伊達に一の姫が生まれた頃、奥州は今よりさらに混迷のさなかにあった。
小大名、豪族がひしめき合い、裏切りと謀略が跋扈し、近隣諸国に僅かな弱みも
見せられないその頃、嫡子が男子か女子かは大きな問題だった。
女大名がいないわけではない。だがそれは嫡子の急死による代行がほとんどで、
女ながら名を立てているものなど、当時は皆無に等しかった。
跡継ぎが女しかいなければ、他国に侮られる。そして伊達氏は名はあっても実のない、
弱い小国だった。
それゆえ、先代は生まれたばかりの姫を、実の母親にも秘密で男子として育てることに決めたのだ。
伊達の家臣でも一部しか知らないこの秘密を、小十郎は政宗の守り役となったとき聞かされた。
小大名、豪族がひしめき合い、裏切りと謀略が跋扈し、近隣諸国に僅かな弱みも
見せられないその頃、嫡子が男子か女子かは大きな問題だった。
女大名がいないわけではない。だがそれは嫡子の急死による代行がほとんどで、
女ながら名を立てているものなど、当時は皆無に等しかった。
跡継ぎが女しかいなければ、他国に侮られる。そして伊達氏は名はあっても実のない、
弱い小国だった。
それゆえ、先代は生まれたばかりの姫を、実の母親にも秘密で男子として育てることに決めたのだ。
伊達の家臣でも一部しか知らないこの秘密を、小十郎は政宗の守り役となったとき聞かされた。
他国とのつながりが強すぎるという理由で、実母の手からも引き離され、女らしい
振る舞い、衣装、なにひとつ許されず、ただ諸国への示威のために男子として
育てられている幼い主の姿に、若い小十郎はなんとむごいことをと憤った。
それでいて、女ゆえに、父親にさえ本気で嫡子と思われているわけではない事実に、
哀れみを覚えた。
疱瘡で失った片目を必死に隠し、人目を避けて怯える様を見ては、天はどこまで
このお子を虐げれば気がすむのか、と怒りに震えた。
それでもそう生きなければ、この子には未来さえない。
ならばせめて誰にも侮られない、立派な領主に育て上げてみせよう、と心に誓った。
武術、勉学、立ち居振る舞いに一城の主としての心得。男でも逃げ出すような
厳しい小十郎の教育に、政宗はよく耐え、ついてきた。
元服を迎える頃には、真実を知るものの中にさえ、政宗を飾りとしか捉えないものは
誰もいなくなっていた。
振る舞い、衣装、なにひとつ許されず、ただ諸国への示威のために男子として
育てられている幼い主の姿に、若い小十郎はなんとむごいことをと憤った。
それでいて、女ゆえに、父親にさえ本気で嫡子と思われているわけではない事実に、
哀れみを覚えた。
疱瘡で失った片目を必死に隠し、人目を避けて怯える様を見ては、天はどこまで
このお子を虐げれば気がすむのか、と怒りに震えた。
それでもそう生きなければ、この子には未来さえない。
ならばせめて誰にも侮られない、立派な領主に育て上げてみせよう、と心に誓った。
武術、勉学、立ち居振る舞いに一城の主としての心得。男でも逃げ出すような
厳しい小十郎の教育に、政宗はよく耐え、ついてきた。
元服を迎える頃には、真実を知るものの中にさえ、政宗を飾りとしか捉えないものは
誰もいなくなっていた。
城主としても、武将としても政宗は『一流の男』として立派に育った。
あまりに立派過ぎて、ときどき周囲や本人すら、自分の性別を忘れるように
なったのには焦ったが、女として苦しむよりはましかもしれないと思い切った。
確かに体は女かもしれない。
だが、群雄割拠のこの時代、男も女も関係ねえ、天下とるのはこの俺だ、と豪語し
笑う姿に、自分はこれからもこの人を守り、ついていくのだと、熱い涙を流したものだった。
あまりに立派過ぎて、ときどき周囲や本人すら、自分の性別を忘れるように
なったのには焦ったが、女として苦しむよりはましかもしれないと思い切った。
確かに体は女かもしれない。
だが、群雄割拠のこの時代、男も女も関係ねえ、天下とるのはこの俺だ、と豪語し
笑う姿に、自分はこれからもこの人を守り、ついていくのだと、熱い涙を流したものだった。
だがいざ蓋を開けてみれば、まさに群雄割拠の戦国時代、各地の武将は女だらけになっていた。
世界は動くのだ。常に、思いがけない方向へ。
世界は動くのだ。常に、思いがけない方向へ。
「変な勘違いするなよ?俺は別に、幸村なんかに惚れちゃあいねえぞ。
ただRivalだなんだ言ってたくせに、勝手しやがるのが気に食わないだけだ」
婿なんざとって、ガキでもできたらケリつけられなくなるだろうが。
ほぐし終わったカニの身にかじりつきながら、じろりと睨んできた隻眼に、
そいつは安心しましたと返して、小十郎は膾に取り掛かった。
政宗の好みにあわせて削り入れたゆずの皮が、冷えた空気の中、ほのかに爽やかな
香を放っている。
「そもそも女は女に、惚れないだろうが普通」
「まったくですな」
「だいたいだな、あんなCrazyかつ仁王車みたいな女に、どうやって惚れろってんだ。
素手で岩石粉砕するんだぞあいつは」
殻を放り出し杯に手を伸ばす。いったん膾を置いて徳利を傾ける配下に目もやらず、
政宗は白雪降り積もる庭を見回した。
「まあな、武将としては確かにちょっとしたもんだ。この俺を本気にさせる奴なんざ、
めったにいねえ。それは認める。だがな」
ただRivalだなんだ言ってたくせに、勝手しやがるのが気に食わないだけだ」
婿なんざとって、ガキでもできたらケリつけられなくなるだろうが。
ほぐし終わったカニの身にかじりつきながら、じろりと睨んできた隻眼に、
そいつは安心しましたと返して、小十郎は膾に取り掛かった。
政宗の好みにあわせて削り入れたゆずの皮が、冷えた空気の中、ほのかに爽やかな
香を放っている。
「そもそも女は女に、惚れないだろうが普通」
「まったくですな」
「だいたいだな、あんなCrazyかつ仁王車みたいな女に、どうやって惚れろってんだ。
素手で岩石粉砕するんだぞあいつは」
殻を放り出し杯に手を伸ばす。いったん膾を置いて徳利を傾ける配下に目もやらず、
政宗は白雪降り積もる庭を見回した。
「まあな、武将としては確かにちょっとしたもんだ。この俺を本気にさせる奴なんざ、
めったにいねえ。それは認める。だがな」
髪はいつでもぼさぼさ。
笑うときは大口開ける。
座るときは胡坐をかく。
お握りは一口で食べる。
二槍を操る腕には力瘤。
しゃべる言葉はござる言葉。
笑うときは大口開ける。
座るときは胡坐をかく。
お握りは一口で食べる。
二槍を操る腕には力瘤。
しゃべる言葉はござる言葉。
「女としちゃ、ダメだろありゃ!変すぎる!好き好んであんなの娶る奴の気が知れん!」
人のこといえないのでは、と一瞬よぎった考えを押し殺し、もくもくと膾を盛り続ける
小十郎をやはり見ようともせず、政宗は荒々しい動作で杯を干した。
「It goes mad!いやむしろMiracleか?まあ世の中にはいろんなPreferenceが
あるってこったろうが……でもやっぱり女ってのはなあ、もっとこう、CuteでSexyで、
なおかつ優しくて、傍によるといいにおいがして、Dynamite Body!こうでないとな!」
「はあ。まあ、一般論ですな」
「固いなお前は。これが普通なんだよ。少なくとも俺のTypeはそうだ」
人のこといえないのでは、と一瞬よぎった考えを押し殺し、もくもくと膾を盛り続ける
小十郎をやはり見ようともせず、政宗は荒々しい動作で杯を干した。
「It goes mad!いやむしろMiracleか?まあ世の中にはいろんなPreferenceが
あるってこったろうが……でもやっぱり女ってのはなあ、もっとこう、CuteでSexyで、
なおかつ優しくて、傍によるといいにおいがして、Dynamite Body!こうでないとな!」
「はあ。まあ、一般論ですな」
「固いなお前は。これが普通なんだよ。少なくとも俺のTypeはそうだ」
突如襲ってきた、雪のせいではない寒気に、小十郎ははっとして顔を上げた。
手酌で杯を空けながら、庭を見つめる政宗は、整った顔ににんまりとした笑みを浮かべ、
なぜだかうっとり幸せそうだ。
初音とか、末とか、於光あたりがJust fitだな、と、楽しそうに侍女の名前を挙げる
その顔を見つめながら、小十郎は背中にじわじわと汗が吹き出してくるのを感じた。
北部戦線異状なし3
手酌で杯を空けながら、庭を見つめる政宗は、整った顔ににんまりとした笑みを浮かべ、
なぜだかうっとり幸せそうだ。
初音とか、末とか、於光あたりがJust fitだな、と、楽しそうに侍女の名前を挙げる
その顔を見つめながら、小十郎は背中にじわじわと汗が吹き出してくるのを感じた。
北部戦線異状なし3




