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第10章『星界の使徒』

リューグークランとの戦いを終えたなゆたたちが、ワールド・マーケット・センターの外へ出る。

そこで一行が目にしたのは、戦争と呼ぶことさえできない、一方的な虐殺の跡だった。

地上にはニヴルヘイムの魔物と地球の兵士が、敵味方の区別なく倒れている。上空を埋め尽くすのは、アルフヘイムにもニヴルヘイムにも地球にも存在しない、巨大な宇宙船団。

船から降下してきた制服姿の少女たちは、米軍の戦闘機や戦車、ニヴルヘイムの魔物を圧倒的な力で破壊していく。

彼女たちは《星蝕者――イクリプス》。

ローウェルが《ブレイブ&モンスターズ!》に代わる新作として開発した、TPSアクションRPG《星蝕のスターリースカイ――SSS》のキャラクターだった。

事情を説明したのは、燕尾服とシルクハットをまとい、落書きのような顔を描いた頭陀袋をかぶるナビゲーションキャラクター、ナイ。

《ブレイブ&モンスターズ!》のサービス終了を決めたローウェルは、消去予定の旧世界をSSSのクローズドβテスト用フィールドとして再利用していた。

二億八千万件の応募から選ばれた五十万人のテストプレイヤーが、自ら育成したイクリプスを操作し、ラスベガスへ侵攻している。

ブレモンの住人も、ニヴルヘイムの魔物も、地球人も、彼らにとっては新作の爽快感と戦闘システムを試すための標的にすぎない。

ローウェルは、ブレモンという世界の最後の一バイトに至るまで、新作のために使い潰そうとしていたのである。

なゆたたちはすぐさまイクリプスへ挑むが、戦闘システムそのものの違いに翻弄される。

ブレモンは、ATBゲージが溜まるまで次の行動を取れないコマンド式RPG。一方、SSSはプレイヤーの操作に応じて連続行動できるアクションRPGである。

イクリプスは光刃、銃撃、大規模魔法を間断なく繰り出し、なゆたたちがスマートフォンを操作してスペルカードを選ぶ暇すら与えない。

しかも一行は、イブリース、リューグークランとの連戦を終えたばかり。体力もスペルも回復しておらず、まともに戦える状態ではなかった。

完全な異種ゲーム間戦闘を前に、なゆたは撤退を決断する。

エンバースが炎の壁を張って敵の視界を遮り、カザハが飛行魔法を使って仲間たちを回収。一行はワールド・マーケット・センターへ逃げ込んだ。

だが、イクリプスは建物の中まで追ってこない。

SSSのβテスト用ラスベガスマップには、建物内部が実装されていないのではないか。

ゲームである以上、どれほど理不尽に見える敵にも、システム上の制約は存在する。圧倒的な性能差を埋めるには、互いのゲームシステムの違いを利用するしかなかった。

ウィズリィは管理者権限の一部を使い、ラスベガス周辺の生体反応を地図へ表示する。

青い光点は、ブレモンとニヴルヘイムに由来する生存者。

なゆたたちは複数の組に分かれ、SSS側のマップ外と考えられる地下道を利用して生存者を救出することにした。

同時に、イクリプスの攻撃パターン、装備、リスポーンの有無、プレイヤーの視界、ロールプレイの影響を調査する。

五十万人を力ずくで倒すのではない。

救える者を救い、敵のルールを知り、勝利へつながる可能性を一つずつ集めていく反撃が始まった。

生存者救出――なゆたとエンバース


なゆたとエンバースは、避難民が集まっている施設へ向かう。

生存者を保護し、ウィズリィが開く転移門へ誘導するなゆたは、普段どおり明るく振る舞っていた。

だが、その身体はすでに限界を越えていた。

世界を修復するバックアップを宿し、管理者メニューを起動し、連戦を続けた負荷によって、なゆたの存在そのものが消えかけていたのだ。

ミノリは、自身の能力《終着駅――ファイナル・デスティネーション》を使い、なゆたの消滅を一時的に先送りする。

しかし、それは治療ではない。

戦いが終われば、延期された結末が再びなゆたへ追いつく。

なゆたは、その事実を仲間たちへ伏せたまま、最後まで戦わせてほしいとエンバースへ頼む。

今ここで知らせれば、皆はローウェルを倒すことより、なゆたを救うことを優先する。それでは、ここまで犠牲を払いながら進んできた旅が止まってしまう。

エンバースは、なゆたの願いを簡単には受け入れられなかった。

だが彼女を置いていくことも、無理やり戦場から遠ざけることもできない。

そこでエンバースは条件を出す。

この戦いがすべて終わったとき、自分の願いを一つ叶えること。

それを高難度クエストの報酬として要求し、なゆたを最後まで連れていくと約束した。

二人は仲間たちへ真実を伏せる。

突然元気になったなゆたが無理をしていることは、ジョンたちにも分かっていた。それでもエンバースが彼女の傍にいる以上、今は二人の判断を信じて進むしかなかった。

生存者救出――カザハとジョン


カザハとジョンが向かった地下道では、因縁の相手が待ち構えていた。

《詩学の》マリスエリスと、《万物の》ロスタラガム。

二人はイクリプスではない。

アルフヘイム最強戦力《十二階梯》の力を正統に受け継いだ継承者である。

そして、この時点では二人ともローウェルの配下として行動していた。

初めから裏切る機会をうかがい、敵対するふりをしていたわけではない。滅びるブレモンに残れば、自分たちも世界とともに消える。新しい世界で生き残るため、二人は本当にローウェルとSSSへ従っていた。

マリスエリスたちはカザハとジョンの居場所をイクリプスへ知らせ、地下道へ次々と敵を呼び込む。

狭い地下道で多数のイクリプスを相手にする二人は、たちまち追い詰められた。

それでもカザハは、スマートフォンからブレモンの通常戦闘曲を流し、自分の呪歌を重ねる。

最新技術によって生まれたSSSのキャラクターへ、時代遅れと呼ばれたブレモンの音楽をぶつける。

カザハの歌は、ジョンの攻撃、防御、速度を引き上げた。

それは単純なステータス強化だけではない。

自分がどのように戦えば格好よく見えるのかを意識し、歌に応えることで、ジョン自身もロールプレイの力を引き出していく。

ジョンは、カザハが語り継ぐに値する英雄として戦おうとする。

同時に、自分たちの力だけでなく、ブレモンの音楽と世界そのものに、まだ人を惹きつける価値があることを示していく。

ジョンは二人の継承者を説得するため、自分だけを差し出すことさえ申し出る。

マリスエリスは、ローウェルやイクリプスから疑われないよう、ジョンを踏みつけ、徹底的に痛めつけた。

カザハは内心で激怒する。

だが、ここで飛びかかれば、ジョンが屈辱に耐えてまで作った交渉の機会を無駄にしてしまう。

カザハは怒りを表へ出さず、ロスタラガムへ語りかける。

自分たちが戦っている姿を見たはずだ。

ジョンは強く、格好よかったはずだ。

そして今流れているのが、二人が切り捨てようとしている《ブレイブ&モンスターズ!》の音楽なのだと。

さらにカザハはマリスエリスへ、吟遊詩人を名乗りながら、一度も本職で戦わず世界を捨てるつもりなのかと詰め寄る。

ブレモンの音楽が素晴らしいことを、吟遊詩人である彼女なら分かるはずだった。

ただし、マリスエリスはここで呪歌を歌ったわけではない。

カザハの言葉は、その場で彼女を呪歌士へ変えるためではなく、ローウェルの走狗として生き残る以外の道を考えさせるための呼びかけだった。

ロスタラガムは、ブレモンの音楽とジョンたちの戦いを気に入り始める。

だがイクリプスは、十二階梯の継承者である二人を「時代遅れの旧作キャラ」と見下し、戦力ではなく下働きとして扱っていた。

鬱屈を募らせていたロスタラガムは、ついにその侮辱へ激怒する。

《十二階梯の継承者》としての力を解放し、イクリプスへ襲いかかった。

マリスエリスも、ロスタラガムを見捨てることはできない。

彼女は歌ではなく、狼咆琴と暗殺者としての技を用いて戦闘へ加わる。

狭い地下道を跳ね回るロスタラガムの拳と、マリスエリスが狼咆琴から放つ破壊の音によって、イクリプスの部隊は壊滅した。

しかし二人は、なゆたたちの仲間になったとは認めなかった。

降りかかる火の粉を払っただけで、依然として敵同士だと言い残し、ポータルの向こうへ消えていく。

それでもカザハは、いつかマリスエリスが本当の意味で吟遊詩人として歌うところを見てみたいと願う。

始原の草原で命を奪い合った相手であっても、ローウェルの命令に従う姿だけが彼女のすべてではない。

二人の継承者にも、まだ選び直せる未来が残されていた。

戦いを終えたカザハは、ジョンのもとへ駆け寄る。

自分を差し出そうとしたことを叱りながらも、マリスエリスにどれほど踏みつけられても説得を続けた姿を、格好よかったと伝える。

ジョンのために歌っているときだけ、胸が高鳴り、特別な感覚になる。

それをカザハは、自分がジョンの力を最大限に引き出せるよう設定されたキャラクターだからだと分析する。

言葉は壮大な告白のようでありながら、本人はあくまでゲームシステムの考察として話している。

ジョンは、そんな不器用な返事も含めて受け止めた。

生存者救出――明神とガザーヴァ


明神とガザーヴァも、別の地下道を通って生存者の救出へ向かう。

ガザーヴァにとって、地球は故郷ではない。

ローウェルが作った世界の住人であり、かつてはアルフヘイムを滅ぼす幻魔将軍として生み出された。

それでも今は、明神とともに地球人を救うために戦っている。

二人はウィズリィの地図を頼りに、地下や倒壊した建物へ取り残された者を探し、イクリプスの攻撃から守りながら転移門へ誘導していく。

ガザーヴァは素直に人助けを喜ぶような性格ではない。

面倒だと悪態をつき、救助した相手にも恩を売るような言葉を並べる。

だが、逃げ遅れた者を見捨てることはなかった。

明神も、正義の味方らしい言葉で人々を励ますのではなく、状況を分析し、最も生存率の高い経路を選び続ける。

明神が敵の行動を読み、ガザーヴァが圧倒的な機動力で救助者を回収する。ガーゴイルとマゴットも加わり、一行はイクリプスの目を欺きながら生存者を救い出していく。

かつてガザーヴァは、カザハのコピーでしかない自分を特別だと認めてほしいと願い、仲間を裏切った。

だが今は、風精王の資格も、世界から与えられる称号も必要としていない。

明神が自分を必要としている。

自分も明神を信じている。

その関係だけで、ガザーヴァがこの戦場へ立つ理由としては充分だった。

二人は主従でも、単なるブレイブとパートナーモンスターでもない。

互いに悪態をつき、相手の無茶を予測し、その無茶が成功するよう先回りする戦友だった。

三組の救助活動によって、生存者とモンスターたちはワールド・マーケット・センターへ集められていく。

三十時間後の決戦


救助を終えた一行は、ストラトスフィア・タワーへ向かう。

エンバースは防諜機能をあえて緩め、イクリプスにも声が届く状態で語り始める。

なゆたたちはイブリースを倒し、管理者メニューを開き、ミハエルにも勝利した。そして現時点では、SSSのイクリプスにも対抗できている。

それでも、自分たちはローウェルの掌の上で踊っているにすぎない。

インベントリへ最初から入れられていた装備や、戦いそのものがβテストの宣伝へ利用されている現状が、その証拠だった。

ならば、ローウェルが用意した筋書きの上で、それを上回るイベントを起こす。

エンバースは、約三十時間後に再びこの場所へ来ると宣言する。

イクリプスを倒し、宇宙艦隊へ乗り込み、世界の外側にいるローウェルさえ引きずり出す。

もしSSS側が決戦を拒否し、艦隊を引き上げるなら、なゆたたちはβテストが終了するまで逃げ続ける。

ローウェルが新作の宣伝を成功させたい以上、提案を拒むことはできない。

さらにエンバースは、イクリプスがなゆたたちへ勝ち切れない理由を教える。

SSSのキャラクターたちは、アクションゲームの速度と火力を持つ。

だが、なゆたたちが生きているのは《ロールプレイングゲーム》の世界である。

何者として戦うのか。

なぜその技を使えるのか。

どんな設定、役割、物語を背負っているのか。

それを本人が演じ切ったとき、キャラクターは数値以上の力を発揮する。

なゆたたちは、自分というキャラクターを演じているのではない。

その人物として実際に生き、負ければ二度と戻れない覚悟で戦っている。

対してイクリプスにとって、キャラクターは何度でも作り直せるアバターにすぎない。

その没入と覚悟の差が、性能で上回るイクリプスを、なゆたたちが退けられる理由だった。

エンバースは、敵へロールプレイによって強くなる方法を教えた。

そのうえで、万全の相手と決戦し、《ブレイブ&モンスターズ!》の力を見せると宣言したのである。

SSS側も、その提案を受け入れる。

ナイはワールド・マーケット・センター周辺へ《侵食》を発生させ、逃げれば救助した者たちを全員消すこともできると脅す。

一方で決戦までの三十時間を使い、建物内部をSSSの新たなマップとして実装すると告げた。

次に戦うときは、建物へ逃げ込んでも安全ではない。

なゆたたちとローウェルは、互いに三十時間を使って戦場を作り直すことになった。

つかの間の自由時間


ワールド・マーケット・センターへ戻った一行は、ラーメンを食べながら今後の方針を話し合う。

エンバースが教えたロールプレイへ適応できないプレイヤーは、決戦から離れていくだろう。

だが最後まで残る者は、SSSへの強い没入と、自分だけの設定や物語を持った精鋭になる。

敵の数は減る代わりに、一人ひとりの強さは飛躍的に上がる。

明神は、SSSの一コンテンツとしてブレモンを存続させる案を提示する。

単なるβテスト用の戦場ではなく、守るべき世界、あるいは攻略すべき異世界として新作の中へ残す。それなら、完全な消滅だけは避けられるかもしれない。

だがジョンは、それでは本当の共存ではないと反論する。

一方がもう一方へ吸収され、相手の人気と都合に生存を委ねることは、共存とは呼べない。

SSSにもブレモンにも、それぞれ異なる面白さがある。

ならば、どちらかが屈するのではなく、互いが互いを認めるべきだ。

次の戦いへ参加する者だけでなく、途中でβテストをやめた者、イクリプスになれなかった者、ゲーマーですらない一般人まで巻き込み、誰もがその場にいたことを忘れられない伝説を作る。

運営でも止められないほど大きな波を起こし、ブレモンの存続を認めさせる。

普段は引っ込み思案なジョンの力強い主張へ、ガザーヴァも賛同する。

ガザーヴァは明神の手を握り、絶体絶命の状況をテーブルごとひっくり返してやろうと鼓舞した。

なゆたもジョンの意見を受け入れる。

全員が手を重ね、自分たちの愛するゲームの底力を世界へ示すことを誓った。

決戦までに残された時間は、約三十時間。

エンバースは、作戦を考え続けるだけでは息が詰まると、いったん各自の自由行動を提案する。

なゆたはワールド・マーケット・センター内のボランティアへ向かい、アラミガたちは久しぶりに再会した兄弟弟子同士で旧交を温める。

ほかの仲間たちも、休息、治療、訓練、作戦準備へ分かれた。

世界の終わりが迫っているからこそ、食事をし、風呂へ入り、仲間と話し、眠る。

戦いだけが彼らの人生ではない。

何でもない時間を誰かと過ごせる未来こそ、彼らが守ろうとしているものだった。

明神とガザーヴァ――世界を救ったあとの約束


自由時間が始まると、ガザーヴァはいつの間にか明神の傍から姿を消していた。

だが以前のように、悩みを抱えて家出したわけではない。

五時間ほど経つと、ガザーヴァは何事もなかったように戻ってきて、いつものように明神の腕へしがみつく。

「みょうじーんっ!」

ガザーヴァは、見せたいものがあると言って明神を中規模のホールへ連れていく。

照明の消えた空間の中央へ明神を立たせ、ガザーヴァが苦労して使い方を覚えたプロジェクターを起動する。

暗闇の中へ、破壊される前のラスベガスの夜景が映し出された。

夜を退ける、膨大な光の洪水。

映像はグランドキャニオン、ニューヨーク、浅草の雷門、名古屋城へと切り替わっていく。

地球の美しい景色を前に、ガザーヴァは子供のようにはしゃぐ。

「ミズガルズってすげーな! こんなにいっぱい、キレーで面白そーな所があるなんて! アルフヘイムもニヴルヘイムも、たくさんキレーな場所はあるケド……ミズガルズはとびっきりだ!」

最初にどこへ行くかは決められない。

最終的には、明神と一緒に全部見て回る。

それは、二人とも明日の決戦を生き延びることを前提とした、未来の約束だった。

やがてガザーヴァは、はしゃぐことをやめ、静かに明神と向き合う。

アコライトから連れ出し、自分の知らなかった景色を見せてくれたことへの感謝。

最初は、明神も調子のいいことを言うだけで、結局はバロールと同じように自分を愛してくれないのだと思っていたこと。

だが明神は約束を守り、ガザーヴァを必要とし、たくさんの愛情を与えた。

ガザーヴァは胸元を握り、意を決して自分の気持ちを告げる。

「……ボクも。ボクも、愛してる。いっぱいいっぱい愛してる……好き。大好き、なの。明神のことが、好き……」

明神から与えられたものに対し、自分が返せるものは少ない。

だから、せめて自分の命を使って、これから何が起きても明神を守り抜く。

これまでもガザーヴァは、責任を取ってずっと一緒にいろと明神へ迫り、明神もそれを受け入れてきた。

それでも、最終決戦を前に、改めて言葉にせずにはいられなかった。

「……だから。ずっと、あなたの傍に……いさせてください」

そこにいるのは、敵を嘲笑う幻魔将軍でも、カザハへ嫉妬するコピーでもない。

ただ一人の、明神を愛する少女だった。

ガザーヴァは、世界を救ったあと自分が地球でどのように扱われるのかも考え始める。

突然、褐色の肌と尖った耳を持つ少女が明神の婚約者として現れれば、明神の両親は驚くだろう。

明神の両親が自分の義理の両親になれば、バロールは明神の義父になる。

マゴットは義弟。

そして、自分が頑なに姉と認めようとしないカザハまで、義姉になるかもしれない。

カザハの名前には露骨に嫌そうな顔をしながらも、ガザーヴァは再び明神へ笑いかける。

明神の前に立ち塞がる敵は、すべて自分が倒す。

だから、ずっと一緒にいてほしい。

「ボクの、ボクだけの、大好きなマスター……」

万感の想いを込めて「あいしてる」と囁き、ガザーヴァは明神の唇へ自分の唇を重ねた。

かつて世界から特別な称号を与えられることを求めたガザーヴァは、今、自分を必要としてくれるただ一人との未来を選んでいた。

カザハとジョン――歌と護身術の交換


一方、カザハは決戦へ向け、協力者たちへ歌唱訓練を行う。

呪歌は通常の魔法と違い、魔力を扱える者なら、特定の曲だけを付け焼き刃で習得することもできる。

課題曲は、ブレモンのプレイヤーなら何度も聞いた《バトル1》。

カザハは時間のある者へ参加を呼びかけ、なゆたにもボランティアの息抜きに歌っていくよう勧める。

ジョンだけは、なぜか強制参加だった。

カザハは、アイドルなら歌えた方がよいだけで他意はないと言い張る。

訓練の途中、カザハは集まってきた人々を楽しませるため、かわいらしいアイドルソングまで披露する。

自分には似合わないと思いながらも、聴いている者が少しでも元気になれるよう、歌へ魔力を込めていた。

やがて炊き出しの時間となり、歌唱訓練は終了する。

参加者たちを解散させると、いつの間にかジョンが近くへ来ていた。

そこでカザハは、ジョンへ一つの頼み事をする。

ジョンは多くの前衛系、体術系スキルを持っている。

先ほど自分が歌を教えた代わりに、何か一つだけでも護身術を教えてほしい。

歌はカザハが強引に教えただけなので、ジョンに返礼の義務はない。

それでもカザハは、断られても頼み込むつもりだった。

「キミが必ず守ってくれるから、そんなの必要ないって分かってるよ。でも、何か一つでいいから、キミから貰ったものを持っていたいんだ……」

ジョンは申し出を受け入れる。

短時間で覚えたいなら手加減はできない。

つらくなれば言うよう告げるが、カザハは弱音を吐かずに頑張る、ただし絶叫はするかもしれないと答える。

体術に向かない現在の衣装から、初期装備の王道シルヴェストルセットへ着替え、訓練が始まった。

カザハは、以前ジョンが明神へ超スパルタ指導を行っていたところを見ている。

自分も顔面から体液を垂れ流しながら絶叫することになると覚悟していた。

だが、実際のジョンは丁寧で教え方も上手かった。

カザハは短い時間に、初歩的ながら複数の技を身につける。

訓練後、カケルへスマートフォンを渡してデータを確認すると、練習した動きが正式なスキルとして登録されていた。

ジョンは、カザハには筋があると認める。

そのうえで、身につけた護身術を、自分から敵へ向かうためには使わないでほしいと頼んだ。

カザハも、自分が最後列で後方支援に徹することが戦術上最も有効だと理解している。

習得したスキルも大半は、自分の意思で攻撃へ使うものではなく、危機に反応して発動する《パッシブ》として登録されていた。

それでも、どうしても自分自身で立ち回らなければならないとき、ジョンから教わったものがカザハを守る。

このとき身につけた初歩の体術は、のちのスノウとの決戦で、わずかな差を埋めるための力となる。

訓練を終えたカザハは、力が抜けてその場へ座り込む。

ジョンへ教え方が上手いと伝え、コーチに向いていると褒める。

だが立ち上がろうとしても、空腹で身体に力が入らない。

「ジョン君が作ってくれたごはん食べたいな……」

思わず本音を漏らしてから、カザハは慌てて否定する。

炊き出しの残りがある。

設備も充分ではない。

こんな状況で急に料理を頼めば、ジョンを困らせてしまう。

ジョン相手だと、普段なら飲み込むはずの心の声が、なぜかそのまま口から出てしまう。

護身術が欲しかった理由も、料理を食べたいという願いも、カザハがジョンを頼り、自分の中へ彼から受け取ったものを残したいと思っていることの表れだった。

全世界配信作戦


自由時間と準備を経て、一行は再び作戦会議を開く。

決戦を前に、一行は圧倒的な戦力差を埋める方法を探していた。

そこで提案されたのが、世界中の人々へ呼びかけ、プレイヤーたちが所有するフレンドモンスターを借り受けて、膨大な数の即席ブレイブを生み出す作戦だった。

しかし、なゆは一度その案を退けた。

ブレモンや目前の戦いについて十分な知識を持たない人々を、自分たちの都合で危険な戦場へ巻き込むことはできない。世界を救う責任は、もともと異邦の勇者として戦ってきた自分たちが負うべきだと考えたのだ。

だがエンバースは、その言葉の裏にある、なゆ自身も認めようとしない本心を見抜く。

なゆは人々の安全を守りたいだけではなかった。他の誰かを危険へさらすくらいなら、自分一人が限界まで頑張り、最後には犠牲になればいい――また一人だけで責任を背負い、仲間を残して消えようとしていた。

かつてゴッドポヨリンとブレイブとしての力を失い、パーティーを去ろうとしたなゆを引き留めたのもエンバースだった。

今回もエンバースは、なゆ一人だけへ世界の命運を背負わせることを拒む。

戦うかどうかを決める権利は、なゆだけにあるのではない。危険を正しく伝えたうえで、それでも協力したいと願う者がいるなら、その意思まで先回りして否定するべきではない。仲間を信じ、助けを求めることもまた、リーダーとして必要な選択だった。

説得を受けたなゆは、ようやく作戦を受け入れる。

こうして一行は、世界中の人々へ事情を伝え、協力する意思を持つ者たちを即席ブレイブとして迎え入れることになった。

だが、ブレイブになっただけで戦えるわけではない。

新たに力を得た者たちの多くは、モンスターを使役した経験も、スペルやスキルを実戦で扱った経験もない。決戦までに残された時間はわずかだったが、一行は即席ブレイブたちを集め、戦場で生き残るための訓練を開始する。

これまで幾度も死線を越えてきたなゆたたちは、自分たちが身につけてきた知識と経験を惜しみなく伝えた。力の使い方だけでなく、仲間との連携、モンスターとの意思疎通、敵の攻撃を受けた際の判断など、短時間で可能な限りの準備を進めていく。

カザハは、決戦で大規模な呪歌を成立させるため、歌唱に参加する者たちの指導を担当した。

一人ひとりの声は小さく、歌唱経験にも差がある。それでも全員の呼吸と旋律を重ねれば、世界中へ力を届ける大きな歌になる。カザハは普段の遠慮深さが嘘のように、参加者が正しく歌えるまで何度も練習を繰り返し、成功すれば全力で褒めながら、即席の合唱隊を鍛え上げていった。

ジョンには、さらに別の役割が与えられた。

全世界配信のMCである。

国民的な知名度を持つジョンが、有名人やインフルエンサーへ呼びかければ、配信は短時間で世界中へ広がる。

明神がスピーチの内容を考え、ジョンが人々へ協力を訴える。

そしてカザハが呪歌を配信へ乗せ、世界中から集まったモンスターを一斉に強化する。

その話を聞いたガザーヴァは、自分から名乗りを上げた。

「フン……まっ、面白くねーケド、またデュエットしてやンよ。配信とはいえ何億人もの人たちの前で歌うんだろ? あがり症でお調子者のバカザハだけじゃ心配だかんな!」

カザハばかりが目立つのが癪だという本音は伏せ、あくまでカザハを心配して手伝うのだと言い張る。

以前のデュエットで無理をして倒れたガザーヴァが、再び一緒に歌うと申し出たことに、カザハは満面の笑みを浮かべた。

こうして決戦では、ジョンが世界へ言葉を届け、カザハとガザーヴァが音楽を届けることになる。

ガザーヴァの個別歌唱訓練


作戦会議が終わると、カザハはガザーヴァへ言い渡す。

「ガザーヴァ、我と一緒に歌うからには特訓ね! 寝る準備出来たら我の部屋にくること! 昼間、みんなで歌の練習してた時、しれっと逃げたでしょ!」

ガザーヴァは、当然のように昼間の全体歌唱訓練から逃げていた。

その時点では、カザハも彼女が再び歌うとは思っておらず、無理に追いかけなかった。

だが自分からデュエットすると言った以上、今度は逃がさない。

以前は、突然ベースを持って現れたガザーヴァが、姫だったころに呪歌を学んでいたのかと思っていた。

しかし実際には、まともな訓練を受けていない。

その状態で無理をして歌い、戦いのあと長く目を覚まさなかった。

カザハが訓練を命じたのは、ライブの完成度だけでなく、ガザーヴァを再び倒れさせないためだった。

ガザーヴァは特訓など必要ないと拒む。

それでも夜、カザハの部屋へ実際にやって来た。

明神に半ば強制的に送り出されたのではないかとカケルは推測するが、真相は分からない。

カザハは一人だけ妙に楽しそうな、地獄の反復指導を始める。

ガザーヴァから暴言を浴びてもまったく堪えず、むしろ都合よくツンデレとして受け取っているようにすら見える。

できるまで何度でも根気強く教え、できたら全力で褒める。

悪意は皆無だが、逃げ場もない。

カケルから見れば、自覚のないパワハラ指導そのものだった。

それでもガザーヴァは短時間で上達し、カザハから合格を言い渡される。

「やっぱり思った通り、上達が早いや。流石、ぼくの妹……!」

訓練を終えると、カザハは冷蔵庫からケーキを二皿取り出した。

夜中にケーキを食べるという、二人だけのささやかな悪事。

カザハはガザーヴァが食べる姿を嬉しそうに眺めながら、本音を話し始める。

たとえ自主的ではなかったとしても、部屋へ来てくれたことが嬉しかった。

ガザーヴァが自分を嫌っていることも、自分ではない誰かになるよう求められる苦しさも分かっている。

それでもガザーヴァは、カザハを決して見捨てなかった。

放っておけばいなくなる機会はいくらでもあったのに、ここぞというときには背中を押してくれた。

「そんなんさあ! 好きになっちゃうじゃん!?」

勢いで本音を口にしたカザハは、気まずさをごまかすように訓練を切り上げ、ガザーヴァを見送る。

ガザーヴァがどのように受け止めたのか、明確な返事はない。

ただカザハには、彼女がいつもより少し柔らかく、嬉しそうに見えた。

ジョンの告白


ガザーヴァを見送った直後、カザハはジョンから、一人で部屋へ来るよう呼び出される。

ジョンは、カザハが皆に囲まれて歌を教える姿を見て、自分の中に強い独占欲があることへ気づいていた。

カザハは、自分が道を踏み外さないための道標である。

ジョンは目の前へ跪き、これまで曖昧に伝えてきた想いを、改めて言葉にする。

「僕だけの歌姫になってくれませんか」

カザハは、一瞬その言葉を受け入れそうになる。

だが、自分はパーティー全員のバッファーであり、皆の伝説を伝える語り手である。

ジョン一人だけのために歌うことはできないと答える。

それでも、ジョンの独占欲を嫌悪したわけではない。

自分を皆に取られたように感じ、拗ねていたジョンを、むしろかわいいと感じていた。

明神とガザーヴァは、世界を救ったあと一緒に地球を旅する未来を誓った。

カザハはジョンから護身術を受け取り、ガザーヴァへ歌を教え、最後にジョンから「僕だけの歌姫」になってほしいと求められた。

なゆたとエンバースもまた、誰にも明かせない消滅の危機を挟み、最後まで一緒に戦う約束を交わしている。

決戦前の自由時間は、単なる休憩ではない。

明日を生き延びられる保証がない者たちが、それでも世界を救ったあとの関係と未来を選び取るための時間だった。

全世界ライブ


三十時間後。

ワールド・マーケット・センターを中心に、決戦の全世界配信が始まる。

ジョンがMCとして世界中へ呼びかける。

明神が考えた言葉をもとに、今この世界で何が起きているのか、《ブレイブ&モンスターズ!》がなぜ消されようとしているのかを伝える。

有名人やインフルエンサーを通じ、配信は瞬く間に拡散していく。

かつてブレモンを遊んでいた者。

サービス終了を惜しんだ者。

SSSのβテストへ参加している者。

ゲームを知らなかった一般人。

世界中の視線が、ラスベガスへ集まる。

プレイヤーたちはフレンド機能を通じ、自分のパートナーモンスターを決戦へ送り出す。

ブレモンのBGMを演奏できる者も、配信を介して音楽へ参加する。

カケルが演奏を始め、カザハが歌声を乗せる。

そして、その隣にはガザーヴァもいた。

ガザーヴァは昨夜の訓練どおり、カザハとともに歌う。

第九章でカザハを呪歌士の道へ押し出したガザーヴァが、今度はカザハから歌を教わり、同じ舞台に立っている。

かつてカザハばかりが特別であることを憎み、そのコピーとして生まれた自分に価値を見いだせなかった者。

そのガザーヴァが、今はカザハの真似ではなく、自分自身の声で歌っていた。

二人の歌は配信を通じ、世界中から集まったモンスターへ届く。

攻撃、防御、速度、そして《勇気》が引き上げられる。

全世界のプレイヤーが送り出したモンスター軍と、ラスベガスで訓練を受けた即席ブレイブたちが、イクリプスへ立ち向かう。

ライブは余興ではない。

歌、演奏、演説、配信、フレンド機能、ブレイブとモンスターの関係。

《ブレイブ&モンスターズ!》が持つすべてを、一つの戦いへ結集させた総力戦だった。

その反攻を迎え撃つため、SSS側からも精鋭が姿を現す。

エンバースから教えられたロールプレイを極め、自分だけの名前、設定、過去、信念を得た《ネームドキャラクター》。

彼らは単なるβテスト用のアバターではない。

旧作を愛していた者。

終わるブレモンを自分の手で葬ろうとする者。

新作こそ未来だと信じる者。

それぞれの理由を持ったイクリプスが、全世界ライブを中心とした決戦へ挑む。

なゆたたちも複数の戦場へ分かれ、それぞれの相手を迎え撃った。

なゆた対熾天――存在しなかった主人公


なゆたの前に立ちはだかったのは、熾天だった。

熾天をはじめとする高レベルのイクリプスは、ブレモンについて調べ上げていた。

ハイバラも、ジョン・アデルも、カザハも、明神も知っている。

だが、彼らの中心にいるスライム使いの少女だけは、どれほど旧作の記録を探しても見つからない。

一巡目の《ブレイブ&モンスターズ!》に、なゆたは存在しなかったからだ。

ゴッドポヨリンと出会い、異邦の勇者たちを集め、ここまで旅をしてきたリーダー。

誰よりも主人公らしく見える少女が、元の物語には存在していない。

なゆたは、一巡目を再現するために作られた人物ではない。

シャーロットが世界へ残した可能性から生まれ、二巡目で初めて自分の物語を歩み始めた存在だった。

だからこそ、旧作をどれほど研究したイクリプスにも、その戦い方を完全には予測できない。

熾天はSSSの最新システムと、自ら作り上げたロールプレイによって攻め立てる。

なゆたもゴッドポヨリンとともに、蓄積してきたスペルと戦術を惜しみなく投入する。

だが、なゆたの身体はいつ消滅してもおかしくない。

ミノリの力で結末を先送りしているだけで、戦えば戦うほど限界は近づく。

それでも、なゆたは退かない。

自分が力を失ったとき、パーティーから離れようとしたこともある。

だが今のなゆたは、自分一人の強さでリーダーを務めているのではない。

ポヨリンがいて、エンバースがいて、仲間たちがいる。

一巡目に存在しなかった少女と、一度失われながら戻ってきた相棒。

その二人が、決められていた世界の終わりへ抗う。

熾天は戦いを通じて、なゆたをブレモンの記録に存在しない異物ではなく、この世界が二巡目で生み出した新しい主人公として認めていく。

エンバース対マイン


エンバースの前には、マインを中心とする精鋭イクリプスが集結する。

四人一組のパーティーが四つ。

十六人による同時攻撃を《レイドバトル》という設定で成立させ、ロールプレイによる連携の減衰を防いでいた。

それは、エンバースが敵へ教えたロールプレイの力を、最大限に利用した布陣だった。

マインの手刀が、エンバースの胸を貫く。

魂核を破壊し、確実にとどめを刺したはずだった。

だが、エンバースは倒れない。

現在のエンバースには、ハイバラと、そこから生まれたエンバースという、二つの魂核が存在する。

一つを貫かれても、もう一つが残っていれば活動を続けられる。

エンバースはフラウを二百五十六体へ分裂させ、軍列を形成する。その後方へダインスレイヴを主砲として配置し、フラウへの対処と魔剣の砲撃を同時に迫る。

イクリプス側も、十六人分の星光刃をエンバースへ集中させる。

捌き切れない刃が背後から胸部へ入り、残った魂核へ届こうとした瞬間、エンバースは自分自身へダインスレイヴを突き刺した。

魔剣を盾にして、体内へ侵入した光刃を食い止める。

敵がさらに剣を押し込めば、その力はダインスレイヴへ蓄積される。

蓄積された圧力が一気に解放される瞬間を、エンバースは抜剣術へ変えた。

不死身の身体。

二つの魂核。

フラウの分裂。

ダインスレイヴの性質。

ハイバラの戦闘経験。

現在の仲間たちとの旅で得た、システムの外側へ踏み出す発想。

エンバースは、自分を構成する本物も偽物もすべて利用し、十六人のレイド攻撃を押し返す。

マインたちは、エンバースが自分たちへロールプレイを教えた理由を理解する。

弱い敵を倒して旧作の優位を証明するためではない。

最高の状態まで強くなった新作のプレイヤーと、本気で面白い戦いをするため。

そして、その戦いを見た者へ、ブレモンにはまだ未来があると思わせるためだった。

ジョン・明神対バルディッシュ&アヤコ


ジョンと明神の前には、武人バルディッシュと、炎を操る魔術師アヤコが立ちはだかる。

バルディッシュは、ブレモンの歴史を詳しく知っていた。

ダインスレイヴの使い手ハイバラ。

ブラッドラストに呪われたジョン・アデル。

レクス・テンペストの正統後継者カザハ。

フォーラムへ二年間粘着した、うんちぶりぶり大明神。

一巡目で彼らが何者だったのか、その結末まで把握している。

バルディッシュもまた、かつてブレモンを愛したプレイヤーだった。

だからこそ、終わる旧作を自分の手で葬り、新しいゲームへ進もうとしていた。

彼は求道者としての設定を徹底し、技名、構え、武人としての誇りを力へ変える。

アヤコも財前寺一族の炎を操る令嬢というロールプレイを重ね、ジョンたちを追い詰める。

だが、アヤコの炎はなぜかジョンだけを焼けなかった。

その理由は、彼女自身が設定した《炎君》にある。

財前寺の女は素質ある男性へ試練を与え、一族の炎に祝福された者を伴侶として迎える。

アヤコが隠しておきたかった設定を、バルディッシュは悪気なく次々と明かしてしまう。

ジョンは、なぜ自分にだけ炎が効かないのか真顔で問い続け、アヤコは羞恥と怒りでロールプレイを維持できなくなっていく。

明神は、設定の矛盾や本人の動揺を的確に突き、イクリプスのロールプレイを崩していく。

一方、ジョンはバルディッシュへ問いかける。

ブレモンを愛しているのなら、なぜ滅ぼすのか。

借り物の武人を演じ、本当の自分を隠したまま、好きだから終わらせるなどと言ってよいのか。

ラスベガスには、家族や故郷を守るため、即席のブレイブとなった者たちがいる。

その人々を斬りながら、世界を愛していると語ることは、本当にバルディッシュが望んだ物語なのか。

対話によってバルディッシュのロールプレイは揺らぐ。

それでも彼は武器を捨てず、ジョンとの決着を望んだ。

部長もまた、新たな姿へ進化する。

オデットから受け継いだ力。

アヤコの炎。

そしてジョンと部長が旅の中で積み重ねてきた関係。

そのすべてが結びつき、部長はゲームに存在しなかったヴァンパイア化ウェルシュ・コカトリスへ変貌した。

それは、設定を後付けして得た力ではない。

ジョンが部長をただのパートナーモンスターではなく、一人の相棒として扱い続けてきた結果だった。

激戦の末、バルディッシュは敗北を受け入れる。

ジョンたちを旧作の残骸ではなく、自分たちが認めるに値する勇者として送り出す。

アヤコもロールプレイを解かれ、元の口調へ戻りながら、いつかジョンと再戦することを約束して去っていった。

ガザーヴァ対オーロール――愛馬と悪友のために


ライブ会場の破壊を狙ったのは、曙光の皇帝オーロールと、その愛馬ルドルフだった。

オーロールは《箱舟の漕手――ネビュラノーツ》であり、乗騎を操ることで最大の力を発揮する。

皇帝としてのロールプレイを極めた彼女は、配下のイクリプスを軍隊として統率し、軍勢そのものを一つの戦闘システムへ変えていた。

対するガザーヴァは、屋内戦を強いられる。

空を飛び、速度と方向転換で敵を翻弄する彼女にとって、ワールド・マーケット・センター内部は不利な戦場だった。

それでもガザーヴァは、愛馬ガーゴイル、そして明神から派遣されたマゴットとともにオーロールへ立ち向かう。

明神は、自分の護衛であるマゴットへ、ガザーヴァを助けるよう命じていた。

ガザーヴァは、マゴットが離れれば誰が明神を守るのかと怒る。

だがマゴットは、主はそれほど脆弱ではないと答える。

明神の力量は三界最強。

彼の選択に誤りはない。

だから自分は、命じられたとおりガザーヴァを守る。

ガザーヴァも、それ以上は言い返せなかった。

離れた場所で戦っていても、明神はガザーヴァを信じ、ガザーヴァもまた明神なら生き抜くと信じる。

救助活動をともにした二人の関係は、互いを直接守れない状況でも判断を託せるものへ変わっていた。

カザハの呪歌によって力を引き上げられたガザーヴァは、ガーゴイルとともにオーロールへ突撃する。

だが激突の瞬間、ガーゴイルはガザーヴァを庇い、命を落とした。

あまりにも突然の死だった。

ガーゴイルは乗り物でも、戦力でもない。

ガザーヴァが一度消滅したあとも、ともに復活したと考えられるほど深く結びつき、どこへ行くにも一緒だった相棒である。

ガザーヴァは絶望の慟哭を上げる。

彼女を呪歌で支援していたカザハも、自分が歌で二人を戦場へ押し出したのではないかと、自責に呑まれる。

自分の歌がなければ、ガーゴイルは死ななかったのではないか。

初代風精王に導かれて呪歌士になったこと自体が、ローウェルの仕掛けた罠だったのではないか。

精神世界に基盤を持つシルヴェストルは、本気で死を望むだけで肉体が崩壊する。

カザハの指先から光が漏れ始めるが、カケルがその手をつかみ、現実へ引き戻す。

その間にも、ガザーヴァは立ち上がる。

ガーゴイルを失ったまま終わることなどできない。

明神がマゴットへ持たせていた切り札《ハイパー・ユナイト》を使い、ガザーヴァとマゴットは合体する。

現れたのは、超レイド級《幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァ》。

ガザーヴァは、オーロールへ切り札の正体を隠そうとしなかった。

誇り高い皇帝を演じるオーロールなら、相手が全力を出す前に潰すような真似はできない。

真正面から受けて立つと宣言させることで、確実に変身する時間を作ったのだ。

ロールプレイに力を得た相手を、ロールプレイそのもので拘束する。

ガザーヴァは幻魔将軍としての狡猾さを発揮し、超レイド級の力でオーロールを圧倒する。

無数のデスフライ。

マゴットとの変幻自在の連携。

暗月の槍ムーンブルク。

そして最終奥義《真・アウトレイジ・インヴェイダー》。

ガザーヴァはオーロールの愛馬ルドルフを破壊し、ガーゴイルの仇を討つ。

だが、オーロールは倒れなかった。

ルドルフは、彼女が操る乗騎の一つにすぎない。

オーロールが本当に乗りこなしていたものは、自らの軍勢と戦場そのものだった。

互いに切り札を使い果たした二人は、最後の力をぶつけ合う。

ガザーヴァはオーロールの皇帝としての誇りを刺激し、自ら前線へ出ざるを得ない状況を作る。

配下へ任せたままでは、ガザーヴァの侮辱を認めることになる。

策は成功した。

オーロールは軍列を離れ、自らガザーヴァへ突撃する。

二人の攻撃が交差する。

オーロールはガザーヴァへ致命傷を与えるが、同時にガザーヴァの槍も皇帝を貫いた。

オーロールは、旧作のキャラクターと侮っていたガザーヴァの奮闘を認め、心からの称賛を残して消滅する。

勝った。

だが代償は、あまりにも大きかった。

カザハ対スノウ――初代風精王の正体


ガザーヴァとオーロールが死力を尽くす一方、全世界ライブへ新たな歌が割り込む。

歌っていたのは、スターリースカイガールズのボーカル、スノウ。

正式名称《SUNO-GPT》。

星喰いを殲滅するために製造された自律型音響兵器であり、その場の状況に最適化された楽曲を瞬時に生成できる《ゾディアック》だった。

カザハが既存のブレモンBGMへ新たな歌詞を乗せるのに対し、スノウは完璧な演算によって、戦況に最適な呪歌をその場で作り出す。

疲労せず、息切れせず、何曲でも歌い続けられる。

限界まで歌っていたカザハは、スノウの《星間旋律――オルヴィス・ラクテウス》に押し負けた。

スノウの歌によってオーロールたちの《星光》が回復していくなか、カザハは力尽き、意識を失う。

だが、スノウ自身にも異変が起きていた。

技術的には未完成であるはずのカザハの歌を、なぜか聞き流すことができない。

会ったこともない相手へ、奇妙な懐かしさを覚える。

さらに、自分たちは星を侵略する者ではなく、星喰いから世界を守る戦士のはずなのに、なぜ地球を滅ぼしているのかという疑問まで抱き始める。

スノウは、自分がゲームキャラクターであることも、自分を操作する上位世界の《教官》の存在も認識していた。

本来なら遮断されているはずの教官の思考が、スノウへ流れ込んでいる。

そしてその影響を受けながらも、スノウ自身の人格が目覚めようとしていた。

同じころ、意識を失ったカザハは、精神世界で初代風精王と再会する。

これまで夢の中へ現れ、カザハにブレモンの歌を思い出させ、呪歌士への道を示してきた謎の人物。

カザハは、彼女がローウェルの手先ではないかと疑う。

初代風精王は、ローウェルの部下だったこと自体は否定しなかった。

だがフードを外した彼女の顔は、カザハとよく似ていた。

彼女の名は《美空風羽》。

《ブレイブ&モンスターズ!》の音楽を作っていた元サウンドクリエーターである。

ブレモンの開発初期、主要スタッフたちはゲーム内へ直接ログインし、各属性の重要拠点を管理していた。

サウンドクリエーターだった風羽は風属性を担当し、始原の風車を管理する《初代風精王》を名乗っていた。

やがて拠点管理は自動化され、風羽がゲーム内へ入る必要はなくなった。

しかし一巡目の終盤、ローウェルは風羽へ、とあるブレイブ一行へ潜入し、監視するよう命じる。

風羽は新しいプレイヤーキャラクターを作らず、すでにゲーム世界に存在していた次期風精王候補のNPCを、一時的にプレイヤーキャラクター化した。

そのNPCへ、風羽は自分と同じ《カザハ》という名前を与えた。

風羽の弟分である翔も、近くにいたユニサスへ接続し、《カケル》として同行する。

風羽は、自分がログインしている間だけカザハの身体を操作し、ログアウトすれば元のNPCへ戻るだけだと考えていた。

だがカザハは、風羽が操作していない間も食事を楽しみ、眠り、ときには一人で泣いていた。

NPCをプレイヤーキャラクター化したことで、《ロールプレイシステム》が予想外の形で起動していた。

カザハには、風羽とは異なる独立した人格が芽生えていたのである。

風羽はカザハを操り人形として扱うことをやめ、自分を彼を見守る初代風精王と位置づける。

カケルにも、昔からカザハを支えてきた弟分という設定を与えた。

風羽がいなくなったあとも、二人が互いを支えながら生きていけるように。

さらに風羽は、世界の住人には聞こえないよう遮断されていたブレモンのBGMを、音響管理者権限でカザハへ聞かせる。

カザハはその音楽を心から喜んだ。

やがて風羽は、カザハへ作詞、作曲、楽器の演奏を教える。

ある日、風羽が作った曲を演奏していると、カザハは楽しそうに歌い始めた。

その音楽技能をシステムが認識し、カザハには《星刻の奏手》という二つ名が与えられる。

カザハの音楽能力は、風羽から受け継いだものだった。

だが、カザハは風羽をそのままコピーした存在ではない。

この世界に元から存在した魂が、風羽と出会い、自我を育て、音楽を受け取り、自分自身の人格を作り上げた。

カザハがブレモンの曲を懐かしく感じ、存在しないはずの歌詞を知っていたのも、一巡目に風羽から受け取った音楽が、二巡目の魂の奥へ残っていたためだった。

やがてローウェルは、監視役として不要になったカザハと、邪魔になったガザーヴァを戦わせ、相打ちにさせるよう風羽へ命じる。

風羽は拒否した。

だが結局、一巡目のカザハとガザーヴァは戦い、互いに命を落とした。

風羽は、自分が救えなかったカザハへ、今度こそ違う結末を選ばせるため、二巡目へ導きを残した。

夢の中へ初代風精王として現れ、歌を思い出させ、呪歌士への道を示してきたのである。

カザハが目を覚ます。

目の前にいるのはスノウ。

そしてその身体へ《教官》として接続している、美空風羽だった。

風羽はスノウの身体を使い、カザハを呪歌の力で眠らせる。

カザハの歌が止まったことに気づいたエンバースは、通信越しに呪歌を再現しようとする。

だがシステムから無慈悲に《音楽的センスが足りない》と判定され、呪歌は発動しない。

カザハは、エンバースに歌い手の座を奪われてたまるかと、ツッコミながら飛び起きる。

そんなカザハを見た風羽は、ローウェルの刺客としての悪役を演じ始める。

カザハを消せば、もう一度雇ってもらえる。

自分は職を取り戻すため、かつて愛した世界を裏切ったのだと。

だがカザハには、それが本心ではないと分かった。

風羽は、汚い本心を隠して善人でいようとする人間である。

本当に私利私欲でカザハを殺そうとしているなら、自分からそれを告白するはずがない。

風羽が望んでいるのは、カザハを消すことではない。

カザハを本気で戦わせ、自分を越えさせることだった。

内心を見透かされた風羽は、悪役の芝居をやめる。

言葉では互いのことが分かりすぎる。

だから、歌で語る。

初代風精王からカザハへ与える、最後のレッスンだった。

風羽はスノウの自動生成システムではなく、自分自身の力で歌を作る。

《魔術師》のタロットが逆位置から正位置へ変わり、かつて《音響の魔術師》と呼ばれたサウンドクリエーターの才能が解放される。

風羽は、スノウの髪と姿を、一巡目のカザハを思わせるものへ変える。

風の大鎌を手にした姿は、呪歌士ではなく、かつて戦闘力へ特化していた一巡目のカザハそのものだった。

風羽はルールを告げる。

一人が歌い、もう一人が返す。

AメロとBメロは一節ずつ交代し、サビでは互いの旋律を重ねる。

相手の歌を打ち消すのではない。

二人で即興の一曲を完成させながら、歌へ連動して戦う。

ついてこられなければ、死ぬ。

だが風羽の音楽を愛し、その才能を受け継いだカザハなら、ついてこられないはずがない。

こうしてようやく、カザハとスノウ――その身体を借りた美空風羽による《合作呪歌対決》が始まった。

風羽が過去を歌い、カザハが現在を返す。

風羽が自分の罪を歌えば、カザハは受け取ったものへの感謝を歌う。

無垢だったカザハの魂へ自分の人格を混ぜ、苦しませてしまったと詫びる風羽。

それに対しカザハは、これを穢れと呼ぶなら、綺麗でなくてもよいと答える。

風羽から心と音楽を受け取ったからこそ、カケルやなゆたたちと出会い、憧れを追いかけ、かけがえのない宝物を得られた。

普通に生きられない代償として授かった才能だったとしても、自分はこの力を授かれて本当によかった。

カザハは、風羽を自分の人生を歪めた相手としてではなく、自分が憧れた人として受け入れる。

歌に合わせ、二人は踊るように攻撃を交わす。

風羽の風刃をカザハが避け、カザハの竜巻を風羽が受け流す。

即興であるにもかかわらず、二人の旋律は一つの曲として完成していく。

創作者と創作物。

プレイヤーとキャラクター。

一巡目と二巡目。

過去の自分と、その先へ進んだ現在の自分。

二人は互いを否定するのではなく、同じ歌の中で別々の存在として向き合った。

最後まで立っていたのは、カザハだった。

風羽は、わずかな体力差さえ埋めるため、レベル一の体術系スキルまで重ねてきたカザハを見て、その勝利を認める。

サービス終了から立ち止まったままだった自分が、迷い、傷つき、それでも仲間と進み続けたカザハへ勝てるはずがなかった。

だが風羽は、最後に最大呪歌を放つ。

《終律――いずれ滅びゆく星の煌き――ヴァニシング・スターライト》。

無数の破壊の星光が、逃げ場なくカザハへ降り注ぐ。

カザハは傘の杖を広げ、星光を防ぎ切る。

そして反撃の《終律――星駆け抜ける一陣の風――アストラル・ウィンド・キャノン》。

カケルが風を集め、カザハ自身を砲弾のように射出する。

だがカザハは、スノウを貫かなかった。

その身体をすり抜け、呪歌生成の核となる《魔術師》のタロットだけを奪い取った。

風羽は、スノウの身体なら何度でもリスポーンできると考えていた。

しかしカザハは、スノウにはすでに独自の人格が宿っていると気づいていた。

身体が再生しても、スノウという人格まで同じように戻る保証はない。

相手がゲームキャラクターだからといって、犠牲にしてよい理由にはならない。

風羽が接続を緩めると、スノウ本人の人格が表へ現れる。

こうしてカザハは、初代風精王を消すことも、スノウを破壊することもなく、二人を生かしたまま最後のレッスンへ勝利した。

勝利の先の喪失


それぞれの戦場で、高レベルのイクリプスたちはなゆたたちを認める。

彼らは、ブレモンの勇者たちが本当に次の段階へ進む資格を持つのかを試していた。

そして勝者を、《彼の地》と呼ばれるエクストラステージへ導こうとしていたのである。

エンバースは通信を開き、仲間たちへ決断を告げる。

この戦場でのデュエルは終わりだ。

ローウェルへ至る可能性がある以上、先へ進む。

だが、仲間たちが合流しようとするなか、明神とジョンが目にしたのは、あまりにも凄惨な光景だった。

オーロールへ勝利したガザーヴァは、両腕と右脚を失い、全身の傷から光を漏らしていた。

それはレイド級モンスターが消滅するときの演出だった。

明神はガザーヴァへ駆け寄り、その身体を抱き上げる。

ジョンへ回復スペルを要求し、効果がないと分かっていても治療を続ける。

一度死亡演出に入ったモンスターを救う方法はない。

リボーンシードも、ゾンビ化も、捕獲も間に合わない。

誰よりも状況を冷静に分析してきた明神が、ゲームの常識も勝算も投げ捨て、ただガザーヴァの名前を呼び続ける。

ガザーヴァは、強力なパートナーモンスターだから特別なのではない。

デリントブルグ、アイアントラス、レプリケイトアニマをともに越え、悪態をつき合い、笑い合ってきた、誰とも取り替えられない存在だった。

明神は、かつてジョンがカザハへ生命力を分け与えた方法を思い出す。

「寿命なんかいくらでもくれてやる。戻ってこい、戻ってこいガザーヴァ!!」

世界を救う戦いは、まだ終わっていない。

ローウェルのいる場所にも、エクストラステージにも、まだたどり着いていない。

その直前で、ガザーヴァは光となって消えようとしていた。

一巡目の創作者を越えたカザハ。

独立した人格へ目覚めたスノウ。

旧作を愛しながら、新作のキャラクターとして戦ったイクリプスたち。

消滅を先送りし、最後まで仲間と進むことを選んだなゆた。

そして、自分の命を渡してでもガザーヴァを連れ戻そうとする明神。

旧作と新作。

プレイヤーとキャラクター。

創作者と創作物。

ゲームによって定められた結末と、自分自身で選び直す未来。

それらすべての境界が崩れ始めるなか、《ブレイブ&モンスターズ!》の存続を懸けた戦いは、誰も知らない次の舞台へ続いていく。

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最終更新:2026年08月17日 20:31