらかしてる」
その声には悲壮さがこもっていた。
「しかも三回くらい」
はっはっは、というヴィダーレの乾いた笑いがブリッジに響いた。
「全滅、全滅……もしかしてそれは」とまで言った所で、彼女は言葉を切った。
この話はここで止めておいたほうが、ヴィダーレさんの精神衛生上良いのでしょうね。
じゃないと何かがバラバラに砕けちゃいそうですし。
そう思ったアリスは「お疲れ様です」とだけ言って、敵位置の精査を始めた。



「いくぞ」ネフティスは小さく決断的に言い、機体を全速力で前に進めた。
そしてもろくなった壁をメイが蹴飛ばして壊し、そのまま工場内から脱出する。
すると音から察したのだろう、数機の防術機が二人の側に回ってきた。
そして土煙から出たとたんに銃撃が二人の方を向き、弾丸が少しずつ装甲を穿っていった。
二人は急いで建物の影に逃げ込み、射線を切る。
「予想以上の数ね。こりゃ逃げるしかないわ」
復活した通信により送られてきた情報を見て、メイは言った。
「輸送機込みで30対4……まずはレオナルドと合流を急ぐか」
了解、とのメイの返事を待たずに、6機の防術機が前後から挟撃のため飛びこんでくる。
メイはリカリケアの強力な脚力を、ネフティスはミグリオーレの圧倒的な推進力を用い、ショットガンを撃ちつつ空中機動に移った。
そうはさせるかと後ろの三機が射撃を始め、リカリケアの左足と右腕に数発の銃弾が命中し装甲を一枚もぎ取っていく。
「面倒だから寝てて頂戴!」
メイはスタングレネードを3機めがけて撃ちこむ。
周囲に閃光が走り、それからすぐ後ろの3機が動きを止める。
おそらくカメラが機能停止し、動くに動けなくなったんだろうな。
ネフティスはすぐ前に向き直り、そのまま逃げようとスラスタを吹かす。
しかし盾に隠れることにより閃光から逃れていた前方の3機は、二人に向け射撃を始める。
ネフティスはライフルを数発盾に打ち込んでみる。
弾丸はカン、という軽い音を立てて兆弾し、特に大きな傷を与えることもなく飛んでいってしまった。
恐らく輸送機などの対ナノマシン弾頭装甲か?
しかもあの硬さを見るに、強襲用の機体から引っぺがしてきたものらしい。
それに穿たれたガンポートから、盾持ち以外の2機は射撃を続ける。
空中にいる二人は機体を上下左右に移動させ、どうにか回避しようと試みるが根負けし、さっき行動不能にした防術機の後ろに移動し着地。
そしてすぐコアを撃ちぬき、即席の盾としたのであった。

「いきなり邪魔なやつが出てきやがったな」
ネフティスは盾にむかって十発撃ちこむ。
しかし弾丸は軽い音を立てて兆弾し、地面や外壁に穴を穿つだけであった。
お返しといわんばかりに弾丸が飛んできて、盾としていたジャンク機の装甲がどこかへと吹っ飛んでいった。
このまま足止めを食らうのもまずいな。何時相手の増援が来るかもわからんし。
そう思ったネフティスは、「面倒だから蹴っ飛ばしてくれ!」とメイに言い、ガンポート周辺を狙って射撃した。
ライフル弾が向かって右側のバレルに4発、左側に1発命中し、右のものがまともに撃てないほどに変形する。
それを受け、敵は慌てて盾役と射撃手を入れ替えにかかった。
「了解!」
メイは装甲が一部脱落した左足を後ろにし、ガンポートの死角となった盾の左側を前進する。
工場の壁を蹴り、スラスタを全開し、同じくガンポートの死角となる上方から後ろに回りこむ。
そして反転し、盾持ちに全速力の蹴りをお見舞いした。
防術機を六メートル飛びあがらせる脚力は簡単に胴体を潰し、中の人間ごと機体をスクラップへと変貌させる。
それだけでは飽き足らず、盾までも衝撃で飛ばし、反動でリカリケアを空中へといざなった。
メイはそれを生かし、三次元機動をしながらショットガンを連射する。
そしてネフティスはすぐにメイの元へと向かい、仕上げとばかりにコアに一発ずつ接射した。


「スクラップメタルの寄せ集めとはいえ、意外ともろいな。だからあんな盾持ってるんだろうが」
ネフティスははがした装甲板を盾のように持ち、感触を確かめてから言った。
防術機の装甲に用いられるアルミ合金は数発の弾丸で撃ちぬかれるほどの強度しかないのだが、今彼が持っている板はそれの数倍弱いのであった。
下手をすれば散弾でも撃ちぬかれかねないそれを彼は投げ捨て、コンテナのほうに向き直って移動を始める。
数の上では圧倒的に不利だが、これならば逆転の目はあるかもしれない。
コンテナまで5900mと言えば長いようだが、時間にすればたった一分ほどの距離しかないのだ。
逃げ切るのは容易……たとえ途中で襲われても、集中砲火さえされなければ撃破はされるまい。
ネフティスはいくらか安堵し、一度大きく息を吐いた。
さて、さっさと逃げるとしましょうかねぇ。
そう思い、切れていた通信回線を開きなおす。
今度はすぐにpingが帰り、早速二人はレオナルドとの回線を開いた。
「畜生畜生畜生!」
それと同時に、銃声にまみれたレオナルドの悪態が飛んでくる。
二人はいくらか驚き、何があったのかと彼に聞いた。
レオナルドは答える間も無いと言った様子で『数が多すぎる、減らしてくれ』とのノーティスを返し、地図データを添付させて送ってきた。
すぐに二人はデータを確認する。二人の出てきた方向と反対の方に、赤い点が8と青い点が1。
恐らく救援に来たは良いが、突っ込みすぎて敵に囲まれ絶体絶命。そのまま泥沼状態になったといったところだろう。
アイツは何時もこんな調子なんだからなぁ……メイはそう考えた後、『向かうからこっちきて』とノーティスを返し、自分たちの位置をポイントして地図データを送信した。
そして返事を待たず、来た方向と逆向きに加速する。
一対八とは無茶をしたもんだな……しかもそれで、よく今まで持っている物だ。
バカだのなんだの言われているが、腕だけは確かだといわれている理由がよくわかったよ。
ネフティスは半ばあきれながら、後でちょっとは良い思いさせてやろうと誓った。



「後500!」メイはスラスタ炎の描いた曲線を見て言った。
それは規則性など全く見えないランダムなもので、ジャックナイフターンやクルビットなどの機動が複雑に絡み合った物であった。
戦闘機の機動を防術機でやるとは……。
ネフティスはそうつぶやく。
防術機は300mほどしか上昇できず、それ以上は気圧などの関係で推力が著しく低下する。
だから高空を飛ぶものは翼などで揚力を稼ぎどうにか飛行しているのが基本。
そのため、今レオナルドが取っている機動は本来、特化型でも厳しいであろう機動なのだ。
「変形したほうが良いよね」メイがあきれて言う。
「開口一番がそれか!どうでも良いからさっさと逃げるぞ!」レオナルドはそうノーティスをよこし、一直線にネフティス達の方向に機体を飛ばした。
そうはさせんといわんばかりに、彼を狙っていた銃口が二人の方を向く。
そして弾丸が三人へと襲いかかった。
二人はすぐに建造物の陰に逃れ、レオナルドに当てないように注意しつつ射撃をする。
「さっさと来い!じゃないとこっちまでやられるから!」
レオナルドが邪魔で相手に弾を届けられなかった苛立ちから、メイが叫ぶ。
「言われんでもやっとるわい!」
彼がそういった次の瞬間、クロウノッテの翼に数発の弾丸がかすめ、動翼を一枚もぎ取っていった。
このままランチャーを撃ちぬかれてはまずいな。
レオナルドは背部ユニットのハッチを開け、中に装填されていたスタングレネードと信号弾一式を投棄した。
その数秒後に弾丸がランチャーユニットを直撃し、スクラップへと変貌させてしまった。

「畜生!やっぱもろいなこいつは!」その悪態と共に、左のガンポッドと右の脛を破壊された機体が二人の前になんとか着地した。
メイが「まだ行けそうじゃない。乗って帰ろうよ」と無慈悲に言う。
無茶を言ってやるなとネフティスは返答し、レオナルドにどのくらいなら持つかと聞いた。
「変形もできるし飛べる。収容されるまでならフルで使えそうだ」と彼は返し、片足だけで立ち上がる。
「OK、じゃあさっさとコンテナまで行っちまうか」そうネフティスは言って、ヴィダーレにコンテナの準備をして置くように言うと、「大丈夫、用意はもうとっくにできてます」とアリスが通信でもわかるくらい胸を張って答えた。
そして「燃料もたっぷりありますし、余裕をもってくださいな」と続けた。
「了解」メイはネフティスに割り込むように言い、「じゃ、さっさと行きましょう」と言って、クロウノッテの肩を持ってスラスタを吹かした。



「コンテナまで7キロか……」レオナルドは後ろに残してきた敵を見て言った。
速度でも硬さでもあっちが劣るとはいえ、先回りされていないことを祈るしかない。
じゃ無きゃ囲んで撃たれて蜂の巣だ。
さっきあいつらは六機まとめてやったらしいが、きっともう対策されているし、今度その数で来られたら勝てない。
わかってはいたが、本当に厳しいものだ。
ときどきリカリケアを伝わってくる衝撃を感じながら、レオナルドは考える。
ネフティスのやつは損傷こそ少ないが、弾薬は結構減っているはずだ。
逆にこの小娘も俺と同じように、損傷が厳しくなっている。なんとか動いているが、フレームは剥き出しだわ武装は焼けてるわで当たったら即死だろうな。
そして俺は……武器と足が片っ方ずつと、結構な部分の装甲が無い。整備しどもが見たら、この状態で変形や機動性に影響が無かったのがラッキーだと言うだろうな。
レオナルドはため息を吐き、レーダーを捨ててくるんじゃなかったと口の中に吐き捨てた。




「太陽灯より」

明けることの無い夜の闇が、三十年前に廃棄された都市ジェートを包んでいた。
天を覆う作り物の空はすでに機能を失い、どうにか生きている街灯だけが、残された人々を照らしている。
時折街の大型モニターがノイズまみれの映像を流すが、人々は気にもとめず、歩いてゆく。
人々は気づかない。捨てられたことにも、置いて行かれたことにも。
そうしてこのまま、前と同じライフサイクルを延々と回し続けるのだろう。
そんな闇の中で、一人の男が大通りから路地へと歩んでいく。
それから数十秒の後、この都市に似つかわしくない一筋の端末の光が、大通りから路地へと消えていった。

『ターゲット視認。これより追跡に移る』
ジョン・ブラウンはコネクタを介して一瞬でノーティスを発した。
『確認した。可能ならば始末せよ』すぐに返事が返ってくる。
可能ならば、か。依頼人も慎重だな。
ジョンは文面を見て、少し考える。
かなり腕の立つ相手らしいが、そうは思えんね。
あんなに簡単に発信機を、しかも気づかずに3日間も持ち歩いてくれる奴だ。
こんな楽な相手、ほかの誰にも渡す気はない。
口元を少しだけほころばせ、ジョンはインプラントしたカメラで周囲を確認した。
周りはバーや会員制のクラブ、廃ビルが並んでいる。
その壁には例外なく退廃的な落書きが描かれ、一つ残らず生きていない監視カメラがそれを虚ろに眺めていた。
ジョンは耳を澄ませる。
しかしあるのは二人の衣擦れと足音だけだった。
特に人もいないようだ。これなら………
ジョンがそう思うと、男はポケットからメモらしき物を取り出し、周囲を見回し始めた。
また道に迷ったか。本当にこいつはよく迷う奴だ。
三日で四十回はもういい加減にしろとしか言いようが無い。
なんど離れて信号を頼りに見つけなおしたか……全く。
ジョンは表に出さぬように注意しながら呆れる。
まあいい、だったらまた離れれば良い話だ。
それに今回はメモがある。
そいつの中身を改めれば後で楽に事を運べるだろうしな。
そう考えジョンは男の隣を通り過ぎていく。
そしてすれ違いざまにカメラでメモの内容を撮影し確認した。
なになに………三叉路を右に行き、道なりに行って左、か。
字は前に見たときとは違う……誰かに書いてもらったのだろうか?
まあいい。この後の三叉路でまた後ろにいけるとわかっただけでも僥倖だからな。
そう思い、ジョンはそのまままっすぐに進んでいった。

それからしばらく後、ジョンは足音を立てぬように男を追っていた。
彼の懐にはサプレッサー付きのオートが、体の各部には予備が数丁しまわれていた。
男は手元のメモを確かめながらT字路を左に曲がり、いらなくなったメモをその場で握りつぶしてゴミ箱に投げ込んだ。
この先は一本道で、目的地はその奥。
周囲の建物から見るに、行き先はバーかパブだろう。
なら移動もそこまでしないはずだ。
手元の爆弾を仕掛けて終わりで良いな。
そう考え、ジョンはゆっくりと角を曲がった。

そして奥の道を見ると、そこには誰もいなかった。
まさか!ジョンは後ろを振り返る。
しかしそちらにも誰も居ない。
動いているものは、風に吹かれ倒れた空き缶だけだった。
ジョンは発信機の信号を追うため、端末へ意識を向ける。
すぐにワイヤーフレームで描かれた旧都市の全景が彼の脳に飛び込んで来た。
しかしどこを見ても、あるべき赤い点はない。
代わりに『SignalLost』の文字があざ笑うかのように浮かんでいるばかりだ。
畜生!彼は毒づき、インプラントしたカメラで周囲を確認する。
やはりさっきと同じ風景だけが彼の第三の目に映っていた。

特に周囲に動きは無い……ということは、建物の中に入ったのか?
いや、それは無いな。気づいてるのならそんな真似はしないはず。
追っ手を自分の視界からはずすなんて、俺だったら絶対にしない。
ということは……そう彼が考えたところで、彼のこめかみに冷たく硬いものが突きつけられる。
そして、「死にたくなけりゃ手ぇ上げてもらおうか」とネイト・朝野川が冷たく言い放った。

ジョンは手を上げながら、「何時気づいた?」と聞く。
「路地に入る前くらいだ。」
そう言ってから彼は左手でジョンの端末を抜き取り、「こんなもん持ってる奴は、ここじゃろくに居ないからな」と言って、地面に落とし踏み潰した。
「さあ、どこから来たのかを明かしてもらおうか」ネイトは続ける。
彼の真っ黒な目には、生きるためならば何でもするといった覚悟があった。
それはつまり、ジョンが立ち去るか死ぬかを意味するのだが。

「仮に教えなかったとすればどうなるんだ?」回答のわかっている質問を、彼は放った。
教えなければここで始末するんだろう?
俺だってそうしてきたんだし、良くわかっているさ。
「ここで始末する」
そうネイトはジョンの思ったとおりに答え、「さあ吐け」とだけ付け加えた。
そしてこめかみに銃をきつく突きつける。
「良いだろう、答えてやる。じつ」

そして路地に二回銃声が響いた。
カツンと音を立ててスリーブガンが転がり落ち、次いでジョンがくずおれる。
「返事は弾丸で、てのにはもう飽きてるんでね。次は言葉で返してくれ」
そしてネイトは二丁の銃を拾い上げ、路地奥のバーに姿を消した。



「メカニック紹介」

No.1 ミグリオーレ
開発 NFA
搭乗者 ネフティス
次世代コンペに出された3機のハイブリッドタイプの一機。この機体は革新的技術を大量に用いており、それらによる高い精度での射撃を主体にして戦うための機体である。
フレームは新型の炭素繊維製で強度に優れたもの。
装甲は複合装甲を強化プラスチックで覆った物で、これにはメンテナンス性の向上させる狙いがあったようだ。
また各部に計16のハードポイントを持ち、それらのうち肩部装備は二種類が実際に戦場で試験された。
コアはBB粒子式で、粒子制御用のアンテナがウイングのように背部から飛び出している。また粒子に高いエネルギーをかけ粒子装甲とすることも出来るが、出力不足から防術機モードでの運用は不可能となっていた。
メイン出力機間はFG燃料を使用する反応機関であり、従来機と比べ非常に高い出力を誇る。しかしそれでも粒子装甲には足りなかったようだ。

No.2 リカリケア
開発 NFA
搭乗者 メイもしくはアリス
次世代コンペに出された3機のハイブリッドタイプの一機。この機体は従来機との高い部品共有度を保ちつつ強力な機体を、とのコンセプトで開発された。
フレームは従来と同様の27式にCF用の四肢フレームを搭載し、高い加重への耐久を誇る。
機体各部の複合装甲は薄く硬い戦車用の物をバイタルパートに据え、残りはほぼCF用のもの。また生産性を高めるため、内部の装甲セルは全て同規格である。
装備は腕部に固定装備されたキャラパス・ユニット。これはモード切り替えにより散弾砲やマシンガンとしても使える複合装備で、劇中ではそれら以外にも信号弾、スモーク、ブレードなどが使用された。
また脚部、腕部にハードポイントを備え、スラスタユニット、レーダーユニット、パラシュートユニットなどが使用可能である。
コアはミグリオーレと同様にBB粒子式。またメイン出力機関も同様であった。

No.3 クロウノッテ
開発 NFA
搭乗者 レオナルド
次世代コンペに出された3機のハイブリッドタイプの一機。この機体は可変機構を搭載し、機動性、偵察能力、データリンク能力に重点を置いて開発された。
フレームは独自のものでありながら、脚部を旧来機と互換性を持たせている。そのためヴァランガのものを搭載して戦闘することも見られた。またその特徴である可変機構により、前進翼タイプの戦闘機状に変形可能である。
各部装甲は当然ながら薄いが、バイタルパートは出来るだけ守ろうと努力はしている。その一例が人型形態で展開されるサイドプレートや機首の折れ曲がりであった。
装備は腕部固定の機銃二機と脚部ブレード。そのうち機銃は信頼性が高く、腕部ごと破損した以外は使用不能にはならなかったほどだ。
また偵察機として運用されるのも見越していたため、航空機形態では大型のレドームを追加できた。
コアは前の二機と同様。機関は小型化されているが、出力は維持されていた。

No.4 グリード
開発 SEITA
搭乗者 ネイト・朝野川 他多数
SEITA開発の第二世代防術機。SEITAの機体によく見られる頭部と胴体の結合と、脚部ブースター。そして三角形の肩アーマーが特徴的な機体。リロードの強化改修機として設計されたため、リロードと似た部分を多く持つ。それにより原型機の高い汎用性も持ち合わせていた。
第二世代ゆえ後退が出来ないという欠点を抱えているが、それを補えるほど火力が高く、第四世代の一部に追従できるほどの高速性を持つ傑作機である。
フレームはSEITA製の第二世代フレーム。コクピットを内蔵した胴体には頭部が無く、かわりにスライドレールで可動するモノアイで周囲の情報を得る仕組みだ。それにより機体自体の強度は高いが、上部に搭乗用のハッチが存在するため、被弾によってパイロットが投げ出されることもある。
装甲は第二世代用のアルミ装甲板とセラミック複合装甲セル。可動を妨げないデザインであり、大体のフレーム部分を覆っているため防御力も高い。
装備は右腕部のマシンガン。マガジンは100発と50発の物が選択可能であり、ネイトは50発の物を使用していた。
コアは電磁式。出力は低いがその分各部をきちんと覆う設計の物であり、信頼性は高かった。主機はバッテリー。出力と稼動時間に優れ、後の第四世代機にも同じ物が採用されていた。

No.5 ライダー
開発 旧国家「アイオリス」
搭乗者 NFA領内の全居住者
正式名、「R2-A多目的飛行ユニット」。旧国家によって開発された、全長は5キロを超える化け物である。内部には最大4000万人をストレス無く収容可能。最大9000万人までは押し込む事が出来た。
もともとは戦争の災禍を避けるため公海上で長期間滞空できる避難所として設計されたが、エルフの投入を受けて使用目的を変更。それによってライダーは半閉鎖式のバイオスフィアと化した。
各部には多数の小型艇を収納し、海水を採取するユニットとなってFG燃料やさまざまな重金属を精製するのに貢献している。
また装甲はエルフのエネルギー弾頭を耐えるほどに強固で、かつ軽く出来ていた。
装備は機関砲多数。
コアは超大型のBB粒子式で、粒子装甲を兼ねる。主機は旧時代技術を使用したモノポールエンジンで、性質上エネルギー切れはほとんど無い。

No.6 リロード・ゴースト
開発 謎
搭乗者 菖蒲の傭兵
リロードを改造した機体。外見はほとんど別物と言えるほどに変貌し、人型だったリロードのフォルムはもう残っていない。その姿はもう、どうにか人の面影を残しているだけの獣と言って良いだろう。
フレームは原型機のものを胴体部のみ使用。残りは新造された強力な出力を持つものに変更されている。それによってスラスタなしで第四世代機に迫る高機動性を獲得し、重量のある超大型メイスを使用可能にしていた。
また装甲も複合装甲に強化されており、限定的ながら粒子装甲を纏っていた。
装備は超大型メイスと60mmブラスター。どちらも数発で防術機を撃破できる強力な兵装である。
コアは電磁式。主機はバッテリーだった。しかしどちらも複数搭載と改造により、圧倒的に増えた出力と必要なジャマー防護面積を補っている。

No.7 リロード
開発 SEITA
搭乗者 多数
防術機といえばこの機体といえるほどに有名な機体。それは高い信頼性と拡張性によって長く運用されている事、世界初の第二世代機であること、SEITAがこの機体をマスコットや英雄などとしてアピールしている事から来ている。
また機体各部に追加装備を設置しやすい形状となっているため、改修が容易。そのため多岐にわたる強化改修タイプが存在する。改修型としては『リロード・ゴースト』や『グリード』、『RE:LOAD』や『ライトニング』が有名。
フレームはSEITA特有の頭部無しタイプ。だがモノアイ可動レールによって広い視野を持つ上、カメラの精度も良いため頭部無しというのはハンデとならない。コクピットユニットも兼ねるため、胴体の強度は非常に高く、リロード・ゴーストなどの改造機でも胴体ユニットはそのまま残される事が多いことからもそれが伺える。脚部、腕部は特に言う事のない通常の物だが信頼性は高く、装甲のほとんどを破損するような状態でもまだ動いていたほどだ。
装甲は第二世代用のアルミ装甲板とセラミック複合装甲セル。可動を妨げないデザインであり、大体のフレーム部分を覆っているため防御力も高い。
装備は右腕部のマシンガン。グリードと同様にマガジンが二種選べる物であった。
コアは電磁式。出力は低いがその分各部をきちんと覆う設計の物であり、信頼性は高かった。主機はバッテリー。出力と稼動時間に優れ、後の第四世代機にも同じ物が採用されていた。

No.8 ライドガンナー
開発 Frost Arms
搭乗者 多数
FA製作の砲撃支援タイプの防術機。形状から察せる通り、腕部のかわりに大型の火砲を搭載する。
フレームはFA製作の人型。前述の火砲を搭載するためにショックアブソーバーや固定用アンカーを搭載しており、高い精度での連射を可能としている。大重量のため脚部は安定性を優先した物となっており、動き始めるまでは重いものの動けばそれなりの速度を出せるものだったようだ。
装甲は複合装甲。改修によって爆発反応装甲を搭載でき、元来の厚い装甲と合わせると防術機の域を外れた防御性能を誇る。これはもともと前線で被弾しつつの運用も考慮されて設計されたため。
武装は40ミリ滑腔砲。さまざまな弾薬を運用可能で、エルフやGAIDAを一撃で屠る威力を誇る。しかし爆炎もすさまじいため、支援を担当する場合は爆炎を抑えた支援用のものを使用する。
コアは電磁式。出力には余裕があるため対ジャマー半径を広げた物で、主機をオーバーロードさせることによってもうニ機ほど対ジャマー半径内に防術機を収める事が出来る。主機はバッテリー。砲の稼動の為に高出力タイプとなっており、稼動時間は他機にいくらか劣る。

No.9 FAS
開発 UNKeep
飛行タイプと言えばこれと言うほど有名な飛行型防術機。簡易的な可変機構を持ち、地上と空中とでそれぞれに合った形態を取ることが出来る。
フレームは特殊な物で、コクピットユニットに上下方向にのみ照準できる砲とコア、そして脚部ユニットを搭載するという構成になっていた。これは防術機が生まれて間も無い頃に開発されたため、飛行するためには余分な物を出来るだけ切り捨てる必要があったからであった。しかし量産タイプとなった時に変形機能は廃され、脚部はスラスタユニットに変更されていた。
装甲はアルミ合金製のプレートと装甲セル。飛行機能の為に整流された上半身と対照的に、脚部にはほとんど装甲が施されていなかったため、被弾によってはすぐ使用不能となった。
武装は両部のマシンガン。上下方向のみの照準機能しか持たないが、その分軽量かつ信頼性のある物となっている。
コアは電磁式。しかし出力不足ゆえ、脚部にも歩行時のための簡易式コアを持つ。主機はバッテリー。軽量で稼動時間に優れる物を選択し、支援機として十分な性能を有した。

No.10 ヴェンティセッテ
開発 NFA
搭乗者 謎
NFAで初めて開発された防術機。防術機用フレームの試験機で、最終的に七機が生産された。ノウハウの無い状態での開発であったため、所々にフレイアとの共通項が見られる。しかし1、3、4号機は死神部隊との戦闘によって大破し廃棄。2号機は『烏の夜』事件で何物かに奪取された新型機の追撃のため使用され、主機をオーバーロードした状態で運用された後、パイロットを脱出させて自爆した。そのため急遽予備パーツから組み上げられた5、6、7号機でテストが行われ、そのデータよりヴェントットが開発された。
装甲は装甲セルと強化プラスチックのカバープレート。可動を妨げぬように配置されているため、カバープレートをはずすとフレームのほとんどが剥き出しであった。
武装は右腕部のマシンガンと左腕のブレード。右腕は武器腕となっいたため、バックパックのサブアームを用いてリロードを行っていた。
コアは試験用のBB粒子と電磁式のハイブリッドタイプ。大まかな設定で扱える電磁式をメインとしてBB粒子式のテストに用いられ、技術確立の後にBB粒子式単体運用に改められた。主機はFG燃料リアクター。初期は大型の物を搭載していたが後に小型化したものに変更された。

No.11 グレイブ
開発 傭兵組織
搭乗者 死神部隊
死神部隊のため製造された珍しい機体。四機それぞれが特殊な装備を持ち、連携によって比類無き強さを発揮した。
装甲は全機共通装甲セルとアルミ合金製プレート。3号機のみそれに加えてパージ可能な積層装甲を持つ。
武装はそれぞれ違い、1号機は中距離用のライフルと支援用のグレネードランチャー。2号機は近接用のブレードとハンドガン。3号機は突撃用のソードオフショットガン。4号機は中遠距離仕様のマークスマンライフルとなっていた。またバックパックに1号機は大型の通信装備とドローンを、2号機はX字状の可動式スラスターを、3号機はプロペラントタンクと簡易粒子装甲生成機を、4号機はレンジファインダーとブレード搭載のサブアームをそれぞれ搭載した。
コアは全機電磁式。主機出力によって互いを収める事の出来る広い効果範囲を持った。主機は小型高出力のジェネレータとバッテリー。ジェネレータで生み出した電力をバッテリーに貯め、瞬間的に放出するシステムにより、高い瞬発力を誇った。

No.12 ジャッカル
開発 ジャンク屋組合
搭乗者 多数
ジャンク屋組合がジャンク回収の為に製造したワークローダー。不整地での改修作業のため移動方式はクローラー併用の四脚であり、高い腕力と合わせて優秀な作業能力を持つ。
ワークローダーゆえ装甲は施されておらず、武装も装備できないようにコネクターやラッチは一切無い。また、武装しようとするためにはブラックボックスを解析やラッチなどのシステム追加、そしてドライバの追加やロックシステムの解除など、武装させないための機構が多い。
コアは電磁式。主機のバッテリーは軍事用の物と同じ出力を引き出せるバトルモードと長時間の運用の為のノーマルモードの二種を切り替えられるようになっていた。

No.13 ドラグーン
開発 ソード・ウイング
搭乗者 多数
制空権確保の為によく使用される戦闘機。前進翼ゆえの高い機動性とレーダー上で蝶ほどしか映らないという高いステルス性能、そして12トンという高いペイロードを誇り、SSC設計局のピットファイターと日々制空権を奪い合っている。
しかしこの時代の航空機に共通の問題である、高速で動く機体ではコアによってジャマーを無効化できず、吸気によって内部にジャマーを取り込んで自壊するという問題は解決していないため、この機体も例に漏れず都市部や海上でのみ運用される。
武装はエアインテークの上方に搭載されたCB-7『ライトニング』33ミリ機関砲。さらに胴体内部格納庫に最大8発のコブラミサイルやバイパーミサイル、JDAMや核爆弾を搭載可能。
前述の理由のためコアは非搭載。主機はジェット・ラムジェット併用の高出力エンジン、RPP-22で、予備装備として多機種共用のバッテリーを搭載する。

No.14 ピットファイター
開発 SSC設計局
搭乗者 多数
ドラグーンと並んでよく使用される戦闘機。ドッグトゥース付きの後退翼を採用し、前縁スラットと後部エレボン、翼端の制御によって高い機動性を持つ。そのため180度の迎角を取り、逆噴射で飛行するなどという現代では考えられないような機動を楽々とやってのける。
ステルス性能もドラグーンに近しいが、ドラグーンは前縁スラットを省略しステルス性向上のためにレーダー反射面としているのに対し、こちらは動翼としているため少々こちらが劣り、こちらはすずめほどの反射となっている。
武装は機首と同軸の29ミリ機関砲。さらに8つの翼下パイロンに最大7トン、内部格納庫の8つのハードポイントに最大8トンを搭載可能。
ドラグーンの項を参照すれば分かるとおり、こちらもコアは非搭載。主機はジェット・ラムジェット併用のFDH-4と地上での電源となるリチウム炭素バッテリーを搭載する。
No.15 ミストラル
開発 旧国家「アイオリス」
搭乗者 アリス他多数
NFAの運用するステルス輸送機。ジャマー環境下まで出張り現地での指揮所として運用なども念頭に入れて開発された。そのためジャマー環境下用の酸素ボンベを搭載し、また対ジャマー加工された小型のエアインテークを持ち、これとボンベを併用する事で、ホバリングだけならジャマー下でも約9時間の使用、飛行するならば4時間の運用が可能となっている。
武装はCIWS4基。必要に応じて武装は増設できるが、ステルス性能確保のため内部サイロへの設置しか出来ず、したとしても射界がそれほど広くないため、火力がほしい場合はほとんど搭載した機体を砲台代わりにしている。
装甲はアルミ合金のプレートで厚さは15ミリ。主機はFG燃料を使用するジェットエンジンで、高い出力より、少ない酸素で長く稼動できる物を採用していた。

No.16 ヒュペルボレア
開発 NE社
搭乗者 多数
フレイヤと並んで登場した第四世代機。性能はフレイヤに劣るが、汎用性では圧倒的にこちらの方が上である。フレイヤは自身のバージョンアップ機しか戦場に送り込まれなかったが、こちらはノワールやランドタイプなど、さまざまな種類の機体が送り込まれたことからも窺い知れよう。
装甲はアルミプレートと装甲セル、積層装甲。フレームを支えるように搭載されたそれは、軽くて強くそして薄い。この機体の機動性を支えていると言っても過言ではないだろうし、実際支えていた。しかしそれでも接地圧だけはどうにもならなかったらしく、廃墟の床を踏みぬいてしまっている。
武装は右腕のアサルトライフルと、左腕のシールド内蔵火器。シールド内蔵火器は数種類存在し、一般的な物はENランチャーとブレードを搭載していた。
ENランチャーはミグリオーレのプラズマランチャーのようなエネルギー兵器だが、ミグリオーレのそれとは違いカプセル式の武装であった。そのためプラズマランチャーのような誤爆はほとんど起きなかったとされている。
コアは電磁式。主機はバッテリーで、こちらはリロードなどに搭載されている物のマイナーチェンジ版であった。




「登場人物名鑑」

No.1 ネイト・朝野川
所属 なし
もともと借金を返すためとある傭兵斡旋会社の専属となっていたが、三年前に借金返済と共に離脱。それからはフリーランスの傭兵として活躍する。しかしその活躍を疎ましく思った他企業の連合部隊からの偽ミッションによっておびき出され、菖蒲の傭兵によって搭乗していたグリードを破壊され、死亡した。

No.2 ヴィダーレ・ギウス
所属 NFA
ダメコン区画を防衛していた第七防衛隊のオペレータ。場末のろくでなし収容用の小隊でどうにもならない日々を過ごしていたが、ある日司令官からの命令により新たに創設された特務隊へレオナルドと共にと移籍になった。なお彼の尊厳にかかわるため追記しておくが、彼自体はろくでなしとは上に考えられておらず、配属になったのは彼の体質上の問題からである。

No.3 メイ・ファウーメ
所属 NFA
近接格闘戦をメインとするパイロット。機体使いが荒いので有名で、現在の特務隊へ配属されるまでに壊した機体は軽く二十を超える。それと戦場での活躍から『壊し屋』と渾名がつけられており、転属になるたびに整備士を泣かせているようだ。

No.4 レオナルド
所属 NFA
ダメコン区画を防衛していた第七防衛隊の、たった一人のパイロット。場末送りにされたろくでなしであり、職務中に酒を飲む、賭博で周りを撒きこんだ大喧嘩を起こすなど、その問題行動は枚挙に暇が無い。
しかし能力だけは一流であり、バルドヴィーノ指令がその能力だけを見こんでテストパイロットに任命し、防術機でコブラやクルビットなどの戦闘機用のマニューバを披露するほどであった。

No.5 死神部隊01
所属 死神部隊
出会った者は必ずその場で死ぬとまでうわさされる死神部隊の隊長で、グレイブ一号機に搭乗し指揮と支援を行う。
彼の得意レンジは中距離から近距離で、グレネードでのかく乱してから二号機、三号機を突入させた、後方支援を行いつつ四号機の射線を確保してから二機に合流する……というのが彼の基本戦術であった。




「詳細解説」

No.1 コア

『序文』
防術機を防術機たらしめている存在の一つとして、『コア』がある。これは防術機がジャマー環境下で活動するために必要不可欠な物体であり、これが無い、もしくは起動していない防術機がジャマーにさらされた場合、数十秒と持たずに活動不可となるだろう。
これはジャマーによる侵食効果と関節固定、そして電子機器の破壊によるものだ。対処するにはジャマーを付着させないことしかない。しかしジャマーはナノマシンの集合体であり、どんなコーティングやシールを施しても内部への侵入や関節部への付着を防ぐのは困難である……不可能と言ってもいい。そのためコアは『付着させない』でなく、『機体の周囲に寄せ付けない』というアプローチでジャマーを防いでいるのだ。
方法は現在確認されている所、数十もある。有名な物として、ジャマーの電波放出と性質を利用しジャマーを遠ざける『電磁式』、特殊粒子を機体表面に定着させ、粒子によってジャマーを破砕し付着を防ぐ『BB粒子式』、ジャマー内部の電波放出機構を逆に使い、パルス波でジャマーを加熱させ機能を破壊する『PPS式』などが存在する。
コアの方式はどれも違っているように感じられるが、実はどれも後述するどちらか二つに分類できる。
一つはジャマーに働きかける『破砕型』。ジャマーその物を破壊してしまうという方法である。こちらは強力ではあるがジャマーの進化に弱く、付着したジャマーを装甲板表面の高周波振動によって破砕する『HBB式』が開発され広く運用されたと記録があるが、開発から十年後にエルフが進化しジャマーが付着した物体の破壊能力を得たため使用されなくなったと言うような例があることからも明らかである。現在は変化できない電波放出機構を攻撃する『PPS式』が開発されたため、エルフとの開発競走は一時の休息を得ている。
もう一つはジャマーを遠ざける『回避型』。ジャマーの進化に強く、初代リロードのものですら現在も使用可能。さらに被弾に強いという特徴があるが、運用するには高い出力と特殊な機構が必要な物が多い。しかし現在はこちらが主流となっているため、そのすごさが如実に現れていると言えるだろう。

  • 現代のコアの構造解説
『電磁式』
ジャマーは全体として反磁性体であり、強力な磁場を当てられると反対方向に力を受ける。しかしそれだけでは単体でのジャマーを押しのけることしか出来ず、ある程度まとまったジャマーの付着を防ぐには不充分なため、機体表面からの放電により空気をイオン化し、それと反応させジャマー付着への活性を落とさせることにより、ジャマーの付着を防いでいる。
そのため強力な出力を引き出せる機関が必要であるが、現在は燃料式のパワーパックに代わる高出力なリチウム炭素バッテリーが開発されたため解決している。
欠点は磁場による防護の不確実さや、一部環境では磁場防護が使用不可である事。

『BB粒子式』
ジャマーの物体への付着を利用し、高エネルギーを持つ粒子を機体表面に安定して還流させることにより、機体の防護を行う。電磁式と一部似通っている点(粒子の機体表面での還流)が存在するがこれは電磁式がBB粒子式から発展し独立したためである。
使用される粒子はさまざまで、電磁式で用いられるイオン化粒子、粒子装甲に用いられるBB粒子がそれらの代表例であり、現在はほぼ全てがそれらを用いる。
欠点として、粒子タンクの容量によって活動限界が決まってしまう事があると言う点がある。

『PPS式』
ジャマーが通信妨害を行うために存在する、電波放出用のマイクロコイルを利用するタイプ。マイクロコイルに高い磁場を当て、ジャマー内部の電子回路を焼き切ってジャマーを無効化する。電磁式から発展したが、こちらは一切機体本体の防護を行わないのが特色といえるだろう。
欠点として、装甲表面に電気を流し機体を磁化、そしてそこから磁場を放出するため、パイロットや周囲の人間に害を与えること、放出された磁場はパルス状となっている為、コイルを搭載した電子機器は防護仕様になっていなければ破損してしまうことなどがある。
  • コア搭載上の問題
電磁式、PPS式、BB粒子式どれも機体表面を利用し何らかの方法での防護を行うため、装甲は専用のギミックに対応した物で無ければ運用できない。さらにオープンで搭載しなければコアの性能は落ちてしまうのだ。


No.2 ジャマー

『序文』
大戦前に運用されていたほとんどの陸上、航空兵器が運用できなくなった大きな原因が、『ジャマー』である。これによって航空機は海上と少ない非ジャマー効果範囲内に、戦車は低濃度のジャマー効果圏内までに活動範囲を狭められた。
どちらも構造の都合上コアを搭載できないのが大きな原因であり、現在は唯一コアを搭載できる防術機のみがジャマー範囲内での運用を許されているのだ。
それらにはジャマーの持つ二つの性質が大きい……つまりは、電波妨害と付着した物体の破壊だ。そしてそれらは、旧来型兵器がジャマー環境で運用できない大きな理由となっている。

『ジャマーの構造』
ジャマーは大きく分けて、三つの部分から成り立っている。一つは電波放出部。さまざまな種類の電波をバラバラに放出する事でノイズを生み出し、電波での通信を困難とする機構である。これはマイクロコイルとマイクロバッテリーから構成される。
二つ目は付着部。表面の特殊加工と静電気、分子間力を巧みに利用した物で、とてもナノレベルの細かい毛を表面に並べ、帯電により毛同士をくっつけないようにしている。そして毛の分子間力によって物体表面に貼りつくのだ。
そのため、こちらは防護方法は無い。しかしジャマーが破壊されればこの機能は失われるようである。
三つ目は付着した物体の破壊だ。これはもともと存在しなかった性質で、エルフが防術機の台頭に対し進化したことで獲得された。仕組みは単純で、ジャマーに装備されたカーボンナノチューブ製のマジックハンドが分子どうしの結合を切るというもの。単純だが防護方法はほとんど無い。
以上三つの性質により、ジャマーは多数の兵器を活動不能にすることを可能としているのだ。

『ジャマー環境対応兵器』
ジャマーの搭乗に合わせ、ほとんどの兵器もどうにかしてジャマー下に対応できるように進歩してきた……内部に酸素ボンベを搭載しジャマー下では吸気をほとんどしないことで運用可能になった輸送機群や、主機をバッテリーにし予備を大量に搭載する事で内装式コアの搭載を可能とした主力戦車がその分かりやすい例だ。
しかしそれらは現在、防術機を支援するための兵器と化している。吸気を不要とした輸送機は稼動時間と速度を損ない、装甲を保った主力戦車は内装式コアの都合上運用できるのは履帯にジャマーの付着し難い低濃度環境下に制限されたからだ。いくら強力でも、エルフやGAIDAの現れる高濃度環境に出張っていけないのでは意味が無い。そのため防術機はオープンタイプのコアを搭載しもともとあまり出ないスピードで持ってその対処に当たるのだ。




  • つづき、まってます -- GAIDA1 (2017-04-01 09:34:46)
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最終更新:2017年09月19日 11:11